「な、なぜ……?」
沙那はあまりもの完全な拒絶に呆気にとられる思いだった。
それだけに、逆に拒絶の言葉は、まったく取り付く島を感じさせないものだった。
「あなた方に会って欲しいというのが、
「な、なぜです?」
「いや、なぜ、俺たちがあなたの仲間を助けるために、国を敵に回すような危険なことをしなければならないのです? そんなことはもちろんできませんよ。俺にはこの里で暮らす者たちを守る責任があるんですから」
「あの亜人収容所に捕らわれている亜人や半妖も、大黒天殿に保護されるべき同朋なのではないのですか──。それから、わたしは決して不確かな話を持ってきているのではないのです。策があります。ここでそれを説明するわけにはいきませんが、亜人収容所に囚われている囚人たちを確実に解放できます──」
「ですから……」
嘆息とともに言葉を吐きかけた大黒天を沙那は遮って、口を開く。
「決して、わたしは、わたしの仲間だけが助かるような話を持ってきたのではありません。あの悪名高い亜人収容所は、ここからすぐのところなのですよ──。あれは存在すべきではない施設です。同じ知性ある種族が、異種族であるという理由だけで、監禁されて強制労働を強いられ、そして、殺される施設など……。あなたはなぜ、あれを放置するのですか? あそこに囚われているのは、あなた方と同じ亜人族なのに」
「忸怩たる思いはあります。糺すべきだとも思います」
「だったら……」
「しかし、亜人収容所はあまりにも国都に近い……。そこを襲撃すれば、間違いなく国軍ができてます。そして、それは、この砦と国軍の戦いに発展するでしょう。この砦は、ここで平和に暮らす亜人たちの里があるんです。砦が破れれば、里で暮らす亜人は、収容所で暮らす者たち以上に酷い目に遭うでしょう──。頭領として、その選択はできません」
「でも、これだけの砦でしょう……。国軍が攻めてきても打ち払えると思いますが? ここに来るまでに垣間見た道術の欺騙も見事でした。あの仕掛けだけでも、国軍は、この砦を攻めあぐねるに違いありません」
「戦はしたくないのですよ──。すれば誰かが死にます──。勝っても負けてもね……。俺の友も勝った戦で命を落としました。俺は戦は嫌なんです──」
大黒天は微笑んではいたが、その表情の裏には頑なな決意が籠っている気がした。
「それは素晴らしいお考えだと思います……。でも、わたしの提案は、この砦を戦に巻きこもうというものではありません──。騎馬に乗れる有志の者を二百人、つまり、ここで騎兵二百騎を貸してください──。その二百は、この砦とは無関係を装います」
「いや、装いきれないでしょう」
「でも、この砦にも、わたしたちと同じように、家族や友が囚われている者がいるはずです。この砦にいる兵たちの中で志願する者を二百集めさせてください。そして、その者たちが使う武器と十日分の兵糧を──。それだけで、あの収容所から大勢の囚人を脱走させてみせます。この砦については、表向きは無関係でいいんです……。義勇者をここで募ることだけを許してください」
「義勇者?」
「個人的な志願者です。家族や仲間を救いたい者たちの……。わたしたちは、収容所からの亜人の解放戦に参加してくれると言ってくれた者たちとともに、道術で密かに砦を離れて収容所を襲います」
沙那は言った。
しかし、大黒天は首を横に振った。
「それでも、国軍は亜人収容所が襲われれば、俺たちとの関わりを疑うに違いありませんよ。第一、収容所から囚人が脱走すれば、その者たちはここに殺到するじゃないですか」
「それは当然でしょう。ここは逃亡亜人の逃げ込み場なのでしょう? 彼らを受け入れないのですか?」
沙那は少し苛立ってきた。
「国軍に目を付けられたくないのですよ、沙那殿──。亜人が逃亡して、ここに集まってくれば、ここが目立ちます。それに、あの収容所には数千の亜人が監禁されているはずです」
「それがどうしたのですか? この里には、それを受け入れられる余地がないのですか?」
「それは問題ありません。でも、一度にそれだけ増えるということが問題なのです……。予想される数の収容所からの脱走者を受け入れれば、この砦の勢力は一気に拡大することになります」
「だから、なんなんです?」
「国都の宮廷は改めて、ここを危険視するかもしれません。そうなれば、折角、いままで大人しくして、ここが無害だと、この国の宮廷に思わせてきた努力が無駄になります」
「そ、そのくらいなんですか──? あそこには、なんの罪もないのに、監禁されて、殺されたりしているたくさんの亜人たちがいるんですよ──。それをここが目立たないようにしたいという、それだけの理由で助けないのですか──?」
沙那は怒鳴った。
「待ちなよ、沙那……。どうも、お前は頭がいいくせに、短気で交渉事には向かないねえ……」
すると、横で宝玄仙が苦笑した。
その言葉で沙那は少しだけ冷静になることができた。
そして、冷静なったお陰で、大黒天の両脇に立っている衛兵が微妙な表情をしていることに気がついた。
沙那ははっとした。
しかし、宝玄仙はすっと立ちあがった。
すると、横のふたりの兵が少しだけ緊張したのがわかった。
さらに、兵たちが緊張したことで、孫空女もまた緊張を強めたのもわかった。
孫空女は、一見無言で座っているだけのようだが、実際は事があれば瞬時に行動できるように、ずっと警戒をしてくれているのだ。
「ねえ、亜人の大将、悪いようにはしないよ……。噂によれば、あんたもそこそこ女好きだそうじゃないかい……。実は、荷馬車に置いてきているんだけど、道術師隊の女隊長を土産に連れてきているんだ。わたしらの申し出を受けてくれれば、それをやるよ。煮て食うなり、性奴隷にするなり好きにするといいよ」
宝玄仙が立ったまま言った。
「道術師隊の女隊長を?」
大黒天は意表を突かれたような顔をしている。
「……ふふふ、それに、引き受けてくれたら、このわたしがお礼をしてあげるよ。この身体でどうだい? なんだったら、この沙那や孫空女もつけるけどね……。極楽に連れていくよ……」
宝玄仙が片足を横に開いて椅子の上に乗せた。
そして、椅子の乗せた側の下袍をすっとたくしあげて、内腿を露わにして、下着がちらりと見えるくらいまであげる。
「ご、ご主人様──」
沙那は呆れて、宝玄仙の下袍を掴んで元に戻す。
しかし、ちらりと大黒天を見たら、満更でもない顔をして凝視していた。
案外、こっちの方が効果があるのだろうかと思ってしまった。
とりあえず、宝玄仙を座り直させる。
宝玄仙が笑いながら腰をおろし、さらに口を開いた。
「……とにかく、大層に考えるんじゃないよ、亜人の大将──。別に国軍と戦争をしろと頼んでいるんじゃない──。二百ほど騎兵を貸してくれと頼んでいるだけじゃないかい──。その呼びかけもわたしらがする。お前らが臆病風に吹かれるならそれでいい。この砦に閉じこもって、自分たちは無関係でございますと叫びながら、せんずりでもかいてな──」
「せ、せんずり?」
大黒天が面食らったような表情になる。
「戦うのはわたしらと、その有志たちだけだ。だけど、逃げ出した囚人の亜人は助けてやっておくれ──。それくらいの甲斐性はあるんだろう?」
宝玄仙が大黒天を睨む。
だが、大黒天は大きな息を吐いた。
「こちらからの回答はしましたよ……。お帰りください。若干ですが、路銀を土産として提供させてください。ほかに食糧なども有用があればお渡しできます。ただし、陽が落ちる前に、この山を降りてください」
大黒天が言った。
つまり、帰れということだろう。
「冗談じゃないよ、お前──。わたしらは、ここに物をたかりにきたんじゃないよ。これでも命を張ってるんだ。大抵にしな」
さすがに、宝玄仙もむっとしたような声をあげた。
「話がそれだけなら、もうお帰りいただけますか」
だが、大黒天はそれだけを言って、立ちあがりそうな気配を示した。
「ま、待って──。待ってよ──。その後ろにいるあんた──」
沙那は大黒天の両脇にいる衛兵のうち、最右翼の兵を指差した。
この男が、沙那の申し出を訊きながら、表情を変化させていたことにさっき気がついたからだ。
「お、俺……ですか?」
いきなり沙那に声をかけられて、その兵が戸惑いの声を示した。
「そうよ──。あんたよ──。あなたにも、亜人収容所に監禁されている家族か友がいるんじゃないの?」
沙那は叫んだ。
「……い、いや……そ、それは……」
その兵は困惑した声をあげた。
「そうなのか?」
すると大黒天が顔をその兵に向けて声をかけた。
「あ、姉が……。姉がそこにいるはずです……。俺にとっては唯一の肉親です……」
衛兵は言った。
「その隣──。あなたは──? あなたにも亜人収容所に監禁されている家族か誰かがいるんじゃないの──?」
その衛兵もなにか言いたげな顔ををしていた。
沙那は指差した。
「……俺がここに入山した後で、両親が亜人収容所に収容されたという噂を聞きました……」
その衛兵も言った。
「あなた自身はどうなのですか、大黒天殿? 亜人収容所から救い出したい個人的な人間はいないの?」
沙那は言った。
「俺は天涯孤独の身の上です。俺にとっては、この砦に集まる者が仲間であり、家族なのですよ」
「そうなんでしょうね──。でも、いまの言葉を聞いたでしょう。ここに集まっている者には、その大切な家族があの収容所に捕らわれたままの者が大勢いるのよ──。残念ながら、あなたの決断は、自分たちだけが安全であればそれでよく、同じ同朋が死のうが苦しもうが、一切関わりはないという考えにしか聞こえないわ──。臆病者の考えよ──」
沙那は声をあげた。
「仲間を助ける……。これに理由が必要なの? 少なくとも、わたしは、あの収容所に囚われている仲間を助けるために、なんの迷いもなく命をかけられるわ──。あなたたちは違うの? 助けを求めている同胞や家族がいて、それを躊躇うなど信じられないわ」
沙那はさらに怒鳴った。
だが、大黒天は押し黙ったままだ。
沙那はその態度に苛ついた。
さらに、なにかを喋ろうとしたが、宝玄仙がそれを手で制した。
「……もういいよ。諦めよう、沙那──。大黒山の頭領の大黒天は、とんだ腑抜けだったということさ……。亜人収容所には三人で斬り込むさ。ここは期待外れの臆病どもの砦だったみたいだ」
宝玄仙が言った。
沙那は宝玄仙の顔を思わず見た。
その表情には笑みが浮かんでいるが、いつになく宝玄仙は真剣のようだ。
沙那は、宝玄仙の心に、すでに決死の覚悟があることを悟った。
「お前もいいね、孫空女──。亜人収容所とやらに、三人で殴り込みだよ」
「もちろんだよ、ご主人様。あたしには、複雑な話は要らないよ。ただ戦えと言ってくれればいい。相手がどんな相手でも火の玉になって飛び込むだけだ」
孫空女はあっさりしたものだ。
「そうですね……。こんな自分勝手な頭領とは思いませんでした……。助けを求めている者がいて、その力を持っているのになにもしないだなんて……。わかりました。じゃあ、わたしたち三人だけでいきます。わたしたちは、斬り死にしてでも仲間を助けてみせます……。でも、あなたがたここの人たちは、この砦に閉じこもって無関心でいてください──。長生きできることを願っていますね」
沙那は捨て台詞を吐いて立ちあがった。
ついで、宝玄仙と孫空女が続く。
これ以上の説得は無駄だろう。
亜人収容所から朱姫を救い出すには、ほかの方法を考えるしかない。
実際のところ、朱姫を救い出す方法は幾つか考えついている。
だが、それだと朱姫は救えても、ほかの囚人は助けられない。だから、この砦の力を借りようと思ったのだ。
「待ってください……」
しかし、それを大黒天がとめた。
沙那は視線を向けた。
「……考えが変わりました。女のあなた方が、そこまでの決心をしているのに、無関心というわけにはいきません……。それに、ここに集まっている者の中には、家族が亜人収容所に捕らわれている者も多いのかもしれません。俺にはそれについては考えが及びませんでした」
「えっ?」
「この砦にあなた方が入所するのを認めます。収容所への襲撃隊を募ることにも協力します。必要なもののすべても提供します──。ただし、砦としては無関係を装わせていただきます……。その代わり、収容所から逃亡してきた同胞たちで砦に入山を求める者は、責任を持って受け入れましょう」
大黒天が言った。
「あ、ありがとうございます──」
沙那は悦びの声をあげた。
「わかった──。ならば、その二百名は俺が指揮をしよう。俺には亜人収容所に囚われている家族はいないが、家族が囚われている里の者を代表するものとして、俺も参加する──」
いままでずっと押し黙って、沙那と大黒天のやり取りを聞いていた朱雀が決心したように言った。
「朱雀……?」
大黒天も驚いた顔をしている。
しかし、すぐに苦笑して、視線をこっちに戻した。
「ところで、さっき、宝玄仙殿が言った提案は、まだ有効ですかね……?」
大黒天が宝玄仙をじっと見て微笑んだ。
「ああ、これかい……?」
宝玄仙が再び、すっと下袍の裾を腿までたくしあげた。
「……だったら、さっそく今夜でもどうだい? 忘れられないような思い出を作ってあげるよ……。まずは、さっき話した、女隊長を使って前菜だ。次は、この供の女戦士ふたりが相手──。そして、最後の主菜はわたしだ。今晩は寝かさないよ」
宝玄仙は大きな声で笑った。
「望むところです」
すると、大黒天がにんまりと微笑んだ。