外作業はつらい。
囚人となっている亜人の中でも睨まれている者が駆り出されることが多かった。
外作業には、建材や薪を作るために木材を狩り出す仕事、外にある農地における耕作作業、あるいは、糞尿を捨てるための穴掘り及び糞尿の運搬作業などがある。
どの作業においても、割り当てがあり、それをこなさないと罰が与えられる。
罰は鞭打ちだ。
罰は見せしめの目的もあるから、その鞭打ちは苛酷だ。死ぬことも多い。
だが、この外作業については、作業そのものが罰のようなものだ。
早朝から日暮れまで働いて休憩と食事はない。
半日に一度、柄杓にいっぱいずつの水が与えられるだけだ。
それだけで一日中重労働をするのだから、それで倒れる者も少なくない。
作業で倒れることは死だ。
動けなくなれば、その場で殺されて、農地にある肥料を集めている穴に身体をばらされて放り込まれる。
その作業をするのも囚人の亜人だ。
黄新は今日で五日連続で、外作業を指名されている。
外作業の分担は、普通は半月に一度くらいで済むので、五日連続というのは懲罰の意味がある。
実は収容所内での作業のとき、さぼって隠れているのを監視の兵に見つかってしまったのだ。
それで連続の外作業を命じられている。
今日の作業は樹木の切り出しだ。
午前中の作業で材を倒し、午後の作業で枝を払って解体してから収容所に運搬する。
運搬するのは荷駄車だ。
荷馬車の後ろの部分だけということだ。
馬の代わりに囚人が押していくのだ。
この日の作業には、五十人ほどの囚人が参加していた。
全員が足に鎖のついた足枷をさせられいる。
収容所への行き帰りは手枷が嵌められるが、作業場に到着すると足枷に変えられる。
拡がって作業をしているところどころに、監視の兵が立っていた。武器となるものを使う作業なので、今日の監視は多い。
囚人と同じくらいの人数の監視の兵がいる。
いつもは見ることのない女囚側の女兵もちらほらと見える。
「集合──」
笛のようなものが鳴り響き、あちこちにいる監視兵から、集まれという声がかかった。
陽が中天に差し掛かっている。
おそらく、午前中の作業が終わったのだろう。
これから一杯の水が与えられて、すぐに午後の作業に入る。
黄新も足の鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら、定められている場所に向かった。
材の切り出し用の斧が回収されて、五十人の囚人が整列させられた。
武器を持っている監視の兵もその周りに集まっている。
全体の作業の長となる将校が囚人たちの前に立つ。
今日の作業監督の将校は中年の女だった。
おそらく、普段は女囚の監視をしているのだろう。
収容所の中の作業を内作業と呼ぶが、内作業で女の監視兵や将校を見ることはない。
ひとりの兵がその女将校に報告用紙を渡した。女将校はそれをしばらく眺めて、顔を囚人たちに向けた。
「お前、前に出なさい──」
整列している囚人の中から指名されたのは、痩せた新入りの囚人だ。
黄新は、その新入りの顔は知っているが名は知らない。
その囚人が怯えた表情で全体の前に出た。
「割り当ての半分もこなしてないわね──。懲罰を与えるわ。服を脱ぎなさい──」
女将校が言った。
兵が寄ってきて、その新入りの囚人の足枷を外す。
新入りの身体が恐怖で震え出すのがわかった。
「ま、待ってください──。お、斧の柄が作業の途中で折れたんです……。それで柄になるものを枝で作って代用して……。その作業をしていたので、それで割り当てができなかったんです……」
前に出された囚人がおずおずと言った。
「聞こえないの──? 服を全部脱ぎなさいと言っているでしょう──。そして、そこの柱の前に立つのよ──」
女将校が金切り声で叫んだ。
柱というのは、いまいる集合場所に前に建てられている三本の直柱だ。
それがどういう目的のものであるかは全囚人が知っている。
新入りの囚人が泣きそうな顔で、身に着けていた囚人服を脱ぎ出す。
服を脱がすのは、鞭打ちで囚人服が破けたりするからだ。
囚人の代わりはいくらでもいるが、服はただではない。
それがこの連中の言い分なのだ。
新入りは上下の囚人服を脱いだ。
身に着けているのは麻の下着一枚と靴だ。
「おや、その下着はまだ新品なのかしら? まだ使えそうね。それも脱ぎなさい」
女将校がにやにやと笑いながら言った。
「へっ?」
新入りがきょとんとした表情を見せた。
すると、つかつかと女将校が新入りに近づいた。
女将校は指揮棒代わりに乗馬鞭を持っていたが、それでいきなり、囚人の顔を打ちつけた。
「ひぎいいっ──」
新入りの顔から血が吹き出し、その場に倒れる。
「立たせなさい──」
女将校が言い、横にいた兵が新入りの髪を掴んで強引に立たせる。
新入りの顔は頬と鼻が切れて、そこから血が流れていた。
打たれた場所が真っ赤に腫れている。
「その下着は回収よ。懲罰が終わって、まだ生きていれば返すわ」
女将校が冷酷に言った。
新入りは涙を流しながら、下着を脱いで足首から抜いた。
横から兵がそれをひったくるように奪う。
「棒の位置に連れていって縛って──。すぐに命令に従わなかった分も含めて数は百よ」
鞭打ち百発……。
黄新はそれを耳にして、おそらく、この新入りは死ぬだろうと思った。
どう見ても百発の鞭打ちに耐えられるような身体ではない。
横にいた兵に加えて、もうひとりの兵もやってきて、泣き声をあげる新入りを直柱の前に連れて行く。
裸の兵を直柱を抱くように、ふたりの兵が押しつけた。
「待ちなさい。逆がいいわね。泣き叫ぶ顔を見ていたいわ」
女将校が言った。
ふたりの兵は新入りの囚人の身体をひっくり返して、柱を背にするようにして、囚人の足首と手首を柱に縛る。
最後に首を柱に縄で結んだ。
これで倒れることができなくなる。
「まあ、そんなに怖がっちゃって、可愛いわねえ──。それとも、それがあんたの普通の大きさ?」
女将校が柱に縛られている新入りの前にやってきて、乗馬鞭の先で新入りの性器を軽く突いて笑った。
新入りのすすり泣きが大きくなった。
いきなりだった。
ひゅんという音が鳴ったと思った。
柱の横にいた兵がうめき声をあげて倒れた。
その首に矢が刺さっている。
「なに?」
女将校が呆気にとられている。
また、音──。
今度は別の場所にいた兵が倒れた。
「て、敵襲よ──」
女将校が悲鳴をあげた。
騒然となった。
「動くと殺すわ──兵は武器を捨てなさい──。三つ数えるうちに、まだ武器を持っている者は全身死ぬと思いなさい──。ひとつ──」
遠くから女の声がした。
誰の声なのかわからないが、近くの草の中からだと思う。
黄新は見回したが、その女の姿は見えない。
「全周防御配備──」
女将校が叫んだ。
その肩に矢が刺さった。
女将校が悲鳴をあげて倒れた。
女将校だけではなく、その命令で咄嗟に動いた兵もまた、矢で射られて倒れた。
矢は女の声がした場所とは、別の方向だった。
何者かに包囲されている。
黄新はほかの囚人たちと同様に、それを呆然と認識した。
「ふたつ──」
さっきの見知らぬ女の声が響く。
思ったよりも近い場所にいるのがわかった。
だが、この場所を中心に背丈の半分ほどの草が取り巻いているので、姿を見ることはできない。
しかし、何者かの集団がその草の中に隠れて包囲をしている……。
兵たちの一部が武器を捨てた。
すると、争うようにほかの兵たちも捨てだした。
「三つ──。武器を持っている者の全員を射殺──」
女の声がした。
まだ、武器を捨てていないのが十数人いた。
その半分に一斉に矢が飛ぶ。
悲鳴をあげて次々に監視兵たちが倒れていく。
まだ武器を捨てていなかった残りの兵たちも、全員が武器を捨てて、その場に伏せてしまった。
周りの草が動いた。
三十人ほどの男たちが一斉に草の中から立ちあがった。
全員が腰に剣を佩き、短い弓矢を構えていた。
「な、なに、お前たちは──?」
肩を射られて倒れていた女将校が叫んだ。
「
男の中に美貌の女がひとりいた。
剣をすでに抜いている。
さっき声を出していたのは、その女のようだ。
「だ、大黒山?」
女将校が目を丸くした。
「あんたがこの現場の指揮官?」
その女が女将校に近づいて言った。
「そ、そうよ──。大黒山って、あ、あの賊徒の……?」
女将校が叫んだが、その美貌の女の持っていた剣が女将校の首に伸びた。
威張っていた女将校は凍りついたように黙り込む。
大黒山の賊徒?
噂には聞いたことがある。
ここからそう離れていないところに、亜人の里を作って虐げられている亜人を集めて、国軍と戦っているという話だった。
しかし、大人しい賊徒団と言われていたし、それがどこかを襲撃したという話は聞いたことはない……。
その賊徒がここに──?
「あんた、服を脱ぎなさい。その服はわたしがもらうわ」
女が女将校に剣を向けたまま言った。女将校は顔色を変えた。
その美貌の女は、すぐに視線をほかの賊徒の男たちに向ける。
「……まだ生きている兵たちを一箇所に集めてください。全員の武装解除と、それから軍装を脱がせてから、まずは、それに着替えて──。それと囚人たちの足枷を外させてください。生きている兵については、その枷でその辺の樹木にでも拘束してください。逆らう者がいれば、生かしておく必要はないわ。容赦なく殺して──」
女が女将校に剣を突きつけながら、ほかの賊徒に指示をした。
賊徒の男たちが女の指示に従って、兵たちを集めて服を脱がせだす。
また、指名をされた兵が鍵束を持ってこさされて、囚人たちの足枷を外しだした。
「あなたたちは、この瞬間に大黒山の兵よ。亜人収容所から囚人を救い出すために一緒に戦ってもらうわ──。協力するわね──?」
女が言った。
やっと事態が飲み込めてきた。
大黒山の亜人の仲間が、収容所から亜人の囚人を解放するために襲撃をしようとしているのだ。
心の底からなにかが漲ってくるのを感じた。
「うおおおお──」
黄新は込みあがるもののままに叫んでいた。
ほかの囚人たちも一斉に雄叫びをあげていた。
「……あれっ? あんた、まだ服を着てたの? 脱ぎなさいって言ったでしょう……。まあいいか……。ちょっと、血がつくのが嫌だけど……」
歓声の中で、あの女が女将校にそう言っているのが黄新の耳に入った。
そして、女が剣で女将校の喉を無造作に切り裂いた。