※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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623 亜人牧場への襲撃

「賊徒だと──?」

 

 報告を受けた愛甲(あいこう)は立ちあがっていた。

 

「数名の囚人がたったいま先に逃げ帰って、そうありました。物見には外作業の囚人と兵がこちらに逃げてくるのも見えます──」

 

 兵が叫んだ。

 愛甲はとにかく、状況を掴むために物見台に駆けた。

 収容所の庭では多くの囚人が作業を実施している。

 愛甲は、報告をしてきた兵とともに、そのあいだを駆け抜けて、城壁にある物見台に向かった。

 

 階段を駆けあがった。

 物見台に到着する。

 確かに、数十人の囚人と兵がひと塊りになって逃げてくるのが見える。

 ずっと後方に騎馬らしき土煙も見えた。

 

「開門しろ。とにかく、逃亡してくる兵と囚人を中に入れるのだ──。そして、すぐに閉門だ──」

 

 愛甲は指示を発した。

 閉じていた収容所の城門が開かれる。

 やがて、雄叫びのようなものをあげながら、兵と囚人の集団が駆け抜けていった。

 

「閉門しろ──」

 

 愛甲は物見台から、すぐに命令を発した。

 伝令が走る。

 

 だが、様子がおかしい……。

 門を通過したばかりの逃げてきた兵がいきなり、城門にいた守備兵に斬りかかったのだ。

 あっという間に城門は、外からやってきた兵に制圧されている。

 

 また、雪崩込んだ囚人たちも、なにかを叫びながら暴れ出している。

 愛甲はその囚人たちまで、武器のようなものを持っていることに気がついた。

 外から逃げてきた囚人と兵が一団となって、口々になにかを叫びながら、まだ呆然としている守備兵に斬りかかったり、打ちかかったりいる。

 

「な、なんだ、あれは?」

 

 愛甲は叫んだ。

 制圧された城門に黒旗が掲げられたのだ。

 黒旗といえば、愛甲が思い出すのは、この近傍にある大黒山(だいこくさん)の賊徒だ。

 ただし、大人しい連中であり、この十年一度も外の襲撃などしなかったはずだが……。

 

「大黒山だ──」

 

「大黒山の賊徒──」

 

「亜人族の襲撃だ──」

 

 下の暴徒が口々に叫んでいるのが聞こえる。

 大黒山の賊徒が襲撃?

 愛甲は呆然としてしまった。

 

 営庭で外作業をしていた囚人たちも騒然としはじめた。

 だんだんと、外からの囚人たちに同調して暴れ出している。

 監督の兵が次々に襲われだす。

 兵たちは囚人を静かにさせる『禁錮具』という霊具を持っているが、それはひとりずつしか激痛を与えられない。

 ひとりをそれで押さえているうちに、その兵はほかの囚人に寄ってたかって殴られて倒されている。

 

 はっとした。

 やっと事態が飲み込めてきたのだ。

 眼を最初に見えた遠くの土煙があった方向に向けた。

 すでに土煙などない。

 

 やっぱり、賊徒が追いかけてくるなどということは嘘だ。

 さっき囚人とともに通過した兵こそが、賊徒だったに違いない。

 愛甲は蒼くなった。

 収容所を守る監視兵の数は、囚人数に比して少なすぎる……。

 囚人たちが一度暴れだしたら、抑えられない。

 

「ぼ、暴動だ──。信号だ──。信号を出せ──。国都に報告せよ──」

 

 愛甲は叫んだ。

 収容所では緊急事態を全域に知らせる合図である信号が決められている。

 それで全収容所に緊急事態態勢が伝わるとともに、道術通信で国都にも異常が報告される手筈になっている。

 国都そのものは二日ほどの距離があるが、郊外に駐屯している一部の数千の部隊がある。

 それが数刻以内には、駆けつけて来てくれるはずだ。

 

 物見台からは、すでに収容所全部に囚人の暴動が拡がっているのがわかる。

 眼下の囚人たちは、とにかくそばにあるものを武器にして、兵たちを襲っている。

 兵たちが倒れれば、兵が持っていた武器を奪って、それでほかの兵を襲う。

 

 やがて、囚人の暴徒が城壁を監視している詰所なども襲い出した。

 こっちの物見台にもやってくる。

 とにかく、囚人の数は多いのだ。

 

 限られた監視の兵だけでは、一度火のついた兵の暴動は治められない。

 ほかの物見台からも監視の兵が引きずり倒されている。

 あるいは、そのまま城壁の外に投げ捨てられたりもしている。

 制圧された場所には、次々に大黒山の黒旗が掲げられている。

 この物見台にも暴徒の囚人たちがやってきた。

 

「うわっ」

 

「ひいいっ──」

 

 愛甲の眼の前で、監視台にいる兵が囚人の持っている丸太棒で殴られて倒れた。

 その棒が愛甲の頭にも振り落ちてきた……。

 

「た、助けてくれえええ──」

 

 その愛甲の叫びが、最後の知覚になった。

 

 

 *

 

 

「これで、あなたたちが逃亡を図ろとしたのは三度目になるかしら? しかも、懲罰部屋は朱姫は五回目よね」

 

 華耶(かや)が呆れた声で言った。

 朱姫は、摩耶(まや)とともに、その言葉を憮然とした気持ちで聞いていた。

 周りは『禁錮具』を構えた監督囚に囲まれていて、朱姫と摩耶はそれぞれに柱を背にして手足を柱の後ろに回されて、手首と足首に短い鎖が繋がれた枷をされている。

 乳房を隠している短衣はそのままだが、股間を覆う短い下袍は取りあげられて、足元だ。

 ふたりで縄を編んでいたのをまたまた摩耶に見つかってしまい、そのまま、ここに連行されたのだ。

 

「ね、ねえ、華耶……。見逃してよ……。わたしたちは同じ囚人なのよ。どうして、こんな酷いことができるの?」

 

 摩耶が悲しそうな声をあげた。

 

「いつもいつも言っているじゃないの──。規則を守らないと、殺されるのはあんたたちなのよ。そんなことにならないように、わたしは、心を鬼にして、あんたたちに懲罰を与えているの──。とにかく、身体を傷つける罰は、この前、禁止されて、楊姫(ようき)様に叱られたから、これを股間にしてもらうわ──。明日の朝までよ」

 

 華耶は二本の黒い捩じり縄を取り出した。

 

「な、なによ、それ?」

 

 摩耶が訊ねた。

 しかし、朱姫はそれがどういうものかがわかった。

 宝玄仙にさんざんにやらされたこともあるのだ。

 朱姫自身もそれを沙那に使って遊んだこともある……。

 

 あれは「ずいき縄」と呼ばれるものだ。

 それを水に浸すと、時間が経てば強烈な痒み汁が滲み出る。

 

「あらっ? 朱姫はこれを知っているのね。これはずいき縄よ。これをあんたたちの股間に喰い込ませてあげるわ。そして、明日の朝まで放置よ──。今度こそ、懲罰の恐ろしさを身体に浸み込まさせてもらうわ」

 

 華耶は得意気な表情で手に持った縄を振った。

 しかも、そのずいき縄の中ほどに縄瘤も作ってある。

 

「さあ、これを急所に含ませましょう」

 

 華耶が言うと、華耶とともに、もうひとりの監督囚が、朱姫と華耶のそれぞれの前に縄を持って立ちはだかった。

 

「覚悟はいい、朱姫? あんたには、特別に瘤の部分にとろろ汁を塗ってあげるわ。わざわざ、あなたのために厨房から持ってきたのよ」

 

 華耶が冷酷そうに笑った。

 

「す、好きにすればいいじゃないの──」

 

 朱姫は強気の声で返したが、自分の顔が引きつるのがわかった。

 華耶はわざとらしく、持ってきた鉢に入れてあるとろろ汁に縄を浸けた。

 

「ただでさえ、怖ろしい痒みに襲われるずいき縄よ。それにとろろ汁まで塗っておけば、鬼に金棒ね──。今度こそ、あんたも観念すると思うわ」

 

「じょ、冗談でしょう──」

 

 朱姫は声をあげた。

 しかし、華耶はそれを冷笑で返すと、朱姫の腰の括れに縄をひと巻きして、後ろ側から前に縄がくるように朱姫の股間にぐいと喰い込ませた。

 

「あっ──」

 

 朱姫は敏感な場所に縄瘤が当たるのを知覚して、思わず声をあげた。

 

「その感じじゃあ、ちゃんと縄瘤が当たっているようね。じゃあ、括りつけるわね」

 

 華耶が前側で縄を引き絞ってから、先に腰に巻いていた縄に股間を通した縄を結びつける。

 

「終わったわ──」

 

 摩耶の股間に作業をしていた監督囚が華耶に声をかけた。

 

「こっちも終わりました──」

 

 華耶が朱姫の前から立ちあがって、わざとらしく縄をぐいぐいと動かした。

 

「はううっ」

 

 縄瘤で股間を抉られて朱姫は甲高い声をあげてしまった。

 

「生意気なさすがのお前も、これでどうしようもないわね。じゃあ、明日の朝までしっかりと反省しなさい──。間もなく、その股間を締めあげているずいき縄が効き目を発揮すると思うわ。その痒みをじっくりと朝まで味わいながら、決まりを破って縄を編もうとしたことを反省しなさい」

 

 華耶が言った。

 朝までというが、まだ昼間だ。つまりは、ほぼ一日、このずいき縄を食い込まされたまま、ほったらかしにされるということだ……。

 さすがに、朱姫もその苦痛を想像して、背筋が寒くなる。

 そして、三人の監督囚が懲罰部屋を出て行った。

 朱姫と摩耶は、誰もいなくなった部屋に拘束されたまま取り残された。

 

「しゅ、朱姫さん……」

 

 摩耶の心細そうな声がする。

 

「き、希望を捨てては駄目……。い、いつか助かる……。ぜ、絶対に……」

 

 朱姫は言った。

 そうやって、しばらく時間が過ぎた。

 だんだんと華耶の息が荒くなり、つらそうな声も聞こえてくる。

 朱姫の股間も熱い刃のような鋭さで痒みが襲いかかってきていた。

 腰から背骨にかけて、痛みのような痒みが込みあがる。

 

「ああ、か、痒い──。しゅ、朱姫さん……。こ、こんなの酷い……」

 

「が、頑張ろう──。こ、こんな嫌がらせに負けては駄目よ」

 

 朱姫は歯を喰いしばりながら言った。

 すると、扉が開き、華耶が部屋に入ってきた。

 

「そろそろ、効き目が出たころだと思って、様子を見にやってきたのよ」

 

 華耶が朱姫と摩耶の前に歩み寄ってくる。

 

「あ、ああ……あ、あたしたちが悪かったわ……。もう、あんなことをしないから許して……。い、いえ、許してください──」

 

 朱姫は叫んだ。

 謝るだけ、ただだ。

 これで許されるなら、とりあえず解放してもらおう……。そして、今度こそ、見つからないように脱獄の準備をするのだ。

 

「その手には乗らないわよ、朱姫──。お前だけは許さないわ。絶対に朝までそのままよ──」

 

 華耶が手を腰に当てて嘲笑した。

 そのとき、どこからか大きな喧騒のようなものが聞こえ出した。

 

「……なにかしら……?」

 

 華耶も首を傾げた。

 物音はだんだんと大きくなる。

 やがて、人の悲鳴のようなものも混じりだした。

 

「暴動よ──」

 

「男囚側で暴動──」

 

 部屋の外で口々にそういうのが聞こえた。

 

「ぼ、暴動? どういうこと?」

 

 華耶も驚いている。

 しばらくすると外の騒ぎがいよいよ大きくなった。

 

「暴徒がここまで──。急いで、囚人たちを房の中に──」

 

 女兵らしき悲鳴も聞こえた。

 そして、懲罰部屋の入り口から、ふたりの血だらけの女兵が倒れ込んできた。

 

「きゃああああ──」

 

「ひいいい──」

 

 まず、華耶が悲鳴をあげて、その場に座り込んだ。

 続いて、柱に拘束されている摩耶も血を見て叫んだ。

 しかし、朱姫はその女兵に続いて入ってきた人物を見て、悦びの声をあげた。

 

「さ、沙那姉さん──」

 

 女将校の軍装を身につけた紛れもない沙那がそこにいた。

 

「あらっ、朱姫? こんなところにいたの? 久しぶりね。迎えにきたわよ」

 

 血の滴る剣を持った沙那が白い歯を朱姫に向けた。

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