626 国境沿いの賊徒
「連中は、
駆けさせるといっても、ほとんど歩いているような速度だ。
だから、馬を進めながら普通に話はできる。
また、地湧子は駆けながら跨っている馬を道術で操っていた。
人間とは異なり、馬などの獣は『縛心術』では操り難いし、細かい調整が必要だ。
だから面倒なのだが、十歳の童女の姿であり、また、乗馬の心得えのない地湧子には、道術を遣わなければ、馬など操ることはできない。
地湧子の駆けさせる馬に並走して、
「はい……。賊徒の頭領の名が
「条件に合う連中かい?」
「はい。指示のあったとおりに、竜飛国と貧婆国を結ぶ街道にある陥空山を根城にする賊徒の中で道術を遣える者が頭領である賊徒を探しておきました。その黒松林の賊徒がそうです。規模は百人程度ですが、この界隈では一番に勢力になります。それにしても、連中をどうする気なのですか、地湧子様?」
地湧子は鎮元仙士の質問には答えなかった。
その代わりさらに質問をするために口を開いた。
「もう一度確認するけど、頭領の黒松林は確かに妖魔族なのね? いや、こっちでは亜人族というのだったわね……」
妖魔というのは、人間族とは異なり、霊気を帯びて人間化した畜生のことであり、こっちでは亜人とか獣人とか呼ぶ。
人間には霊気を帯びて道術を遣える存在は道術遣いと称されて珍重されるが、亜人は大なり小なり、必ず霊気を帯びる。
ただ、祖先は畜生といっても、世代を重ねるにつれて、見た目は人間族とそっくり同じになり、外見では見分けはつかなくなる。
最大の特徴は、頭に生えている角なのだが、それさえも、人間との血が混ざるとなくなることもある。
そうなると、見た目で判断するのは、ほぼ困難になる。
しかし、東方帝国では、彼らの存在は“妖魔”と呼び、その存在そのものを認めない。
それに比べれば、こちらの西方帝国の近傍の社会では、“亜人”と呼んで、それなりに共存しているということを地湧子も今度の旅で知った。
「間違いなく黒松林は妖魔です。ただし、道術そのものは大したものではありません。しかし、獣に近いだけあって力が強く、この辺りでは無敵の強さを誇っています」
鎮元仙士の口調には侮蔑の響きがある。
この男は東方帝国の人間だ。
地湧子もそうだが、どうしても妖魔、すなわち、こっちでいう亜人や半妖などという存在には構えるものがある。
「わかったわ。だったら問題ないわね……」
相手が霊気を帯びた妖魔であれば、地湧子の道術が直接に通用するのだ。
その方が手っ取り早いし確かだ。
相手が霊気を帯びない人間の場合は、直接の道術は通用しないので、霊具などに頼らなければならないが、それだと霊具を武器で防がれたりする場合がある。
武芸の心得えのない地湧子には、武器で襲ってこられればどうしようもなく、また、霊具と武具の戦いになれば勝ち目はない。
だが、単純に道術と道術の戦いになれば、この辺鄙な田舎に巣食うような妖魔相手に引けを取ることはないはずだ。
「連中の主な獲物は、人間という話ね……」
「そうです。財も奪いますが、それは人をさらうついでのようなものです。そのために、近傍の農村から人をさらいます。街道沿いの旅人を襲うこともありますが、しっかりと警護している場合が多いので、最近では、もっぱら自警の緩い近傍の農村を襲うようです。その方が確かですから」
「女は?」
「女は特に見境がないという噂ですね……。特に若い女は奴隷商に高く売れるらしいです。だから、近傍の農村では、妙齢の女は外に出ることもできずに、難儀しているようです」
「奴隷商ねえ……。ここは
東方帝国にも奴隷制度はあるが、大貴族などに限られたものであり、奴隷になるのは戦争の捕虜か、あるいは犯罪者だ。
借金が払えない場合なども罪人として奴隷にされる場合がある。
ただ、懲罰の要素が強いものであり、さらわれて奴隷として売り飛ばされるということはない。
しかし、こちら側の西方帝国に近いところでは、当たり前に奴隷制度があるというのは知っている。
そもそも、西方帝国そのものが、別名“奴隷帝国”と呼ばれるほどの奴隷制度の先進国だ。
「貧婆国には奴隷制度はありません、地湧子様……。また、竜飛国で認められている奴隷は妖魔の血が混じる者だけです。しかし、祖先にひとりでも妖魔の血が混ざれば奴隷になる可能性があるので、かなり奴隷の数は多いですね。もっとも、黒松林が取り引きをする奴隷商は
「天神国か……。確か、ここからさらに西方帝国の方角に近い国だったわね……?」
「そうです」
いずれにしても、地湧子はなんの罪のない者が突然にさらわれて、しかも、見知らぬ国に奴隷として売り飛ばされるなど我慢できない。
その黒松林という男が何者かは知らないが、とてもじゃないが平静ではいられない。
「そんな悪事をする賊徒をこの国の軍は放っておくの? 黒松林が道術を遣えるとしてもよ──。ちゃんとした防護術を遣えば、道術攻撃などそれほど怖くはないはずよ」
「ちゃんとした防御術を遣えばそうですが、それは討伐軍に道術遣いが加わるような大掛かりな討伐になります。竜飛国には道術師隊は国都にしかいないのですよ……。さすがに、国都の軍は、こんな国境に近い地方には簡単には出動しません」
「なるほど、だから好き放題やっているということなのね」
「手下そのものは百人ほどの勢力で、山の中に小さな砦を作っている程度なのですが、その連中の根城が隣国の貧婆国にあるんです。それが少し事情を複雑にしているところもあります。こっち側の竜飛国の軍では、貧婆国側にある砦には手を出せんのです」
「ならば、隣国の貧婆国の軍が討伐をすればいいじゃない」
「貧婆国にすれば、別に被害が出いているわけじゃないですからね。連中が悪事をするのは、もっぱら竜飛国側です。しかも、道術を遣える亜人がいるとあっては、討伐も尻込みせざるを得ません……。そこまでのことをする必要があるとは、貧婆国の国境軍の指揮官は考えていないでしょう」
「なるほど……。根城は貧婆国で、悪事は竜飛国か。国境をうまく利用して悪事を続けているということなのね」
「そうです」
鎮元仙士は言った。
「その黒松林という賊徒の頭領は、わたしに興味を示すかしら、鎮元?」
地湧子は軽口を言った。
いまの自分の姿は十歳の童女だ。
地湧子が捕らえられれば、その頭領は性的な興味を抱くのだろうか?
もしも、連中の部下に捕らわれたとき、頭領が性的な興味を抱く場合は、地湧子が頭領に接触する機会はすぐにあるだろう。
そのときに、道術をかけてしまえば、盗賊団を奪うことができる。
だが、奴隷商品としての価値しかないということであれば、砦に連れて行かれたとしても、頭領に会うことなく、奴隷商に引き渡されるかもしれない。
そもそも、檻などに閉じ込められた状態では、誰が頭領なのかわからないかもしれない。
「童女に興味があるという話は聞きません。しかし、可愛い童女は奴隷として高額で売れます。その意味で、黒松林は興味を示すでしょう」
鎮元が笑いもせずに応じた。
しばらく進むと、小さな村が見えた。
街道からは少し外れた場所にある村だ。
近づいただけで、異変が起きたということはわかる。
村の入り口だと思われる場所に村人の屍体があった。
「この村が黒松林の盗賊団に襲われた村?」
「おそらく……」
「刃物で殺されているわね? 盗賊団に襲われて、逆らったのかしら?」
地湧子は屍体を避けながら進みながら言った。
屍体はどれも残酷に殺されてた。
一刀のもとに斬り捨てられたような屍体はない。手や足を先に斬られてから、とどめを刺されていたり、あるいは、腹を裂かれて、はらわたが首に巻かれたような屍体もある。
「別に抵抗をしなくても殺しますよ。そういう連中なんです。死んでいる者たちのそばには、得物のようなものがないでしょう? おそらく、無抵抗だったけど、殺されたんですよ」
鎮元仙士は言った。
言われてみれば、死んでいる者たちのそばには武器のようなものはなかった。
この村を黒松林の賊徒が襲うらしいというのは、鎮元仙士が雇っていた手の者がもたらした情報だ。
それで急いで地湧子はやってきたのだ。
それにしても、地湧子がこの鎮元仙士とこんな風に親しく話すことがくるとは、以前は夢にも思わなかった。
この男が宝玄仙を目の仇にして追い回すのは密かに気に入らないと思っていたし、それに関わりたいとも考えてなかった。
しかし、縁というものだろう……。
地湧子が鎮元仙士を預かるようになったのは一年前からだ。
それ以前は、この男は宝玄仙によって、意識のあるまま石に変えられ、数年間放置されていた。この鎮元仙士が哀れな姿で発見されたのが一年近く前のことなのだ。
そして、最初の半年を治療のために費やした。
次の半年は実際に任務を与えることにより、その効果を確かめてみた。
その結果、すでに行方を探すことなど、不可能だと思われていた宝玄仙の居場所をついに探し当ててきた。
そして、今回、その宝玄仙を捉えるために使う手頃な盗賊団を探すことを命じると、それもすぐに見つけた。
やはり、この男はこういう調査や探索のような仕事には長けている。
また、治療についても、十分に満足する結果を得たといってよいだろう。地湧子はそれに満足している。
鎮元仙士を石に変えて放置したのは宝玄仙だ。
そもそもの発端は、鎮元仙士が、天教本部の八仙中の八仙である帝仙の地位にあった
そのときに、鎮元仙士は曹国仙の家宝である石化の霊具を金角に渡して宝玄仙を捕らえようとしたのだが、結局、その金角と宝玄仙が意気投合し、鎮元仙士は逆に返り討ちになり、石にされて放置された。
しかも、曹国仙の霊具は、石化しながらも意識だけは保ち続けるというものであり、天教の手の者が石になった鎮元仙士を発見したときには、鎮元仙士の頭は完全に狂ってしまっていた。
『縛心術』の得意な地湧子は、その発狂してしまった鎮元仙士を預かった。
地湧子による『縛心術』を繰り返した治療により、なんとかまともになったのは半年前だ。
それで、地湧子は鎮元仙士の能力を生かして、宝玄仙を探す仕事を任せてみた。
いまさら、宝玄仙がどうなっていようと、あるいは死んでいようと、それは天教にとっては重要なことではない。
見つからなくても支障はなく、鎮元仙士に探索を命じたのは、それがどうでもいい仕事だったからだ。
だが、見つかった。
すると、宝玄仙のことは、地湧子にとってどうでもいいことではなくなった。
だから、地湧子は鎮元仙士の能力を遣って、その宝玄仙と接触するために、遥々とここまでやってきた。
それにしても、よくも生きていたものだ……。
天教の貴族巫女だった宝玄仙の四年の旅は苛酷なものだったはずだ。
もともと、鎮元仙士が宝玄仙に関わるようになったのは、鎮元仙士が探索や調査を担当するような仕事だったからであり、どこにいるかわからぬ宝玄仙の行方を探すという任務にはうってつけだった。
なによりも、鎮元仙士は、本来は転送先に結界が刻んでいなければ跳躍できないはずの『移動術』を、一度過去に行ったことのある場所なら、どこでも跳躍できるという特殊能力を持っていた。
しかも、いま宝玄仙が旅をした経路とほぼ同じ経路の旅をしたことがあり、宝玄仙が行く先々を探しながら『移動術』で、あちこちを跳びまわるということができたのだ。
それでも半年かかった。
あるいは、わずか半年というべきなのかもしれない……。
鎮元仙士にいわせれば、宝玄仙たちは、かなり派手な旅をしながら、少しずつ東方帝国では西域と呼んでいた場所に向かって旅を続けていたらしい。
だが、それでも半年かかっている。
世界は広いというべきだろう。
もうすぐ、宝玄仙たちは、この竜飛国側から北の貧婆国に向かうために、国境を越える陥空山の峠道にやってくる。
おそらく数日後のことだ。
この周域では、「魔域」と呼んでいる「西域」に向かう「巡礼」の旅に出た宝玄仙だが、東方帝国を出立して四年……。
本当に宝玄仙は、その西域に向かう旅を続けていたのだ。
沙那、孫空女、朱姫という三人の若い女傑を供にして……。
とにかく、宝玄仙の居場所がわかった地湧子が、次に鎮元仙士に与えた指示は、その国境越えの峠の周辺で、道術を遣える者が頭領になっているような盗賊団を探せということだ。
道術遣いを選ばせたのは、霊気を帯びた存在であれば地湧子の霊気が通用するからだ。
さらに村を進むと、どこからか笑い声が聞こえてきた。
「まだ、賊徒がいるわね」
「そ、そのようです、地湧子様、お気を付けください──。これは、やってくるのが早すぎたようです。一度、戻りましょう」
鎮元仙士の声が引き締まったものになるとともに、馬の鞍に縛りつけてある剣を鞘ごと抜いて小脇に抱え込む。
だが、鎮元仙士には、賊徒をどうするつもりなのか一切説明していない。
道術遣いが頭領である賊徒を探させた理由が、連中に地湧子をさらわせるためだと知ったら、鎮元仙士は仰天するだろう。
「いや、ここでいいわ、鎮元。ご苦労だったわ……。とりあえず、これから先はわたしだけでいい。帰っていいわよ。じ後は関与しなくてもいいわ。わたしが昨日、『移動術』でお前と接触した竜飛国のあの宿町で待ちなさい。お前の情報が正しければ、宝玄仙はあと数日もすれば、この界隈を通りすぎるのでしょう? わたしは、この連中をけしかけて、宝玄仙と接触してみるわ」
地湧子は言った。
「な、なりません──。なぜ、自ら、そんな危険なことをせねばならんのです。宝玄仙を捕らえるという仕事であれば、俺にお申し付けください。なんとしても、今度こそ、宝玄仙を捕らえて、帝国の天教本部に連れ帰ります」
「ですぎないことね、鎮元──。わたしが、いつそのよう任をお前に与えたかしら? お前に託したのは、その自在『移動術』の術と、こちら側の西方界隈に詳しい土地勘と探偵調査の手腕で、旅をし続ける宝玄仙の居場所を見つけることよ──。ここから先は、お前の任はないわ──。お前は、わたしが宝玄仙と接触する機会を提供すればそれでいいのよ。これから先はわたしの仕事よ」
「そんな、地湧子様──。まさか信じられません。あの危険な悪党の宝玄仙と地湧子様はおひとりで渡り合うなど……。俺にお申しつけください──。この命に変えましても、宝玄仙を捕らえてみせます」
「命をかけて、宝玄仙を捕らえようとして、酷い目に遭ったのでしょう、鎮元。いいから大人しく、わたしの言うことに従いなさい。悪いようにはしないわ。宝玄仙を帝国に連れ帰ることができれば、お前の天教における復位も考えてやるから……」
「そ、そんなことは、もう望んでおりません──。俺があの宝玄仙を捕らえます。俺が捕まえる──。絶対に捕まえてやる──。八つ裂きにする──。宝玄仙も、あの孫空女も朱姫も沙那も全員だ──やっつけてやる──。俺は──俺は──俺は──」
鎮元仙士の目つきが不自然なものになり、口調が怪しくなった。声も喚き声に近いものになる。
一度は狂った頭も地湧子の道術でかなり安定したものの、やはり宝玄仙絡みになると正常を保てないようだ。
「ちょっと、とまりなさい、鎮元──」
地湧子は馬の歩みをとめた。
鎮元が地湧子の馬に並ぶように馬をとめる。
地湧子は鎮元仙士の顔の前で、ぱちんと指を鳴らした。
たちまちに、鎮元仙士の顔が虚ろなものになる。
「鎮元、お前は、宝玄仙に関するすべてを忘れよ……。そして、今朝、出立した宿町の宿で、わたしの帰りを待ちなさい。お前がこれからやることは、わたしの帰りを待つことだ……。半月以内に戻らぬ場合は、記憶が復活する。そのときは、『移動術』で東方帝国に戻り、わたしの異変を天教本部に報せなさい……。さあ、なにをするのか口に出してみなさい、鎮元」
地湧子は言った。
そして、指をもう一度鳴らす。
「俺は、今朝出立した宿町で地湧子様を待ちます……。それで半月経って、地湧子様が戻らぬ場合は、『移動術』で東方帝国に戻り、地湧子様の異変を報せます……」
鎮元仙士は虚ろな表情のまま言った。
地湧子は霊気を調整して、鎮元仙士にかかっている『縛心術』の強さを調整した。
この男には、常に『縛心術』がかかっている。
術を解いてしまえば、あっという間に自我が崩壊して、完全な発狂状態に戻ってしまう。
鎮元仙士の表情がまともなものに戻った。
見た目だけのことだが……。
「宝玄仙のことは?」
「宝玄仙とは誰です?」
鎮元仙士は首を傾げた。
地湧子は満足した。
これで鎮元仙士は、その宿町にある宿でずっと地湧子の帰りを待ち続けるはずだ。
いまのこの男には、自発的な行動はできない。
待つように指示をした宿町は、宝玄仙がやってくる街道とは違う街道にある宿町だ。
万が一にも鎮元仙士と宝玄仙が出遭うことはないと思う。
「……今朝、出発した宿に帰れ、鎮元。そこで半月待ちなさい」
「わかりました……」
鎮元仙士の口調も自然なものだ。
もっとも、これは偽物の正常さだ。
「では、お気をつけて……」
鎮元仙士が馬を返して戻っていく。
地湧子の『縛心術』で記憶を消失させられた鎮元仙士からは、さっきまで見せていた激しい感情は垣間見えない。
地湧子はその背中を静かに見送った。
それにしても、宝玄仙も罪なことをするものだ。
一年前に見つかった石化した状態で発見された鎮元仙士は、完全に発狂した状態だった。
いまの鎮元仙士は、一見はまともに思えるが、実際のところ自我のない人形と同じだ。
さっきのように剝き出しの感情を表に出せるのは、宝玄仙に関係することをやっているあいだだけだ。
それ以外のことになると、まったく自分ではまったく感情を作ることができずに、道術で与えた感情した抱くことしかできない。
自分でなにかを考えて行動するということもできないのだ。
もともと有能なの男なので、命令をしたことはしっかりと実行できるが、できるのは明確に指示をした事項のみだ。
地湧子は鎮元仙士の背中が完全に視界が消えるまで、その場にとどまっていた。
万が一、この先に騒動が起こっても、鎮元仙士が巻き込まれることがないようにだ。
地湧子は、鎮元仙士が見えなくなるのを待って馬から降りた。
そのまましばらく、地湧子は歩いて村の中心に向かって進んだ。
笑い声はだんだんと大きくなっていく。
それとともに、女の泣き声も聞こえるようになった。
村の道は酸鼻を極めていた。
逃げ惑って殺された村人の死体は、ちょっと数えただけでも二十を超えていた。
子供さえも突き殺されている。
惨たらしく殺された若い女の死体もあった。
彼女は抵抗したのだろうか?
そばに剣が転がっていた。
女の死体の下半身の衣服ははぎ取られていた。
村の広場が近づいてきた。
広場の木には、裸の女がぶら下がっていた。
しかも片足だけ縛られ、大きく開いた急所からは血が流れ出している。
すでに女が死んでいるのは見ただけでわかった。
「ひいっ、ひっ、ひいっ……ゆ、許して、許して……」
「はんっ、はっ、はっ──」
「ぐううっ、痛い……痛い……はあああ……」
広場では、賊徒らしい一団が、この村でさらった女たちを犯しながら車座になって酒盛りをしていた。
広場で酒盛りをしているのは、二十人ほどの賊徒だ。
そばには二台の荷駄馬車があった。
荷台とも幌はない。
一台の荷駄馬車には、この村から奪ったのだと思われる荷が積んであった。
もう一台の荷駄馬車にはなにも積まれていなかったが、十人ほどの裸の若い女がそばに縄で繋がれている。
賊徒たちがやっているのは、その中の数名を車座の中心に連れて来て、交替で強姦しているようだ。
真ん中では、全裸で四つん這いにされた女たちが、泣き叫びながら、後ろから賊徒に犯されている。
犯されている女たちには、全身のあちこちに男の精と思われる白濁液がついており、すでに多くの賊徒たちに犯されたのだということがわかる。
「なんだ、子供?」
賊徒たちの一部が賊徒の輪に近づいてこようとしている地湧子の存在に気がついた。
この二十人の中の五人ほどが妖魔だ。
地湧子にはすぐにわかった。
これが東方帝国ならば、社会秩序の外にある賊徒でさえも、人間族と妖魔族が共存するということはないだろう。
やはり、異邦の地なのだと思った。
ただ、この中に黒松林はいない。
それはすぐにわかった。
攻撃道術が扱えるほどの高い霊気を帯びた存在はいない。
この五人の妖魔程度の霊気であれば、実際には道術を扱えることはないだろう。
多少の霊具が扱える程度であり、現実的には霊気のないただの人間族と同じだ。
「わたしも遊んでもらおうと思ったのよ……」
地湧子は十歳の童女に相応しい口調で喋った。
すると、意表を突かれた言葉だったのか、一瞬、賊徒たちが黙り込んだ。
だが、すぐにどっと笑った。
「遊ぶって、いま俺たちがなにをしているかわからねえのかい──。本当に遊んで欲しいのかい、お嬢ちゃん?」
ひとりが言った。
「まあ、頭がおかしいのだろうさ。まあいいや。どこに隠れていたのかわからないが、これは上玉だぜ。お頭も悦ぶに違いないさ──。連れて行こうぜ」
もうひとりが言った。
そして、何人かが地湧子を捕らえようとこっちにやってくる。
あっという間に地湧子は周りを五、六名の賊徒に取り囲まれた。
「……ふふふ、なにをして遊ぶのかはわかっているつもりよ、おじちゃんたち……。おじちゃんたちが、わたしをいい気持ちにさせてくれるなら、ほんとうに遊んでもいいわ……」
地湧子は、この辺りの十歳の娘が着るような着物を着ていたが、その裾を両手で持って、股間が露わになるようにまくりあげた。
地湧子は下着を身に着けていない。
着物の裾をたくしあげて左右に大きく開くことで、なにもない剝き出しの股間が男たちの前に露わになった。
「な、なに?」
こっちにいる男たちの視線が、地湧子の股間に集中した。
「そうよ……。よく見なさい……。わたしの股を……」
地湧子は笑った。
囲んでいる男たちの顔から虚ろなものになる。
地湧子の股は、単純な童女のそれではない。
実際には、百を越えている地湧子は、ただ外見を人間の童女に見せかけているだけだ。
しかし、股間だけは妙齢の女のもののようにしていた。
だから、陰毛もあるし、童女の股間とは思えない熟れきった女の色香をそこに感じたはずだ。
しかし、眼の前の男たちの表情がおかしなものになったのは、そのためではない。
実は、地湧子の股間には特殊な渦巻きの紋様が刻まれているのだ。
道術陣としての効果があるものであり、これを凝視してしまうと、妖魔はもちろん、霊気を持たない人間族でさえも、『縛心術』にかかったような虚ろな状態にさせることができる。
ただ、操れるほどの『縛心術』がかけられるのは、やはり、霊気を帯びた者のみだ。
霊気を帯びていない人間には、地湧子も『縛心術』はかけられない。
地湧子は、懐に隠していた糸くずのような霊具を口で吹いた。
それは風に漂って、最初に眼の前に囲んでいる男たちの首に巻きついた。
「どうした?」
地湧子の方にやってきた男たちの様子に異変を感じたのか、女を犯す輪の中にいる残っている賊徒たちのひとりが声をかけてきた。
それでほとんどの者がなにかしらの異変を感じたらしく、やっと全員がこっちに注目した。
そのあいだにも、さっきの地湧子の糸くずは、ふわふわと風に乗って、女を犯している男たちに向かって飛んでいる。
そして、ひとつ、ひとつと賊徒の男たちの首に巻きついていっている。
あれは一度巻きつけば、地湧子の道術がなければ、外せないし、千切れない特別製ものものだ。
「このおじちゃんたちに、わたしもおかしてくれと、たのんだんだけど嫌だっていうのよ……。だから、そっちのおじちゃんたちがどう?」
地湧子は股間を曝け出したまま言った。
賊徒たちが呆気にとられた感じで、地湧子の道術陣のある股間に注目した。
すぐに全員が虚ろな表情になった。
そうしているうちに、やっと全員の首に糸が巻きついた。
肌に密着したその糸は、すぐに透明になり肌に同化してしまってわからなくなる。
だが、糸は厳然と存在し続ける。
それを確認してから、地湧子はまずは、この中にいる五人の妖魔に『縛心術』を刻んで心を操り状態にした。
そして、大きく手を叩いた。
賊徒たちの顔が正気に戻る。
ただの人間にも『縛心術』で心と身体が操れればそれが手っ取り早いのだが、残念ながら地湧子にはそんな能力はない。
「おっ、どうしたんだ? とにかく、その娘を縛ってしまえ。砦に一緒に連れていくぞ」
賊徒の中の長らしき男がはっとしたような顔になって声をあげた。
「だめよ、おじさん……。砦につれていくのは、わたしだけよ。その女の人は置いていくのよ。そして、すぐにわたしを頭領のところにつれていくの……」
地湧子は言った。
「はあ、なにを言っているんだ、おい、そいつを縛れと言っているだろう──」
その男が怒鳴った。
「へ、へい」
「お、おう、縄を持って来い──」
地湧子の周りにいる男たちが我に返ったようになった。
「わたしに触るとあぶないわよ」
地湧子は周りにいる男たちの首に巻いてある糸に道術を込めた。
糸が一気に縮んで、男たちの首が同時に切断された。
地湧子の周りの男たちが同時に首のない屍体に変わって首が転がるとともに、胴体が地面に倒れる。
騒然となった。
「ひいいい──」
「うわあああ──」
「な、なんだあ──」
「きゃあああ──」
「ば、化け物だ──」
賊徒たちだけでなく、集められている女たちも一斉に悲鳴をあげた。
「こ、殺せ──。そいつを殺せ──」
長らしき男が真っ蒼な顔で怒鳴った。
地湧子は男に向かって指をさした。
「ばん──」
地湧子は言った。
声に合わせて、そいつの首の糸に霊気を注ぐ。
男の首が落ちて、切断された部分から血が噴水のようにあがった。
「あとは面倒ね。あんたたち、殺してちょうだい」
地湧子は、この中に混じっている五人の妖魔に術で命令を注いだ。
この五人の妖魔は『縛心術』がかかっている。
地湧子の術で自在に操ることができる。
その五人が武器を抜いた。
ほかの人間の賊徒に対して、その武器を遣いだした。
あっという間だった。
突然に暴れ出した仲間に抗することもできずに、次々に賊徒たちは殺されていく。
抵抗しようとして武器を抜いても、地湧子が道術で首を捩じ切ってしまう。
ほんの数瞬で、残るのは地湧子に操られている五人だけになった。
その五人に女たちの拘束を解かせる。
しかし、助かった女たちにも、地湧子に対する恐怖の色しかない。
地湧子が女たちの方向に歩いていくと、女たちは悲鳴をあげてどこかに逃げていった。
だが、地湧子はもう女たちに興味を失っていた。
その五人に手伝わせて、ひとりで空いている荷駄馬車の荷台に乗った。
「さあ、砦に向かうわよ。出発しなさい──。ああ、そうだ。わたしに縄をかけるのを忘れないようにね」
地湧子が声をかけると荷駄馬車が動き出す。荷台に乗るのは、馭者台に座るひとりを除く全員だ。
残った荷駄馬車も馬も置き捨てられる。
荷駄馬車は、首のないたくさんの屍体を踏みながら街道に戻る方向に進みだした。
地湧子と一緒に乗り込んだ賊徒のひとりが、地湧子に縄掛けをするために近づいてきた。