627 足で描いた「厠」
街道沿いの峠越えの一軒の料理屋だが、人里からかなり離れているというのに結構賑わっていた。
六卓ほどある席はすべて埋まっていたし、店の外に並べられた長椅子で食事を食べている者もいる。
食べている者は、すべて旅姿の男たちだ。
女で食事をしているのは、沙那たち四人くらいのものだ。
「それにしても、随分と賑わってきたねえ。一気にどっと増えたという感じじゃないかい。だけど、こう言ってはなんだけど、それほど、うまいというわけじゃないのになんでこんなに賑わうんだろうねえ? 料理の品揃えだって、豚肉と野菜の煮物のひとつきりだろう。こんなに客が集まるような料理屋とは思えないけどねえ」
宝玄仙が言った。
「こ、声が大きいですよ、ご主人様」
沙那は慌ててたしなめたが、沙那たち四人が座っている卓は、一番厨房に近い席だったので、店の主人である男に聞こえたらしく、ちょうど厨房で作った料理をほかの客に運ぶために出てきた四十すぎの主人はむっとした顔をしていた。
しかし、宝玄仙は素知らぬ顔だ。
一方で、孫空女と朱姫は、料理を食べるのに忙しくて、まったく気にしていないようだ。
確かに、宝玄仙のいうとおり大して美味とは思えなかったが、こういう場所で食べるのであれば、料理が温かいだけで十分に贅沢というものだとは思う。
「……この先にはもう店がないらしいですよ、ご主人様。茶店一軒ないという話です。だから、おいしくても、そうでなくても、温かいものを峠を越える前に食べたければ、この店に立ち寄るしかないんです……。」
沙那は小声で言った。
「へえ……。だからかこんなに不味い店でも客が多いというわけだね……」
宝玄仙が笑った。
「だ、だから、声が大きいと言っているじゃないですか──」
沙那は叱るような声をあげた。
しかし、宝玄仙は悪びれる様子もなく笑うだけだ。
沙那は嘆息した。
「そう言われてみれば、食事をせずに食べ物の材料を購っただけで過ぎていく客も多いよね。荷を運ぶ輸送隊も多いようだし、国境越えの
孫空女が口を挟んだ。
ふと見ると、大皿が空になっていた。
卓の上には料理のほかに購った水の入った瓶があるが、朱姫はその中の水を水筒に移し替えている。
山越えだと、もしかしたら、うまく水もうまく手に入れられない可能性もある。
水だって大事なものだ。
「ふん、お前のような庶民じゃあ、なんだってうまいだろうさ、孫空女。わたしのように育ちがいいと、代金をとって料理を食わしている限りは、それなりのものを出してももらわないと文句も言いたくなるんだよ」
宝玄仙が孫空女をからかうような口調で言った。
だが、孫空女はそれを聞いてぱっと破顔した。
「あたしの育ちじゃあ、庶民にも入らないよ。部落でまとめて家畜みたいに育てられた孤児だからね。あたしも庶民に生まれれば、子捨てされなくてすんだかもしれないよ」
孫空女は笑いながら言った。孫空女は凶作になると育てられない子を捨てるという風習が当たり前の貧しい農家の村の出身だ。
親は物心ついて死んだらしく、一応は部落の中で同じような境遇の子とまとめて育てられた。将来の不作のときに、奴隷として売るためである。
つまりは、家畜扱いだ。
それで売られそうになった孫空女は生きるために脱走したのだ。
宝玄仙がちょっとだけ気まずいような顔になった。
しかし、孫空女にはそんなつもりはなかったのだろう。
あっけらかんと笑っている。
「ところで、もう店がないって言ったかい? じゃあ、もしかして、山越えが終わるまで、宿もないということだね……。なら、今夜は野宿になるのかい?」
宝玄仙が話題を変えた。
もともとは天教の高級巫女の宝玄仙は、故郷の東方帝国では大貴族と同じくらいの高貴な身分のはずなのだが、案外に野宿は苦にしない。
野宿でもなんでも平気なものだ。
「とんでもありません。この先の
「おや、なら野宿はなしなんだね? もしかして、夜歩きかい?」
「いえ、大した山越えじゃありませんし……。ここからでも、少し急げば、夕方には峠を越えた貧婆国側の麓の関所には到達できると思います。関所の前には、旅人目当ての宿町もあるので、今夜は宿に泊れまるはずです、ご主人様」
「相変わらず、しっかりと調べてあるねえ、沙那……。ところで、陥空山の賊徒集団というには、ひとつじゃないのかい?」
「全部で十数個の盗賊団が存在するみたいです。わたしが調べた限りでは、この周辺の賊徒で一番危険なのは、
「なら、問題ないだろう?」
「盗賊団はほかにもいるんです。大きくても十数人の盗賊だということですけど……。それがそれぞれに縄張りを作って、旅人などを襲うんです。この陥空山の山越えの街道沿いに、いくつかの盗賊団の巣があるので、この先の山道には、もう店も民家もないということなんです」
「つまりは、陥空山の賊徒集団というのは、その黒松林の賊徒団を含めた幾つかある盗賊の総称ということかい」
「そういうことのようですね、ご主人様。だから、わたしたちのような女旅の連れなんて、連中のいい標的です。野宿なんてすれば、すぐに寄ってきますよ」
「そんなの平気じゃないですか、沙那姉さん。沙那姉さんと孫姉さんのふたりがいれば、ちょっとした賊徒なんて簡単に追っ払えるじゃないですか」
朱姫が口を挟んできた。
「そりゃあ、そうだけど、あたしらが強いなんて、見た目にはわからないからね、朱姫。女連れの旅で、しかも、金目のものを持って歩いていれば、盗賊なんていうのは、どうしても襲いたくなるのさ……。だから、危険なことは避けた方がいいと、沙那は言っているんだよ」
孫空女だ。
「金目のものなんて、ありませんよ、孫姉さん」
「あるよ──。しかも、みんなぶらさげて歩いている。あたしらそのものさ。若い女なんていうのは、奴隷商には高く売れるのさ。さしずめ、朱姫なんて高く売れるよ。大人になるかならないかくらいの少女なんていうのは値段がいいんだ。少なくとも、朱姫は十五、六の娘にしか見えないしね」
孫空女は笑った。
「す、好きでそうなんじゃありませんよ。あたしだって、もう少し大人の女の姿になりたいんです」
朱姫が少し不機嫌な顔になった。朱姫に限らず、この宝玄仙の供の三人は、それぞれに宝玄仙の道術紋が刻まれたときに、見た目の成長が停止して外見が変化しなくなっている。
少女にしか見えない朱姫も、本当は二十歳の女だ。
ただ、四年前に道術紋が刻まれたときに成長が停止してしまい、まあ、とてもそうには見えない……。
「さすがは、蛇の道は蛇だね、孫空女。じゃあ、興味で訊ねるけど、奴隷として売り飛ばすとすれば、やっぱり、一番高いのは朱姫かい?」
「まあそうだね……。その次は、あたしや沙那のような戦闘のできる女奴隷さ。傭兵でも、警護でもいくらでも使い道があるしね。でもご主人様も高いと思うよ。綺麗だし」
「やっぱり、女というのは生娘の方が高いのかい? そんなことを耳にしたこともあるけどね」
「どうかなあ……。売り買いする奴隷商にもよるんじゃないかと思うけど、あたしの知る限り、生娘だから特別な値段がつくというのは知らないね。性奴隷として、特別な買い手に売るんならともかく、娼館に払い下げるんなら、性技を覚えさせなければならないから、店に出す前に生娘ではなくなるだろう? そんなものに特別な価値はないんじゃないかな……」
「お前、随分と詳しいねえ。その若さにしては、色々な人生経験があるのは知っているけど、もしかして、奴隷だったこともあるかい?」
「奴隷にされかけたことはあるよ……。そんなのあたしのような境遇なら、一度や二度はあるんじゃないの……。逃げ出したけどね。朱姫だってあるんじゃないのかい?」
「ありますね……。『獣人』の道術で八つ裂きにしてやりました」
朱姫はあっさりと言った。
「それにしても、山越えの旅人目当ての盗賊なんて、昔の稼業を思い出すだろう、孫空女」
宝玄仙が孫空女をからかった。
「やめてよ……。もう、四年近くも前のことじゃないか──」
孫空女が顔を赤らめた。
この孫空女は、もともとは東方帝国の西部にある
それが女連れの旅だった沙那と宝玄仙を襲い、宝玄仙に返り討ちになり、無理矢理に供にさせられた。
いまとなっては懐かしい思い出だ。
「いずれにしても、峠越えをするには、あまりゆっくりはしていられません。おかしなことは禁止です。いいわね、特に、朱姫──。今日は、くだらない悪戯で旅の邪魔をするんじゃないのよ。山越えの途中で夜道になったら、危険なんだから」
沙那は向かい側に座っているお調子者の半妖の娘を睨んだ。
「お、おかしなことってなんですか、沙那姉さん──。なんか、嫌な言い方ですよねえ……。あたしばっかりが、みんなの旅の邪魔をしているみたいじゃないですか」
朱姫が不満気そうに言った。
「そう言っているのよ。あんたばっかりが、旅の邪魔をしているのよ。自覚ないの?」
「なに言ってんですか。そんなのご主人様も同じじゃないですか」
「わたしの名を出すんじゃないよ、朱姫」
宝玄仙は笑った。
「と、とにかく、旅に時間がかかるのは、沙那姉さんにだって原因がありますよ……。今朝だって、一番起きるのが遅かったのは沙那姉さんです。みんなが食事をして部屋に戻ってくる頃に、やっと眼を覚まして、起きあがったんじゃないですか。あの寝坊がなければ、今朝だって一刻(約一時間)は早く出立できましたね」
「あ、あれは、あんたらが昨夜、わたしばっかり集中的に責めるからよ──。わたしばっかり、あんなにいきまくれば──」
沙那は思わず怒鳴ろうとしたが、周りの客の男たち存在を思い出して、慌てて口をつぐむ。
だが、昨夜の夜の営みでは、例によって、この朱姫が沙那にまとわりつき、面白がった宝玄仙まで絡んできて、夜半過ぎまでひとりだけ集中的に絶頂責めにさせられたのだ。
朝、普通に起きられなくて当然だ。
「……だって仕方がないじゃないですか……。あんなに面白い身体をしている沙那姉さんが悪いんです」
朱姫が声を低めて、からかうような口調で言った。
「お、面白いってなによ──?」
「そんなに怒りんぼのくせに、ちょっと触っただけで、すぐに身体に火がついたようによがりだすんですから……。愉快な玩具みたいなものです。愉しくってやめられません……。もちろん、これからも悪戯はやめませんよ……。あっ、でも、沙那姉さんがあんまり感じなくなったら、悪戯はやめるかもしれませんよ。面白くないですから……。あたしの悪戯をやめさせるために、感じすぎないように訓練しますか?」
「ふざけるんじゃないわよ、朱姫──」
今度は大声で怒鳴った。
周りの客たちが何事だろうかと思って、こっちに注目しているのがわかる。
だが、知ったことか──。
「落ち着きなよ、沙那……。そうやって、すぐに感情を剝き出しにするから、余計にからかわれるんだよ……。少し冷静になりな。朱姫はふざけて、沙那を怒らせようとしてるんだよ……。ところで、あたしは厠を借りて用足ししてから、外で待っているね」
孫空女が立ちあがって、店の主人に声をかけてから店の外に出て行く。
外に出てから、裏に回り込んだところに厠があるのだ。
そこを借りにいったのだろう。
孫空女にたしなめられることで、沙那もいつの間にか朱姫の調子に乗せられていたということに気がついた。
冷静になれば、朱姫が意図的に沙那を怒らせるような物言いとしたのは明らかだ。
からかわれたのだ。
沙那は気分を落ち着けるために、大きく息をした。
横では宝玄仙は呆れた表情で笑っている。
宝玄仙も朱姫が沙那をわざと怒らせるためにからかっていることに気がついていたようだ。
沙那は、朱姫の手玉に乗せられたような気分になり、自分の顔が赤らむのを感じた。
「沙那姉さん、やっと興奮してきたのに、落ち着いたりしたら駄目ですよ……。そうやって、怒ったり、興奮したりしたりしたときが、一番、『縛心術』がかけやすいんですから……。もっと怒ってください……。あとちょっとで、沙那姉さんの『縛心術』が深くまでかかるところなんです」
朱姫が言った。
「お、お前、なにを言ってんの──?」
沙那はびっくりした。
しかし、いきなり、朱姫が沙那の顔の前でぱちんと手を叩いた。
「はい──。沙那姉さんは、少し前のことを忘れます──。孫姉さんが出ていく直前からの記憶は消えてしまいます」
朱姫が言った。
その瞬間、沙那はなにもわからなくなった。
そして、たったいままで横にいたはずの孫空女がいないということに気がついた。
いつの間に消えたんだろう──?
「あれ、孫女は?」
沙那は朱姫を怒っていたことを忘れて、声をあげた。
いま、朱姫に怒鳴ったときには、孫空女は確かに隣に座っていた。
それが一瞬にして消えた。
「厠に行くといって、先に席を立ちましたよ……。そう言えば、沙那姉さんも厠に行ったらどうですか? 折角ですから……。急ぎの旅なんですよね。だったら、いまのうちにすませた方がいいですよ……」
「えっ、厠?」
「ええ……。歩いている途中で外で用便をしようとしたら、また、あたしが覗きにいって、からかいますよ。沙那姉さんって、おしっこをしているところを見られるのを本当に嫌いますよね」
「の、覗いたら承知しないわよ、朱姫──。そ、それに、ご主人様も笑っていないで、そろそろ治してくださいよ。ご主人様の『治療術』なら一発で治せるんでよねえ……。本当にお願いです」
沙那は宝玄仙に哀願した。
自分の尿道はしばらく前に、薬師の兄妹の尿道調教を受けて、尿をするたびに快感を覚えるようなおかしな身体にされてしまっている。
沙那はそれをどうにかして欲しくて、宝玄仙に何十回となく頼むのだが、宝玄仙はいっこうにそれを治療してくれようとはしない。
「嫌だね……。そんな愉快な性癖を治すつもりはないね……。さっきの朱姫の言い草じゃないけど、わたしも朱姫も、お前がよがるのを見るのが愉しくて仕方がないのさ。その淫乱で感じやすい身体をもっと自分で制御できるようになれば、治療も考えてやるよ」
宝玄仙が笑った。
沙那は歯噛みした。
感じやすい身体といっても、これだって宝玄仙のせいなのだ。
宝玄仙が沙那の身体をそれこそ、快楽責めに次ぐ快楽責めにして、全身が性感帯のようなおかしな体質に変えてしまったのだ。
「それよりも、厠に行ってくださいよ、沙那姉さん。おしっこしたいですよね? さっきから、おしっこがしたくて堪らないはずですよ。忘れたんですか?」
朱姫が顔を近づけて耳元でささやくように言った。
「あっ」
沙那は思わず股間に手をやって身体を震わせた。
それでやっと、ずっと尿意という生理に襲われていることを思い出したのだ。
「か、厠に行ってきます、ご主人様」
沙那は慌てて立ちあがろうとした。
「座ってください、沙那姉さん──」
そのとき、朱姫の大声が突然に響いた。
脚が金縛りに遭ったかのように動かなくなった。
「な、なに?」
「話の途中でどこかにいくなんてひどいですよ、沙那姉さん──。ちゃんとお話ししましょうよ」
朱姫はにやにやしている。
沙那ははっとした。
いまの大声は朱姫の『縛心術』に違いない。
「な、なにするの、朱姫──。わ、わたしを厠に行かせないつもり?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。話が終われば解放してあげます。でも、話が済むまでは、座っていてください。どうしても我慢できなくなったら、椅子に座ったまますればいいでしょう」
朱姫が悪戯っぽい笑みを浮かぶた。
沙那はこんなに限界に達している尿意に襲われながら、朱姫の『縛心術』で身体を動けなくされたということに恐怖した。
しかも、この朱姫は沙那にこんなに苦しみに追い込んでおいて、悪辣ないたぶりを仕掛けたことに、してやったりの笑みを浮かべている。
この娘がこんな表情をしたときは、頭が冷えるまで悪戯をやめることはない。
朱姫とも長い付き合いだからよく知っている。
そして、朱姫は、この手の嗜虐的な悪戯をやっている最中に頭が冷えることはない。
沙那は助けを求めるように宝玄仙を見た。
しかし、宝玄仙も面白そうににやにやしているだけだ。
「ご、ご主人様……」
それでも沙那はぐっと腿を押しつけるようにしながら喘ぐように言った。
いよいよ耐えられなくなったのだ。
「そんな顔しても無駄だよ。お前と朱姫の話だろう? ふたりで解決しな」
宝玄仙はあっさりと言った。
「どうするんです、沙那姉さん? そこでします? それとも、わたしに謝りますか? 我慢できますか……? また尿意が強くなりましたよね……」
朱姫がにやりと笑った。
「くつ……」
沙那は奥歯を噛みしめるとともに、激昂のまま怒鳴りあげようと思って、朱姫を睨んだ。
いままでよりもさらに強い尿意が襲いかかってきたのだ。
眩暈さえもするような尿意だ。
これにはもう耐えられない。
とにかく『縛心術』を解いてもらうか、それとも、ここでおもらしをするかだ。
もうふたつにひとつの選択肢しかない。
「……わ、わたしが間違いっていたわ。あ、謝るわ、朱姫……」
怒りを堪えて、沙那は頭をさげた。
「わかってもらえればいいんです、沙那姉さん……。さあ、厠に行きましょう? 荷物は持ってあげますね」
沙那がいつも背負っている
朱姫をそれを持って、店の外に沙那を促した。
宝玄仙も店の主人に声をかけて外に出てくる。
「じゃ、じゃあ、厠に……」
沙那は店の裏にある厠に向かおうとした。
「どこに行くんですか、沙那姉さん……。厠はここですよ」
朱姫が背中から声をかけた。
振り返ると、朱姫が道の真ん中に足の先で丸を描いている。
沙那もそこが厠であることを思い出した。
自分はどこに向かおうとしていたのだろう……?
こんなに尿意が迫っているのに……。
「恥ずかしくないですよ……。誰でもそうしているんですから。道の真ん中に描いた丸の中でおしっこをしなければ、むしろ恥ずかしいことなんですよ」
朱姫の声がした。
なんで、そんな当たり前のことをわざわざ喋るのだろうかと思った。
道の真ん中で尿を足すのは当然の話だ。
一方で、なぜか宝玄仙が笑い転げている。
嫌な感じだ……。
店の中にいた客たちや、たまたま通りかかろうとしていた旅人たちが、脚をとめ始めた。
しかし、沙那はなぜか急に不安な気持ちに襲われた。
いずれにしても、尿意の限界なのだ。
沙那は片手を股間で押さえた格好で前屈みになって、全身を震わせていた。
しかし、なにかが沙那の行動を躊躇わせている。
「……沙那姉さん、なにをしているんです。そこで、おもらししたいんですか? しないなら、厠を消してしまいますよ。そうすると、おしっこできなくなりますよ」
朱姫が沙那の足元にある丸を足で消すような仕草をした。
「ま、待って──。する──。するわ──」
沙那は慌てて、足の下の丸に線を跨いだ。
下袴の紐を外して下着ごと膝までおろす。
急に周りが大騒ぎになったが、なにが起きたのかを確かめる余裕は沙那にはない。
とにかく、おしっこを……。
すぐにしゅっと激しい音をさせて、股間から放水が迸った。
「あ、ああっ……ふうっ……んんっ……」
すると強い快感が沙那に襲いかかる。
我慢しすぎたのだ。尿に勢いがありすぎると、尿道が強く刺激されて、それだけ尿道から受ける快感も強くなるのだ。
「うわあっ、さ、沙那、なにやってんのさ──」
孫空女の絶叫が聞こえた。
顔をあげると、すっかりと囲んでいる見知らぬ男たちの顔の隙間から、孫空女が真っ蒼な顔で沙那を見ていた。
そのとき、どこからかぱちんと手を叩く音がした。
「い、いやあああ──」
沙那は絶叫した。
我に返ったのだ。
朱姫の『縛心術』をどこかでかけられたということはすぐに覚った。
だが、一度始めた放尿は、途中でとめることもできない。
沙那は大勢の男たちに、しっかりと囲まれた状態で、しかも街道の真ん中で下袴と下着を自らさげて、排尿をしている。
だが、いまはもうどうにもできない。
女の尿は途中でとまることなんて不可能だ。
羞恥とか屈辱とかいう感情も込みあがらない。
完全なる混乱状態──。
沙那はそれに陥っていた。
「ご主人様、あたし、しばらく、どこかで隠れてますから──」
男たちの輪の外で朱姫がそう言った。
そして、遠くに駆け去る気配が辛うじて聞こえた。
「ひいっ、ひっ、ひっ──」
だが、沙那は自分の悲惨な姿を嘲笑しながら見物する見知らぬ男たちの視線を浴びながら、頭が真っ白になる感覚を味わっていた。