朱姫が三度目の絶頂に達するのを、
三度目にも、地湧子は『縛心術』を深く刻み直す作業を行ったが、それは念押しのようなものだ。
すでに朱姫は二度目の刻み直しのときに詰んでいた。
朱姫についても、完全に地湧子の支配下に置いた。
なにをさせるのも、なにを考えさせるのも思いのままだ。
地湧子は、孫空女に朱姫を責めさせるのをやめさせた。
「さあ、朱姫、わたしの質問に答えるのよ……。正直にね。それと、眼を開けていいわ」
地湧子は言った。
もう、朱姫の道術は怖くない。地湧子の意思なしに朱姫は道術を遣えない。
「はい、わかりました、地湧子様」
朱姫が眼を開いた。
いまはまだ虚ろな表情が残っているが、これも時間とともに自然になり、刻んでいる霊気も朱姫の中で安定してしまう。
そうなってしまえば、いくら宝玄仙でも、朱姫の中に地湧子の霊気が入っていることはわからないだろう。
事実、朝食のときは、宝玄仙は孫空女が操られていることに気がついた様子はなかった。
とにかく、これで三人の供のうちふたりは片付いた。
残りは沙那という人間の女ひとりのみ……。
それが終われば、宝玄仙のみだ。
それにしても、宝玄仙の供も他愛もないものだ。
こんなに呆気なくやられてしまった供ばかり連れてあの魔域に行こうとは、宝玄仙のしようとしていることは無謀としかいえない。
それを自覚すべきだろう……。
いずれしても、次は沙那だ。
それにしても、地湧子は、是非、朱姫に訊ねたいことがあった。
「ねえ、朱姫、お前は霊気のない沙那に『縛心術』をかけていたわよねえ……? あれはどうやっていたの?」
地湧子は訊ねた。
しかし、地湧子の知識では、霊気のない人間には道術は効かない。
道術をかけようにも、術を刻むために動かす霊気そのものが存在しないのだ。
『縛心術』も道術だ。
だから、『縛心術』は霊気のない沙那にはかからないはずだ。
しかし、孫空女によれば、どうも朱姫は、沙那のような霊気のない人間にも道術がかけられるらしい。
どうやったのだろう?
「どうやったかと言われても……。ただ『縛心術』をかけただけです」
「だから、どうしてお前は霊気のない相手に術をかけらるのよ?」
「ただ、かけられるからとしか説明できません。あたしは、昔からそれができるのです」
朱姫は言った。
地湧子は首を傾げた。
だが、いまの朱姫が嘘を言ったり、なにかを隠している可能性はない。
朱姫の言葉をそのまま、飲み込むしかないだろう。
まあいい……。
「お前は沙那に、いまでも術をかけられるのね?」
「できます。いつも、簡単な鍵となる言葉で、瞬時に『縛心術』にかかった状態になるように、暗示をかけた状態にしているのです」
朱姫が言った。
すると、横の孫空女が、「やっぱり」とぶつぶつ言っている。操り状態ではあるが、思考力が欠けるわけではない。
なにか朱姫の『縛心術』には、確執でもあるのかもしれない。
まあ、とにかく、いまは関係ない。
地湧子は手で合図をして、孫空女に黙るように示した。孫空女は口をつぐんだ。
「じゃあ、お前は沙那を『縛心術』にかけられるわね?」
「一瞬でできます」
朱姫は断言した。
その顔は自信に満ちている。
おそらく、その通りなのだろう。
『縛心術』にかかった状態では嘘は言えないし、別に術にかかっているからといって、判断力が低下するわけでもない。
「ならばかけなさい。そして、わたしの言葉に従うように暗示をかけるのよ。できるわね?」
「わかりました。簡単です」
朱姫が頷いた。
地湧子は孫空女に視線を移した。
「孫空女、服を着て、ここに沙那を呼んできなさい。理由は適当に言ってね……。とにかく、沙那だけを連れてくるのよ。もちろん、わたしたちの企みを隠したままでね……。そして、朱姫については、沙那がこの部屋に入ると同時に、『縛心術』をかけて意識を失わせなさい」
「わかりました」
朱姫はまた頷いた。
これでいい。
三人の全員を操り状態にできたなら、宝玄仙を官能責めにするには、白女真を使うよりは供の三人を使えばいいだろう。
そして、なにも考えられないくらいに絶頂責めにして、宝玄仙の心を空っぽにさせれば、地湧子が乗り込んで『縛心術』をかけてしまえる。
三人が責めるあいだの状況は、三人に逐次に報せに来させればいい。
それに、あの宝玄仙が意外にも、供からの嗜虐的な責めも悦んで受け入れるというのは、孫空女を訊問してわかっている。
宝玄仙は、三人の供からの官能責めを抵抗することなく、受け入れるに違いない。
「じゃあ、連れてくるよ、地湧子様」
服を着終わった孫空女が扉に向かって歩いていく。
後は待つだけだ。
孫空女が戻ってくるのは、若干の時間がかかった。
そういえば、朝食の席で、宝玄仙が沙那は、夕べの交合の疲労で寝ているとか言っていたので、それで時間がかかっているのだろうかと思った。
やがて、扉が外から叩かれた。
「あたしだよ……。孫空女だよ。沙那を連れてきたよ」
地湧子は白女真に頷いた。
「どうぞ」
白女真が言った。
宝玄仙や沙那からすれば、こちらの三人の長は白女真だ。
童女が主導権を取っているのを示すのはまずい。
扉が開いた。
沙那がいる。
その沙那の腰には剣があった。
それが少しだけ気になった。
孫空女はその後ろだ。
沙那がつかつかと部屋に入ってきた。
「散りぬべき……時知りてこそ……世の中の……花も花なれ……人も人なれ……。沙那姉さん、止まれ──」
朱姫が早口で言った。
しかし、沙那は止まらない。
裸体の朱姫を一瞥しただけだ。
地湧子はぎょっとした。
速足で部屋を突っ切ってきた沙那が目の前だ。
対応する暇もなかった。
孫空女も白女真も呆気にとられていただけだ。
その沙那の指が眉間を強く突いた。
「あがっ、がっ、があっ」
その瞬間、急に視界が止まるとともに息が止まった。
なにが起きたのかわからない。
とにかく、沙那の指に眉間を突かれた瞬間に、眼が眩んで、呼吸もとまった。
しかも、手足が痺れている。
死ぬ……。
そう思った。
「あんたが張本人だということはわかっているのよ、地湧子──。さあ、みんなの『縛心術』を解きなさい──。さもないと、このまま息が止まって死ぬわよ──」
沙那が怒鳴ったのがわかった。
だが、眼が眩んで見えないのだ。
それに術を解けと言われても、この状態では霊気を集中できない……。
とにかく、息が……。
地湧子は急速に自分の意識が消滅していく恐怖を感じた。
「動くんじゃないのよ、白女真──。こいつの喉を掻き斬るわよ──」
沙那が地湧子の喉に剣を当てるのを感じた。
白女真は地湧子を助けようとして、動作を起こそうとしたのだろうか……?
「沙那、それじゃあ、息もできなくて死ぬじゃないか。経絡突きで呼吸だけは解放しておやり」
はっとした。
宝玄仙の声だ。
扉の方向から声がする。
消えかかる意識で辛うじてそれがわかった。
「聞こえないの? 術を解くのよ、地湧子──」
沙那の怒鳴り声がまたした。
「ああ、そうか、耳栓しているから聞こえないのか……」
宝玄仙が呟くように言った。
その宝玄仙が、こっちにやって来る気配がして、なにかを沙那にしたような気配があった。
とんと、もう一度、眉間を指が突いた。
呼吸と視界が戻った。
「くはあっ、はあっ、はあっ、はっ、はっ、はっ」
地湧子は盛大に息をした。
喉には沙那の剣が突きつけられたままだ。
沙那の剣を持っていない手に耳栓が乗っている。
どうやら、耳栓をしていたので朱姫の暗示の言葉が沙那を静止させなかったようだ。
それにしても、なんでばれたのか……?
「もう少し、茶番に付き合ってやろうかと思ったけど、だんだん物騒な方向になりかけていたようだしね……。遊びは終わりだよ、地湧子……。それに、この沙那は、わたしが感づいていながら放っておいたと知ればうるさいからね。さっきお前が怪しいというのは教えてしまったよ」
宝玄仙が言った。
「な、なんで……?」
地湧子は剣を突きつけられながら、やっとのことそれだけを言った。
「なんでだって? それはわたしの言葉だよ、地湧子。いや、
宝玄仙が小馬鹿にしたように笑った。
*
「じゃあ、朱姫はこっちの部屋で白女真と愛麗を見張っていて……。孫空女は、わたしと一緒に、ご主人様と地湧子の話に同席よ」
沙那は言った。
とりあえず、孫空女と朱姫にかかっていた地湧子の操り術は解かれた。
沙那の経絡突きによる脅迫で、地湧子はあっさりとふたりの術を解いたのだ。
ふたりの術が本当に解かれたかどうかは、道術の遣えない沙那には判断のしようがないが、宝玄仙が保証したのだから確かなのだろう。
ただ、どうも宝玄仙は今回のことに関して、なにか隠している気配がある。
いま少し信用できない気もするが……。
だいたい、経絡突きで沙那が地湧子を追い詰めたとき、宝玄仙は地湧子のことを“あいさいせん”と呼んだ。
あれは、どういう意味だろう……?
「まあ、お前たち、心配しなくてもいいわよ。こっちで待っていておくれ。少し話をしてくるわ」
地湧子が白女真と愛麗に言った。
その地湧子には、別段、緊張した様子も怖がる様子もない。
おかしなことをしようと企てて、それを見破られ、これからそのことについて、沙那や孫空女や宝玄仙の三人に囲まれて訊問されようとしているとは思えないような気楽な様子だ。
また、宝玄仙についても、地湧子に対して特に怒っているという感じはない。
なんとなく、このふたりは顔馴染みの気配だ。
「はい」
「お気をつけて……」
愛麗と白女真がそれぞれに言った。
このふたりは、基本的に地湧子が指示しない限り、なにか行動を起こすということはないと思うが、まあ、朱姫に見張らせておけば問題はないだろう。
「朱姫、お前がやることは見張りよ。調子に乗ってちょっかい出すんじゃないのよ。わかってるんでしょうねえ?」
沙那は念を押した。
「わ、わかってますよ、沙那姉さん。ひどいなあ……。あたしのこと、馬鹿だと思ってます?」
朱姫が不満そうな顔をした。
「実際、馬鹿じゃないのよ──。何度もわたしに『縛心術』をかけて、わたしを陥れようとして──。それで、今回もそれで、つけこまれそうになったんでしょう。わたしがご主人様の警告を受けていなくて、耳栓してなかったら、お前の『縛心術』でわたしまで操り状態になったじゃないのよ──」
沙那は怒鳴った。
「まあまあ、いまはそれはいいじゃないか、沙那。とにかく、場所を移そうよ。ご主人様の結界のある側の部屋に……」
孫空女が口を挟んだ。
少し反省した表情になった朱姫に、地湧子の連れのふたりを見張らせて部屋を移動した。
地湧子を沙那と孫空女で挟むように歩いたが、地湧子は、特に怪しい素振りをすることもなく、宝玄仙の泊まっている部屋に大人しく入っていく。
地湧子をふたつある寝台のひとつの上に座らせ、その真向かいに位置した椅子に宝玄仙に腰かけてもらった。
沙那と孫空女は、寝台の両端で地湧子を挟むように立った。
「そんなに、にらみつけなくても、もう、おかしなことはしないわよ、お姉ちゃんたち」
地湧子は寝台の上で胡座をかいて肩を竦めた。
「そんな子供ぶっても無駄よ、地湧子。あんたが見た目のままの子供じゃないというのは、わかっているわ」
沙那は言った。すると、地湧子がけらけらと笑った。
とにかく、沙那はまずは宝玄仙に視線を向けた。
「ところで、ご主人様、この地湧子は誰ですか? どうやら、ご主人様の知人のようですけど……」
「こいつの本名は
「は、八仙?」
孫空女が声をあげた。
沙那も驚愕した。