※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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649 夜の大捕縛網

「夜明けまで、ひたすら駆けまわるわよ──。まずは孫女が先頭を進んで──。とにかく最初に包囲隊に混ざっている騎兵から馬を奪うわ。そして、奪った馬で包囲を蹴散らして逃げる。夜明けには、もう二刻(約二時間)もないはずよ。それまでは、馬で城郭中を走りまわるわよ。捕えられて死刑になりたくなければ、死ぬ気で馬を捕まえて駆けなさい、みんな──」

 

 沙那が王小二(おうしょうじ)をはじめとして七人の男に怒鳴るように言った。

 部下たちが無言でうなづいている。

 この部下たちは、王小二の部下であり、沙那などたったいままで股ぐらを開かせた格好で縄で拘束して全員で犯していただけの女だ。

 しかし、その女がいまはしっかりと服を着込み、全員に指図をしている。

 部下たちにしても、ここは沙那に従うしかないと考えているようだ。

 百人以上の衛兵に隠れていた宿屋をすっかりと包囲されてしまって、王小二もどうしていいかわからなかった。

 

 その王小二に代わって、逃亡の手段を提供したのが沙那という女だ。

 自分をいままで凌辱していた男たちを助けるための策を説明する沙那という女の感情はわからないが、余程に修羅場に慣れているのか、あるいは、心が相当に強いのか、沙那は随分前からこの部下たちの指揮官であったかのように、強い態度で逃亡の策を説明している。

 部下たちの顔も、この沙那を惨めに犯していたのだという驕った態度も、蔑むような表情も消え失せている。

 部下たちからすれば、自分たちの命が助かる頼みの綱が沙那なのだ。

 沙那の説明を真剣な表情で聞き入っている。

 

 部下たちは、完全に沙那に圧倒されているようだ。

 そして、王小二もまた、沙那という女に圧倒されている自分を感じていた。

 宿屋の一階だ。

 これから逃亡をする王小二たち七人と、沙那と孫空女の併せて九人が食堂になっている宿屋の一階に集まっていた。

 

 逃亡のためとはいえ、沙那と孫空女というふたりの女傑を自由にするのは怖かった。

 だから、道術契約だけでは不安なので、念のために遅効性の毒薬も飲ませた。

 もしも、おかしな動きをすれば、飲ませた毒の解毒剤を渡さないと言ったのだ。

 沙那も孫空女も、怒りの表情とともに、唾棄するような顔をしたが、言葉としての文句は言わなかった。

 

 縄を解いた後のふたりの行動は素早かった。

 沙那と孫空女はあっという間に服を着込み、まずは二階に言って、ふたりの仲間であり、いまは昏睡状態になっている女たちに、王小二が飲ませた毒の解毒剤を飲ませて、ふたりの身柄を寝台の下に隠した。

 手紙のようなものも添えたようだ。

 

 そして、一階に戻ってきて、沙那が全員に策を説明をし始めた。

 沙那が強調したのは、とにかく自分たちから離れるなという一点だ。

 捕えられて処刑されたくなければ、なにがなんでも沙那と孫空女が闘う場所にいろ。

 そう説明した。

 

 そうすれば助けるが、離れてしまった者をわざわざ助けにいくつもりはない。

 勝手に死ね。

 そう言った。

 

 部下たちは完全に気を飲まれている。

 王小二も、これがさっきまで全員で寄ってたかって犯して、それでよがり狂っていた女なのかと思うと驚いてしまう。

 

 とにかく、いまからやるのは沙那の指示に従うことでなんとか軍の包囲を突破して逃げ延びることだ。

 いまのことろ、沙那は本気で王小二たちを助けてくれるつもりのようだ。

 

 王小二が同じ立場なら、自分たちを輪姦した男たちなど、八つ裂きにこそすれ、その逃亡の手助けをするなど死んでもしない。

 だから、王小二も沙那のことを信頼しきることはできないが、いまは、沙那と孫空女の武勇に頼るしかない。

 

「もう一度確認だけど、日の出とともにさっき言われた城壁の一角に逃亡用の『移動術』の結界が出現するのね、あんた……? 追跡の軍なんとか振り切ってから、最終的にそこに行けばいいのね──?」

 

 沙那が王小二に振り返った。

 

「ああ、そうだ──。そこから城壁の外に出られる。そこから出ればお前たちに飲ませた毒の解毒剤を渡す──。万が一にも俺たちを出し抜いたり、だますような真似をすれば、お前たちが飲んだ毒が全身に回って死ぬだろう……。それを忘れるな」

 

 王小二は言った。

 沙那は返事をせずに舌打ちした。

 

「行くわよ──。じゃあ、わたしたちに武器を渡して」

 

 沙那が言った。

 王小二はいままで、沙那たちが服を着ることは許したが、武器を持つことは許さなかったのだ。

 しかし、いよいよ脱走ということになれば、ふたりに武器を渡さないわけにはいかない。

 王小二は渋々部下に合図をした。

 二本の剣が、沙那と孫空女に渡される。

 

「なにやってんのよ。孫女の得物は『如意棒』よ──。あんたが持っていった黄金の棒よ──。早く渡して」

 

 沙那が無造作に剣を一本だけ取ってから、王小二をにらんだ。

 しかし、王小二は渡したくなかった。

 孫空女が振り交わしていた『如意棒』という霊具の武器は正真正銘の黄金の棒だ。

 これだけでひと財産だというだけではなく、高度の道術が刻んである。本物の宝の武器だ。

 こんなものを手に入れる可能性は今後ない気もする。

 これだけは、どうしても欲しい……。

 

「早く──。生き延びたくないの──」

 

 沙那が苛々した口調で叫んだ。

 

「と、頭領……」

 

「頭領……」

 

 部下たちが王小二をなにかを言いたげに一斉に見た。

 王小二は、渋々『如意棒』を孫空女に渡した。

 夕べ孫空女が持って暴れたときは随分と長かったが、いまは刺繍針ほどの小さな大きさだ。

 

「伸びろ」

 

 孫空女が言った。

 すると、『如意棒』が伸びて孫空女の身長よりも長くなった。

 

「もう一度言うわよ──。離れないで」

 

 沙那が言った。

 

「行くよ──」

 

 孫空女がいきなり宿屋の外に飛び出した。

 間髪入れずに沙那が続く。

 王小二もあわてて、ほかの部下たちとともに後に続いた。

 

 外は闇だった。

 星の光もあったが、走るには十分とはいえなかった。

 しかし、孫空女はほぼ全力で走っているし、沙那も同じだ。

 

 遅れるな──。

 

 沙那が何度も言った意味がやっとわかった気がする。

 これはふたりについていくのがやっとだ。

 王小二もほかの部下たちと同じように走った。

 わらわらと隠れていた兵たちが前を阻んだのがわかった。

 

「うっしゃあ──」

 

 孫空女が奇声をあげた。

 前を阻んだ兵が次々に倒れだすのが見えた。

 再び前が開ける。

 

 しかし、どんどん兵が出てくる。

 周辺で叫び声のようなものが飛び交い始めた。

 明かりが灯される。

 

 道の両側から兵がいるのがやっと見えた。

 駆けているがまだ兵の包囲の中だ。

 それがわかる。

 

 横から梯子を持った兵たちがわっと飛び出した。

 沙那がさっと横に進み、剣を構えたまま、道の側方の集団に飛び込んだ。

 その場所から喚声があがり、梯子を持つ手が離れた。

 孫空女がまっすぐに進みながら、その梯子を破壊しながら進む。

 

 沙那の姿は見えない。

 ただ、激しい喧噪だけが横から聞こえてくる。

 

 不意に乗り手のいなくなった馬が三頭ほど道に飛び出した。

 孫空女があっという間にそのうちの一頭にまたがった。

 馬上のまま『如意棒』を縦横無尽に振っている。

 

 孫空女の近くに来れる者はいない。

 とにかく、『如意棒』に届く範囲にくれば、誰であろうと打倒されている。

 すさまじい戦いぶりだ。

 

 王小二は目の前にやってきた空馬をあわてて掴んだ。

 ほかの部下たちの何人かもそうした。

 孫空女は馬を駆けさせるというほどではない。馬上のまま悠然と棒を振っている。

 そういう感じだ。

 しかし、突然に孫空女がとまった。

 

「な、なんだ──?」

 

 王小二は叫んだが、目の前に馬車が二台、兵に押されて道を塞ぐように横から飛び出てきた。

 どうやら、応急的な馬止めのようだ。

 孫空女が停止したのはどうやらそれを嫌ったのだとわかった。

 とまると背後を阻まれた。

 再び完全に取り囲まれる格好になった。

 

「うわっ──」

「なんだ──?」

「ひいいっ」

 

 突然にその背後が大騒ぎになった。

 背後の集団が開く。

 

 孫空女が不意に反転した。

 あわてて、王小二も馬を反転させる。

 

 騎馬になった者も徒歩(かち)の者も一生懸命に孫空女を追いかける。

 孫空女が反転して、元の方向に馬を駆けさせだした。

 

 衛兵は見えるが、明らかに狼狽えている。そのあいだを突破するように、孫空女が進んでいる。

 すると、前側から空馬が一頭、二頭と進んでくる。

 まだ、馬を捕まえていない部下が懸命に手綱を掴んで馬に跨る。

 邪魔をしようとする衛兵もいるが、孫空女の『如意棒』がそれを妨害する。

 空馬がまた前からやってきた。

 全員が騎馬になることができた。

 

「こっちよ──」

 

 前から沙那が現れた。

 すでに馬に乗っている。

 

 身体には血飛沫で帯び、右手に持つ剣にも血糊がべっとりだ。

 その姿が闇に灯される明かりに照らされている。

 ぞっとするような迫力を覚えた。

 とにかく、九頭の馬が集まった。

 

「この後は、遅れることは死よ──。生き延びたければ、馬を駆けさせなさい──」

 

 沙那が大声をあげた。

 その沙那が進む──。

 

 孫空女が再度馬を反転させて、沙那を追い抜いた。

 道を駆け進む。

 

 さっき馬車が道を阻んだ場所にやってきた。

 今度は孫空女は止まらなかった。

 

「伸びろ──」

 

 全力疾走の馬上にいる孫空女の持つ『如意棒』がさらに伸びた。

 馬車と馬車が重なっていた部分が『如意棒』で破壊されて、馬一頭分の隙間が開いた。

 両側から衛兵たちの喧噪が聞こえた。

 孫空女、沙那、次いで、王小二の騎馬が悠然とそこを駆け抜けた。

 やっと、前を阻む者の気配が消滅し、すべての衛兵の叫び声が背中側に移動した。

 

 

 *

 

 

 駆けまわった。

 

 一度、騎馬で包囲を突破してしまえば、なかなか追いかけてこられるものじゃない。

 衛兵に捕えられないように、騎馬で城郭を逃げ回る行為は難しいことではなかった。

 

 沙那は、孫空女以下の八騎の騎馬を誘導しながら夜明けを待った。

 

 昨日、最初にひとりで城郭に入ったとき、かなり城郭を歩き回っている。

 逃げ道になりそうな小道や軍が追いかけてきそうな通り、あるいは、隠れられそうな建物の陰などは頭に入れている。

 城門や城壁、それと軍営の位置などは、城郭にはいってすぐに頭に叩き込んでいる。

 この旅が始まってからの沙那の習慣であり、どんなに安全な場所だと思ったところでも、常に逃げ道を見つけておくことを怠ったことはない。

 それが役にたった。

 角を曲がった。

 

「いたぞ──」

 

「矢を準備しろ──」

 

「馬止めを出せ──」

 

 前方に衛兵の集団を見た。

 沙那たち九騎が騎馬を奪って逃げていることはすでに知られているらしく、沙那たちに遭遇すると、城郭の衛兵はすぐに移動式の馬止めを出すようになっていた。

 また、近接すれば孫空女の棒の餌食になるのでなるべく馬止めの後ろから距離をとった状態で矢で射とめようともしてくる。

 

「こっちよ──」

 

 沙那はすぐに路地に入った。

 衛兵の声が消える。

 この路地を抜ければ、再び大通りに出るはずだ。

 

 最初に宿屋を囲んでいた衛兵は完全に突破した。

 いまは、突破した沙那たちを追い回す衛兵から逃げ回っている状態だ。

 最初にいた百名程度の衛兵に加えて、かなりの勢力が出動しているのは確かだろう。

 どんどんと城郭の辻を確保して、逃げ込んでくる沙那たちを待ち構えようと小さな陣を張る衛兵の集団は増えてきている。

 しかし、いまのところ、衛兵に捕捉されるまでには至っていない。

 

 大通りに出た。

 たまたま衛兵はいなかった。

 

 夜闇は明けようとしていた。夜に覆われていた城郭が白々としてきている。

 すでに道も見えるし、城郭の景色も視界に浮かびあがっている。

 

「沙那──。そろそろいい──。北に向かおう──」

 

 王小二が先頭を進む沙那と孫空女に並ぶように騎馬を寄せてきて言った。

 北の城門近くに、王小二の準備した脱出場所がある。夜明けとともに、そこに『移動術』の結界が出現して、そこから城壁の外に跳躍することができるのだ。

 

「わかったわ」

 

 沙那はまだ占拠されていない辻を曲がって、北の方向に進路を変えた。

 

「沙那、前から騎馬の集団が来るよ──」

 

 耳のいい孫空女が叫んだ。

 

「全員、右──」

 

 狭い道に入った。

 騎馬だと一列になるのが精一杯の道だ。

 この道の先は突き当りだが、左右に分かれる道につながる。

 そこを左に向かえば、王小二が言った場所にたどり着く。

 

「孫女、突き当りを左よ。今度は誰かいたら蹴散らして」

 

 沙那は孫空女の駆けさせる騎馬を追いながら叫んだ。

 

「あいよ」

 

 孫空女が突き当りを左に方向に馬首を巡らせた。

 すぐに再び通りに出た。前を阻む衛兵の姿はなかった。

 いずれにしても、これだけ走り回れば、ほとんどの衛兵はこっちにひきつけられているはずだ。

 逃げ回りながらも、かなり目立つように動いた。

 宿屋を包囲していた衛兵も、そして、新たに追加で出動した隊も全力で沙那たち騎馬を追っているに違いない。

 すでに誰もいないとわかっている宿屋に衛兵が入ることはないと思う。

 

 王小二たちには悪いが、沙那がこうやって駆けまわっている目的は、なんとか衛兵たちが囲んだ宿屋から連中の興味を外すことだ。

 こんな連中が捕えられようが殺されようがどうでもいいのだが、下手に捕まってしまえば、衛兵は王小二たちが隠れていた宿屋を調べのために入ろうとするだろう。

 しかし、逃げているうちは、捕えるのが最優先であるために宿屋には入らない。

 だから、沙那は完全には衛兵を巻いてしまわないようにも気をつけていた。

 要所で姿を見せては、城郭の中で逃げ回っているという姿を衛兵に示しているのだ。

 逃げ回るよりも、隠れている方がいいのだが、隠れきってしまえば、やはり、手がかりを求めて宿屋に戻るだろう。

 そうもいかないから、足の速い騎馬を奪って駆けまわっている。

 

 しかし、もうすぐ夜明けだ。

 この城郭に入るために、宝玄仙に飲ませた錠剤の効果が夜明けとともに切れるはずだ。

 それまで時間を稼げれば、宝玄仙の霊気は戻り、あとは、衛兵が入り込んでもなんとかするはずだ。

 

「城門が見えた。城門に沿って右だ──」

 

 王小二の声がした。

 孫空女が無言で右に進む。

 

「沙那──」

 

 孫空女が叫んで馬をとめた。

 不意に衛兵の集団が出現したのだ。

 

 騎馬が六騎──。

 ほかには歩兵が百はいる。

 かなりの集団だ。最初に宿屋を囲んでいた集団とは違うようだが、新たに出動していた隊だろう。

 そうでなければ、これほどのまとまった隊などありえない。

 ここで待ち構えたという感じではない。

 たまたま、進んでいたら出くわしたという感じだ。

 

「ちっ、沙那──?」

 

 孫空女が振り向いた。

 沙那も王小二を見た。

 ここは逃げるべきだ。

 待ち伏せではない以上、ここを離脱すれば済むだけのことだ。

 

「結界はこの先だ。そこじゃないと逃げられねえ……。だ、駄目だ──」

 

 王小二が泣きそうな顔をしている。ほかの男たちもだ。

 沙那は盛大にもう一度舌打ちした。

 

「仕方ない──。孫女、強引に蹴散らすわよ──」

 

 剣を抜く。

 孫空女が無言でうなずいた。

 

「見つけたぞ──。王小二の一味だ──」

 

 騎馬の中心にいる大きな男が声をあげた。

 具足がひとりだけ違う。

 かなりの地位にある上級将校であることは間違いない。

 大きな矛を持っている。

 こうやって面するだけで、びりびりとするほどの気を感じる。

 相当の手練れだ。

 その上級将校が矛を前に構えた。

 

「女、除け──。お前らには用はない──。後ろの王小二がわしの所望だ。除かんと残念だが怪我をさせるしかないぞ」

 

「やってみな──」

 

 孫空女が吠えた。

 そのまま上級将校に突っ込んでいく。

 沙那は並走して、その横の片方の騎馬に向かった。

 孫空女が向かった将校に次いで、その男が強いのは面しただけでわかる。

 ほかは木偶だ。

 大したことはない。

 

 沙那と孫空女の迫力に歩兵が怖気づくように道を開く。

 中央の三騎だけが残った。

 二騎対三騎というかたちになる。

 

 馳せ違う──。

 

 相手の剣は、馬の背で屈んだ沙那の上をすり抜けていった。

 沙那の剣はすれ違った騎馬の男の脚を斬っている。

 相手が馬から落ちた。

 

「こ、こいつ──」

 

 沙那がひとりを倒したのを見て、矛の大男が矛を沙那に向けた。

 

「お前の相手はあたしだよ──」

 

 しかし、孫空女の『如意棒』が矛を受けた。

 

「おう──。やるな、お前──」

 

 激しく金属音が鳴った。

 矛の大男を孫空女に任せて、沙那はもうひとりの騎馬に向かった。

 

 一合……。

 二合……。

 

 沙那の敵じゃない──。

 三合目には相手の剣を弾き飛ばして、そいつも落馬させた。

 

「道を開けるのよ──。死にたい者だけ来なさい──」

 

 沙那は隊の中心で叫んだ。

 瞬く間に二騎がやられたのに接して、歩兵やほかの騎馬が尻込みし始めた。

 

「いまよ──」

 

 沙那は剣で合図した。

 王小二たちが駆け抜ける──。

 突破した──。

 

「ま、待て──」

 

 孫空女とやりあっていた上級将校が雄たけびをあげた。

 

「お前の相手はあたしだと言っているだろう──」

 

 孫空女の『如意棒』が男の喉を突いた。

 男が地面に落ちていった。

 

「孫女──」

 

 沙那は叫んだ。

 死んではいないと思う……。

 

 しかし、殺す必要もない。

 ただ、突破すればいいだけだ。

 二騎で駆けた。

 

 すぐに王小二たちの集団に追いついた。

 『移動術』特有の歪みが空中に出現している。

 すでに結界も開いているようだ。

 馬に乗ったままでは結界が狭くて通り抜けられないようだ。

 馬をおりた王小二の部下たちが次々に結界に入り込んでいる。

 

 ふたり……。三人……。

 次々に結界の中に消えていく。

 

「待て──」

「逃がすな──」

 

 打ち破った隊が再び迫ってきた。

 

「あたしがくいとめる──。早く、沙那」

 

 孫空女が馬をおりて『如意棒』を道の真ん中で構えた。

 王小二たちが逃亡を図っている結界はすぐ後ろだ。

 

 沙那はふと後ろを見た。

 残りは王小二のほかふたりだだけだ。

 迫っていた隊が、孫空女が立ちはだかっているのを見て動きをとめた。

 遠巻きに見守るだけになった。

 さっき孫空女と沙那が隊の中心にいた三騎を打ち倒した。

 それで恐れをなしているようだ。

 

 これなら大丈夫だ。

 沙那はほっとした。

 

「世話になったな、姉ちゃんたち……。これで逃げられそうだ……」

 

 王小二が嬉しそうな声で言った。

 

「話はあとよ──。さあ、早く──。もういいわ、孫空女──。こっちに──」

 

 沙那は追っ手を足止めしていた孫空女を呼んだ。

 孫空女がこっちに駆けてくる。

 

「言っておくことがふたつある……。ひとつは悪いがここでお別れだということだ──。あんたらふたりのように強い女傑は初めてさ……。それに身体も最高だった──。素晴らしい一夜だったと思うよ。もうひとつは、お前たちに飲ませた毒薬は致死性のものじゃねえということだ……。ただ、俺が道術を唱えると簡単に身体が麻痺するだけのものだ。こんな風にな……。」

 

 王小二の声がした。

 だが、沙那は剣を抜いて、万が一にも孫空女の背後から衛兵が襲ってくるようだったら、出て行って闘おうと構えていた。

 だから、よく聞いていなかった。

 

「えっ、なにか言った──?」

 

 沙那は振り返った。

 次の瞬間、突然に腰が砕けたようになった。

 それだけじゃない。

 全身が弛緩している。沙那は気がつくと、地面に倒れ込んでいた。

 なにが起きたのか全くわからなかった……。

 

「さ、沙那──」

 

 少し離れた場所で孫空女も倒れている。

 

「……身体の弛緩はすぐに収まるさ……。別に解毒剤が必要なわけでもねえ──。だが、お前らふたりはここで捕えられてくれ。その方が俺には都合がいいし、衛兵がお前らを捕えているうちに、俺は完全に結界を消滅させることができる──。じゃあ、さよならだ──。ああ、ついでにあの不思議な黄金の棒はもらっていくぜ──。じゃあな、強い姉ちゃんたち」

 

 王小二が言った。

 そして、部下のふたりに命じて、孫空女が手放した『如意棒』を持ってこさせている。

 そのふたりが重そうな仕草で、『如意棒』を担いだまま結界の向こうに消えた。

 続いて王小二も消滅した。

 

「ま、待て──」

 

 沙那は追おうとした。

 だが、どうしても力が入らない。

 すぐに結界が消滅した。

 

「捕えよ──」

 

 遠巻きにしていただけだった衛兵たちの中から声があがった。

 

「さ、沙那……」

 

 孫空女が懸命に立とうとしているが立てないでいる。

 沙那も同じだ。

 その孫空女に網のようなものが掛けられた。

 

 捕縛用の網だ。

 沙那の身体にも同じようなものが上から被せられた。

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