651 酔って買った奴隷王女
「な、なんの意地悪なのよ、それは?」
戻ってきた沙那は声を荒げた。
この城郭に到着したときには、すでに城門が閉じていて城郭内に入ることができなかったので、沙那たちはとりあえず、この酒場に入ったのだ。
酒場といっても、一応は二階に宿がある。
ただし、本来は男の客が女を連れ込んで抱くための部屋であり、交渉して代金を支払って宿として貸してもらうことになった。
今夜はここに泊ることになっている。
宿泊用の部屋ではないので、狭い部屋に寝台が二個あるだけの部屋だ。
だが、ふたり分の女をひと晩買うだけの値で、二部屋に泊まれることになっていたのだ。
城郭の外には宿屋のような施設はほかにはなく、ここで泊らなければしばらく戻って山中で野宿でもするしかなかった。
城郭内であろうと、城郭外の郊外であろうと、この城郭では野宿は禁止されているからだ。
とにかく、そういう取り決めをして、女ふたり分の代金を宿屋の亭主に支払ってから、沙那はいつものように、この先の道中に関する情報を集めるために外に出ていたのだ。
そして、夜も更けたので戻ってきた。
すると、話が変わっていて、せっかく代金を支払ったのだから男娼をふたり買って遊ぶということになっていたのだ。
どうやら、沙那抜きで夕食を食べているときに、宝玄仙が酒を飲み、ほろ酔いした宝玄仙が気紛れでそういうことにしたらしい。
沙那はそれを一階の酒場で待っていた孫空女と朱姫に教えられた。
当の宝玄仙はいない。
今夜は客のいない夜らしく、十卓ほどある席には、沙那たち三人以外には誰もいない。
また、沙那が出かけるときにはいた酒場の亭主もいない。
厨房の前に中年の女がふたり、椅子に座って談笑しているだけだ。
このふたりは普通の格好をしているが奴隷女だ。
その証拠に首に目立つ真っ赤な首輪をしている。
それには道術がかかっていて、見張るものはいなくても逃亡はできないようだ。
実は道を挟んだ向かい側に奴隷商があり、そこでたくさんの奴隷が売られているのだ。
この宿屋の亭主は、その奴隷商も商っていて、そこから客に二階で抱かせる性奴隷も連れてくるし、酒場での仕事もさせている。
奴隷商と宿屋については、一階部分にはあいだに道が通っているが、二階については渡り廊下で繋がっている。
沙那も二階に荷を運んだときに垣間見たが、奴隷商と宿屋の境の部分には、鉄格子の扉があった。
二階で女を抱く客については、その鉄格子から直接に奴隷商側に行って、抱くための性奴隷を選ぶみたいだ。
この天神国では、奴隷が路傍で売られる野菜と同じように売られる場所であり、かなり小さな町でも奴隷商が存在する。
最初に天神国にやってきたときには驚いたものだったが、もうその光景にも風習にも慣れてしまった。
奴隷といっても、この国の多くの奴隷はそれほど残酷な目には遭っていないように思える。
奴隷を勝手に殺すことは、飼い主であっても犯罪であるし、虐待も禁止されている。
ただ、奴隷は主人の命令には絶対服従しなければならず、逃亡も道術の刻まれた首輪によりできなくなっているらしい。
いずれにしても、奴隷の所有者は、法に定められた奴隷の管理をしなければならない。
結構、面倒なものでもあるようだ。
「とにかく、それが沙那姉さんの食事です。食べてくださいね」
朱姫が言った。
沙那の前に皿に乗った卵料理と干し肉がある。
そのほかに杯がある。
沙那はその匂いを嗅いで鼻をしかめた。
「お酒? 飲まないわよ、わたしは」
沙那は驚いて言った。
ふと見ると、孫空女と朱姫の前にも同じ杯がある。朱姫の杯は半分くらいになっているが、孫空女のものはおそらく一滴も減っていない。
この三人とも酒は弱いのだが、沙那と孫空女は極めつけに弱い。
それに比べれば、朱姫は多少は飲める。半分は飲んだのだろう。
「これもご主人様の言いつけだよ。そろそろ、酒を飲む練習をしろってね──。ご主人様が戻ってくるまでに、一杯ずつ絶対に飲めってさ」
孫空女が不機嫌な表情で言った。
「そのご主人様はどこにいるのよ?」
沙那は酒の存在を無視して、奴隷女に水を頼んだ。
朱姫に言って代金を払わせる。
女が水が入った瓶と別の空の杯を三個持ってきた。
沙那はそのひとつに水を注いで自分の前に置いた。
「二階です。ふたり買うことになったひとり目と、いま二階で遊んでます」
朱姫が応じた。
そして、空の杯に水に注いで口をつける。
「男娼を連れてあがっているということ?」
沙那は食事をしながら訊ねた。
宝玄仙の多淫の癖と気紛れには慣れた。
旅を始めた最初の頃など、宝玄仙が沙那を性調教するだけではなく、自分自身も見知らぬ男や女に抱かれたがるのに接して驚愕したものだが、いまは好ましいと思っている。
宝玄仙が気紛れで三人の供以外に性の相手を求めるときには、宝玄仙に対する夜の務めがなくなるからだ。
そんなときは心置きなくゆっくりと休むことができる。
「男娼じゃないんだけどね。まあ、代金を払うから、お前が相手をしろ──とか言ってね」
孫空女が肩をすくめた。
「えっ? 誰に?」
「この酒場の主人です、沙那姉さん」
朱姫が言ったので沙那は少なからず驚いた。
隣の奴隷商の主人を兼ねたここの酒場の主人は、初老という年齢だったはずだ。
「とにかく、ご主人様が戻ってくるまでに、隣の奴隷商に三人で赴いて、あたしたちが買う男を見つけてくるように命じられているんです。どうしたらいいですか、沙那姉さん? それで、沙那姉さんと相談するために待っていたんです」
朱姫が泣きそうな顔をして言った。
こんなに沙那たちを相手に嗜虐趣味を発揮する朱姫だが、いまだに男に抱かれるのは嫌いのようだ。
「わたしたちが買う性奴隷は男限定なの?」
沙那は皿のものを口にしながら訊ねた。
「まあ、ご主人様はそう言ったね。店の主人を連れて上にあがる前にね。ご主人様と一緒に二階にあがった亭主が、奴隷商には店番の女がいるから、それに言えばいいと言っていたよ」
孫空女がそう言いながら、自分の杯に水を注いだ。
「ふうん……。だったら、あんたたちのふたりが選んで相手をしてよ。わたしのことは気にしないで。この酒場の隅にでも寝るから」
沙那はふたりの顔を見ずに言った。
「そ、それは狡いじゃないですか、沙那姉さん──。三人で買えって、ご主人様は言ったんですよ」
「知らないわよ、朱姫──。ご主人様が直接に言いつけたのはふたりでしょう。それに応じたんだから、責任もって男を買いなさいよ」
「そんな、沙那──。ご主人様に逆らえるわけないじゃないか」
孫空女も文句を言った。
「あのねえ……」
沙那は顔をあげてふたりを睨みつけた。
孫空女と朱姫が少したじろいだ表情になった。
「……ふたりとも、なんでもご主人様の言いなりになるのはやめなさいよ。嫌なことは嫌だということを覚えなさい──。ご主人様はあれでもわからず屋じゃないわ。言えばわかってくれることも多いわよ……。そりゃあ、多少は我が儘で聞き耳を持たないこともあるけど……」
「しっかりと我が儘だし、聞き耳なんて全然持っていないよ──。沙那にだけ一目置いているだけの話だけのことさ。あたしや朱姫の言うことなんて、なんにも受け入れやしないんだよ。いい加減に沙那もそれをわかってよ」
孫空女が必死の口調で言った。
沙那は嘆息した。
「まあいいわ……。男娼の話は置いておきましょう。それで、このお酒も飲めという言いつけ?」
沙那は見ないようにしていた酒の入った杯に目をやっていった。
皿の食事はほとんど空になっている。
「そうだよ。さっきも言ったけど、ご主人様が戻ってくるまでに飲めという命令だよ。ご主人様がおりてくるまでに杯の酒がなくなってなければ、尻の穴から入れるって言っていたよ」
孫空女がぶすっとした顔で言った。
「いつおりてくるのよ?」
沙那は声をあげた。
たった一杯だけでも、沙那が飲めばひっくり返ってしまうことは間違いない。
どれだけ時間があっても足りないとは思うが、どのくらいの猶予があるのだろう。
「知らないよ……。終わったらおりてくるんじゃないの。精力の強そうな主人じゃなかったから、もうすぐ、おりてくるんじゃないのかな……。かれこれ、もう二刻(約二時間)にはなるしね」
「それにしては、あんた、ひと口も飲んでないじゃないの、孫女」
「仕方ないよ──。あたしは酒飲めないんだから──。尻から入れるなら入れればいいさ。ぶっ倒れれば、男娼の相手しなくて済むしね」
孫空女は暗い顔で溜息をついた。
「そ、そんなのないですよ、孫姉さん。男娼の方も一緒に協力して乗り切りましょうよ……。そ、それに、ご主人様だって、お酒をお尻から入れるなんて冗談ですよ。いくらなんでも……」
「なに甘いこと言っているのよ、朱姫……。でも、あんたって、ご主人様にお酒をお尻から入れられたことないの?」
「ないのって……? 沙那姉さんはあるんですか?」
朱姫が目を丸くしている。
「わたしも孫女もあるわ──。へべれけになって完全に酔っぱらって倒れたわね。あれって口から飲むよりも、浣腸で入れられると完全に泥酔するみたいなのよ。ご主人様も懲りたと思ったけど、まだ、わたしたちに酒を試させたいのかしら……。とにかく、あんた、三人の中では一番飲めるんだから、わたしたちの分も飲んでよ」
沙那は朱姫に方に酒の入った杯を押しやった。
「い、嫌ですよ──。あたしだって、苦しいんです。これだけ飲んだだけでつらいんです」
「もう、半分も飲んでるじゃない。あんたもご主人様ほどじゃないけど『治療術』を遣えるようになったんでしょう? 『治療術』を自分にかけながら飲んでよ。わたしたちの分も……」
「できません──。それに、あたしの『治療術』では酔いは醒めませんし、醒めるとしても、あたし自身が酔ってしまったら、道術なんて遣えません。精神を集中できなければ、道術なんて無理なんです」
「そんなものなの? 困ったわねえ……。仕方ないわ……。孫女とふたりで倒れるか……。少なくとも男娼の相手はしなくていいしね……。わたしも酒浣腸にするわ……。じゃあ、倒れたあたしたちの介護をよろしくね、朱姫。多分、上からも下からも吐くと思うけど……」
沙那は言った。
「じょ、冗談じゃないですよ──。と、とにかく、みんなでどうしたらいいか考えましょうよ──」
朱姫が焦った声で言った。
そのとき、厨房近くの壁にある鈴が鳴った。
二階の各部屋につながっている呼び紐に繋がっていて、各部屋の伝声管から客からの注文に応じるのだ。
奴隷女が伝声管に向かった。
伝声管に耳をあてて聞いていたので、ここまで声はよく聞こえなかったが、声の相手は宝玄仙のような気がした。
声の状態は、かなり酔っているような雰囲気だ。
奴隷女がすぐに酒瓶を一本準備して、盆で運ぶ支度をした。
しかも、火酒というこの店で一番強い酒だ。
「ちょっと待って、それをわたしたちの部屋に持っていくの?」
沙那は盆を運ぶ途中の奴隷女を呼びとめて訊ねた。
「そうだよ。最初に持っていった酒を含めて、これで三本目だけどね。あんたのところの女主人は酒が強いねえ」
奴隷女がにこやかに応じて、そのまま階段をのぼっていった。
「三本目?」
沙那は孫空女と朱姫に視線を向けた。
「ああ、そういえばそうだね。最初に店の主人と一緒に酒瓶を持ってあがって、一刻(約一時間)前に二本目で、そして、いまが三本目だね」
「そんなにたくさん?」
沙那は声をあげた。
宝玄仙は酒は強いが、一気に火酒を三本も飲むほどではないはずだ。
「なるほどね……。対策がわかったわよ、みんな」
沙那は言った。
そして、卓の上にあった三人分の杯をまとめて、厨房に持っていった。
「これ、片づけてくれる」
沙那はもうひとりの奴隷女にそれを渡してしまった。
「そんなことしていいんですか、沙那姉さん?」
朱姫が不安そうに言った。孫空女も当惑した表情をしている。
「大丈夫よ……。ご主人様の気紛れは筋金入りよ。大抵のことはすぐに忘れてしまうわ。しかも、それだけ酒を飲めば絶対よ。あんたたちになにを命じたかなんて覚えてやしないわ……。そういうわけで、なかったことしましょう。酒も男娼のことも……」
沙那は座り直した。
「それもそうかな……。じゃあ、そういうことにしようか」
孫空女もほっとした顔をしている。
「そうですね。それに、お酒を捨てちゃったのは、沙那姉さんですしね。ご主人様が怒ったら、そう言えばいいんだし」
朱姫が笑った。
「あんたって、変なときに計算高いわねえ、朱姫」
沙那は苦笑した。
やがて、二階に火酒を運んでいった奴隷女が戻ってきた。
空になった二本目の瓶を抱えている。
宝玄仙と店の主人を様子を訊ねると、店の主人と話が弾んで、陽気そうだということだった。
機嫌のいいときの宝玄仙は扱いやすいことについては、孫空女も朱姫も知っている。ふたりも安心したようだ。
それから、しばらく四方山話になった。
宝玄仙の性の相手は、案外年寄りが多いとか、あるいは孫空女の恋の話とか、沙那の男の好みはなんだというような話題だ。
二階から店の主人が階段をおりてきたのは、さらに半刻(約三十分)ほどが経ってからだ。
おりてきたのは店の主人ひとりであり、手に半分ほどになった火酒の瓶を持っている。
また、布で包んだなにかの塊も抱えている。
「やあ、みなさん」
店の主人が沙那たちを見つけて声をかけてきた。
六十くらいの恰幅のいい太った初老という感じの男性だ。
「ご主人様はどうしたのさ?」
孫空女が店の主人に訊ねた。
「寝てしまいましたな……。本当に愉しい方でしたよ、あなたがたの女主人殿は……。もちろん、素晴らしい身体でもありましたね。この歳であんなに素晴らしい身体をした女性に相手をしていただけるとは思っておりませんでしたよ」
店の主人が優雅に笑った。
「ご主人様を抱きつぶしたの……?」
孫空女がびっくりしたような声で言った。
「まさか……。私との性行為など、あっという間に終わりましたよ。それでずっと、宝玄仙殿と酒を飲んで話をしていただけです。私もこれまでの何十人もの性奴隷を調教したことがありますからね。宝玄仙殿は、そういう話題に随分と興味がおありのようで……。それで性奴隷の調教とはどんなことをするのかというようなことをずっと話しておりました。ほっほほ……」
余計な知恵を宝玄仙につけないで欲しいと沙那は苦々しく思ったが、顔には出さないように気をつけた。
「ところで、沙那殿というのはどなたですか?」
主人が言った。
「わたしですけど……」
沙那は言った。
「ああ、あなたですか……。では、書類については沙那殿に渡して欲しいということでしたので、一度、奴隷商側で作成してから持って参りますね。商品については、もう代金を受け取らせていただきましたので、すぐにお持ちします。このたびは、お買いあげありがとうございました」
主人が頭をさげた。
沙那はなんのことかわからず、孫空女と朱姫の顔を見た。
しかし、ふたりとも呆気にとられた顔をして首を横に振った。
そして、やっと主人が抱えてきた包みの中身が金板であることに気がついた。
しかも、あれは沙那たちの持ち物だ。
竜飛国の大黒天の砦で餞別としてもらったものであり、なにかのときのために役立たせるために荷に混ぜて抱えてきたのだ。
全部で五枚あったはずであり、宝玄仙がいま休んでいる部屋にある荷の中に置いていた。
包んでいる布の隙間から見える限りにおいて、どうやらその五枚の全部がそこにあるようだ。
「そ、それって、ご主人様があなたに渡したのですか?」
沙那は当惑して訊ねた。
「はい、奴隷の代金として」
主人がにっこりと微笑んだ。
「ど、奴隷──?」
沙那は声をあげた。
「えっ?」
「なんですか?」
孫空女と朱姫もびっくりしている。
「一体全体、どういうことなのでしょうか? わたしたちのご主人様が奴隷を買ったということですか? その金板を代金として?」
沙那はあまりのことに声を荒げた。
「その通りです。性奴隷の調教の話をしているあいだに、宝玄仙殿が純情無垢の美少女を一から育ててみたいと申されましてね……。それで丁度いい出物があったので見ていただいたのです……。性奴隷にするつもりでしたので、破瓜だけは終わっておりますが、それ以外の調教はしておりません。多少、頭がおかしいところがありますので、その分は値をさげさせて頂きましたが、性奴隷として奉仕させる分については、まあ、問題はないかと……」
「ちょ、ちょっと待ってください──。それは取り消しです。わたしたちは奴隷なんて買いません──。ご主人様は酔っていたのだと思います」
沙那は慌てて言った。
おそらく間違いない。
宝玄仙が奴隷なんて買うはずがないし、買うとしても沙那たちに相談しないわけがない。
宝玄仙が二本以上も酒瓶を開けていることを考えると、酔っぱらった宝玄仙がわけのわからないことをやったのだろう。
「いやいや、それはできません。もう、道術契約の手続きは終わっております。お買いあげになった性奴隷は宝玄仙殿のものです。さっき、奴隷商で現物を確認していただいたときに、その奴隷の首輪に宝玄仙殿の名を刻ませていただきました。書類はこれから作成しますが、それ以外の手続きは完了しております。もう、受け取っていただかなければ困ります……。では、商品も持ってまいります」
主人はきっぱりと言った。
そして、この場から立ち去る気配を見せた。
沙那はそれを慌てて留めた。
「ま、待って──。だったら、買い取りを──。持ってこなくてもいいですから、そのまま買い取ってください。わたしたちには必要ないものです」
沙那は言った。
「……それは……。まあ、でも、それはご相談なさった方がいいのでは……? それに、申し訳ありませんが、あの性奴隷については、手前どものでは引き取りはできません……。少し頭がおかしいところがあるので……」
「だ、だって、それを奴隷として売っていたのでしょう?」
「それはそうですが、買い取りとなれば別です……。私どものような奴隷商の場合は、個人の飼育とは比べ物にならないくらいに厳しい管理が法で義務付けられておりまして……。いずれにしましても、あの性奴隷は、もう宝玄仙殿のものでございます──。とにかく、そういうことで……」
主人は頭をさげて、そそくさと言ってしまった。
沙那は呆然とした。
「ど、どういうことさ、奴隷って?」
孫空女が言った。
「まったく意味がわからないわ……。とにかく、ご主人様のところに行ってくる──」
沙那は階段を駆けあがって、宝玄仙のいる部屋に行った。
奴隷商の口ぶりでは、なんとなく問題のある性奴隷を押しつけられたという感じだ。
売りはするが、買い取りはできないなど不自然だ。
とにかく、宝玄仙に話を聞かなければ……。
「ご主人様──。沙那です。開けてください──。ご主人様──」
沙那は宝玄仙のいる部屋の戸を叩いた。
しかし、扉は開かない。
鍵が閉まっているというよりは、結界がかかっている。
鍵があろうと、なかろうと、宝玄仙が結界を解かなければ、誰も入ることはできない。
しばらく頑張ったが、扉が開く気配はない。
酔いつぶれて寝てしまっているのだろう。
沙那は舌打ちした。
宝玄仙の場合は、たとえ寝ていても結界の強さに変化はない。部屋の中で肝心の宝玄仙が酔いつぶれたとすれば、おそらく、明日の朝まで部屋の戸を開ける方法はないだろう。
仕方なく、一階に戻った。
すると、孫空女と朱姫が待っている卓の前にひとりの少女がいた。
青色の髪をした十二歳くらいの童女だ。
性奴隷というから、もっと年齢が高い女を予想していたが、これでは性行為ができるかできないか微妙なところだろう。
だが、店の主人は破瓜だけは終わったとか言っていたような……。
まあ、美少女には違いないようだが……。
少女は肌が薄っすらと見える薄い服だけを着ていて、短い下袍部分からも布越しに少女の肌がしっかりと見えていた。
下着は身に着けていない。
……というよりも、この服そのものが下着のような感じだ。
これが性奴隷の服ということだろう。
少女の首には真っ赤な首輪がある。
首輪には繋ぎ目などなく、これがこの国の奴隷である証なのだ。
首輪の表面に確かに、宝玄仙の名が文字で刻まれている。
「どうだった、沙那?」
孫空女が困惑した顔を向けた。
「駄目──。ご主人様は寝てしまっているわ。結界が刻んであるから、ご主人様が目を覚ますまで外から入る方法はないわね……。それでこの子は?」
「ご主人様が買ったという性奴隷らしいよ……。書類はこれ──。もう、売ったからと何度も念を押されたよ──。そして、店の主人は行っちゃった……。寝るってさ」
孫空女が言った。
「そんなあ……」
沙那も困ってしまった。
やけに手続きが早いが、さっさと厄介払いをしたいという感じだ。
そういえば、問題がある奴隷だと言っていた気がする。
顔はかわいらしい。
健康そうでもある。
美少女といっていいくらいの顔立ちだから、奴隷商が手離したがるということは、やっぱり、なにか大きな問題があるのだろうか……?
すると、その童女がにっこりと微笑んで、沙那に深々と頭をさげた。
「
素蛾が言った。
沙那は驚いた。
「沙那姉さん、公主ってどういう意味ですか?」
朱姫が低い声で沙那に訊ねた。
「この国の国王の娘ということね……。一応、訊ねてみるわ……」
沙那は当惑しながら言った。
そういえば、奴隷商の主人は、この娘は頭がおかしいと言っていた……。
沙那はそのことを思い出していた。
「あ、あの……素蛾、公主というのはどういうこと? お前がこの国の王の娘ということ?」
「そうです……。もちろん、いまは性奴隷です。よくわかりませんが、そういうことになっているようでございますね。奴隷店の主人は、わたくしを売った者に大金をはたいたそうですし、あなた方もそうなのですよね……。わたくしが我が儘を言えば、ご迷惑になるというのは承知しております。ですから、これも定めと思い、精一杯、性奴隷としての務めは果たしたいと思います。よろしくお願いします」
素蛾は微笑んだ。
沙那は呆気にとられた。
自分は国王の娘であるという主張は尋常ではないが、本当だとすれば、それを奴隷として売り買いするなど、重罪では終わらないだろう。
だが、とてもじゃないが信じられない。
奴隷商だって、もしも、この娘が国王の娘である可能性があるとすれば、奴隷として売りはしないだろう。
一応は、正式の売買証明書も揃えてきている。
「事情を訊かせてくれる? あなたが本当に国王の娘、つまり、公主とすれば、どうして奴隷になんかなったの?」
「はい……。王宮にいたわたくしは、ある日のこと不思議な風にさらわれてしまい、気がつくと見知らぬ原野にひとりで取り残されてしまっていたのです。途方に暮れていると、見知らぬ男たちがわたくしを馬車に載せて、先ほどまでお世話になっていた奴隷商に、わたくしの身柄を売ったのです。それを今夜、皆様がお買いになられました。それ以上のことはわたくしにはわかりません」
素蛾はきっぱりと言った。
口調に不自然なものはないし、出鱈目を語っているという感じではない。
なんとなく、これだけの美少女を呆気なく奴隷商が手放した理由がわかった気がした。
この国の法では、さらわれた人間を奴隷として買い取るのは重罪だ。
もしかしたら、あの奴隷商は買いはしたものの、なんとなく曰くのありそうなこの娘を扱うのが怖くなり、さっさと宝玄仙に売り払ったということではないだろうか。
「本当に素蛾は公主? だったら、さっきの奴隷商に王宮に連絡をとってもらうことをしなかったの? この城郭の役所にでも行けば、もしかしたら、連絡をしてくれたのではないのかしら? 公主のあんたが行方不明なんて、国都では今頃大騒ぎなんじゃないの?」
なおも沙那は言った。そんな事情を素蛾が知っているかどうかはわからないが、明日の朝、奴隷商の主人を問い質すときに、なにかの参考になることをこの童女が知っているかもしれない。
「奴隷商の主人はそれをしてくれたようですね──。でも、王宮ではわたくしは行方不明にはなっていないということでした。国都には、素蛾という公主はいまでもちゃんと健在であるということのようです」
「えっ、どういうこと?」
孫空女が口を挟んだ。
「それもわたくしにはさっぱりとわかりません──。でも、なんとなく、わたくしには、もう帰る場所はないという気もします。こうなれば、わたくしは一人前の性奴隷になるしかありません……。それに、性奴隷というのは面白そう……。調教というものもよくわかりませんがわくわくします。わたくしは非常にそれに興味があるのです」
素蛾がにこにこと笑って言った。