素蛾と朱姫自身に暗示をかけ終わった。
あとは、朱姫の秘密を告げるだけだが、もしも、記憶がなくなってしまっても、素蛾に今夜のうちに同じ告白をしないようにという暗示も自分にかけた。
そのときは、なにもかも忘れて、素蛾と最後の調教かもしれない夜を愉しむ。
そう決めた──。
やっぱり、沙那に相談して正解だった。
沙那は頼りになる。
「素蛾、今夜の調教は我慢の練習よ。性奴隷たるもの、ある程度の自分の感覚を制御できないといけないわ。だけど、お前は我慢するのが、まだ下手よね。昨夜の痒み責めもさんざんだったものね」
朱姫はわざと言った。
実際のところ、そんなのはでたらめだ。
痒みを我慢する方法などないし、半月かけて、全身のあらゆる場所の淫乱化調教を施した素蛾が快感に我慢できないのは当然だ。
つまり、これは素蛾への責めを終わらせないための調教だ。
これから、与える課題に素蛾が耐えられないことはわかっている。
だから、朱姫はいつまでも、それを口実に素蛾を責め続けられるということだ。
「は、はい──。た、確かに、素蛾はまだ、性奴隷として、我慢が苦手です。昨夜は途中で泣いてしまって、すみませんでした。こ、今夜は、どうか、素蛾が泣いてもやめないでください」
寝台に全裸で革紐で四肢を拡げて拘束されている素蛾が気丈に言った。
だが、素蛾の心には、これから始まることに対しての未知の恐怖への感情で溢れている。
やはり、少し怖いのだと思った。
だが、面白いのは、その怖さの感情と同じくらいに、愉しさの感情があることだ。
そして、さらに大きな愛情の感情もある。
心から溢れる感情を垣間見るだけで、素蛾が朱姫のことを好きでいてくれて、朱姫の調教を怖さ半分で愉しいと思っているのがわかる。
いずれにしても、この童女は典型的な被虐癖だ。
しかも、かなり、性に貪欲だし、好奇心も強い。
朱姫はこの変わり者の小さな王女が大好きだ。
素蛾の背中側からさっと一本の刷毛と糸の付いた三個の鈴を出す。
素蛾は眼を見開いてそれを凝視した。
「この三個の鈴をどこにつけるかわかるわね、素蛾?」
朱姫は素蛾を仰向けに拘束している寝台に座りながら言った。
素蛾がごくりと唾を飲んだ。
「わ、わかると思います……。多分、そ、素蛾の二つの乳首と、に、肉芽……」
素蛾がさっそく息を荒くしながら言った。
怖がっているのではない。
呼吸も荒れるほどに興奮し始めているのだ。
本当に面白いくらいに被虐に前向きだ。
朱姫はほくそ笑んだ。
「そうよ……」
朱姫は鈴をそれぞれの場所に近づけた。
鈴は霊具だ。
それを寄せるだけで糸が結ばれる。
あっという間に、素蛾の小さな乳首と股間の三箇所に鈴がぶら下がった。
朱姫は道術をかけた。
この部屋を朱姫の結界で包んでいる。
だから、大抵のことはできる。
朱姫がやったのは、大量の液体の塊を発生させて、宙に浮かせる術だ。
ただの液体ではない。
痒み液だ。
それが、素蛾の身体と同じくらいに拡がって、素蛾の上の天井に浮かんでいる。
素蛾がぎょっとしている。
「あれは痒み液よ。あれに濡れると、その部分がただれるように痒くなるわ……。あの痒み液の塊は、お前の身体につけた鈴に連動していて、鈴が鳴るたびに、液体がお前の身体に垂れてくるわ。こんな風にね」
朱姫は素蛾の片方の乳首の鈴を指で弾いて、わざと音を鳴らした。
ぽたぽたぽたと、素蛾の右の二の腕付近に液体が降った。
素蛾の身体のどこに液体が落ちるかは朱姫にもわからない。
そういう道術をかけている。
「か、痒いです。ひいっ──」
素蛾がひきつった声をあげて、全身を跳ねあげかけた。
「じっとしなさい──。また、降ってくるわよ──」
朱姫は大声で怒鳴った。
「は、はいいっ──」
素蛾は慌てたように叫んで身体を硬直させた。
なんとか、身体は静止して、鈴は鳴らなくて済んだ。
だが、痒いのだろう。
歯を食い縛った顔がみるみる赤くなる。
「仕掛けがわかったかしら、素蛾? これから、あたしはお前をくすぐり責めにするわ。それをお前は身動きしないように耐えるのよ。動いて鈴が鳴れば、痒み液が落ちてくるから、もっと我慢しにくくなるわ。とにかく、少なくとも、四半刻(約十五分)音がしなくなるまで続けるわよ。覚悟しなさい」
「は、はいっ」
素蛾はすでに歯をがくがくと震わせている。
だけど、顔は必死だ。
心の感情を読んでも、朱姫の言葉を理不尽と感じている様子はない。
それどころか、なんとか朱姫の期待に答えて、朱姫を悦ばせたいという感情でいっぱいだ。
朱姫は素蛾がいとおしくて思わず抱き締めたくなった。
だが、いまの素蛾の感情が、これから始める朱姫の告白でどう変わるか……。
「ところで、素蛾、聞いて……。大事な告白があるのよ……」
朱姫は素蛾をじっと見た。
そして、痒み剤が当たった部位に手をかざした。
痒みの影響が消滅するはずだ。
素蛾が大きく息を吐いた。
顔に微笑みが浮かぶ。
恐ろしい痒みから一時的に解放されて、ほっとしたのだ。
「あっ……。な、なんでしょうか、朱姫姉さん……?」
素蛾が視線を朱姫に向けた。
本当に朱姫に信頼を寄せている顔だ。
表情だけでなく、心からもそれを感じる。
この童女には裏表がない。
それは本当に素晴らしいことだと思う。
朱姫は眼を閉じた。
そして、開ける……。
「あたし、実は半妖なの……。つまり、合の子ね──。人間と妖魔、つまり、こっちでいう亜人ね。半妖よ。人間じゃないのよ……」
朱姫ははっきりと言った。
そして、素蛾の表情に注目した。
すぐに、素蛾の顔に驚きの色が浮かんだ。
しかし、その顔がぱっと破顔して顔に満面の笑みが浮かんだ。
それだけでなく、心に悦びの感情が迸っている。
朱姫は混乱した。
だが、すぐに気がついた。
素蛾の心には、新しいことを聞いたという感情はない。
もう、驚きの感情もない。
つまり、素蛾は知っていたのだ……。
「お、お前、知ってたの? どうして──?」
朱姫は声をあげた。
「ご、ご主人様に教えてもらっていました。皆様との旅が始まってすぐです。朱姫姉さんだけじゃなくて、皆様がどんな方々なのかは、全部教えられていました」
「ご主人様が……? そ、それで、知ってた? で、でも、なんで……?」
宝玄仙が教えていたというのは驚きだ。
そして、すでに知っていた……?
つまりは、素蛾は、朱姫が半妖だということをとっくに知っていて、それで朱姫に愛情を寄せてくれていたのだ……。
朱姫は全身が脱力する思いだ。
だが、だったら……。
だったら、なぜ、いままで、宝玄仙から朱姫のことを聞いたということを言わなかったのだ……?
「知っていたことを黙っていて、申し訳ありませんでした、朱姫姉さん。でも、ご主人様に口止めされていたんです」
「口止め?」
「は、はい──。も、もちろん、わたくしは朱姫姉さんがどんな生まれかに関係なく朱姫姉さんが大好きです。朱姫姉さんも、わたくしがどんな生まれかを気にせずに扱ってくださいますし……。でも、ご主人様は、半妖のことについては、朱姫姉さんが気にしていることだから、朱姫姉さんが自分で言い出すまで、知らないふりをしているようにと言われていました。だから、そうしていました。すみませんでした……」
「知っていたの……?」
朱姫はほっとした。
また、宝玄仙の心遣いにも驚愕した。
そんな風に気の使える人とは思っていなかったのだ。
「あ、あのう……。そ、そのときに、ご主人様に言われたのは、もしも、朱姫姉さんが、自分から半妖のことをわたくしに告げたときは、朱姫姉さんが本当にわたしくを受け入れたときだろうという言葉でした。朱姫姉さんはわたくしを受け入れてくれたんですよね? ありがとうございます」
素蛾が嬉しそうに言った。
急に眼が霞んで見えなくなった。
朱姫は素蛾に顔を見せないようにして涙を拭いた。
「も、もちろんよ──。お前はあたしの妹よ。その代わり、厳しくいくわよ。妹なんだから。さあ、くすぐりを始めるわよ──。我慢の練習よ──」
朱姫は持っていた刷毛で素蛾の脇の下をさわさわと掃いた。
「ひゃ、ひゃあ──」
素蛾の顔が苦しそうな笑い顔になり、鈴がちりんちりんと鳴った。
童女の身体に痒み液が垂れ落ちていく……。
*
「遅かったねえ、朱姫、素蛾……。お早う。昨夜ははしゃぎすぎたかい?」
朝になり着替えを終えて、食堂に降りていくと、宝玄仙と孫空女と沙那はすでに朝食をとっていた。
そして、なんだか、機嫌のよさそうな宝玄仙が声をかけてきた。
すると、いきなり、沙那がすごい形相で立ちあがった。
「沙那、落ち着きな……。気持ちはわかるけど、ここは堪えな。後で仕返しの機会は作ってやるから」
宝玄仙がくすくすと笑いながら、沙那をなだめるようなことを言った。
朱姫は首を傾げかけたが、やっと、昨夜、最後に沙那に『縛心術』で悪戯をしたまま、放置したことを思い出した。
「さ、沙那姉さん、き、昨日はちょっとした悪ふざけですよ。そんなに怒らないでください。ほらっ、あたし、下着つけてますよ。うまくいったんです」
朱姫は下袍の裾をちょっと捲って、下着をちらりと見せた。
「お前の下着なんて、知ったことじゃないわよ──。覚えてなさいね──」
沙那が絶叫した。
「わっ」
そのあまりの迫力にびっくりして声をあげたのは、朱姫の隣の素蛾だ。
しかし、宝玄仙は爆笑した。
孫空女は苦笑している。
また、ほかの客などが何事だろうかと、一斉にこっちを見た。
「なに見てんのよ──。あんたら、あっち向きなさいよ──」
沙那が今度は客に向かって怒鳴った。
その剣幕に客たちもびっくりしている。
これは相当のようだ。
朱姫は首を竦めた。
「あ、あのう、沙那様……。言いつけの通りにしてきました。点検して頂けますか?」
そのとき、素蛾が沙那の前に進み出た。
素蛾には、沙那に昨夜渡された頭巾付きの袖なしの外套を身に付けさせている。
そう言えば、沙那の命令だと説明して着させたのだった。
朱姫は忘れていた。
「沙那、お前、なにか素蛾に命じたのかい?」
宝玄仙が沙那を見た。
「は、はい……。あの外套で顔を隠せと……」
沙那は宝玄仙に言った。そして、視線を素蛾に向ける。
「点検なんていいわよ、素蛾……。それよりも座りなさい。食事をするのよ。朱姫もよ。とにかく、食事が終わってから、話をつけましょう」
沙那が朱姫を睨んだ。
だが、素蛾は外套の前を懸命に押えている。
外套には前をとめる紐やぼたんのようなものはない。
朱姫は笑いを堪えながら、素蛾の正面に回り込んだ。
「どうでしょうか? 言いつけに従って。外套だけを着てきました……」
素蛾ががばりと両手で外套の前を開いた。
外套の下は素裸だ。
「う、うわっ、こ、こんなところで、開くんじゃないわよ──。と、というか、なんて恰好しているのよ──」
沙那が驚愕して素蛾の外套を引っ掴んで閉じる。
しかし、さっきからの騒ぎでかなりの者がこっちに注目していた。
周囲が騒然となったのがわかった。
かなり多くの者が素蛾の裸身を見てしまったと思う。
朱姫は、沙那の慌てぶりに吹き出してしまった。
「お前、素蛾にそんな命令したのかい? こりゃいいよ──。宮殿まで、その格好で入れるといい。外套を脱いだときに国王と王妃がびっくりするさ」
宝玄仙が手を叩いて笑った。
「わ、わたし、そんなこと命じません……。そ、素蛾──。なんで、そんな格好してんのよ──。わたしは外套を着てこいと言ったのよ。外套“だけ”を着ろなんて言ってないわよ」
「で、でも、朱姫姉さんが……」
素蛾が困惑した表情で言った。
朱姫は腹を抱えて笑った。
そして、言った。
「素蛾、出発前に、もうひとつ仕掛けをするわよ。股縄よ。今日はそれをして歩くのよ。そして、感じないようにする練習をしていきなさい。夕べは結局、我慢することなんて、なんにも覚えられなかったんだから、最後の最後まで調教を続けるからね。とにかく、お前はいつまでも、あたしの妹よ。しっかり、調教するわ」
「は、はい──。頑張ります、朱姫姉さん」
素蛾が嬉しそうに顔を赤くして元気な声をあげた。
「あ、あんた、いいかげんにしなさい──」
沙那が大声で怒鳴った。
(第99話『性奴隷候補生』終わり、第100話『本物と偽者』に続く)