「まったく強情だねえ──。口だけでいいと言っているだろう。また、死んだ気分を味あわせてやろうか、この奴隷──」
身体が吹き飛び、蹴られた勢いで壁に全身を叩きつけられ、反動で跳ね返った素蛾は仰向けに倒れた。
しかし、もう、素蛾には悲鳴をあげる力もなかった。
後頭部にぬるりとした液体が流れるのを感じる。
また、頭が割れたのかもしれない。
それで血が流れ出したのだろう。
だが、それも、もうしばらくすれば、負傷などなかったかのように、身体の損傷は元に戻るはずだ。
この不思議な部屋に入れられてどのくらいの時間が経ったのだろう?
素蛾にはまったくわからない。
まるで、時間の感覚が停止しているような空間で、素蛾はひたすら拷問を受け続けいた。
玉兎が要求するのはただひとつ──。
素蛾が宝玄仙と朱姫の奴隷たちではなく、玉兎の奴隷だと言えということだ。
だが、素蛾はそれを拒否し続けていた。
嫌だったのだ。
嘘でも嫌だ。
素蛾は、朱姫の奴隷になり、宝玄仙の奴隷になった。沙那や孫空女にも仲間だと言ってもらえた。
それ以外のなにものにもなりたくなかった。
そんなことを思ったのは、生まれて初めてだったし、それだけは譲りたくなかった。
素蛾があくまでも拒否すると、玉兎は怒り狂った。
最初の日など、片手で素蛾の首を掴んで、そのまま首の骨をへし折ったのだ。
素蛾はあのとき、自分は死んだのだと思った。
だが、気絶から目を覚ましたとき、首の骨どころか、その直前まで鞭打たれていた痕さえも消滅していた。
よくわからないが、そういう空間だと思うしかない。
それから、果てしない玉兎による素蛾への拷問が始まった。
鞭打ちなど生易しいくらいで、全身の骨を一本、一本砕かれるということもやられた。
全身を拘束されて、局部に強い電撃を流して放置されることもやられた。
気絶するまで平手と拳で顔を殴られ続けるということもされた。
逆さ吊りされて、水に顔をつけて、何度も溺死させるということもされた。
もちろん、偽物の死なのだが素蛾にとっては本物の死だ。
ただ、どんな拷問を受けても、時間が経てば嘘のように素蛾の外見の負傷は消滅した。
しかし、痛みも苦しさも本当だし、死の恐怖もしっかりと頭に刻まれている。
それでも、素蛾は自分は朱姫たちの奴隷だと言い張った。
どうして、そんなに拘るのか自分でもわからなかった。
だが、素蛾はどんなに拷問を受けても、朱姫たちの奴隷であることを拒否するという、その一点だけは譲らなかった。
「本当にやわなくせに、強情だねえ──。まさか、最初の段階でこんなに手こずるとは思いもしなかったよ──」
玉兎が素蛾の髪を掴んで、素蛾の身体を持ちあげた。
そして、投げ飛ばした。
「んぎゃあっ」
背中と腰に板のようなものがぶつかった。
木の椅子に叩きつけられたのだとわかったのは、そのがっしりした椅子に座って手摺に腕を乗せられて、手、脚、胴、首とあらゆる関節に細い触手の拘束ががっしりと食い込んでからだ。
「今度の拷問はちょっときついよ──。さあ、素蛾は玉兎の奴隷だと言いな──」
指の一本を掴まれた。
はっとした。
指の先に真っ赤に焼けた針の先が近づいている。
それが爪の下に刺されようとしていた。
「い、いやあ──。それは、いやああ──。いやです──」
素蛾は自分のどこにそんな力があるのかと驚きながら、大きな声で絶叫した。
「だったら、お前はあたしの奴隷だと認めるね──?」
真っ赤になった針が玉兎が掴んでいる素蛾の右手の中指の手前で停止した。
「だ、だって、わたくしは、もう朱姫姉さんの奴隷なんです──」
素蛾は叫んだ。
玉兎の舌打ちがしたと思った。
「うぎゃああああ──」
信じられない激痛が炸裂した。
右手の一箇所に起こった凄まじい痛みが、脳天を貫き焼け焦がした。
獣のような叫びが素蛾の口から迸っていた。
素蛾は自分が失禁しているのがわかった。
「指はまだ九本あるのよ……。足の指を入れればもっとあるわよ。何本目でお前は屈伏するかしらね……。言っておくけど、この拷問が終わるまで、お前は気絶はできないよ──。今度はそういう道術をかけたからね──。さあ、もう一度訪ねるわよ。お前は誰の奴隷?」
玉兎が素蛾を睨みながら、二本目の針を次の指に近づけてきた。
*
「わ、わたくしは……朱姫……姉さんたちの……せ……い……ど……れ……い……」
手足を付け根から引き千切られて、胴体と頭だけになった素蛾が、血の海の上で最期にそうつぶやいた。
そして、息をして果てた。
もちろん、本物の死ではない。
素蛾の頭の中だけで起こっている幻だ。
しかし、幻であっても、素蛾が感じている苦痛や死の体感は本物だ。
だが、素蛾は折れない。
頑固に、自分は朱姫の性奴隷だと主張し続ける。
玉兎は唖然とする思いだった。
これほどまで、手こずるとは思いもよらなかった。
苦労知らずで育った世間知らずのまだ十二歳の王女だ。
あの気の弱そうな素蛾のどこに、これほどまでの気力と頑迷さが備わっていたのだろう。
そのとき、外の世界の素蛾の私室に誰かが近づく気配を感じた。
おそらく、侍女たちだろう。
昨日から、婚姻のための国のしきたりらしい全身への香油塗りとかいうやつを始めている。
よくはわからないが、公主の婚姻の儀式の際の天神国の慣習だということで、昨日から婚姻の一連の儀式が終わるまでの期間、毎日、全身に香油を塗ることになったのだ。
昨日は、皇后がやってきて、かつては自分も同じことをやったのだと玉兎に語りかけながら、素蛾の姿になっている玉兎を素裸にして、皇后の連れてきた侍女たちに、花の香りがする香油を塗らせた。
毎夕やると言っていたが、そういえば、そろそろ夕方だ。
玉兎は、素蛾の意識の世界の中から、自分の意識を現実の世界に戻した。
素蛾の頭の中の世界で、たったいま素蛾を殺した玉兎は、素蛾の私室の椅子に静かに腰かけている玉兎の意識に復帰した。
そして、卓の上に置いていた拳ほどの大きさの玉を急いで布の袋に包んで腰紐に結びつけた。
この玉の中に、道術で小さくした素蛾を閉じ込めている。
宝玄仙たちから素蛾を取りあげて四日──。
素蛾はずっとこの玉の中で眠り続けているが、その素蛾の意識に働きかけて、玉兎は凄まじい拷問を施した。
そして、玉兎に屈伏をさせようした。
最初は拷問だけが目的だったが、玉兎の奴隷になるという言葉を発しようとしない素蛾に腹が立ち、無理矢理にそれを口にさせることにした。
素蛾の意識の中でやった残虐行為は、素蛾が玉兎の性奴隷だと言わせるための拷問になった。
だが、いまだに素蛾は、すでに約束したから素蛾は朱姫たちの性奴隷であるの一点張りで、玉兎の奴隷になるという言葉を発しない。
あんな小娘、拷問どころか、鞭打ち一発で屈伏すると思っていたから、
四日間の拷問でも堕ちない素蛾の心は、玉兎の想像を遥かに超えている強靭さだった。
なんという小娘だろう……。
玉兎が素蛾という公主を宮殿からさらったのは一箇月前だ。
この天神国の国王には、三人の王子と四人の王女がいる。このうち、王女のことを「公主」と称する。
天神国王への復讐の第一弾として、かつて玉兎自身がそうされたように、国王の娘を奴隷に落としてやることにしたのだが、玉兎が末王女の素蛾を選んだのは、素蛾が玉兎が奴隷にされたときと同じ十二歳だったからだ。
それで忍び込んだ宮殿で、月でも眺めようとしたのか、部屋から繋がっている露台に出てきた素蛾を見つけさらい、『移動術』で国都からはるかに離れたこの国の東の果てに跳ばしてやった。
国都の宮殿に入り込むのは難しくはなかった。
この宮殿には、道術を封じるような霊具の警備装置などが皆無であり、ただ王宮道術長のみが、その部下とともに道術による侵入者を取り締まるという態勢だったのだ。
余程、国都内の分限者の屋敷の方が忍び込み難いほどであり、玉兎は得意の道術で道術長の意識に入り込むと道術長を玉兎の操り状態にした。玉兎に操られた道術長は部下たちが玉兎の存在がわからないように細工をすると、玉兎を宮殿に侵入させたのだ。
素蛾を身ひとつで放り投げたのは、奴隷狩りが横行しているこの国の東側にある宝華山という山裾の平原であり、案の定、その夜のうちに素蛾は、奴隷狩りに襲われて近くの奴隷商に売られてしまった。
玉兎の思惑通りだった。
一方で、素蛾が行方不明になったことを気づかせないように、玉兎は素蛾になり切って宮殿で生活をはじめたのだ。
すぐに着手したのは、素蛾と西方帝国の末皇子との縁談だ。
これが復讐の第二弾だ。
偽公主になりきっている玉兎が、西方帝国の皇子と「結婚の儀」を結んでしまうのだ。
それをしてしまえば、この国の王は、帝国の手前、玉兎が本物の素蛾だと言い張るしかなくなる。
そのうえで、国王に本物の素蛾が性奴隷になったことを教えてやるつもりだ。
しかも、玉兎の夫になった帝国の皇子の力も利用して、素蛾を助けることを許さないのだ。
国王は、自分の娘が性奴隷として虐げられているにも関わらず、なすすべなく放置するしかないという事態になるだろう。
末皇子との婚姻話を作りあげるのも難しくはなかった。
西方帝国には八人の皇子がいるが、上から三人の皇子以外は、なんの権力もないし、現段階では皇位継承権もない日陰者だ。
そのうちの末皇子を操り状態にして、向こうから素蛾との結婚話を持ちかけさせたのだ。
こちらの王宮側の窓口は、玉兎が操っている道術長だ。
婚姻の条件は、一箇月以内に「結婚の儀」という道術契約を結ぶことであり、天神国王はそれに応じた。
それが終われば、自分は素蛾ではないということを天神国王に教えるつもりだ。
復讐の第三弾だ。
第四、第五の復讐も準備しており、長い年月をかけてじっくりと国王を苦しめてやろうと思っている。
そのために、玉兎自身も帝国の末皇子と「結婚の儀」をしなければならないが、まあ、それはいいだろう。
末皇子は玉兎の操り状態であるし、性質が善良であることを知っている。
別に夫として嫌なわけではない。
すべてが玉兎の思惑通りに進んでいたのだが、ただひとつの例外が、あの宝玄仙とかいう旅の道術使いの存在だ。
適当な好色者の分限者にでも売られるのだろうと思っていたので、旅の女、しかも、絶世の美女といっていい女が買ったのは意外だった。
だが、少し観察していたら、素蛾は早速、性調教を受け始めていたので、満足して、あとは放置していた。
それからしばらく、素蛾のことなど思考の外にしていたが、その素蛾を連れて、あの宝玄仙が国都にやってきたと知ったのは、沙那とかいう宝玄仙の供が、国都のあちこちで、素蛾について聞き込みをしているという情報に接してからだ。
婚姻の儀式は、もう数日後だ。
それで、道術を駆使して素蛾を探すと、素蛾を連れた宝玄仙一行は、国都にもう入っていることがわかった。
ただ、到着したばかりであり、まだ、どこにも接触していないようだった。
ここで本物の素蛾に登場されるのは、非常に都合が悪かった。
玉兎は瞬時に行動し、
一連の儀式が終わるまで、素蛾を監禁しておくためだ。
どこに素蛾を隠そうかと迷ったが、小さくして玉に閉じ込めて、肌身離さずに持ち歩くことにした。
下手に宮殿のどこかに隠すと、思わぬことで素蛾を発見されるかもしれない。
その間、ただ、眠らせるよりはと、眠っている素蛾の意識の中に入り込んで、手酷い拷問もした。
奴隷時代の玉兎が受けたことだ。
この国王の娘も当然、同じ思いをするべきだと思った。
小さくして眠らせた素蛾が、玉兎に屈伏しなかったのは、もうひとつの誤算だ。
もはや、あの気の強い娘を屈伏させるのは無理だと思いかけてきたが、まだ、あと一日ある。
今度は、さっき幻で味あわせた手足がなくなった状態から意識を再開させたらどうだろうか……。
幻の中で何度ももう死んでいるから、どんな目に遭わせられても、次に意識を戻すときには五体満足で復活することには気がついているだろう。
その逆を突いて、今度はさっきの残虐行為の続きから始めるのだ。
案外、それで屈伏するのではないだろうか……?
そんなことを思った。
すると、私室の扉が叩かれた。