※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

672 / 819
672 本物公主との別れ

 死刑となることも覚悟はしていたが、結局は国外追放処分ということになった。

 

 なにせ、一国の公主を性調教したことがばれたのだ。

 王族に危害を加えようとしていた亜人を追い出した功績を足し引きしても、罪側に余りがある。

 玉兎(ぎょくと)との対決があったのが昨日であり、その翌日には、さっさと出ていけと言わんばかりの処置だが、国外追放で終わってくれれば、寛大な処分に感謝しなければならないだろう。

 

 まあ、いずれにしても、この王宮の道術力では、宝玄仙や朱姫を封じることはできない。

 処刑ということになっても、逃亡することは難しくはなかったろう。

 旅立ちの準備は済んでいた。

 沙那は、宝玄仙と孫空女とともに、王宮の中庭の長椅子に座って待っていた。

 すると、朱姫が戻ってきた。

 

「お待たせしました、皆さん──。素蛾(そが)との別れは済ませました。もう大丈夫です……」

 

 朱姫が頭をさげた。

 

「案外早かったね……。もっと長引くかと思っていたよ。こんな道術長たちなんて気にせずに、思う存分に別れをすればよかったのさ……。こいつらなんて待たせておけばいいんだよ」

 

 宝玄仙が周囲を取り巻いている道術長とその四人の部下を眺めながら言った。

 この五人が天神国の道術五人衆ということになっていて、国で最高の道術遣いの五人らしい。

 しかしながら、宝玄仙に言わせれば、道術長が辛うじて中流程度の道術遣いくらいで、あとは低級の上くらいの実力らしい。

 だから、彼らの作った『道術封じ』の枷など、あっという間に玉兎に破られた。

 

 昨日、王宮を逃げていった玉兎がどうなったかは、もう沙那たちにはわからない。

 いまは王宮中が大きな騒動の真っ最中という感じだ。

 逃亡を図った玉兎を追跡する捜索隊が組織されたし、一箇月の不審者の侵入を許していた王宮の警備態勢も一新されるようだ。

 ただ、それについては、道術長たちは関わらず、近衛軍が一手に引き受けるらしい。

 道術を駆使する相手を道術なしにどうやって対抗するのか見当もつかないが、その辺りは王宮内の主導権争いがあったようだ。

 

 まあ、沙那の知ったことではないが……。

 いずれにしても、玉兎に操られていたことがわかった道術長たちは、玉兎追跡のことからは外されて、沙那たちを国外追放するというどうでもいい任務に回されたようだ。

 

「いいえ、十分に別れをすることはできましたから、ご主人様……」

 

 朱姫が言った。

 

「素蛾はどうしている?」

 

 沙那は訊ねた。

 

「部屋で閉じこもっています……。侍女たちにもしばらくは部屋に入ってこないでくれと告げていました。きっと泣いている顔をあまり見せたくはないのだと思います」

 

「そう」

 

 沙那はうなずいた。

 感情的な朱姫のことだから、素蛾との別れに際しては、喚き散らしたり、泣き叫ぶかと思ったが、案外冷静のようだ。沙那はほっとした。

 考えてみれば、朱姫は今までの人生で、沙那とは比べものにならないくらいに、別れの経験をしているのだ。

 心は強い。

 道術長が咳払いした。

 

「では、いまから、私以下の五人で『移動術』により、この国の西の国境まで一気にお送りします。それで終わりです。二度とは、この国にお入りにならないことをお約束ください。もしも、戻った場合は、その際は重犯罪者として処断することになります──。私個人としては、皆様にお世話になりましたし、このようなかたちで追放しなければならないことを心苦しく思います」

 

 道術長が頭をさげながら言った。

 いよいよ、天神国の王宮を出立するのだ。

 慌ただしい出立となった。

 

 それにしても、玉兎から素蛾を取り戻して、素蛾を解放できたのはいいが、あの場で素蛾が、自分自身の性奴隷としての調教の成果を堂々と述べるとは思わなかった。

 素蛾に口止めをするのを忘れていたのは落ち度だったが、いきなり玉兎にさらわれてしまったのでその余裕はなかったし、なによりも、あんなに屈託なく性調教のことを暴露するとは思わなかった。

 さすがは、世間知らずのお姫様だ。

 沙那とは「常識」が異なる。

 

 おかげで沙那たちは、素蛾を救出した功労者の扱いから、素蛾に卑猥なことをした人非人(ひとでなし)に一気に格下げになった。

 国王と王后の怒りは凄まじく、宝玄仙たちはすぐに、近衛兵が監視する王宮内の一室に軟禁状態にされた。

 軟禁といっても、近衛兵が出入り口を監視するほかは、宝玄仙自身が準備した『移動術防止』の霊具による監禁だし、宝玄仙や朱姫の道術を封じることのできる道術遣いも、それをすることのできる霊具も、この王宮には存在しない。

 

 その場で逃亡することも可能だった。

 だが、朱姫が断固として嫌がった。

 王宮から逃げるにしても、素蛾と別れをしないままで去るなど、絶対にできないと言い張ったのだ。

 朱姫が本当に素蛾を可愛がっていたのは沙那も知っている。

 

 もっとも、朱姫の愛情の示し方は怖ろしく独特なので、他人から見れば、虐げているとしか思えないのだが、少なくとも朱姫は素蛾を気に入っていたし、素蛾もまた、朱姫を慕っていた。

 あのふたりは、決して他者からは理解できない愛情で結び合っていて、朱姫が素蛾とこのまま別れるのはできないと言い張るの気持ちはすごく理解できた。

 

 宝玄仙はそのまま天に任せると決めた。

 そして、ひと晩が経ち、朝になったところで、この道術長が突然に軟禁されていた部屋にやってきて、国外追放処分を申し渡されたのだ。

 条件は、道術長と宝玄仙が道術契約を結ぶことだった。

 その内容は、今回のことを絶対に他人に口外しないということを誓うというものだ。

 宝玄仙はあっさりと承諾した。

 

 礼金だという砂金の包みと、高価な宝石の包みを渡された。これは口止め料の意味もあるだろう。

 それだけだ──。

 

 そして、道術長がすぐに王宮から西の国境まで『移動術』で転送するので、支度をしろと言った。

 しかし、朱姫が怒った。

 素蛾と別れをさせなければ、絶対に王宮から出て行かないと道術長に食ってかかったのだ。

 宝玄仙も同調した。

 

 追い払いたければ出ていくが、それは素蛾と別れをさせることが条件だと言い張った。

 道術長は困惑した表情で、いったん引き下がった。

 

 そして、午(ひる)になったところで、もう一度、道術長がやってきて、素蛾と別れをしていいということになったのだ。

 それで荷をこの中庭に運び、四人で素蛾の待つ部屋に赴いた。

 素蛾が待っていたのは第三応接室という場所だった。

 素蛾は夕べは夜通し、国王と王妃から詰問をされたらしい。あまり寝ていないと言っていた。

 

 素蛾は悲しそうであり、ずっと泣き続けていた。

 一緒に旅を続けたかったと、何度も同じことを言った。

 そして、三人だけで先に部屋を出て、朱姫と素蛾をふたりきりにしてきた。

 渋る道術長を宝玄仙と孫空女が脅し、こうして朱姫が素蛾と別れを済ますのを待っていたのだ。

 

「じゃあ、よろしいですか、皆さん?」

 

 道術長が言った。

 そして、沙那たち四人を道術長たち五人が囲むように配置した。

 宝玄仙や朱姫は、ひとりで『移動術』をいくらでもしてしまうが、この王宮の道術師たちは、五人掛かりでなければできないらしい。

 五人の霊気を集めて道術をかけ、一日かけて霊気を回復してから、翌日に国都に戻るとか言っていた。

 

「そういえば、道術長──。素蛾が言っていたけど、素蛾が今回のことで、遠い南の果てにある城主に預けられるようになるとか言っていいたけど本当かい?」

 

 宝玄仙が言った。

 

「陛下と后殿下がそのようなことを申しておられるのは知っています。しかし、私にはそれ以上のことは……」

 

 道術長が低い声で言った。

 

「まあ、どうでもいいことだけどね……。でも、ここの国王も王后もなんか冷たいよねえ。昨日だって素蛾が解放されて抱きしめることもなかったし、ちょっとばかり性調教を受けていたことがわかったら、素蛾は汚点扱いかい。素蛾が送られる場所というのは、人もほとんど住んでいないような辺境らしいじゃないかい──」

 

「ま、まあ……」

 

「わたしらをこうやって追い出すのは当然だけど、あの心の優しい素蛾まで、同じ目に遭わさなくてもいいんじゃないのかねえ……。しかも、まだ一日も経っていないんだよ。それなにの素蛾についても、お前たちが明日戻ったら、その翌日には僻地に送るんだろう?」

 

「私だけでなく家臣の者は、王族御一家の中で誰よりも素蛾公主様のことを好いております。それは間違いありません。私もそうです。だからこそ、この私が素蛾様を陥れるようなことをさせられたことが口惜しくてなりません……。それ以上のことは、私には申しあげる立場にはありません……」

 

 道術長が言った。

 

「……それもそうだね。わたしも余計なことを言ったよ……。お前に言っても仕方がない。本当は国王に面と向かって言いたいのさ。でも、国王も王后もわたしらに会うつもりはないだろうしね」

 

 宝玄仙が肩をすくめた。

 

「それと、今回のことで、私は王宮の道術長を辞任ということになるでしょう。その場合は、素蛾様が行かれることになっている辺境の城に一緒に向かうつもりです。今度こそ、素蛾様はこの私が一身にかけてお守りします」

 

「そうかい……。なら、頼むよ。短いあいだだったけど、あの娘はわたしたちの大事な仲間だったんだ。ちょっと抜けている……いや、かなり突き抜けているけど、それが愉しくてね……」

 

 宝玄仙が笑った。

 

「ご主人様、お願いです……。早く行きましょう」

 

 朱姫が言った。

 

「そうだね……。じゃあ、頼むよ、道術長」

 

 宝玄仙が言った。

 『移動術』特有の身体がねじれるような感覚が襲った。

 風景が一変した。

 どこかの山の峠に立っていた。

 

「この峠を向こう側に下れば鳳仙(ほうせん)国です。では、お元気で……。私どもは、皆さんが国境に戻ってこないように、ここで見張っていることになっていますので、しばらくはここに留まります。さっきも言いましたが、決して天神国にはお戻りになりませんように……」

 

 道術長が言った。

 

「わかったよ。素蛾をよろしく」

 

 宝玄仙が言った。

 

「じゃあ、皆さん、出発しましょう──」

 

 朱姫が大きな声をあげた。

 そして、先頭をすたすたと歩きだした。

 それからしばらく山の北側の麓に向かって山街道を進んだ。これまでずっと西に西にと旅をしてきたが、これからは北に向かって、魔域と呼ばれる亜人族の生息域に行く。

 そこに金角と銀角が待っているはずなのだ。

 もっとも、その前に、大きな帝国の領土を通過することになる。

 東方帝国にいたときには、「西方帝国」と呼んでいた大国だ。

 沙那としては、いよいよ人界の果てにやってきたという感じである。

 

 いつも宝玄仙の横を歩く朱姫は今日は全員の前を歩いていた。

 しかも、随分と速足だ。

 

 沙那が声をかけると、素蛾との思い出がある天神国からは、早く離れたいのだと言った。

 沙那はそれ以上なにも言わなかった。

 

 朱姫は、一生懸命に速足で歩くことで素蛾との別れの哀しみを癒そうとしているに違いないと思ったからだ。

 しかし、やっと山を下り終わって、鳳仙国の東側の最初の宿町に辿り着いたとき、朱姫の態度がやっぱり不自然なことに沙那は気がついた。

 

 少し早いが、今夜はここで宿を取ろうと宝玄仙が言ったとき、朱姫が断固として反対したのだ。

 しかも、呼びとめても宿町の途中で歩きをやめようとしない。

 気がつくと、宿町を通り過ぎていた。

 

「なんで嫌なのさ、朱姫──? いいから、とまりなよ」

 

 孫空女が朱姫の肩に手をかけて強引にとまらせた。

 

「だ、だって、まだ先に進めるじゃないですか? 陽は高いですよ。もう少し、歩きましょうよ──。あっ、そうだ。東か西に行きませんか? 街道から外れましょうよ──。温泉──。街道を外れれば、もしかしたら、温泉があるかもしれません。あたし、温泉に入って哀しみを癒したいです」

 

 朱姫が早口でまくしたてた。

 

「なに言ってんのよ、朱姫──。闇雲に歩いて温泉なんて見つかるわけないでしょう」

 

 沙那は呆れて言った。

 

「だったら、もっと西に向かいましょう。途中で陽が落ちたら、さらに道を外れて野宿するんです──。そうすれば、見つかりっこないですし……」

 

 朱姫が言った。

 なにかおかしい……。

 沙那はじっと朱姫を見た。

 

 宝玄仙と孫空女も、さすがに朱姫の不自然さに気がついたようだ。三人で朱姫を囲むような態勢になった。

 道のど真ん中だが国境沿いだし人影はない。

 朱姫が三人に見つめられて、さっと視線を避けた。

 顔におかしな汗をかいている。

 随分と速足だったから、いつもよりは汗をかいているかもしれないが、それにしても異常な量の汗だ……。

 

「朱姫、あんたなにか隠しているわね……?」

 

 沙那は言った。

 随分と落ち着きがないが、この小娘は、王宮でなにかをやらかしてきたのではないだろうか?

 なにをやったのだろう……?

 

「な、なにを隠しているというんですか、沙那姉さん──?」

 

 朱姫が愛想笑いのような笑みを浮かべた。

 その瞬間、沙那は確信した。

 やっぱり、朱姫は、王宮でなにか悪戯でもやってきたのだと思った。

 

「確かに、なにか隠しているようだね……。朱姫。言いな──」

 

 宝玄仙も同じことを思ったようだ。朱姫に強い口調で言った。

 詰問調の宝玄仙の言葉に、朱姫の顔が硬直した。

 

「は、はい、ご主人様……。で、でも、言うにしたって、もう少し進んでからでいいですか……。取り返しがつかないくらいの場所になってから……」

 

 朱姫がぶつぶつと言った。

 

「取り返しのつかない場所……?」

 

 沙那は朱姫が発した言葉を聞き逃さなかった。

 朱姫にさらに詰め寄ったが、朱姫はなんだかんだと、言葉を濁して逃れようとする。

 だが、そのとき、沙那はなんとなく頭が浮かんだことがあった。

 朱姫が王宮に仕掛けそうな悪戯を考えていて、ふと、あることに思い当ったのだ……。

 

 しかし、もしも、沙那のその勘が当たっていたとしたら、それは大変なことだった。

 国外追放どころの話ではない。

 おそらく、天神国だけではなく、この周域のすべての軍から逃げ回らなければならないような事態に陥る。

 いくらなんでも考えなしに朱姫は、そんなことはやらないとは思うが、これまでの経験では、朱姫や宝玄仙のやることに対する沙那の勘は、いつも悪い方でよく当たる。

 

「朱姫──。あんた、玉兎から取りあげたあのおかしな玉球を預かったままよねえ……。まさかとは思うけど、あれを使ったりはしていないわね?」

 

 沙那は念のために訊ねた。

 とてつもなく嫌な予感がするのだ。

 

 まさかとは思う……。

 いくらなんでも、犬猫じゃあるまいし……。

 

 だが、あの素蛾だったら……。

 朱姫以上に、普通じゃない娘だ……。

 すべての常識を突き抜けているあの娘だし……。

 

 すると、朱姫の顔面がさっと強張った。

 沙那は自分の勘が当たってしまったことがわかった。

 

「お前という娘は──」

 

 沙那は天を仰いだ。

 

「朱姫、玉球をお見せ──」

 

 宝玄仙も怒鳴った。

 沙那と同じことを考えたのだろう。

 

「ど、どうしたの、ふたりとも?」

 

 ただひとり、孫空女だけが呆気にとられている。

 

「で、でも……」

 

「見せるんだよ──」

 

 宝玄仙がさらに大声をあげた。

 朱姫がおそるおそると言った感じで、下袍をまくって脚を出した。

 驚いたことに、朱姫は下袍の内側に玉球を入れた布の袋を隠していたのだ。

 

「はい……」

 

 朱姫が両手で玉球を持って宝玄仙に差し出した。

 宝玄仙が玉球の表面を見透かした。

 そして、大きくため息をついた。

 

「お、お前というやつは……。とにかく、素蛾を出すんだ──」

 

 宝玄仙が呆れかえった表情で、玉球を地面に置いた。

 沙那も自分の嫌な予感が、完全に当たったことがわかった。

 朱姫は、玉兎から玉球を扱う道術を譲渡されていて、この玉球に人を隠すという道術を遣えるようになっていたのだ。

 それを遣ったのだ──。

 

 宝玄仙に促された朱姫が道術を発した。

 すると、白い光が発生して、眼の前に一枚の外套を身に着けた素蛾が出現した。

 

「そ、素蛾──。なんで、ここに──?」

 

 孫空女だけが驚愕している。

 

「お、お前、なんてことしたのよ──。どうするつもりよ、朱姫──? 素蛾をさらってきたのね──? 天神国だけじゃなくて、周辺国のすべてから手配されるわよ。なにしろ、一国の王女を誘拐したことになるのよ──」

 

 沙那は朱姫を叱り飛ばした。

 

「だ、だって、素蛾はせっかく戻ってきたのに、あの国の辺境に捨てられるように送られるんですよ。そんなの酷いじゃないですか──。だったら、あたしたちと一緒に旅をしたっていいじゃないですか──」

 

 朱姫は素蛾を庇うように背中に隠しながら声をあげた。

 

「そ、それにしたって、一国の王女を誘拐するだなんて……。まさか、素蛾を騙して連れて来たんじゃないでしょうねえ──」

 

「騙しただなんて……。素蛾とはちゃんと話し合いました、沙那姉さん──」

 

「だったら、なんで、わたしたちとは、事前に話し合わないのよ──」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「さ、沙那様──、怒らないでください──。わ、わたくしが朱姫姉さんにお願いしたんです──。わ、わたくし、皆さんと一緒に行きたいんです──」

 

 素蛾が朱姫の前に出てきた。

 そして、両手で外套の前をがばりと拡げた。

 

「うわっ」

 

 沙那はびっくりして声をあげてしまった。

 

「ほう……?」

 

「へえ……」

 

 沙那に続いて、宝玄仙と孫空女も声をあげた。

 素蛾は外套の下になにも身に着けていなかったのだ。

 まったくの素裸だ。

 その代りに股縄をしている。

 ただ、少し緩い気もするが……。

 

「や、約束だったはずです、ご主人様──。わたくしを一人前の性奴隷にしてくれるはずです──。でも、わたくし、まだ全然一人前じゃありません。お尻だって、まだまだ調教しなければならないって言っていましたよね……。鶏のように卵を産むという芸を今度教えてくださる約束でした……。なんでもします……。玉兎様のときは、鞭打ちにだって耐えたんです。もっとひどいことだって……。立派な皆様の性奴隷になれると思います。愛撫を我慢するのはまだできませんけど、いつか覚えます……。それから……それから……」

 

 そして、感極まったように素蛾が泣き出した。

 沙那は唖然とした。

 

「……お願いです。わたくしを置いていかないでください──。一緒に行きたいです──。もう、王宮にいられなくなったし……。それに、北の城に向かえば、知らない場所に一生閉じ込められるような生活をすることになるんです。お願いです──。やっぱり、わたくしは皆さんと一緒がいいんです──。とにかく、別れたくないんです──」

 

 素蛾がわんわん泣き出した。

 全身の力が抜ける気がした。

 

 まったく……。

 

「あんたたちは──」

 

 沙那はさらに叱ろうと思ったが、泣いて同行を訴える素蛾と、その横でうなだれている朱姫を見ると、言葉が出てこなかった。

 宝玄仙も呆れたような表情だったが、素蛾の裸身に視線をやって、ふっと頬を綻ばせた。

 

「その下手糞な股縄は自分でやったのかい、素蛾……?」

 

 宝玄仙は素蛾の股間の股縄を指さしている。

 

「は、はい……。わたくしがこの格好になって頼んだら、朱姫姉さんが承知してくれたんです。だから、朱姫姉さんは悪くないんです──。朱姫姉さんにわたくしが無理に頼んだのは本当なんです……。で、ですから……」

 

「お前がなんと言おうと、朱姫は罰だね──。そして、もちろん、お前も罰だよ、素蛾──。だいたい、そんな緩い股縄があるかい……。朱姫、お前も素蛾と一緒に股縄だよ──。そして、全裸歩きだ。これから追っ手を避けるために間道に逃げるけど、明日の朝まで服はなしだ。素蛾もだよ──。その外套は脱ぎな。そして、おいで──。股縄はわたしが締め直してやる──。それから、沙那、朱姫の股縄はお前がしてやりな──」

 

 宝玄仙が声をあげた。

 朱姫と素蛾の顔がぱっと破顔した。

 沙那も苦笑してしまった。

 

 仕方がない……。

 まあ、今ごろ王宮でも、素蛾がいないことはわかっているだろうが、『移動術』が遣える道術長たちはこっちだ。

 天神国の追撃隊がやってくるのは、明日王宮に戻る道術長たちが、再び『移動術』が遣えるようになる明後日以降になるに違いない。

 それまでに旅の痕跡をなくしてしまえば、まず、追手に捕まることはない。

 

 それを逃れても、天神国王が周辺友好国や西方帝国に素蛾の保護を依頼するかもしれないが、逆に他国に王女の身柄を抑えられることは、まずいと考えるかもしれない。

 天神国王が他国に沙那たちや素蛾の捕獲を依頼する可能性は五分五分だ。

 

 ただし、天神国王が依頼をしなくても、素蛾という王女がいなくなっていることが公になれば、天神国に恩を売るか、あるいは人質にでもする目的で各国は素蛾を確保しようとするかもしれない。

 手配書も回るだろうか……?

 

 いずれにしても、天神国からの特殊な手の者のような存在だけは、素蛾を追ってくるだろう。

 まあいい……。

 

 追われて逃亡する旅には慣れている……。

 宝玄仙は最終的には、魔域にある金角の勢力地まで行くのだと言っているし、そこまで逃げれば、どの国の軍も追ってはこないだろう。

 

「孫女、『魔縄』出して──。さあ、朱姫、服を脱ぎなさい──。うんときつい股縄をしてあげるからね──。そうだ。お尻に当たる瘤には痒み剤を塗ってあげるわ。先輩奴隷としの貫禄を見せて、素蛾よりも先に音をあげないようにね──。それにしても、ほんとに、なんで事前に相談しないのよ──」

 

 沙那は朱姫の前に仁王立ちになって言った。

 怒ったような顔をしようと思うのだが、どうしても頬が緩んでしまう。

 

「……ご、ごめんさない、沙那姉さん……。それに皆さんにも……。で、でも、沙那姉さん、お尻の瘤に痒み剤って……それ、酷くないですか……?」

 

 朱姫が服を脱ぎながら言った。

 

「黙りなさい──」

 

 沙那は大きな声をあげた。

 

「ほらよ、沙那──。それにしても、朱姫も素蛾も思い切ったことをやるねえ……。これも駆け落ちということになるのかなあ」

 

 孫空女が気楽そうに笑いながら、沙那に『魔縄』と痒み剤の入った壺を渡した。

 

「一応、王宮の方々に迷惑がかからないように、これは、わたくしの自発的な家出であるという置き手紙を残してきましたけど……」

 

 素蛾が言った

 

「強く生きるということは、多分に我が儘にならなければならないし、それは他人に迷惑をかけるということさ」

 

 宝玄仙がうそぶいた。

 だが、宝玄仙がそれを言うと皮肉のひとつも言いたくなる。

 いつも、宝玄仙や朱姫の我が儘と迷惑で振り回されるのは、沙那や孫空女たちなのだ。

 

「さあ、罰を受けるふたりは並ぶんだ。両手も縛るからね。手を後ろで組みな」

 

 宝玄仙が朱姫と素蛾を促した。

 十六歳の身体の朱姫と、十二歳の身体の素蛾の全裸が並ぶ。

 ふたりがおずおずと両手を背中にまわした。

 

 沙那と宝玄仙は、その裸身にお仕置きの縄掛けを食い込ませる作業を開始した。

 

 

 

 

(第100話『本物と偽物』終わり)






 *

【西遊記:93~95回、偽公主(玉兎(ぎょくと))】
(『654 酔い醒めの後悔』の後書きからの続きです。)

 衛舎国の山寺に匿われている天竺国の公女(王女)のことを託された玄奘たちは、天竺国の国都に到着します。
 そこでは、神意で公主の婿を探すという祭典の真っ最中でした。つまりは、輿に乗ってやって来た公主が鞠を投げて、それを受け取った男を公主の婿にするというのです。

 一方で、天竺国の公主には、玉兎(ぎょくと)という雌妖が化けています。
 玉兎は、高名が玄奘が天竺国にやって来ると耳にして、公主のまま玄奘とまぐ合いをして精を受け、妖魔としての能力を向上させようと企てているのです。
 公主は祭典の中で、偶然を装って、玄奘に向かって鞠を投げて、受け取らせることに成功します。
 玄奘は、公主の婿候補として、天竺国の役人によって王宮に連れていかれます。

 天竺国の国王は、玄奘が唐国の高僧と知り、公主の婿として気に入って、逃げられないように軟禁します。
 困惑する玄奘に、孫悟空が一度承諾してしまえと忠告をします。そうすれば、公主と会うことができるので、本物かどうかを確かめられるというのです。
 玄奘は、孫悟空に従います。

 そして、五日後の婚姻式の当日に、やっと玄奘や孫悟空たちは、「公主」に接することができました。
 孫悟空は、一発で公主が偽者と気がつき、宴席の場で偽公主に襲い掛かります。
 偽公主の玉兎は、公主の装束を脱ぎ捨てて、素っ裸で孫悟空と戦い始めます。
 宮殿の空中の戦いでは決着はつかず、玉兎は南の山に逃亡します。孫悟空はそれを追いかけていきます。

 雌妖の玉兎を棲み処に追い詰めた孫悟空の前に、月神である太陰星君が出現します。
 太陰星君は、雌妖は、もともとは「玉兎」という名の妖精であり、公主に恨みを抱いて、人間界におりてきたのだと説明します。
 孫悟空がさらに訊ねると、公主の前世は「素蛾(そが)」という月の仙女であり、人間界に憧れて公主に転生をしたのだと教えます。また、玉兎が抱く素蛾への恨みは、お互いが月の精霊だったとき、素蛾が玉兎に平手打ちを喰らわせたことがあるというものでした。
 太陰星君は、玉兎は月に連れ帰るので、討伐は待ってくれと、孫悟空に頼みます。
 そして、その言葉のとおり、太陰星君は、玉兎を捕らえると、月に連れ帰ります。

 孫悟空は、天竺国の国王に事情を説明します。
 国王は、自ら衛舎国の布巾寺に公主を迎えにいき、王妃とともに親子の再会を果たします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。