ぶうううっ──。
大きな音が鳴り響いた。
「ひっ」
素蛾が困惑した声をあげた。
「恥ずかしい音がしたぞ」
「こっちもだ──」
主賓席の観客たちは大騒ぎだ。
「いやです。もういやああ──」
素蛾が泣くような声をあげた。
そして、また素蛾は大きな音の放屁をした。
朱姫のお尻も一発出したばかりだというのに、もう次の放屁の欲求が襲いかかっている。
「朱姫、あ、あたし、だめ──」
孫空女の弱々しい声がした。
それと真逆の大きな放屁音が朱姫の顔の前で炸裂して臭気が襲った。
あちこちで絶え間のないおならの音と、女奴隷たちの羞恥の悲鳴が響き渡った。
そのたびに喚声があがり、朱姫は恥ずかしさで胸が締めつけられるようになる。
しばらく、女奴隷たちの放屁の合唱が続いてから、またもや突然に鼻輪が前に引っ張られた。
どうやら、主賓席前における見世物が終わったようだ。
朱姫は再び前を歩く孫空女たちに次いで、前に進みだした。
*
羞恥の行進が終わった。
再び、最初の大広間に戻ってきた沙那は、拘束を解かれて、なんだか激しい運動をした後のように疲労で座り込んでしまった。
孫空女と朱姫と素蛾も寄ってきた。
彼女たちもなにも喋らない。
四人でなんとなく床に座り込んでいた。
ほかの女奴隷たちも同じように座り込んでいる者が多かった。
しかし、半分以上は、大広間の一角に集まっていった。
ふと見ると、そのにちょっとした軽食や菓子、あるいは飲み物を受け取れる場所があるようだ。
沙那たちは、ほとんど時間なく、この場所に入れられたために詳しい説明を受けていなかったが、どうやら品評会に出場する奴隷たちは、自由にそこからものをとって食べたり、飲んだりできるようだ。
布の幕に隔てられた厠のような場所もある。
「わたくし、なにか持ってきます」
素蛾もそれに気がついたようだ。
立ちあがって向かっていく。
「あたしも行くよ」
孫空女がそれを追った。
沙那と朱姫が残るかたちになった。
「ねえ、朱姫……?」
なんとなく沙那は朱姫に話しかけた。
「なんですか?」
「あんたの道術で操作して、わたしを予選落ちにして……。どうやら、この品評会はかなりの部分を道術で運営しているようじゃないの。だったら、『縛心術』遣ってよ……。わたし、真剣にもういやよ……。負けたい……」
沙那は小さな声で言った。
「無理言わないくださいよ、沙那姉さん。一体全体、誰を操作しろって言うんですか?」
朱姫も言った。
もちろん、沙那も本気ではないので、ただ肩をすくめただけだ。
やがて、孫空女と朱姫が紅茶と菓子を盆に乗せて運んできた。
四人で床に座って食事となった。
そうやって、一刻(約一時間)ほどすぎた。
「全員、番号の順に整列しろ──」
進行係のような者の声がした。
「番号?」
なんのことかわからずに、沙那は首をかしげたが、沙那たち以外の女奴隷たちは、すぐに食器などを片づけて、さっきの前屈歩きの直前のように、大広間を縫うように一列に並びだした。
「それじゃないですか、沙那様? サークレットの前面に番号が薄っすらとあるみたいですけど」
素蛾が言った。
「あら、本当ね」
自分の額についているサークレットの番号は見えないが、孫空女が“五十八”、朱姫が“五十九”、素蛾が“六十”という数字がサークレットの正面に浮き出ている。
すると、沙那は“五十七”なのだろう。
沙那たちも急いで、自分たちの番号に割り込んで列に加わった。
するとすぐに列が進みだした。
よくわからないが、再び外に出るようだ。
しかし、今度はさっきのような拘束はされない。
沙那は両手で乳房と股間を隠しながら、前に続いて大広間の外に進んだ。
外に出ると、再び篝火で煌々と照らされた通路を歩かされた。
やがて、宝玄仙たち主賓が座っている大きな卓の正面の近くにやってきた。
さっきは存在しなかった大きな舞台が作られている。
前を見ていると、ほとんどの女奴隷は舞台にあげられることなく、その前を素通りして進まされている。
その中でも何人かだけが、台にあがらされていた。
沙那が舞台の前にやってきたときには、台にあがっているのは十名ほどだった。
どうやら、台にあがるのは、予選を通過した奴隷のようだ。
座ったまま拍手を送っている主賓席の後ろには、かなりの立ち見の見物人も集まっていて、台にあがるように指名される女奴隷に、歓声とも、野次ともとれない声をかけている。
「四十七番、台にあがれ」
舞台の直前で、沙那は舞台にあがるように言われた。
沙那はがっかりした。
台にあがる直前でちょっとした布で観客席から視界が阻まれる場所が作ってあり、沙那はそこに導かれた。
そして、そこに明らかに道術遣いだと思われる者がいて、沙那を一瞥して眉をひそめた。
「この組か……」
その道術遣いが不機嫌そうにつぶやいたと思った。
そして、さっと額の『誓いのサークレット』が外されて、別のサークレットと交換された。
沙那はちょっとだけ驚いた。
朱姫がサークレットの霊具の効果をなくしてしまったのがばれたのか、それとも、予選を通過した奴隷の全員がサークレットを交換するようになっていたのかわからない。
一瞬だけ後ろを振り向くと、孫空女も沙那に続いて舞台にあがるように指示されたらしく、沙那と同じようにサークレットを交換されていた。
とにかく、新しいサークレットを装着した瞬間に、最初のサークレットのときと同じように一瞬ぼんやりとした。
「両手を頭の後ろにまわして進め。台の上では手をおろすな」
指示があった。沙那の両手はほとんど自覚することなく、頭の後ろに回った。
台にあがると、わっという歓声があがった。
大勢の観客の視線が沙那に向けられるのを感じて、裸身を晒す羞恥が襲いかかったが、なぜか手は動かない。
これは『誓いのサークレット』の力だろうか。
沙那は、自分よりも前の女たちに並ぶように手を後ろに組んだまま観客に向けて立った。
すぐに孫空女がやってきた。
「あれっ? 朱姫は?」
沙那は孫空女に続いて素蛾がやってきたのを見てびっくりした。
ふと見ると、朱姫が予選落ちの列にいて歩き、こっちに複雑そうな表情を向けている。
狡い──。
思わず絶叫しそうになったが、なんとか自重した。
「朱姫姉さんだけ、予選落ち……?」
素蛾が困惑したようにつぶやいた。
なにを基準に選んだのかわからないが、朱姫だけひと足早く、このくだらない品評会から解放されたようだ。
口惜しさに沙那は苛立った。
正面には予選落ちした女奴隷の行進が続いている。
その向こうが主賓席だ。
宝玄仙は紫音を相手に遊んでいた。
紫音に卓の上にある食べ物や飲み物を口にさせ、それを口移しに宝玄仙に運ばせている。
宝玄仙はあまりこっちを見ていないようだ。
四人の中で朱姫だけが予選落ちしたのも、いまのところ気がついていないかもしれない。
やがて、二十人が揃った。
ふと顔を見たが、百人の女たちから選ばれるだけあって、全員が容姿端麗だと思った。
「……この二十人で明日からの品評会の本戦を戦います。明日の一回戦は、“我慢勝負”──。開始時刻は……」
司会が口上を述べている。
我慢勝負というのが、どんな競技かわからないが、言葉の響きから禄でもない勝負というのだけはわかる。
だが、観客は大喜びだ。
宝玄仙が初めて、本選に朱姫が選ばれなかったことに気がついたらしく、舞台の二十人をきょろきょと見渡していた。
沙那は、そのとき初めて上官太守の女奴隷の誰も予選を突破していないことにも気がついた。
どうでもいいけど、二十人に選ばれてしまったのだ。
沙那は心の底からがっかりした。
(第101話『奴隷品評会・予選』終わり、第102話『奴隷品評会・一回戦』に続く)