※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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697 本気の戦い

 会場内に“声”が響き渡り、しばらくのあいだ、競技を中断することになった。

 素蛾の試合に先立ち、第二回戦で負けた奈美女、神美のふたりと、一回戦で負けたものの点数が高いために、人形化の道術は免れた杏奈に追加の罰奴隷処置が施されることになったのだ。

 それで、素蛾は試合相手の麻魔とともに、すでにぬるぬるの床の試合場に縄でおろされていたが、その時間待たされることになった。

 

 素蛾はすでに地上よりも深い試合場にいたので直接には見てはいないが、空に映る映像を通じて、ぼんやりとそれを見ていた。

 三人は素裸で台に並ばされ、道術で男根を生やされて、その男根を自分で擦って男のように自慰をするという競争をやらされていた。

 自慰競争を開始する前に、司会が一番最後まで精を出すのに時間がかかった性奴隷はその道術で生やした性器に電撃棒を挿されると説明していた。

 すると、場内に大きな歓声が沸き起こった。

 そのとき、三人の性奴隷たちがその言葉に青くなって震える様子も、上空の空にはっきりと映っていた。

 

 自慰競争が始まった。

 見物人たちの野次と笑い声の中、三人は自分の股間に生えた慣れない性器を擦り、結局、奈美女という女性が負けて、肉棒に釘のような金属の細い棒を打たれた。

 それからしばらくのあいだ、股間に電撃棒を流されてのたうちまわる奈美女の姿が上空にずっと映り、やがて、その股間が大写しになって金属が引き抜かれた。

 そして、大量の精が噴水のように噴射した。

 見物人は大喜びの大喝采だ。

 

 その後、三人はどこかに連れて行かれた。

 三人が生き人形になって飾られるのは、明日の朝ということで、それは一回戦で負けた女たちとは扱いが違うようだ。

 

 やっと、会場の注目が素蛾と麻魔に戻り、司会による選手紹介が終わった。

 次いで、試合開始を告げる鐘の音が鳴り響く。

 股縄の股間の締めつけが解けて、腰縄から生える二本の“手”に変化した。

 

「さあ、試合開始です。この試合に勝った方が、上位四名に勝ち残る可能性が高くなります。先ほど、小さな身体で見事に一回戦を勝ち残った素蛾。今回はどんな戦いぶりを見せてくれますか」

 

 司会が試合を盛りあげるための言葉が聞こえた。

 この試合に勝てば、ほぼ間違いなく素蛾は勝ち残れる。

 それは素蛾もわかっていた。

 

 さっき、三名が連れて行かれ、まだ試合場に残っているのは六人だ。

 そのうち、すでに試合が終わっている孫空女と、和玉は上位四名に残るのは決定している。

 また、この次の試合で戦う沙那は、まず間違いなく勝ち残るだろう。

 そうなると、沙那が四位以内に入り、沙那の対戦相手の小芳という選手もここで消える。

 残るひとつの枠が、素蛾と目の前にいる麻魔のふたりの争いなのは確かだ。

 

 勝ちたい。

 なんとしても……。

 

 素蛾は腰を屈めて、じわじわと半歩ずつ横ににじり寄った。

 沙那に教わった戦法であり、相手を動かすことで体勢を崩させて、そこを飛びかかるのだ。

 だが、麻魔はすっとその場に四つん這いになった。

 素蛾はびっくりした。

 

 一回戦のときは、先に転んだ相手に飛びかかるために、素蛾は相手よりも先に四つん這いになったのだ。

 滑る油の床の上では、二歩足よりも四つん這いの方が遥かに安定する。

 沙那に教えてもらった戦法だが、先に相手にやられてしまった。

 そして、気がついたときには、四肢を床に着けたまま這い進んできた麻魔に身体を捕まえられてしまった。

 

「いやあっ」

 

 素蛾は悲鳴をあげた。

 しかし、素蛾は脚を麻魔に掴まれて倒され、潤滑油まみれの身体を腹に乗っかられた。

 体重差と体格差のある相手に身体を乗られたら終わりだ。

 素蛾は必死で逃げることを考えた。

 幸いにも、まだ完全には押さえられてはいない。

 素蛾は潤滑油の滑りを利用して横に転がろうとした。

 だが、その瞬間、素蛾の腰縄に伸びている手がすっと素蛾の肉芽を押したのだ。

 

「ひううっ」

 

 思わぬところからの責めに素蛾は身体をぶるりと震わせた。

 

「どうしたの、お嬢ちゃん?」

 

 麻魔は、その隙を見逃さなかった。

 素蛾は完全に麻魔に馬乗りにされてしまった。

 

「ああっ、だめっ」

 

 素蛾は必死で下から麻魔の乳房に手を伸ばした。

 胸を揉んで、それで麻魔をよがらせようと思ったのだ。

 しかし、その手を麻魔ががっしりと掴んで床に押しつけた。

 

「ふふふ……。こうなったら、もう終わりよ。観念してね」

 

 麻魔は頬に笑みを浮かべると、身体を倒して素蛾のまだ平らな胸に舌を這わせてきた。

 舌で素蛾の乳首を転がしたり、吸いあげたりとしてくる。

 素蛾も必死で身体をくねらせるのだが、麻魔は両手で素蛾の腕を押さえるとともに、身体を素蛾の胴体に密着させて、素蛾の身体を逃がさない。

 

「あっ、い、いやあっ」

 

 素蛾は悲鳴をあげた。

 麻魔の舌の責めに合わせるように、素蛾の腰縄二本の“手”が素蛾の股間を責め始めたのだ。

 しかも、肛門と股間の両方をだ。

 手の指にお尻の穴に指を突っ込まれるとともに、女陰も責められている素蛾は、どんどんと力が失われていくのを感じた。

 もがいて麻魔の身体の下から逃げようとする抵抗心がなくなる。

 

「はあっ、はっ、はあ、い、いやあっはあ」

 

 素蛾はまた声をあげた。

 さらに股間を責める“手”が増え、三本目の手が素蛾の股間を責め始めた。

 しかも、股間と女陰のほかに、敏感な突起を三本目の手が刺激を加えだす。

 素蛾の腰縄から生えているのは二本のみだから、三本目ということは麻魔の腰縄から生えている手も素蛾を責めているということだ。

 

 どうして、素蛾ばかりを集中攻撃するのかわからなかったが、それによって素蛾は完全に脱力した。

 もう、どうしていいかわからなかった。

 やがて、素蛾の股間を責める手は四本に増えた。

 肉芽に一本、女陰に一本、肛門に二本。そして、胸を麻魔の舌だ。

 下腹部の痺れはどんどんと大きくなり、ついには尿道まで痺れ始める。

 それが胸に広がり、ついに全身を包んだ。

 

「だ、だめえっ。い、いきたくないです。い、いきたくない」

 

 素蛾は津波のような快感の波に、ついに背中を弓なりにしてがくがくと身体を痙攣させた。

 

「おおっと。ついに、最年少性奴隷の素蛾に絶頂判定が出ました。後一本です」

 

 司会が大きな声をあげたのが聞こえた。

 たくさんの歓声もあがっている。

 

「えっ?」

 

 しかし、麻魔が声をあげた。

 やっと、素蛾の股間をたくさんの“手”が責めていたことに気がついたようだ。

 おそらく、まだ胸責めだけのつもりだったので、素蛾が達してしまうとは思っていなかったに違いない。

 麻魔が驚いたように手の力を緩めて身体をあげた。

 素蛾は最後の力を振り絞って、麻魔の身体の下から這い出ようとした。

 

「いぎいっ」

 

 しかし、突然に激痛が肛門から走った。

 なにが起きたのかわからなかったが、お尻を責めていた麻魔の腰の“手”が、素蛾の肛門に指を挿し込んで、素蛾のお尻の中で鉤状に曲げたのだとわかった。

 それで指がお尻に引っ掛かって、素蛾が麻魔の身体の下から逃亡することを邪魔したのだ。

 転がり損ねた素蛾は、麻魔が身体を捻り直すだけで、また馬乗りに乗られてしまった。

 しかも、両手ごと麻魔の両脚に胴体に乗られ、さっきよりも完全に上に乗られた。

 

「よくわからないけど、“手”があんたを責めていたのね……。じゃあ、二回目はあたしが責めてあげるわ。あたしもあんたの頃から性奴隷をやっていたのよ……。もう、十年以上も前だと思うけどね。しっかりと引導を渡してあげるわ……。あなたを見ていると、まだ、純粋だった頃のあたしを思い出すかな……」

 

 麻魔が素蛾の股間の亀裂に指を入れた。

 一度達したことですっかりと濡れていた素蛾の股間はあっさりと麻魔の指を二本受け入れた。

 

「はあ、あっ、ああっ……」

 

 素蛾は身体をよじらせた。

 だが、もう完全に麻魔の両脚は素蛾の身体を押さえている。

 その麻魔は後ろに手を伸ばすようにして、素蛾の股間を責めている。

 

「素敵ねえ……。こんなに身体はまだ小さいのに、しっかりと快感を得られる身体に調教されているのね。ここはどう?」

 

 麻魔が素蛾の股間の入り口に近い部分を強く擦るように動かした。

 

「あああっ、だ、だめええ」

 

 麻魔の指の動きに合わせて、素蛾の腰が勝手に動く。

 その腰は砕けそうだ。

 素蛾の全身はあっという間に熱くなり、視界まで霞んできた。

 

 それでも我慢しようと思った……。

 残りたい……。

 

 朱姫や宝玄仙に誉められたい……。

 沙那と孫空女と一緒に戦いたい……。

 

 しかし、その思いを蹴散らすように、素蛾の股間を責める手に腰縄の“手”が加わった。

 

「あああ、いぐううう」

 

 素蛾は絶頂の言葉を口にして、ついに二度目の頂点に昇り詰めた。

 身体がすっと軽くなった。

 麻魔が素蛾の身体からどいたのだ。

 

「残念。素蛾、二度目の絶頂判定。人気の最年少性奴隷の第三競技における敗退が決定しました」

 

 司会の大きな声を耳にしながら、素蛾は自分の眼から悔し涙がひとつ、ふたつと流れるのを感じた。

 

 

 *

 

 

「……第二試合の第四回戦は、またもや、沙那の不思議な技が出ました。相手に抵抗の余裕も与えない圧倒的な勝利です。これで上位四選手が出揃ったようです。上空の掲示をご覧ください」

 沙那の勝利のあと、すぐに司会が大きな声を発した。

 

 朱姫はそれよりも素蛾を見ていた。

 第三競技の第二試合で敗北し、ついに準決勝進出が果たせないことが決定し、素蛾は意気消沈しているように見える。

 試合場の縁に正座をして座り、下を俯いたまま肩を揺すっている様子の素蛾が、朱姫はとても心配だった。

 

 会場がわっと盛りあがった。

 朱姫は上空に視線を向けた。

 

 

 

第三競技途中経過(第二回戦終了時点)

 ※は最終得点が決定

 

 順位 奴隷名  得点  次戦相手 

 1位 孫空女 112  和 玉

 2位 沙 那  99  麻 魔

 3位 麻 魔  93  沙 那

 4位 和 玉  79  孫空女

 5位 素 蛾  77※

 6位 杏 奈  76※

 7位 小 芳  64※

 

 

 

 上空に掲示している奴隷の上位四選手が現在の勝ち残りであり、また、第三競技までの合計得点の上位者四名になる。

 この中から、いま行っている全裸格闘の優勝者が決定し、その優勝者は、明日の午後に予定されている奴隷品評会の決勝に、そのまま出場することになる。

 残りの三選手が準決勝に参加して、今夜の格闘競技の優勝者と本品評会の総合優勝を競うことになる。

 

 いずれにしても、上位の四選手はもう明日の競技にも残るのだ。

 しかし、それに素蛾は入れなかった。

 とても張り切っていたから、がっかりとしているに違いない。

 朱姫は、素蛾のところに行ってやりたかった。

 

 ちらりと朱姫は宝玄仙を見る。

 杭に鎖を繋げている朱姫を解放してくれないかと思ったのだ。

 だが、宝玄仙はすぐに始まった孫空女と和玉の戦いに気を配られているようだ。

 懸命に孫空女に応援の声をかけていて、敗北した素蛾を気にかけている気配はない。

 次戦に出場する孫空女と和玉が縄で下におろされていく傍ら、敗北が決定した素蛾と小芳に進行係の男が寄ってきた。

 ふたりはどこかに連れて行かれるようだ。

 

 観客のほとんどの視線がこれから始まる孫空女と和玉に集中している一方で、素蛾は小芳という女奴隷とともに、ひっそりと退場しようとしている。

 第一回戦の終了時点で敗北決定した女たちは、この場で生き人形化の処置を受けて、そのまま会場内に飾られたが、第二回戦の時点で負けが決定した奴隷が晒されるのは明日の朝以降ということだから、それまではどこかに監禁されるのだろう。

 とにかく、朱姫は、いますぐに素蛾のそばに行ってやりたい気持ちでいっぱいになった。

 

 相変わらず、宝玄仙は眼下の試合場の孫空女しか見ていない。朱姫は大声で宝玄仙に叫ぼうと思った。

 そのとき、顔の前で不意に金属音が鳴った。

 

 驚いた。

 思わず、宝玄仙を見ると、一瞬だけこっちを見て、顔をかすかに曲げた。

 

「ご主人様……」

 

 素蛾のところに行けということだろう。

 朱姫は『影手』の道術で、ほんの小さな手を一個だけ作ると、素蛾が頭にしているサークレットに走らせた。

 誰ひとりとして注目していない中、朱姫は杭から離れて、後方の観客席の反対側に向かって駆けた。

 

 

 *

 

 

 大歓声になった。

 

「さあ、孫空女と優勝を争うことになったのは、競技開始前には、この競技はもっとも不利と思われていた沙那ということが決定しました。不思議な指の技で、一回戦、二回戦、そして、三回戦も相手を圧倒しました。いよいよ決勝です。果たして、どういう結果となるでしょうか?」

 

 司会が絶叫する中、沙那に快楽の経絡を突かれて、二度続けての絶頂を暴発させた麻魔が、信じられないという表情でおりてきた縄に捕まった。

 沙那を上にあげる縄はおりてこなかった。

 その代わり、縄で両手を縛られた孫空女が潤滑油の塗られた壁を静かにおりてくる。

 

「やっぱり、決勝は沙那と争うことになったね……? まあ、遠慮はしないよ。正々堂々と行こうよ。沙那とだったら戦い甲斐もあるというものさ。一度本気で戦ってみたいと思っていたんだよね」

 

 試合場の床におりてきた孫空女が笑いながら言った。

 孫空女は持ち前の怪力で、これまでの三試合のすべてで、股間を責める縄の手を引き千切って勝ってきた。

 もうすでに、縄が股間から離れて二本の手に変化すると同時に引き抜こうとする気配だ。

 沙那は息を吐いた。

 

 孫空女は、これまでの三人の相手のように簡単には経絡を突かせてくれないに違いない。

 そうなると、沙那は孫空女だけではなく、股間に迫る二本の“手”とも戦わなければならない。

 それはあまりにも不利だ。

 

「そうね。正々堂々といこうか、孫女……。ねえ、だったら、邪魔物なしにやりたいわね。あんた、その気になれば、その馬鹿力で腰縄だって引き千切れるんじゃないの? だったら、わたしたちの縄を取り去ってしまいましょうよ。あんたとは、本気でやりたいのよ。こんな手の偶然性で勝負が決まるのは嫌だわ」

 

 沙那は言った。

 

「えっ?」

 

 孫空女はきょとんとした表情をした。

 しかし、すぐに白い歯を沙那に見せた。

 

「沙那から、そんなことを言うなんて思わなかったよ。面白いね。いいよ。あたしがこの縄を引き千切って、沙那の腰縄を引き千切ればいいんでしょう。やってあげるよ」

 

 孫空女が応じた。

 沙那はほくそ笑んだ。

 孫空女の潔さに感心したのではない。

 その人の好さを笑ったのだ。

 

 本気で勝とうと思えば、沙那は勝つための努力をする。

 そういう女だ。

 こんな禄でもない競技会だが、さっき小さな嗚咽をあげながら連れて行かれた素蛾の姿を見て気が変わった。

 こうなったら優勝してやろうと思った。

 

 なぜ、そんな気持ちになったのか自分の心を整理はできないが、素蛾があんなに勝ちたかったこの品評会に、沙那も遅ればせながら挑戦したくなったのだ。

 そのためには、まずは目の前の孫空女だ。

 沙那は勝ちに行くつもりだ。

 

 だが、孫空女自身よりも股間を責めようとする二本の“手”が邪魔だ。

 孫空女は持ち前の怪力で、これを無効化できるが沙那にはできない。

 それではあまりにも不利なので、孫空女にうまく取り入って、沙那のものも引き千切らせることにしたのだ。

 孫空女は根が正直だから、沙那があんな言い方をすれば、絶対に沙那のものも切断してくれると思っていた。

 

「さあ、優勝決定戦です。孫空女と沙那。どちらに軍配があがりますか?」

 

 上にいる司会が陽気な声で会場を盛りあげ、会場が大歓声に包まれた。

 

 そして、鐘が鳴る。

 

「くっ……」

 

 沙那の股間から股縄が抜かれて、二本の手になった。

 

「孫女、さあ、腰縄を切断してよ」

 

 沙那はうごめく二本の手を両手でさっと掴んで言った。

 

「う、うん……」

 

 まずは自分のを切断しようとした孫空女は、沙那の強い口調に押されるようにして、こっちにやってきた。

 孫空女が沙那の腰縄に手をかける。

 孫空女の顔が赤らんだ。

 やがて、音を立てるようにして縄が切断して外れた。

 

「す、すごいわねえ……。さすがは孫女よ」

 

 沙那は微笑んだ。

 腰縄まで手で引き千切れるとは思わなかったけど、本当に孫空女は縄を力で切断して股縄を外してみせた。

 

「ま、待って、沙那……。あたしのも外すから……」

 

 孫空女は自分の腰縄に手をかけた。

 

「必要ないわ」

 

 沙那は身体を沈めると、孫空女の脚を払った。

 

「あっ」

 

 油断をしていた孫空女が体勢を崩して、その場に尻もちを突く。

 沙那は孫空女の下腹部に指を伸ばした。

 必殺の経絡突きだ。

 これを食らえば、孫空女の快楽は暴発する……。

 

「えええい──」

 

 孫空女の雄叫びがした。

 次の瞬間、沙那の身体が浮いた。

 なにが起きたかわからなかったが、孫空女の足が沙那の片脚の腿に当たり、振りあげられたのだとわかった。

 それで、沙那の身体は宙に浮いて飛ばされたのだ。

 

 沙那は床に落ちながら必死で身体を捻って受け身を取ったが、床の潤滑油のために滑ってつっと身体が流れた。

 孫空女の身体が降りかかってくるのを覚悟したが、孫空女は追ってこなかった。

 それよりも、まだ腰に巻いたままだった、自分の腰縄を引き千切って捨てた。

 

「ひ、卑怯だよ、沙那」

 

 孫空女が構え直した。

 

「なんとでも言って、孫女。これで、わたしも本気であることがわかったでしょう?」

 

 沙那は立ちあがって、うそぶいた。

 だが、さっきの一発で決められなかったのは痛かった。力でも速さでも沙那は孫空女にはかなわない。

 武術の技なら互角だが、その差は大きい。

 また、身体の敏感さでも沙那が不利だ……。

 

 さて、どうやって勝つか……。

 まともにやって孫空女を沙那が押さえ込めるわけもないから、沙那が勝つには、経絡突きを成功させるしかないが、それは孫空女も読んでいるだろう。

 だったら、意表を突く手を……。

 

 沙那は少しずつ孫空女との距離を詰めながら、足の甲に力を入れた。

 

「面白いね……。じゃあ、こっちも本気だよ──」

 

 孫空女が突っ込んでくる。

 足の上の潤滑油を蹴り飛ばして、孫空女の顔に飛ばす。

 そして、孫空女がひるんだところで、もう一度経絡突きを……。

 

「ふんっ」

 

 だが、孫空女はひるむことなく、そのまま真っ直ぐに来た。

 沙那は身体を低くした。

 孫空女の腕が伸びる。

 かわして、足を払う。

 だが、腕をとられた。

 すかさず、経絡突きを脇腹に送る。

 孫空女に身体を入れ替えられてかわされる。

 沙那もその動きを利用して、掴まれている孫空女の腕を外した。

 

 孫空女が周り蹴りをしてきた。

 速い──。

 避けるのが精一杯だ──。

 間一髪で避けたが、その勢いは肌に粟が立つほどだ。

 懸命に後ろにさがった。

 ただし、これは誘いだ。

 追いかけてきたら、逆に距離を詰めて経絡突きを仕掛けようと思った。

 だが、孫空女がなにかを感じたのか、躊躇するように足をとめる。

 

 孫空女と距離ができた。

 沙那は肩で息をしながら、腰を沈めて構える。

 隙が見いだせない。

 孫空女も少し息があがっている。

 だが、ほんの少し立ちあっただけなのに、すでに沙那はかなりの汗をかいていた。

 それだけ気を発しているのだ。

 

「ふふふ、やっぱり沙那だねえ……。簡単にはいかないねえ……」

 

「ちょ、ちょっとは手加減してよ。いまの蹴りが当たってたら、死んでたわよ」

 

「よく言うよ。そうやって、口で騙して、また変なことをするんだろう?」

 

「騙してなんかないわ……」

 

 沙那は踏み込んだ。

 孫空女も飛び出す。

 しかし、すぐに一歩下がる。

 孫空女の殴打が伸びるが、寸前で届かない。

 その腕を下から叩きあげて、孫空女の状態を浮かせる。

 だが、一瞬にして目の前から孫空女の姿が消えた。

 

「くっ」

 

 気がつくと、孫空女に胴体を掴まれていた。

 まずい──。

 粘性の液体の中に倒される。

 沙那は抵抗することなく、宙で押し倒されながら、孫空女の下腹部に指を置いていた。

 

 絶好の勝機──。

 性感暴発の経絡を──。

 これで終わりだ──。

 

「うわああっ」

 

 だが、孫空女が一瞬にして沙那を離して、前に飛んだ。

 沙那は倒されたが、孫空女も距離をとって逃げて、その場で体勢を取り直す。

 

「ふう、危なかったよ」

 

「そう?」

 

 沙那も立つ。

 だが、すでに息があがっている。

 一方で、孫空女はまったくの平静だ。

 やはり、体力にはかなりの差がある。

 息を吸う。

 しかし、いくら息をしても足りない気がした。

 口から肺腑が飛び出しそうだ。

 

 しかし、そのときだった。

 ここを見下ろしている観客席に異変を感じたのだ。

 どことなく騒然としている。

 

「ちょ、ちょっと待って、孫女──。変よ」

 

 沙那は怒鳴った。

 

「その手には、もう乗らないよ──」

 

 孫空女は油断なく構えたままだ。

 だが、確かにおかしい。

 

「いや、本当よ。ねえ、あれは、なに? みんな別の方を見ているわ」

 

 大きなどよめきのような声が上方の観客席から起こった気がして、沙那はそっとに意識を向けた。

 

「えっ?」

 

 やっと、孫空女も違和感を覚えたのか、意識を会場に向けた。

 それは、沙那と孫空女に向けられていた歓声とは、明らかに別のものに驚いているような声に違いなかった。

 

 

 *

 

 

 孫空女と沙那のあいだで、なにかの話し合いが行われたのは、上から見ていてわかった。

 そして、試合開始の鐘が鳴るなり、孫空女が戦う様子もなく、沙那に近寄り、沙那の腰縄を引き千切ったので、どうやら、その話し合いは、あの戦いを妨害する手の腰縄を外してしまおうという提案だったのだろうとわかった。

 だが、孫空女が沙那の縄を取り去ったあと、沙那が孫空女自身の腰縄を千切るのを許すことなく、孫空女の脚を払ったのを見たときは、思わず笑ってしまった。

 

 ほかの見物人は、孫空女の怪力に驚愕していたようだが、宝玄仙は、沙那のとった行動に笑いながらも興奮していた。

 卑怯といえばそれまでだが、力と速さと身体の敏感さのすべてで不利な沙那が、勝とうと思えば、孫空女の意表を突いて油断を誘うしかない。

 沙那があんな態度を取ったということは、沙那がこの試合に本気の戦いで臨んでいるということに間違いない。

 あのふたりが、本気で戦えば、どういう結果になるか……?

 

 宝玄仙はそれに興味があった。

 だが、不意に目の前に影が差して、宝玄仙の視界を遮った。

 

「な、なんだい、お前? どかないかい」

 

 宝玄仙は目の前に立った老人に悪態をついた。

 

「失礼」

 

 しかし、その老人はにやりと笑うと、いきなり宝玄仙の服の襟首を掴んだ。

 気がついたときには、宝玄仙の身体は宙に浮いていた。

 そして、そのまま地面に背中から叩きつけられた。

 

「あぐううっ」

 

 思い切り背中を打ちつけた宝玄仙は、息がとまってしまい呻き声を吐いた。

 その宝玄仙の足首に、さっきの老人がなにか輪っかのようなものを装着しようとしているのがわかった。

 宝玄仙は、その老人が道術遣いであることはすでにわかっていた。

 老人めがけて、『魔弾』を放とうとした。

 

「あれっ?」

 

 宝玄仙は驚いて声をあげた。

 なぜか霊気が出せない。

 それだけじゃなく、身体から霊気がどんどんと抜けようとしている。

 

「無駄だ、宝玄仙。お前の周囲を鳳仙(ほうせん)国の道術師隊の一個小隊が完全包囲して道術封じの結界をかけておる。道術など発生できん。そして、これで完成だ。お前の霊気は封じた。逮捕するぞ、宝玄仙」

 

 老人がなにかを宝玄仙の頭に投げた。

 金色の輪のようなものだった。

 それは宝玄仙の頭に当たると思った瞬間に、宝玄仙の頭にしっかりと嵌まりこんでしまった。

 

「な、なにが、結界だい。お前らのような三流道術遣いが何人揃おうとも、このわたしの道術を封じることができると思うのかい」

 

 宝玄仙は叫んだ。

 結界にかけられたら、それを上回る霊気で強引にその結界に穴を開けるしかない。

 宝玄仙は最大限の霊気を全身に漲らせようとした。

 

「ひぎゃああああ」

 

 次の瞬間、宝玄仙の全身を気絶するほどの激痛が貫いた。

 霊気が封じられた。

 とっさに、その原因がさっき頭に嵌められたおかしな金属の輪であることは明らかだ。

 

 いずれにしても、宝玄仙は愕然とした。

 なぜ、こんなことになったかわからないが、道術が遣えないとなると、逃げられない。

 

「さて、皆さん。第三競技の決勝の最中ですが、予定を変更して特別の見世物を皆さんに公開したいと思います。我が国の友好国である天神(てんじん)国に手配されている極悪人の宝玄仙の公開凌辱の見世物です」

 

 いつの間にか少し離れた司会の位置に立っている上官が叫び、その声が霊具によって会場中に響き渡った。

 すると、いつの間にか右足首に嵌まっていた金属の輪が、ゆっくりと宝玄仙の片脚だけを持ちあげ始めた。

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