702 街道外れの屋敷
「千人切りの願掛けだって?」
宝玄仙は笑った。
こんな小さな町には似つかわしくないような豪華な造りの家であり、訊けば、この一帯では、寇員外といえば、知らぬ者のない分限者らしい。
若い時分から国都で手広く商売をしており、有り余る財を作ったらしい。
だが、七年前に妻に先立たれたことを契機に、商売を引退して、この田舎に越してきたそうだ。
寇員外の歳は六十という。
だが身体はもっと若そうだ。
また、並べられたご馳走もすごかった。
とてもじゃないが食べきれない量と種類の食べ物がずらりと並んだ。
それで、主人の寇員外とともに六人で食事をした。
寇棟と寇女の兄妹はこの屋敷に連れてきたことで、役割が終わったらしく屋敷の奥に引っ込んだ。
そして、食事もやっと終わり、少し落ち着いたところで、寇員外がここに招待した理由を語りだしたのだ。
それが、千人切りの願掛けの話だ。
つまり、寇員外は、最初にこの屋敷で寝たときに夢を見たらしい。
その夢の中で、寇員外は女千人切りの願掛けをするようにと、夢に出てきた「淫乱の女神」とやらに言われたらしい。
それでこの男は、この屋敷に泊った女千人と性交をすると夢の中で約束したのだそうだ。
女神は、千人切りの満願成就の暁には、さらなる長寿を約束して消えたらしい。
この男の夢の中の話なので、どこまで本当か知らないが、この男の千人切りの願掛けは有名な話のようであり、ここにやってくる途中で釣り棹を返すときに、その家の者に訊ねると、あんたらなら喜んで屋敷でたらふく食わしてくれるはずだと笑って言っていた。
その家の者も、食事の後で寇員外に頼まれることに、宝玄仙たちが気を悪くするかもしれないが、そのときはただ断ればいいだけであり、それで寇員外が悪く思ったりすることはないはずだとも言っていた。
それは寇棟と寇女の兄妹の言っていることと同じような内容だった。
しかし、その頼まれ事とはなにかと訊ねたが、それは笑うばかりでなにも言わなかった。
寇員外は、この一帯の者に千人切りの願掛けのことを勝手に広めることについて、口止めをしていたようだ。
「千人切りは結構だけど、そんなものはお前のような分限者なら、七年もかからないだろう。金を出して、娼婦を呼び寄せれば、毎日ひとりずつでも、三年も経たずに終わるはずさ。それとも、毎日やるほどの精力はないのかい?」
宝玄仙は食後酒を軽く口にしながら笑った。
「ご、ご主人様、そんなこと言っては……」
沙那が呆れたような口調で口を挟んだが、宝玄仙は無視した。
「冗談ではないですぞ。この寇員外の家系は、代々ふぐりに三個の玉を持つという家系でしてな。精力には問題はありません。毎日どころか、ひと晩で十人を相手にすることもできます。ただ、それでは願掛けにはならんのですよ」
寇員外がにこにこと微笑みながら言った。
大らかで人のよさそうな恰幅のいい男だった。
ただ、宝玄仙たちに申し出たことが突飛だ。
つまりは、食事の後で寇員外と性交をしろと言うのだ。
申し出を聞いてくれれば、それなりの礼金も払うということだった。
もちろん、断っても構わないと念も押された。
「千人切りの願掛けは商売女を含んではならんのです。しかも、遠くから、わざわざ呼び寄せてもならんということなのです。偶然にこの町にやってきた女──。それを屋敷に招待して、こうやって頼み、承知してくれた女とだけ性交をする。そういう願掛けなのです」
「なるほどねえ、それなら、時間はかかりそうだ。旅の女を屋敷に招いて頼んで、いきなり一発やらせろと言っても、そうは承知しないだろうしね」
「まあ、断られるのは五分五分というところです。商売女ではないのだと、怒鳴られることも何度もありました……。ところで、皆様は商売女ではないですよね?」
寇員外はおそるおそるという口調で言った。
「まあ、代金を取って男と寝たことはないね。お前たちもないだろう? あれっ? そういえば、孫空女は少女時代にそんなことをしていたと言っていたかい?」
宝玄仙は孫空女を見た。
「な、ないよ、ご主人様──。旅芸人は娼婦とは違うよ」
「似たようなものだろう?」
「ど、どこがだよ──。酷いよ」
孫空女が真っ赤な顔をして言った。
からかうと面白い女だ。宝玄仙は笑った。
「ところで、お前はいままで何人まで、その千人切りが終わったんだい、寇員外?」
宝玄仙は寇員外に視線を戻した。
「九百九十五人です。あと五人で満願成就なのです。皆様方のひとりでもかまいません。どうか、この通りです──。この寇員外の願掛けに協力して頂きたい」
寇員外が卓に両手を置いて頭をさげた。
「あと五人だって──?」
宝玄仙は声をあげた。
「……だったら、ここには五人の女がいる。それで満願じゃないかい」
「えっ、だったら、協力して頂けるのですか……。し、失礼ですが、その小さなお方も?」
寇員外が素蛾をちらりと見た。
「素蛾だって、立派にお勤めをするよ。経験豊富な性奴隷さ──。じゃあ、お前たちいいね。この寇員外の願掛けに協力だよ」
宝玄仙は言った。
「おう、これはありがたい──。これで満願成就だ──」
寇員外が歓びの声を発した。
「でも、ご主人様、素蛾はまだ、実は本物の男性との経験はないですよ……」
朱姫が元気のない声で言った。
素蛾のことを言っているが実際のところ、朱姫自身が意気消沈しているのはわかっている。
この娘は女を相手にするときには張り切るくせに、男を相手にさせるときには元気がなくなる。
「そうだったかねえ?」
宝玄仙は首をかしげた。素蛾は仲間になったばかりだが、まだ、男との経験はさせてなかっただろうか……?
「そうですよ。相手をしたのはあたしたちだけです。男のものをご主人様の道術で生やして……」
朱姫がさらに言った。
「あっ、で、でも、わたくし、大丈夫です……。ご命令なら従います……。いつかは、それも乗り越えなければならない壁だと思っておりましたので……。で、でも、最初はひとりだけでは怖いです……。できれば誰かと一緒がいいです──。それが我が儘なら我慢しますけど……」
「我が儘じゃないさ──。じゃあ、素蛾は朱姫と一緒だ。それでもいいかい、寇員外?」
「そ、それはもちろん──。しかし、本当に五人揃って、私の相手をしてもらえるのですね? これは嬉しい」
寇員外は満面の笑みだ。本当に嬉しそうだ。
「……でも、五人を一度に終わらすというのも、まるで作業のようになって色がないよね。じゃあ、今夜は、沙那と孫空女がふたりでお勤めをしな──。素蛾はそれを研修だ──。姉さんふたりが見本を見せるから、それを勉強するんだ。そして、明日は朱姫と素蛾だ。三晩目はこのわたしが務めるよ。それで、千人切り満願だ」
宝玄仙は笑った。
寇員外も大喜びだ。
「は、はい、わかりました。嬉しいです。よろしくお願いします。皆様──」
素蛾が元気な声を出した。
「で、でも、わたしと孫女がこの屋敷に、昨夜泊ったという話はまだ解決していませんよ……。一体全体どういうことなのか……」
沙那が口を挟む。
「そんなこと、どうでもいいじゃないかい、沙那?」
宝玄仙は言った。
あの岩場で釣りをしていたとき、この寇員外の子供の兄妹が奇妙なことを言ったのだ。つまりは、この屋敷に沙那と孫空女が宿泊し、寇員外と性の相手をするというのを仄めかしたまま、一晩を泊まってから、不意にいなくなってしまったというのだ。
この屋敷に着いてから寇員外に問いただしたが、あの兄妹と同じ認識であり、沙那と孫空女には「お帰りなさい」という言葉をかけていた。
まったく意味がわからない。
しかし、まあいいだろう。
それよりも、面白そうな話になってきたものだ。
「そうですよ──。そんなことどうでもいいじゃないですか──」
寇員外も言った。
「で、でも……」
沙那はまだ釈然としない様子だったが、結局、諦めたように嘆息した。
宝玄仙は、その様子に満足した。
沙那さえ納得すれば、あとは面倒はない。
孫空女も朱姫も、宝玄仙にたてつくことはないからだ。
「それよりも、そうと決まったら、さっそく、三日のあいだ泊りいただく皆様の部屋を準備させましょう。湯船もあります。この屋敷内には温泉が出ましてね。広い浴場が露天にあるのですよ。どうぞ、それをお愉しみください」
「えっ? ここには温泉があるのかい、寇員外?」
今度は、宝玄仙が喜ぶ番だ。
旅で覚えた最大の愉しみが、大きな湯に浸かるという習慣だ。
宝玄仙の出身の東方帝国には湯舟の習慣はなかったが、あれは素晴らしい快楽だ。
「あります。まあ、ここを終の地としたのは、それが気に入ったからでしてね」
寇員外が言った。
「じゃあ、その露天の温泉というのは、それなりに広いかい、寇員外?」
「まあ、十人は楽に入れますよ。皆様、五人くらいなら楽々です」
「……だったら、沙那と孫空女は、そこで寇員外とやりな。これから、六人で一緒に入ろうじゃないかい。そこで、さっそくやるよ」
「えっ──? これは望外の喜びです。この寇員外と皆様が一緒に湯に一緒に入っていただけるので?」
「それだけじゃないよ。この沙那と孫空女がお前の相手をするよ。その代わり、お前の三つあるという玉を見せておくれよ。さっき、ちらりと話に出て、ちょっと気になっていたのさ」
宝玄仙は笑った。
実のところ、この寇員外には、睾丸が三個あるという。
宝玄仙は、それを見るのが愉しみで仕方がない。
「こんなものでよければ、いくらでも」
寇員外が、からからと大きな声で笑い声をあげた。