西方帝国の第二皇子である
近く西方帝国では皇帝主催の天下一闘技会が行われることになり、その闘技会には、帝国の皇子のうち皇位継承権を持つ上の三人の皇子も剣闘士を参加させることになったらしい。
ただ、武術好きの第一皇子と第三皇子に比べて、第二皇子の釘鈀には、皇子自身にも、皇子の部下にも、帝国中の猛者が集まる闘技会に参加させられるほどの武術の腕を持った者はいない。
それで方々を探して白羽の矢を立てたのが、西方帝国の南域において、最高の戦士と称されていた阿形と吽形のふたりだ。
ただし、第二皇子としては、あくまでも自分の部下という体裁にしたいらしく、皇帝家としての正式の申し出ではなく、釘鈀個人のお願いというかたちで、この話はふたりの直接の上司である姜坤三のところにやってきた。
姜坤三としては断る理由もなく、阿形と吽形のふたりも大いに喜んだ。
この話は、もちろん、県都の知事にも話はつけており、阿形と吽形のふたりを闘技会のあいだ、第二皇子に貸すということになり、今日、さっそく、この女官が釘鈀皇子の使者として迎えにやってきたということだ。
応接の間にやってくると、待っていた女官が立ちあがって拝礼した。
「
陳嬌が深々と頭を下げた。
西方帝国を支配している現在の皇帝家は武門の家であり、現在の皇帝にしても、第一皇子の
それに比べれば、第二皇子の釘鈀は、淫乱の気はあるが、礼儀正しく善良だという噂だ。
いま、こうやって使者の女官と対面していみると、それが噂通りであるということを実感する。
部下の性質がいいのは主人の質がいいからだ。
つまり、使者に傲慢さがないのは、釘鈀自身が評判の通りの皇子だからだろう。
「ほかならぬ釘鈀殿下のお願いということであれば、きかないわけにはいきませんよ」
姜坤三は笑った。
そして、下席についていた陳嬌に上席を勧めた。
皇帝家からの使者ともなれば、使者の扱いは当然、釘鈀自身に準じるということになる。
一介の奉行にすぎない姜坤三とは格が違う。
だが、陳嬌は、今日は単なる私的な訪問の扱いだからと固辞した。
なおも勧めたが陳嬌がどうしても聞き入れないので、やむなく姜坤三が上席になった。
そのあたりの部下への躾も行き届いているのだと感心した。
時候の挨拶や土産などを受け取り、いよいよ本題ということになった。
すると、陳嬌の顔から笑みが消えて、困ったような表情になった。
「ところで、阿形殿はいま、負傷をされて養生中ということなのですね。ここにやって来てからそれを伺い、驚いているところです」
陳嬌は言った。
姜坤三は内心で舌打ちをした。
確かに、阿形は数日前に腕の骨を折るという負傷を負ったばかりだった。
孫空女と沙那を捕縛するときに、手配人の女である孫空女に、一騎討ちで骨を折られたということだ。
それで療養をさせている。
別に箝口令を布いたわけではないので、陳嬌もそれを耳にしたのだろう。
「負傷については道術の薬もありますし、治療霊具もあります。明日には完全に回復すると思いますよ。心配には及びません」
姜坤三は言った。
「負傷そのものについては心配しておりません。帝国にも治療の手段は整っております。大抵の負傷であれば、負傷の前よりも健康な状態に快復することも可能です。でも、わたしが気になっておりますのは負傷をした経緯です……。耳にしたところによれば、罪人との一騎討ちで骨を折られたとか……?」
陳嬌が微笑んだ。
「何分にも手配中の罪人を追っていった現地のことでありまして、私も細部は承知しておりません。確かに阿形が骨を折った……。それは事実です」
姜坤三は仕方なく言った。
「阿形殿だけではなく、吽形殿もそのとき一騎討ちで敗れたとか……。しかも、女の罪人であるそうですね」
「まあ、そうですね……」
姜坤三は苦虫を噛み潰したような思いになった。姜坤三の部下が皇帝家の第二皇子に乞われて、皇帝主催の闘技会に参加するなど名誉なことだったのだ。
それなのに、女を相手に一騎討ちで負けたとあっては、その評判は地に落ちたといっても言い過ぎではない。
どうやら、陳嬌は、阿形と吽形のふたりを連れて行くつもりでやってきたが、そのふたりが一騎討ちで呆気なく負けたということを耳にして、それを取りやめるつもりだろう。
姜坤三は嘆息した。
つまりは、帝都の第二皇子に貸しを作る機会を失ったということだ。
姜坤三は失望した。阿形と吽形も無念だろう。
「ねえ、姜坤三殿……。その女ふたりに会わせてもらえませんか? 我が主の釘鈀は闘技会の参加させる強い者を探しているのです。阿形殿と吽形殿よりも強い者がここにいるのであれば、それを連れ帰りたいです。それがわたしの任なのです」
陳嬌は言った。
姜坤三はびっくりした。
「あのふたりは取り調べ中です。しかも、罪人であり、殺人者です。おそらく、処刑ということになるでしょう。それはできかねます」
「そこをなんとか……」
陳嬌は畳みかけてきた。
「そ、それはさすがに……。殺人を犯した者を県知事の権限で釈放するということはありません。皇帝陛下の裁可が必要でしょう。皇帝家は、ふたりに恩赦を与えるおつもるですか?」
「それはしません。この県都から人を借り受けるのは、あくまでも釘鈀殿下の個人的な話に収めたいのです。皇帝家も帝国宮殿も動かしません。闘技会に参加させるときには、釘鈀の部下というかたちになりますので……。恩赦を正式に発するのは、都合が悪いのです」
「だが、殺人の罪人を解放するというのは……。それを県の独断というかたちでせよと?」
それは奉行である姜坤三の権限を逸脱した行為だ。
内々でするとしても、知事を巻き込む必要がある。だが、あの女知事は堅物だ。
阿形、吽形を貸し出すという話には乗ったが、今度は罪人を個人的に第二皇子の引き渡すという話になる。
いくら、相手が第二皇子でも、それは絶対に承知しない気がする。
「知事が承知しないでしょう。申し訳ありませんが……。正式に手続きをしてください。お願いします」
姜坤三は首を横に振った。
「わたし自身が知事にお願いしてもいいのですが」
「知事はお堅い方ですよ……。それに、実は殺された
「その女ふたりは、沙那と孫空女というのですね。そこをなんとかお願いしますよ……。大袈裟にはしたくないのですよ。できるだけ隠密に……。こっそりとしたいのです。あの女知事が融通が利かない堅物というのは知っています。でも、あなたは話のわかるお方だと思っているんですけどね」
すると陳嬌は、懐から拳ほどの大きさの小袋を取り出した。
中身を卓にこぼす。
入っていたのはたくさんの宝石だ。
それが小袋いっぱいに入っている。
ひと財産だ──。
姜坤三は息を飲んだ。
「これを姜坤三殿個人にお渡しできます」
「わ、私を買収するもつもりですか?」
姜坤三は驚いた。
「いいえ──。お互いに幸せになる方法を考えたいだけです」
「知事は許可しませんよ。寇員外を殺したあのふたりを憎んでいるのです。何分にも、寇員外という被害者には、個人的にも世話になったことがあるとかで……。先ほどのとおり、県知事との面談の時間がすぐに準備します。知事も第二皇子の名を出されては、法を緩めることもあるでしょう。しかし、私にはその権限がないのです」
「わかりました。では、その沙那と孫空女は処刑されなければならない──。そこから始めましょう……」
「そこから?」
「姜坤三殿……。わたしは、あなたに交渉しようとしているのですよ。県知事ではなく……。わたしは時間をかけたくない……。あの堅物女と話して、この話をこじらせたくないし、系統を通じて、あの知事が帝都と直接交渉をされても困る。だから、話し合いを持ちかけているんです」
「答えは同じです。私には処刑を取りやめる権限がありません。しかし、あなた方は、その権限をお持ちだ。それを行使すべきでしょう」
姜坤三はきっぱりと言った。
「いえ、わたしも、あなたの権限内のことしか申すつもりはありません。県の奉行は裁判と刑罰を担任する。その通りですよね。もっといえば、処刑執行の実処理は、あなたの管轄です」
「まあ、間違いありませんか……」
姜坤三は困惑した。
「つまり、わたしは、そのふたりの屍体を持って帰る。あなたは、この宝石を受け取る。そんな方法を考えてみませんか」
陳嬌は意味ありげに微笑んだ。
*
「ひぎいい──。わ、わかった──。や、やった──。わたしがやったわ──。だ、だから、もう塗らないでええ──」
沙那は絶叫した。
もう、自白の結果、どうなるかなんて考えられなかった。
肛門の周りの肉を固められて剥き出しにされた尻穴の奥に、次々に掻痒剤の液体を塗られるのだ。
もう、それを数刻続けられている。
しかも、ただの一度も痒さを癒されることなく、ひたすら痒みを時間とともに増大されるのだ。
あまりの痒さに、すでに沙那はなにも考えられることができなくなっていた。
全身の骨を砕けさせるような猛烈な痒さだ。
こんなものに、これ以上耐えられるわけがない──。
「おっ、いま、なんと言ったか?」
女たちの沙那への嗜虐を見守っていた役人が身を乗り出したのがわかった。
だが、泣き叫ぶ沙那に、女たちがいきなり布を突っ込んだ。
さらにその布が口からでないように猿轡もされる。
「聞こえませんでしたね。この沙那はまだ、自白はしておりません」
女たちは意地の悪い口調でそう言って、薬を塗り足し続ける。
沙那は狂乱した。
この女たちは、沙那に自白も許さずに、とことん痒み剤でなぶるつもりなのだ。
「んんん──」
沙那は吠えた。
これ以上の痒み剤の追加には耐えられない。
おそらく、この女たちは沙那の痒みを癒すつもりは金輪際ないだろう。
寇員外を沙那たちが殺したのだと信じ切っていて、できるだけ残酷な仕返しを沙那にやりたいようなのだ。
だから、痒みで沙那が発狂でもすれば、それはそれで、彼女たちの目的は達成するのだ。
しかし、解放される見込みのない痒みに襲われる沙那にとっては、そのことは絶望的なことだった。
痒い──。
痒い──。
もうなにも考えられない──。
沙那は懸命に尻を振った。
「ほほほ、苦しそうね、沙那──。早く発狂しなさいよ。まあ、発狂してもやめないけどね。でも、少なくとも、苦しみはなくなるかもしれないわ。発狂できればね……」
三人の女が代わる代わる小さな棒で痒み剤を尻穴の奥に足していく。
沙那は涙をぼろぼろとこぼしながら、懸命に尻を振りたてた。
だが、どんなに腰を振っても、臀部に当たるものはなにもない。
「んんん──」
沙那はひたすら泣き叫んだ。
*
「や、やった──。あたしたやったよ──。た、助けて──」
孫空女は狂ったように叫んだ。
炭火の一番広いところにいる孫空女は、いまや限界まで脚を拡げていた。
そのために、股間は炭火の熱気に一番近い状態になっている。
その孫空女に対し、金頂観は炭火を炎ができるくらいにさらに活性化させたのだ。
もう、ほとんど孫空女の股間に炎が届くばかりに火の端が揺らめている。
とにかく、この場は自白でもなんでもして乗り切ろうと思った。
「聞こえないわねえ……。それよりも、さっきみたいにおしっこしてみれば? 少しは炎も小さくなるかもよ」
離れた場所に立っている金頂観が笑った。
孫空女は少し前に、あまりの熱さに恥も捨てて、少しでも熱をなくそうと小便をしてみたのだ。
もちろん、そんなもので熱が小さくなるわけでもなく、かえって尿の蒸発する勢いで熱い湯気が股間にあたり、苦しい思いをしなければならなかった。
「も、もう、堪忍して──。あたしがひとりでやったよ。あたしだけがやった──。もう許して──」
孫空女は悲鳴をあげ続けた。
*
孫空女が兵に両脇を引きずられるように戻ってきたとき、沙那は胡坐縛りにされて床に座らさせられ、丸い大きな板を首に嵌められて、顔を上に向くようにして固定されていた。
首枷が壁に繋げられていて動かないようにもなっていた。
「だ、だれか……だずけて……。か、かゆいのよ……。か、かゆい……かゆい……かゆい……かゆいよおお……かゆいよおお……」
沙那は常軌を逸した表情をして、痒い痒いと泣き叫びながら、懸命に床を尻に擦りつけている。
口調がおかしい。
まるで沙那ではないようだった。
孫空女が入ってきても、反応すらしない。
「さ、沙那……ご、ごめん……あ、あたし……」
とにかく、孫空女は、拷問に負けて自白をしてしまったことを沙那に説明しようとした。
だが、やはり、沙那は孫空女がやってきたことすら、わからないようだ。
涙と涎と鼻水を垂れ流し、さらに口から泡のようなものを吹いて、ただ懸命に痒いと叫んでいる。
その様子は異常だ。
孫空女はびっくりした。
「かゆい……かゆいのおお……。おしりのあながかゆいいいい……。かゆい……、かゆい……かゆい……、かゆい……、かゆい……、かゆい、かゆい──。かゆいいい……」
沙那がひたすらに同じことばかり言っている。
孫空女はぞっとした。
その口調は明らかに正気ではない。
知性が失われた者のような不自然な発音だ。
孫空女は沙那が壊れたに違いないと思った。
「さ、沙那──? し、しっかりしてよおお──。沙那ああああ──」
孫空女は絶叫した。
とにかく、あんなに追い詰められた沙那は初めてだ。
一体全体、どんな拷問を受けたのだろう。
しかし、それ以上考えることはできなかった。
孫空女を連れてきた兵たちが、孫空女を縛りあげ、沙那と同じように胡坐縛りにして、沙那の隣に座らせると、運んできた首枷を孫空女にも嵌めて、顔を上に向かせたのだ。
すると、数名の集団が牢に入ってくる気配がした。
だが、孫空女は上を向かされているので、誰が入ってきたのかよくわからない。
かすかに見える視線で、それが身なりのいい役人のような人物であることだけは辛うじてわかった。
その人物が拘束されている孫空女と沙那の前に立った。
なにかを読みあげ始めた。
しかし、沙那が痒いという声をすぐ隣で言い続けていて、なかなかうまく聞き取れない。
どうやら、なにかの文章を読みあげているようだ。
「……以下の罪により、沙那及び孫空女のふたりを死罪とする。処刑は格別の慈悲をもって毒薬により行う。それでは、姜坤三の名において刑を執行する──」
数名の兵が孫空女と沙那の首枷の両側についた。天井を向いている口に漏斗が差し込まれる。
孫空女は驚愕した。
自白はしたが、その日のうちに刑が執行されるとは思わなかったのだ。
どうせ、処刑までに数日間はあると思うし、そのあいだに宝玄仙がきっと助けに来てくれると信じていた。
それがいきなりここで毒による処刑とは──。
「んんん──」
孫空女は抗議の声をあげようとした。
しかし、口に入れられた漏斗のために、それは声にはならない。
その漏斗の中に液体が注がれていく。
そんな──。
ここで死ぬなんて──。
沙那──。
孫空女は力の限り暴れようとしたが、その孫空女の首枷や身体をしっかりと数名の兵が掴んで固めた。
動けない。
漏斗の中に液体が注ぎ込まれる。
鼻を摘ままれた。
息が苦しくなる。
孫空女の身体は息を求めて、無意識に口の中のものを飲もうとする。
だんだんと液体が口の中に入っていく。
さらに、どんどんと漏斗に液体が足されていく。
次第に意識がなくなる。
ふと、横を見た。
すでに沙那は意識がないようだ。
その沙那の身体に、さらに液体が漏斗で送り込まれ続けている。
目の前が暗くなった。
虚無に包まれていく……。
死ぬのか……?
これが死か?
死ぬ?
ご主人様……。
宝玄仙を心の中で叫んだ。
気が遠くなっていく……。
これ以上、意識を保てない……。
ご主人様……。
もう一度、呼んだ。
そして、孫空女の意識は完全な闇に吸い込まれた。