※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 第110話 武闘会の奉仕女【避寒子(ひかんこ)・避暑子(ひしょこ)】
730 闘技場の女たち


 孫空女は、みんなとともに闘技場の外の出入口から闘技場の地下に通じる階段を降りていった。

 少し階段を進むと、先に頑丈な鉄格子があった。鉄格子には十名ほどの兵がいる。

 鉄格子の先には、さらに地下に潜る階段があった。

 

「関係者以外の見送りはここまでらしいから、ここでお別れだよ、沙那に孫空女。まあ、お前らに限って、不覚を取ることはないだろうが気をつけな。わたしと朱姫は観客席から見物しているからね」

 

 宝玄仙が言った。

 一緒にやってきたのは宝玄仙と朱姫と陳嬌(ちんきょう)だ。

 闘技会に闘士として参加する孫空女と沙那を送ってきたのである。

 そして、今日は二日にかけて行われる天下一闘技会と呼ばれる闘技会の第一日目だった。

 

 ここまで一台の馬車に乗ってやって来たが、さすがは武の国と称される帝国の都だけあって、道行く場所のあちこちに大小の闘技場が見えた。

 その中でも、この闘技場はもっとも大きなものであり、反対側の一般見物客用の出入口には、道が見えないくらい大勢の人間が闘技場に入ろうと列をなしていた。

 一方で、裏側にあたるこちら側には、孫空女のような闘士や関係者、あるいは貴賓者用の入り口しかないので、正門側に比べれはひっそりとしているという印象だ。

 

 この闘技会に参加する闘士は約六十人ほどであり、各地区の予選会で勝ち抜いた闘士と、三皇子推薦の闘士が今日から二日の闘技会に参加する。

 明日の本選に残れるのは十六人だけであり、勝ち残りで今日二試合ほど戦って、両方に勝った者のみが明日戦えるのだ。

 また、予選免除で参加することになっている闘士は、釘鈀(ていは)皇子推薦ということになっている孫空女と沙那、第一皇子の金箍(きんか)皇子自身、第三皇子の降妖君(こうようくん)とその推薦の数名ということになっているようだ。

 

「頑張ってください、沙那姉さん、孫姉さん。明日は素蛾も来れると思いますから、今日で負けて終わるなんて寂しいことにならないでくださいね」

 

 朱姫がにこにこしながら言った。

 

「まったくだよ。あの釘鈀も、仮にも自分の闘奴隷ということになっているんだから、第一日目からちゃんと見物しに来いと言いたいねえ。やってくるのは皇帝天覧の二日目だけというんだから、冷たいよね」

 

 宝玄仙が吐き捨てた。

 

「で、殿下は闘技会のような血生臭いのが、お、お好きではないのです……。そ、それに、劉姫様のことがありますから……。そ、そっちの治療が……ふう……」

 

 陳嬌が腰をもじもじと動かしながら言った。顔は赤く、すでに汗びっしょりだ。

 無理もない。

 ここまで乗ってくる馬車の中で、陳嬌はさっそく宝玄仙の洗礼を浴びたのだ。

 すなわち、陳嬌は、馬車の中で下着を取りあげられ、膝までの下袍に包まれた股間に、縦に割る縄の結び目を喰い込まされていた。

 しかも、宝玄仙は、その縄瘤に強い掻痒剤を塗ってもいた。

 

 時間とともに効果を発揮する宝玄仙の掻痒剤は、いよいよ陳嬌を苦しませているらしく、陳嬌は握った拳を開いたり、閉じたりしながら、内腿をお互いに強く擦りつけるようにしている。

 あの気位の高い陳嬌が、人前であるのに関わらず、あんなにはっきりと悶えるような仕草をするくらいだから、余程に痒いに違いない。

 

 陳嬌の顔を見ていると、許されれば、いまにも股間を掻きむしるのではないかと思うほどに追いつめられている雰囲気だ。

 だが、陳嬌にはそれはできない。

 なにしろ陳嬌は、孫空女と沙那が釘鈀の闘奴隷として闘技会に参加する代わりに、その期間、宝玄仙の性奴隷として、『奴隷の刻印』を受け入れることになり、すでに、服の下の腹には宝玄仙の刻印が描かれている。

 

 すると、宝玄仙は、陳嬌に抵抗することを封じる命令を与えたうえに、強烈な掻痒剤をたっぷりと股間に塗って股縄をして、股間には自分では触れてはならないと命令を与えているのだ。

 だから、どんなに痒くても股間を掻けない陳嬌は、いまにもその場にしゃがみそうな気配だ。

 

「なにが、あの胴体女の治療だい。一生懸命に治療しているのは、うちの素蛾じゃないか。あいつは関係ないだろう」

 

 宝玄仙はそういうと、陳嬌の下袍の後ろから手を入れて、股縄を揺すり動かすような動作をした。

 

「はううっ──。み、見てます……。へ、兵が見ていますから……」

 

 陳嬌が必死になって訴えた。

 だが、縄が擦れて痒みが癒えていく快感で気持ちよさそうである。

 また、確かに、ここからは鉄格子の位置は離れているが、女が五人集まって話をしているのを兵が視線を向けていて、さらに陳嬌があられもない悲鳴をあげて悶えるのに奇異の目を向けている。

 

「ご、ご主人様……、本当に見てますよ……。やめてあげた方が……」

 

 沙那が慌てたように、兵の視線から陳嬌を隠すように立って、ささやいた。

 

「なに言ってんだい、沙那。お前もこいつには酷い目に遭わされたんだろう。たっぷりと仕返してやればいいんだよ。それに、こいつはいまから、このまま観客席の貴賓席にわたしたちを連れて行くんだよ。人前で痒みを癒してやらなければ、どこで痒みを癒すんだい」

 

 宝玄仙が陳嬌の下袍から手を抜いて、けらけらと笑った。

 

「わ、わたし、このまま観客席に行くんですか……?」

 

 陳嬌が驚いている。

 

「当たり前だよ──。なんのために、痒み剤を塗りたくってやったと思っているんだい。この宝玄仙の調教は優しくはないよ。今日の調教は、大勢の人間のいる場所で、こっそりと気をやる練習だ。その痒みは人の集まる観客席で癒させてやる。観客席に着いたら、自分で縄を擦って自慰をすることを許可する命令を与えてやるよ。なあに、心配ないさ。観客席は巨大な席が埋まるほど人でいっぱいになるらしいが、みんな闘技に夢中で股間をむさぼっているお前なんか見る者なんていないよ」

 

「そ、そんなあ」

 

 陳嬌が顔色を変えた。

 

「人前で隠れて自慰をするのが嫌なら、我慢して腰を振っているんだね。その痒みに一日耐えられるものなら耐えてみな。言っておくけど、この宝玄仙が調合した特別制の掻痒剤だからね。まだまだ、痒みなんて序の口だよ。もう少し時間が経てば、もっと痒くなるからね」

 

 宝玄仙がまた高笑いした。

 

「くうっ……」

 

 陳嬌が絶望的な表情をしている。

 自分や沙那に寸止め拷問をして奴隷の刻印を強要した陳嬌だが、孫空女も少しだけ同情する気分になった。

 よりにもよって、大変な相手の刻印を受け入れる羽目になったものだ。

 しかも、今日は沙那も孫空女もそばにはおらず、宝玄仙と一緒にいるのは、宝玄仙よりもさらに調子乗りの朱姫だ。

 

 陳嬌が宝玄仙の奴隷の刻印を受け入れたのは一昨日であり、昨日一日はみんなで陳嬌を玩具にして遊んだものの、あまりにも過激になりすぎるときには、沙那と孫空女が静止をかけていた。

 しかし、今日はその沙那と孫空女はいない。

 宝玄仙と朱姫のふたりに挟まれて、奴隷の刻印で逆らえない陳嬌が観客席でどんな目に遭うのか、想像して余りある。

 孫空女も他人事ながら本当に心配だ。

 

「それにしても、素蛾が来れないなんて、本当に残念です」

 

 朱姫がまた言った。

 素蛾は釘鈀とともに、劉姫という手足と舌を切断された女の看病をしていて、こっちには来られなかったのだ。

 なにしろ、最初は切断された手足を宝玄仙の道術で復活しようとしたのだが、思いのほか、女が手足などを消失させられたときにかけられた「呪い」が強力であり、宝玄仙の道術でも単純に復活できなかったのだ。

 宝玄仙の『治療術』は、物理的に切断されたりしたものなら簡単に復活できるのだが、道術で失われたものは、難しい術式が必要ならしかった。

 それでも時間をかければできるとは言っていたが、素蛾のあの不思議な舌で舐めると、なぜか簡単に舌が復活したのだ。

 

 素蛾が宝玄仙の道術陣を受け入れることで得た舌の「癒しの治癒」の能力は、「呪い」のようなものに対しても有効らしい。

 昨日一日で素蛾は、あの女の舌と両手の復活を終え、今日は両脚に取り掛かっている。

 だから、一緒には来られなかったのだ。

 

「……と、とにかく、手続きをしてきます……。さ、沙那さんと、孫空女さんは一緒に……」

 

 痒みで苦しそうな陳嬌が、孫空女たちを連れて鉄格子の門の前までやってきた。

 陳嬌が兵とやり取りをして、やがて鉄格子が開かれた。

 

「で、では、よろしくお願いします……」

 

 陳嬌が鉄格子越しにそう言った。

 孫空女と沙那は、鉄格子の内側に入ったが、陳嬌は向こう側に残っている。

 本来は、陳嬌も釘鈀の闘奴隷である孫空女と沙那を管理するという役割があるので、鉄格子のこちら側に入れる「関係者」なのだが、陳嬌は宝玄仙の相手をしなければならないので一緒には来ない。

 

「行こうか、孫女」

 

 沙那が声をかけてきた。

 孫空女は沙那とともに、さらに地下に潜る階段を降りていった。

 やがて、大きな広間のような場所に着いた。

 

 むっとするような汗の匂いと、同時に男女の交合特有の性の匂いが立ち込めていた。

 そこには、数十人の筋肉隆々の闘士が集まっていて、それぞれに武器の手入れや身体に油を塗ったりして戦いの準備をしている。

 沙那と孫空女が広間に降り立つと、その闘士たちが一斉にこっちに目を向けた。

 そして、ざわめきが起きた。

 

「新しい奉仕女か──? なんという別嬪だ──」

 

「おい、こっちを抜いてくれ──」

 

「いや、俺が先だ、女──」

 

 いきなり、十人ほどの闘士がやってきた。

 孫空女は呆気にとられた。

 

「な、なによ、近寄るんじゃないわよ──。やるの、あんたら──?」

 

 剣を持っていた沙那が剣を抜いて、男たちに刃を向けた。

 孫空女の得物の『如意棒』は耳に隠している。

 とりあえず、孫空女は、沙那の背後に立って静観する態勢をとった。

 こっちに向かってきた闘士たちは、眼が血走っているものの、喧嘩でも売ろうという雰囲気ではない。

 危険な雰囲気はあるが、それは血生臭いこととは別のものの気がする。

 

「な、なんだ? 剣を持ってるぞ──。だったら、こっちの栗毛は闘士なのか?」

 

「じゃあ、こっちの赤毛が奉仕女だな」

 

 集まった男たちがざわめいている。

 

 奉仕女──?

 

 なんのことだろう。

 

「わたしたちはふたりとも闘士よ。戦う場は闘技場の上でしょう? それとも、いきなり、ここで戦うの──?」

 

 沙那が大きな声をあげた。

 闘士たちが当惑した表情をした。

 そのとき、集まった輪を掻き分けるように誰かがやってきた。

 闘士たちが左右に分かれ、群がっていた闘士たちの真ん中に道が作られる。。

 

 やってきたのは豪華な装飾のある具足をつけた男だ。

 闘士のひとりのようだが、明らかにほかの者とは雰囲気も具足の豪華さも異なる。

 しかも、付き人のような者を十名ほど従えている。

 

「降妖君(こんようくん)様──」

 

 闘士たちが軽く頭をさげた。

 降妖君──?

 確か、第三皇子がその名のはずだ。

 

 釘鈀からは、闘技場の控え室である地下では、出場選手のひとりでもある降妖君に孫空女と沙那の面倒を頼んでいると教えられていた。

 その降妖君が目の前にやってきた。

 

「離れろ、お前ら──。こいつらは出場選手だ。奉仕女が欲しければ、向こうの幕の奥だ。そこに行け──。それに、こんなところの奉仕女に、こんな美女が来るわけないだろう。お前らの精を抜いてくれる女は、幕の奥だ──。だが、股ぐらは使うな。性病になっても知らんぞ。口で抜いてもらえ」

 

 降妖君が声をあげると、闘士たちはがっかりした声をあげながら散っていった。

 

「お前らが釘鈀皇子の闘奴隷の孫空女と沙那か──?」

 

 降妖君が値踏みをするような視線を向けてきた。

 

「沙那と孫空女です、殿下」

 

 沙那が武器を収めて、両膝を着いて頭を下げた。

 それを見て、慌てて孫空女も両膝を床につけて頭を下げる。

 しかし、降妖君はそれを見て、面喰ったような表情をした。

 だが、すぐに顔を綻ばせた。

 

「ここでは儀礼は無用だ。俺はお前たちとも戦うことになるかもしれない出場闘士のひとりだしな。皇族も貴族も闘奴隷の隔ても、ここにはない。ついでに言えば、俺は“殿下”ではない。この国では、殿下と呼ばれるのは、第一皇子の金箍(きんか)皇子と第二皇子の釘鈀皇子だけなのだ。だが、殿下も悪くないな」

 

 降妖君は笑って、孫空女たちに立つように言った。

 孫空女と沙那は立ちあがった。

 

「……だが、そんな格好をしているから奉仕女に間違われるのだ。今回の闘技会には、ほかにも黄獅姫(おうしき)という名の女闘士も参加しているが、奉仕女に間違われる騒動はなかったぞ。なんで、そんな軽装でやってきたのだ。具足はどうした? ましてや、お前なんか武器も持っておらんのか?」

 

 降妖君が不審な顔をした。

 孫空女と沙那は臍上までの長袖の上衣と下袴といういでたちだった。

 足には革靴を履いている。つまりは平服だ。

 しかも、臍の部分は刻印が描かれているので肌を露出している。

 奴隷の刻印は、露出するのが決まりなので、ほかの男の闘士も刻印のある腹については剥き出しだったが、確かに、さっきの男たちも目の前の降妖君もしっかりと革の具足を身に付けていた。

 

「具足はここにあるものを遣えると聞きましたので、とりあえず、武器だけ持ってきたのです。彼女もです」

 

 沙那が孫空女を促したので、孫空女は耳から『如意棒』を出して伸ばした。

 

「ほう……。霊具の武器か──。まあいいだろう。それにしても、武器だけじゃなく、具足も普通は持参するぞ。こんなこところにある共用の具足など二束三文の安物だ。そんなことも、釘鈀殿下は教えてくれなかったのか?」

 

 降妖君が呆れた声をあげた。

 

「は、はあ……」

 

「まあいい──。お前らの控室はあそこだ──。本当は闘奴隷でも、個室の控室は、名のある一流闘士しか与えられないのだが、お前らの場合は釘鈀殿下に特別に頼まれているからな」

 

 降妖君は壁際に並んでいる扉の番号のひとつを言った。

 それは孫空女と沙那が自由に使える部屋らしい。

 

「おい、恵圭(えけい)、ちょっと来い──」

 

 降妖君が、遠くに向かって大きな声をあげた。

 さっき奉仕女がどうのこうのと言っていた幕の方向だ。

 そこから、口の上までを布で覆っている女がやってきた。

 目の部分は布が薄くなっているようだが、顔は袋状の布で包まれて、鼻までがすっぽりと布で隠されている。

 そして、背が曲がっていて、片脚を引きずっている。

 全身を覆う袋のような服を着ているうえに、顔を覆っているために年齢はわからないが、仕草は老女を思わせる。

 

「恵圭、お前はどうせ、奉仕女のお呼びもないし、暇だろう。このふたりに、この闘士控室のことを教えてやれ。釘鈀皇子のところの闘奴隷だ。だから、闘奴隷といっても礼はわきまえろ。失礼はするな」

 

「はい、わかりました」

 

 恵圭と呼ばれた女が軽く頭を下げた。

 意外に声は若かった。

 もしかしたら、老女ではないのかもしれない。

 

 そのとき、大きなどよめきが起きた。

 さっき、孫空女たちがやってきた階段から、ふたりの美女がおりてきたのだ。

 股間の付け根までしか隠してない短い下袍と肌も露わな薄物を着ていて、しかも、ふたりとも大きくて丸い乳房が完全に露出している。

 乳首には青と赤の宝石の装飾具があり、ふたりが艶かしく歩くたびに、乳房が揺れて乳首の宝石についている鈴がちりんちりんと音を立てている。

 

「こ、降妖君様、こいつらは奉仕女ですよね──?」

 

 一度は散っていった闘士たちが血相変えてまたやってきた。

 

「馬鹿たれ──。お前ら用の女じゃない──。金箍皇子専用の奉仕女だ。見てもいいが触るんじゃねえ──。おい、避寒子(ひかんこ)と避暑子(ひしょこ)、こっちだ。着いて来い──」

 

 降妖君がさっきのふたりの美女を連れて去っていった。

 ずっと遠くにある個室の扉の中でも一番広そうな部屋に向かっていく。

 そこが、第一皇子で今回の出場闘士のひとりである金箍の控室なのだろう。

 

 ふたりの美女が、周りの闘士たちに媚を売るように微笑みかけながら歩き去っていく。

 闘士たちもまるで、魂でも吸い込まれたような表情で、その肌も露わなふたりの美女たちに着いていく。

 孫空女と沙那は恵圭という布で顔を隠した女とともに、とり残された感じになった。

 

「恵圭よ。よろしくね……」

 

 周囲からほかの闘士たちがいなくなると女が頭をさげた。

 

「釘鈀皇子のところの女闘士が来るというのは耳にしていたわ。あんたたちだったのね。闘士というよりは、本当に娼婦でも似合いそう……。あっ、気を悪くしたらごめんね。身体の線は細いし、別嬪だからね。あんたたちみたいな闘士は初めて見るのよ」

 

 恵圭は口元を綻ばせながら言った。

 声も口調も若そうだ。

 曲がった背で老女を感じさせただけだったようだ。

 

「あなたも細いじゃないか。恵圭も闘士かい?」

 

 孫空女は言った。

 

「あたしは奉仕女よ。降妖君様がそう言っていたでしょう?」

 

 恵圭が笑った。

 

「奉仕女というのはなにさ、恵圭?」

 

 孫空女は訊ねた。

 

「説明よりも、見る方が早いわね……。まあ、いらっしゃい……。ところで、どっちが孫空女で、どっちが沙那なの?」

 

 恵圭がそう訊ねてから歩き始めた。

 孫空女と沙那も一緒に歩く。

 沙那が、自分が沙那で、こっちが孫空女だと応じた。

 

「ふうん……。ところで、あんたたち、もしかしたら、東方の出身?」

 

 恵圭が言った。

 

「東方? ああ、そうね。ここからだと東方に当たるわ。どうして?」

 

 沙那が答えた。

 

「さっき、両脚を床に付けた儀礼よ。あれは東方側の作法よ。女は両足、男は片膝をつくのよね。でも、こっちでは闘士や戦士は、女であってもそれをしないの。女闘士のあんたらが、躊躇なく両膝をついたから、もしかしてと思ってね。あたしも、東方の出身だから……。どこの国?」

 

「東方帝国よ」

 

 沙那が何気ない口調で言った。

 

「東方帝国?」

 

 すると、恵圭が立ち止まって声をあげた。

 

「あ、あたしも東方帝国の出身なの──。懐かしいわあ──。こんなところで、同郷の者に遭えるなんて……。あたしは帝都で暮らしていたの。その前は、もう少し北の地方都市なんだけど……」

 

 恵圭が嬉しそうな声をあげた。

 沙那が愛陽の出身だと告げ、孫空女も故郷の田舎村の名をあげた。

 恵圭も産まれ故郷の町の名前を告げて、本当に懐かしそうに微笑んだ。

 

「……でも、東方帝国のあんたらが、なぜ、こんなところに?」

 

 恵圭が訊ねた。

 

「ある人の供をしているんだ。まあ、さらに北に向かうんだけど」

 

 孫空女は言った。

 

「北って……。ここから北にはなにもないわよ、孫空女。魔域があるだけで……。まあ、いいわ。でも、嬉しいわね。もう、東方帝国には戻れないだろうけど、そこからやってきた人に遭えるなんて、こんなに嬉しいことは久しぶりよ……。ああ、なんていい日なんだろう」

 

 恵圭が感極まったような声をあげた。

 孫空女は、この恵圭が随分と若い女に違いないということを確信していた。

 しかし、なぜ、顔を隠しているのだろう?

 孫空女は訊ねてみることにした。

 

「なんで顔を隠してるのさ?」

 

 すると、恵圭が微笑みながら、布をはぐった。

 

「ご、ごめん……」

 

「あっ」

 

 孫空女と沙那はほぼ同時に声をあげた。

 布をはぐった顔は、確かに老女ではなかった。

 しかし、見事なくらいに顔が崩れている。

 眼の周りにはどす黒い痣があり、鼻はもげたようであり存在せず、小さな穴が顔の真ん中にあるだけだった。

 そして、さらに赤い吹き出ものの痕ようなものが肌にたくさん浮いている。

 

「少し前まで、ここから北の魔域にいたのよ……。そこで亜人相手の娼婦をしていたの。でも、病気になって死にかけて捨てられて……。それで、人間族の社会に流れてきたんだけど、まあ、こっちで助けてくれた人がいてね……。なんとか命だけは大丈夫だったんだけど、顔は病の影響でこのとおりよ……。でも、闘士相手の奉仕女だったら、口だけあれば仕事になるしね……」

 

 恵圭は布を戻して自嘲気味に笑った。

 

「ご、ごめんよ」

 

 孫空女は言った。

 

「いいのよ……。これは罰なんだから。裏切ってはならない人を裏切ったね……」

 

 恵圭は独り言のような口調で呟いた。

 

「それよりも、おいで、奉仕女の仕事を見せるわ」

 

 恵圭は幕に覆われた場所の前にやってきて言った。 

 

「このくそ女──。殺してやるぞ──」

 

 そのとき、幕の向こうから雄叫びのような怒声が聞こえてきた。






【注釈】

 恵圭(えけい)……再登場です。「70 裏切りの日」及び「71 十日置きの解毒剤」のエピソードを参照ください。
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