「お気をつけて、お姉様方……。わたくしはここでお待ちしております。怪我をなさった場合は、わたしくしの力で頑張って治療します。わたくしにはそれくらいしかできませんから」
孫空女が沙那とともに、次の試合のために控室を出て行こうとするときに素蛾が言った。
午後の試合は、偶然にも沙那と同じ時期に試合をすることになったのだ。
それで、そろそろ転送部屋に移動するようにという係員の指示を受けたところだ。
孫空女も沙那も、今度は平服を着ている。
その平服にそれぞれに武器を持っただけという簡単なものだ。
「なにがそれしかよ。大した能力じゃないの。感心しちゃったわ。道術遣いというのはやっぱりすごいわね。あんなに怪我をしていた孫空女がすっかりと元気になるんだから」
素蛾の隣で床に座っている
恵圭と素蛾はしばらくここで語り合って、いまではすっかりと意気投合して仲良しだ。
「い、いえ、わたくしは道術遣いというほどでは……。ただ、なぜか、唾液が不思議な力を持つようになってしまっただけで……」
素蛾が困惑したような表情をした。
いま素蛾は、変身を解いて本来の童女姿だ。
素蛾も控室に隠れているあいだは陳嬌の姿になる必要がないからだ。
宝玄仙が渡した指輪の霊具は、ほかの変身対象者を刻み直さない限り、何度でも繰り返し変身できるので、この控室を出ていくときには、また陳嬌の姿に変わればいいようだ。
「なに言ってんだよ、素蛾。立派な道術遣いだよ……。本当に、一時はどうなるかと思ったけど調子いいよ。ありがとう」
孫空女は右手をぐるぐると回しながら言った。
素蛾の舌の癒しで、砕けた肩の骨もすっかりと元通りだ。
顔もかなり痛めつけられたのだが、それも治った。
「じゃあ、行こうか、孫女」
沙那が声をかけた。
控室を出ると、残っている闘士はかなり少なくなっていた。
負けた闘士はもうここにはいない。
ここにいるのは、すでに勝利をしているか、これから午後の試合を戦う者だけのはずだ。
孫空女は歩きながら闘士たちの話に耳を傾けた。
それによれば、あの
いまは、また控室に閉じこもって奉仕女と淫行に耽っているという。
ほかには、第三皇子の
また、
「じゃあね、孫女」
転送部屋に着くと、沙那が離れていった。
今日の試合は四箇所に分かれているので、跳躍する転送台も四箇所に分かれていて、それぞれの位置から各試合場所に跳躍するのだ。
「おう、お前が孫空女か……。随分と小さいな」
後ろから歩いてきた闘士が声をかけてきた。
孫空女が振り返ると、そこにいたのは、背の高い孫空女が相手の胸までしか届かないような巨漢の闘士だった。
幅は孫空女の四倍はあるだろう。
ぶよぶよと太っていて、まるで巨大な肉饅頭だ。
孫空女が驚いたのは、その身体の大きさだけでなく相手の格好だ。
孫空女も平服でなにも具足はつけていないのだが、その闘士は下着のような腰布一枚のほかには、なにも身に着けていなかった。
しかも武器さえも持っていない。
「俺は、
力獅子は笑いかけると、巨体を揺するように定位置に向かって歩いていった。
孫空女は、その異様さに少し驚いた。
「孫空女、力獅子──。準備をしろ。転送台にあがれ」
係員が声をかけた。
孫空女が力獅子とともに転送台にあがると、すぐに『移動術』特有の腹が捻られるような感覚が襲ってきた。
観客の大歓声が孫空女を包んだ。
*
大歓声が沙那を包んだ。
沙那の対戦相手は、奇妙な渦巻き模様の服を身に着けた女のように綺麗な顔立ちをした男だった。
一本の細い棒鞭を持っている。
それをぶるぶると振り回して、沙那を威嚇するように、にやにやと笑っている。
また、渦巻き模様の服に包まれた身体をまるで舞いでもするように、上下左右にゆらゆらと揺らしてもいる。
じっと見ていると目が回って眩みそうなので、沙那は視線を足元にずらした。
さらに、棒鞭にはなにか仕掛けがあるのか、振り回すことにより、まるで笛が鳴るような音がする。
沙那の耳には、観客の大きな声を遮断するようなその鞭の音が聞こえ続けている。
ただ、身のこなしや醸し出す闘気からは、この軍鶏猫がそれほどの武術家でないことはわかる。
よく一回戦を勝ち残ったものだというのが沙那の印象だ。
鞭もただ回しているだけであり隙だらけだ。
それに、闘気などほとんど感じない。
相手は、まるで遊んでいるかのような小さな気しか醸し出していない。
気を消すというのは一流の武術家ならできないことはないが、一方でわざと未熟な隙を見せるというのは難しいものだ。
なにかの誘いで、わざと隙を作るというのはどうしてもわかってしまうのだ。
目の前の軍鶏猫は隙を作っているのではなく、本当に隙があるのだ。
それくらいは沙那にはわかる。
沙那はさっさとけりをつけてしまうと思って、一気に間合いを詰めた。
そして、軍鶏猫の正面に出ると、物も言わずに剣を振りおろした。
沙那の剣は鞭を振り回す軍鶏猫の右腕を肘から切断した──。
はずだった……。
「えっ?」
だが、なぜか沙那の剣は空を切っていた。
突然に目の前の軍鶏猫の存在が揺れて横にずれたのだ。
沙那の剣は目標を失い、地面すれすれでとまった。
「なに?」
なにか起こったのか理解できないまま、沙那は剣を横に振って軍鶏猫の胴を斬りつけた。
しかし、なにも手応えがない。
沙那の剣はただ、風を切っただけだ。
「そ、そんな……」
沙那は呆気にとられた。
「もーらった」
軍鶏猫のゆったりとした声がした。
沙那は驚いた。
声は真横からだった。
「うわっ」
腰に小さな衝撃を感じた。
すると揺れていた正面の軍鶏猫の姿が消滅した。
一瞬、戸惑ってしまったが、とにかく、沙那は声のした方向めがけて剣を振り回した。
「おっと、怖い──。わあ、びっくりした──。当たるところだった」
すると、軍鶏猫の肝を冷やしたような声がした。
どうやら、なにかの幻術かなにかの気がする。
横を向いたが、軍鶏猫の姿は見つけられない。
沙那は背に冷たい汗が流れるのを感じた。
その沙那の耳にまた耳障りな鞭の笛の音が聞こえ始める。
とにかく、沙那はその音の方向に剣を向けようとした。
「わっ」
次の瞬間、沙那はつんのめって倒れそうになってしまった。
気がつくと、下袴の横が腰紐ごと切断されていて、半ばずれおちている。
それで脚を取られたのだ。
沙那は下着が見えかけていた下袴を慌てて片手で引きあげた。
「ほら、油断すると、こうだよ」
軍鶏猫のくすくすという笑い声がして、また腰に小さな衝撃を感じた。
「なっ?」
沙那は慌てて下袴を押さえたが、今度は下袴の反対側を切断されてしまっていた。
「ほらほら、裸にしちゃうようう」
軍鶏猫の馬鹿にしたような声──。
片手で下袴を押さえたまま、剣を前に向ける。
いつの間にか、軍鶏猫は沙那の正面に笑いながら立っていた。
「げ、幻術かなにかね……? ひ、卑怯よ──。道術は禁止されているはずよ」
沙那は剣を向けたまま言った。
「道術なんか遣ってないさ。それは禁止だからね。そんなものを遣えば、たちまちに係員が止めるだろう。ここには道術を探知する霊気が充満しているのだよ」
軍鶏猫が相変わらずのおかしな舞いのような動きをしながら、鞭の音を鳴らしながら言った。
沙那は観客席側の審判の方をちらりと見た。
確かに、審判はなにも反応をしていない。
しかし、これは幻術以外のなにものでもないはずだ。
「ところで、来ないのかい? だったら、こっちからいくよ」
軍鶏猫が言った。
沙那は当惑した。
その瞬間、正面の軍鶏猫の姿がさっと消滅したのだ。
大歓声があがった。
だが、なにがなんだかわからない。
軍鶏猫の位置を探る手掛かりに歓声に耳を傾けようともしたが、闘技場では四試合を同時に行っているので、どの歓声が沙那たちの試合に向けられているものかもわからないし、それに軍鶏猫の鳴らす鞭笛がすべての音を遮断するくらいに耳に響いている。
「ひぎいい──」
背中に激痛を感じた。
鞭だ。
同時にびりびりという布が避ける音もした。
背中から服を裂かれたのだと思う──。
どうやら、おかしな術で沙那を幻覚させながら、ここでなぶるつもりのようだ。
かっと頭に血が昇った。
押さえていた下袴から手を離して、身体を反転させて背中側に向かって剣を向けた。
だが沙那は相手を見つけることができず狼狽えるしかなかった。
そして、尻に激痛を感じた。
「ひぐうっ」
今度は剥き出しになった下半身の下着越しに尻を蹴り飛ばされたのだ。
沙那は大きく前に身体を倒して、顔を地面に激突させた。
「ほらほら、立ちあがった、立ちあがった──。それとも降参する? さもないと裸にしちゃうよ。まあ、それをやっているんだけどね」
軍鶏猫が沙那の下袴を手に持っている。
蹴り飛ばされたときに脱げたのだ。
沙那は下半身を下着一枚にされてしまっていた。
また、背中側はぱっくりと服を切断して肌が剥き出しにもなっているようだ。
沙那は立ちあがった。
幻術なら気を読めばいい……。
沙那は視線を地面に落として気を探った。
だが、あの鞭笛が邪魔をして集中できない。
そのとき、わっという歓声があがった。
沙那は剣を滅茶苦茶に剣を振った。
なにかを感じた気がした。そこに剣を動かす……。
小さな手ごたえがあった。
だが、それだけだ……。
急に股間に風を感じた。
「わっ、わっ、わっ──」
沙那は慌てて手で股間を隠した。
下着がなくなっている。
「簡単にはいかないねえ。どうしても身体を攻撃しようと思うと、闘気を発散しちゃうんで、それで位置を当てられてしまうようだね。それに比べれば、ただ裸にしようとするだけなら、闘気は出さなくて済むから、位置を探られないで済むね」
少し距離のある位置から軍鶏猫が苦痛に顔を歪めた声をあげた。
軍鶏猫の右腕は沙那の剣が掠ったらしく、かなりの血が滴っている。
その手の先には、沙那から取りあげた下着が握られていた。
軍鶏猫がその下着を投げ捨て、また鞭を振り回して、奇妙な鞭笛を奏でだした。
*
「好きなように打ってきていいぞ、孫空女」
力獅子は股を開き、両手を腰にあてて仁王立ちになったまま言った。
孫空女は呆気に取られた。
「な、なんだい、お前──? 戦わないつもりかい──?」
孫空女は怒鳴った。
「最初にいくらでも打っていいと言っているのだ。打ってこい。その棒でな」
力獅子が余裕たっぷりに言った。
よくわからないが、打ってこいと言うなら打ってやる。
孫空女は『如意棒』を構えて突進した。
「うりゃああ──」
飛びあがって身体を宙に浮かべると、棒を横振りして力獅子の後頭部に叩きつけた。
下手をすれば即死の一発だ。
殺さないという暗示はかかっているはずなので、孫空女の身体は自然に致命傷だけは避けてくれるとは思うが、それでも『如意棒』はまともに力獅子の頭の後ろに喰い込んだ。
「ははは、痒いな」
だが、力獅子は、衝撃を受けたはずの瞬間に優雅に笑っただけだ。
また、孫空女の『如意棒』は弾力のあるものに当たったかのように跳ね返された。
孫空女は体勢を崩して地面に落ちた。
その孫空女の身体が持ちあげられた。
「うがああっ」
孫空女はもんどりうった。
力獅子が孫空女の身体を両手で掴んで、孫空女の背中を自分の膝に叩きつけたのだ。
全身に痺れたような衝撃が走って息がとまった。
手放してしまった『如意棒』を力獅子が掴んで遠くに放り投げた。
「なんだ、呆気ないのう──」
力獅子が孫空女の右脚を掴んで、宙に振りあげて回しだす。
「うわっ──」
空中でぶるんぶるんと回されて、孫空女は体勢を取ることもできない。
そのまま、地面にまた背中を叩きつけられる。
また上にあげられて地面に身体をぶつけられる。
それを三度、四度と続けられて、孫空女は地面に仰向けになったまま身動きできなくなってしまった。
「もう、終わりか? 好きなだけ打ってきていいのだぞ?」
力獅子が笑いながら、不意に孫空女のかたわらにしゃがみ込んできた。
そして、いきなり、孫空女の胸元を両手で掴んで左右に服を引き千切った。
「な、なにすんだい──」
孫空女はなんとか体勢を取り直して、股を開いている力獅子の股間めがけて拳を叩き込んだ。
だが、また弾力のある跳ね返りが戻ってきただけだ。
「おう、まだまだ元気があるじゃないか。結構、結構──。じゃあ、打ってこい──」
力獅子が笑いながらまた立ちあがって仁王立ちになった。
孫空女は立ちあがったが、すでに脚にきている。
上衣の前側は力獅子に破かれて肌が露出している。
とりあえず、破れて邪魔な胸当てを引き抜いて下に捨てた。
そして、雄叫びをあげて、もう一度、力獅子の睾丸を下から蹴りあげた。
「ぐうっ」
だが声を出したのは孫空女の方だった。
股間を蹴って跳ね返った衝撃が身体に逆に伝わってきたのだ。
また、体勢を崩したところを力獅子に掴まれた。
そして、地面に投げ飛ばされる。
「あがああっ」
叩きつけられたところをまた掴まれて投げられた。
強く地面に身体を叩きつけられては、掴まれて投げられるということを延々と続けられた。
いつの間にか上衣は完全になくなり、剥き出しになった乳房には泥がいっぱいにつくまでになっている。
まったく、歯が立たない。
孫空女は愕然とする気持ちを味わっていた。
まさに、無敵の肉塊だ。
どこをどう攻撃しても、まるで効かない。
そして、少しでも動きを止めれば、掴んで投げられる。
それを繰り返すだけだ。
孫空女も投げられながらも、なんとか、時折反撃するのだが、柔らかい粘土の塊を殴っているような感じで手応えがない。
どんなに力一杯に叩いても、弾力性のある力獅子の身体からの跳ね返りがあるだけだ。
とにかく、孫空女は考えられるあらゆる急所を打ちつけた。
後頭部、首、みぞおち、睾丸──。
どの場所も、力獅子の柔らかい特殊な筋肉に阻まれる。
孫空女は相手の強さに呆然とする思いだった。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
孫空女は肩で息をしながら、少し力獅子から距離を取った。
全身から大量の汗が噴き出ている。
打ちつけられて、全身が痺れ、もう満足に立つことも難しい……。
「じゃあ、そろそろ、下も脱ぐか、孫空女? 今回の試合では、勝った男の闘士は、女闘士を犯せるという規定だからな」
力獅子が一気に孫空女との距離を詰めた。
速い──。
いままでゆっくりとしか動いていなかったから、こんなに素早い動きができるとは思わなかった。
孫空女は意表を突かれてしまった。
気がつくと、首に力獅子の腕が喰い込んでいた。
「がああ──」
孫空女はそのまま首に腕を引っ掛けられて、頭の後ろを地面に叩きつけられた。
「あっ……が……あが……」
しばらく動けなかった。
その孫空女から力獅子が下袴を脱がせてしまった。
「下着はもう少し後の愉しみに残しておくか……。それよりも、愉しみ終わるまで、まだ気絶はしないでくれよ」
力獅子がそう言って、孫空女の身体を掴みあげた。
「あっ──ぐう──」
力獅子は倒れている孫空女の上半身を起こして後ろから抱くように腕を首に巻きつけるとともに、孫空女の両腕を脚の下に置いて固めてしまった。
孫空女はまったく動けなくなった。
しまった……。
力獅子の腕が孫空女の首に喰い込んでいる。
息ができない。
これは完全に首を極められた……。
脱出は不可能だ……。
孫空女は愕然とした。
「心配するな。このまま締め落とすこともできるが、そんな無粋な真似はせん──。ただ、動きをとめるだけだ」
力獅子はそう言うと、笑いながら片手で孫空女の泥だらけの乳房を握りしめた。
「さあ、もみもみしてやろう──。それにしても、柔らかい乳だ」
力獅子が無造作に孫空女も乳房を揉みあげてくる。
しかも、指先で乳首を転がすようにしたり、あるいは擦るようにな仕草もする。
「ぐううっ」
孫空女はあまりの屈辱に、全身に力を込めて力獅子の腕から脱出しようとするのだが、どうしても抜け出すことができない。
それどころか、力獅子は孫空女の暴れ方が強くなると、首を絞めている腕に力を入れて、孫空女を絶息寸前に追い込むのだ。
それで力が抜けて、孫空女はそれ以上抵抗できないでいる。
「そろそろ、下着も脱ぐか──」
力獅子が首から手を離して、孫空女の下着を両手で掴んだ。
首の自由を得た孫空女は必死になって、その隙に力獅子の腕から這い出して脱出した。
だが、当然、捕まれている下着は置いていくことになる。
孫空女はついにサンダルだけの素裸になってしまった。
「さあ、また打たせてやるぞ、孫空女──。鍛えていない場所はほかにもあるぞ。目玉なんてどうだ?」
力獅子が馬鹿にしたように、また仁王立ちになって顔を突き出すような格好をした。
その右手には、たったいま孫空女から脱がせた下着が握られていた。
なぶられている……。
口惜しさが込みあがるが、孫空女はどうすれば力獅子に効果のある打撃を与えられるのか検討もつかなかった。
とにかく、身体を隠そうと両手を前に持ってこようとした。
「ひっ」
次の瞬間、力獅子が信じられない速度で間合いを詰めてきた。
構える暇もなかった。
力獅子の拳が孫空女の無防備な下腹部に突き刺さった。