次の男が素蛾の身体にのしかかった。
やっと眼にかかった精を拭き取ると、その男はすでに下半身を剥き出しにしており、男の股間では大きな肉棒が勃起していた。
両膝を抱えられて腰を引き寄せられる。
すぐに幹が滑り込んできた。
「う、ううっ……」
声が口から洩れた。
そのとき、からからと石が床に落ちる音がした気がした。
「うぐっ」
次の瞬間、素蛾に跨っていた牢番が呻き声をあげた。
そして、股間から怒張が唐突に抜かれて、身体の上にいた男がいなくなった。
「うあっ──」
「あぐっ」
「があっ──」
三人の牢番が苦しそうに首を押さえてひっくり返っている。
とにかく、素蛾は長椅子から転げおりて、牢番たちから逃げた。
立ちあがった。
改めて牢番たちを見ると、隣の石牢の壁を繋ぐ小さな穴から植物の蔓のようなものが三本飛び出している。
その一本一本が三人の牢番の首にかかって締めあげているのだ。
牢番たちは、苦しそうな呻き声をあげながら、両手で首に巻きついた蔓を外そうともがいている。
だが、すでに蔓は首に完全に喰い込んでいるようだ。三人の顔は真っ赤だ。
そして、三人の身体が隣の石牢から延びる蔓によって、その蔓が伸びている小さな穴に引き摺られていった。
三人とも完全に脱力して抵抗をしなくなった。
もう、呻き声さえも消えた。
素蛾ははっとした。
三人のうちのひとりの腰に、鍵束があることに気がついたのだ。
ふと見ると、素蛾の牢の扉はかすかに開いている。
素蛾はいまだに首を絞め続けられている三人をそのままにして、そのうちのひとりから鍵束を奪うと廊下の外に出た。
右は上にあがる階段だ。
幸いにも、まだ、地下牢の騒乱に気がついた様子はない。
素蛾は左に向かい、隣の部屋の前に立った。
鍵を探して扉を開く。
「あっ──」
「お、おお……」
隣の石牢の中には、緑色の肌をした小柄な妖魔と、壁と鎖で繋がった首輪と手枷に装着されている男性がいた。
ふたりとも全裸だった。
「そ、素蛾さんだね……? ご、ごめんよ。すぐに助けようと思ったんだけど、最初の男のときは、その男の身体で壁の穴の出口の部分が塞がれていて、穴の石を押し出すことができなかったんだ」
小柄の緑色の妖魔が言った。
壁越しに話した
その日値は素蛾がいた部屋を繋ぐ小さな壁の窓から三本の蔓を伸ばしている。
どうやら、牢番たちの首を絞めた蔓は、日値が身体から飛ばしたようだ。
道術だ──。
それを穴から隣の部屋に発射して、素蛾を襲った牢番の首を絞めているのだ。
「い、いえ……。た、助かりました……。ありがとうございます……」
素蛾は言った。
しかし、日値はうなづいただけで、意識を壁の向こうに戻した。
いまだに、身体から出した草の蔓で、壁の向こうの牢番の首を絞め続けているようだ。
素蛾はもうひとりの男を見た。
こうなったら、全員でこの場所を脱出するしかない。
さもなくば、死ぬかだ──。
牢番を襲って脱走を企てたとあっては、おそらく、捕らわれ次第に処刑されるだろう。
生きて朱姫や宝玄仙のもとに戻るためには、もはや脱走しかない。
しかし、鎖に繋がれている男を見て、素蛾はぎょっとした。
顔に瘤のような腫瘍が五、六個ついていて、それが顔を酷く変形させている。
腫瘍がついているのは顔だけではない。
同じような腫瘍が全身についているようだ。
「……そ、それは鍵か……?」
男は呻くような声で言った。
声には力がない。
随分と衰弱しているようだ。
腫瘍もだが、全身に惨たらしい傷痕が無数についている。
この男がかなりの拷問を受け続けていたことがわかる。
駆け寄った素蛾は、十個ほどある鍵をひとつずつ男の首輪と手枷の鍵穴に試す。
「お、俺は……い、
「は、はい」
素蛾はうなずいた。
まず、首の枷が外れた。
素蛾はほっとした。
どうやら、この鍵束の中に男の枷を外す鍵はありそうだ。
「ほ、宝玄仙殿に……伝えて欲しい……。か、仇を取って欲しいと……。き、金角様の……」
右手の枷が外れた。
「倚海龍さん──」
日値がこっちにやってきた。
素蛾から鍵束を奪った。
素蛾がやっていたように倚海龍の左手の枷にひとつひとつ鍵をあてていく。
「こっちは俺が……。それよりも倚海龍さんのこの腫瘍をさっきの唾液で治してくれ、素蛾さん──。俺たちは、その腫瘍で霊気を封じられている──。俺の霊気は君の唾液で治ったんだ」
日値が早口で言った。
「そ、そんな……暇はない……。ぼやぼや……していると……、ここに……異変を察した兵がくる……。そうすれば……逃げ場は……ない」
倚海龍が左手を日値に預けたまま低い声でつぶやく。
素蛾も同じことを思った。
枷はともかく、倚海龍の衰弱が激しすぎるのだ。
かなり身体が弱っているようであり、このままでは歩くことも難しそうだ。
左手の枷が音を立てて外れた。
「倚海龍さん、肩に──」
日値が倚海龍を肩を貸して立たせようとした。
倚海龍も踏ん張ったような態勢をしたが、日値は小柄で素蛾よりも身体が小さいくらいだ。
数歩も歩かないうちに倒れてしまった。
「だ、駄目だ……。お、お前たちだけで……いけ……。ひ、日値……お前の術で……、隣の……明かり取りの窓から……地上に……出ろ……。そして、城の外に……。そ、そして、なんとか逃げ延びるのだ……」
「そ、そんな、倚海龍さん──」
倚海龍と一緒に倒れ込んだ日値は、倚海龍の言葉に途方に暮れた表情になった。
「どいてください、日値さん──。倚海龍さん、身体を小さくして顔を上に──」
素蛾は短く言った。
日値が戸惑いながらも倚海龍から離れると、素蛾は巣股を大きく足を開いて、倚海龍の顔が真下になるように跨いだ。
「な、なん……だ……?」
倚海龍がびっくりしている。
素蛾は構わず倚海龍の顔めがけて放尿した。
「うわっ?」
「な、なに?」
倚海龍も日値も声をあげた。
「わたくしのおしっこを身体に塗ってください──。唾液と同じ効果があります」
素蛾は倚海龍の顔に尿をかけながら言った。
倚海龍と日値が凍りついたようにとまったのは一瞬だけだ。
すぐに内容を理解した日値が倚海龍の全身に素蛾の尿を塗り伸ばす。
すでに、顔の腫瘍は消滅している。
素蛾は股をずらして、胸のあたりに素蛾の尿が落ちるようにした。
そして、尿が終わった。
素蛾と協力して倚海龍の全身に尿を塗る。
「……ふ、ふふ……。女に小便をかけられたのは初めてだな……。随分と便利な尿だ……」
倚海龍が立ちあがりながら笑った。
顔に生気が戻っている。
完全ではなさそうだが、衰弱からかなりの回復を示している。
「だ、大丈夫ですか、倚海龍さん──?」
日値が声をあげた。
「な、なんとかな……。そ、素蛾殿のおかげで霊気もあがったきた。さすがに、ずっと拘束されていたから脚はふらつくが、なんとかいけそうだ……。行こう──」
三人で石牢にあった小さな燭台を持って外に一度出た。
まずは、隣の石牢に入る。
素蛾が犯された長椅子のところで三人の牢番は死んでいた。
首には日値の草の蔓が食い込んでいた痕があった。
「ふ、服を剥がせ、日値……」
倚海龍が持ってきた燭台を床に置き、ひとりから軍服を脱がせ始めた。
日値と素蛾も同じようにしたが、日値は身体が小さいために、素裸に軍服の上着だけを身に着けている。
素蛾も同じようにした。身に着けた上衣は素蛾の腿の半分くらいまでを隠す感じだ。
ただ素足に靴だけは身に着けた。
靴が少し大きかったが、それは紐で縛ることで大丈夫だった。
日値は靴そのものを履く必要がなさそうな感じだ。
「ひ、日値、あそこにお前の術で草の蔓の縄梯子をつけろ……。ふたりで、そこから逃げるんだ……。お、お前たちの身体なら、あの小窓は通れるはずだ──。あそこが地上だ。そこから城壁に走れ……。日値は、この城には何度も出入りしていたから詳しいはずだ。通用門も見つけられるな?」
「そ、それはもちろん……。で、でも、倚海龍さんは?」
「俺はあの窓では無理だ。牢番の詰所を突破するしかない……。お前たちが逃げたのを確かめてから、詰所に飛び込む……」
倚海龍は死んでいる牢番の腰から剣を取りあげた。
「で、でも、その身体では……?」
日値が不安そうに言った。
その日値の肩を倚海龍が強く掴んだ。
「い、いいか? お前たちは、俺に構わず逃げろ……。俺は俺で逃げる……。裏に川があったはずだ──。そこで舟を探して川を北に下れ。そのまま、北上しろ……。元の金角領まで逃げ込めば、
「そ、そんな、倚海龍さんを置いていくわけには……」
「違う……。これは最悪の場合だ……。俺が合流できない場合はそうしろと言っているのだ……。そ、素蛾殿を必ず生きて返すのだ……。こ、これは、俺たちの役目だ……」
そして、倚海龍は素蛾に視線を向けた。
「……あ、あなたに感謝する……。あなたは天の助けだった……。必ず、俺たちのどちらかが宝玄仙殿のところに送り届ける……」
「は、はい」
素蛾はそう答えるしかなかった。
日値が天井に近い明かり取りの窓を見あげた。
すでに陽射しはない。
夜がやってきたのだ。
「草縛り──」
日値が叫んだ。
日値の身体からたくさんの草蔓が出て壁を伝って上昇していく。
やがて、その草蔓が縄梯子のかたちになった。
「じゃあ、俺が先に行きます、素蛾さん」
日値が蔓を身体から切断した。
その蔓の縄梯子を昇って行く。
上まで行き、用心深く外を確かめてから窓の外に出ていく。
すぐに腕が外から伸びて手招きされた。
「では……」
素蛾は倚海龍に頭をさげてから蔓の縄梯子をのぼった。
上側に辿り着いた。
外はもう夜だ。外から射しこむ光はない。
明かり取りの窓を潜り抜けるときもう一度下を見た。
倚海龍は上をじっと見あげたままだ。
ぎりぎりだったが、なんとか小窓から素蛾は外に出た。
そこは、地下牢に入れられるときに入った建物の入口の裏であり、亜人城の中庭だ。
人影はない。
「走れますか……?」
日値は言ったが、それは質問ではない。
すぐに、日値が駆け出した。
素蛾も駆けた。
石壁があり、そこに通用門があった。
日値は用心深くそこに取りついた。そこはすぐに開いた。
「いまのが内壁部で、この向こうが外壁です。そこをおりれば、城の外になります」
日値は小声で素早く言った。
この向こうと言われても、素蛾の眼にはもうなにも見えない。
ただ、まだこの先も石作りの壁や建物が続いているのがわかるだけだ。
「手を……」
日値が手を伸ばした。素蛾はその手をぎゅっと握った。
また、日値が駆け出した。
走る──。
ただ、走る──。
火が見えた。
素蛾ははっとした。
篝火だ──。
そこに衛兵がいた。
日値が素蛾をとめた。
ふたりで横の壁に張りつくようにした。
巡回の兵も来た。
ふと見ると、篝火のところに石壁がある。
あれが外壁なのだろうか。
城壁まではもう距離もない。
巡回の兵と篝火で立っている兵が掛け合う声も聞こえるほどだ。
しばらく無言のまま待つと、巡回の兵が完全に遠くになった。
「行きます……」
日値が走った。
素蛾も追う──。
篝火の兵が気がついたが、日値が手を伸ばすような仕草をした瞬間、兵の地面から草が伸びて兵を包んだ。
「んんっ」
その横をすぎた。
兵は草に絡まれて地面に倒されていて、顔全体にも草が覆って声も出せないようになっている。
日値が素早く篝火を倒して土をかけた。
周辺が一瞬にして暗闇に包まれた。
「城壁に立って──」
日値が短く言った。
素蛾は城壁のぎりぎりのところに立った。
暗闇だが、壁は高く、かなり下に地面があるのがわかる。
素蛾の身体に蔓が巻きついた。
「飛んで──」
素蛾は城壁の真下に跳躍した。
身体に巻きついた蔓が縄のようになって突っ張り、そして、ゆっくりとおり始めた。
しばらくすると地面に足が着いた。
草蔓が身体から離れる。
少しして、日値も蔓でおりてきた。
「こっちです」
また日値が手を握ってくれて、小道のようなところを駆けた。
少し行くと、城から鉦が激しく打たれ始めた。
日値は一度立ち止まって振り返ったが、すぐに再び走りだした。
素蛾も後ろに注意を払ったが、追手がこっちにかかる気配はしていない。
ただ、鉦だけが鳴り響いている。
やがて、川が見えた。
ここまで誰にも会わなかった。
「ここで、待ってて──」
日値が川に飛び込んだ。
すぐに日値の姿も水の中を歩く音もしなくなった。
素蛾は川の前でじっと立っていた。
日値が戻るまでの時間は長かった。
だが、実際にはすぐだったのかもしれない。
やがて、川をなにかが動く気配がした。
小舟だ。
日値が棹を操って、こっちに舟を寄せようとしている。
素蛾は川に踏み込んでいき、舟に乗り込んだ。
「舟底に身体を伏せて──」
日値の言葉に従い、舟底に這うように身体を沈めた。
「ところで、倚海龍さんは……?」
素蛾はささやいた。
日値が舟を
「わかりません……。ただ、城の外に出て川を進むためには、ここに来るしかありません。倚海龍さんもこの場所は知っています。倚海龍さんが合流するとすれば、ここしかありません。だから、ここで待つしかないです。でも、これ以上は待てないと俺が判断したら行きます。この川を少し進めば、大きな川にぶつかります。そこまで行けば、まず大丈夫と思います。問題は、そこまで辿り着けるかです」
日値は静かに言った。
鉦の音はまだ続いている。
しかし、こっちに軍がやってくる気配がないということは、鐘の音が鳴っているのは、倚海龍を追っているのだろうか?
地上に出る明かり取りの小窓からこっそりを脱出した素蛾と日値とは異なり、倚海龍は牢番の詰所を襲撃したのだ。
当然、衛兵に追われながら強引に突破するしかなかったはずだ。
素蛾と日値は、無言のまま、ただじっと待っていた。
かなりの時間が経った気がする──。
「お、おい──」
そのとき、城側ではなく不意に川沿いから生い茂る葦のあいだから衛兵がやってきた。
「きゃあああ」
素蛾は悲鳴をあげてしまった。