759 魔域との境界地
『移動術』で跳躍した先は、広大な原野のような場所が続くだけの場所だった。
ここは、数万の軍勢が皇帝の前で演習を披露できるように、これだけの広大な地積が確保されているらしい。
見渡す限りの地平線まで一切の民有地もなく、すべてが帝国軍の管理地なのだそうだ。
今日については、その軍もすべて排除され、この広大な場所の中心部において、西方帝国側と
「ほれ、歩きな」
黄獅姫は両手首を背中側で道術封じの手枷で拘束されていたが、その背中をどんと宝玄仙に押された。
「あっ、あっ……」
しかし、黄獅姫は数歩歩いただけで、その場で腰を折ってしまった。
しかも、そのまま、脚を動かすこともできずに立ちすくんだ。
股間に装着された金具が黄獅姫の陰核を強く刺激して、強い疼きを走らせたのだ。
「そんなへっぴり腰じゃ困ったねえ。約束の場所は、少し先なんだよ。しっかり歩いてもらわないと困るねえ、黄獅姫」
宝玄仙が笑った。
黄獅姫は恨めしく宝玄仙を見た。
約束の場所というのがここからどれくらい先なのか知らないが、『移動術』で跳躍したのだから、最初からその場所に向かうことも可能だったはずだ。
だが、わざわざ、離れた場所に跳躍し、その場所まで黄獅姫を歩かせようというのは、宝玄仙の意地悪に違いない。
この宝玄仙という人間族の魔女に捕えられて六日程だと思うが、この女の意地の悪さは、すっかりと骨身に染みてしまった。
黄獅姫が身に着けているのは、首のところで紐で閉じるようになっている袋状の筒のような外套だ。
外套とはいっても、ただの大きな布であり、それを裸体に被せられている。
丈は腿の半分くらいまでであり袖はない。
そして、その下は完全な素裸だ。
しかも、その黄獅姫に、宝玄仙は意地の悪い淫具を装着させたのだ。
すなわち、黄獅姫は裸の股間に、陰核の根元を細い指輪のような金属の輪で締めつけさせらている。
その輪には三本の細い鎖が繋がっていて、そのうちの二本が腰に回り、一本は股をくぐって腰の後ろで三本がひとまとめにまとめられている。
もちろん、動いても被せた輪がずれることがないように、しっかりと鎖の長さも調整された。
宝玄仙に言わせれば、どんなじゃじゃ馬も大人しくする調教具だということだ。
実際、これを装着されてしまうと、ただ立っているだけで甘痒い疼きが襲い続けて、股間にいたたまれない淫情が沸き起こる。
ましてや、歩くなどとんでもない。
少しでも動けば、悶絶するような疼きが発生して、官能の芯をえぐるような甘美感が襲いかかる。
黄獅姫は膝をがくりと曲げたまま動くことができなくて、喘ぐような息をしながら立ったままでいた。
「なにやってんだい──。さっさと歩かないかい、黄獅姫──。お前の愛しい九霊聖女がお待ちかねじゃないのかい? しっかりと腰を振って歩きな。そうすれば、お前と再会した九霊聖女は、すぐにお前を可愛がってくれるさ」
「で、でも、この股間の輪っかだけは外してくれませんか……。まともに歩けないですよ、宝玄仙様」
「知らないねえ。まあ、その様子じゃあ、随分とその淫具を愉しんでいるようじゃないかい。人質交換の場所まで、たっぷりと愉しみながら歩くといいよ」
宝玄仙がせせら笑った。
黄獅姫は歯噛みしながら、ふらつく脚を懸命に前に出した。
「ねえ、ご主人様、悪ふざけもほどほどにしないと……。約束の刻限は陽が中天になったときですから、そろそろですよ」
沙那が言った。
彼女は宝玄仙の供であり、闘技会のときには、孫空女とともに闘士として参加したくらいの武芸の持ち主だ。
ほかにこの宝玄仙には、孫空女と朱姫という供もいるはずだが、黄獅姫が捕らわれてしばらく経った頃から、ほとんど見かけなくなった。
いまも、この場にいるのは、宝玄仙と沙那だけだ。
朱姫には今朝久しぶりに会ったが、孫空女の姿はずっと見ていない。
もっとも、この数日間の黄獅姫の記憶は混沌としていて、孫空女と朱姫が現れなくなったのがいつ頃なのかを判断することができなくなっていた。
おそらく、黄獅姫は、訊問をされて考えられる限りの情報を引き出さされたのだと思うのだが、『縛心術』により、なにを喋ったのかという記憶を消されてしまったのだ。
黄獅姫に対する訊問の大部分は、『縛心術』で行われた。
あの朱姫は『縛心術』の達人であり、その朱姫を前にして、なにかを隠すことは不可能だった。
かすかに残る記憶の中には、朱姫にかけられた縛心状態の黄獅姫に、沙那が長時間にわたって質問を続けたときの光景がしっかり残っている。
だが、最後になにを喋ったのかということを『縛心術』で忘れさせられてしまい、いまでも覚えてないのだ。
また、『縛心術』でなにもかも喋らされたとき、あの朱姫が黄獅姫には、『縛心術』では引き出せない情報があると、ほかの者に話していたのを覚えている。
すると、それから、宝玄仙自らから情報を引き出すための拷問を受けた。
それが拷問だったのか、それとも宝玄仙の嗜虐趣味を満足させるための遊びだったのかは、いまでもわからない。
まあ、おそらく、その両方なのだろう。
だが、黄獅姫はなにも喋らなかったと思う。
少なくとも喋ったという記憶はない。
しかし、今朝になり、またもあの宝玄仙から淫靡な性的拷問を受けるのかと、げんなりしていると、今日は宝玄仙のもうひとりの供の素蛾という童女と、黄獅姫の身柄を交換することになっていると言われたのだ。
そして、その準備として股間におかしな淫具を装着させられたというわけだ。
この数日間の訊問についての記憶の消されたのもこのときだ。
「まあ、多少遅れても問題ないよ。亜人の連中は待たせておけばいいさ──。まあ、だけど、このままじゃあ、いつ辿り着くかわかったもんじゃないのは確かだね……。なら、曳き紐をつけるか」
宝玄仙が笑って、『取り寄せ術』の道術でなにかを手のひらに出現させた。
それは金属の輪っかだった。
はっとした。
それがなにかわかったからだ。
宝玄仙からの拷問で幾度となく、これで辱められたのだ。
これは「鼻輪」だ。
しかも、鼻輪には、それを引っ張るための鎖も装着している。
「ひいっ」
黄獅姫はそれが自分の鼻に近づけられて悲鳴をあげた。
黄獅姫の鼻の穴には、宝玄仙が拷問のために開けた穴が左右の穴を隔てる場所にあるのだ。
「大人しくしないかい──。それにしても、お前のこの格好を見れば、あの九霊聖女は怒り狂うかもしれないねえ」
だが、抵抗することもできず、黄獅姫はその鼻輪を装着されてしまった。
「そら、歩くよ──」
宝玄仙が鼻輪に繋がった鎖をぐいと引っ張った。
「ひぎいい──あ、歩く──歩きますから、引っ張らないでください──」
黄獅姫は絶叫した。
「だったら一生懸命に歩きな。どうせ、あいつらも素蛾のことを酷い目に遭わせているに違いないんだ。だから、お前も同じような仕打ちを受けな──。それにしても、その鼻水垂らした惨めな顔はいいねえ──」
宝玄仙が笑って、大股で歩き出した。
黄獅姫は悲鳴をあげながら、一歩進むごとに下腹部をきゅっと締めあげられる疼きに耐えて脚を進めるしかなかった。
後ろで沙那が大きな嘆息をするのが聞こえた。
「お、お願いです──。も、もっと、ゆっくり──」
だが、黄獅姫はすぐに我慢できなくなり、容赦なく鼻輪を曳き続ける宝玄仙に吠えるように訴えた。
ほんの少し歩くだけで、溜まらない疼きが走り、もう黄獅姫の股間は樹液でびっしょりになっていた。
一歩踏み出してはよろけ、それを鼻輪で引っ張られ、また歩き、そしてよろける……。
それの繰り返しだ。
だが、黄獅姫の言葉に宝玄仙は、意地悪くさらに足を速めた。
黄獅姫は泣き叫んだ。
*
「遅い……」
九霊聖女は苛々していた。
人質交換の場所と定められた地点に、黄獅姫を連れてくることになっているらしい宝玄仙がいまだにやってこないのだ。
ここは、約束の場所である人間族の帝都郊外の軍の演習場だ。
約束の時間は、陽が中天に差し掛かったときということだったから、それはもうすぎている。
だが、いまのところ、こちら側と距離を開いて展開している人間族の一個隊の中に、黄獅や黄獅姫を連れてくるはずの宝玄仙の姿は見えない。
素蛾の身柄と黄獅姫の身柄の交換の手順は次のような感じだ。
まず、この広大な演習場のど真ん中に、交換する人質の身柄をお互いに連れてくる。
それを連行してくるのは、亜人側、人間側ともそれぞれ三十人程度の一個隊と限られた。
だから、九霊聖女側は
もっとも、いまの九霊聖女は、人質交換の対象である素蛾に変身している。
黄獅姫との身柄交換の申し出があった素蛾は、残念ながら逃亡してしまった。
素蛾の姿を記憶していて、その素蛾に記憶だけで変身できる能力を持っているのが九霊聖女しかいなかったからだ。
また、素蛾になっている九霊聖女の横には
大角は
もうひとりの調整役である軍鶏猫は、こちらとは二十間(約二百メートル)の距離を挟んで展開している西方帝国の一個隊の中におり、ここからその姿を確認することができる。
向こう側の一個隊を指揮しているのは、
しかし、その劉旺から、まだ黄獅姫と宝玄仙が到着していないので、待ってくれと伝言があったのだ。
それから、いまだに変化がない。
「お、落ち着いてください、九霊聖女様……。もう一度、向こうに状況を確認してきますから……」
その大角が困惑した口調で言った。
「本当に話はついておるのであろうな、大角──? 一体全体、どうなっておるのだ──?」
九霊聖女はかっとして、素蛾の姿のまま、拘束された前手錠付きの手で大角の睾丸を下袴の上から鷲づかみした。
「ひいっ、ひっ、おっ、や、やめて……。やめてください……ひいっ」
すると、大角がまた女のような悲鳴をあげた。
それが面白くて、九霊聖女はさらにぐりぐりと捏ねてやった。
大角が赤い顔をして身体をくねらせ始める。
このところ、九霊聖女はこうやって大角をからかうのが病みつきになりかけていた。
よくわからないが、この大角は、九霊聖女が睾丸を揉む悪戯をすると、顔を真っ赤にして、女のように身体をくねらせるのだ。
それが面白くて、なにかを理由をつけて、こうやってからかうことを繰り返していた。
「く、九霊霊女様、見られます──」
寓天が驚いたように声をあげた。
「そうだったな……」
九霊聖女は慌てて手を離した。
いま素蛾の姿に変身していたのだ。
一瞬、忘れていた。
そのとき、向こう側の人間族の隊が動き出した。
九霊聖女はそちらに目をやった。
中心部が左右に割れ始めている。
そこに宝玄仙の姿がちらりと見えた。
どうやら、やっと到着したようだ。
「き、来ました……。来ましたよ、九霊聖女様」
大角がほっとしたように言った。
「わかっておるわ……」
九霊聖女は吐き捨てた。
しかし、次の瞬間、思わず悲鳴をあげそうになった。
宝玄仙の後ろから袋状の外套を被せられて、袋から顔だけ出したような黄獅姫が現れたのだが、なんと宝玄仙は黄獅姫に鼻輪をつけ、それを鎖で引っ張ってやってきたのだ。
しかも、その黄獅姫の様子がおかしい。
ここからではよく判別できないが、ほんの少し歩くだけでもよろけるような感じだし、しかも顔にはたっぷりと汗を掻いている。
異常に不自然だ……。
「お、黄獅……」
思わず叫びそうになり、九霊聖女は自重した。
そして、もう少しの我慢だと自分に言いきかせた。
「待たせたねえ、お前ら──。この黄獅姫が愚図で歩くのが遅いもんだからね──。いまから、そっちに黄獅姫を歩かせる──。お前たちも、素蛾をこっちに向かわせな」
向こう側から、宝玄仙が怒鳴った。
そして、黄獅姫の鼻輪に繋がっている鎖から手を離して、黄獅姫の首に手を伸ばした。
「きゃああああ──」
黄獅姫が悲鳴をあげた。
九霊聖女もびっくりした。
黄獅姫の身体を覆っていた袋のような外套の首の部分の紐が緩められて、ばさりと黄獅姫の足首に落ちたのだが、外套を外された黄獅姫は完全に素っ裸だったのだ。
黄獅姫はその場にしゃがみ込んでしまった。
向こう側の隊から大きなざわめきが起きている。
「な、なんてことをするのだ──。人質交換の身柄を辱めるとは約束違反だぞ──」
九霊聖女の代わりに、寓天が怒鳴った。
一応、こちら側の人質交換の代表者は、寓天ということになっている。
向こうは宝玄仙だ。
「そんな、取り決めはないね──」
宝玄仙が向こうで笑うのが聞こえた。
そして、向こうにいる軍鶏猫になにかをささやいた。
軍鶏猫が素裸になってしまった黄獅姫の鼻輪に繋がっている鎖を拾った。
そして、いきなり力強く引っ張った。
「ひぎいい──」
黄獅姫が向こう側で絶叫した。
そして、悲痛な表情をしたまま、引き摺られて歩き出してきた。
「な、なにをするか──? もう、やめよ──」
寓天が怒鳴った。
「そっちも、遠慮なく素蛾を辱めな。遠慮はいらないよ──。素蛾はわたしの性奴隷だ。そういうことも修行のうちさ──」
反対側で宝玄仙が大きな声で叫び返した。
そのあいだにも、黄獅姫は腰を引いて苦しそうに悶えながら歩いてくる。
やっと九霊聖女は、黄獅姫の股間に細い鎖のようなものが食い込んでいるのがわかった。
やはり、股間に淫靡な仕掛けをされているようだ。
九霊聖女は腹が煮え返った。
「……く、九霊聖女様……。こちら側も進まないと……」
大角がささやいた。
「わ、わかっておる」
九霊聖女は言った。
同時にお互いから歩き出すのが約束だ。
向こうの黄獅姫の身柄は軍鶏猫が連れて来て、こちら側は大角が一緒に進む。
そして、お互いの隊の中央で入れ替わり、そのまま歩くのだ。
「も、もう、我慢ならん──。寓天、わたしと黄獅姫が中央で接触したら、仕掛けよ──」
九霊聖女は言った。
実は約束違反だが、この場所に『移動術』で三千人の亜人軍を出現させる準備を整えている。
それはすでに待機していて、九霊聖女が道術を発動すれば、向こう側の一帯を完全包囲するように展開するのだ。
同時に宝玄仙の道術を封じる逆結界もかける一団も包囲態勢を整えていて、亜人軍の出現とともに、宝玄仙の道術を封じ込められる。
九霊聖女は、この場で宝玄仙と捕えてしまうつもりだ。
牛魔王は、金角軍を破ったいま、息子を殺された復讐のために血眼になって宝玄仙の行方を追っていた。
九霊聖女が宝玄仙の身柄を確保して、牛魔王にそれを差し出せば、牛魔王に恩を売ることができ、九霊聖女が支配している一帯の安全は確保できる。
それに比べれば、人間族にも道術師隊はあるものの、大軍をまとめて出現できるような道術は向こうには存在しない。
だから、同じことを人間側が仕掛けることはあり得ない。
「わかりました……」
寓天が静かに言った。
「行くぞ、大角──。わたしを連行していけ」
「はい」
大角が歩き出した。
素蛾の姿の九霊聖女もそれに続く。
九霊聖女はただ前手錠を装着しているだけだ。
ほかに拘束もないし、破廉恥な仕掛けもない。
もしも、この場に素蛾がいれば、黄獅姫以上の辱めを必ずしてやるのにと思うが、それができないのが口惜しい。
しばらく歩いた。
憐れな姿で歩いてくる黄獅姫の姿がすぐ近くになった。
股間に鎖が食い込んでいる。
しかも、その股間には一本の陰毛もない。
それは、数日前に、嫌がらせとして宝玄仙から送られてきていた。
そのときの怒りが蘇った。
もうこれ以上耐えられない。
九霊聖女は道術で自分の手首に嵌まっている手錠を外して落下させた。
そして、変身を解きながら、脱兎の如く黄獅姫に向かって駆けた。
同時に、広域道術を解放して三千の亜人軍を呼び込む。
「黄獅──」
「く、九霊聖女様──」
黄獅姫が目を見開いて歓喜の悲鳴をあげた。
九霊聖女は、黄獅姫を引っ張っていた軍鶏猫を突き飛ばして、鼻輪に繋いだ鎖から手を離させ、後手に拘束されている黄獅姫をがっしりと抱きしめる
「ああ、九霊聖女様──」
黄獅姫はむせび泣きを始めた。
「も、申し訳ありません──。申し訳──。『縛心術』でなにもかも喋らされました……。で、でも、覚えていないんです……。ほ、本当に申し訳ありません……」
黄獅姫が号泣し始めた。
九霊聖女はその頭を軽く撫ぜた。
「まあいいさ……。それは覚悟していたからね。でも、罰はしっかりと与えるよ……。寝台でね……。今夜は寝かさないよ……。覚悟をおし」
九霊聖女がそうささやくと、黄獅姫が恥ずかしそうに俯いた。
「ところで例のものは無事だね……?」
九霊聖女は黄獅姫の腹に軽く触れた。
黄獅姫の腹には、南山大王を隠している水晶玉の存在をしっかりと感じた。
九霊聖女はほっとした。
大丈夫だ……。
確かに黄獅姫の身体の中に水晶玉は存在している……。
黄獅姫には、『縛心術』の対策として、縛心状態になると封印した南山大王の隠し場所のことを記憶から消滅させる道術をかけいていた。
だから、いくら『縛心術』をかけても、その情報は黄獅姫からは取れなかったはずだ。
実は、九霊聖女は、南山大王を封印した球体を黄獅姫の体内に隠している。
ほとんどの者には知られていないが、黄獅姫には自分の身体に物を埋め込むことができる能力があり、九霊聖女がそれを利用したのだ。
連環城を乗っ取るために、南山大王を眠らせて小さな水晶玉に封印した九霊聖女が苦心したのは、その隠し場所だ。
もしも、連環城のどこかに隠した場合は、いまだに残っている南山大王派の部下に、それを取り戻されて、封印を解放させられる恐れがあった。
いまでも、表向きには九霊聖女を女魔王として認めながらも、実際には、まだ南山大王を信奉している家臣や武将は大勢いる。
なにしろ、大部分の家臣たちは、まだ南山大王に対する忠誠を誓う道術を受け入れたままなのだ。
南山大王を殺して、家臣たちにかかっている南山大王の支配術を無効にし、そのうえで改めて、九霊聖女への忠誠を保証する道術契約などを結べばそんな心配は不要だったのだが、九霊聖女には伯父である南山大王を殺すことができなかった。
だから、封印をして、その身柄を隠すということで終わったのだ。
そして、その隠し場所として黄獅姫の体内を選んだ。
隠し場所としては意表をついており、それを余人が想像することは不可能だからだ。
黄獅姫がそんなことができるというのは、黄獅姫のほかには、九霊聖女くらいしか知らない事実だ。
「例のもの?」
だが、黄獅姫はきょとんとしている。
まったく、ぴんと来ていないようだ。
そのとき、九霊聖女は、黄獅姫に『縛心術』がかけられているのがわかった。
それで記憶を呼び起こせないのだと納得した。
そういえば、さっき、覚えていないということを黄獅姫が喋った。
南山大王を封印している球体のことを忘れているのもそのためだろう。
いずれにしても、水晶玉が存在することは確かめられる。
外に取り出さずに、南山大王が水晶玉に封印されたままであることを確かめる方法はないが、まあ、大丈夫だろう。
「おい、九霊聖女──」
そのとき、人間族の一個隊の中にいる宝玄仙から声があがった。
「これはどういうことだい? 素蛾はどうしたんだい? それに、ここに連れてきていいのは、五十名の一隊のみのはずじゃないかい──。いきなり、出現した大軍はどういうことだい──?」
宝玄仙が叫んだ。
九霊聖女は黄獅姫を抱いたまま顔をあげた。
いまや、九霊聖女と黄獅姫、そして、人間族と亜人側の一個隊の周り、完全に武装した九霊聖女の軍が包囲している。
しかも、その軍に要所に逆結界をかけるための要員が展開していて、宝玄仙の道術を封じることにも成功していた。
「なんとでも言いな──。卑怯だと思えば、せいぜい罵るがいいよ──。お前はこの瞬間に、わたしらの捕虜だよ──。黄獅姫さえ取り戻せれば、後は約束を守る義理もないしね──」
九霊聖女は叫び返した。
だが、意外にも宝玄仙が笑い出した。
「……そういうことかい──。だったら、遠慮なく、こっちも奥の手を出せるね──」
その宝玄仙がさっと手をあげた。
すると、この一帯を包囲している亜人軍からひとりの巨漢がすっと出現した。
「お、伯父上──。なぜ、ここに──?」
九霊聖女は驚愕して絶叫した。
そこにいたのは、まぎれもなく南山大王の姿だったのだ。