761 卑怯者の城
数箇月前まで、ここは金角宮と呼ばれ、金角の居城だった。
いまは、その支配は、金角の部下だった
だから、名も巴山宮とした。
だが、いまだに、この宮廷以外の場所では「金角宮」と呼ばれていることは知っている。
それだけ、この領域において、金角という女魔王の存在が大きかったからだといえる。
それはとにかく、その巴山宮が慌ただしいのは、もうすぐここに
魔域の覇者と称される雷音大王の第一の部下であり、自身も魔域最強の魔王のひとり──。
魔域最強軍団とされる牛魔王軍団の支配者──。
凶暴にして、暗黒の鉄槌──。
その牛魔王がやって来る。
牛魔王がこの宮殿を訪れるのは、巴山虎が金角の支配域を継ぐことになって初めてのことになる。
巴山虎は、具足姿のまま玉座の隣に設けられている椅子に座った。
豪華さや壮麗さでは玉座には負けるが、それに匹敵するものとして巴山虎が作らせたものだ。
玉座の反対側にもうひとつ同じものがある。
ただ、やや巴山虎が座っているものよりも大きいし、装飾も豪華だ。
無論、真ん中の玉座に比べうるものではないが……。
巴山虎の部下たちについては、すでに広間に入っていて左右に並んで立っていた。
右側は文官で左側が武官だ。
武官については、巴山虎と同じように具足姿である。
なにしろ、まだ戦争状態なのだ。
金角の支配域を受け継いだ巴山虎の支配を認めない、
あの残党たちを捕えて、ふたりの首級をあげること──。
それが終わらない限りは、臨戦態勢は終わらない──。
それを認識させるためのあえての軍装だ。
かねてから巴山虎は、部下たちに繰り返し言ってきているのだが、いまのところ、成果はあがっていない。
伶俐虫と精細鬼の率いる残党は、それぞれ一千ほどにしかすぎないのに、神出鬼没であり、いまだに潜伏場所を捕捉することはできない。
おそらく、一箇所にとどまらずに、あちこちを転々としながら襲撃を繰り返しているのだろうと思うが、巴山虎が討伐軍を編成させて撃滅に向かわせると、まるで溶けるように残党軍が消滅して、また、予期せぬ場所に現れてこちらに被害を与える。
それが三箇月以上も続いている。
さらに、いまだに心服しない領域内の部族長──。
そして、南で始まりそうな新たな脅威……。
巴山虎の周囲はまだまだ多くの不安定さで満ちている。
目の前の空間が揺れ出した。
巴山虎は立ちあがった。
そこに『移動術』で牛魔王が現れた。
十人ほどの親衛隊と一緒だ。
親衛隊といっても、その十人は単なる兵ではない。
そのひとりが一千の亜人兵の軍に匹敵すると称されている豪傑だ。
それが十人いる。
また、牛魔王は十人の親衛隊のほかに、ふたりの男を連れていた。
巴山虎は、そのふたりを知らなかった。
だが、具足を身に着けており武官だとわかる。
「牛魔王様……。我が宮殿への来訪、まことに極恐悦至極に存じます……。牛魔王様に置かれては……」
「巴山虎、俺が与えてやった魔王の居心地はどうだ?」
牛魔王が豪快に笑いながら、巴山虎の挨拶を遮った。
顔の横からせりあがっている二本の大きな角がある。
相変わらずの威圧感だ。
その牛魔王は、全身を真っ黒い具足と身に着けた黒いマントを引き摺るようにして、頭を下げる巴山虎の横を過ぎて玉座の方向に向かって歩き出した。
十人の親衛隊が、巴山虎の部下たちを無視して、部屋全体に散らばる。
また、ふたりいた武官の二名は、居並ぶ巴山虎の部下の一番後ろに移動していった。
牛魔王は大股で中央の椅子に歩いていたが、空いている玉座とその両側の椅子を一瞥して、手前で立ち止まった。
「なんだ、これは? お前のところには玉座が三個あるのか?」
牛魔王が含み笑いをして振り返った。
「中央の玉座は雷音大魔王様のもの……。右の副座は牛魔王様……。俺は左を使います……」
巴山虎は言った。
だが、その巴山虎の言葉を牛魔王は一笑した。
「雷音様や俺の存在を新魔王のお前の権威を高めるのに利用するのか? 新参の魔王も苦労するのう──。主人の金角を裏切ってまでして、折角掴んだ魔王の地位だ。慰撫や奸智などと小賢しいことを考えずに、逆らう者は殲滅してしまえ──。それで、お前に逆らう者はいなくなり、この旧金角域はお前に心服する者ばかりになるわ」
牛魔王が小馬鹿にしたような口調で言った。
部下たちの前で裏切者と呼ばれたかたちになった巴山虎も鼻白んだ。
だが、牛魔王に悪意がないことはわかっている。牛魔王の性根は単純であり、嫌味や皮肉を吐く男ではない。
牛魔王は、巴山虎の表情を気にする様子もなく、大人しく右の副座に腰をおろした。巴山虎も左の副座に座る。
「巴山虎、南で南山大王が復活したのは知っているな?」
牛魔王はすぐに本題に入った。
「はい」
知っている。
だが、それを知ったのは昨日のことだ。
南山大王は、従来から金角と銀角の後継人を自称しており、長く続いた牛魔王と金角の争いのときも、一貫して金角軍を支援してきた。金角が戦いに敗れて死んだということになったときには、弔い合戦の旗を揚げようと檄を飛ばした。
だが、それに反対する部下であり、姪でもある副魔王の
そして、九霊聖女は牛魔王の力を恐れており、牛魔王に恭順の意を示した。
つまり、金角の地位を継ぐことになった巴山虎と九霊聖女は、同じ牛魔王の傘下に位置する同盟関係ということだ。
魔域戦争と称される一連の戦闘のあいだ、牛魔王軍と戦い続けた軍に属していたというのも同じだ。
お互いに牛魔王の傘下の魔王としては新参者であり、立場もよく似ていた。
それが覆った。
南山大王は、九霊聖女の封印から脱して、すでに九霊聖女は囚われの身だという。
どのようにして封印を脱したかのかは、まだわからない。
ともかく、それが事実とすれば、巴山虎は、精細鬼と伶俐虫に集まっている金角の残党という内憂に加えて、南に南山大王という外患を得ることにもなったのだ。
俄かには信じられないことであり、いま手の者を派遣して、事実関係を確かめさせているところだ。
そこにやってきたのが、牛魔王が巴山宮を訪れるという報せだった。
「九霊聖女は南山に力を奪われて監禁されたそうだ。俺の支配にあった魔域の南域一帯が一夜にして、俺の敵になったということだ。おそらく、南山は兵をあげるだろう。あるいは、再び魔域を巻き込む大きな戦争になるかもしれん……。南山は金角を殺したことになっている俺を殺したいはずだしな──。だが、その南山の最初の侵攻先はここだ──。南山はお前を殺したいのだ。金角を裏切った卑怯者のお前をな」
牛魔王がにやりと笑った。
「ま、まだ、この地は、完全には俺の支配を受け入れてはおりません。各部族長たちは、いまだに金角の支配からこの俺が魔王を継いだことを面白く思っていないのです」
巴山虎は仕方なく言った。
いま、南山大王に南から攻め込まれては、巴山虎に心服していない勢力が一斉に蜂起するだろう。
そもそも、金角の残党の数千にすぎない精細鬼と伶俐虫が、いまだに捕えられないのは、彼らにひそかに協力する部族長が多いからだ。
南山大王の軍に攻め込まれたところに、彼らが巴山虎に一斉に叛乱を起こせば、にわかに魔王に成りあがった巴山虎では、それを抑えることはできないと思う。
「当たり前だ──。お前は裏切者だ。しかも、自分の力で魔王になったわけじゃない。俺の力でなっただけだ。別に魔王にするのはお前でなくてもよかったのだ。それどころか、俺自身が直接統治する場所にしてもよかった。俺ではなく、お前を魔王に据えて、支配を預けたのは、長いあいだ敵だった俺では、この地域一帯の部族どもが落ち着かないと思ったからだ。それよりはお前は金角の下で、この土地を支配していた四天王のひとりだ」
「も、もちろん、俺は……」
「黙れ──。だから、俺が直接に支配するよりはいいだろうと判断した──。だが、それは期待外れだった。お前は、この数箇月、部族長どもを自分の完全な支配に置くどころか、いまだに金角軍の残党でさえも討伐ができないでいる」
「ち、力の不足することは自覚しております……。だが、もう少し時間が必要なだけです……。ゆっくりと時間をかけていけば……」
「その時間がないのだ。南山は全力をあげて、北侵の準備をしておるぞ──。その態勢を作っておるのか、巴山虎? お前の支配するお前の領域だ。お前の力で南山を追い返せ──。それができなければ、たとえ飾り物であっても魔王のひとりなど名乗る資格はない。魔王などやめてしまえ──」
「そ、そんな──。牛魔王様の助力がなければ、この巴山虎だけでは、南山大王の軍に対抗できません。どうか、力を貸してください──」
巴山虎は驚いて言った。
牛魔王がここにやってきたのは、南山大王がこの領域に攻め込んできたときに、それに対抗するための軍を牛魔王が派遣するという言葉を告げるためだと思っていたのだ。
だが、牛魔王は巴山虎だけで、それに対応しろという。
「なにを言うか──。俺は魔域大戦で金角に味方した魔王どもをひとつひとつ片づけるために、あちこちで戦っているのだ。それを知っているだろう──。これ以上、こっちに軍を割けるか──。南山の軍勢はお前が防げ──」
「お、俺がですか──?」
「当然だろう──。そして、あの男は戦上手ではない。だから、金角が戦っているときにも、直接には軍は出さず、兵站支援にまわったのだ。あの南山の部下で、曲がりなりにも一軍を率いることができるのは九霊聖女くらいだ。だが、その九霊聖女は捕らわれている。残りの部下は所詮は戦知らずの羊だ。凡将だ。怖れるに足らんわ──」
「し、しかし──」
巴山虎は焦った。
牛魔王が多くの軍団を各地に割いているのは知っている。
金角軍と牛魔王軍の争いから始まった魔域大戦の最後では、金角に味方してかなりの魔王たちが牛魔王の敵に回った。
牛魔王は、その魔王たちに見せしめの討伐軍を送り込んでいるのだ。
これ以上、南に軍を割きたくないというのは理解できる。
しかし、ここで牛魔王に見捨てられるようなことがあれば、巴山虎は破滅する。
「わかっておる──。お前だけでは心もとないのであろう──。だから、兵は割けんが人をやる──。
牛魔王が声をあげた。
すると、牛魔王とともにやってきたふたりの武官が前にやってきた。
「このふたりをお前に与える。軍を動かすことにかけては抜群の才を持っている。このふたりに軍権を与えるがいい。さすれば、戦下手の南山など、赤子の手を捻るも同じよ──」
牛魔王が言った。
「は、はあ……」
巴山虎は牛魔王から与えられることになったふたりの男に視線をやった。
このふたりを軍師にしろということのようだ。
「微才を尽くします」
「存分にお使いください」
すると玉面と鉄扇のふたりが、巴山虎に向かって片膝をついて頭をあげた。
巴山虎はただうなずいた。
「心配するな、巴山虎──。このふたりがいれば問題はない。このふたりで対応できないようであれば、初めて俺が出ていく。お前を見捨てることはないから心配するな」
牛魔王が大きな声で笑った。
とりあえず、それで牛魔王の用件は終わったようだ。
すでに、牛魔王はなにもかも終わったような表情になっている。
巴山虎としても、直接の軍団の派遣は得られなかったものの、状況が危ないものになれば牛魔王自身が援軍にやってくるという言質をとることができた。
とりあえず、ほっとした。
巴山虎は、牛魔王を別室に連れて行った。
そこに接待の準備をしているのだ。
大きな部屋の中心に卓があり、豪華な食事と酒を並べている。
牛魔王を上座に座らせて、巴山虎は接待の席についた。
ほかには部下はいない。
ただ、給仕をする者たちは大勢いる。
一方で、牛魔王の十名の親衛隊はついてきた。
牛魔王はどんなときでも、この親衛隊だけは身の回りから離れさせない。
唯一の例外は、牛魔王が忠誠を誓っている雷音大魔王の前に出るときだけだ。
巴山虎は、牛魔王の杯に酒を注ぎながら、一個の小さな鍵を牛魔王の前に置いた。
「なんだ、これは?」
「今夜ひと晩はこの宮殿にお泊まりください……。俺の妻に牛魔王様の接待をさせますので……」
巴山虎は追従の笑いをした。
「ほう、妻か……? あれは、お前の従順な女になったか?」
牛魔王が注がれた酒を飲みながら言った。
「とんでもない。まだ虎でございます。首輪で縛っておかなければ、いつ噛みつくかもしれない猛獣です」
「虎に猛獣か……。まったく、お前は配下の部族長どころか、女亜人ひとりでさえも御しえないのか」
牛魔王が笑った。
「そういう牛魔王様はいかがなのですか? 虎どころか、龍の首をお持ち帰りになりましたけど……」
「言うではないか、巴山虎──。あれもまだ龍よ。首だけになっても、いつまでも、俺に逆らいよるわ。だからこそ面白いのだがな……。ここに持ってきてもよかったが、ここには、まだまだ金角を懐かしむ者も多いしな。首が存在すると知られれば、とんでもない騒ぎになるやもしれん。だから、自重したのよ──。お前、早く、領域の部族長どもを静かにさせんか。さもなければ、お気に入りの玩具を持ってくることもできんわ」
「それは必ず……」
巴山虎は頭を下げた。
そのとき、家来が巴山虎の正妃がやってきたと報せに来た。
巴山虎は連れてくるように言った。
やってきたのは銀角だ。
上半身の上半分と覆う薄物の上衣と、腿の半分までの短い下袍をはいている。
ほかに身に着けているのはサンダルと首輪だ。
腹は剥き出しだ。
「久しぶりだな、銀角? 巴山宮の正妃の居心地はどうだ?」
巴山虎の言葉によって牛魔王のすぐ前に立った銀角に牛魔王が言った。
「ふざけるな、糞たれが──。この首輪を外してあたいと勝負しな」
銀角が牛魔王を憎々しげに睨んで、悪態をついた。
しかし、その顔は真っ赤であり、全身にはかなりの汗を掻いている。
腰が小刻みに震えており、気の強い言葉とは裏腹に、かなり銀角が追い詰められているのがわかる。
「なるほど、まだまだ猛獣だな。だが、拘束具なしでも大人しくしているところを観ると、首輪の力は絶大のようだな。俺の言葉にも逆らうなと命じているのか、巴山虎?」
「すでに……。牛魔王様にご提供しようと思い、一切逆らうことも、暴力をふるうことも禁止と命じております。悪態をつかないように命じることもできますが? にこやかな微笑みを絶やさぬようにもしますか?」
「いや、それはいい……。言葉や表情まで操ってしまうと、意思のない人形も同じだからな」
牛魔王は言った。
銀角の首にしているのは、『服従の首輪』という支配霊具だ。
巴山虎が金角を裏切る最大の動機になった物であり、金角軍を裏切る代償として、巴山虎を魔王にするという約束とともに、牛魔王の使者が巴山虎に渡したのだ。
これを身に着けると、一切の命令に逆らえなくなるという究極の支配霊具らしく、もともとは雷音大王の部下で、「
巴山虎は、これを使って、以前から恋焦がれていた銀角を妻にすることを決めた。
そして、金角を裏切って牛魔王に売り、銀角にこの首輪を装着させたのだ。
牛魔王を前にした銀角が真っ赤な顔で口を開いた。
「こ、この卑怯者ども……。卑怯者の王──。卑怯者の魔王──。お前らふたりとも卑怯者だ──。こ、こんな首輪つけやがって──。おい、牛魔王、卑怯な手段であたいらに勝って恥を知りな──。魔域最高軍団が呆れるよ──」
「馬鹿を言うな。戦争に卑怯もくそもあるか──。裏切者は戦の常よ。この巴山虎に金角が見限られたのは、金角の落ち度だ。大将としての器に欠けたのよ」
「なにが器だ。その汚い口で一人前の男のようふりをして喋んじゃないよ──。お前に少しでも魔王としての自負心があるなら、この首輪を外せ。お前の金玉を引き千切ってやるからね──」
銀角が喚いた。
だが、牛魔王が大笑いした。
「だったら引き千切ってもらおうか。ただし、お前の膣でな──。俺がお前の股ぐらに一物を突っ込んでやるから、見事に千切ってみせい──」
牛魔王が言うと、銀角は驚いた表情になった。
「なっ……。も、もしかして、あたいをここに呼んだのは、この牛魔王にあたいを抱かせるため──?」
銀角がびっくりした顔をした。
「当たり前だろう──。牛魔王様は、俺にとっては大切な方だ。その忠誠の証として、俺の大切な正妃の身体を提供するのだ。大切な正妃の務めだぞ、銀角」
巴山虎は言った。
「じょ、冗談じゃないよ──。牛魔王は姉さんの仇だよ──。それに抱かれろというのかい──?」
「仇というなら、俺こそ仇であろう。その俺に毎日抱かれているお前が、今更なにをいうか……。とにかく、命令だ。お前は牛魔王様に身体を提供しろ」
巴山虎は言った。
『服従の首輪』による命令は絶対だ。
銀角は絶句して顔をひきつらせた。
「それよりも、銀角はさっきからやたらに震えてはおらんか? いったいどうしたのだ? それに股倉から強烈な匂いがするな。熟れきった女の股の匂いだ」
牛魔王がからかうように言った。
「銀角、下袍をめくって股間をお見せしろ、命令だ」
巴山虎が言うと、銀角は絶望的な表情になり、ぐっと歯を噛みしめた。
だが、その両手はゆっくりと下袍の裾にかかり、短い下袍をたくしあげていく。
服従の首輪を通した命令に逆らうことは不可能なのだ。
「ほう?」
牛魔王が笑いながら声をあげた。
銀角の股間には革の貞操帯が食い込んでいる。
そして、その隙間からかなりの愛液が滲んで垂れているのだ。
「昨夜、牛魔王様が来られると報せがあったとき、すぐに銀角の股間にたっぷりと媚薬を塗ってから、貞操帯で封印したのです。かなりの強い媚薬ですからな……。そのうえに、自分で触るのも、刺激を得るのも禁じましたので、いまや銀角は発情の限界でございます。先ほどの鍵が貞操帯を外す鍵でございます。どうぞ、ご存分に……」
巴山虎はわざとらしく恭しい口調で言った。