九霊聖女は夢を見ていた。
夢といっても、ずっと続いている現実だ。
連環城にやってきた宝玄仙から「調教」を受けた。
眠ることも許されずに、二日間ずっと……。
そして、さらに心を折るような苛酷な嗜虐……。
その日々を九霊聖女は夢の中で走馬灯のように追っている。
夢だとわかるのは、宝玄仙に九霊聖女が、抗ったり、罵ったりしているからだ。
いまの九霊聖女は、宝玄仙による『奴隷の刻印』をすでに受け入れている。
最初の二日間の果てしない淫行拷問の末に、宝玄仙の要求した『奴隷の刻印』を受け入れたのだ。
もっとも、そんなことは不可能だと思っていた。
『奴隷の刻印』は、原則として「主人側」と「奴隷側」に圧倒的な霊気の差を必要とする。
それが降妖君の条件だったし、それがなければ、降妖君の霊気では、本来は霊気の小さな人間族が、たくさんの霊気を帯びた存在である亜人を奴隷にするとういうのは難しいのだ。
だから、宝玄仙が奴隷の刻印を受け入れいることを要求したとき、自分ほどの霊気の高い存在に奴隷の刻印を宝玄仙が刻めるとは思っていなかった。
多少は霊気の差があることは認めざるを得なかったが、なんの処置のないまま、宝玄仙が九霊聖女を奴隷にできるとは信じられなかった。
しかし、九霊聖女が奴隷を受け入れると告げると、宝玄仙は呆気なく九霊聖女の股間に刻印を刻み込んだ。
九霊聖女はそれに、呆気にとられたものだった。
いずれにしても、いま見ている夢は、その刻印を受け入れる前のことだろう。
わずか十日前のことだと思うが……。
九霊聖女は、寝台に素裸で仰向けで拘束されている。
霊気は放出させられている。
九霊聖女は、両手は大きく頭側に伸ばした状態で寝台の隅の革紐で縛られ、両足首は準備された棒の両端に固定されていて、その棒を天井に吊りあげられていた。
その態勢で腰が浮きあがるまで両脚を吊りあげられて、腰の下には枕まで差し込まれている。
つまりは、九霊聖女は両脚を大きく上にあげて、性器どころか尻の穴まで晒した格好で拘束されているのだ。
すぐに宝玄仙と一緒にやってきた朱姫という娘が張形で責めだした。
朱姫はなかなかに責め上手であり、慣れた手つきで瞬く間に九霊聖女から絶頂を引き出した。
すると朱姫は、今度は肛門を同じ張形で責め始めた。
九霊聖女はその屈辱に耐えた。
しかし、肛門で気をやってしまうのにそれほどの時間はかからなかった。
肛門で気をやると、また股間を責められた。
それを繰り返されたのだ。
しばらく朱姫がそれを行い、宝玄仙自身がそれに代わった。
宝玄仙が疲れると、朱姫がまた代わった。
ふたりは、交代を続けながら、九霊聖女に対する間断のない責めを続けた。
耐え続けた。
最初はできる限り声を出すことを我慢していたが、やがて、それはできなくなった。
おそらく、同じことを丸一日続けられたと思う。
そのあいだ、水を飲まされ、口の中にわずかな食べ物を入れられたが、それも張形で責められながらだ。
一日がすぎたと思う頃、九霊聖女は大きな痙攣とともに、頭が真っ白になった。
おそらく、気絶してしまったのだと思うが、すぐに激痛で覚醒させられた。
そのときには、肉芽の根元に糸を結ばれていて、それを両脚を吊っている棒と同じように天井から吊られていたのだ。
それを指で弾くだけで、宝玄仙も朱姫も簡単に九霊聖女に死ぬような激痛を与えることができるのだ。
そのうちに、宝玄仙と朱姫に、素蛾が加わった。
素蛾は九霊聖女が捕えて、
そして、
その素蛾がここにやってきたということは、旧金角の残党が連環城に合流したということだろう。
素蛾が朱姫に命じられて、九霊聖女の局部をはじめとする全身に、舌で唾液を塗り始めた。
それにより、新たな性の地獄が始まった。
素蛾の唾液を塗られた場所は、どこであろうとも怖ろしい官能の疼きを呼ぶようになった。
それは、九霊聖女がこれまでに味わったことのないような媚薬だった。
素蛾に舐められてからは、全身のどこをどう触れられても、簡単に絶頂した。
その状態でさらに責めが続いた。
責めの手段は、張形だったり、筆だったり、単に宝玄仙や朱姫の手だったりしたが、どんな些細ないたぶりでも、九霊聖女は呆気なく果てた。
それからの記憶は断片的だ。
それは夢の中でさえも同じだ。
ただひたすらに際限なく絶頂し続ける自分の姿があるだけだ。
気絶さえもさせてもらえなかった。
気を失えば、すぐに豆吊りの糸や、着付け薬、あるいは道術まで行使して、とにかく、あらゆる手段で覚醒され続けた。
まさに性の地獄だった。
その途中で剃毛もされた。
九霊聖女は宝玄仙と朱姫の責めにより、痙攣のような震えがとまらなくなり、達しながら潮を吹き、失禁し、脱糞までした。
それでも、責めは終わらない。
九霊聖女は頼むから休ませてくれと哀願した。
そのときに、宝玄仙が持ち出したのが、その代わりに、宝玄仙により奴隷の刻印を受け入れるという条件だ。
九霊聖女は承諾した。
できるものならやってみろという気持ちもあった。
だが、九霊聖女がそう発言した瞬間に、小さな刻印が無毛の股間に刻まれた。
九霊聖女は呆然とした。
とにかく、やっと拘束を解かれて、休むことを許された。
休む条件は自慰をしないことだった。
その「命令」は刻印の力で心に植えつけられた。
夢の中の九霊聖女は、とにかく休みたくて、泥のように眠った。
すると、夢の場面が変わった。
どうやら、刻印を受け入れて得られた最初の休息のあとのようだ。
九霊聖女を襲っているのは、新たな性の苦しみだ。
股間が快楽を求めて、悶え狂っているのだ。
そんなのは初めてだった。
おそらく、限界を越えた快楽責めの末に、九霊聖女の身体はすっかりとあの快感を覚えてしまい、なにもされていないと、快楽の飢餓感に襲われるようになっていたのだ。
もしも、禁止されていなければ、九霊聖女は自分で自分の股間を責めて自慰をしたと思う。
しかし、それは刻印が禁止している。
九霊聖女は悶々と苦しむしかなかった。
ずっと部屋に留まり続けた宝玄仙と朱姫は、九霊聖女をこの部屋に監禁したまま、ぴたりとこなくなった。
そして、やっとやってきたのは、驚いたことに素蛾だった。
身体は激しい疼きで狂いそうだったが、こんな小娘に自分を責めてくれというのは九霊聖女の自尊心が許さなかった。
素蛾は、朱姫に命じられたので、九霊聖女が望むなら身体を慰めると言ったが、九霊聖女は馬鹿にするなと怒鳴った。
素蛾は丁寧な謝罪の言葉を残して部屋を出て行った。
九霊聖女がそのことを後悔するようになるのに、いくらもかからなかった。
それから、また一日放置されたのだ。
これも拷問だとやっと完全に自覚した。
九霊聖女の身体を刻印で支配するだけではなく、そうやって心までを奴隷のようにしようとしているのだ。
だが、九霊聖女の抗いもそれまでだった。
次の日に素蛾がやってきたときには、九霊聖女は素蛾の愛撫を哀願していた。
素蛾は、朱姫に命じられているからといって、九霊聖女の四肢を寝台に拘束してから、また、あの舌で股間を舐めだした。
九霊聖女は立て続けに三回達した。
そのときの途方もない快感は、いまでもはっきりと覚えている。
すると、部屋に宝玄仙と朱姫が入ってきた。
そして、素蛾の調教を受け入れられるようになれば、もう被虐奴隷としては完成だと笑った。
そのときには、もはや口惜しいという感情は湧き起らなかった。
その通りだと思っただけだ。
そして、眼が覚めた。
九霊聖女は寝台の上にいた。
素っ裸だ。
ここに監禁されてから一度も服は与えられていない。
ふと、自分の股間を見た。
まるで尿を漏らしたかのように、ぐっしょりと濡れている。
これは、九霊聖女の愛液だ。
起きていれば、宝玄仙とその供からの責め……。
寝ても淫らな夢……。
九霊聖女は、淫乱な身体に作り替えられたのだと思うしかなかった。
無意識に、股間に伸びようとした手がひとりでにとまった。
いまだに、自慰を禁止されている命令が生きているからだ。
九霊聖女は、癒せない疼きに嘆息した。
そのとき、扉が外から開いた。
入ってきたのは宝玄仙だ。
「軍議だそうだよ、九霊聖女。支度しな──」
宝玄仙の横には朱姫と素蛾がいた。
素蛾はきちんと畳まれた軍装を両手で持っていた。
どうやら、九霊聖女自身のもののようだ。将軍級の指揮官であることを示すマントまである。
素蛾が寝台に座り直した九霊聖女の横にその軍装を置いた。
「軍議?」
だが、九霊聖女は首をかしげた。
軍議とはなんだ?
それが自分になんの関係があるというのか……?
「なにを呆けた顔をしているんだい。軍議だと言ったろう。さっさと、それを着な。それとも、裸で人前に出るつもりかい?」
宝玄仙が笑った。
「ぐ、軍議って、わたしはなにをするんだい、宝玄仙?」
この連環城が、巴山虎に対する侵攻の拠点になっているというのは、宝玄仙から教えられていた。
ここに、伶俐虫と精細鬼が率いる金角軍の残党の二千、人間族の西方帝国から
軍議というからには、これからやろうとするのは、巴山虎の支配している旧金角域への侵攻計画と思うが、そこに九霊聖女が出て、なにをさせようとしているのかわからない。
「寝ぼけんじゃないよ、九霊──。お前になんのために、奴隷の刻印を刻み込んだと思ってんだよ。それを着て軍議に出な。お前が遠征司令官だ。お前が南山軍を始めとして援軍を含めた全遠征軍の指揮をするんだよ──。そう言ったろう?」
宝玄仙が苛ついた表情で言った。
九霊聖女はびっくりしてしまった。
「えっ、ええ──?」
九霊聖女はついこのあいだまで、牛魔王に媚びるため、旧金角軍の残党を獄に繋ぎ、南山大王を封印し、西方帝国にも手を伸ばそうとした女だ。
それが、いままでさんざんに敵にしてきたものをすべて配下にして、今度は牛魔王を敵にする戦いの司令官をやれという。
そんなこと、ほかの者が納得しないだろう。
九霊聖女は、見せしめとして、出陣前に処刑にこそされるべき存在であり、その罪の一切を不問にして、反撃軍の司令官などあり得ない。
「ねえ、ご主人様、やっぱり、そんなこと一度も言ってないんじゃないですか? 九霊の顔、引きつってますよ」
朱姫が静かに言った。
「そうかい? わたしはなにも言わなかったかい、九霊?」
「い、言ってない、宝玄仙。そ、それよりも、わたしを遠征司令官にするなど、誰が納得してるんだい? そんなこと誰も承知しないさ」
「南山は承知だよ。お前が奴隷の刻印を受け入れた以上、もはや、裏切ることがないことはわかっているからね。それに、南山に言わせれば、この連還城には、遠征司令官ができるような者は、ほかにいないらしいじゃないかい? まあ、お前のところの連中は、南山がいるのに、お前に忠誠を誓ったくらいだから、南山がお前を許したことはむしろ喜んでるよ。お前に従ったことについて、誰の罪も南山が問わないという意思表示のようなものだからね……」
「しかし……」
「しかしもかかしもないんだよ──。とにかく、お前は随分と部下に信望があるんだね。沙那が感心していたよ……。沙那はお前に変わって、遠征軍の掌握と編成をしてるのさ……。それから、西方帝国の将軍は承知さ。あいつはわたしの指示に従うように命じられているようだね。
「い、いや、それでも、金角の部下をわたしは大勢殺しているし……」
「それも解決している──。伶俐虫と精細鬼は怒っていたけど、だったら出ていけと沙那が一喝したら黙ったよ。あいつら単独で巴山虎や牛魔王に対抗する力はないからね……」
「で、でも、ついこのあいだまで、敵だった連中の指揮をするなど……」
「なに甘っちょろいこと言ってんだい、九霊──。沙那なんて、なんの実績もないのに全軍の軍師をすることになって、ほとんど全員から強い風当たりを受けてるんだ。お前も一緒に風を受けな。そうすれば、沙那の負担も少しは軽くなる……。それから、お前の軍師はいま言った沙那だからね。作戦に関することは沙那に従いな。それがお前の司令官としての役割だ。忘れるんじゃないよ」
「さ、沙那って……。彼女は軍を動かした経験はあるのかい?」
九霊聖女は言った。
沙那というのは、人間族の帝国の闘技場で闘っているのを見ただけであり、孫空女とともに武術に秀でているということしか知らない。
「あるよ。千人隊長だったけね。それに、あいつは多分なんとかなると言った。沙那がなんとかなると言うなら、それはなんとかなるんだよ。問題ない」
九霊聖女はびっくりした。
これから始めようとしているのは簡単な小競り合いじゃない。
場合によっては、また魔域全体を巻き込むような大きな戦いになるかもしれない大事業だ。
それを、たかが千人隊長の経験しかない人間族の女に任せるなど……。
「そ、それは無理ではないのか、宝玄仙? その沙那がどれだけの知謀の持ち主かは知らないけど、彼女はこの魔域のこともほとんど知らないんだろう?」
「うるさいねえ──。とにかく、いま言ったことは全部命令だよ……。お前は沙那の命令を全軍に行き渡らせることと、沙那に対する敵愾心をほかの連中に顕わにさせないために司令官をやるんだ。自分の役目を忘れるんじゃないよ」
九霊聖女は愕然とした。
一体、この戦いはどうなるのだろう?
巴山虎はともかく、その背後には牛魔王という魔域最強の軍団がついていて、さらにその後ろには、雷音大魔王という魔域の覇者もいるのだ。
それに挑もうというのが、どんなに無謀かわかっているのだろうか?
「わかったら、早く服を着な、九霊……。ああ、それとお前が奴隷根性を失わないための贈り物だよ」
宝玄仙がにやりと笑った気がした。
次の瞬間、いきなり宝玄仙の右手が九霊聖女の股間に伸びたと思った。
すると、強い刺激が不意に肉芽から沸き起こった。
「ひっ、ひいいっ──」
九霊聖女は股間に両手を当てて悲鳴をあげていた。
肉芽の根元に金属の輪っかのようなものが食い込んでいる。
そこから、強い快感の疼きのようなものが発生している。
たまらず、九霊聖女は泣き叫んだ。
「な、なんだいこれ? も、もう許しておくれよ、宝玄仙……。わ、わたしは司令官として戦うんだろう? こ、こんなのに、苛まれて、作戦の指揮など……」
「心配しなくても、すぐにお前の身体に馴染んでくるよ。それは、『女淫輪』という淫具だ。ときどき、それで遊んでやるよ。さもないと、年中発情しているような淫乱になってしまったお前の身体では、お前はまともに物も考えられないさ」
「あ、遊ぶ?」
九霊聖女は思わず言った。
「こういうことさ……」
宝玄仙が笑った。
「ひぐううっ」
九霊聖女は股間を押さえたまま、全身をのけ反らせた。
ものすごい勢いで股間に嵌められた『女淫輪』が振動し始めたのだ。
九霊聖女はあっという間に、潮を股間から噴いて絶頂してしまっていた。
「あらあら、すっかりと潮吹きを身体が覚えちゃったんですね、九霊さん……。とにかく、服を着てください……。素蛾、手伝うのよ」
朱姫が呆れたような口調で言った。
九霊聖女はすっかりと淫乱な身体にされてしまったのだという羞恥に苛まれた。
朱姫と素蛾が、脱力して動けない九霊聖女の身体を拭き、そして、強引に服を着せ始めた。
*
軍議だ。
沙那は、最後に入ってきた九霊聖女に視線を送った。
全軍の司令官ということになった九霊聖女が参加するのは、これが最初だ。
だが、沙那は、入ってきた九霊聖女の顔が随分と赤いことに気がついた。
しかも、懸命に官能の疼きに耐えているように口が少し開き、絶え間のない荒い息をしている。
一緒に入ってきた宝玄仙がにやにやしているところを見ると、なにかおかしなことをしているのだろう。
沙那は嘆息した。
九霊聖女は中央の司令官の席についた。その横に宝玄仙が腰掛ける。
宝玄仙の立場は全軍の総帥だ。
作戦には口を出さないが、南山大王の名代として、全軍の戦いを見届けるという役目だ。
ほかに参加するのは、二千の旧金角軍の残党を連れてきた伶俐虫と精細鬼──。
三千の勢力をもって参加している西方帝国軍の指揮官である伊籍という若い将軍──。
南山軍の騎兵の精鋭五百騎を指揮することにさせた孫空女──。
そして、全部で五千の南山軍の各隊長であり、九霊聖女直属となる黄獅姫、寓天、猱獅、雪獅だ。
ほかには、南山大王のもとで兵站を担任することになった二名の文官がいる。
黄獅姫の顔を見た九霊聖女が、目を丸くして腰を浮かしかけた。
宝玄仙にたしなめられて、この場では大人しくなったが、黄獅姫との再会に喜んでいるだけではなく、驚愕している気配だ。
あの感じだと、宝玄仙は九霊聖女に対して、軍の編成などのことについて、なにひとつ説明していないのだろう。
今回の遠征軍の遠征にあたっては、沙那が各要員の業績などを調べて、もっとも妥当であると思われる武官を隊長に選んだ。
それが、黄獅姫以下の四人なのだ。
黄獅姫は、この会議から九霊聖女が軍に復帰することを知っていたが、九霊聖女の姿を実際に垣間見て、安心して涙を浮かべていた。
とにかく、どんなに大事なことであっても、自分の嗜虐趣味を一番に優先させる宝玄仙の性格はなんとかならないものだろうか。
まあ、いまさら言っても仕方がないが……。
「ともかく、明日進発します。そのまま、旧金角域との境界を越えます」
沙那は、会議の開始を宣告してから、最初にそう言った。
「なにをするつもりなのだ?」
精細鬼が言った。ほかのものは喋ろうとしない。
「巴山虎が、こちらとの境界である南側に拠点を作っています。ひとつは元からある城であり、もうひとつは急遽作られた砦です。そこを守っているのは、なんという武将ですか?」
「
黄獅姫が答えた。
「その田楽天が、そのもともとの出城と新しい砦の二段構えで守っているということです。まずは、それを奪って拠点にします。後方支援の拠点であり、すぐに軍は北進します」
沙那ははっきりと言った。
とはいうものの、これだけの大きな戦の指図など初めてだ。
本当は不安だ。
しかし、宝玄仙に命じられたのでやるだけだ。
ただ、道術を介する魔域での戦いも、通常は、道術の効果を打ち消し合うような広域道術をお互いに掛け合うところから始まるらしい。
そうなると、戦いの様相そのものは、道術を遣わない人間族の戦いと大差ない。
だったら、沙那でもなんとかなると思った。
これでも、千人隊長時代に、古今東西の軍学書には精通した。
ともかく、不安さを悟られるようなことがあってはならない。
ここに集まっている者のほとんどが、沙那が軍師をすることに不安がっているのはわかっている。
少しでも、沙那自身が不安がっていると知られてしまえば、その時点で沙那の策に従う者はいなくなるだろう。
とにかく、最初は勝利が必要だ。
しかも、圧倒的な勝利を……。
それで、沙那に対する軍師としての信用ができる。
なによりも、沙那自身が自分の能力に安心できる。
「馬鹿言え。あそこには二万の勢力が集まっているぞ。こっちは全部集めても、一万しかいないんだ。簡単に言うな……。しかも、俺たちが侵攻することは十分に予想しているから奇襲は使えんぞ」
精細鬼が不満そうに言った。
とにかく、旧金角軍の残党を率いてきた伶俐虫と精細鬼のふたりは、自分たちこそ、ずっと戦ってきたという自負心があるのか、なにかと沙那に突っ掛かってきてやりにくい。
そもそも、金角の仇討ちと銀角の救出という目的の強いこの作戦の全体の指揮は、自分たちこそ相応しいと思っていて、なんの実績もない沙那が策を仕切るのが面白くないのだ。
それは、沙那も十分に理解している。
「当たり前です。奇襲などしません。堂々と攻めます。それから、巴山虎の出城を攻めるのは、孫空女の騎馬隊を加えた九霊聖女殿以下の主軍のみでやります。西方帝国の支援軍は後詰めとします……。伶俐虫殿と精細鬼殿の部隊には、ほかにやってもらいたいことがあります。いずれにしても、主力からは外れてもらいます」
「なんだと? 人間族の軍はともかく、この遠征軍の中で戦いの経験のある最精鋭は俺たちだぞ……。その俺たちを使わずに、戦うというのか?」
精細鬼が文句を言った。
「どうも、あなたたちは、いざというときに勝手なことをしそうで不安です。わたしは、信用のできない隊を使って策を指示することはできません。軍師を信用できない隊は邪魔ですから」
沙那ははっきりと言った。
「な、なんだと──。その言い草は失礼だろうが──。俺たちを邪魔物だと言ったか──?」
伶俐虫が怒鳴り、精細鬼とともにふたりが激昂して立ちあがった。
そのとき、九霊聖女が突然に笑いだした。
全員が一瞬、九霊聖女に気をとられた。
「お前、面白いな、沙那……。それだけの大言壮語……。余程に自信もあるのだと思うが、肝の座りかたも素晴らしい。よかろう。わたしの命はすでにない命だ。お前の好きなように使うがいい。存分に指示してくれ」
すると、九霊聖女が言った。