※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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 時間を戻して、田楽天戦を孫空女視点で語ります。


 *




766 赤い女傑と屍人(しびと)遣い

 確保した出城から飛び出した。

 

 馬を進めた。

 孫空女は、『如意棒』は右手で振り回しながら、馬の腹を腿で締めあげる。

 目の前に田楽天が率いる亜人兵が密集している。

 

 叫び声をあげながら駆けた。

 敵の先頭集団。

 

 『如意棒』をまともに首に受けて、五、六名が一度に左右に吹っ飛んだ。

 

 さらに進む。

 また、集団。

 

 これも打ち砕く。

 敵が目の前からいなくなる。

 突き抜けたのだ。

 

 戦闘地域の外で馬首を返した。

 孫空女に従う五百騎が追いついてきた。

 

「もう一回行くよ──」

 

 孫空女は叫んだ。

 後続が追いついてきているかどうかは確認しなかった。

 何人が欠けているかも確認しなかった。

 

 戦なのだ。

 

 もう一度雄叫びをあげる。

 敵陣が崩れているのはわかった。

 そこをくさびのように騎馬隊で割っていく。

 

 また、突き抜けた。

 後続がやってくるのがわかった。

 騎馬隊が再集結するのを待たずに孫空女は突進した。

 

 すでに、味方の総攻撃が始まっている。

 陣を乱している敵はみるみる崩れていく。

 孫空女は後ずさりする敵をまとめてなぎ倒す。

 

 もう、孫空女に向かってくる者はいない。

 ただ逃げるだけだ。

 

 その敵を追い、さらに十人、十人と倒す。

 そのとき、こちらに向かってくる騎馬の集団を見た。

 

 田楽天(でんがくてん)──?

 

 敵の大将だ。

 そう思ったときには、身体が動いていた。

 

 顔の肌の黒い亜人だった。

 乗っている田楽天も巨漢だが、馬も巨大だ。

 まるで龍みたいだ──。

 

 眼が合った。

 田楽天は真っ直ぐに孫空女を見ている。

 

 孫空女は駆けた。

 ほかにも騎馬はあるが、それは関係ない。

 

 あれが大将だ。

 それを倒せば、この戦いは終わりなのだ。

 騎馬と騎馬の距離がどんどんと縮まっていく。

 

「女が──」

 

 田楽天がひと声叫んだ。

 大きな蛇鉾が迫る。

 

 孫空女は『如意棒』を両手に持ち替えてそれを打ち返した。

 

 次の瞬間、蛇鉾が宙に舞った。

 田楽天が一瞬、信じられないという顔になった。

 

 だが、それで終わりだ。

 さらに一閃した『如意棒』が田楽天の首にめり込む。

 馬から落下した田楽天の顔はあり得ない方向に曲がっていた。

 

 どよめきのような声と歓声が同時に戦場に響いた。

 すると、まるで潮でも引くように、敵兵が退がりだした。

 

「ふう……」

 

 孫空女はこの戦いが終わって初めて静止した。

 終わったのだ。

 敵が退がっていく。

 

 逃げていっている。

 沙那はあれを追いかけろとは言わないと思う……。

 

 もとはと言えば、彼らはもともと金角の兵なのだ。

 いまは敵となったが、沙那は金角と銀角を裏切った巴山虎さえ倒してしまえば金角域の大部分は、こちらに従うと思っている。

 

 今日は、とにかく一度の大きな勝利が欲しかったのだ。

 それさえあれば、裏切者の巴山虎が金角の領域を引き継ぐのが気に入らない部族長たちは、こちらに従うはずだ……。

 なによりも、幾つかの勝利を積み重ねれば、巴山虎には魔王の地位を受け継ぐ能力がないと判断する……。

 魔域の部族長たちは、弱い主人に従うことはない。

 沙那はそんなことを言っていた……。

 

 そのとき、小さな爆発音が起きた。

 ふと見ると、戦場に白い煙が流れ始めた。

 さらにそちらに視線をやると、その白い煙に向こうに数騎の騎馬の集団がいた。

 逃亡を始めている敵の一部という雰囲気ではない。距離を置いて、こちらになにかを仕掛けようとしている感じだ。

 

「な、なに?」

 

 だが、次の瞬間、孫空女はびっくりして思わず声をあげた。

 白い煙に触れた者たちが、敵味方関係なく倒れ始めたのだ。

 しかも、びくびくと身体を震わせて、赤い泡のようなものを口から噴き出して、次々に絶息していく。

 

 毒煙だ──。

 

 孫空女は一瞬で悟った。

 あの離れた場所にいる数騎が毒煙の玉を破裂させたのだと思う。

 その一角だけ、妙に霊気に満ち溢れている。

 おそらく、結界を作っていると思う。

 

 また、同時に孫空女は気がついた。

 さっきまで、立ち込めていた霊気の霧のようなものが消滅している。

 多分、あれは、田楽天が構成していた道術封じの防護帯のようなものだったのだろう。

 それは、お互いの攻撃道術の効果を消滅させて、この一帯においては、限定された道術だけしか遣えないようにしていたのだと思うが、その田楽天が死んだため道術封じの膜のようなものが取り払われたに違いない。

 その隙を利用して、あの一団が毒煙という「攻撃道術」を仕掛けたのだ──。

 

 いずれにしても、まだ味方もいるところに毒煙を放つなど……。

 孫空女は怒りに震えた。

 

 そして、馬の肚を蹴って駆け出していた。

 煙は風に乗って、風下のこちらに流れ込もうとしていて、煙で倒れる者が拡大しようとしているが、まだ、一部だ。

 

 とにかく、あの煙を突っ切って、あいつらをやっつけてやる──。

 結界で守っているようだが、大抵の道術による結界は、矢や打撃などの物理的な攻撃には弱い。

 物理的な攻撃を防げるような結界を作れるのは、宝玄仙のような限られた大道術遣いだけなのだ。

 孫空女は煙が拡がっている地域を小さく迂回して、数騎が固まっている小さな丘に突進しようとした。

 

 だが、すぐに相手は孫空女の動きに気がついた。

 彼らのうちのひとりが筒のようなものを構えた。

 

 道術ではない。武器だ。

 しかし、霊具だと思う。

 そのときには、新しい白い煙が孫空女のすぐ前で爆発していた。

 

 白い煙に包まれる。

 孫空女はとっさに息をとめた。

 馬が苦しそうないななきをあげて、その場に倒れる。

 

 息をとめている孫空女は毒煙を吸ってはいないが、馬はそうはいかない。

 孫空女は横倒しになった馬から振り落とされたが、なんとか『如意棒』を地面に突いて倒れるのを防いだ。

 

 とにかく、煙の外へ──。

 だが、そのときには、いつの間にか大勢の亜人兵に囲まれていることを知った。

 

 びっくりした。

 囲んでいるのは、田楽天軍の兵もいるし、味方の兵もいる。

 その全員が武器を持って集まっているのだ。

 しかも、全員の顔にはっきりとした死相がある。

 口から赤い泡を噴き出したような痕もある。

 

 さっきの白い煙は、ただ毒で人を殺すだけのものではないのだ……。

 殺した者……あるいは瀕死の状態にした者……そのどちらかなのかわからないが、とにかく、煙で倒した者を自在に操ることができる煙のようだ。

 

 「屍人(しびと)遣い」……。

 

 そんな言葉が頭に思い当った。

 周りを囲んだ「屍人」が一斉に襲いかかってきた。

 

 孫空女は『如意棒』を一閃させた。

 「屍人」たちは避けることもしない。

 ただ、『如意棒』にぶちのめされて倒れるだけだ。

 

 孫空女は手当たり次第に『如意棒』で近寄ってくる十数人の屍人兵を打ち倒した。

 全員を倒すのに幾らもかからなかった。

 

 煙の外へ……。

 孫空女は駆けようとした。

 

 そのとき、あり得ないことが起きた。

 たったいま倒した屍人兵が、すぐに立ちあがって、その孫空女をの行く手を阻んだのだ。

 

 『如意棒』の打擲で腕を折られた者は折れたままで……。

 

 首の骨が折れた者はおかしな方向に首を曲げたまま……。

 

 彼らが、片手に武器を持ってじりじりと迫ってくる……。

 孫空女はぞっとした。

 やはり、屍人遣い……。

 

「さすがは、たった一騎で田楽天の軍を打ち倒したほどの女傑だな。何者かは知らんが、この玉面(ぎょくめん)の扱う屍人戦士にしてやろう……。よき戦士になるであろうよ……」

 

 迫ってくる屍人兵のひとりが口を開いてそう言った。

 玉面……?

 

 その屍人の兵が喋っているというよりは、さっき小さな丘にいた術者が屍人を使って言葉を伝えているようだ。

 

 いずれにしても、そろそろ息が……。

 とにかく、煙の外に行かないと……。

 

 『如意棒』を強引に伸ばして、囲みの外に出ることも考えたが、そのためには、その号令を口にしなければならない。

 息をとめたまま、叫び声をあげることは不可能だ。

 

 ほんの少しでも息をしてしまえば、あっという間に即死するかもしれないのだ。

 孫空女は遮二無二突進した。

 まずは、さっき喋った屍人兵の両脚を『如意棒』で一閃して、脚を腿で吹っ飛ばした。

 脚を失くした屍人兵は、それでも手で這って近寄ってくるが、孫空女はそれを蹴飛ばして遠くに放った。

 さらに寄ってくる屍人を同じように倒していく。

 

 いくら打っても倒すことができないのであれば、立てないように脚をもぎ取ってしまうしかない。

 孫空女は群がる屍人兵の片脚を片っ端から叩き折るか、引き千切るかしていった。

 

 だが、数が多すぎる……。

 さっき一度は倒した屍人兵に加えて、新しい屍人も増えている。

 今度は多少は時間がかかったが、なんとか目の前の集団の全員を倒した。

 

「さすがは赤い女傑だな……。お前のような女傑戦士が南山のような弱兵に混じっていたのは計算違いだったな……。まあ、とにかく、どこまで息が続くのかな……。では、おかわりだ……」

 

 しかし、目の前にまた屍人兵の壁ができていた。

 その屍人兵のひとりが笑いながらそう言った。

 畜生……。

 もう、限界……。

 

「……くくく、まだまだ、おかわりはあるぞ、赤毛の女……。煙を吸うのだ……。ただの一回でいい……。それでお前は死に、俺のしもべに成り下がる。お前を南山に逆侵攻する屍人軍の総大将してやろう……」

 

 今度は別の屍人がそう言った。

 孫空女はその顔に『如意棒』を叩き込み、続く一閃で脚を折った。

 

 だが、屍人の輪がどんどんと小さくなっていく。

 その向こうにも、新しい屍人兵が集まってくるのも見える。

 

 そして、白い煙はますます孫空女の周囲で濃くなっていくような気もした……。

 ちょっとばかり、やばいかも……。

 

 孫空女は懸命に息をとめながら、棒を振るい続けた。

 しかし、懸命に前に進もうとする孫空女の往く手を次々に出現する屍人兵が阻む。

 

「んんっ」

 

 孫空女は声を出しそうになり、あわてて口をつぐんだ。

 身体が千切った腕の数本が孫空女の足首を同時に掴んだのだ。

 孫空女は体勢を崩して、その場に思わず膝をついた。

 

 一斉に屍人兵が群がってくる。

 孫空女は『如意棒』を振り回して跳ね除けるが、四方から伸びた屍人兵たちの腕が孫空女の具足を掴み、服を掴み、髪を掴んで引っ張って押し倒そうとする。

 棒で腕を肩から千切って胴体を放り捨てる。

 だが、切断された腕はそのまま孫空女の具足を剥ぎ取り、服を引き破る。

 孫空女はそのひとつひとつを剥ぎ取りながら、さらに向かってくる屍人兵を倒しまくった。

 

 息が……。

 

 本当に駄目……。

 

 助けて、ご主人様……。

 

 孫空女は棒を振り回しながら、懸命に立ちあがった。

 なんとか前にいる者だけは倒したが、腕を千切ってもその腕が向かってきて、脚を切断しても、脚だけが追ってくる。

 

 倒せば倒すほど、数自体は二倍三倍になる。

 しかも、もう息が……。

 

 背中から強い力を感じた。

 孫空女は『如意棒』を後ろに突き出して、その屍人兵を後方に飛ばした。

 

 その代わり、掴んでいた屍人兵の腕は背中側の服を真っ二つに引き裂いたのがわかった。

 

 汗びっしょりの肌に冷たい風を感じた。

 もう着ているものもずたずたで、あちこちから肌が露出している。

 それよりも、白い煙の外に抜け出せない。

 どんなに倒しても、前に進むのを阻む屍人兵が出現する……。

 

「まだまだ、増えるぞ、赤毛……。だが、本当にしぶといな……。だが、こうやって裸になっていくお前を見ていると、なかなかにいい女なのだな……。『屍人の煙』で殺して屍人にしてしまうのは少し惜しい気もするな……。いくらでも屍人兵は作れる。なにしろ、どんどんと死んでいくのでな」

 

 前からやってくる新手の集団のひとりの口がそう言った。

 また、腕のようなものが孫空女の膝から下に群がってきた……。

 

「まだまだ、おかわりは続くぞ、赤毛……。それにしても、本当にしぶといな……。そうだ。試しに、千切った腕にお前の身体をくすぐらせてやろう……。それでも、息をとめ続けていられるなら、とめてみるがいい……」

 

 近くにいた新手の屍人兵がそう言って笑った。

 すると、孫空女の身体にしがみついていた数本の腕が、急にいやらしい動きに変化して、破れた服のあいだから乳房や局部や横腹などに這い進んできたのがわかった。

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