「沙那──」
すると、突然、宝玄仙の大声が本陣内に響いた。
沙那は振り返った。
宝玄仙が真剣な表情で立ちあがっている。
「沙那、この匂いは、多分『
宝玄仙が怒鳴った。
「し、屍人の煙──?」
沙那は思わず繰り返した。
なぜ、そんなことがわかったのかわからないが、かすかに風で漂ってくる煙だけでそれを悟ったのだろう。
いずれにしても、沙那は全軍に退却を命じようとした。
そのとき、孫空女が単騎で、さっき宝玄仙が指差した術者の方向に騎馬を走らせるのが見えた。
「わっ、孫女──?」
沙那は叫んだ。
とにかく、全軍に対して、急いで早鐘で退却の指示を出す。
軍が退却し始めた。
だが、すでに白い煙が漂っている地域では、次々に敵味方関係なく亜人兵が倒れていっている。
そして、飛び出した孫空女の手前で新たな煙玉が破裂して、孫空女が煙に包まれたのが見えた。
「ちっ……。ここからじゃ、さすがに『移動術』も遠いか……。沙那、わたしを戦場に連れて行きな──」
宝玄仙が舌打ちして、声をあげた。
すでに宝玄仙は本陣を出る裏の出入口に歩き始めている。
裏には移動用の馬車もあるし、沙那たちが使う騎馬もある。
「
沙那も立ちあがった。
黄獅姫が慌てて、退却の命令を伝え続ける役を沙那から代わった。
ここから遠くに見える孫空女は倒れた馬から落ちて、そこに殺到した屍人に囲まれ始めている。
やっと沙那にも、宝玄仙が言った「屍人を操る」という意味がわかった。
孫空女を囲んで襲っているのは、白い煙に包まれたときに倒れて死んだように見えた亜人兵たちだ。
それが続々と起きあがって孫空女に襲いかかっている。
しかも、いくら、孫空女が相手を倒しても即座に起きあがって、再び孫空女を襲っている。
ふと見ると、首がもげても、腕が飛んでも、それでも起きあがってもいる。
まさに、屍人の襲撃だ。
あれでは切りがない……。
孫空女が白い煙に包まれても倒れないのは、息を止めているからだと思う。
沙那もそうする。
しかし、すぐに煙の外に逃げ出さないと、ついには孫空女も力尽きて倒れてしまうだろう。
いや、その前に息をとめ続けられることができなくなる方が早い……。
そして、その瞬間、孫空女は毒煙を吸って、死んでしまうに違いない。
「朱姫、ここにお前の能力限界の大きさで結界を張るんだ。あれは道術の煙だから、結界を越えては入ってこれないからね」
宝玄仙が幕の外に出ようとしながら叫んだ。
そして、外に消えた。
「は、はい、ご主人様」
朱姫が慌てて霊気を集中するような仕草をするのがわかった。
「沙那、屍人遣いといえば、牛魔王の部下で
呆気にとられた様子だった
「牛魔王もすでに噛んでいるということね──」
沙那は吐き捨てるように言ってから幕の外に出た。
騎馬や馬車を管理する黄獅姫の部下がすでに沙那の馬を準備して待っていた。
そのそばに宝玄仙がいる。
宝玄仙が先に指示したのだろう。
沙那は即座に馬に跨ると、宝玄仙の身体を自分の背に引っ張りあげた。
馬の腹を蹴る──。
驚いた馬が丘を駆けおり始めた。
「は、速くだよ──。速く──。孫空女が死んでしまうよ──。もっと、駆けさせるんだ──」
宝玄仙が走る馬に乗っている沙那の後ろから悲鳴のような声をあげた。
「わ、わかってます──」
沙那は一目散に馬を孫空女に向かって駆けさせていた。
しかし、孫空女はまだ遠い。
その孫空女はいまは千切った屍人の腕や脚に身体中を絡まれて倒されようとしていた。
すでに具足や服のあちこちを破られてぼろぼろだ。
時間がない……。
いまこの瞬間にも、孫空女の命が尽きるかもしれないのだ。
沙那は馬に激しく鞭を入れた。
馬は狂ったように駆けている。
孫空女も必死で暴れているが、屍人兵の包囲の外に出る隙を見いだせないでいるようだ。
そのとき、沙那は気がついた。
走る馬に乗っているのでわからなかったが、白い煙を運んでいた風がやんでいるのだ。
風がとまっている……?
少なくとも、さっきまで感じていた刺激臭が消滅している、
いや、吹き始めた……。
小さな風だが、確かに吹いている。
草の流れでそれがわかる。
だが逆だ。
さっきまで吹いていた方向とは、反対側に風が流れている。
風は微風から次第に勢いを増し、いまや強風に近いものになった。
その風が白い煙を逆方向に押し流している。
風を宝玄仙が操っている──?
そうとしか思えない。
宝玄仙は馬の背で風を逆転させる道術を発しているのだ。
沙那は信じられないものを見ている思いになった。
やがて、完全に白い煙が戦場から消えた。
いまは、煙は逆風になって風上にいた数騎の騎馬の集団に襲いかかっている。
「ついでに、あいつらの結界を消してやるよ……。見てな、沙那……」
宝玄仙が馬の背でそう言った。
すると、術者のいた場所にいたところから悲鳴のような声が聞こえてきた。
ばたばたと馬も亜人も倒れ始めている。
だが、ただひとりだけ一瞬消滅して、少し離れた場所に出現し直した。
そのひとり以外は、逆流した白い煙に包まれて倒れたまま起きあがってこない。
あの煙から逃れたひとりが、間際に九霊聖女が口にした玉面という牛魔王の部下だろうか──?
とにかく、孫空女はまだ屍人兵に囲まれたままでいた。
「沙那、この距離なら向こうまで跳躍できる──。行くよ──」
宝玄仙が馬の背で叫んだ。
次の瞬間、沙那と宝玄仙は馬の背から、孫空女が屍人兵に囲まれている場所に瞬間移動していた。
ただし、勢いよく移動していた状態で強引に『移動術』を遣ったので、着地時に地面に投げ出されるかたちになった。
沙那は宝玄仙の身体を守りつつ、しっかりと受け身をして、地面を転がった。
すでに、孫空女を囲んでいる屍人兵の集団の外側にやってきている。
沙那と宝玄仙は起きあがった。
一方で、孫空女はすっかりと、屍人兵に身体を包まれてしまっている。
「孫女、大丈夫よ──。息をして──息を──」
沙那は力の限り叫んだ。
孫空女は死んでいないか──?
まだ、大丈夫か──?
それだけを思った──。
「ぷはああ──。ひ、ひいっ──。も、もうやめてぇ──。の、『伸びろ』──」
孫空女の叫びが屍人の群れの中心で響いた。
沙那は安心した。
まだ、生きている──。
安堵のあまりに力が抜けそうになった。
その孫空女の身体が『如意棒』によって大きく浮きあがった。
こちら側に倒れてくる。
「孫女──」
沙那は落ちてくる孫空女の身体を掴んで一緒に倒れた。
「ひいいっ、いやだあっ──。そ、そんなとこに指を突っ込むなあ──。た、助けて──。いやあっ──」
驚いたことに、たくさんの切断された腕が、孫空女の局部や臀部、あるいは乳房などに群がっていた。
しかも、それらの手は、ずっと孫空女の身体をくすぐり続けていたようだ。
孫空女の身体には、いまだにたくさんの「手」がしがみついていて、孫空女が真っ赤な顔でのたうっている。
沙那は、孫空女の身体にくっついていやらしく指を動かし続ける腕をひとつひとつ剥がして捨てる。
「孫空女、お前、つくづく、災難を背負い込む女だねえ──。屍人どもにまで乳くられていたのかい?」
宝玄仙が笑った。
次の瞬間、孫空女に群がっていた屍人の腕が一斉に外れた。
そして、空中に浮かんで、一瞬だけ炎に包まれてから燃えた。
宝玄仙の道術のようだ。
「さ、災難を背負い込むって……。ご、ご主人様に言われたくないよ──」
孫空女が、荒い息をしながら、『如意棒』を握り直して立ちあがった。孫空女の服はあちこちが破れていて、右の乳房は完全にはみ出ている。
しかし、孫空女は気にした気配もなく、『如意棒』を屍人兵たちに構えた。
「確かにね」
沙那も剣を抜く。
孫空女とふたりで背に宝玄仙を挟んで、こちらを囲み直してきた屍人兵に武器を向ける。
「お前たち、とりあえず、ここはわたしに任せな──。道術が相手ならわたしの出番だ。それに、この土地は本当に大地から霊気が満ち溢れているね。こんなに気持ちよく道術を発揮できるのは初めてだよ──」
背中の宝玄仙が声をあげた。
その瞬間、強い風のようなものが周囲を吹き飛ばしたと思った。
三人が立っている周囲一間(約十メートル)の円の範囲内の屍人兵が一瞬で炎に包まれて消滅した。
「くっ……。さすがに、屍人の身体を一気に消滅させるなんざ、骨が折れるね……。結界を張るよ」
宝玄仙が疲労に襲われたような声で言った。
すぐに次の屍人兵が周囲に集まってきたが、その全員がさっき宝玄仙が屍人兵を消滅させた場所で静止した。
そこでとまったというよりは、そこから先に進めなくなったような感じだ。
その位置で宝玄仙は結界を張ったのだと思う。
屍人兵たちが見えない壁に当たって進めなくなったのだ。
しかし、次の瞬間、大きな爆発音に包まれた。
そして、強い風圧のようなものを感じた。
沙那は、すぐにはなにが起きたのかわからなかったが、数瞬後には正面に張りついていた屍人兵が同時に爆発したのだと悟った。
「くっ……。そんなこともできるのかい……。こりゃあ、いくらなんでも続けては支えられないよ……。屍人兵たちの存在そのものは道術の結界で防御しやすいけど、屍人兵を爆発させたときの爆風は物理的な攻撃だからね。それは別の集中が必要なんだ……」
宝玄仙が舌打ちしながら言った。
沙那もそれは理解している。
宝玄仙の結界は絶対的に強い。
道術攻撃をほぼ完全に防げるだけではなく、結界の内側に誰も入って来れないように封鎖もできるのだ。
だが、極めて速度があるような爆風、銃弾、矢弾のようなものは宝玄仙の結界でも防ぎにくいのだ。
そこまでのものは人間の反応速度の限界を超えてしまうので、どうしても、結界をすり抜けやすいらしい。
それでも、宝玄仙は結界で爆風を支え続けてみせた。
だが、これを続けられると、宝玄仙の精神力が尽きてしまうと思う。
結界の外側に第二弾の屍人たちが張りつき出した。
離れたところにいる術者は、これを何度も続けるつもりに違いない。
「ご主人様、術者のいるところに『移動術』で跳躍できませんか……?」
沙那は叫んだ。
「『移動術』かい……? ここまで近づけば、なんとか、跳躍のための結界を刻むこともできると思うね……。はっきりと見えている場所なら跳躍のための結界を刻むことができるからね。だけど、さすがに防護結界を維持しながら、そんなことはできないよ」
「次の爆発を防いだら、結界を解いてください。襲ってくる屍人兵はわたしと孫女で防ぎます」
「わかった」
宝玄仙が背後でうなずくのがわかった。
やがて、第二弾の爆風が起きた。
さっきよりも、風圧が強い。
宝玄仙が爆風に耐える力が鈍っているのだろう。
すると、その後ろに待機していた屍人兵が一斉に突進してきた。
宝玄仙が結界を解いたのだ。
沙那は目の前にやってきた屍人兵の武器を持つ腕を剣で刎ねた。
だが、腕を飛ばされた屍人兵は、そのまま残った片手で沙那の利き腕を掴んだ。
それだけじゃなく、切断した武器を持った腕も地面に落ちてから、這うように進んでくる。
そして、別の屍人兵が畳みかけて襲ってくる。
「沙那──。こいつらに刃物は通用しないよ。腕を斬られても、首を斬っても倒れないからね。身体を弾き飛ばすしかない──」
孫空女が叫んだ。
沙那の掴んでいた屍人兵が、孫空女の『如意棒』で後方に飛んだ。
「それにしても、気持ち悪いわねえ、こいつ──」
沙那も新手を蹴り飛ばして身体から離した。
「お前たち、いくよ──」
宝玄仙が叫んだ。
目の前の風景が消滅した。
腹がねじれるような感覚が襲い、新しい景色が現れた。
目の前に黒いフード付きのマントを被った男がいた。
突然に出現した沙那たち三人にびっくりしている。
「お前が元凶かい──」
服がびりびりに破れて片側の乳房が露出したままの孫空女が『如意棒』を突きだしたのがわかった。
「ぐああ──」
術者は呻き声とともに地面に倒れた。
そこに孫空女が躍りかかる。
「観念しな──」
『如意棒』で倒れている男からマントを引き剥がし、さらに、喉に『如意棒』の先端を突きつけた。
「なにかしてみな──。霊気のようなものが動いたのがわかったら、その喉を突き破るよ──」
孫空女が叫んだ。
術者の顔は髪も眉もなく真っ白い肌をしていた。
老人のようでもあり、青年のようにも見える。
顔は人間に似ているが、明らかに別の種族だとわかる。額に瘤のような小さな角がある。
亜人だ──。
「観念しな、屍人遣い……。味方まで殺して、なんてことするんだい?」
宝玄仙が男に近づいて、頭に手をかざした。
「うおっ──。ま、霊気が──? な、なんだ、お前──。この俺から霊気を取り去ることができるのか──? に、人間族ではないのか──?」
男が驚愕している。
どうやら、宝玄仙は男の帯びている霊気を一瞬で消滅させたようだ。
これで男は道術を遣えないはずだ。
孫空女が『如意棒』を引きあげて小さくすると、耳の中に隠した。
そして、さっき男から剥がしたマントを身体に身に着ける。
男は倒れていた身体を起こしたが、沙那は抜いている剣を突きつけて、座った状態になったところで、動くのをやめさせた。
沙那はふと、屍人兵たちに視線を動かした。
術者の操りのなくなった屍人兵はすでに屍体に戻っている。
こっちに向かうように列をなしていたが、その列の状態で倒れて、ただの屍体に変わっている。
「あんたは、玉面という牛魔王の部下ね?」
沙那は訊ねた。
「いかにも玉面だ……。だが、お前たちこそ何者だ? この俺が霊気の小さな人間族の女に道術合戦で敗北するなど……」
玉面が呻くように言った。
「屍人を操るくらいの大したことしかできないお前が、ほざくんじゃないよ。わたしは宝玄仙という旅の道術遣いだよ。人間族には違いないがね」
沙那の横で腕組みをして玉面を睨んでいる宝玄仙が言った。
「ほ、宝玄仙だと──? あの
玉面は目を丸くした。
「紅孩児? 誰だい、それ?」
宝玄仙は不機嫌そうに言った。
沙那は呆れてしまった。。
九霊聖女によれば、沙那たちが牛魔王の息子の紅孩児を殺したという事実は、この魔域における金角と牛魔王の大戦争の引き金になったほどの大事だったらしい。
だが、そんなことは、当の宝玄仙は意にも介していない。
だから忘れるのだ。
そのことについて、宝玄仙としては別段の悪気はなく、本当に覚えていないだけなのだが、相手は侮辱されたと感じるようだ。
案の定、玉面はむっとした表情をしている。
だいたい、紅孩児のことはこのあいだ説明した。
しかし、もう忘れてしまったようだ。
「紅孩児を殺したのはあたしだよ。あたしが
孫空女が言った。
沙那は宝玄仙に紅孩児事件のことを耳打ちした。
宝玄仙はそれでもよく思い出せないようだったが、その事件のあとに、宝玉を交えて、みんなで肛門責めの対決をやり合ったと付け加えたら、やっと思い出してくれた。
これには沙那も苦笑するしかなかった。
「赤毛女は、孫空女という名なのか……。そっちのお前は?」
玉面が沙那を見た。
「沙那よ」
「なるほど、宝玄仙に、孫空女と沙那か……。金角が仕える気になった人間族の魔女が、ついに魔域にやってきたというわけだ。牛魔王様もお喜びになるであろうな……。牛魔王様はお前に復讐をしたくて、人間族の世界にたくさんの密偵をお送りなさっているのだ。それでも、なかなか発見できなかったが、わざわざやって来るとはな」
「なにが復讐だい──。それはこっちの台詞だよ。金角と銀角の仇はきっちりと取らしてもらうよ。牛魔王だか、なんだか知らないけど、金角はわたしの“ねこ”だったんだ──。銀角もね」
宝玄仙が口を挟んだ。
「き、金角がねこ?」
玉面が少し驚いたような顔になった。
沙那はややこしくなりそうなので、宝玄仙の前に出るようにして、身体を玉面に正対した。
そして、一度振り返って、宝玄仙にあることをささやいた。
宝玄仙はうなずいた。
改めて玉面に向かう。
「……それにしても、随分と無茶な戦いをするじゃないの、玉面? 味方を味方とも思っていないような戦い方だったわよ。手段を選ばないというのが、あんたらのやり方なの? 田楽天に従っていた亜人兵は、この地域一帯の部族の戦士なんでしょう? それを殺して屍人兵にして戦うなんてね」
沙那は玉面に言った。
「ふん──。
玉面は吐き捨てるように言った。
「それがあんたらの本音ということね……。どうやら、あんたは、牛魔王に派遣された巴山虎の助っ人いう感じのようだけど、あんたらの本心は、実際には巴山虎を助けるつもりも、巴山虎に従っている部族を救うつもりはないんでしょう? お互いに共倒れさせて、疲弊したところを改めて征服つもりなんじゃないの? そのために、巴山虎なんて小者を傀儡の魔王にしたんじゃなくて?」
沙那はにっこりと笑った。
玉面が目を大きく開いた。
「ほう……? さすがは、謀術に長けている人間族だな。そんなところまで見抜いたのか? まあ、そういうことだ。だが、これは、俺もおしゃべりも過ぎたな……。俺としては、牛魔王様の探している宝玄仙という人間族の女が魔域にやって来たという情報だけで、十分な牛魔王様への土産ができた。では、そろそろ、引きあげさせてもらおう……。ではな──」
玉面がにやりと微笑んだ。
なにかを懐から取り出した。
「いかん──。道術紙だよ。逃げるつもりだよ──」
宝玄仙が悲鳴のような声をあげた。
道術紙というのは、あらかじめ規定の霊気を込めて道術を刻んだ紙の霊具であり、これがあれば、霊気がなくても道術が遣える。
遣い捨てで、もともと、霊気のない人間族が道術を使用するために作られたものだ。
それで逃げるつもりなのだろう。
しかし、そんなことだろうと思っていた。
沙那は躊躇せずに、玉面の片側のふくらはぎに剣を突き刺して、地面に串刺しにした。
いくらなんでも身体の一部をここの地面に繋がれてしまっては、『移動術』の跳躍はできない。
「ぐああああ──。な、なにをするかああ──」
玉面が刺された脚を抱えるように絶叫した。
道術紙が効力を発揮したように感じたが、跳躍はできなかったようだ。
玉面は同じ場所に留まり、霊気を発散し終った道術紙は灰になって四散した。
「孫空女、まだ、なにを隠し持っているかわからないよ。構わないから、素っ裸にしちまいな」
宝玄仙が吐き捨てた。
「はいはい……。じゃあ、観念しな」
孫空女が渋々という感じで玉面に覆いかぶさって、服を引きはがし始める。
沙那はとりあえず、剣を脚から抜いた。
「な、なにをするか──。や、やめんか──」
「うるさいよ──。あたしだって、好きこのんでやってんじゃないさ。お前が悪いんだろう。大人しくしな──」
悲鳴をあげる玉面から孫空女はどんどんを服を剥いでいく。
さすがの玉面でも、霊気を封じられてしまっては、怪力の孫空女には敵わない。
あっという間に、玉面は素っ裸になってしまった。
「それから、尻の穴も点検するんだ、孫空女。男が身体になにかを隠せるとしたら、そこくらいだろうしね」
ついに泣き声をあげ始めた玉面を見て、宝玄仙が笑いながら言った。
「え、ええっ? ね、ねえ……。それはいいんじゃないのかい、ご主人様。霊具を持っているかどうか、ご主人様ならわかるんだろう? こんな男の尻の穴に手を入れるなんて堪忍してよ」
孫空女が赤い顔をして言った。
本当に嫌そうだ。顔にはたくさんの汗も吹き出してきた。
「つべこべ言うんじゃないよ、孫空女。さっさと尻の穴に指を突っ込みな」
宝玄仙が怒鳴った。
孫空女は、つらそうな表情で、暴れようとする玉面を押さえつけて指を肛門に差し込んだ。
驚いたのは、本当に油紙に包まれた小さな紙片が肛門から出てきたことだ。
孫空女が開くと、それも道術紙だった。
沙那もさすがにびっくりした。
「……じゃあ、連行しましょうか……。とにかく、牛魔王が本当は金角域の部族を共倒れさせるために、巴山虎を魔王にしたのだという生き証人ですしね……。ともかく、あんたがおしゃべりで助かったわ、玉面──。もっと、手こずるかと思ったけどね。おかげで面白い記録ができたわ」
沙那は言った。
「記録?」
素っ裸の身体を孫空女に押さえつけられている玉面が、きょとんとした表情になった。
「これでいいのかい、沙那?」
宝玄仙が懐から小さな球体を出した。
さっき宝玄仙に頼んだ『映録球』という記録霊具だ。
これで、牛魔王の旧金角域に対する真の狙いについて語る玉面を記録してもらったのだ。
これを大量に複製して、
この立体映像に接すれば、いまだに日和見を決め込んでいる部族たちも、雪崩を打って巴山虎への叛逆を決意するだろう。
「い、いつの間に──」
玉面が蒼い顔になって叫んだ。
その玉面を孫空女が無理矢理に引き起こす。
股間を両手で隠している玉面が、孫空女から後ろから小突かれて、本陣の方向に歩かされ始めた。