幾つかの部屋で待機させられて、何人かの文官らしき者に、同じことを質問された。
なぜ、
質問の趣旨はほぼ同じだった。
その度に、沙那は同じ解答をした。
なんの後ろ盾のない異国からやってきた女の旅人が、一国の王に目通りが叶うというのは、やはりかなりの面倒が伴うことのようだ。
だが、次第に沙那たちに会う文官の身分が高くなっていくのはわかった。
門前払いをされず、その日のうちに対応してくれているのは、同行している
なにしろ、この青蔡は、世捨て人のように人里離れて暮らしているが、長い歳月において、“徳者”あるいは、“仙人”という評判を得ていて、この国でもっとも長く生きている術遣いとして高い評判を持っているみたいだ。
しかも、その高い道術の能力を見込まれ、いまの国王には何度も、仕えよと使者を送られていたようだ。
だが、頑として、一切応じなかった。
その青蔡が、ついに山を降りて、向こうから国王に面会を求めてきた。
それは、驚くべきことらしい。
沙那の伝言の内容もさることながら、同行した青蔡が本物なのかということを王宮の者たちは、見極めようとしてたようだった。
ともかく、だんだんと対応する者の服装が上等になり、部屋も豪華になっていった。
いまいるここも、かなりの格式のある部屋だというのはわかる。
「……それにしても、青蔡さん。本当は、ご主人様とどういう関係なのさ。いい加減にもう教えてよ」
孫空女が、隣の椅子に腰掛ける白髪の長髪の老人――、すなわち、青蔡に声をかけた。
「わしは、お宝の最初の男……。ということになるらしいのう」
青蔡は含み笑いをしながら言った。
「ええ?」
孫空女が声をあげた。
沙那も驚いた。
「ご、ご主人様の最初の男って……。ご主人様は、最初のときは、無理矢理に凌辱されたと言っていたよ」
孫空女が目を丸くしながら言った。
「ほう、あのお宝が、そんなことまでお前たちに教えたのか? わしこそ、訊ねたい。そんなに、お宝と親密なお前たちは、お宝とどういう関係なのだ?」
青蔡はまだ笑っている。
「た、ただの『玩具』だよ――。そうだったよね、沙那?」
「そうね、孫女……。それとも、奴隷だったかしら」
沙那は肩をすくめた。
少し前までは、宝玄仙の奴隷であるということなど、血も凍るような屈辱としてしか受けとめられず、絶望とともに諦念の中に押し込めていた。
しかし、いまは淡々とこれを受け入れられる。
多分、孫空女がいて、宝玄仙の奴隷であることを当たり前のように受け入れて過ごしている影響もあるだろう。
千人隊長の身分を不当に奪われ、冤罪で無理矢理に奴隷にされたことを思い出すと、いまでも忸怩たるところもあるが、孫空女がいれば耐えられる。
孫空女と一緒なら、この旅を愉しいものと感じることができると思うし、朱姫という新しい仲間もできた。
宝玄仙のことも、いまでは同じ旅の仲間として、心を許せる存在になってきた気もする。
沙那にとっては、それらのすべてが孫空女の存在によるところが大きい。
いまでは、こうやって、宝玄仙の奴隷であると、あっさりと、そして、なんの葛藤もなく口にできるまでになった。
「『玩具』に『奴隷』? それこそ、嘘をつけ――。お前たちのような女戦士が、そんな立場に甘んじているわけがないじゃろう」
「それはそれで、いろいろとあったんだよ、青蔡さん」
孫空女は言った。
すると、また、青蔡が愉快そうに笑った。
「それにしても、あなたが、ご主人様の……、その最初の方……というのは本当ですか?」
沙那も好奇心に負けて訊いてしまった。
「そうじゃ。お宝に口止めされておるから、どのくらい前の話しなのかは教えられんがな、沙那殿」
「無理矢理……ですか?」
本当だろうか?
「形の上ではな、沙那殿」
「形の上?」
「知っているとおり、お宝は、希代の術遣いじゃ。その気になれば、わし程度の術遣いをやりこめるのは、簡単じゃったろう。だが、お宝はそれをせんかった。それに比べれば、当時のわしは、女となれば、相手が人間であろうが、雌妖であろうが見境のない男でな――。実力の違いもわからず、ただの慰み者にするつもりで、その若い旅の巫女に手を出したということじゃ」
「本当に、それがご主人様の初めてだったのかい、青蔡さん?」
孫空女だ。
「おそらく、あの初心な反応は間違いなかったろうのう。処女の証もあったな……。あの希代の女三蔵の最初の男がわしだったと思うと、それだけで、わしは、いまでも心が震えるわい」
青蔡はにこにこしている。
「ところで、あなたは、この宝象国では、“徳者”と呼ばれている慈悲のお方という評判のお方なのですね? さっきまでの文官のお話によるとそういうことでしたが……」
沙那が
「なにが、“徳者”なものか。確かに、わしは、人間であろうと、妖魔であろうと、弱っている者を見捨てず、また、差別もせん。それは、わしの罪滅ぼしのようなもので、決して人に褒められるようなことではないわ。もっとも、“徳者”という評判も、こうやって、役に立つこともあるので、そのときは、せいぜい利用してもらっておるが」
「でも、あなたが、山を降りるというのは大変なことなのでしょう? 文官たちも、本当に青蔡殿なのかと、驚いておりましたが?」
「なんの、沙那殿。お宝に頼まれれば、嫌とは言えんじゃろう。それこそ、罪滅ぼしじゃ。お宝の若い頃に、わしがやった仕打ちを、あの時のお宝は許してくれた。それを言われれば、お宝の頼みの十や二十は、躊躇なく応じねばならんじゃろう」
青蔡は、なにかそれが愉しいことであるかのように言った。
「でも、ご主人様の言うことを、いちいちまともに聞いていては、大変なことになるよ。とっても我儘なんだ。子供みたいに」
孫空女が口を挟んだ。
すると、青蔡が爆笑した。
「なるほど、なるほど、本当に、お前たちは、あのお宝の真の友じゃな。わしが言うのも変じゃが、あのお宝を見捨てんでやってくれ。お宝が、あの帝国でやらかした騒動のことは、わしも耳にしている。お宝が西に逃げている理由も知っておる。わしも同行して、お宝を助けてやりたいが、わしでは役には立たんし、お宝も、それを望みもせんじゃろうしな」
青蔡が頭を下げた。
「や、やめてください――」
沙那は驚いて言った。
「そうだよ、青蔡さん。あたしらが、ご主人様の友だなんて……。ご主人様に聞かれたら、それこそ、つけあがるなと、どんな罰を与えられるかわかんないよ」
孫空女も言った。
「ははは――。まあ、あれも、お宝の酔狂のひとつじゃ。付き合ってやってくれ」
「どうせ、あたしらは逆らえないんだよ、青蔡さん。青蔡さんは、わかっていないよ」
孫空女は言った。
また、青蔡が笑った。
「それにしても、大丈夫かのう、あいつら?」
少し間があってから青蔡が静かに言った。
「あいつらとは……ご主人様と朱姫のことですか?」
「そうじゃ、沙那殿。無茶をせんといいが――。あの朱姫という半妖の娘は、お宝以上に危険な匂いがしたのう。復讐に歯止めのきく感じではなかった……。かといって、お宝は、さらに火に油を注ぎまくる女じゃしなあ……。あの白骨も、少しはわしに縁がある女じゃ。ある程度は仕方がないが、あまりにも手酷いことはして欲しくないのう」
「やっぱり、あたしは残った方がよかったかなあ、沙那?」
孫空女が言った。
「な、なに言ってんのよ、孫女。あんたが残っても一緒でしょう。あの
沙那は言った。
「だ、だって――。沙那は連中に捕らわれていないから、そう思うんだよ。あたしが、あの五荘観院で、どんな目にあったか……」
「それでも、あんたらがやろうとしたあれは、やり過ぎよ」
「なにをしようとしたのじゃ?」
青蔡が興味深そうに、口を挟んだ。
「……い、いえ。以前、ご主人様やわたしたちを襲撃した教団兵がいまして……。なんとか撃退したんですが、最後に、その教団兵を率いていたふたりの隊長をわたしらは生け捕りにしたんです。そのときに、仕返しに……そのう……ご主人様や、この孫空女が……」
「一物を斬り落としてやろうとしたんだよ」
言い難そうにしていた沙那に代わって、孫空女がはっきりと言った。
「一物?」
青蔡も驚いている。
「そうだよ。沙那がとめなきゃ、やっていたね。今度、襲ってきたら、本当にそうしてやる」
「そのときには、もう、とめないわ」
沙那は、嘆息した。
「それで、その教団兵の隊長は、それから、どうしたのじゃ?」
「三日ほど苛め抜いてから放逐したよ、青蔡さん。全身の毛という毛をむしって、素っ裸でね。二度と剣なんて握れないくらいの痛めつけ方はしたから、実際のところ、あのまま山で、獣にでも食われたんじゃないかな」
「恐ろしいのう……。わしも、孫空女という女戦士を怒らせんようにするよ」
「青蔡さん。この沙那だって、結構、残酷だよ。一物を斬る代わりに、自分で陰毛をむしらせろと提案したのは、沙那だったんだよ。あいつら、泣きながら、自分の陰毛を一本残らず、引き抜いたんだ。あたしは、すっぱりと斬り落としてやった方が、男としての対面は保てたと思うけどね」
「それくらいのことをさせないと、ご主人様がやめないじゃない。ご主人様は、そっちの方が面白いと思ったから、あれを斬り落とすのをやめたのよ」
「どっちも、どっちじゃ――」
青蔡が呆れた声を出した。
そのとき、不意に、ひとりの役人らしき男が入ってきた。
沙那は、孫空女と青蔡とともに立ちあがった。
これまでに会った文官は、全員が揃いも揃って、権力を笠に着たような厳粛な顔つきをしていたが、眼の前の壮年の男からは、そういう印象は受けなかった。
もっとも、身につけている衣服や装飾具から判断すると、かなりの身分の高い人物というのがわかる。
沙那は、どれくらいの敬意を相手に示せばよいのかわからなかった。
横の青蔡をちらりと見る。
その青蔡は無反応だった。
しかし沙那は、青蔡も宮廷のことはなにもわからず、宮廷の文官たちどころか、国王の顔も知らないとは言っていたことを思い出した。
なにしろ、数十年も自分の隠棲する山から降りたことはなかったのだ。
それが宝玄仙の頼みで、王宮への仲介と白骨を捕える手伝いをするために、山を降りただけなのだ。
「お前たちが、青蔡に、そして、沙那に孫空女だな?」
その役人が言った。
「そうです」
三人を代表する立場である沙那が応じた。すると、その役人がにこりと笑った。
「本来であれば、“そうです、陛下”と応じるべきだな。まあよい。儀礼に縛られるのは、嫌だし、余の娘の行方を知っておるらしい大切な人間じゃ。それで、このような場を準備させてもらった。とりあえず、無礼講でいこう。この宮廷の術遣いでさえもわからんかった百花の行方だが、青蔡であれば、確かに宮廷付の道術遣いでも知り得ぬこともわかるのかもしれん。とりあえず、座れ」
沙那は、眼の前の男が国王自身と知って驚いた。
改めて儀礼をした方がよいのか迷ったが、“座れ”という言葉で、さっさと孫空女と青蔡は椅子に腰かけてしまった。
沙那も仕方なく儀礼なしに座る。
「ところで、そなたがあの青蔡というのは真か?」
国王が言った。
「いかにも、陛下」
青蔡が応じる。
「青蔡といえば、この国でもっとも古い術遣いだ。なれば、余の百花の行方を探し当ててくれるか?」
「そのようなことをわしが行うには及びますまい、陛下。この沙那殿は、その百花姫様の行方を知らせに来たのですぞ」
「では、お前は、なんの用件で来たのだ、青蔡? てっきり、偉大な術遣いの青蔡が、この一件に能力を貸してくれると思っていたのだが?」
「まずは、その沙那殿と話をされるべきでしょう、陛下」
青蔡が言うと、宝象国の国王である
「どっちが、沙那だ?」
「わたしです」
「いま、青蔡が、お前が百花の行方を知っていると言ったが?」
「まずは、これをご覧ください」
沙那は、内袋に持っていた百花の手紙を差し出した。父親に当てた百花の私信であるので、これまで文官には渡さずに持っていたのだ。
それを眺めていた龍鳳王は、やがて、震えはじめた。
「こ、これは……。本当に百花の文字だ。間違いがない。余にはわかる。お、お前は百花に会ったのじゃな」
「会いました。わたしは、その百花姫様に命を救われたのです」
沙那は言った。
王は一心に手紙を読み続けた。
やがて、顔をあげた。
「……この手紙には、百花が元気であること。一緒に浚われた二人の侍女の
「百花姫様は、もう王都に戻る意思はないとわたしにおっしゃられました、陛下」
沙那は、まっすぐに龍鳳王を見た。
「なぜだ? い、いや、そなたは、百花とどこで会ったのだ?」
「
「おおっ」
龍鳳王は卒倒せんばかりに絶望的な表情をした
「で、では、百花は、
龍鳳王は叫んだ。
「おお、なんということか。それにしても、なぜ……」
「それについての説明は、わしがした方がよいでしょう」
青蔡が言った。
「青蔡殿も、この一件について知っておるのか?」
「多少は」
「説明をしてくれ、た、頼む」
龍鳳王が頭を下げた。
「頭を下げるなど、おやめください、陛下……。陛下は勘違いをされているようです。この一件にもっとも関係があり、そして、もっとも罪の深いのは、この青蔡なのです。わしは、処刑されるために、ここに来たのですぞ」
青蔡がそう言ったので、沙那は驚いてしまった。
「……ど、どうして、そんなことを言うのさ、青蔡さん」
孫空女が声をあげた。
「物語は、二代前の王の時代のことになります」
青蔡は静かに語りはじめた。
「二代前……?」
「はい、陛下。陛下の祖父に当たるお方です。当時、わしは、この帝都で娼館を営んでおりました。その娼館に、当時の王陛下はよく、お忍びでやってこられました。いまは、閉ざされておりましょうが、王宮の地下道には、宮廷の外に通じる隠し通路がおありでしょう? もともとは、あれは、わしの娼館に繋がっていたのです」
龍鳳王が驚いている。
思い当たることがあるのだろう。
「……陛下は、ある特殊な性癖がおありでした。わしの娼館は、それを満足させることができるので、陛下は、お気に入りになられたのです。陛下の求める相手は、特殊でございまして、後宮に入れるわけには、いかなかったのです」
「特殊な相手とは、青蔡殿?」
龍鳳王は言った。
「雌妖です。陛下は、人間ではなく、雌の妖魔を相手にするのがお気に入りだったのです」
「ま、まさか……。あ、青蔡、お前は、王家を愚弄するか。先々代の国王といえば、無敵王とも称される偉大な王……。それが、雌妖を好んでおったと言うか――」
龍鳳王は椅子の手摺を力一杯叩いた。
だが、青蔡は、少しも動じる気配はない。
「真の話です。確か、“紅”という名の部下がいつも一緒でした。わしには、あの男が王宮付の道術遣いのように思えましたが……」
「紅だと――? それは、無敵王の“影”の名だ。いつも一緒にいた。老いてからは、ふたりとも長年連れ合った夫婦だと見まがうほどに、仲良く暮らしていた。余も幼かったが覚えている」
「影?」
「諜報をし、謀略をする者たちのことじゃ。無敵王は、そういう存在をうまく操って、敵対する勢力や帝国との交渉に利用した……。いや、しまったな。これはそなたらに明かしてもよい話ではなかった……」
龍鳳王がうっかり口走ってしまい、都合が悪いという顔をした。
「聞くべきではないというお話であれば、わたしたちは失念します。ねえ、孫女?」
沙那は口を挟んだ。
「うん」
孫空女も頷く。
「では、話の続きをしましょう。ある夜のことです……。それは、わしが、王都で過ごした最後の夜になりましたが……。陛下は……無敵王でしたかな? 無敵王は、ひとりの雌妖を犯しながら殺しました。それが愉しいとおっしゃられて……。ところが、殺されたその雌妖の死骸には、まだ、生きている胎児がおりました」
青蔡は再び語り始めた。
「……わしは、その胎児を道術の力で包むと、山にこもり、生命を繋ぐ役割を果たしました……。それはわしの償いでもありましつ。幸いにも、その雌妖の胎児はなんとか命を取り留め、無事に育ちました……。このわしとともに、その山で育ち、わしが術を教え、わしが愛情を込めて育てた息子です」
「もしや、それが……?」
「黄袍魔です、陛下」
「なんと――」
「あの黄袍魔……、つまり、椀子山で妖魔を集め、強大な力を示して、妖魔の支配域である魔域を陛下に認めさせた強力な妖魔の王――。あの黄袍魔は、わしの育てた息子なのです」
沙那は驚いた。
あの黄袍魔が、この国とそんな因縁を持っていたとは想像もできなかった。
「そ、その復讐のために、黄袍魔は余の娘を浚ったというのか?」
「出生の秘密を教えたのは、わしです。わしは、黄袍魔に対する罪滅ぼしのつもりで真実を語ったのです。だが、黄袍魔は、わしに手をかけず、山を降りました。数年後、黄袍魔は、椀子山において、妖魔の王になっておりました」
龍鳳王は絶句している。
「……それだけではありません。その黄袍魔から、人間の女を浚いたいから手を貸せと、わしに手紙が届きました。まさか、黄袍魔の狙っている相手が百花姫様とは思わず、わしは、ある奴隷商人の女を紹介しました。その奴隷商人の女は、見事な仕事をやったようです。百花姫様を直接浚ったのは、その奴隷商人の女のようですな」
龍鳳王は指を鳴らした。
部屋に数名の衛兵が入ってきた。
すでに剣を抜いている。
「なるほど、話はわかった。他にも余でなければわからぬこともあるが、それについてもすべての辻褄は合っておるようだ。ならばこそ、百花が浚われた一件については、お前が関与しているということも信じるしかない、青蔡」
龍鳳王は立ちあがり、衛兵の背後に退がった。衛兵の中には、宮廷の道術遣いも混ざっているようだ。
「お待ちなされ、陛下。わしはともかく、このふたりの女には、関係のないこと。それに、この沙那殿は、百花姫様からの手紙を持ってきてくれたのでしょう? 黄袍魔と百花姫様がどうしているが、訊ねるべきでは? わしも、それを聞いて、山を降りる決心をしたのです。わしも、あの夜の一件の出来事について、そろそろ決着をつけたいのです」
「黄袍魔と百花がどうしたというのだ?」
龍鳳王が沙那を睨んだ。
「百花姫様は、黄袍魔の妻になったとおっしゃられました。実際に、百花姫様が術を使うのをこの目で見ました。わたしは、その百花姫様の道術で助けられたのです」
沙那は言った。
「百花が道術を?」
龍鳳王は声をあげた。
「『結婚の誓い』という契約魔術です、陛下。陛下も、『結婚の誓い』を結ぶということが、いかなる意味を持つかくらいは、ご存じでありましょう。そうでなければ、姫様が、妖魔城の中で、自ら魔術を遣うというのは考えられません」
青蔡は言った。
「な、なんということだ。あの百花が妖魔の……黄袍魔の真実の妻に成り下がったというのか」
龍鳳王の悲痛な叫びが起きた。
「だから、この件に決着をつけたいのです、陛下。わしの逮捕は大人しくお受けします。しかし、この沙那殿と孫空女殿のふたりは、解放すべきでしょう。そして、王の手紙を黄袍魔に届けさせるのです」
青蔡は龍鳳王を見ながら言った。
「手紙?」
龍鳳王が眉をひそめた。
「わしを逮捕したと伝えるのです。黄袍魔が百花とともに、結婚の挨拶に来なければ、わしを処刑すると……。黄袍魔がやって来る可能性は、五分五分ですが、『結婚の誓い』は、黄袍魔をも、百花への愛で縛る魂の誓約術――。百花を愛する黄袍魔は、わしの釈放に加え、結婚の挨拶を父親である陛下にするという名目であれば、百花とともにやって来ると思います」
「し、しかし、黄袍魔が来ても、この王宮には、あの恐ろしい妖魔の魔力に抗しうる者などおらん」
「ご安心ください、陛下。妖魔城の外であれば、この青蔡は、黄袍魔を無力にできる武器を握っております。それで黄袍魔を捕えればよいのです。百花姫様も取り返せます」
「それは、本当だな、青蔡?」
龍鳳王は言った。
「わしは、黄袍魔を育てた親ですからな。黄袍魔の弱点もわかってます……。陛下、わしを信じてくれれば、百花姫を取り返せます」
青蔡の言葉に、龍鳳王が考え込む表情になる。
束の間、完全な沈黙が部屋を包んだ。
衛兵たちもたちも、龍鳳王の言葉を待っている。
「よかろう……。青蔡殿を信じよう。いずれにせよ、余の力だけでは、黄袍魔の力には対応できん。椀子山も遠すぎる。余の力の外だ」
龍鳳王の言葉に、青蔡も満足気に大きく頷いた。
その青蔡が沙那と孫空女に顔を向けた。
「……沙那殿と孫空女殿には済まんが、もう一度波月城に戻ってもらいたい。手紙と一緒にな。わしの手紙があれば、少なくとも絶対に黄袍魔は、そなたらふたりには手を出さんと思う」
沙那の返事を待つことなく、青蔡は龍鳳王に視線を向け直した。
「できれば、陛下の私信を百花殿宛に準備していただくと、ありがたい」
「それはわかった」
龍鳳王は頷いた。
再び、青蔡が沙那と孫空女に強い視線を向けた。
「やってくれるな、沙那殿、孫空女殿?」
「それは、構いませんが……。でも、ご主人様に許可を貰わなければ……」
沙那は言った。
「ああ、それは、大丈夫だ、沙那殿。わしの企みについては、すでにお宝には説明し、承知も受けておる。お宝からそなたらへの伝言もある。“白骨のことで手がかかりきりと思うから、しばらく戻ってこなくてもいい”ということじゃぞ」
青蔡はにやりと笑った。
「わかりました」
沙那は嘆息した。