「馬鹿は行ったね……」
宝玄仙が言った。
「そのようですね……」
沙那は、隠れていた廊下から牢のある地下室に宝玄仙と孫空女とともに入った。
鍵束を取り出して、まずは牢の中から素蛾を外に出す。
「申し訳ありません、沙那様……。朱姫姉さんに唾液を飲ませてしまいました」
素蛾が意気消沈した様子で言った。
「まあ、それくらい仕方がないわ。まさか、脱出の前に悠々と女を犯してから去るなんて計算できなかったもの。朱姫には悪かったけどね……」
沙那は言った。
牢に監禁していた玉面が、なにかをまだ隠していることには薄々気がついていた。
だから、それを逆手にとって、わざと逃亡させたのだ。
玉面は、自分に装着されていた道術封じの手錠を、宝玄仙だと思い込んだ朱姫に装着して道術を封じた気になったらしいが、あれは、玉面の道術だけを封じるように宝玄仙に特殊な調整をしてもらったものだ。
ほかの者が装着されても道術が封じられることはない。
脱走の隙を作ってやれば、玉面が脱走することはわかっていたし、もしも、そのときに宝玄仙を捕える手段があれば、十中八九、宝玄仙も連れて行くと思った。
それで、朱姫に宝玄仙に変身させて、意図的に朱姫を巴山虎のいる宮殿に連れて行くように仕向けたのだ。
連れて行かれる前に、こちらに『移動術』の結界を残しておけば、朱姫は向こう側で『移動術』の出口の結界を刻むことで、ここと銀角が捕らわれている宮殿を繋ぐことができる。
そこから全員で乗り込んで銀角を救出する手筈だ。
沙那は、宝玄仙の姿だった朱姫が犯されていた場所の床を見た。
そこには、しっかりと、朱姫の『影手』の黒い手の影が残っている。
朱姫が霊気の繋がりを残していったという証拠だ。
あとは、朱姫が向こう側で『移動術』の結界を刻むのを待つだけだ。
すでに、沙那も孫空女も宝玄仙も突入の支度は整えている。
念のために、この襲撃計画は、
ほかの者に告げることで、思わぬところで向こうに情報が漏れてしまう可能性を消したかったのだ。
「だけど、おかげで突入は少し遅れると思うよ。素蛾の唾液は、最近、ますます強烈になってきたからね。このわたしでさえ、直接に飲まされると、意識を集中することができなくなって、しばらく道術を刻めなくなるんだ。朱姫が向こう側で『移動術』の出口を刻むのは、少しばかり後になるだろうね」
宝玄仙が言った。
沙那は驚いた。
「えっ、そうなんですか?」
沙那の計画では、向こう側に到着した途端に朱姫が『移動術』の出口を刻み、そのまま侵入する予定だった。
だから、こうやって三人で待っているのだ。
そう言われてみると、いまだに朱姫の刻む結界が繋がった様子がない。
「そうだよ──。素蛾の唾液は、いくらか時間がすぎれば効果も消えるけど、それまでは駄目だね。朱姫の身体の火照りが収まるのを待つしかないだろうよ」
宝玄仙が肩を竦めた。
「そ、そんな……」
沙那はちょっと心配になった。
玉面は、宝玄仙の身柄を最終的には牛魔王のところまで連れて行くつもりだろう。
そんなところまで連れて行かれると面倒だ。
しかし、朱姫が移動術の結界を刻むのが遅れれば、その前に牛魔王のところに連行される可能性も出てくる。
「まあ、朱姫のことだから、それでもなんとかすると思うけどね──。思惑と違って、ちょっとばかり朱姫が危うい目になったことについては、後で沙那が埋め合わせをしてあげればいいさ」
横で孫空女が気楽そうに言った。
「な、なんで、わたしがあいつに埋め合わせなんて──。な、なんてこと言うのよ、孫女──」
沙那は怒鳴った。
「そりゃいいね。しっかりと埋め合わせしな、沙那」
宝玄仙も横で笑っている。
「じょ、冗談じゃないですよ、ご主人様──。だいたい、わたしのせいじゃないですよ。玉面があんな仕返しをしようとしたのは、ご主人様のせいじゃないですか──。それにしても、毎回、さっきみたいに、食事に自分の精をかけさせるような嫌がらせをしていたんですか──?」
「まあ、面白いからね」
宝玄仙は悪びれもせずに笑った。
「あ、あのう……。それもわたくしが悪いんです……。わ、わたくしにできることはないでしょうか……。朱姫姉さんが心配なんです」
ずっと黙っていた素蛾が言った。
「少なくとも、素蛾が悪くないことだけは確かさ……。素蛾はここで待って、作戦がうまくいくようにお祈りをしててよ……。とにかく、あたしらも結界が繋がるまでできることはないよね。じゃあ、ここで待ってようか」
孫空女が朱姫が残した影手と置き去られた下着の前に胡坐をかいて座り込んだ。
*
風景が一変した。
変身霊具の力で宝玄仙に変身している朱姫が、玉面に連れられてやってきたのは、小奇麗な部屋の一室だった。
寝台があり、卓があり、書棚もあった。
玉面は朱姫を寝台に強引に座らせると、どこからか持ち出してきた長めの縄を首輪のように首に結んだ。
そして、その縄で両方の二の腕を胴体に緊縛してから、さらに前手錠の鎖に縄をかけて、その縄尻を寝台の脚に結んだ。
「ちょっと待ってろ、宝玄仙……。すぐに、お前を牛魔王様のところに、連行してやるからな」
玉面は、朱姫をそうやって寝台に結びつけてから、部屋の隅に向かい、棚から服を取り出して着始めた。
どうやら、ここは玉面自身の居室のようだ。
巴山宮に行くと言っていたから、ここは金角宮と呼ばれていた宮殿なのだと思う。
その宮殿内の玉面に与えられていた居室に跳躍してきたのだろう。
「あ……はあ……はあ……」
朱姫は懸命に息を整えようとした。
かなりの大量の素蛾の唾液を飲み込まされてしまった。
あの唾液は本当に強烈な媚薬だ。
いまだに身体が火照り、全身の疼きが収まらない。
それはいいのだが、どうしても道術を刻むほどの精神集中ができない。
玉面に宮殿に連れ込まれたらすぐに、こちら側に『移動術』の結界を刻んで、さっきまでいた要塞に刻んできた結界と結び、宝玄仙たちをここに呼び込む手筈になっていた。
そして、銀角を救出して、あわよくば、そのまま巴山虎を殺すか、捕えるかして、この宮殿を制圧してしまう作戦だ。
それで、本来お互いに金角の部下だった者同士が無駄な戦いはしなくて済む。
それが沙那の策だったのだ。
しかし、このままでは、その『移動術』の結界を刻めない。
朱姫は焦っていた。
「さて、捕らわれ者になった気分はどうだ、宝玄仙?」
すっかりと服を着替えた玉面が寝台に縄尻を括りつけている朱姫のところに寄ってきた。
そして、後ろから宝玄仙に変身している朱姫を抱きすくめ、服の上から腰のあたりや乳房の上を触りだす。
「あ、ああ……だ、だめ……」
媚薬に蕩けている朱姫の身体は、それだけで淫欲に押し流されそうになる。
朱姫は懸命に肩をくねらせて、玉面の卑猥な手を避けようとした。
そもそも、男なんかに触られるのは怖気が走るのだ。
それなのに、身体がかっと熱くなるものだから、朱姫は頭がおかしくなりそうだ。
「ははは、そんなに欲しそうにされると、もっと苛めたくなるな。もう一度、ここでやるか、宝玄仙?」
玉面は下袍の中に手を入れて、秘肉を指でまさぐってきた。下着はさっき脱がされたままだったので、下袍の下にはなにもはいていない。
「うっ、ううう……」
朱姫は喘いだ。
素蛾の唾液の媚薬によって、股間に触れられると、すさまじい快感に疼いてしまう。
「くっ……。い、いや……だ……」
朱姫は懸命に縄掛けされた身体をくねらせた。
すると、指が亀裂から動いて尻たぶに移動した。
そして、お尻の中に指をぐっと挿入された。
「はふううう──」
朱姫は飛びあがりそうになった。
弱点の肛門に指を入れられてしまい、激しい快感が全身を貫いたのだ。
「ひいいいい──」
「おっ? すごい反応だな? お尻が弱いのか? これか? これがいいのか?」
「いやあ──いや──いやだよ──や、やめて……ふうううう──」
面白がった玉面が執拗に肛門に挿入した指を動かしてくる。
火のような恥辱と快感があいまって、朱姫の身体はこれ以上ないほど熱くなる。
「いやあ……いや……いやあ──」
大した愛撫ではないが、もう淫情が暴発しそうだ。
このままでは……。
朱姫は焦った。
とにかく、全身の疼きをとめなければ、いつまで経っても道術を刻めない。
「ぎ、銀角に会わせて──。こ、ここに……いるんだろう──? お、お願いだよ。わたしを……ど、どこかに連れて行くなら……、そ、その前に、ぎ、銀角に……」
朱姫は、宝玄仙の口調で大きく喘ぎながら声をあげた。
「ぎ、銀角だと?」
玉面が指を動かすのをやめて、やっと朱姫のお尻の穴から抜いた。
朱姫はほっとした。
「そ、そう……だよ……。ぎ、銀角は……わ、わたしの……ねこ……だ、だったんだ……。あ、会わせてくれたら……濃厚な……女と女の……愛し合いを見せて……やるよ……」
とにかく朱姫は言った。
なんでもいい。
どんな手段を使ってもいいから、時間を稼ぎさえすればいいのだ。
そして、朱姫の言葉に玉面が爆笑した。
「そ、それはいい──。ははは──。巴山虎殿も鉄扇も面白がるだろう──。そうか……。お前ら女同士の……。そういえば、金角にしても、銀角にしても、男の影があるというのは耳にしたことがなかったな。なるほど、女同士が趣味だったのか──。よしよし、わかった。連れて行ってやろう──。いずれにしても、俺だけじゃ、お前を牛魔王様のところまで転送できないしな」
玉面が朱姫の首を腕にかけている縄尻を寝台の脚から外した。
「ついてこい──」
玉面が縄を引っ張って歩き始めた。
廊下に出た。
玉面に縄を引っ張られてしばらく歩くと、赤ら顔の亜人が前からやってきた。
玉面と宝玄仙に変身している朱姫を見てびっくりした表情になった。
「玉面──? どうしてここに──? それに、この女はなんだ──?」
その男は叫んだ。
「おう、鉄扇──。南山軍に捕えられていたのだが、やっとさっき隠し持っていた道術紙で脱走してきたところだ。とにかく、巴山虎殿のところに報告をする──。それと、この女は土産だ。驚くなよ。こいつは、牛魔王様がお探しになっていた人間族の女の宝玄仙だ。南山軍を率いていたのは、この宝玄仙だったのだ。逃亡の駄賃にさらってきたというわけだ」
玉面が笑いながら言った。
鉄扇という亜人は目を丸くした。
「ほ、本当か──? と、とにかく、牛魔王様に報せなければ……」
鉄扇はじろじろと朱姫の身体を眺めた。
「ぎ、銀角に……」
朱姫は大きく息を吐きながら言った。
「わかっている……。だが、その前にこの女を銀角のところに連れていくぞ、鉄扇。濃厚な女同士の絡みを見せてくれるそうだ。お前も見たくはないか──?」
玉面が言った。
「女同士? お前も好きだなあ……。俺は興味はないが……。まあ、いずれにしても、確かに巴山虎殿には報告はせんとな。銀角は巴山虎殿と一緒だ。明日には銀角が軍を率いて宮殿を出ることになったのだが、それまで抱き納めをしたいとか称してな……。まあ一応は、いま俺たちは巴山虎殿に仕えているということになっているのだからな。無視して、先に牛魔王様に報告してはおかしくなるか……。じゃあ、一緒に行こう」
鉄扇がうなずいた。
そのまま、再び、廊下を進まされる。
やがて、衛兵の守っている渡り廊下をすぎた。
渡り廊下を抜けると、別の建物に通じていた。
雰囲気から、さっきまでが政事をする正殿だとすれば、こちら側は魔王の生活空間である内宮という感じだ。
さらに廊下を進むと、堅牢そうな扉の前にやってきた。
部屋の前には、護衛を兼ねた従者らしき数名の亜人兵がいる。
「巴山虎殿に取り次いでくれ。玉面が戻ってきたとな──。そして、宝玄仙を捕えてきたとも言うんだ」
鉄扇が従者に告げると、従者が伝声の霊具でそれを部屋の中に伝えた。
すぐに、入っていいという返事が戻ってきた。
朱姫の縄尻は、そこにいた従兵に預けられて、玉面と鉄扇だけが部屋に入っていった。
しばらく待たされたが、やがて玉面と鉄扇が戻ってきた。
玉面が朱姫を従兵から受け取る。
「じゃあ、俺はとりあえず、道術通信で牛魔王様に報告してくる」
「ああ、頼むぜ」
鉄扇はどこかに去っていった。
朱姫は玉面に引っ張られて、部屋の中に入った。
「ああ、ああっ、あああっ──ゆ、許して──も、もう許して──あはああ──」
部屋に入ると、激しい女の声が響き渡っていた。
朱姫はぎょっとした。