“道は
古き友は石を投じ、古き恋人は
骨は折れ、顔は潰れ、四肢は
獣同然の姿となって卑しき者の
さらに、偉大な
三人の供が身を守るが
裏切らぬと信じた者の裏切りで
全員が卑怯な敵の虜となる
だが、三個の宝がひとつになるとき
万の苦痛が消滅し
お前は、束の間の幸福を支配する”
《お蘭の予言》
*
772 東からやってきた予言女
旅の魔女は瞑想に耽るような仕草をやめて、にっこりと微笑んだ。
笑うととても可愛らしい表情になった。
「それが宝玄仙殿のことを予言したものなのですか?」
ここは皇帝として謁見をする宮殿ではなく、以前から使っていた釘鈀の個人的な屋敷だった。
皇帝に即位をして、なにかと不自由になったが、かつての自由さを得たいときには、こうやって屋敷に戻って気さくに人に会ったり、ひとりきりでいるという自由な時間をすごしている。
帝都を訪れてきた彼女を宮殿ではなく、ここで面談することにしたのは、是非ともふたりきりで話をしてみたいと思ったからだ。
もっとも、ふたりきりといっても、ふたりが座る向かい合う椅子の横には、護衛を兼ねた侍女役として
陳嬌は得体の知れない道術遣いの女と皇帝となった釘鈀が護衛もなしに会うことなど大反対したが結局は受け入れた。
それが陳嬌が同席するという条件だったのだ。
しかし、会ってみて釘鈀自身もそうだが、陳嬌も彼女が危険な人間ではないことはすぐにわかったようだ。
穏やかそうであるし、敵意がないことは明らかだ。
また、この部屋にはあらゆる道術を封じる結界が張っているが、その必要もなかったような感じだ。
霊気のほかにも、彼女が武器となるような寸鉄も帯びていないことは、すでにいくつかの手段によって確認している。
まあ、武器を隠し持っていたとしても、陳嬌どころか釘鈀でもそれを防げるだろう。
彼女がなんの武芸のたしなみも持っていないことは、身のこなしから明らかだ。
「そうです。数年前にわたし自身が姉に教えたものです。わたしは西に向かう旅をとめたのですが、それでも、姉は思い留まりませんでした。姉は殺人を犯して逃亡していたのです。姉を二年間凌辱し続けた男たちが三人いたのです。姉はその者たちに復讐を果したのですが、その者たちは東帝国の重鎮だったのです。それで逃げざるを得なかったのです」
「重鎮にしろ、なんにしろ、宝玄仙殿を二年間も虐げられるとは信じられませんね。彼女はとてつもない力でしたよ。強い霊気を持つ大勢の亜人をたったひとりで無力化したのです。俺も助けられたのですがね……。彼女の力を封じるなど、たとえ東帝国の皇帝自身であったとしても、それが可能とは思いません」
釘鈀はきっぱりと言った。
「死んだ闘勝仙は、東帝国の歴史でもっとも力の強い道術遣いだと称されていました。ただ、性格は最悪でした。自分に逆らう者を虐げて蔑むのが大好きだったのです……。姉はああいう性格ですから、その闘勝仙に目をつけられたのです……。それに姉は美人ですし」
「そうですか……。宝玄仙殿を上回る道術遣いが……。さすがに道術帝国と呼ばれる東帝国ですね……。いずれにしても、宝玄仙殿は俺の恩人です。宝玄仙殿がいなければ、もしかしたら、俺は亜人に支配される人形に成り果てていたか、幽閉されて虜囚の身、あるいは処刑されて死んでいたかもしれません。彼女は我が帝国の危機を救っただけではなく、俺自身も助けてくれたのです」
すると、彼女がけらけらと笑い出した。
「姉が誰かの役に立つなど珍しいこともあるのですね……。わたしの知っている姉は、我が儘で、冷酷で、とんでもない嗜虐癖です。長い旅をして性格が変わったのかしら?」
今度は釘鈀が笑い出す番だった。
「我が儘で、冷酷で、嗜虐癖なのは確かですね……。この陳嬌なども彼女の洗礼を帯びた者のひとりです」
すると、客の女が陳嬌を見てくすりと笑った。
陳嬌が困った表情になった。
「なるほど……。姉のことですから、容赦のない仕打ちをしたのでしょうね。姉は、あなたのように自立した強い女を嗜虐するのが大好きなんです……。あれは病気ですね……。とにかく、姉になり代わってお詫びします……。申し訳ありませんでした」
彼女が静かに頭をさげた。
「あっ……。い、いえ……」
柄にもなく、気遅れしたような陳嬌の姿に、釘鈀は横で小さく笑ってしまった。
「いずれにしても、あなたのご依頼については、できる限りのことをさせてもらいます……。しかしながら、宝玄仙殿はすでに魔域……、あなたたちが西域と呼んでいる地域に行ってしまいました。しかも、強大な力を持った魔王と一触即発の状態にあるそうです。魔域で大きな戦をしようとしているのですよ……。彼女たちの状況については俺自身も危惧しているところです……」
「まあ……」
「しなしながら、その戦いにはこの西方帝国からも軍を出しているので、あなたを宝玄仙殿のところに送り届けるのは難しいことではありません……。でも、魔域は危険なところですよ、蘭玉殿」
「できれば、ただ“お蘭”と呼び捨てしていただけませんか、皇帝陛下。わたしは、そう呼ばれるのが好きなんです……。それと、危険は承知です。でも、わたしはどうしても、お宝姉さんに会わなければならないのです。とても大事な話があるのです」
お蘭こと、蘭玉が真剣な表情になった。
姉妹だというが、このお蘭と宝玄仙はほとんど似ていない。
同じように美女だが、宝玄仙が神々しいほどの美貌だとすれば、お蘭はどちらかといえば可愛らしいという感じだ。
そして、性格も違うようだ。
「わかりました。でも、お蘭、あなたを宝玄仙殿のところに送り届ける代わりに、俺の願い事をかなえてくれませんか?」
釘鈀は言った。
「願い事?」
「俺について予言をして欲しいのですよ。俺も皇帝になったからには……」
「生涯の伴侶ですか?」
すると、お蘭がくすくすと笑った。
訊ねたいと思ったことを見抜かれたことに、釘鈀は少し驚いた。
「よ、よく、俺が考えていることがわかりましたね……。もしかして、それも……」
「もちろん、不思議な力で心を読んだのではありません。わたしに予言の力があると知ると、かなりの人が占い替わりに、将来について質問をしてきます。陛下に限らず、独身の男性の一番多い質問がそれなのですよ」
お蘭は言った。
図星を突かれて、釘鈀は顔が赤らみそうだった。
「もちろん、占いはさせていただきます。でも、理解していただきたいのですが、予言と占いは違います……。わたしにとって、予言とは内から湧き出す言葉の泉のようなものです。わたし自身、どうして、そんな言葉が口から現れるのかわからないのです……。それに比べて、将来を知ろうと思ってやる占いは、当たることもありますが、間違っていることもあります。所詮は占いなどそんなものなのです。それでもよろしければ、わたしが見えたものをお教えしますが?」
お蘭が微笑んだ。
「構いません……。では、お願いします」
釘鈀は言った。
すると、お蘭は目の前にはない球体のようなものに手をかざして覗き込むような仕草になった。
「……陛下の横には、背の低い女性が見えます……。女性というよりは子供ですね……。どういうことでしょうか……? 歳を取らぬ者……。もっとも素朴で純粋なもの……? ううん……。わたしが感じたのはそんなものです。いずれにしても、近い将来ではないように思います」
お蘭は顔をあげて言った。
だが、釘鈀はびっくりしてしまった。
お蘭がいま言及した人物は、宝玄仙の連れていた素蛾という童女のことのように思ったのだ。
宝玄仙は素蛾のことを奴隷だとうそぶいていたが、実際には天神国という国から家出をした王女だったのだ。
それは少し調査をしただけですぐにわかった。
釘鈀は、その事実を知ってから、いずれ皇后を迎えるとすれば、素蛾のことを考えていた。
あの歳でありながら、亜人の襲撃を前にして釘鈀を庇った行動力、決断力、そして、優しさ……。
恋多き生活を送っていた釘鈀にとっても、素蛾のような女には会ったことがない。
王族であれば、身分としても申し分はないし、西方帝国の釘鈀の申し出であれば、天神国の王も后も不満はないはずだ。
自分があんな童女に心を奪われたことは、釘鈀自身驚きだったが、実際、あの事件以来、素蛾が救出されたということは承知しているものの、一度も会っていない。
釘鈀の心は落ち着かぬ状態にずっと陥ったままだった。
しかし、釘鈀が素蛾のことを真剣に考えているということは、そこにいる陳嬌でさえも知らないことだ。
だから、お蘭が素蛾のことを仄めかすような「占い」をしたことに少し驚いたのだ。
「あなたはもしかして、素蛾殿のことをご存知でしたか?」
釘鈀は思わず言った。
「素蛾殿?」
お蘭は首を傾げた。
どうやら、やはり知らないようだ。
「いや、宝玄仙殿の四人目の供に、あなたがさっき口にした相手とぴったりの童女がいるのですよ」
釘鈀は苦笑した。
「四人目? お宝姉さんには四人目の供がいるのですか?」
すると、なぜかお蘭が少しだけ驚いた表情になった。