*
“ふたつの宝を手に入れた者がすべてを手に入れるだろう。
その宝が魔物の土地にやって来たとき
偉大な魔王を倒して、その地を混沌に戻し
手に入れるべき者が手にすべき物を得るに違いない……。”
(北の魔女の予言)
*
「ふたつの
お宝が言った。
「そうよ……。それが、あたしが接した予言よ、お宝……。そして、そのふたつの宝を手に入れた者というのは、あたしだったのよ。だけど、あたしはその頃、最後の命で復活を遂げたばかりであり、霊気も小さくおそらく焦っていたのだと思うわ。その手に入れた“宝”をもっとも愚かな方法で処分してしまったのよ……。即ち、雷音に献上したの。あたしがあの価値に気がついたのは、それを雷音に与えてしまってからだったわ……。あたしは、その宝にそのような価値があるとは知らなかったのよ……」
「雷音大王に?」
「ええ……。だから、あたしには用のないものだと思って、雷音院における魔王の近習という地位を引き換えに渡してしまったのね。信じられないほどに愚かなことだったわ。あれの使い方さえわかっていれば、あるいは、いまの雷音の立場は、あたしであるかもしれないなかったのに……。いや、あたしであるべきなのよ……。雷音はあたしが手に入れるべきだったものを、あたしが与えたもので手に入れたのよ。魔域の覇王という地位をね……」
御影は苦々しく言った。
雷音院と呼ばれる宮殿地帯にある御影の屋敷だ。
御影はそこでお宝を向き合って寛いだ時間をすごしていた。
「その宝というのはなんだったのですか、あなた?」
「宝玄仙の命そのものよ……。『魂の欠片』ね。別名、『賢者の石』とも呼ぶわ……。道術遣いの持つ魂を分離して、それを宝石としたものよ。それがあれば、たとえ死んでも、魂の施術が行える術者がいれば、その道術遣いを復活できるわ……。だが、当時のあたしは、宝玄仙の魂などになんの価値も見出せなかったわ。だから、もっとも愚かな方法で手放してしまった……。賄賂として雷音大王に提供したのよ」
「つまり、あの女の魂の欠片を雷音に渡したということなのですね」
「そのときのあたしは、新たな命を得て復活したものの、かつての道術は遣えなくなり、途方に暮れていたのよ。それであたしを保護してくれる存在をさがしていた。魔域に棲む魔王でありながら、性質が穏やかで正直者の雷音は、庇護者としてうってつけだと思ったわ。だから、そんな失敗をしたのだろうね。情けないことよ」
御影は首をすくめた。
「もしかして、雷音はあなたが献上したその宝玄仙の魂の欠片の力によって……」
「そうよ。もともと雷音など、確かにある程度の力は持っていたものの、その霊気など魔域に存在した多くの魔王の中では平凡であり、数ある魔王のひとりにすぎなかったわ。それがあれほどの存在になったのは、あたしの与えた宝玄仙の魂の欠片のおかげよ。お前ももうわかっていると思うけど、賢者の石こと、道術使いの魂の欠片は『道術石』とも呼ぶわ。力の強い道術遣いの道術石は、ただそれを身体に入れるだけで、その道術遣いの力を得ることもできるのよ」
「まあ……」
お宝が唖然とした表情になる。
「雷音大王は、あたしの献上した道術石のひとつを自分の身体に入れ、もうひとつを自分に忠実な存在である牛魔王の体内に入れたわ。あのふたりが魔域最大の力を誇るようになったのは、それからのことよ。あたしはそのとき、自分がなんという愚かなことをしでかしてしまったのか知ったわ。あたしはあのふたつの道術石を手に入れたとき、それらを誰かにくれてやるのではなく、ただ、自分の体内に入れさえすればよかったのよ。それによって、あたしは魔域最大の力を手に入れ、魔域中の魔王はあたしにひれ伏しただろうに」
御影は説明した。
あのときのことを思うと、いまでも口惜しくて眠れない。
あの宝玄仙の持つ潜在的な霊気というのがそれほどのものだったというのは、いまでも信じられないが、実際、宝玄仙の魂の欠片を道術石として体内に入れた雷音大王と牛魔王はすさまじい力を手に入れることになった。
雷音大王は新たに得た力を使って巨大な雷音院を作り、牛魔王は大きな軍団を建設した。
ふたりが魔域の覇者となるのに一年もかからなかった。
そのあいだ、御影は雷音の近習として仕えながら、御影が手に入れることができたかもしれない魔域の覇王に雷音がなっていくのを指を咥えて見るしかなかったのだ。
「あなたが手に入れるべきだったものをあなたが取り戻すのに、わたしはどんなことでもします」
お宝が言った。
御影はしっかりとうなづいた。
そのとき、使用人が
この屋敷に来るように連絡をしておいたのだ。
「お呼びでしょうか、御影様……」
相変わらず不機嫌そうな暗い顔して鳴智はやってきた。
首には御影が装着させた『服従の首輪』がしっかりと嵌まっている。
目の前の宝玄仙の複製であるお宝に作らせたものであり、あの宝玄仙しか作ることでのできない絶対無敵の支配霊具である。
お宝は、宝玄仙の身体の一部から『治療術』によりほかの部位を復元することによって作った宝玄仙の複製だ。
ただ、宝玄仙と異なるのはお宝は宝玄仙とは異なり、攻撃的な道術の一切を使用することができない。
それはお宝を作ったのが、道術を封じる刻印が刻まれている手首だったからであり、どんなに御影が手を施しても、どうしても道術が制限された状態でしか存在できないのだ。
しかし、宝玄仙が天才的だった霊具作りの才能はしっかりと持っていた。
お宝は、ほかに誰にも作れないはずの『服従の首輪』を幾らでも作ることができた。
これを装着されて奴隷の刻みをされれば、どんなに強い道術遣いでも、人間であっても、道術力の弱い者、あるいは、霊気を持っていない者に対してでさえ、その絶対の支配に陥ってしまう。
支配霊具や支配道術は数あるが高い霊気を帯びる存在には支配術は効かないというのが常識だ。
しかし、この『服従の首輪』は、霊気の有無に関わらず、相手を支配してしまうのだ。
部屋に入ってくると、その鳴智がお宝の姿を認めてはっとした表情になった。
「あっ、お、お宝。や、やめてっ」
次の瞬間、鳴智の身体は、背中で棍棒にでもぶん殴られたかのように、がくりとのけ反って床に崩れ落ちた。
「さっさと立つんだよ。わたしの前に出るときにはどんな格好をしろと命じておいた、鳴智? 電撃はもうとめたよ。だけど、言いつけを忘れたんなら、思い出すまで電撃を流すよ」
お宝が鳴智を怒鳴りつけた。
とにかく、お宝は鳴智が大嫌いだ。
生理的に受け付けない様子だ
もともと、本来の宝玄仙も、この鳴智に長くいたぶられていた経験があるらしく、その記憶を受け継いでいるお宝は、最初に鳴智を見たときから虫唾が走るように嫌いになったようだ。
それで、なにかにつけ、鳴智に嫌がらせをしてなぶり続けている。
いまも御影は呆気にとられたが、おそらく、鳴智はお宝によって、なにか霊具のようなものを装着されているのだろう。それを操作されたのだと思う。
「や、やめて、やめてよ。あ、あんたがここにいるなんて、わかりようもないじゃないの、お宝……。待って、待ってたら」
そのとき、御影はやっとお宝の手の中に、なにかの操作具が握られていることがわかった。
どうやら鳴智の股間には、あの操作具によって電撃が流れる仕掛けがしてあるに違いない。
「早くするんだよ、早く」
鳴智が身体を床に崩したまま、慌てたようになにかを取り出そうとしている。
その身体が再びがくりと砕けて、鳴智が悲鳴をあげた。
再びひっくり返った鳴智の下袍がめくれて、股間の中が露わになった。
鳴智は下着の代わりに、股間を細い革帯のようなものを喰い込まされていた。あの革帯の内側に電撃を流す電極があるのだろう。
それがお宝も持つ操作具で自在に電撃を鳴智の股間に流すのだ。
「や、やめて。いうことをきく。なんでもするから」
鳴智が取り出したのは、ふたつの細い鎖のついている小さな鉤だった。
それを鳴智は自分のふたつの鼻の穴に差し入れると、頭方向に引っ張って鼻の穴が上にあがるようにして、細い鎖を首輪の後ろに装着して繋げた。
その顔で四つん這いになった。
「ぶ、ぶうう、ぶう。豚でございます、お宝様」
鳴智が屈辱に顔を歪ませて、四つん這いのままお宝に言った。
御影は噴き出してしまった。
「そうよ。このわたしの前にやってきたときは、例外なく豚の挨拶よ。忘れたら、いまのように電撃よ。わかったかい、豚」
お宝が悦のこもったような口調で言った。
宝玄仙の複製だけであって、女を嗜虐させると本当にお宝は愉しそうな表情になる。
そして、とてつもなく冷酷だ。
さすがは宝玄仙と同じ身体を持つだけある。
だが、一方でなにかが違うという感じも御影は抱いていた。
宝玄仙は、外面は冷酷で残忍な嗜虐者のようでもあるが、実はその本質は強い被虐癖でもあるのだ。
かつて、宝玄仙を調教したこともある御影は、それをよく知っている。
宝玄仙の嗜虐性は、本当の姿である被虐癖を覆っている隠れ蓑のようなものなのではないかと思うことさえある。
あるいは、嗜虐癖と被虐癖……。
その両方を持つのが宝玄仙なのかもしれない。
だが、御影の見るところ、このお宝は完全に嗜虐性の部分しかない。
いろいろと試してみたが、どうしてもこのお宝からは被虐の部分を外に出すことができない。
肉体を完全複製したので、性質も同等であるはずなのだが、やっぱりお宝は宝玄仙ではない。
所詮は偽者。
そんな風にも思っている。
「くっ。も、もう挨拶は終わったよ……。た、立っていいだろう、お宝……?」
四つん這いのまま、鼻を金具で上にあげている情けない姿の鳴智が言った。
この鳴智はいくらお宝から痛めつけられても絶対に屈服もしないし、負けてもいない。
それがお宝は余計に気に入らないのだろう。
案の定、鳴智の言葉にお宝はむっとしたような表情になった。
「いいや、そのままでいな、命令だよ。わたしは豚に跨って、この屋敷中をあちこち行くのが趣味なのさ。この人の話が終わったら、わたしを乗せて、四つん這いで歩き回るんだ。いいね。命令だよ」
お宝がそう言って立ちあがると、四つん這いの鳴智の背中に跨って乗った。
お宝の身体の重みを背中に受けた鳴智の顔が苦しそうに歪む。
鳴智の首輪に刻んである首輪に刻んでいる主人は御影だが、御影がお宝の命令にも従えと命令を鳴智に刻んでいる。
だから、鳴智はお宝の言葉にも、御影の言葉同様に逆らえない。
「鳴智、仕事よ」
御影はくすくすと笑いながら、お宝を背中に乗せている鳴智に言った。
「し、仕事?」
「雷音大王の後宮に、金凰妃の予言のことを仄めかした側女がいるらしいわ。それを探し出して殺しなさい。自殺したかたちに見せかけるのよ。三日以内にやりなさい」
御影は言った。
「わ、わかったわ……。だ、だけど、その見つけた側女が孫女だとしたらどうするんです。それでも殺していいですか……?」
鳴智が馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
御影は鳴智につかつかと歩み寄ると、その後ろに回って、いきなり下袍をめくりあげた。
お宝が鳴智の股間に喰い込ませた革帯は、ちょうど尻穴のところは金属の輪っかになっていて開いている。
御影はその輪っかに指を入れて、鳴智の尻穴に指を差し込んだ。
「ひいい」
鳴智の身体ががくりと揺れた。
だが、さすがにお宝を乗せたまま身体を崩すような真似はしなかった。
「あたしも、お前のそういう生意気な態度は嫌いよ。孫女のことはお前にはかかわりがない。放っておきなさい」
御影は鳴智の尻穴に深く挿し込んだ指をうねうねとくねらせながら言った。
鳴智は顔を真っ赤にして喘ぎ声をあげて、それに耐えている。
孫女というのは、御影が密かに送り込んでいる孫空女の複製だ。
かつて、女人国で雷音大王に献上するための美女を奴隷狩りしたときに、捕えた孫空女の腕から複製をして、一人前の人間にした存在だ。
いわば、孫空女の偽者だが、人間の姿にするときに特別な洗脳をして、御影に絶対服従の暗示を刻んでいる。
それはお宝も同じだ。
その孫空女の偽者を女人国で捕えた女奴隷たちを側女として雷音に献上するときに混ぜたのだ。
雷音をはじめ、すべての者は、御影のやった女人国における美女狩りと雷音への献上は、御影による雷音へのご機嫌取りだと信じている。
人間国の女人国は美女の住む国として有名だ。
そこで捕えた選りすぐりの美女を女好きの雷音に献上したのだから、それ以来、雷音は特別な地位を御影に与えてくれてもいる。
しかしながら、そのときの御影の本当の狙いは、まさに、孫空女の複製である孫女を雷音の近くに侍らせることだったのだ。
孫女は洗脳により御影に絶対服従を強いている以外は、あのとてつもない武勇の孫空女とまったく同じだ。
その気になれば、武器などなくても、雷音の首の骨くらいは叩き折れるだろう。
そのような者を雷音のそばに置く。
つまりは、その気になれば、御影はいつでも雷音を殺すこともできるということだ。
もっとも、まだその時ではないことはわかっている。
雷音大王で怖いのは、雷音自身よりも、むしろ魔域最大の軍団を率いている牛魔王だ。
あれほどの強い男が雷音大王に絶対的な忠誠を誓っているということが、雷音を魔域の覇者たらしめていると言っても過言ではない。
「わかったね、鳴智。それが終われば、またやってもらうことがあるわ。失敗しないように仕事を終えるのよ。これは命令よ」
御影は言った。
首輪の命令で自殺を封じているが、この鳴智は、油断すればわざと任務に失敗して、自分を誰かに殺させることさえやりかねない。
御影は鳴智の尻穴から指を抜いた。
それを鳴智の口に持っていく。
鳴智は少しだけ嫌な顔をしたが、すぐに諦めたような顔になり、鳴智の尻に挿入することによって汚れた御影の指を舐めて掃除を始めた。
「話は終わりよ、鳴智。じゃあ、お宝と遊んでもらうといいわ」
御影は笑いながら椅子に戻った。
「さあ、じゃあ、歩きなさい。少しでも怠けると、また股ぐらに電撃を流すからね。はい、出発、豚」
鳴智に跨っているお宝が、片脚で思い切り鳴智の腹を蹴った。
小さな呻き声をあげただけで悲鳴を耐えた鳴智が、お宝の身体を乗せたまま、ゆっくりと四つん這いで進み始めた。
御影は、お宝の背中に乗せた重みで手足を震わせていて進む鳴智を見送りながら、御影が最初に触れた予言のことを考えていた。
“ふたつの宝を手に入れた者がすべてを手に入れるだろう。
その宝が魔物の土地にやって来たとき
偉大な魔王を倒して、その地を混沌に戻し
手に入れるべき者が手にすべき物を得るに違いない……。”
手に入れるべき者が手にすべき者とは、御影がこの魔域の覇権を得ることだ。
あの宝玄仙の魂の欠片は御影が盗んだものであり、その力で雷音が得たものは、本来、御影が得るべきなのだ。
だが、宝玄仙が魔域に入ることで、大きな力を持つ魔王は死に、魔域の秩序は失われる。そして、それによって御影は覇王の地位を得る。
二度目の死のあとの復活後、世界を彷徨っていた御影が北王国で出会った不思議な予言者はそういう意味の言葉を吐いたのだと思う。
御影はその予言を疑ったことはない。