「な、なに言ってんですか──。そんなはずはないでしょう──」
朱姫が叫んだ。
宝玄仙は視線を向けた。
朱姫は怒ったようだ。
その朱姫が素蛾とお蘭のあいだに飛び込んできて、素蛾を守るようにお蘭に身体を向けた。
「どきなさい、朱姫──。こいつは、お宝姉さんを裏切る敵よ──。こいつは誰なの──?」
だが、お蘭は素蛾を睨んだままだ。
宝玄仙は嘆息した。
「いい加減にしな、お蘭──。突然にやってきて、なにも知りもしないくせに喚くんじゃないよ。そいつは確かに四人目の供だけど、裏切り者なんかじゃないね──。素蛾だよ。性奴隷志願の童女だ。わたしの道術陣も受け入れている。裏切り者でなんかあり得ないね」
「そ、そんなはずはないわ、お宝姉さん……。お宝姉さんだって、わたしの予言の力を知っているでしょう? わたしの予言では、お宝姉さんを守る供は三人──。もうひとりは仇にお宝姉さんを売り渡す者よ──。間違いないわ」
お蘭は怒鳴った。
だが、宝玄仙は笑い飛ばした。
「なにがお前の予言だよ──。あんなもの、当たるとか、当たらないとか以前の話だよ。訳のわからない判じ物のような戯言じゃないかい──。なにを予言して、なにが当たったのか、いつもさっぱりわからないよ──。お前の予言というのは、お蘭の里を出るときに、わたしに告げたあれだろ? あれがなにかの意味があるかなんて思ったこともないね?」
「そ、そんなこと……」
「いいや──。お前がさっき言った“裏切らぬと信じる者が、古き仇にわたしを売り渡す”──とかいう言葉だって、まったく意味がわからないよ──。だいたい、それがなんで素蛾になるんだい?」
「だ、だって……」
「だってじゃない──。裏切者といえば、沙那のことじゃないかい──? 沙那の胸にあった『魂の欠片』を処分したとき、確かに、沙那は“裏切者”だったよ。小白象とかいう小娘の部下になろうとして、わたしを拷問にかけたんだ。あのときわたしは、確かに、裏切らぬと信じた者に裏切られた気分になったね」
「も、もう、許してくださいよ、ご主人様。あれは正気ではなかったときの話なんです……」
沙那が困ったような口調で言った。
「沙那殿が?」
お蘭が声をあげた。
「とにかく、その話もいいよ──。それよりも、お前のさっきの話が先だ。『魂の欠片』が盗まれたというのはどういうことなんだい? わかるように説明するんだ、お蘭──。そもそも、あのとき、なんでお前は『魂の欠片』を三個作ったんだい? わたしは前々から、ずっとそれをお前に訊ねたいと思っていたんだよ。勝手に三個できたようなことを言っていたけど、よく考えれば、そんなことがあるわけない。つまりは、お前はわざと三個の欠片を作ったに違いないさ」
宝玄仙は言った。
あれは旅を初めて間もなくであり、沙那に次いで孫空女が供になったばかりで、まだ朱姫も供にはなっていなかった頃だ。
霊具を使えない沙那に霊具が使えるようするため、宝玄仙の魂の欠片を分離して、沙那の身体に埋めたのだ。そうすることで、沙那の身体に宝玄仙の霊気が漲り、霊具が使えるようになる。
そのころには、まだ宝玄仙には、魂の儀式の道術はできなかったので、お蘭にそれを頼んだのだ。
しかし、その魂の儀式を行ったお蘭は、なぜか、宝玄仙から三個の魂の欠片が三個できあがってしまった。。
そして、そのうちのひとつを沙那の身体に埋め、残りを自分の手元に残した。
残りふたつは必要なかったので忘れていたが、それが盗まれた──?
「違うわよ、お宝姉さん……。わたしは一個の魂の欠片だけをお宝姉さんから作ろうとしたのよ……。でも、本当になぜか三個できてしまったの──。あのとき、驚いたのはわたしよ──」
お蘭は言った。
だが、その言葉に宝玄仙も驚いた。
「一個作ろうとしたのに、三個もできただって? そんなことあるわけないだろう」
「でも本当なの。とにかく、あのときのわたしは、間違いなくお宝姉さんの魂の欠片であるものを選んで、沙那殿の身体に入れたのよ……。残りふたつは、お宝姉さんの魂のようであって、そうでもないようだった……。わたしには、どういうことかわからなかった。だから、とりあえず、調べようと思って手元に残したのよ……」
「一個しか作るつもりがないのに三個できたって……? じゃあ、お前が道術に失敗したということだね」
「そ、そんなことないわ──。失敗するわけがない──。第一、失敗で三個できてしまうなんてありえないわ。魂の欠片は分離すればするほど多くの霊気を必要とする。一度に三個も作るなんて、常識では考えられない霊気がいるわ。数個作る場合でも、一個作って、相当の時間を置いてから、次の魂の欠片の分離に着手するものなの。お宝姉さんの場合は、間違いなく一個しかできないはずの霊気で三個も出現したのよ」
「わけがわからないね」
「それはわたしの台詞よ──。とにかく、残りふたつは厳密にはお宝姉さんの魂そのものではなかったようだった。そして、そのひとつは途方もなく霊気が高かった……。わたしには、訳がわからなかったわ」
「だったら、なんでそのときに言わないんだい──。すぐに言えばいいだろうが──。わたしは道術に失敗したってね──」
「だから、失敗じゃないと言っているじゃないの──」
お蘭が怒鳴り返した。
「そもそも、お前は昔からなんでも秘密主義で嫌になるんだよ──。それに自分の失敗を隠そうとするしね……」
「お、お宝姉さんにそんなこと言われたくないわね──。秘密主義はお宝姉さんの方が……」
お蘭が顔を真っ赤にした。
「待ってください、おふたりとも……。それよりも、盗まれたということを説明して、お蘭……。いずれにしても、その保管していたご主人様の身体から出現した魂の欠片はなくなったのね?」
沙那が口を挟んだ。
「そ、そうよ……。盗まれたのよ……。うっかりと……。里にやってきたある客人を屋敷に招いたときに……」
すると、お蘭が悪びれた様子で言った。
「屋敷に招いた客に盗まれたということかい、お蘭?」
「そ、そうなの……。ごめんなさい……。多分、寝物語のときにでも、うっかりと喋ったのだと思うわ。お宝姉さんの魂の欠片が保管してあることを……。それについては言い訳のしようもない……。この通り謝るわ──」
お蘭が再び宝玄仙に向かってひれ伏した。
「まあいいよ……。だけど、誰彼構わず、身体を許すからそんなことになるんだよ、お蘭──」
宝玄仙は吐き捨てた。
「そ、それこそ、お宝姉さんに言われたくはないわね──。そんなんだったら、お宝姉さんこそ……」
お蘭が顔をあげて、口を尖らせた。
「わたしのことはいいんだよ、お蘭──。わたしは身体を許しても、魂の欠片を盗まれるようなへまはしないしね」
「同じような失敗を続けているじゃないの……。そういえば、御影に付きまとわれるようになったのも、もともとは、天教の教団本部の同僚だった御影と気軽に寝たのが発端なんでしょう? わたしだって同じよ──。お宝姉さんの妹だしね……。同じような失敗だってするわよ」
「な、なんで、ここに御影が出てくるんだい?」
宝玄仙は鼻を鳴らした。
あの女男──。
記憶に呼び起こすだけで虫唾が走る──。
なにかにつけ、付きまといやがって……。
そういえば、この魔域にあいつはいるのだ……。
鳴智や魔凛、そして、宝玄仙の偽者のお宝とかいう女を使って、なにかの悪巧みを続けているはずだ。
「……その御影よ……。お宝姉さんの魂の欠片を盗んでいったのは御影なのよ……」
お蘭は言った。
「な、なにい──? お、お前、わたしと別れてから御影を屋敷に招いて、乳繰り合ったのかい──?」
宝玄仙は、魂の欠片が盗まれたことよりも、そのことに唖然としてしまった。
「お、お前という女は、わたしらがお前の元を去ってから、御影が里に入ることを許して、しかも、乳繰り合ったのかい──? なんという馬鹿たれなんだい──。わたしらが酷い目に遭ったと教えただろうが──。そもそも、お前、あのとき、すぐに
宝玄仙は怒鳴りあげた。
“御前”というのは、宝玄仙とお蘭の実の母親のことだ。
むかし確執があって、宝玄仙は、実の母親から宝玄仙たちの記憶を抜き、完全に関係を絶たせていたのだが、お蘭との再会をきっかけに、お蘭には母親の記憶を戻る方法を教えていた。
実の娘たちを性奴隷として調教するような破天荒な母親だが、それでもお蘭は母親を慕っていた。
それを強引に関係を絶たせたのは宝玄仙だったが、お蘭はずっと母親の性奴隷として戻りたがっていた。
その手段を教えれば、すぐに母親のところに帰ると思っていたのだが……。
「まあ、だって、一応は里の者に対する責任もあったし……。御影が訊ねてきたりして……」
「だからなんだよ──。あんな女男、見つけ次第になんで退治しないんだい、お蘭? あまつさえ、あいつに対して股を開くなんて、お前という女は常識はずれの尻軽女だよ」
「ほ、本当に、お宝姉さんって、自分のことを棚にあげるのねえ──。自分がどんなに慎み深い生活を送っているというのよ──。自分はこんな風に沙那殿や孫殿や朱姫なんかの供に囲まれて充実した性の人生を送っているからいいけど、わたしは、あの里でひとりなのよ──。ふと、寂しく感じることもあるわよ──」
「なにがひとりだい──。だから、御前のところに戻るんじゃなかったのかい──。そもそも、あそこの住民は、全部お前の性奴隷のようなものじゃないかい──」
「性奴隷っていったって、わたしの身体の疼きを癒してくれるわけじゃないわ。なんだかんだで、御影はいつもわたしを満足させたくれるもの……。結構上手だったし……。だから、つい……」
「ふざけるんじゃないよ……。あいつはどうしようもない性悪の悪党なんだよ──。お前に近づいたのも計算づくだ──。お前と御影が会うたびに、わたしにとばっちりがやって来る。まだ、わからないのかい──?」
「だから、謝ってるじゃない、お宝姉さん──」
すると、お蘭が大きな声をあげた。