※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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782 人間族の戦い(右翼)

 *(右翼・多門隊本陣)

 

 

「笑止よ。笑止──。うぬらはそれでも牛魔王軍団の軍人か──。たかが、三千──。しかも、道術も遣えん人間族だぞ──。それを半日かかっても踏み潰せんのか──。牛魔王様がこの体たらくを知れば、どいつもこいつも八つ裂きにされるぞ──」

 

 多門(たもん)は陣に座りながら通信球に怒鳴った。

 その怒鳴り声を包んだ通信球は無数に分裂して、展開している多門軍の第一線に一瞬にして散らばった。

 それは人間族の隊に阻まれて前に進めない味方への多門の怒りを、各指揮官や軍兵に伝えてくれるだろう。

 

 それにしても半日──。

 たかが人間族の三千の隊など、あっという間に一蹴して敵がこもる摩雲要塞に殺到する予定だった。

 半日あれば足の速い騎馬隊だったら余裕で到着できるほどの距離だ。

 

 分進しているこちらの三軍のうち、まずは多門の軍が摩雲要塞を包囲して、要塞を囲む大地全部を多門の旗で覆ってしまう──。

 そのつもりだったのだ。

 

 中央を進んでいる三万の軍勢の奇勝天(きしょうてん)には、どうやら銀角が主力を率いて迎撃に出ているようだ。

 銀角の武勇は有名だ。

 兵力差があるとはいえ、簡単には突破はできないはずだ。

 

 また、西側を進んでいる増長天の経路には、敵が障害として活用できる河川と谷川の摩雲峡谷が二線ある。

 その地形を利用して守られれば、相手が少数の敵であっても、どうしても進軍には時間がかかる。

 

 だから、三軍のうち、もっとも摩雲要塞に早く到着できる優位な状況にあるのが、この多門軍なのだ。

 なにしろ、迎撃に出てきたのは、人間族の国である西方帝国から派遣されてきた三千の人間族の軍であり、しかもこっちの正面には寡兵が大軍を阻めるような地形がほとんどない。

 ただ力押しさえすればいい戦場だ。

 

 さらに、ここは人間族が蛮地として蔑んでいる魔域だ。

 派遣された人間族の兵にとっては、新皇帝の気紛れで派遣されただけで、兵の士気も低いだろう。

 

 従って、少しばかり押せば、すぐに崩れる。

 多門はそう踏んでいた。

 

 ここを突破してしまえば、もう摩雲要塞まで阻むものはなにもない。

 多門軍で要塞を囲み、後からやってくる奇勝天や増長天など、その後陣に追いやってしまう。

 できれば、ほかの二軍が到着する前に、多門軍だけで要塞を落してしまう。

 

 不可能ではない。

 敵は三方向から迫る牛魔王軍の第一軍に対して、総力を三分して迎撃態勢をとっている。

 要塞に残るのは少数の勢力だ。

 二万の兵力があれば、要塞攻略の戦力としては十分だ。

 さすれば、十日足らずで到着するはずの牛魔王も、多門軍の働きを歓んでくれるはずだ。

 

 しかし、実態は摩雲要塞にほかの二軍に先駆けて到着するどころか、人間族の隊が陣を作る前面の林に阻まれて一歩も進めないでいる。

 しかも、押されている。

 人間族の遣う「銃」という武器に翻弄され続けているのだ。

 そもそも、道術を遣えない人間族の軍だから、攻撃道術を遣えば簡単に崩れると思っていた。

 だから、最初は通常は戦いの前に広域に大きく刻んでしまう道術防護の膜も張らなかった。

 それよりも、道術で圧倒してやろうと思ったのだ。

 その方が損害も少ない。

 

 しかし、人間族の軍であるのに、意外な道術を持っていた。

 こちらが最初に仕掛けた石飛礫を運用した攻撃道術は瞬時に阻まれ、しかも、すぐに、こちらの攻撃道術が遣えないように、向こう側から防護道術膜を張られたのだ。

 また、移動術で大軍を背後に送ろうとすれば、それを途中で中断されて敵の銃口の前に着地させられ、一千近い亜人兵が皆殺しになった。

 それからは一切の攻撃道術が使用不能にもなった。

 

 広域の道術封じは非常に霊気を必要とする技術だ。

 多門軍では、それを敷くのに霊気の強い亜人三十人を必要とする。

 霊気の弱い人間族の道術遣いでは、もっと数が必要なはずだ。

 だが、三千の軍勢に人間族が三十人以上の道術遣いを含めることができるとは、とても思えない。

 

 人間族にとっては、道術遣いというのは稀有な存在だ。

 そんな数を集めることなどできないと思われるだけではなく、人間族にとって貴重な道術遣いをこんな人間族にとっての蛮地の戦で消耗してしまうことを許容するのは考えにくいのだ。

 不思議に思って、専門の兵たちに彼らを探知させたが、間違いなく人間族の発する波であり、しかも、数名を除き、霊気を持たないただの人間に間違いなさそうだ。

 しかし、現実として、人間族によって広域の道術封じの膜を張られている。

 

 まあいい……。

 霊気がなくても、もともと圧倒的な兵力差なのだ。

 通常の戦いでも問題ない。

 

 そのはずだ。

 だが、ここで人間族の軍に足止めされて半日──。

 

 いまのところ、突破のできるような綻びは見つけられない。

 多門の苛つきは頂点に達しようとしていた。

 

 

 *(右翼・多門隊前線)

 

 

 多頭猊(たとうげい)は、不意にやってきた多門からの通信球に意識を向けた。

 すると、通信球がいきなり弾けて、周囲に多門の怒声を放った。

 陣のあちこちから同時にその怒り声が聞こえたから、多門は各隊長だけではなく、すべての陣に通信球を放ったのだろう。

 

 多頭猊は一千の隊を指揮する前線指揮官だ。第一列だけで五千を展開しているので、多頭猊のような前線指揮官がいまは五人いるということだ。

 その後方には、さらに第二線、第三線をつくる千人隊の指揮官が率いる隊が並んでいる。

 多頭猊がいるところは五千の第一線の中央だ。

 敵の攻撃も集中し、被害も大きい。

 

 いずれにしても、いくら罵倒されても、それがなにか意味のある言葉とも思えない。

 こっちも必死で戦っているのだ。

 しかし、下知を無視して反応しないでいたら、文字通り、多頭猊たちの首は飛ぶだろう。

 

 不甲斐ない将兵は容赦なく処断──。

 それが牛魔王軍団の掟だ。

 すぐに、一斉に本陣からの軍太鼓が鳴り響き始めた。

 突撃せよという指示だ。

 

「前に行け──、押せや──」

 

 多頭猊は叫んだ。

 そして、自らも前に進んだ。

 千人の隊が一斉に前に出る。

 

 すぐに腹の底に響くような人間族の一斉射撃が襲った。

 最前列の亜人がばたばたと倒れる。

 

「崩すな──。埋めよ──」

 

 大声で命じた。

 多頭猊の亜人兵たちは、全員が十尺(約三メートル)の槍を持ち、それを前に向けている。

 そして、小走りに駆けながら方陣を作ったまま進んでいるのだ。

 射撃で倒れた亜人兵の場所に後続の兵がすぐに出てきて、隙間を塞ぐ。

 こうやって、槍の隙間ができないように敵に突進するのだ。

 

 敵の二射目──。

 またばたばたと味方が倒れる。

 だが、すぐに間隙が埋まる。

 

 だんだんと距離が縮まっていく。

 いける──。

 

 しかし、多頭猊は手応えを感じた。

 射撃と射撃の間隔が妙に開いている。

 いままでのこちらの攻撃で数が減ったのか──?

 

 人間族の銃の反撃は、これまでずっと間断のない連続射撃だった。

 それによって、どうしても陣形を崩されて途中で突撃を阻まれたのだ。

 しかし、今度は圧倒的に銃の数が少ない感じだ。

 

「敵は数を減らしているぞ──。いけや──いけや──」

 

 多頭猊は絶叫した。

 多頭猊がいるのは、千人の方陣陣形のすぐ後ろだ。

 指揮官の興奮が兵にも伝わったのか、方陣で小走りに進む足が速くなるのがわかった。

 敵のこもる林までもう五間(約五十メートル)の距離──。

 

「突けや──」

 

 多頭猊は絶叫した。

 一気に距離を詰めるのだ。

 これで終わりだ──。

 

 そのとき多頭猊が見守る前面の敵の列がさっと入れ替わった。

 いままでに見たことのなかった「銃」を持っている。

 随分と大きい筒だ。

 いままで連中が使っていた銃の筒の三倍はあるだろう。

 それまでに彼らが遣っていた銃に比べれば、新たに出てきた銃は「大筒」という感じだ。

 

「なんだ、あれは?」

 

 多頭猊が思わず呟いたのをほぼ同時に、その大筒が火を噴いた。

 一瞬にして、方陣の三列までの亜人兵が、糸の切れた操り人形のように一斉に崩れた。

 

 多頭猊は呆然とした。

 なにが起きたのかわからなかった。

 それは方陣の中にいる亜人兵も同じだ。

 ひとりひとりと銃で撃たれるのではない。

 正面の兵の全員が一度に倒れたのだ。

 それでも方陣の後ろ半分が陣形を取り直す。

 

「二列目大筒、撃て──」

 

 また声がした。

 再び雪崩のような一斉射撃──。

 今度は方陣のほとんどが一瞬にして消えた。

 

 多頭猊にはやっと、彼らが新たに出した銃の仕組みがわかった。

 あの大筒は一発一発の弾を出すのではない。

 一発の射撃でおそらく十数発の弾を出す仕組みになっているのだと思う。

 それを一斉に放たれたので、密集しているこちらの方陣が一度にやられてしまったのだ。

 

「戻れ──、戻れ──」

 

 多頭猊は悲鳴のような声をあげた。

 すでに、敵の林には三列目が出てきている。

 つまり、最初に銃の数が異様に少ないと思ったのは、大部分が大筒に武器を変えていたからだったようだ。

 それで数が少ないと見せかけて、近距離まで接近させ、いままで隠しておいた大筒で散弾を撃ち込んだということだ。

 

「放て──」

 

 そのとき、敵の声がした。

 弾が多頭猊の胸を貫くのがわかった。

 

 

 *(右翼・人間族側)

 

 

「やるじゃないかい、うちの大将は──」

 

 宝玄仙は樹木に背をもたれさせ、目の前の戦場を眺めながら言った。

 

 伊籍(いせき)はよくやるねえ──。

 宝玄仙は思った。

 

 釘鈀(ていは)の気紛れのような命令で、関係のない魔域の戦いに出動してきて、大して乗り気でもないのではないかと考えていたが、人間族の軍の士気は高く、しかも、非常に精強だ。

 亜人軍の大軍を相手に、怖れるどころか圧倒している。

 いまも隠していた「大筒」の射撃により、各正面の敵の第一線をほぼ一瞬して消滅させてしまった。

 これで、敵は次の攻撃を再開するには、かなりの時間が必要になるだろう。

 

「確かにねえ……。まあ、伊籍殿たちも必死よね──。これはある意味、人間族の存亡に関わる戦いでもあるしね」

 

 隣の樹木に背もたれているお蘭が言った。

 宝玄仙とお蘭は、ふたり揃って戦場がよく眺められる場所に行き、地面に座って樹木にもたれていた。

 別段、休んでいるというわけでもないが、宝玄仙とお蘭の仕事は、敵の道術攻撃を無力化することだ。

 いまは目前の戦場に広域の攻撃道術封じの膜をすっかりとかけてしまったので、特段にやることもないのだ。

 

 こうやって戦場を眺めているのも、漠然と見ているのではなく、どこからか敵による霊気の波の乱れが発生しないかどうか見張っているというわけだ。

 そうやって、敵が道術封じの膜の隙間から攻撃道術をかけようとすれば、それを事前に封じるのだ。

 ただ、いまのところ、その兆候もない。

 宝玄仙とお蘭がふたり掛かりで作った道術封じの膜には、ほんの少しの隙間もありはしないようだ。

 

「人間族の存亡? なに言ってんだい、お蘭? 人間族にとって、この戦いになにか意味があるとでもいうのかい?」

 

 宝玄仙は訊ねた。

 

「あら? じゃあ、お宝姉さんは、あの伊籍隊が、ただお宝姉さんにお礼をするための目的だけで派遣されたとでも思っているの?」

 

「違うのかい?」

 

「まあ、相変わらず、あまり物事を深く読まないのね。おめでたいわ──。彼らは人間族の力を誇示したいのよ。自分たちの力を見せつけようとしているの。だから、とっておきの火器を躊躇いなく投入するのよ──。そもそも、わたしたちの攻撃道術を断ったでしょう。そっちの方が楽なのにね。なぜだかわかる、お宝姉さん?」

 

 お蘭は言った。

 確かに、伊籍はお蘭と宝玄仙が攻撃道術による援護を申し出たのを断り、一帯に道術防護の膜を敷いてくれるだけで十分だと応じた。

 ただ、それはこちらが攻撃道術を仕掛ければ、その瞬間は道術防護の膜を消さなければならないし、それにより、そのあいだは敵もまた道術を仕掛けることが可能になる。

 戦場はあっという間に道術戦争の様相になるだろう。

 それを伊籍が嫌ったのだと思う。

 宝玄仙はそう言った。

 だが、お蘭は首を横に振った。

 

「……違うわよ。もちろん、そういう意味もあるかもしれないけど、あれは人間族の怖さを魔域に知らしめるために戦っているのよ。だから、攻撃も徹底しているし、新兵器の火器を駆使して、敵を殲滅するようにしているわ。ああやることで、人間族は怖いという評判を魔域に植えつけようとしているのよ」

 

「評判?」

 

「ええ……。そうすれば、人間族に手を出そうという亜人はいなくなり、人間族と亜人域の境界でただ守るよりも、ずっと効果的な威嚇効果があるわ。あの釘鈀殿下にそう言い含められていると思うわね」

 

 お蘭は言った。

 

「なるほどね……。まあ、まだ奥の手は見せていないようだしね。もしかしたら、二万の軍勢を壊滅させるんじゃないかねえ」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「もしかしてじゃないわよ──。伊籍殿はそれを狙っているわ──」

 

「まあ、いずれにしても、伊籍が頑張っているあいだは、わたしらにはこれといって出番もないということだ。もう少し忙しいことになるのかと思ったけどね」

 

 宝玄仙は言った。

 すでに戦場は静かになっている。

 しばらく敵の攻撃がないのは明白だ。

 もしかしたら、今日はもう攻撃はないかもしれない。

 それくらいの敵の損害だ。

 

「……ところで、お蘭、お前、この戦いが終わって、金角が復活したらどうするんだい? 東方帝国に帰るのかい? なんだったら、このまま残るかい。沙那たちも、歓迎するんじゃないかねえ」

 

 宝玄仙は何気なく言った。

 だが、お蘭は一蹴した。

 

「そうは思えないわね。しっかりと沙那殿と孫殿は、わたしを避けようとしているわ。まあ、わたしの里では、かなりの目に遭わせたから、それももっともなんだけどね……」

 

「まあ、あいつらは根っからの被虐癖だからね」

 

「根っからだなんて……。お宝姉さんがそうやって躾けたんでしょう? いずれにしても、あの女傑ふたりがすっかりとお宝姉さんに懐いているじゃないの──。正直、見ていて少し妬けるわ。お宝姉さんと供たちは本当の家族みたいよ──。実の妹のわたしが入る隙もないくらいの……」

 

 お蘭が自嘲気味に笑った。

 

「なに言ってんだい。遠慮するような柄かい、お前が──。ここに残って、あの連中にもう一回お蘭の洗礼を与えてやりな」

 

 宝玄仙は笑った。

 だが、お蘭はすっと口元から笑みを消した。

 

「……実際のところ、ここが片付いたら、わたしは東帝国に戻るわ……。お宝姉さんこそ、どうするの? 本当に魔域に落ち着くの?」

 

「まあ、そのつもりだけど、どうするかはわからないよ──。そのときに考えるさ──。だけど、東方帝国には戻る気はないことは確かさ」

 

 すると、お蘭が肩を竦めた。

 

「残念ね……。だったら、わたし、藍蔡(あいさい)仙に飼ってもらおうかな……。実は何回か抱いてもらったのよ……。悪くなかったわ……。あの人なら新しいわたしのご主人様になって、しっかりと躾けてもらえそうかも……」

 

 お蘭がなんでもない口調で言った。

 宝玄仙は驚いてしまった。

 

「御前のところに戻らないのかい?」

 

 もともと、お蘭は最初の“ご主人様”である御前、すなわち、宝玄仙たちの実の母親のところに戻りたがっていた。

 それを阻止していたのは、宝玄仙の道術だったのだが、それを解放してやったので、すぐに御前のところに戻ると思ってたんだが……。

 

「まあ、御前もすでにいまの生活もあるしねえ……」

 

 なんとなく、口に物を入れているような口調だ。

 なにかあったのだろうか……?

 まあ、どうでもいいが……。

 

「それで、藍蔡仙に飼ってもらうのかい? 本気かい? 」

 

「本気よ……。お宝姉さんは、もうわたしのご主人様はしてくれないんでしょう? だったら、わたしはそうしようと思うの」

 

「ふうん……。まあ、勝手にするさ……。でも、知っているのかい? あいつは相の子だよ。純潔の人間族の血じゃないのさ──。汚れた血だ」

 

 宝玄仙はわざと言った。

 藍蔡仙に亜人の血が混じっているというのは、少し前に藍蔡仙自身が宝玄仙を迎えに来たときに言ったことだ。

 あの藍蔡仙はそれをずっとひた隠していたようだが、帝仙という教団の第一人者になって、ついにそれを公にし、しかも、東方帝国の人間が持つ亜人への嫌悪感──、すなわち、妖魔に対する禁忌感を払拭しようとしている。

 そんなことができるとは思わないが、藍蔡仙はそれに手掛けようとしているのだ。

 

「……知っているわ……」

 

 お蘭はにやりと笑った。

 なるほど……。

 藍蔡仙とは、そういう打ち解けた話をする仲であるようだ。

 そういえば、何度か抱かれたと言ったか……。

 

「だから、藍蔡仙はお宝姉さんにそばにいて欲しかったのね。藍蔡仙が自分には妖魔の血が混じっているといえば、帝国中は大騒ぎになるわ。そんなときに強い霊気で後押ししてくれる仲間がいなければ、失脚どころか命を狙われるかもしれないわ──。それをさせないくらいの強い同志が藍蔡仙には必要なのよ」

 

「お前なら十分に、同志にも、藍蔡仙の楯にもなれるさ、お蘭──」

 

 宝玄仙は言った。

 

「力を尽くすわ」

 

 お蘭は微笑んだ。

 

「そうかい──。ずっと世に出なかった、蘭玉という臥龍がついに世に出るのかい──。お前なら大道術遣いとして、東帝国の歴史に残るような存在になるさ。なにせ、単純に道術だけならわたしよりも上なくらいだからね──。ど変態の被虐癖なのが玉に傷だけど」

 

 宝玄仙はうそぶいた。

 

「なんで、それが玉に傷なのよ──。性癖が変わっている変態なことは、お宝姉さんには言われたくないわね。お宝姉さんこそ、大変なものじゃないの」

 

「そうかもしれないね──。まあ、わたしは歴史に名を残すのはごめんだけどね」

 

「残すわよ。この魔域の歴史にね──」

 

「それはお前のお得意の予言かい?」

 

「違うわよ」

 

 お蘭が声をあげて笑った。

 

「いずれにしても、ここにいる限りは、お宝姉さんを助けるために全力を尽くすわ。お宝姉さんには申し訳ないけど、どんな手を使ってでもお宝姉さんを守る……。わたしがお宝姉さんを助けたいと思っていることだけは信じてね……」

 

 お蘭が意味ありげに言った。

 

「なんで、わたしを助けることが申し訳ないんだよ。大いに助けておくれ」

 

 宝玄仙は噴き出した。

 それからしばらく、他愛のない話をした。

 話題は取り留めなく変化し、沙那と孫空女を連れて訪問したお蘭の里での思い出、かつてふたりで暮らしたお蘭が宝玄仙の性奴隷だった頃の話、あの母親の話というように変化した。

 やがて、お蘭が興味深げに訊ねた。

 

「……ところで、お宝姉さんは、四人の供の中で誰が一番好き? わたしの見たところ、お宝姉さんは孫殿が一番のお気に入りという感じだけど、実際の心境としてはどうなの?」

 

「孫空女かい──? まあ好きだね。馬鹿だけどね──。どんな破廉恥な命令でも、わたしが言えば、あの女傑がなんでも大人しく従うから愉しいしね」

 

 宝玄仙は笑った。

 

「だったら、孫殿が一番のお気に入りということでいいわね?」

 

「一番とか二番とかはないさ。お前も言った通り、もう家族のようなものさ。家族に順番はつけないよ……。あの連中がどう思っているか知らないけどね。ただ、あの孫空女は、この癖のある女傑揃いの集まりをうまくまとめているよ。表向きは沙那が仕切っているようだけど、要所を何気なく押さえているのは孫空女なのさ。あいつがいるお陰で、わたしの供はお互いに仲がいい。孫空女は仲間想いだし、頼りになる。度胸も優しさもある。なんだかんだで、沙那も孫空女を頼りにしているのさ。あいつがわたしら家族の要だ。そういう意味だったら、お気に入りだね」

 

「へえ……。お宝姉さんが誰かをそこまで誉めるなんて珍しいわね」

 

 お蘭が少し驚いたような顔になった。

 

「あいつに言うんじゃないよ。癖になるからね」

 

 宝玄仙は言った。

 

「ふうん……。じゃあ、沙那殿については、どういう評価をしてるの?」

 

「あいつも面白いよ。実は強烈な被虐癖のくせに、それを認めようとしなくて、からかうとむきになるしね。あんなに感じやすくて、全身が性感帯みたいに敏感でありながら、いまだに自分は“普通”だと言い張るんだよ。面白いだろう? 頭がいいくせに自分のこととなると、客観的にはなれないらしいね」

 

「そうじゃないわよ。性癖の評価じゃなくて、仲間として、お宝姉さんは沙那殿をどう評価してるのかということよ?」

 

「まあ、天才だろうね……。あいつがいなければ、間違いなく、この旅は途中で破綻しただろう。わたしに欠けているもののすべてを持っている気がするよ。計画性、冷静沈着さ、用心深さ、それに、真面目さだ……。だけど、性のこととなると、なんにも知らないんだよ。面白いから、成人の女性は一日二回、自分で尻の穴に指を入れて洗い粉で洗うのが当たり前のたしなみで、全員がやっていることだと教えたら、ずっと信用して指で綺麗にしてたんだよ。傑作だろう?」

 

 宝玄仙は声をあげて笑った。

 

「もういいわよ……。じゃあ、朱姫は?」

 

「あいつは、わたしのいい助手さ──。特に嗜虐の思い付きは独特で面白いよ。また、最近は霊具作りについても教えているけど、それについてもいい素質を持っている気もするね。あいつの考える霊具のえげつなさは、流石のわたしもかなわないのさ」

 

「霊具って、それ淫具のことでしょう? まあ、お宝姉さんが霊具で認めるんなら、相当のものなんだろうけど……」

 

「霊具作りについては、いずれ、わたしの持っている技術はすべて伝授するつもりさ。そうなれば、まずは沙那あたりがすぐに犠牲になるんだろうけどね。朱姫は沙那をからかうのが自分の使命とでも思い込んでいるように、すぐに沙那にちょっかい出すからね」

 

 宝玄仙は沙那にどんなに強烈に叱られても、隙さえあれば沙那をからかい続ける朱姫を思い出して苦笑した。

 

「確かにそんな感じね……」

 

 お蘭も微笑んだ。

 

「それから、悪戯好きで、さっきも言ったように、沙那なんていつも餌食になっているよ。だけど一番の寂しがり屋なのさ。あいつは人一倍愛情に餓えている。だけど、仲間に対する愛情を性的嗜虐で表現するのさ──。特に沙那のことは、まるで子供が母親にでも甘えるかのようなものさ。それが、あんな嗜虐に変化するんだから、まさにわたしの供に相応しいよ」

 

「じゃあ、素蛾はどう?」

 

「あいつはぶっ飛んでいるだろう? わたしが供に加えたというよりは、朱姫が無理矢理に連れてきてしまったんだけどね……。本当に変わっている童女さ。性奴隷志願だけど、あれでも一国の王女様なんだよ。いまは家出中だけどね」

 

 宝玄仙はけらけらと笑った。

 

「そういえば、素蛾については、釘鈀陛下は、いずれ将来は、あの素蛾を自分の皇妃にと考えている気配よ」

 

 お蘭が言った。

 

「……ああ、知っている。その釘鈀の考えは西方帝国から魔域に入るときに聞かされた……。いずれにしても、しばらく先の話さ──」

 

 宝玄仙は言った。

 素蛾については、いずれは釘鈀が引き取ってくれるなら、それがいいだろうとは思う。

 釘鈀の后ということになれば、家出をしてきた両親とも和解できる。

 肉親から祝福された結婚ということになるだろう。

 

 どこにも行き先のないほかの四人と素蛾は違う……。

 戻れる家族がいるなら、いずれは戻るべきだ。

 そう思う。

 

 宝玄仙の母親はいない。

 存在はするが、すでに娘である宝玄仙の記憶を失くしてしまっていて、もう母親ではない。

 それをやったのは宝玄仙自身だ。

 だが、正直にいえば後悔している……。

 もう随分になる。

 宝玄仙がまだ二十歳そこそこだった頃、このお蘭を引き取り、さらに宝玄仙たち娘二人の記憶を消すことと引き換えに、宝玄仙の道術であの母親に永遠の若さを与えたのだ。

 あのときは、そうやって袂をわかつのが一番の選択と思い込んでいた。

 しかし、宝玄仙も年齢と経験を重ね、自分でも驚くほど、あの母親に似てきたと思う。

 宝玄仙の記憶にあるあの母親と、いまの宝玄仙はなにからなにまで似ている。

 もしも、当時、母親の記憶から自分たちの記憶を消去してしまうという無分別をしなかったら、間違いなく、いまの宝玄仙と母親は打ち解けた女同士の友人のようになれたと思う。

 どんな存在でも、親というものはいないよりは、いた方がいい。

 完全に失ってしまえば、再び仲直りする機会は永遠にないのだ。

 

「……ああ、こんなところにいたのですか? さあ、食事にしましょう、おふた方」

 

 そのとき、伊籍がやってきた。

 第一線に出ていた伊籍が退がってきたということは、伊籍は、今日についてはもう敵の攻撃はないと踏んでいるのだろう。

 宝玄仙とお蘭は、同時に腰をあげて尻の土を払った。

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