*(中央陣・銀角)
通信球が届いて弾けた。
沙那が率いていた歩兵を銀角隊に預けるということだった。
その指揮は、沙那につけている
「冷静沈着かと思えば、沙那も案外に短気なんだね」
銀角は苦笑した。
沙那自身は自隊から騎兵だけを抽出して率いるらしい。
もちろん、狙いは奇勝天の首だろう。
それを自ら奪いにいくつもりのようだ。
奇勝天の居場所は遠くなった。
だから、脚の速い騎兵で遮二無二、追いかけたいに違いない。
そのためには、遅い歩兵が邪魔になる。
それを銀角に預けるということだ。
見ると、沙那の指揮する五百騎だけが、まるで袋からなにかが破裂するように一列で包囲を抜けていった。
「おいしいところをひとり占めする気かい、沙那?」
銀角は呆れて口に出した。
無論、その言葉が沙那に届くことはない。
通信球を送りたくても、いま沙那は杜楚も切り離したのだ。
あとは、戦場の中でお互いの呼吸を測りながら駆け引きを続けるしかない。
いずれにしても、この状況だ。
完全に四方から囲まれたかたちになっている。
なんとかしなければ……。
「杜楚、前方の第二陣の左翼だ──。そこに歩兵を突撃させな──」
銀角は杜楚に指示を送るとともに、もともと率いていた徒歩兵を同じ場所に突撃させた。
包囲された敵の中で、その部分の陣に隙があった。
そこに攻撃を集めさせる。
「行くよ──」
やはり、すぐにその一角が崩れた。
銀角隊の騎馬隊をそこに突進させた。
騎馬隊の先頭は銀角自身だ。
後ろは
そして、ほかの騎兵が続く。
長剣を左右に振りながら敵の徒歩兵を断ち割っていく。
抜けた──。
すぐに反転して、同じ場所を今度は背後から騎馬隊で攻めた。
組んである陣というものは前からの攻撃にはよく耐えるが、背後からの攻撃には驚くほど弱い。
あっという間に敵陣が割れていく。
歩兵と合流した。
敵陣の中で、また騎馬隊を反転させて、今度は徒歩兵を守りながら進む。
抵抗がなくなる。
包囲を抜けたのだ。
しかし、新たな方陣がまた目の前に出てきた。
千人隊が五個──。
五千の陣だ。
こちらへの攻撃態勢をとっている。
「攻撃しろ──」
銀角は徒歩兵に命じた。
突き抜けるしかない。
その力がなくなれば、今度こそ包囲されて殲滅させられるだけだ。
守りに入っても耐えられるわけなどない。
だが、背後からも突き破った包囲陣の敵の各隊が追ってくる。
銀角は馬腹を蹴った。
前からの新たな敵には徒歩兵をぶつけつつ、後ろには騎馬隊で対処することにした。
後方にまわった。
断ち割った敵の陣がすでにまとまり、こちらの徒歩兵の後方から攻めようとしている。
銀角は雄叫びをあげながら、その側面に突っ込んだ。
敵の動きがとまり、銀角の率いる騎馬隊に対処するための馬止めの柵を並べだす。
銀角はそこには突っ込まずに横に移動した。
後方の敵は銀角と騎馬隊に対応するために、前に進む動きは中断している。
とりあえず、これでいい──。
銀角はさっと手をあげて、騎馬隊を引きあげさせた。
敵を押し続けている徒歩兵と少し離れた態勢になった。
味方の徒歩兵は、敵の大軍に阻まれて押し切れていない。
騎兵で崩せば、突破できるかもしれないが合流は難しい。
銀角の騎馬隊が移動すれば、いまは膠着したかたちになっている後ろの敵がまたやってくる。
そのとき、離れた戦場を疾駆する孫空女の騎馬隊が見えた。
すぐそばに沙那の騎馬隊もいる。
二隊の先頭は孫空女と沙那だ。
なにかを追っているようだ。
その突進の先に目をやると、まとまった敵の陣と数千の騎馬隊がいる。
あそこに奇勝天がいるのだろうか……?
「あいつら、やっぱり、おいしいところを持っていくのかい?」
銀角は思わず笑みをもらした。
そのとき、新たな敵の千人隊がやってきた。
銀角の直接指揮する騎兵と徒歩兵のあいだを割ろうとしている。
あいだに入られれば終わりだ。
銀角は騎馬隊を再び動かした。
大きく弧を描くように回り込んで、徒歩兵の背面に合流した。
牽制によって動きが止まっていた背後の陣が再び前に出た。
仕方がない──。
このまま乱戦に持ち込むしかない。
銀角隊の前側では徒歩兵が数倍の敵と戦っている。
善戦はしているが、やはり最後には数がものをいう。
いずれ押されるだろう──。
しかし、手助けはできない。
騎兵で乱そうにも、その騎兵も側背の敵を防いでいる。
ここから騎馬隊を抜けさせれば、歩兵の後ろをまともに大軍にぶつかられる。
「後ろ側の敵を押し返せ──」
銀角は大声で命じた。
銀角自身も兵のひとりとして、前にいるものを長剣で斬り倒しながら強引に出る。
敵の勢いの強い部分を探して、そこに突進した。
敵中に踊り込む。
斬って、斬って、斬りまくる──。
やっと、敵の背後からの勢いがとまった。
態勢を立て直すために、いくらか後退していく。
しかし、息をつくことはできなかった。
また、新しい敵の千人隊が、後退した隊と入れ替わるように、騎馬隊に突っ込んできた。
*(中央・奇勝天)
完全な乱戦になった。
奇勝天は舌打ちした。
乱戦にする必要はないのだ。
圧倒的な戦力差だ。
じっくりと攻めたてて、敵を消耗させていけばいいだけの戦いだ。
だが、敵の集団が崩れそうで崩れない。
包囲が完成しそうになると、どこかを崩されて外に出られてしまう。
仕方なく、そこに新手をあてて包囲を作り直そうとすると、それも崩される。
そうやっていると、戦場は完全に錯綜した状態になった。
しかも、ふたつの騎馬隊がうるさい。
戦場を動き回り、どこまでも奇勝天を追いかけてくる。
ひとりは、さっき沙那と名乗った栗毛の女だ。
もうひとりは、最初に軍を割られた黄金色の棒を持つ赤毛の女の率いる隊だ。
騎馬隊の勢いもあるが、そのふたりの個人的な武勇もすごい。
あのふたりの女に引っ張られるように、二個の騎馬隊が戦場を突っ切り続ける。
奇勝天は苛立ちをなんとか抑えていた。
またもや、赤毛の女の騎馬隊がやってきた。
まっすぐにこっちに向かってくる。
あの赤毛がひたすらに奇勝天を追いかけ続けているのは確かだ。
逃げても、逃げても、奇勝天の居場所に向かって突進してくる。
奇勝天は右翼の千人隊をあてた。
赤毛の女の騎馬隊がその千人隊で遮られて見えなくなる。
派手な戦闘が行われている気配だが、ここからではよくわからない。
完全な混乱の渦中になっている。
そう思ったとき、渦の中から赤毛の女が飛び出してきた。
「うおっ」
思わず、声をあげた。
速い──。
その次の瞬間、後続の騎馬隊も抜けてきた。
あの先頭の赤毛の女が単騎で突っ走り、その後ろを騎馬隊の集団がやってくる感じだ。
ともかく、その赤毛の女がまっしぐらにやってくる。
「防げ──」
奇勝天は馬首を返すとともに叫んだ。
あまりの勢いに、奇勝天は恐怖に包まれた。
護衛の一団が慌てたように赤毛の女の前に出る。
奇勝天自身は反対方向に逃げる。
馬を回しながら背後を確認した。
護衛隊長が赤毛の女の前に飛び出している。
あの黄金の棒を剣で受けようとしていた。
だが、それに対する赤毛の女も凄まじかった。
あっという間に、剣も馬も飛び、護衛隊長の首が千切れて宙に舞った。
その瞬間、周囲が凍りついた気がした。
一目散に駆けた。
赤毛の女の罵り声が背中から迫る。
構わず逃げた。
別の千人隊の中に逃げ込む。
やがて、赤毛女の声が小さくなった。
やっと、馬をとめて振り返る。
赤毛女の騎馬隊は、もう歩兵に遮られて、その位置もわからない。
とりあえず、ほっとした。
肝が冷えたが、なんとか助かった。
それにしても、あの突進力はなんだろう……。
そのとき、逃げ込んだ千人隊が大きく乱れ始めたことに気がついた。
陣形が壊れかけている?
奇勝天はなにが起きているのかわからなかった。
崩れているのは、さっき赤毛の女が突進してきた方向とは反対側だ。
すぐに、その逆方向から、なにかがやってきているのだと知った。
割れた──。
急に、周囲の味方が倒れて、返り血で血だらけの女が騎馬でこっちにやってきた。
「奇勝天、そこを動くなあああ──」
沙那だ──。
その沙那と奇勝天を遮るものがなにもなくなっている。
びっくりして、反射的に奇勝天は馬を返した。
逃げるのだ──。
しかし、間に合わない──。
血まみれの沙那がすぐそこだ。
「もらったあああああ」
沙那の怒声──。
それが間近に響く。
なにかが、後ろから首に当たるのを感じた。
*(中央陣・銀角)
銀角は懸命に剣を振りながら、遠くの戦場に意識をやっていた。
奇勝天がいて、それを孫空女が追いかけていた。
追いつきそうだった。
追いつくのか……?
しかし、奇勝天が逃げるのが早かった。
孫空女は、奇勝天を守っていた護衛隊までは蹴散らしたが、結局、奇勝天に辿り着けなかった。
奇勝天自身は単騎で新たな千人隊の中に逃げ込んでしまったようだ。
銀角は思わず舌打ちした。
孫空女もそれ以上は追い切れないでいる。
奇勝天が逃げ込んだ千人隊に遮られ、さらに別の隊にも阻まれて、一度戦場から離脱をしていった。
しかし、銀角には、奇勝天が逃げ込んだ隊の弱点が見えた。
あの千人隊は一度崩れた隊であり、まだ陣形を整え直している最中のはずだ。
あそこなら、少し押せば崩せる──。
銀角は咄嗟に馬腹を蹴っていた。
もう、奇勝天しか見ていなかった。
こうなったら自分が──。
梅扇が驚愕したように、後ろで声をあげている。
しかし、すぐに前を遮られた。
「畜生──。どけ──。あたいを誰だと思ってんだい──。白銀の雌獣こと銀角だよ──。死にたい者だけ出てきな──」
邪魔な敵兵を斬りまくった。
だが、なかなかいなくならない。
そのとき、孫空女が追いかけていた反対側から、ほとんど沙那が一騎駆けで突出してくるのが見えた。
あの沙那は、いったいひとりで何人殺したのか、全身が敵兵の血でまみれている。
いや、単騎ではない──。
かなり遅れているが、味方の騎馬隊が追いかけている。
ただ、沙那の勢いが凄まじいので後続が遅れているだけだ。
沙那を遮る敵兵が次々に倒れていく。
しかも、その沙那の接近に奇勝天は気がついていない。
むしろ、すでに駆け去った孫空女の動きを気にしているようだ。
そして、その沙那の前と奇勝天のあいだに誰もいなくなるのがわかった。
やっと奇勝天が沙那の存在に気がついた。
驚いたように再び馬首を返している。
次の瞬間、奇勝天の首が宙に舞った。
その周囲の戦場でどよめきが起きた。
敵が混乱を始めていく。
すぐに、その混乱がこっちにも移ってきた。
敵が浮足立つのを感じる。
あれだけ強かった大軍の圧力がなくなっていく。
「奇勝天の首は討ち取った──。討ち取ったわ──。あんたらの大将は討ち取ったわよ──」
沙那の大きな声が戦場に響いた。
その掲げる剣先に奇勝天の首が刺さっている。
それで終わりだった。
敵があわてふためいたように退いていく……。
「結局、おいしいところをさらったのは沙那かい──。ちょっとずるいんじゃないかい?」
銀角は思わず笑ってしまった。
銀角の周囲からも敵がどんどんと離脱していく。
「銀角様──」
梅扇がほかの騎兵を連れて、やっと追いついてきた。
そして、しばらくすると、沙那も指揮下の騎兵とともに合流してきた。
すでに、敵は統制を失っている。
「追撃はいいわ……。隊をまとめてくれる、銀角」
騎乗の沙那がゆっくりと近づいてきた。
その右手に持つ剣の先には、奇勝天の首が突き刺してある。
すでに戦いは終わっていた。
もう、戦闘が続いている場所はない。
奇勝天が倒されると、残っていた敵軍の亜人兵は我先にと逃げ出した。
もう、その土埃もかなり小さくなった。
「当たり前だよ、沙那──。これ以上はあたいも、部下ももたないよ」
銀角は笑みを沙那に向けた。
敵は完全に退却をしていった。
だが、指揮官が死んだとはいえ、まだ大軍だ。まとまって反撃されれば、まだまだこちらの被害も莫大なものになっただろうが、敵にはその意思はなく、あっという間にそれぞれに退却していった。
まとまりもない。
軍を立て直そうと思っても、指示する指揮官がいないのだ。
牛魔王軍団は、将軍級の指揮官の下は千人隊長級の指揮官となる。
だから、指揮官が倒れれば、その瞬間に軍の全部が烏合の衆になってしまうのだ。
「沙那、銀角──」
声がした。
孫空女だ。
あの騎馬隊を率いてやってくる。
厳しかった表情はなくなり、いつものような呑気そうな顔になっている。
黄金色の棒は持っていない。
それを見て、やっとひとつの戦いが終わったのだという気持ちになった。
もちろん、まだ戦いは続くし、金角は牛魔王に囚われたままに違いない。なにひとつ得たわけではない。
しかし、三万の軍を六千で破ったのだ。
ひと息くらいはついてもいいはずだ。
銀角は、梅扇と杜楚を呼んで、全体の隊の再編成と損害の把握を命じた。
また、併せて、最初に陣を作っていた丘陵まで各隊をさげて、警戒態勢のまま、交代で糧食をさせるように指示した。
「とりあえず、休息と食事をさせる──。傷を負っている者もいるだろうから、その手当もしなければならない。だけど、夕方には再編成がとれる。次にどうするのか指示してくれ、沙那──。ただ、できれば、兵も疲れているから、今夜ひと晩はここで宿営させて、動くのは明日の朝以降というのが、あたいの希望だね」
銀角は言った。
「西と東の状況を確認させてくれない? それによって判断するわ。この戦闘が開始する直前においては、多門軍とあたっていたご主人様たちと伊籍隊については、完全に敵を圧している状況であり、増長天軍についても、生き残った精細鬼殿が完全に谷川で前進を止めているところだったわ」
沙那は言った。
銀角はうなずいた。
ほかの二箇所の戦場の状況については銀角も把握していた。
東側の伊籍隊は、魔域の戦いではあまり遣わない銃などの火力を効果的に遣い、大軍を相手に圧倒的に戦いをしている。
それに比べて、西側は苦戦していた。
一応は膠着状態にはなったが、伶俐虫が死に、日値も死んだようだ。
これで四天王と呼ばれていた金角軍の四将も生き残るのは精細鬼だけになったということだ。
「わかった……。そっちについては、こっちで把握するよ。状況は教えるから、沙那で判断してくれ」
銀角は言った。
梅扇と杜楚が銀角に命じられたことをするために、各隊を掌握しながら離れていく。
孫空女も、麾下の五百の騎馬隊に、銀角隊とともに休息するように指示している。
銀角は馬からおりて、遠い戦場に連絡をとるために道術を刻もうとした。
「あれ?」
しかし、思わず声をあげた。
道術が発動しない。
なにかに阻まれるのだ。
「どうしたの、銀角?」
沙那が訊ねた。
沙那も孫空女も、すでに馬からおりて、銀角のそばに立っている。
「おかしいんだ……。道術が刻めない……。なにかの妨害があるみたいだ。ここから通信道術を送ることを邪魔されているみたいさ。どうしたのかなあ?」
銀角も首をかしげた。
「これは……結界……?」
広域の道術妨害というよりは、銀角たちがいる周囲のみが、なにかの結界に包まれているという感じだ。
そして、銀角は気がついた。
なんのことはない……。
これは銀角自身の道術による結界だ。
銀角は自分自身によって道術が機能しないように制限をしているようだ。
だが、どういうことだ?
銀角はいま、結界術を遣おうとしたわけではない。
いつの間にか、勝手に銀角自身の道術が動いたみたいだ。
しかし、なぜ?
そのときだった──。
いきなり、身体がねじれるような感覚が襲った。
銀角はびっくりした。
「な、なんだ?」
なにが起きたのか一瞬理解できなかったが、すぐにこれは『移動術』の跳躍だと悟った。
やっぱり、勝手に銀角の霊気が動いている。
びっくりした。
霊気を操られている?
考える余裕はない。
銀角の霊気は暴発して、沙那と孫空女を巻き込んで勝手にどこかに跳躍してしまっていた。
「うわっ」
「な、なに?」
孫空女と沙那も銀角の横で戸惑いの声をあげている。
そして、周囲の景色が一変した。
まず、感じたのは夥しい血の匂いだ。
「わっ」
「な、なにこれ?」
「ど、どうしたんだい?」
銀角と沙那と孫空女は同時に悲鳴をあげた。
跳躍により送られたのは、平原一面に覆われた首と胴体の離れた亜人兵の死骸の真ん中だった。
どうやら、ここはさっきまで戦っていた戦場とは別の場所だ。
しかも、死んでいるのは退却していった奇勝天軍の生き残りの兵だ。
それが全部、首を切断されて殺されている。
死んだのはたったいまという感じだ。
しかも、巨大な広域道術が一帯を包んでいる。
銀角自身の霊気も、大地に吸い込まれるように吸収される。
当惑した。
そのとき、大きな風を感じた。
しかし、すぐにそれは風ではなく、あまりに周囲の霊気が動いたための錯覚だと悟った。
それが収まると、目の前の方向に巨大な車とそれを囲む軍が出現していた。
ただ、距離は少しある。
しかも、車と銀角たちのあいだには、武装した数千の軍兵がいて車を守っている。
そこに出現したのは、車というよりはちょっとした建物という感じだ。
また、それを引っ張っているのは馬や牛ではなく無数の亜人だ。
百人くらいの亜人が、馬のようにあぶみと革紐で太い縄に繋がれて巨大な車を引っ張らされている。
「よく来たな、お前たち。もっとゆっくりと来るつもりだったが、不甲斐ない部下のせいで急がされてしまったわい──」
不満そうな声が車から聞こえた。
銀角は視線をあげた。
「……ぎゅ、牛魔王──?」
銀角は叫んだ。
そこにいたのは、紛れもなく牛魔王だった。
車の上部にある大きな窓からこっちを見おろしている。
数年間、銀角は牛魔王と戦い続けたが、戦ったのは牛魔王の部下ばかりであり、これだけ近くで牛魔王に接するのは初めてだ。
しかし、あれが牛魔王であることは間違いない。
さらに気がついたが、いつの間にか銀角たちは数万の無傷の敵軍に、たった三人だけで囲まれていた。
車を中心に見渡す限りの平原に敵軍がいるのだ。
これはさっきまで戦った敵ではない。
新手だ。
つまりは、銀角たち三人は、いきなり大きな軍の真っ只中に連れてこられたようだ。
ここは周囲全体を突然出現した敵軍に囲まれている中心部であり、そこに牛魔王と車と護衛隊、車を引く亜人、首を切断された兵の死骸があり、さらに銀角たち三人が立っているという状況だ。
「牛魔王が?」
「ここはどこ? 牛魔王の本隊は、まだ平原の北の牛魔王域であり、数日しないと出発してこないはずよ……」
孫空女と沙那も声をあげた。
確かに、牛魔王は奇勝天の率いる第一軍とは五日遅れという情報だった。
だから、まだ、牛魔王がいる第二軍は領域を出ていないはずだ。
もしかしたら、とんでもなく遠くに呼び寄せられたのだろうか……?
だが、さっきまでいた戦場から見えていた北側の山影が、かなり大きくなっているものの、やはり北に見えていることに気がついた。
それを考えると、平原をだいぶ北方向に移動してきたようだが、ここも同じ平原の一部であり、驚くほど遠方ということでもないと思う。
ただ、率いていた隊と随分と離されたことだけは確かだ。
また、銀角はかすかだが巨大な移動術の残痕を感じた。
銀角はそれでわかった。
まず、首を切断されている奇勝天の兵が移動術でここに呼び寄せられたのだと思う。そして、大きな道術で首を切断されたのだ。
次に、今度は銀角自身の霊気が動いて、三人でやってきた……。
最後に、同じ場所に牛魔王自身と新手の軍団がここにきたということだ。
わかってしまえば単純なことだが、これだけの数の勢力を一度に道術で移動させるなどあまり聞かない。
だが、一方で銀角たち三人が呼び寄せられるように、ここにやってきてしまったからくりがなんなのかは不明だ。
牛魔王が銀角の霊気を遠隔で操ったというよりは、牛魔王が近くにやってきたことを感知して、銀角自身の霊気が勝手に暴発した感じだった。
銀角はなかば呆然としていた。
いずれにしても、これだけの大軍を一気に跳躍させるなど、大した霊気だ。
改めて、牛魔王という魔王の霊気の高さを認識した。
「移動術だよ……。牛魔王と軍団がここにいるのはね。第一軍の状況を知って、急遽予定を繰りあげて移動術で大軍を跳躍させたのさ……。ただ、あたいらが跳躍したのは、あたい自身の道術が勝手に暴発したんだ。まったく、わけがわかんないよ……」
銀角は言った。
それを聞いて、沙那も孫空女も驚いている。
だが、一帯に転がっている夥しい首のない亜人兵はどうしたことだろう?
これらはすべて、さっきまで戦っていた奇勝天軍のようだが……?
「だが、あの奇勝天の首を寡兵で取ってしまうとは大した女傑どもよ……。それに免じて、生き残る機会をやろう。わしの前で、もう一度奇勝天の部下と戦ってみよ──。ただし、三人だけでな──。しかも、素手でだ──。不甲斐ない戦いの見せしめとして、ここに呼び寄せて殺したのは五千ほどだが、その五千の包囲から突破できれば、味方のところに戻ることを許してやるぞ」
牛魔王が笑い声ととも言った。
その瞬間、銀角の腰から剣が消滅した。
「痛い──」
「くうっ」
沙那たちも悲鳴をあげた。孫空女は耳を押さえている。
孫空女はあの黄金の棒をいつも小さくして耳に隠している。
それが奪われたのだろう。
また、沙那もまた銀角と同じように、腰の剣が消えている。
そのとき、周囲の首のない亜人兵がむくむくと起きあがった。
それが両手を伸ばして、一斉にこっちを見た。
「こ、これは、
銀角は叫んだ。
「傀儡兵はお前たちの服を引き千切り、犯そうと襲いかかるぞ──。わしを愉しませてくれたら、しばらく生き延びることも許してやるかもしれん」
牛魔王の高笑いが離れた車から響いた。
そのとき、銀角には牛魔王が何気なく動かした大きな杖の柄の部分が見えた。
「き、金角姉さん──」
銀角は絶叫した。
その杖の柄の部分には、紛れもなく金角の首だけが装着されていたのだ。
「く、来るなよ──。畜生──。なんか、前もこんなことあったなあ」
「き、気持ち悪いわねえ──」
孫空女と沙那の叫び声がした。
首のないたくさんの亜人兵が両手を伸ばして、三人に襲いかかってきていた。