「ああ、だめええ──、言うこときく。逆らわない──。なんでもするわあ。だから、孫女を治療してよお」
沙那は亜人たちに引きづられながら、大声で哀願した。
だが、亜人たちはまったく頓着していない。
血だらけの孫空女は放り投げられたままだ。
暴れたが、どうにもならない。
男たちに囲まれてしまった。
身体を押さえられて、引きずり倒される。
「……おう、俺たちもやらせろよ。随分長く馬を駆けさせたから、ちょっと疲れたぜ。お前たちばかり狡いじゃねえか」
騎馬に乗っていた男のひとりがやってきて言った。
「ふざけるなよ──。そっちの赤毛を使えよ──。そっちだ、そっち──」
さっきの仕切り役が叫んでいる。
「なに言ってんだよ。あの女はもうすぐ死ぬさ。使い物にならねえよ」
「あんなに使いものにならなくしたのが悪いんだろう──。お前らが壊さなければ、両方とも使えたのに──」
男たちが言い合っている。
沙那はふたりの会話を耳にして、孫空女の名を金切声で叫んだ。
そして、孫空女のところに戻ろうとした。
だが、沙那を囲む男たちが増えて、強引にさっきの四つん這いの体勢を取らされる。
孫空女のことなど周りの誰も気にしていない気配だ。
沙那はそれでも孫空女の名を呼んだ。
孫空女が死ぬかもしれない──。
そう考えただけで、心が張り裂けそうになった。
「おやめ──」
そのとき、不意に女の声がした。
沙那の身体を掴む力が弱まった。
顔をあげた。
「
沙那は叫んだ。
亜人兵を掻き分けるようにやってきたのは、あの鳴智だった。
沙那が鳴智を見たのは女人国だ。
また、金凰魔王に宝玄仙たちが囚われたときには救出に来てくれたという話も聞いている。
その鳴智がなぜここに──?
沙那は混乱した。
「な、鳴智、お願い──」
とにかく沙那は声をあげた。
助けを懇願しようと考えたのだ。
「……なにを言っても無駄だよ……。今日のわたしは、お前たちを捕えることに加担しろと命令を受けているからね。なにをどう言われても助けられない……。あんたも服従の首輪の力は知ってんだろう? 諦めておくれ、沙那」
鳴智が沙那が口にしようと思ったことを見透かしたように言った。
確かに鳴智の首には服従の首輪が装着されている。
だが、よく見ると、薄く刻まれている紋様が沙那の知ってるものとまったく違う気がする。
服従の首輪には、見え難いが首輪の表面に、宝玄仙固有の魔方陣の紋様が刻まれている。
沙那は服従の首輪には、長い時間、身体も心も苦しめられたのだ。あの首輪のことはなにからなにまでわかると思う。
もしかしたら、宝玄仙自身よりも、服従の首輪については知っているかもしれない。
いや、考えてみれば、かつて鳴智がしていた服従の首輪の紋様は、沙那が知っている宝玄仙の作った服従の首輪と同じものであり、紋様も一致したと思う。
女人国で出逢ったときには、一瞬で鳴智が服従の首輪をしていると見抜いたくらいであり、よく覚えている。
また、それ以前に、女人国の女王だった
このあいだ、銀角から宝玄仙が外した首輪だって同種の首輪だった。
しかし、いま鳴智が嵌めているのは、それらとは違う紋様だ。
似ているが別の首輪だ。
「あなたの首輪の紋様が……」
沙那は呟いた。
すると、鳴智が驚いた表情になった。
「へえ……。目ざといねえ。さすがは沙那だ……。ああ、そうさ。少し前に、お宝が作った服従の首輪を簡単に宝玄仙が外すことができるとわかったものだからね……。だから、それができないように、お宝が道術の波を変えてしまったのさ。つまりは、真の意味での第二の『服従の首輪』さ。わたしの首輪もそれに付け替えられたのよ……」
「第二の首輪?」
沙那は呆気にとられた。
「これで、わたしの首輪を宝玄仙が外してくれるかもしれないという望みもなくなったということだよ……。お宝が念入りに複雑に道術を刻んだからね。さすがの宝玄仙でも、これは外せない。外せるのは、『主人』と刻まれた相手だけさ。つまり、わたしの場合は御影だけということだね……」
鳴智が自嘲気味に笑った。
そして、鳴智は、沙那に群がっている亜人兵たちをどけさせて、すっと沙那の首に手を伸ばした。
なにかががちゃりと嵌まるのがわかった。
首輪──?
鳴智は沙那の首に首輪をしたようだ。
なに──?
まさか……?
沙那は驚いた。
だが、それについて考える間もなく、鳴智はそのまま血だらけの孫空女に寄っていった。
「馬鹿垂れだねえ、お前ら──。犯してもいいけど、殺すなと伝えられていたんだろう──? 馬に繋げて何刻も引きずり回すなんて死んだらどうするんだい──。もしも、こいつが死んだら、全身八つ裂きの刑になるかもしれないよ」
鳴智が周囲の男たちに吠えるように叫んだ。
男たちが静まり返る。
そして、その孫空女にも首輪を嵌めた。
いつもの孫空女の赤い首輪に銀色の金属の首輪が重なった。
「そ、その首輪は──?」
沙那は声をあげた。
やっぱり、鳴智が孫空女に装着したのは服従の首輪だ。
そして、紋様は宝玄仙ではなく、さっきお宝の紋様だと鳴智が言及した紋様だ。
鳴智は沙那と孫空女のふたりに、宝玄仙にも外せない第二の服従の首輪を嵌めたのだ。
これを装着して奴隷の刻みをしてしまうと、絶対に命令に逆らえない人形にさせられる。
その恐怖が沙那を襲った。
もっとも、まだ、その刻みはしていないので、いまこの瞬間は単なる金属製の首輪にすぎない。
しかし、首輪を受けれいると口にした瞬間に、奴隷の刻みが首輪になされて絶対服従の道術がかかってしまうのだ。
しかし、沙那はあることにふと気がついた。
そして、疑問に思った。
あれ?
なぜ、鳴智自身が沙那と孫空女に首輪を嵌めてしまったのか……?
なんで?
この首輪に支配を刻むためには確か……。
「……逆転の機会は最後だよ……。しかも、一度だけ……」
だが、そのとき、鳴智が沙那の耳に口元を近づけ、あるかないかの声でささやいた。そのため、沙那の思念は吹き飛んだ。
「えっ?」
思わず問い返したが、鳴智はすでに亜人たちの方向を見て怒鳴り始めていた。
「とにかく、牛魔王様がふたりと連れて来いと言っているよ──。早く、連れて行きな──。それと、孫空女の股にあるくだらないものも外に出すんだ」
*
「銀角──?」
よろめく脚で牛魔王のいる場所まで歩かされた沙那の眼に飛び込んだのは、牛魔王の股間の前に跪いている銀角だった。
銀角は牛魔王の性器を一心不乱にしゃぶっている。
全裸だが、なんの拘束もない……。
銀角の気性から殺されてもそんなことをしない気がした。
そのとき、沙那は銀角の首に服従の首輪が光っているのを見つけた。
「……ふふふ……いい恰好ね、銀角──。そうそう……。そうやって、牛魔王様の命令に絶対服従で従うのよ──。いいわね」
先頭を歩いていた鳴智が銀角に向かって言った。
そして鳴智は、満足そうに悦に入っている牛魔王に一礼をした。
「おう、鳴智よ──。お前たちが持ってきた服従の首輪というのは素晴らしいのう。あの銀角がこのとおりだ。だが、どんなに服従をしても心は従わないのだな──。わしの珍棒をしゃぶりながら、悔し涙を流しておるわ──」
牛魔王が鳴智に向かって笑いながら言った。
その言葉で、沙那は銀角が泣いていることに気がついた。
表情は口惜しさと屈辱で溢れている。
どうやら銀角は、服従の首輪の刻みを受け入れてしまったようだ。
「だったら、嬉しそうにしゃぶれと命じられたらいいでしょう。首輪の操りは絶対です。理解できる言葉であれば、絶対に逆らえません。身体だけのことですが……」
鳴智が感情を殺したような静かな口調で言った。
「いや、これはこれでいい──。むしろいい──。心まで服従させて操るのは愉しくはない。心が服従していないのに、身体が服従してしまうからいいのだ──」
「それは……ようございました……」
鳴智の言葉には皮肉の口調がこもっていた気がしたが、上機嫌の牛魔王は気にしていないようだ。
さらに、牛魔王が口を開く。
「それにしても、この首輪の力はよく知らなかったが、こんなにも効果のあるものだとわかっていれば、巴山虎なんかに渡さずに、わしが金角に使えばよかったな。だったら、もっと愉しみ方も増えただろうに──」
牛魔王は笑い続ける。
そのとき、沙那は近くに立てられている高い首吊り台のようなものの横材から、首だけの金角が髪の毛を縄で縛られて吊り下げられていることに気がついた。
そして、首だけの金角が大きな呻き声をあげている。
死んだと思われていた金角にやっと再会できたのは、牛魔王に捕らえられた昨日だ。
金角は生きていた……。
首だけしかない哀れな姿だったが……。
金角は死んではいないと断言したのは宝玄仙だった。
巴山虎を倒して銀角を救出をしたとき、金角は死んだと聞かされた宝玄仙が、金角を魂の欠片で復活しようとしたのだが、銀角が保管していた金角の魂の欠片が効力を発揮しなかったのだ。
そのことから、金角はまだ生きているだろうと宝玄仙が示唆していたのだ。
そして、その通りだった。
沙那たちは、牛魔王に捕らえられてすぐに、牛魔王の持つ杖の飾りのようにされている首だけの金角と再会したのだ。
いま、その金角は髪でぶらさげられて激しい苦痛の悲鳴をあげて顔をもがかせている。
金角の首に十数個の腫瘍がある。
もしかしたら、あれが金角を苦しめているのではないだろうかと思った。
いずれにしても、金角は沙那や銀角に注意を払う様子がない。
外部のことを知覚できないようにされているに違いない。
そして沙那は、金角が髪の毛で吊られている真下に水の入った桶もあることに気がついた。
また、よく見ると、金角の髪や顔がびしょびしょに濡れている。
あるいは、牛魔王は金角の顔をあの桶につけて、銀角に服従の首輪を受けれることを迫ったのかもしれない……。
「それよりも、まずは孫空女をどうにかしてくれませんか……。あなたの部下の馬鹿たちが、孫空女を馬で長い時間引きずり回したんですよ──。いまは虫の息です」
鳴智が言った。
孫空女は亜人兵たちに木の板に乗せられて運ばれてきた。
いまだに意識は戻っていない。
「おうおう、そうか──。まあ、あいつらには後で注意しておく──。じゃあ、治療をするか。その前にその孫空女の腕を背中で縛れ。こいつが一番抵抗が激しいからな。元気になった途端に暴れ出すかもしれん。ついでに首に縄をかけて首吊り台にかけろ──」
牛魔王が孫空女の乗っている木板を運んでいる亜人兵たちに命じた。
亜人兵たちがすぐにそれに従う。
孫空女の身体は首吊り台の下に運ばれて横たえられ、手首と首に縄がかけられた。
そして、首縄の縄尻がずっと上にある横材から垂らされた縄に繋げられる。
「う、うう……」
亜人兵たちが孫空女から離れていくと、孫空女が身じろぎをし始めた。
牛魔王が『治療術』を孫空女にかけだしたようだ。
孫空女の身体の傷が塞がっていき、肌についた血まで消えていく。白い肌も戻っていく。
とりあえず、沙那はほっとした。
「な、なに……?」
孫空女が覚醒した。
「そ、孫女──。大丈夫──?」
沙那は叫んだ。
そのまま孫空女に駆け寄った。
「あぐううっ──」
しかし、次の瞬間、孫空女が強い呻き声をあげた。
孫空女の首の縄と横材を繋げる縄がいきなり短くなり、孫空女の身体を強引に立たせたのだ。
さらにどんどん短くなる。
これも牛魔王の道術に違いない。
しかし、孫空女は両手を背中で縛られている。
このままでは、孫空女の首が絞まって死ぬことになる……。
「んぐううっ」
孫空女が呻いた。
沙那の見ている前で、ついに後手に縛られた孫空女の身体が首だけでぶら下がって宙に浮いたのだ。
「う、うわっ、孫女──」
沙那は驚愕した。
慌てて駆け寄る。
沙那の両手も縛られていたが、とにかく、孫空女の身体の下に走って、孫空女が脚を沙那の肩に乗せられるようにした。
「や、やめて──やめて──」
沙那は絶叫した。
孫空女が沙那の肩の上でもがいている。
そして、しっかりと沙那の肩に孫空女の両脚が乗った。
「さ、沙那……ご、ごめん……」
「し、しっかり、孫女……。わ、わたしは、だ、大丈夫……」
沙那は言った。
だが、まだ足腰に力が入らない。
この状態で孫空女の身体を支えるのは、かなり堪える……。
沙那は歯を喰い縛った。
しかし、孫空女の首にかかった縄がさらに短くなっている気配だ。
しっかり肩を踏んでいた孫空女の脚が爪先立ちになり、さらに一瞬浮いてから、すぐに沙那の頭の上に乗った。
その頭の上の孫空女の脚も爪先立ちになる。
「そ、孫女が死ぬわあ──? やめて、もうやめてよ──」
沙那は必死で呼んだ。
牛魔王は孫空女を処刑するつもりなのか?
沙那は恐怖に包まれた。
亜人兵たちが寄ってくる。
沙那の頭からも浮きあがった孫空女の両脚を小さな木の板に乗せていた。
ちょうど孫空女の両脚が乗るくらいの大きさの板だ。
見上げると、孫空女の両脚がその板に乗せられて、亜人兵たちがそれを下から抱えている。
「その栗毛の女に持たせてやれ」
牛魔王が笑いながら言った。
沙那の後手の拘束が解かれた。
孫空女の脚が乗っている板を持たされる。
沙那は大きく両手をあげて、その板を抱える体勢にされた。
ずしりと孫空女の身体の重みを板に感じる。
「さて、銀角、とりあえず奉仕をやめていい──。次の命令だ──。下の女の身体をこれでくすぐってやれ──。あの板の上の赤毛を落とすまでな」
牛魔王が大笑いしながら言った。
そして、地面の上に二本の筆が放り投げられた。
「えっ?」
牛魔王の股間から口を離すことを許された銀角が、唖然とした表情で地面の上の筆と沙那たちの姿を交互に見つめた。
「処刑遊戯だ──」
牛魔王が大きな声で怒鳴った。
周囲の男たちからわっと歓声が起こった。