朱姫はぼんやりと物思いに耽っていた。
摩雲城で与えられている朱姫の部屋だ。
朱姫の部屋といっても、使っているのは朱姫だけではない。
少し広めの部屋をあてがわれて、そこで朱姫と沙那と孫空女と素蛾の四人で使っていた。
宝玄仙の部屋は隣室であり、お蘭の部屋はその向こうになる。
だが、まだ宝玄仙も戻っていないし、沙那と孫空女もいない。
通信球で送られてきた沙那の指示で全軍は摩雲城に撤退することになり、朱姫もまた
精細鬼は九霊聖女や黄獅姫たちとともに、すぐにやってくるであろう牛魔王軍団との戦いに備える準備に忙しそうだ。
ただ、朱姫はそれについて手伝えることもなく、部屋でぼんやりとしていた。
考えていたのは、
たくさんの敵に囲まれながら、たったひとりで朱姫を守り抜き、そして、死んだ。
朱姫を安全なところまで送り届け、その瞬間に死んだのだ。
礼を言うこともできなかった。
精細鬼たちとともに懸命に峡谷を挟んで敵と戦っていたときには、それに意識が向かっていたが、こうやって時間に余裕ができると、どうしても日値のことを思いだす。
「狡いよ……。死ぬなんて……」
朱姫は椅子に腰かけたまま膝を抱えた。
そのとき、扉が開いた。
入ってきたのは素蛾だ。
「朱姫姉さん、まだ食事をされていないのですね?」
素蛾が心配そうに言った。
朱姫は素蛾が食堂から盆に載せて運んできてくれた食事を卓に置いたままだったのだ。
「あ、ああ……。ちょっと、食欲が無くてさあ……」
朱姫は言った。
「元気がありませんね……。戦いで亡くなった方のことを考えておられたのですか?」
「んんっ? まあ、そうかな……」
朱姫は無理に微笑んだ。
「あのう……。わたくしにできることがあれば……」
すると、素蛾がとても心配そうな表情になった。
「……大丈夫よ。すぐに元気になるわ。あたしは自分が立ち直ることを知っている。でも、いまは、少し尾を引いているかな……。あたしなんかのために、一生懸命に戦ってくれて、そして、死んでしまった日値のことを思うとね……」
朱姫は言った。
「駄目ですよ。朱姫姉さんは、いつも元気なところが素敵なんです。落ち込むなんか朱姫姉さんらしくないです……。ねえ、朱姫姉さん、愛し合いましょう。わたくしが元気にしてさしあげます」
素蛾が言った。
そして、するすると服を留めている紐を自らほどき始める。
「いま、ここで?」
朱姫は含み笑いをしながら言った。
覇気のない朱姫のことを思って、素蛾なりに元気づけてくれようとしているのだろう。
だが、その手段が百合の性愛だというのは、いかにも素蛾らしい。
「ここでしましょう、朱姫姉さん──。床の上で……。素蛾と愛し合ってください。ふたりで気持ちよくなるんです。そうすれば、きっと朱姫姉さんも元気になります」
「そんなことしなくても元気になるわ……。ふふふ、でも、お前の気持ちは嬉しいわ……。おいで、可愛がってあげる……」
朱姫も立ちあがった。
確かに、朱姫もなにもかも忘れて発散したい気分だ。
それには、女同士で愛し合うのが一番だ。
貫頭衣を脱いで椅子の背にかける。
次いで、上下の下着も外して椅子の上に置いた。
完全な生まれたままの姿になった。
素蛾も準備が終わっていた。
十二歳の未熟な裸身がそこにある。
「待ってください」
素蛾が小走りに部屋の隅に向かって、小さな宝石箱を抱いて戻ってきた。
素蛾は箱を床に置くと、その中から小さな鎖を取り出した。
鎖というよりは装飾具だ。
鎖を手首や足首に巻いて両端を嵌めるというものだ。
素蛾は、朱姫を床に座らせると、鎖を朱姫の片側の足首に巻いて装着した。
「今日は朱姫姉さんが奴隷になってくれませんか。たまには、立場を変えましょうよ」
「あたしが素蛾の奴隷? いいけど……」
朱姫は笑った。
「……これは、朱姫姉さんを素蛾の奴隷にする霊具なんです。さあ、朱姫姉さん、わたくしの奴隷になると誓ってください」
素蛾も微笑みながら言った。
「本格的ね。そんなことから始めるの? いいわよ。今日はお前の奴隷になってあげる。でも、後で交代よ。かわりばんこね……」
朱姫は笑いながら言った。
霊具とはいうが、鎖にはなにも感じない。
ただの鎖だ。
まあ、“ごっこ遊び”を素蛾はしたいのだろう。
さしずめ、霊具で支配される奴隷とその主人というところか?
「違います──。霊具を受け入れて、素蛾の奴隷になると誓ってください」
「はいはい……。朱姫は素蛾の奴隷になるわ。霊具を受け入れます」
そのとき、なにかとてつもない霊気が動くのを感じた。
そして、それが素蛾が足首に巻いた小さな鎖から発していることがわかった。
はっとした。
これは本当に霊具だ。
しかも、びっくりするほどの大きな霊気を発散している。
たったいままで、それがわからないように細工をしてあったようだが、朱姫が受け入れると宣言した瞬間に霊気を発散し始めた。
なんだこれ──?
びっくりして、その鎖を外そうとした。
「外してはいけません、命令です。朱姫姉さんはたったいまから、わたくしの許可なく道術を遣ってはいけません。わたくしの言葉には絶対服従──。逆らってはいけません。もちろん、操り霊具を取りつけられたことを誰にも喋っても駄目です──。すべて命令です」
素蛾が早口で言った。
足首の鎖に手を伸ばそうとした朱姫の手が硬直したように静止してしまった。
驚いた……。
これは操り霊具だ。
しかも、強力な……。
「な、なにを装着したの──? すぐに外しなさい──。こんなものは危険よ。遊びに使うものじゃないわ、素蛾──」
朱姫は怒鳴った。
「遊びではありません。真剣です。これは朱姫姉さんを素蛾のものにする道具なんです。もう、朱姫姉さんは素蛾だけのものです。ほかの誰にも渡しません。ご主人様にも、沙那様にも、孫様にも……。永遠に素蛾のものです……。さあ、立ってください。素蛾のものになった朱姫姉さんの裸を改めて見せてください。腕は身体の横です。動いてはいけません」
朱姫の身体は、素蛾の言葉で勝手に立ちあがった。
そして、金縛りになったように動かなくなった。
「脚を開いてください……」
素蛾が口を朱姫の股間に近づけながら言った。
朱姫の両脚がすっと開く。
素蛾の口が朱姫の股間に口づけをするように触れてきた。
「ふわっ──。あっ、ちょ、ちょっと、はああ……」
素蛾の唾液は強力な媚薬でもある。
その唾液をまぶせられながら舌で刺激されるのだ。
朱姫の股間はたちまちに強い疼きに襲われた。
あっという間に、全身が震えるほどの快感が駆け抜けてきた。
「いきそうですか……。いきそうになったら、言ってください。命令ですよ」
一度、口を離した素蛾がそう言って、朱姫の股間を舐める作業に戻った。
素蛾の「命令」を受けた朱姫の身体は、命じられた体勢から動くことができない。
素蛾の唾液を塗り重ねられていく股間は、信じられないような速度で朱姫を切羽詰った状態にまで引きあげた。
全身の震えがとまらなくなった。
脳天を突き抜けるような快感が込みあがる……。
「いく……。いきそう……」
朱姫は喉をのけ反らせながら言った。
その瞬間、素蛾の口がすっと離れた。
「ああっ」
絶頂の一歩手前だった。
ほっとしたが、同時に強い焦燥感が襲った。
まさに昇天の寸前で舌の刺激を中止されたのだ。
しかも、たっぷりと素蛾の唾液が股間につけられている。
舌の刺激がなくなった瞬間に、怖ろしいほどの疼きが襲ってきていた。
「さあ、服を着てください。仕事をしましょう。ちゃんと言いつけができたら、ご褒美に最後までいかせてあげます……。あっ、服は貫頭衣だけですよ。下着はここに置いていってくださいね。仕事をしながら、時々は素蛾が愛してさしあげますから。でも、戻ってくるまで、絶頂はあげません──。それは、全部終わったときのご褒美です」
素蛾がくすくすと笑った。
そして、衣服を身に着け始めた。
「仕事?」
朱姫は眉を寄せた。
一方で、命じられたとおりに、朱姫の手は椅子にかけた貫頭衣を身に着けた。
それは朱姫の意思とは関係ない。
素蛾の言葉に朱姫の身体が反応しているのだ。
「九霊聖女様や黄獅姫様……。精細鬼様……。めぼしい方々全員に、この操りの鎖を身体に巻いてしまいます。朱姫姉さんなら、『縛心術』をかけて、皆さんを言いなりにして、鎖を装着させたうえに、鎖の操りを受け入れると口にさせることもできますよね。命令です──。それをこれからするんです」
びっくりした。
素蛾はこの要塞を乗っ取ろうとしているのか?
素蛾が抱えた宝石箱を見た。
そこにはたくさんの鎖が入っている。
かなりの数量だ。
「お、お前、正気──? いったいどうしちゃったの、素蛾?」
朱姫は素蛾がやっていることが信じられなくて叫んだ。
「あっ──」
そして、素蛾の眼を見て思わず叫んでしまった。
素蛾にはかすかだが、誰かに強い縛心術をかけられている気配がある。
どうして、いままで気がつかなかったのか──。
素蛾はなにかの暗示をかけられて、こんな暴挙をしているのだ。
しかも、これは後縛心という暗示術だ。
縛心術を繰り返しかけて、ある一定の行動を鍵にして決められた行動をとるように心に掏り込まれているに違いない。
だから、ここに術者がいないのに、素蛾が操られたような行動をしているのだ。
「ま、待ちなさい、素蛾──。お前は道術をかけられているのよ。縛心術をかけられたのね? 誰? 誰にかけられたの──? 言いなさい──」
朱姫は怒鳴った。
「わたくしは誰にも縛心術などかけられていません。これはわたくしの意思です。朱姫姉さんをわたしだけのものにするのは、これしか方法がないんです」
素蛾はきっぱりと言った。
駄目だ──。
何者かが素蛾の心に刻んだ暗示は、素蛾の心にある朱姫に対する恋愛感情に結びつけられているようだ。
これは簡単には外せない……。
だが、誰の仕業だ──?
なんの目的で──?
「素蛾、じゃあ、その霊具はなんなの? 誰にもらったの?」
「これは、『操りの鎖』です。『服従の輪』とも言います。ご主人様が以前作った『服従の首輪』と同じ効果があるそうです。わたくしにこれをくださったのはお蘭さんです」
「お蘭?」
朱姫は声をあげた。
術者はお蘭なのだろう。
しかし、素蛾はお蘭に術をかけられたこと自体も忘れさせられているようだ。
なぜ、お蘭が──?
朱姫は混乱した。
いずれにしても、『服従の首輪』というのは、宝玄仙の作った強力な支配霊具だ。
その絶対の支配力は朱姫もよく知っている。
「それよりも行きますよ、朱姫姉さん──。それから、もちろん、これは他言無用です。誰にも素蛾に操られていることを悟られてはいけません。絶対に怪しまれないように振る舞ってください。命令ですよ……。さあ、一緒に行きましょう」
素蛾がくすくすと笑った。
そして、箱を持って歩き出す。
朱姫の脚は、その後ろ姿を勝手に追っていった。
(第120話『戦場の女囚処刑祭』終わり、第121話『覇王暗殺』に続く)
*
(牛魔王のエピソードは、『331 淫魔見習いの手管と追加講義』の後書きからの続きとなります。)
【西遊記:60・61回、
火焔山という火炎に包まれている難所を通り抜けるには、芭蕉扇という道具が必要でした。その道具を持っているのは、牛魔王の正妻の羅刹女であり、孫悟空は彼女を倒して芭蕉扇を奪いますが、その芭蕉扇は偽物でした。
火焔山の火炎を操ろうと偽物の芭蕉扇を振った孫悟空は。危うく丸焦げになりかけます。(331で紹介したのはここまで)
なんとか火焔山から脱出はしますが、羅刹女の猛女ぶりに辟易した孫空女は、羅刹女のことは一度諦め、今度は夫の牛魔王のところに向かいます。
牛魔王は、孫悟空の古い友人であり、かつて天界で暴れていた頃は、牛魔王と一緒に悪さをしたこともあります。
牛魔王は、正妻の羅刹女とではなく、愛人の玉面公主とともに、「摩雲洞」という場所で暮らしています。
孫悟空が摩雲洞の近くまで行くと、そこには美しい女性がいました。彼女が玉面公主です。
玉面公主が「何者だ」と問うので、孫悟空は咄嗟に「芭蕉扇の使者」だと応えます。
すると、玉面公主は、牛魔王は渡さないと怒り始めます。
しかし、孫空女は逆に一喝します。
驚いた玉面公主は、慌てて逃げていきます。その後を追い、孫悟空は牛魔王の暮らす摩雲洞に辿り着くことができました。
牛魔王に会った孫悟空は、芭蕉扇を貸してくれるように羅刹女に頼んでくれと声を掛けます。
しかし、牛魔王は旅の途中で、孫悟空が息子の紅孩児を殺したといって、孫悟空に襲いかかります。(倒したのではなく、天界に護送したのですが……。)
しかも、たったいま、玉面公主を脅したことも知って、さらに激怒します。
ふたりは、洞府の外で大乱闘をします。
結局、決着はつかず、孫悟空は立ち去ります。
孫悟空を追い払ったと安心した牛魔王は、宴会に行きます。。
だが、孫悟空は、こっそりと隠れていただけでした。牛魔王を尾行して、牛魔王の宴会の場所を見つけます。
宴会場の外には、牛魔王の乗り物である「金晴獣」が繋いでありました。
作戦を思いついた孫悟空は、その金晴獣を盗み、今度は牛魔王に化けて、羅刹女のところに戻ります。
夫の牛魔王が戻ったと喜んだ羅刹女は、牛魔王に変身している孫悟空に抱きつきます。
孫悟空は、羅刹女を甘やかせながら、本物の芭蕉扇の場所と使い方を聞き出しました。
孫悟空は、変身を解いて、芭蕉扇を奪い去ります。
一方で、金晴獣を盗まれたことに気がついた牛魔王は、金晴獣の進んだ経路を辿っていき、羅刹女の家に着きます。
そこで、号泣している羅刹女を見つけて事情を知り、烈火のごとく怒ります。
牛魔王は、孫悟空を追いかけます。
孫悟空に追いついた牛魔王は、猪八戒に化けて孫悟空の前に出ます。
うっかりと芭蕉扇を渡してしまった孫悟空は、変身を解いた牛魔王、さらに牛魔王の部下とともにやってきた玉面公主に襲いかかられます。
孫悟空は退散します。
態勢を取り直した孫悟空は、本物の猪八戒と合流し、さらに、土地神を味方につけ、軍を借ります。
今度は軍団とともに、牛魔王のいる摩雲洞に戻ります。
孫悟空は、連れてきた土地神の兵を使って、牛魔王の洞府に攻め込みます。
牛魔王はひとり逃亡します。
牛魔王を追いかけた孫悟空は、牛魔王と道術合戦をします。
ふたりは一進一退の戦いを続けますが、次第に孫悟空が圧倒していきます。さらに、その騒動に気がついた天界からは、天軍の諸将が孫悟空を加勢するために駆けつけます。
牛魔王は、羅刹女のいる芭蕉洞に逃亡します。
その頃、摩雲洞については、猪八戒が土地神の軍とともに、完全に制圧しました。玉面公主については、猪八戒が服を引き剥がして裸にしたうえに殺してしまいます。
芭蕉洞に追い詰められた牛魔王は、最後の力を振り絞って、孫悟空と天界の軍に挑みます。
しかし、首を斬られてしまいます。
牛魔王は神通力で生き返りますが、すっかりと戦意を喪失して、天軍に降参します。
羅刹女も抵抗を諦め、孫悟空に芭蕉扇を渡します。
牛魔王は、天軍に連行されていきます。
羅刹女は、心を入れ替えて、立派な仙女になるための修行をすると約束して、玄奘たちを見送ります。