「あのときに、三個の魂の欠片が出現した理由だって? そんなことどうでもいいだろう、沙那。あれは、お蘭に化けていた影法師の戯言じゃないかい──」
沙那と孫空女から『服従の首輪』をやっと外してくれた宝玄仙が呆れた声をあげた。
「百合試合」が終わったところである。
結局、九回続けて孫空女と愛し合わされた。
最終的には沙那の負けだったが、そんなことはもうどうでもいい。
とにかく、身体がくたくたで口を開くのもだるいのだが、どうしても言いたいことが沙那にはあったのだ。
「で、でも、事実、ご主人様の魂の欠片が道術石として魔域に運ばれ、そのために魔域全体に大きな騒動が起きたのですから、お蘭が全部で三個の魂の欠片を作ったのは事実じゃないんですか。そのうちのふたつが御影の手によって魔域にもたらされたのです」
沙那は汗びっしょりの裸身を脱ぎ捨てていた服で隠しながら言った。
胸当てだけの姿の孫空女が馬車に積んである荷の中から布を取り出して、沙那に放る。沙那はそれでとりあえず、身体の汗と愛液で汚れた股間を拭った。
「そうかもしれないけど、それはお蘭が三個作ったから三個できあがったんだろう。魂の欠片の施術というのはそういうものさ。一個しか作ろうと思わないのに三個もできることはないよ」
宝玄仙は肩を竦めた。
「どうして、あのとき、お蘭が三個も作る必要があったのです? ご主人様は、わたしの身体に一個の魂の欠片を入れることをお蘭に頼んだだけじゃないですか」
「知らないね……。あいつはそういう女なんだよ。あとで嫌がらせの種にしようと思って、ふたつの道術石を余分に作ったのさ。あいつがわたしに関わるたびに、わたしは碌でもない目に遭うんだ」
宝玄仙は吐き捨てた。
「沙那、水だよ」
下着姿の孫空女が沙那に水筒を持ってきてくれた。
「あ、ありがとう、孫女……」
沙那はそれをむさぼるように飲んだ。
「……いや、それは不自然じゃないのかい、宝玄仙? わたしは、魂の術は遣えないけど、それがどういう道術なのかくらいは知っている。ひとりの道術遣いから、三個を同時になんか作れないはずだ。そんなことをすれば、下手をすれば本体の魂が分裂して死んでしまうこともある。三個作るのであれば、一個を作って、しばらく待って本体の魂が元に戻るのを待ち、また、次の魂の欠片を分離する……。そういう手順を踏むものだろう」
金角が再生途中の身体を馬車の壁にもたれさせながら言った。
「わたしが死んでも泣きもしないだろうさ……。お蘭はね」
宝玄仙が鼻を鳴らした。
「わたしが思うに、偽のお蘭が言ったことは事実だったのだと思います。あのときお蘭は、本当にご主人様から一個の魂の欠片を作ろうと思っていなかったのに、結果的に三個ができあがったのだと思います」
沙那は言った。
話をしながら、とりあえず服だけは身に着けた。
そして、もう一度、孫空女が持ってきてくれた水筒に口をつけて飲む。
「じゃあ、どういうことなんだい、沙那?」
「その前に伺いたいのですが、ご主人様が持っている牛魔王から抜いた道術石と、以前に白象宮で破壊したわたしの身体に入っていた道術石と、どちらの霊気が強いですか?」
「ああ、あれかい……。まあ、よくは覚えてないけど、こっちの方が少し霊気は小さいように思うね」
宝玄仙は胸に提げた袋に手をやりながら言った。
「だったら、それは宝玉様の魂の欠片です。そして、雷音大王の身体に入っているのは、ご主人様の魂の欠片か、あるいは、もうひとりのご主人様の魂の欠片なのではないでしょうか」
沙那は言った。
どう考えても、論理的に考えるとそういうことになる。
宝玄仙の身体の中に、宝玄仙と宝玉のほかに、もうひとりの人格が隠れていることは確かだと思う。
沙那は直接その場にいたわけではないが、以前、宝玄仙と孫空女が金凰魔王の囚われから脱したとき、孫空女によれば、まるで子供のような宝玄仙が出現して、金凰魔王と金凰妃を殺してしまったということだった。それが三人目の宝玄仙だろう。
宝玄仙の身体には三人の宝玄仙がいる。
だから、お蘭が一個の魂の欠片を出そうとして、三個も出現してしまったのだ。
沙那はそう説明した。
宝玄仙は目を丸くしている。
だが、三人目の宝玄仙について、宝玄仙自身も思い当るところがあるような感じだ。
「さ、三人目?」
一方で、金角は沙那の言葉にびっくりしていた。
馬車の外でこっちの話に耳を傾けていた銀角も驚きの声をあげた。
「三人目が? そして、これは宝玉……」
宝玄仙は呟いた。
そして、はっとしたように袋を開いて道術石を取り出した。
「つ、つまり、そうであれば、これを復活させれば、宝玉が出現するということかい?」
宝玄仙はぐっと道術石を握った。
沙那にはわからないが、霊気を込めようとしているのだろう。
しかし、やがて、宝玄仙は首を振った。
「……いや、復活できない……。金角のときと同じだ。本体の魂が存在している。だから、この魂の欠片を復活させることはできない……」
「当たり前です、ご主人様。ご主人様は生きておられます」
沙那は断言した。
「だって、宝玉は……」
だが、宝玄仙はなにかを思い出すような表情になって呟いた。
その顔はとてもさみしそう思えた。
「生きておられます。眠っておられるだけだと思います」
沙那はきっぱりと言い切った。
宝玉が宝玄仙の心の中で消滅したという話は、宝玄仙から聞いている。
だが、沙那はいまは静かにしているだけだと思う。
宝玄仙の話によれば、なんども同じことを宝玄仙の心は繰り返しているという。
少なくとも、沙那も宝玉はいつか復活すると思いたい。
「……そうかい……。まあいい……。ふたつの道術石が余分に出現した理由はなんとなくわかったよ……。だったら、白象宮で破壊した道術石は、わたしの魂だったと思うね。そして、雷音大王の身体にあるのは、もうひとりのわたしだろう……。まあ、あのお蘭の影法師が真実を語ったとすればの話だけどね。白象宮で壊した道術石は、この道術石と大きな差はなかった……。影法師は、雷音大王が身体に入れた道術石は、遥かに大きな霊気を帯びていたと言っていたしね」
宝玄仙の言葉に無言で頷く。
沙那も同じように思っている。
つまりは、残りふたつの宝玄仙の魂の欠片が存在していても、それを使って目の前の宝玄仙は復活しない。
沙那はそれを言いたかったのだ。
「それで提案なんですけど、ご主人様の魂の欠片をまた作ってはいかがでしょう。牛魔王を殺したために雷音大王が復讐に出てくることも考えられます。御影もまたご主人様を狙っているでしょう。あくまでも念のためです」
沙那は言った。
白象宮で宝玄仙の魂の欠片を破壊させてしまったのは自分のせいだ。
沙那にはそれについての深い悔悟がある。
しかし、宝玄仙は首を振った。
「沙那、魂の施術は自分自身に対してはできない。少なくとも、わたしにはね。あれは外から霊気を遣って、魂の欠片を引き出すことが必要なんだ。埋めるときも同じだ。自分自身では、どうしても内側からしか霊気は出せないからね」
宝玄仙は言った。
沙那は失望した。
「ねえ、ご主人様、だったら、御影はどうなんだい? 御影はお蘭の影法師になって、魂の欠片そのものの術は遣えそうだけど、影法師だって御影自身なんだろう? 自分の身体に魂を埋めたり、出したりできるのかい?」
孫空女だ。
「御影はできるさ。あいつの影法師はほとんど別の存在だからね。あいつは同時にふたつの影法師を作れる。三個の身体をひとつの心で動かすんだ。影法師で外から霊気を及ぼして、本体に対して魂の施術を行うことは可能さ……。それにしても、孫空女──。お前、話を聞いていたのかい? 馬鹿のくせに、魂の欠片の性質についての混み入った話が理解できるのかい?」
宝玄仙がからかった。
「ひ、ひどいよ」
孫空女が不平そうな声を出した。
沙那は咳払いをして、話を戻す。
「……つまりは、御影はやっぱり、自分で魂の施術が可能なのですね。そうだとすれば、御影の狙いは、やはりご主人様から出現したふたつの道術石を手に入れることです。だから、お蘭の姿で近づき、牛魔王を倒させて、そこから取り出した道術石を奪おうとしたのです。あるいは、雷音大王の中に入っている道術石も御影は狙っているかもしれません」
「なるほどねえ……。あの女男はこれが欲しいのかい……。だったら、九霊聖女から話があったように南山にくれてやるさ。こんな石、あいつがわたしらにもう手を出さないと誓えば、くれてやってもいいんだけど、あいつのことだから、しつこく付きまとってくるだろうしね。この石で南山が牛魔王並みに強くなれば、今度こそ手は出せないだろう」
「いえ、それは危険です、ご主人様……。というよりは、そもそも、九霊聖女からの話は不自然です。九霊聖女から魂の欠片を南山大王が欲しているという伝言があったのは、わたしたちがお蘭の影法師を退治した直後でした。あまりにも時期が合致しすぎます」
沙那は言った。
宝玄仙が眉をひそめた。
「どういうことだい?」
「これはあくまでも可能性の話ですが、お蘭の影法師の姿でその道術石を奪おうとした御影が、それに失敗したために、慌てて九霊聖女に、南山大王がご主人様の道術石を欲しがっていると伝えさせたとしたら……。もちろん、それは、ご主人様に道術石を処分させないためです」
「御影が九霊聖女に──? お前、なにを言ってるんだい、沙那──? 九霊聖女がわたしを裏切ることはないよ。あいつは、わたしの奴隷の刻印を受け入れているんだ」
宝玄仙が声をあげた。
「裏切ったとは思いません……。でも、御影は服従の首輪で他人を操れますよ……。ほかにも、『縛心術』だってあります。南山大王が本当にそう言っていると思い込ませれば、九霊聖女はご主人様にそう連絡してくるでしょう」
「九霊聖女が御影に操られているって? 沙那、本気でそう言っているのかい?」
宝玄仙は呆気にとられている。
「あくまでも可能性の話だけです。そうでなくて、本当に南山大王が道術石を欲しがっていることだけかもしれません。しかし、もしも、なんらかの手段で摩雲城に御影の手が伸びているとすれば、そこにのこのこと戻れば、罠に嵌まることになります……」
「摩雲城が御影の手に落ちている?」
宝玄仙は不審顔だ。
まあ、沙那も可能性のことを言っているだけではあるが……。
「そもそも、ご主人様の道術石の力で雷音大王や牛魔王の力があがったのだという秘密がわかったのは、お蘭の影法師が摩雲城にやってきてからの話です。九霊聖女が南山大王に伝えたことも考えられますが、わたしが知る限り、その様子はありませんでした。それなのに、いきなり南山大王が、道術石に言及して戦場まで伝えてくるのはおかしいです。しかも、ご主人様が牛魔王からその道術石を取り出した直後という絶好の時期に……」
沙那の言葉に宝玄仙が考え込むような表情になった。
その代わり、金角が口を開いた。
「……一応の筋は通っているようだね。確かに考えれば不自然かな……。摩雲城がいつの間にか、御影の手に落ちている可能性も考えられるわけだ……」
金角がつぶやいた。
「待ってよ、沙那──。摩雲城には朱姫と素蛾がいるよ。そうだとすれば、あいつらどうなっているんだい?」
孫空女は声をあげた。
「最悪のことを想定しておいた方がいいかもね……。いずれにしても、試してみましょうか」
沙那は言った。
「試す?」
宝玄仙だ。
「ねえ、銀角──。摩雲城にいる朱姫あてに、通信球が送れる? 直接に──」
沙那は馬車の外にいる銀角に声をかけた。
「朱姫かい──? ああ、送れるよ。朱姫は精細鬼隊にいたから、通信球でやりとりできるように処置していたからね。事前処置さえしていれば、あれは簡単に送れるよ」
銀角が言った。
「だったら、送って──。ご主人様が戦勝祝いの内輪の宴をしたいと言っているとね……。それで、よければ趣向を朱姫に任せたいと言っていると……。承知なら返事をくれって伝えて。そっちで難しいなら、沙那に任せるともね」
沙那は言った。
銀角はさっそく、通信球に伝言を込め始めた。
「……そんなことを言って大丈夫かい、沙那? 朱姫なんかに任せたら、あたしと沙那なんて、なにをさせられるかわからないよ」
孫空女が少しうんざりしたような声をあげた。
「それが狙いよ……。これで二つ返事で返事が戻って来ないようなら、なんらかのことが朱姫にあったということよ……。朱姫は通信球の道術が遣えるし、普通だったら、いまの通信球には、なにをおいても反応すると思うわ」
沙那は言った。
「……送ったよ。通信球は直接に朱姫の目の前に送られるはずさ。朱姫がどこにいようともね……」
銀角から声があった。
そのとき、金角がまた口を開いた。
「……“三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。それまでの支配者は倒され、ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう”……」
「なんだい、それは?」
宝玄仙が金角を見た。
「お前が倒した金凰妃の予言だよ……。わりと有名な予言さ。最後の予言だしね。金凰妃は予言のできる女だったんだ。外れたことがないという噂だったね……。まあ、なにを意味しているかはわかりにくいが……。沙那の話を聞いていて、なんとなく思い出したのさ」
金角が言った。
すると、宝玄仙が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「三個の身体で支配する者? なんだい、それは──。まるで御影のことを名指しで言っているようじゃないかい──。わたしが知る限り、三個の身体をひとりで支配するのはあいつだけだよ。ふたつの宝というのは、もしかしたら、御影自身が盗んできたわたしの魂の欠片の道術石のことかい──。なるほど、あいつは、その予言を信じているんだね? だから、これを狙っているのかい──」
宝玄仙はそう言うと、取り出したままだった道術石をぐっと握った。
なにをするのかと思っていたが、しばらくしてから風のようなものが馬車の中に沸き起こった。
沙那は驚いたが、金角や銀角、孫空女が一斉に悲鳴をあげた。
「ご、ご主人様──?」
孫空女が大声を放った。
「……これで道術石は消滅したよ……。“ふたつの宝”をまとめられる者はいなくなったということだ──。ざまあみろ、あの女男──」
宝玄仙が笑った。
道術石を消滅させたのだ。
沙那は驚いてしまった。
確かに、これで奪われる可能性はなくなったが……。
まさか、そんな手段を宝玄仙がとるとは、夢にも思わなかったのだ。
そして、しばらく待った。
だが、いつまで経っても、朱姫からの返信の通信球は戻ってこなかった。
「朱姫に異変があった……。その可能性は高そうだね……。御影……というよりは、その影法師もそこにいるかもしれないということかい」
やがて、宝玄仙がぽつりと言った。
「とにかく、『移動術』で摩雲城の近くまで進んでいる隊に合流しましょう。そこまで行けば、さらに摩雲城に跳躍することも可能だと思います……」
沙那は言った。
「乗り込むのかい──?」
孫空女だ。
だが、沙那は首を振った。
「乗り込めば、罠に嵌まるわ、孫女。どういう罠で待ち受けているかはわからないけど、御影は摩雲城にわたしたちが戻ってくるのを待っているに違いないわ……」
「だけど、朱姫と素蛾が囚われているとすれば、乗り込まない限り助けられないよ」
孫空女がさらに言った。
「わ、わかっているわよ──。そんなことは──。でも、それは危険なのよ。特に、ご主人様が──。ああっ……。とにかく、どういうことになっているのか、それだけでもわかれば……」
沙那は苛立ちの声をあげた。
これで、御影が摩雲城に罠を仕掛けて待ち受けているというのが、かなりの確証で予想できたことになる。
朱姫と素蛾もすでに捕らわれているという可能性も高いと思う。
御影が待っているとすれば、摩雲城に戻るのは危険すぎる。
しかし、どうしたら……?
「沙那、わたしの危険は考えなくていい……。わたしも切り札を準備するよ。万が一にも御影の支配に陥らないようにね……。どういう罠かはともかく、あいつは、わたしに『服従の首輪』をつけさせたがっている。そうでなくても、なにかの支配霊具をつけさせようとしているような気がするね。長い付き合いだし、なんとなく、あの女男の考えそうなことはわかるんだ……。だったら、首輪の誓いをしても、支配に陥らないようはしていくよ──」
「ご主人様……」
「だから、乗り込もう──。御影がなにを仕掛けているかは、乗り込んでみないとわからない──。もう一度、言うけど、わたし自身の危険のことは考えなくていい──。それを無視して、朱姫と素蛾を助ける策を考えな。もしも、朱姫が通信球を面倒くさくて返さないだけで、摩雲城がなんともなければ、ただの笑い話で済む話さ。しかし、朱姫と素蛾が御影に捕まったなら、それは助けないとならないんだ」
宝玄仙がきっぱりと言った。
「で、でも、服従の首輪の支配に陥らなくて済むというのは、どういう手段なのですか、ご主人様?」
「それは言えないよ、沙那──。切り札というのは隠しておくものさ」
宝玄仙が破顔した。