「
部屋を出ようとすると、扉の外にいたふたりの兵に前を立ちはだかれた。
大きな騒動がさっきまでいた玉座の間で起こったことは知っている。
とりあえず、それを確かめたかった。
「どきなさい」
「申し訳ありませんが、陛下の命令ですので、お出しするわけにはいきません」
「その陛下に用があるのです。すぐにどくのです」
「姫様、どうか、お部屋に」
兵がぐいと扉を押し戻そうとする。
しかし、それを阻止するように、強引に身体を隙間に強引に割り込ませる。
「待て――」
そのとき、
兵たちが直立不動になる。
扉が開く。
すると、そこに龍鳳王がいた。
「陛下――」
「なにも言うな、百花。すべてが終わったのだ」
「終わった?」
「終わったのだ、百花――。部屋に入ってよいか?」
龍鳳王はそう言った。
身体を避けると、龍鳳王が部屋に入って来る。
「扉を閉じて、ここには誰も入れるな」
王がそう言うと、外から扉が閉じられていく。
部屋はふたりだけになる。
「あの
王は、部屋にある椅子に腰をおろし、百花と向かい合うように座った。
「はい」
「だが、どちらかの死により術は解ける。
王がじっとこっちを見る。
百花は、王の言葉に返事をせず、部屋の隅を指差した。
「……そこに」
「そこ?」
王が、その方向に視線を向けた。
「……そこに結界があります。『移動術』の出入り口になる結界です。これで黄袍魔の出入りが自由になります。黄袍魔も百花も、妖魔城からいつでも出入りできますので、寂しい思いはしないはずです」
「なにを言っている、百花?」
王が不審な表情をした。
「人払いをしてくれたのは、助かったぞ、王よ」
腕を振った。
結界に百花と沙那と孫空女が出現した。
龍馬車で、隠れて待機をしていた三人を『移動術』で呼んだのだ。
「ひゃ、百花――。なぜ――?」
龍鳳王は、ふたりの百花を見比べて、眼を白黒させている。
黄袍魔は顔をつるりと撫ぜた。
百花の顔が消えて、黄袍魔の顔がそこに現れたはずだ。
玉座の間で見せた貴公子の顔ではない。
本物の黄袍魔の姿だ。
「お、お前が黄袍魔か――。なぜ、ここに?」
「声を荒げるな、王よ。広間で死んだのは、俺が操っていたただの人形だ。もっとも、王宮の術遣い程度では、あの死骸が偽物であることは見破れんだろうがな。
黄袍魔は、刃物でもある爪を王の喉に突きつける。
「百花の父親を傷つけるつもりはない。だから、大声を出さんでくれ、王よ」
黄袍魔は言った。
王は、恐怖の色を浮かべて頷く。
「なに言ってんだよ、黄袍魔。待っている間に、声が漏れないようにする結界でも張ったんだろう? この部屋は、霊気の匂いがぷんぷんするよ」
孫空女が言った。
黄袍魔は、笑って爪を引いた。
「そういうわけだ、王よ。大声を出しても、外には聞こえない。百花が会いたがっているからやってきた。百花の夫の黄袍魔だ。」
「妖魔ふぜいがなにを言うか――。汚らわしい」
龍鳳王は喚いた。
その顔は真っ蒼だ。
「陛下、百花は……」
「黙れ、百花」
王は荒げた声をあげた。
恐怖が龍鳳王を興奮させているのだろう。
「陛下」
「この不幸者が――。妖魔に汚された身体になりおって――。どうせ、黄袍魔が死ねば、そのまま王都から遠い地方の尼院でも幽閉するつもりだった――。わかった、百花はくれてやる。どこにでも連れて行くがいいわ。だから、わしを解放しろ、黄袍魔」
すると百花が、哀しみをいっぱいにした表情をした。
「王よ、それが娘に対する言い草か? まあ、汚した張本人の俺が言えることではないが、もう少し言い方があろう」
「黙れ――、黙れ――、黙れ――。誰か――、誰かあるか――」
王は叫んだ。
恐怖で完全に冷静さを失っている。
暴れて逃げようとするのを黄袍魔は、椅子に押さえつけた。
「これは……参ったな。これでは、冷静に交渉できるような感じではないな。ここで交渉をして、妖魔の売り買いを禁止させる触れを出させるつもりだったのだが……」
黄袍魔は、手の下で暴れる王に途方に暮れてしまった。
「あなた構いません。王の指輪に魔術紋を刻んで、支配してしまってください。その指輪は、王位の象徴でもあります。絶対に外すことはないはずです。それで、操って、あなたの望む法律を出させればよいのです」
百花が言った。
黄袍魔は驚いた。
「よいのか、百花?」
「はい。妖魔と人間は同じ生き物として同等――。あなたが正しく、わらわたちこの国の人間が間違っています。いまは、心からそう思っています」
百花は、まだ哀しみを抱いた表情をしているが眼は真剣だ。
「わかった」
それほど強力な支配魔術を遣うつもりはない。
ただ、妖魔に対する悪い感情を消すだけだ。
あっという間に、王位の指輪に魔術が刻まれた。
龍鳳王の表情が落ち着きを取り戻した。
「王よ、俺と百花の婚姻――。認めてもらうぞ」
「……わかった」
王は頷いた。
口調にも動作にもおかしなところはない。
これなら支配されていると、ほとんど気がつかれないはずだ。
「……今後、この王国内で、妖魔の売り買いは禁止させろ。いま、人間が飼っている妖魔は、すべて妖魔城で引き取る。そこで癒す。妖魔は、ただ追放すればよい」
「……それもわかった」
王は頷いた。
「……青蔡のところにいる
「……言うとおりにしよう」
「ところで、百花のことを尼院に入れようとしたというのは、本当か?」
「そうだ……。この場から連れて行くはずだった。すでに手配が終わっていて、わしは、それについて因果を渡すためにここに来たのだ。すでに、馬車を待たせている」
王は言った。
黄袍魔は嘆息した。
百花は顔を蒼くしている。
「……ならば、そうしたことにしろ。ただし、百花は、すぐに俺が連れていく……。それで、お前が俺に支配されていることを誰にも、怪しまれないですむ」
王は頷いた。
王は黄袍魔に言われて、部屋を出ていく。
命令したとおり、外の兵には中の変化に気がつかれないようにしたようだ。
「ところで……」
黄袍魔は沙那に視線を向けた。
「……礼を言おう、沙那。俺の案では、王宮で暴れて、無理矢理に要求を呑ませるつもりだったが、龍馬車で提案されたお前の案が、これ程うまくいくとは思わなかった」
「契約魔術だかなんだかしらないけど、百花さんが、お前のことを大切に思っているようだからそうしたのよ。本当は、お前がやったことは許していないわ……。もっとも、この国の妖魔の立場については、わたしも酷いとは思うけど……」
沙那が言った。
「もう、言わないでください。わらわは、幸せですから」
百花はにっこりと微笑んだ。
その微笑みを見て、黄袍魔もまた、幸せな気分になった。
*
【時系列は元に戻ります。青蔡が宝玄仙のところに戻り、さらに一日ほど経ってます。】
施設の周囲を囲んだ兵を待たせて、沙那は孫空女とともに、白骨がいるはずの施設に入った。
国王に、沙那の指示に従うように命じられている隊長は、特に、なにも言わずに、沙那の言葉に従って、施設の周りに兵を展開させたまま待機するように指示を出している。
考えてみれば、宝玄仙と朱姫との再会は数日ぶりだ。しかも、この建物に入るのも実質初めてだ。
なにしろ、最初に
だから、地下にあると教えられた「調教部屋」という場所も見ていない。
地下に立ち入るのも、いまが初めてだ。
「戻りました、ご主人様」
孫空女とともに階段をおりていくと、沙那は言った。
そこには、得体のしれない装置が壁一面に置かれ、人を拘束する革紐のついた寝台が四つほどあった。
部屋の一画には、なにかを操作するための仕掛けのある台もある。
その部屋の隅にある卓と椅子に宝玄仙と朱姫がいた。
宝玄仙の足元には、後手に鉄の枷を付けられて首輪をはめられた白骨が、上気した顔で身体を震わせている。
灰色の貫頭衣を身につけている。
このふたりのことだから、下袍の中の股間を淫具や媚薬で責めているのだろう。
白骨の欲情した表情とびっしょりとかいた汗がそれを物語っている。
ひと足先に戻ったはずの青蔡はいない。
「青蔡さんは?……」
沙那は、宝玄仙と朱姫に訊ねた。
「ちょっとわけありで、先に出ていったよ。お前たちによろしくとのことさ」
宝玄仙が言った。
なるほど……。
まあ、青蔡は、ほとんど話せなかった宝玄仙と話をするために、沙那たちに後始末を託して、先に城を出たのだから、だったら、宝玄仙と話もできたのだろう。
青蔡は、とにかく、宝玄仙と昔話をしたがっていた。
一連の騒動が終われば、すぐに宝玄仙がまた旅を再開するのは予想がついていたので、青蔡は沙那たちに、王宮の後事を託して、ひとりで先に戻ったのである。
「へえ、青蔡さんは行ったのかい……。ところで、白骨も案外まともじゃないかい。ご主人様と朱姫のことだから、もっと滅茶苦茶していると思ったよ」
孫空女が言った。
すると、なぜか朱姫が顔を背けた。
「滅茶苦茶ってなんだい、孫空女?」
宝玄仙がにやにやしながら言う。
「いやあ、それこそ、ここにあるものを使って、白骨を妖魔か動物に変えてしまうとかさあ。それとも、この白骨の綺麗な顔を醜くしてしまうとか……。そんなことをしているんじゃないかと沙那と言っていたんだよ……」
「そうかい?」
宝玄仙はけらけらと笑った。
沙那は首を傾げた。
「ああ……。だけど、見たところ、ちょっとばかり、意地悪されているみたいだけど、このくらいで済めば、ご主人様にしてみれば、優しい方なんだよ、白骨……。朱姫もかわいい顔をしているけど、ご主人様に負けず劣らず、残酷だからね」
孫空女がそう言って、白骨の髪を掴んで顔をあげさせた。
白骨は口を開いてなにかを言おうとしているが声だけで言葉は出てこない。
「どうして、この白骨は喋れないのです、ご主人様?」
沙那は言った。
白骨は、懸命になにかを訴えようとしている。
それでも、白骨の口から漏れ出るのは、ただの音だ。
言葉ではない。
「ちょっと強めの薬を使って舌を潰したのさ、沙那。道術力じゃないから、もう、こいつは一生、喋れないね。ついでに、指の筋も切ったから、もうなにも持てない。物を食べるには、少し不自由だろうけどね。まあ、犬のように口で食えばいいのさ。それにそれだけ、綺麗な顔をしてりゃあ、世話をしてくれる男にも事欠かないだろうさ。尻の穴まで綺麗にしてくれるよ」
宝玄仙は、そう言って笑った。
やっぱり、なにかを隠している感じだ。
沙那は訝しんだ。
「でも、白骨は、外の兵に捕まえられて、処刑されるんじゃないの? あたしらは?白骨を捕らえる兵と一緒に来たんだ」
孫空女だ。
「そんなことはないよ。一応は捕えるが、王の命令で、こいつは放り出される。すべての財を失ってね……。青蔡は王とそう取引きをするはずさ。それで城にも戻ったんだ。まあ、女が身ひとつで生きていくには、できることは限られている。おまけに声も出ない。指も動かないんじゃあ、放っておいても娼婦にでもなるしかないだろうね。まあ、せっかく綺麗な顔にしてやったんだ。男の玩具になる悦びを味わえばいいのさ」
「ふうん。まあ、あたしらも、ついてきただけだからねえ……。後のことなんて知らない……。そうかい。こいつは、娼婦になるのか。まあ、そのくらいは仕方ないね、白骨。ところで、こいつ、さっきから、どうして腰をくねらせているの、ご主人様?」
孫空女は、白骨の髪を掴んだまま言った。
「朱姫、見せてやりな」
「はい」
朱姫は、床に座っている白骨の下袍を思い切りまくり上げた。
床に座る白骨は、悔しそうな表情をしたが、後手に拘束されている身では抵抗はできない。
白骨は下着をつけてなかった。
股間は、恥毛がびっしょりとなるくらいに、ぐしょぐしょに淫液で濡れている。
沙那は、少しそれを見て、思わず自分の
白骨の肉芽には、あの『女淫輪』が嵌められている。
しかも、見たところ、微かに振動しているようだ。
気をやってしまう程の振動ではないかもしれないが、この淫具は、常に女を発情した状態にし続ける。
宝玄仙という変態巫女に捕えられて以来、ずっと、それを嵌めさせられている沙那だが、いまでこそ、やっと耐えられるようになったものの、最初は、欲情した身体を持て余して苦しかった。
それに、いまでも、ほんの少しでも振動を加えられると、腰が抜けたようになってしまう。
ああやって、ずっと振動を加えられるのはつらいだろう。
「ところで、
沙那は言った。
「妖魔は青蔡が連れていったよ。黄袍魔が引き取るそうだ。あいつは、この国のあちこちで家畜のように飼われていた妖魔を全部、引き受けるつもりらしいからね。それと、十全については、その青蔡と一緒に山に行った。本物の白骨の世話をさせないといけないからね」
「本物の白骨?」
孫空女が驚いて、白骨の髪から手を離した――。
沙那もちょっとびっくりした。
いまの宝玄仙の言葉を判断すれば、目の前の白骨は本物じゃない?
つまりは、偽者?
こいつは白骨の姿をした何者か……?
すると、宝玄仙が爆笑した。
「お前たち、この朱姫がいたんだよ。五体満足で、白骨がいられるわけがないじゃないかい。この朱姫の責めは、そりゃあ、凄まじかったよ。さすがの宝玄仙がもう少し手加減しろと、途中で言わなくちゃならない程だったんだよ。本物は、全身の毛という毛と剃られて、あそこの毛も眉毛も髪の毛まで剃られてから青蔡に引き渡されたさ……。ああ、いや、髪の毛の裾だけは、申し訳程度に残したかねえ」
宝玄仙が笑いながら言った。
なにか恐ろしい話を聞いたような気がして、沙那は朱姫をじっと見つめてしまった。
「そんなに見ないでください、沙那姉さん。沙那姉さんだって、あたしと同じ目に遭わされたら、同じことをしたと思います」
朱姫は、不満気に言った。
「ごめんさない、朱姫。別に批判したつもりはないのよ。ただ、ご主人様の言い方が、その……ねえ……」
「いいんです。さっきから、あたしは、ずっと、ご主人様にからかわれているんです。残酷だとか……冷酷だとか……」
朱姫は言った。
さんざんに宝玄仙が意地悪を言うので拗ねているようだ。
沙那は苦笑した。
「じゃあ、こいつは誰?」
孫空女が言った。
「千鬼だよ。こいつは傑作品さ」
宝玄仙が言いながら、床に座っている白骨の姿をした千鬼の股間の部分をぐりぐりと踏んだ。
千鬼が、白骨の顔で苦悶に顔を歪める。
「この千鬼には、腹の中に『
「ええっ? 男なのこいつ。しかも、あの千鬼――?」
孫空女は叫んだ。
沙那もあの武骨な老人という印象だった千鬼の元の姿を思い出して、気味が悪くなった。
「でも、こうやって責めていると、女のようだろう。欲情も性感も女そのものになっているし、こいつも満更でもなくなってきているようだしね」
宝玄仙がそう言うと、千鬼が吠えたて、恨めしそうな顔をした。
「さて、じゃあ、引き渡しておいで、沙那、孫空女。ついでに、街に行って羊の肉でも買って来ておくれよ。今夜は、腹いっぱい肉でも食べようじゃない。そして、明日には出発だ。黄袍魔に関わってから、考えてみれば随分と長居をしたものさ」
宝玄仙が言った。
「わかったよ……。それじゃあ、行くよ。千鬼」
孫空女が千鬼の首の鎖を引っ張って立たせた。
そして、腰を引いて歩く千鬼をぐいと引っ張って無理矢理に前に進ませる。
その刺激により、『女淫輪』に苛まれる千鬼が、女そのもの嬌声をあげた。
それを聞いて、宝玄仙と朱姫が同時に嘲笑する。
本当に、このふたりは最近似てきた――。
沙那は、孫空女の隣を歩きながら思った。
嗜虐の癖も災いを呼び込んでしまう悪運も――。
そして、階段を昇りはじめると、刺激を受け続けている股が感じてしまうのか、また、千鬼が欲情しきった声をその口から洩らした。
(第13話『復讐の行方』終わり)
*
【西遊記:29~31回、黄袍怪(続き)】
孫悟空は、猪八戒に諭されて、玄奘たちを救うために、黄袍怪のいる椀子山にやって来ます。
しかし、黄袍怪に撃退されます。
また、黄袍怪は、玄奘が百花の故郷である宝象国に行ったことに気づき、一計を企てて、捕らえ直そうとします。
そこで、人間の貴公子に変身して、宝象国の国都に向かいます。
一方で、玄奘はひとりで宝象国の国都にやって来て、国王との面会に成功します。しかし、そこに貴公子としてやって来た黄袍怪に、こいつは虎の化物だと訴えられ、国王の前で虎にされて、獣として檻に入れられます。
また一方、孫悟空と猪八戒は、黄袍怪の城に二度目の襲撃をします。
黄袍怪が不在だったこともあり、簡単に、沙悟浄の救出に成功します。孫悟空たちは、黄袍怪の向かった宝象国に向かいます。そのとき、孫悟空は、黄袍怪のふたりの子供を誘拐して連れていきます。
空からやって来た孫悟空は、宝象国の王宮の上空から、黄袍怪と虎にされた玄奘を認めます。
孫悟空は、黄袍怪に戦いを挑むために、黄袍怪のふたりの子供を空から黄袍怪の前に投げ捨てて殺してしまいます。
激怒して我を忘れた黄袍怪は、妖魔の姿に戻り、孫悟空に襲い掛かりますが、空中戦に分がある孫悟空に倒されてしまいます。
黄袍怪は天帝の兵に引き渡されるとともに、百花姫は宝象国に戻り、玄奘は孫悟空によって人間に戻ります。
孫悟空の破門も解け、再び一行は旅を再開します。