城門は閉じられていたが、その横の通用門は開かれている。
宝玄仙は、沙那と孫空女に前後を挟まれるかたちでその通用門から中に入った。
門には当然いるべき門兵はいない。
それどころか、三千以上はいるはずの摩雲城の亜人兵は誰ひとりとして営庭におらず、正面の石造りの砦もひっそりとしている感じだ。
だが、その営庭に、たったひとりでぽつんと立っている者がいた。
「素蛾──」
沙那が大声を発した。
素蛾は裸のようだった。
だが上半身に砂袋のようなものを四つほど貼り付けている。
粘着剤のようなもので手のひら大の平らな砂袋を胸と腹に貼り付けて、その上から縄を巻いていた。
さらに、それよりもやや小さめの砂袋を首の両横にも貼り付けていて、やはり、縄で外れないようにしていた。
素蛾の前には、木箱がひとつ置いてある。
「わ、わたくしは伝言人形です……」
突然に素蛾がそう言った。
「伝言人形?」
沙那が全身を緊張させたのがわかった。
宝玄仙はそれを手で制する。
すると、素蛾がぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「御影様からの伝言を持ってきています」
「あの男女はここにいるんだね?」
宝玄仙は嘆息した。
「ご、ごめんなさい、皆さん……。ぜ、全部、わたくしが悪いんです……。わたくしが裏切ったのです……。わたしくしが朱姫姉さんの道術で全員を『服従の鎖』で無力化して、それで御影さんという人を引き入れてしまったんです……」
そのとき、宝玄仙は素蛾が両手でなにかの球体のようなものをぎゅっと握りしめていることに気がついた。
また、両手首と両足首には、金色の細い鎖を巻いている。
その金色の鎖からは強い霊気を感じる。
また、素蛾が身体に装着している砂袋のような物からもだ。
「お前のせいじゃないさ、素蛾……。わたしがお蘭だと信じ込んで、御影の影法師を受け入れてしまったのが原因だ。それよりも、お前が巻いている金色の鎖が、『服従の鎖』とお前が呼んだ霊具かい?」
宝玄仙が訊ねた。
「そうです」
「お前たちは御影を“主人”として、服従の鎖とやらに刻まれているのかい?」
「わたくしのはそうです。そのほかの方々は、全員わたくしの命令で、御影さんや
「鳴智──? 鳴智がここにいるのかい?」
宝玄仙は驚いて訊ねた。
「はい……。御影さんとと一緒に城主の間で待っているはずです……。わたくしは、そこまで皆様を案内するように命じられているのです」
「わかったよ……。じゃあ、案内しな」
宝玄仙は言った。
「そ、その前にお支度を……。まず、皆様、ここで服を脱いで全裸になってください。武器もなにもかもここに置いて頂きます。ただし、ご主人様だけは首にかけておられる袋はそのまま首にかけておいてください……。また、その箱に拘束具があるので、それを三人とも装着してください」
宝玄仙は首に道術石をしまう袋をかけていた。
牛魔王から取り出した道術石は壊してしまったので、その代替えのものを入れている。
ちょっと見ただけでは本物の道術石とは見分けはつかないようにしてある。
袋を開くまでは、その中に牛魔王から取り出した道術石が入っていると、誰であろうと信じるはずだ。
「な、なんですって──」
裸になれという素蛾の指示に、不満の声をあげたのは沙那だ。
「待ちな、沙那──」
抗議をする気配を示した沙那を宝玄仙は制した。
素蛾が裸身に装着している砂袋の正体がやっとわかったのだ。
「素蛾、お前が身体に身に着けているのは炸裂砂だね……?」
宝玄仙は言った。
「炸裂砂?」
沙那が訝しむ声をあげた。
「ご主人様、炸裂砂ってなんだい?」
孫空女が言った。
「言葉の通り、炸裂して爆発する砂のことさ。どうやら、素蛾はそれを身に着けているようだね。そして、両手に持っているのが起爆具になっているんだろう、素蛾? それから手を離せば、お前の首と上半身は木端微塵に吹っ飛ぶっということのようだね?」
宝玄仙は御影の仕打ちに腹が煮えるのを感じながら言った。
「ええっ?」
「そ、そんな──」
孫空女と沙那が横で声をあげた。
すると、素蛾が悲痛な表情になった。
「そ、その通りです……。わたくしは、皆様がなにか不穏な動きをしたり、逆らったりするような動きをすれば、球体から手を離すように命じられています。も、申し訳ありません……」
素蛾がまた小刻みに震えだした。
そして、ぼろぼろとまた涙をこぼし始める。
「……心配ないよ、素蛾……。必ず、助けてやるから……。お前も朱姫もね……」
宝玄仙はそう言って、服を脱ぎ始めた。
沙那と孫空女もそれに倣う。
「ま、待ってください……」
そのとき、素蛾が声をあげた。
宝玄仙は手をとめて素蛾を見た。
「き、聞いてください、ご主人様……。さ、さっきも言った通り、朱姫姉さんをはじめとして、ほとんどの皆さんは、わたくしを“主人”とする服従を受け入れています。わたくしが、御影さんや鳴智さんに逆らわないように指示しているだけなのです。朱姫姉さんも……。だ、だから、わたくしが死ねば、その瞬間に、ほとんどの人は服従から解放されるのではないでしょうか……。で、ですから、存分に御影という人と戦ってください……。わたくしのことは気にしないで……。自殺は禁止されましたが、皆様が逆らえば、わたくしは死ねます。それで、ほとんどの方の呪縛は解放されるのです……」
素蛾が涙をこぼしながら言った。
その表情には覚悟の決意が浮かんでいた。
素蛾なりに一生懸命に考えた結論なのだろう。
「そんなことができるわけないだろう、素蛾……。それに、わたしらは話し合いに来たんだ。戦いにきたわけじゃないさ──。それよりも、ここで、御影とは話せないのかい──?」
宝玄仙は最後の言葉だけ叫んだ。
御影がどこからか聞いていれば、なんらかの反応があるのではないかと思った。
「わたくしには、ただ、城主の間に皆様をお連れするようにとしか伝えられておりません」
素蛾が言った。
宝玄仙は嘆息した。
「わかったよ……。沙那、孫空女、素蛾の前で逆らうような素振りを見せるんじゃないよ。わかっているね」
宝玄仙は声をかけてから脱衣を再開した。
これも御影の手なのだろう。
これで素蛾のいる前ではいかなる抵抗もできないことになる。
沙那と孫空女も頷いて服を脱ぎ始める。
三人とも完全な裸になった。
宝玄仙は首に例の道術石の袋だけをかけている。
「孫様、申し訳ありませんが、耳の中の『如意棒』も置いていってください」
素蛾が言った。
孫空女が無言で刺繍針ほどの大きさの『如意棒』を脱いだ服の上に放った。
「拘束具は箱の中かい?」
宝玄仙は言った。
「その黒いのが道術封じの枷です。ご主人様がしてください。ほかの金属の手錠は、沙那様と孫様がしてください。全員で協力して背中で装着するように伝えろと言われました」
素蛾が言った。
宝玄仙はすぐに黒い枷を手に取った。
そして、それを手に握ったまま、素蛾に視線を向ける。
「もしも、それを拒めば、お前はその起爆具から手を離すということかい?」
宝玄仙は言った。
そのあいだにも、宝玄仙は凄まじい勢いで道術封じの枷に霊気を注ぎ込んでいた。
装着をしてしまう前に、宝玄仙の道術で効果のないものに変えてしまうためだ。
そのためには、少し時間を確保する必要がある。そのために話しかけたのだ。
「そうです」
素蛾は頷いた。
宝玄仙は諦めたような仕草をして、残りふたつの手錠を手にした。
そのふたつにも霊気を込めていく。
宝玄仙が手にしている三個の拘束具には、急速な勢いで霊気が注がれている。
霊具化の道術だ。
霊具作りの道術は、宝玄仙がもっとも得意とするものだ。
およそ、この世にどんな道術遣いや亜人がいても、霊具化の道術で宝玄仙を上回るものはいないと思っている。
そして、霊気の動きは素蛾には感じることはできない。
従って、そんな小細工をしているというのは、素蛾にはわかりようもないはずだ。
だから、素蛾が「命令」により起爆具を離すこともないと思う。
「ふたりとも後ろを向きな。わたしが装着してやる」
宝玄仙は沙那と孫空女に両手を背中に回させて、できるだけ時間をかけて手首に手錠を嵌めた。
あまり、時間がなかったから、接合部を柔らかい粘土のようにする細工しかしなかった。
このふたりなら簡単に引き千切れるはずだ。
手錠を嵌めるとき、わざと弱くなっている部分をふたりの指を触れさせてから、手錠を手首にかけた。
それだけで、このふたりならわかってくれるはずだ。
次いで、自分の手首に道術封じの枷を右手にして背中に回す。
「お前たち、協力して、わたしに手枷を嵌めな」
宝玄仙は言った。
このときには、もう道術封じの枷を無力化する施術は終わっていた。
沙那と孫空女が後ろ手で苦労しながら、宝玄仙の左手首にも枷を嵌め終わる。
「では、おいでください」
素蛾が歩き出した。
宝玄仙たち三人は、営庭をすぎて砦の建物の中に入っていった。
やはり、亜人兵たちの全員は部屋に閉じこもっておくように指示されているのか廊下はひっそりとしている。
いくつかの階段を昇り、廊下を進んで城主の間に到着した。
しかし、そこには誰もいなかった。
ただ、手摺りのついた椅子が三個並んでいるだけだ。
「ご主人様は真ん中の椅子に、沙那様と孫様は両側に座ってください」
素蛾が言った。
指示の通りに腰掛ける。
「両脚を手摺りにかけてください」
さらに素蛾が言った。
「な、なんですって──」
沙那が怒鳴った。
だが、その言葉でちょっとだけ素蛾の手が緩んだように見えた。
「待ちな、沙那──。逆らうんじゃない──。服従の霊具による命令は絶対なんだ。素蛾はわたしらが逆らえば、起爆具から手を離せと命じられているんだ」
宝玄仙は率先して、両脚を横の手摺りに引っ掛けた。
沙那と孫空女も同じようにする。
そのとき、目の前の空間が緩んだように見えた。
「朱姫──?」
出現したのは朱姫だった。
全身に無数の傷がある。
城壁の上に拘束されたときのまま素裸だ。
足首に素蛾と同じような金の鎖がある。
「はあ、はあ、はあ……。み、皆さん……。う、動かないでください……。逆らえば、素蛾が死にます。そう命じられているんです……」
朱姫はとても苦しそうだ。
両手には、素蛾がしているものと同じ炸裂砂の袋を持っていた。
そして、宝玄仙に近づくと、手に持っていた炸裂砂を宝玄仙の首に密着させる。
粘着剤がついている炸裂砂は宝玄仙の首に密着したようだ。
「沙那姉さん……孫姉さん……、おふたりのお尻の下の椅子が起爆具になっています……。おふたりが動くとご主人様の首が飛びます……。も、申し訳ありません。あたしも素蛾も逆らえないんです……。余計なことを喋ることも禁止されています。喋れるのは、許された言葉だけなんです……」
朱姫が静かに言った。
「な、なんですって──」
「そ、そんなあ──」
沙那と孫空女が声をあげた。
「動かないで──」
朱姫が悲鳴のような声をあげた。
沙那と孫空女のふたりが、びくりと身体の動きをとめる。
「ご主人様、奥の部屋で御影が待っています……。あたしと素蛾は、沙那姉さんたちを見張るように指示を受けています……。どうぞ、お進みください」
朱姫が声をかけた。
「わたしひとりで来いということかい?」
宝玄仙は手摺りから脚をおろして立ちあがった。
すると、朱姫と素蛾が、それぞれ、沙那と孫空女の座っている椅子の前に進んで跪いた。
「な、なに?」
「なんだい?」
沙那と孫空女が同時に当惑した声をあげた。
「ご、ごめんなさい、沙那姉さん、孫姉さん……。あたしたちは、ここで沙那姉さんたちを弱らせておくように『命令』されているんです……」
朱姫と素蛾が沙那と孫空女の股間を舐め始めた。
「ひいっ」
「くうっ」
ふたりが真っ赤な顔をして、びくりと後ろ手に拘束されている身体を竦ませた。
ただ、動いていはならないことを思い出したのだろう。
必死で身悶えを耐えるような仕草になった。
宝玄仙はそんな四人の痴態をちらりと見て苦笑した。
「じゃあ、行ってくるよ──。そこで愉しんでな」
宝玄仙は声をかけてから城主の間の奥にある扉に向かっていく。
沙那と孫空女が喘ぎながら、宝玄仙の名を呼んだのが聞こえた。
すると、奥の部屋に入った途端に、急に身体がねじれるような感覚が襲った。