813 死の覚悟
「うぐうっ」
天井から両手を拘束されている孫空女がやっと呻き声をあげたのは、三発目の電撃鞭が股間に与えられたときだった。
沙那については、ほとんど一発目から悲鳴をあげていたが、悲鳴をあげるだけで「首輪を受け入れる」という言葉を口にすることはない。
御影は悲鳴をあげるということと、屈伏することとは別のことと思うしかなかった。
「う、うう……、さ、沙那姉さん……」
「ご、ごめんなさい……、ごめんなさい……」
「拷問者」を命じている朱姫と素蛾が泣き声をあげた。
「お前たちの拷問は手緩いようだぞ。手加減するな。次は心神棒を使え。痛みを外からではなく、身体の内側から与える拷問具だ。これに耐えられるものなどいないはずだ」
「も、もうやめさせて……」
「お、お願いです……」
朱姫と素蛾が呻くように言った。
だが、『服従の鎖』により支配されているふたりは、「命令」には逆らえない。
それぞれに心神棒という杖状の拷問具を手にする。
ふたり並べて両手で吊られて宙吊りになっている孫空女と沙那の裸身の腹に、朱姫と素蛾の持つ心神棒の先が食い込んだ。
「あぐうううっ──」
「ひぎいいい──」
さすがにふたりの女戦士も苦痛の呻き声をあげて、宙吊りの裸身を跳ねさせた。
「間髪入れるな。首輪を受け入れると口にさせるのだ。命令だ」
影法師になっている御影は言った。
朱姫と素蛾が言われたとおりに、ふたりの裸身に心神棒の苦痛を浴びせ続ける。
沙那が二発目で失禁した……。
孫空女は四発目で小便を流した……。
だが、反応の変化はそれだけだ。
影法師になっている御影は舌打ちした。
こんなことをいつまでも続けていても無駄のような気がする。
「ふたりをおろせ。首輪の後ろに金具がある。そこに手錠を繋いでいる鎖を繋ぐのだ」
朱姫と素蛾に命じた。
壁の操作具を使って、朱姫が沙那と孫空女の身体をおろした。
御影が雷音大王の影法師として、ここを支配するようになって、すぐに作らせたものだ。
宝玄仙の供四人はここに監禁し、宝玄仙そのものは、御影の屋敷の地下に閉じ込めている。
摩雲城から宝玄仙と供の五人をさらって丸二日がすぎていた。
しかしながら状況はほとんど変化がない。
宝玄仙はのたうちまわりながらも、あの痒み責めを耐えきったし、沙那と孫空女が『服従の首輪』の支配を受け入れる様子はない。
御影の苛立ちは頂点に達していた。
思惑が異なったのは、まずは宝玄仙だ。
たっぷりと掻痒剤を塗りたくって、それを貞操帯で閉鎖してやった。
それを開く『道術錠』の合言葉は、宝玄仙自身が「首輪の支配を受け入れる」という言葉だ。
一度かけた道術錠は、術者にも解くことはできない。
そして、貞操帯を外さない限り、絶対に股間を掻くことはできない。
ほとんど原液を塗った痒み責めに耐えられるわけもなく、宝玄仙が首輪の支配を受け入れるのは、時間の問題だと思い込んでいた。
だが、宝玄仙は拘束された身体をのたつたせ、口から唾を飛ばし、悲鳴をあげ、最後には泡を噴き出し、うわ言まで口にしながら丸一日耐えきった。
さすがに一日経てば、掻痒剤の効果はほとんどなくなる。
宝玄仙はもう落ち着いた状態になっている。
新たに痒み責めをするにも貞操帯で塞いでしまっている。
いまは、乳房に対して、鳴智と魔凛が掻痒剤で責めているが、あの感じではまだ耐えそうな感じだ。
宝玄仙が屈服には程遠いことは、御影の視点で見てわかっている。
もうひとつの誤算はこいつらだ。
すでに『服従の鎖』を受け入れさせている朱姫と素蛾に加えて、沙那と孫空女に『服従の首輪』を受け入れさせてしまえば、事は簡単だと思った。
この四人が道術石の入っている袋を開錠する合言葉を知らないということは、もう確信している。
だが、それを最終的に確認するためにも、沙那と孫空女のふたりにも、首輪の支配を受け入れさせたいと思っているのだ。
首輪で命じれば、もう嘘をつくことは不可能になるからだ。
それに、宝玄仙ともども、この供たちについても奴隷として飼うつもりだ。
便所にして、毎日交代で糞便を食わせてもいい。
裸のまま連れ出して、毎日市中を引き回してもいい。
あるいは、沙那と孫空女のふたりは丈夫そうだから御影の乗る馬車の馬にするというのもいいだろう。
朱姫と素蛾のうちのどちらかは、手足を切り落として犬のような姿にしてもいいと思っている。
構想はいくらでもあるのだ。
しかし、それは、沙那と孫空女が『服従の首輪』を受け入れてからのことだ。
御影の計画はその第一段階でまだ止まったままだ。
「仕方がない──。ひとりを殺すか──。俺の脅しが嘘だと思っているようだからな」
御影は床に突っ伏し、いまは朱姫と素蛾により首の後ろに両手を回すように金具で固定されたふたりに近づき、沙那の首に細い縄を二巻きして喉に食い込ませて結んだ。
沙那がぎょっとしたような顔で影法師の御影を見た。
「沙那、仲間との別れだ。言い残すことがあれば言っておけ──」
御影はその縄尻を天井に投げた。
道術で天井に密着した縄の長さをだんだんと縮めていく。
「うぐっ」
沙那は首を引っ張られて、まだ痺れの残っている膝で懸命に立ちあがった。
首輪の後ろに繋げられている両手で必死に首に巻いてある縄を持とうとしているが、縄はしっかりと沙那の首に喰い込んでいる。
指一本も入らない状態だ。
「沙那姉さん──」
「ひいいい──もう、もうやめて──」
朱姫と素蛾が駆け寄ろうとしたのを御影は、「命令」で制した。
孫空女については、心神棒を喰らわせて、沙那に近寄るのを阻止した。
「孫空女、早く言え──。首輪を受け入れると言うんだ──。さもなければ、沙那が死ぬ──」
御影は倒れた孫空女に叫んだ。
孫空女が宝玄仙の供の中で一番の仲間想いだというのは、鳴智から教えられている。
仲間の命を代償にすれば、まずは孫空女が落ちる──。
御影は確信した。
「……くっ、うっ……。そ、孫女……、お、お別れよ……。さ、先にいく……わ……」
沙那が苦しそうに言った。
徐々にせりあがっている沙那の身体はいまや爪先立ちにまでなっている。
「う、うん……。ごめん……、本当にごめん……。さ、沙那……、あたしもそのうちに行くから……。向こうでも、いっぱい愛し合おう……。こ、今度はさあ……、沙那が男になって、結婚するってのもいいかもね」
孫空女が言った。
その孫空女は涙を流していた。
「た、愉しそうね……。だ、だけど……結婚するなら……あ、あんたが……男になって……あぐっ」
「ああ、さ、沙那が……それがいいなら……そうするよ……」
だが、孫空女も首輪を受け入れる口にする気配はない。
沙那を見殺しにすることを決めている感じだ。
その顔にははっきりとした覚悟が存在している。
だが、ぼろぼろと涙を流し続けている、
「そ、孫姉さん──」
「孫様──」
動くことを禁じられている朱姫と素蛾は悲痛な声をあげた。
御影は歯噛みしていた。
本当に沙那を見捨てるつもりか──?
「うぎっ──」
沙那の身体が首だけで宙に浮いた。
「沙那あああ──」
孫空女は号泣しながら悲鳴をあげた。
「言え──。首輪を受け入れると言うんだ、孫空女──。もう、間に合わん──」
御影は絶叫した。
沙那の身体は完全に首で吊られている。
もう少しで死ぬだろう。
「沙那──ごめん──ごめんよおおお──」
孫空女が泣きながら絶叫した。
だが、首輪を受け入れると口にする様子はない。
御影は舌打ちした。
仕方なく、道術で沙那を吊っている縄を切断する。
四人のうちのひとりが欠けても道術石の袋は開かない──。
魔域に持ち込まれた“ふたつの宝”を御影が手に入れることが、予言成就の条件なのだ。
それは牛魔王の身体に入っていた道術石でなければならない。
だから、どうしても、御影が首にしている袋を開く必要がある。
四人のうちのひとりが欠けても袋は開かないということについて、宝玄仙は嘘はついていないと思う。
あの女が供を殺すことができないように、そう処置したのは間違いないはずだ。
「あふっ、あがっ、あぐっ」
沙那が激しく咳き込んでいる。
静止の「命令」を解除した朱姫と素蛾、さらに孫空女が沙那に駆け寄った。
御影は影法師を通じて、沙那と孫空女の身体から平衡感覚を鈍らせる道術をかけた。
これをかけられると、真っ直ぐに身体を保てなくなり、酔ったような気持ち悪さが襲ってくる。
悲鳴をあげた沙那と孫空女がひっくり返った。
「朱姫、素蛾、ふたりを歩かせろ──。転んだら、そのたびに、もうひとりの身体に焼印を押していけ。身体中が焼印だらけになるまで続けるのだ」
御影は道術で部屋の真ん中に真っ赤に燃えた石炭を入れている鉄の箱と、その中に差してある十本ほどの焼印の棒を出現させた。
焼印の大きさは赤ん坊の手のひらほどの大きさだ。
沙那と孫空女だけでなく、朱姫と素蛾も悲痛な表情をしている。
自分自身ではなく、自分が転ぶたびに仲間の身体が傷つけられるとあっては、そっちの方が堪えるだろう。
仕方がない……。
そうやって、少しずつ心を折っていくしかない……。
御影は、沙那と孫空女を落とすには、長い時間がかかるということを覚悟した。
そのとき、御影の屋敷に来客がやってきたのを感じた。
御影は、雷音院の後宮に存在する影法師から、屋敷にいる本体に意識を集中した。
*
屋敷に
すでに一階で使っている家人が案内して、応接室に通している。
御影はそれを道術で感知した。
「宝玄ちゃん、ちょっと用足しに行ってくるわ。鳴智と魔凛と遊んでいてちょうだい。それと、供が苦しんでいるのも愉しんでね」
御影は貞操帯をつけただけの裸身を地下牢の真ん中で、四肢を大きく拡げた状態で金縛りになっている宝玄仙に声をかけた。
この部屋で、宝玄仙自身の拷問をするとともに、雷音大王の後宮で供たちが受けている拷問の姿の映像を道術で宝玄仙に見させ続けているのだ。
さっき、沙那が死にかけたときなど、宝玄仙は金切り声をあげて泣き叫んだ。
あんなに他人に対して剥き出しの感情を示す女ではなかったので御影も少し驚いたものだ。
いまやっているのは、平衡感覚を狂わされた状態で沙那と孫空女を歩かせ、どちらかが転ぶたびに朱姫と素蛾が焼き印をするという拷問だ。
この二日、宝玄仙は供たちが受ける苛酷な拷問を眺めさせられ続けた。
宝玄仙は自分の拷問以上に、供同士が痛めつけ合うのを見させられるのがつらそうだった。
「ま、待て……、み、御影……取引き……取引きしよう……。わ、わかった。も、もう……屈伏する……。屈服する……」
宝玄仙が痒み責めの苦痛に涙を流しながら言った。
一瞬、御影は心の中でほくそ笑んだ。
供に比べれば、宝玄仙の方が遥かに耐性がなく、早く落ちるのはわかっている。
やっと宝玄仙が落ちたということだ。
「袋を開ける合言葉を白状する気になったの?」
御影は涙と鼻水と涎でぐしょぐしょになった宝玄仙の顔を覗き込むようにして言った。
「……ま、道術契約を……しようよ……御影……」
宝玄仙は激しく息をしながら言った。
「道術契約?」
「あ、ああ……。と、供とわたしを……か、解放しな……。もう手を出さないと誓うんだ……。そ、そうしたら、袋を開く合言葉を教えてやる……」
御影はこの期に及んでの宝玄仙の言葉に怒るよりも呆れてしまった。
そんな取り引きが成り立つと思っているのだろうか……?
「あのねえ、宝玄ちゃん──。もはや、そんな条件を付けられる立場じゃないということが、まだわからないの? あたしはいくらでもあんたや供を痛めつけることもできるし、殺すことだってできるわ──。拷問に終わりはないのよ。あんたが屈服するまで続くだけよ。十日でも、一箇月でも、一年でも……」
「わ、わたしは……く、屈伏しないよ……。一年でもね……。袋の中のものを手に入れるためには……わ、わたしと……道術契約……するしか……ない……」
宝玄仙は声も絶え絶えに言った。
発狂しそうな乳房の痒みに耐えながら、必死で悲鳴を堪えて喋っているのだ。
宝玄仙が荒い息の中に一生懸命に言葉を刻んでいるのはわかっている。
それにしても、大した気力だと思う。
発狂するようは痒み責めに宝玄仙は二日以上耐えた。
それは、御影が知っている宝玄仙ではなかった。
霊気は強いが、拷問なんかには耐えられる女ではないはずだ。それが御影が知っている宝玄仙だ。
しかし、目の前の宝玄仙はいくら拷問しても屈する気配を感じない。
すでに宝玄仙が限界を越えているのは確かなのだ。
御影は鼻を鳴らした。
「だったら、手っ取り早く、あんたが首輪を受け入れると言ってくれないかしら。袋を開けさせた後で、すぐに首輪を受け入れさせるための拷問もするんだから、先にそれをしてよ。それだったら、考えてもいいわ……」
御影はからかった。
宝玄仙の性格で、供を守るために自分が犠牲になるということはありえない。
供の解放を条件に宝玄仙が奴隷となるなど、宝玄仙には到底受け入れられない条件のはずだ。
だから、わざと言ったのだ。
「わ、わかった……。そ、それでいい……。た、ただし、鳴智もだ……。鳴智とそれから子供……。それを解放しな……。ついでにその魔凛もつけな。そ、そうしたら……首輪を……受け入れる……。そういう道術契約を結んでいい……」
宝玄仙が言った。
御影はびっくりした。
「ほ、宝玄仙──?」
だが、もっと驚愕した声をあげたのは鳴智だ。
まさか宝玄仙が、宝玄仙の身と引き換えに鳴智と子供の解放を要求するとは夢にも思わなかったのだろう。
御影もそうだ。
「……それはできないわね。こいつを手放せば、その瞬間に、こいつはあたしの首を狙いに来るわ。駄目よ──」
御影は言った。
「……首輪はそのままでいいだろう。た、ただ、二度と命令を与えないことと……、も、もう自由にしていいと……誓うんだ……。供にもそうさせる……。道術石の袋も開けてやる……。だ、だから……」
宝玄仙は身体を震わせながら言った。
べったりと乳房に塗ってある掻痒剤で少しもじっとしていられないに違いない。
「へえ……。それで、あんたが首輪を受け入れると口にするというの?」
御影は言った。
悪くはない条件だとは思った。
別に御影は宝玄仙の供に固執しているわけではないのだ。
宝玄仙さえ手に入れば本当は満足だ。
鳴智を手放すのは惜しいが、首輪はそのままなのなら、道術契約を出し抜く方法はあるだろう。
道術契約では、鳴智を自由にすることを約束すればいいだけだ。
だが、鳴智の自由意思で御影に従うことは問題ないということだ。
「考えとくわ、宝玄仙……。鳴智、痒みをとめる薬剤を塗っていい。あたしが上にいっているあいだに食事もさせなさい」
御影は指示した。
宝玄仙がほっとした表情になった。
鳴智が塗りたくった薬剤の効果を消す液剤を塗り始める。
宝玄仙が金縛りのまま脱力していく。
しかし、道術で拘束しているので、四肢は大きく拡げたままだ。
御影は宝玄仙を一瞥してから一階に跳躍した。