“……だが、三個の宝がひとつになるとき
万の苦痛が消滅し
お前は、束の間の幸福を支配する”
《お蘭の予言》
*
“三個の身体で支配する者が、魔の地でふたつの宝を手に入れる。
それまでの支配者は倒され、
ふたつの宝をまとめた者が新たな魔の地の王となるであろう。”
《金鳳妃・
*
“ふたつの宝を手に入れた者がすべてを手に入れるだろう。
その宝が魔物の土地にやって来たとき
偉大な魔王を倒して、その地を混沌に戻し
手に入れるべき者が手にすべき物を得るに違いない……。”
《北の魔女の予言》
宝玄仙は仰向けになって静寂の中にいた。
裸だった。
宝玄仙は身体を起こしたが、そこにはなにも存在しなかった。
身体の下にあるものさえもなにもない。
間違いなく、なにかの表面の上にいるのだが、そこにはなにもないのだ。
ここに似た場所を宝玄仙は知っていた。
意識の部屋だ。
宝玉と何度も面したこともある場所であり、宝玉の存在が強まったときには、そこで宝玉と触れ合ったこともある。
しかし、意識の部屋は、いつも基本的には暗闇だった。
ここはとても明るかった。
真っ白な空間をそこに感じた。
「無茶をするわね、宝玄仙」
声がした。
そこには宝玉がいた。
やはり全裸だ。
宝玉と宝玄仙の姿は同じだ。
だが、宝玄仙は彼女を見るなり、それが宝玉であることを確信した。
「わたしたちは死んだのかい?」
宝玄仙は言った。
「あなたが道術でそうしたんでしょう? 御影に従うくらいなら、死んだ方がましだと思って、事前に道術をかけたんじゃなくて? 誰にも解けないような強力な死術をね」
宝玉はなにが面白いのか、愉しそうにくすくすと笑った。
「まあ、そうだね……。あのときは、それが一番いいと思ったんだけどね。いざ、死ぬとなれば、怖かったさ。だけど、道術は御影に捕えられるずっと前に刻んでいたんだ。『道術錠』で呪術の条件付けまでやってしまったし、もう後戻りはできなかったよ。だったら、せめて、供だけでもと思ってね」
「まあ、
「それで、ここは死後の世界なのかい?」
宝玄仙は周囲を見渡した。
「それが問題ね」
宝玉は言った。
すると、真っ白な空間が、花の拡がる庭園に変化した。
そして、庭園の向こうに大きな二棟の屋敷も出現した。
「これは……」
宝玄仙は呆気にとられた。
ここは十二歳まで母親と暮らした故郷の屋敷だ。
気がつくと、宝玄仙はそこにいた。
「……
声がした。
いつの間にか、宝玄仙と宝玉の目の前に幼い女の子が座っていた。
「やっぱり、御前だ……。御前、あいたかった……。
これは宝玄仙自身だ。
それとともに、宝玄仙が心の中で、時折垣間見ていた本来の宝玄仙の人格でもある。
つまりは、三番目の人格……。
いや、三番目ではなく、これこそ、本来の宝玄仙の人格……。
母親から性的嗜虐を受けたのを母親に拒絶されたと信じ込み、人格を分裂して表に出現するのを拒んだ本当の宝玄仙──。
それがこの子だ。
宝玄仙は確信した。
「宝は悪い子じゃないよ。いい子さ……。少なくとも、いまのお前はこれ以上ないほどのいい子のはずさ」
宝玄仙は苦笑した。
母親を拒み、母親から宝玄仙やお蘭の記憶を消去させるなんて馬鹿なことをしたのはずっと後のことだ。
この女の子の頃は心から母親を慕っていて純粋だった。
あの馬鹿な母親が教える淫靡なことも一生懸命にやろうとしていた。
素直ないい子だった。
「本当、御前──?」
すると暗かった女の子の顔がぱっと明るくなった。
女の子が宝玄仙を“御前”と呼びかけたことには当惑したが、それよりも、この瞬間に、この幼い自分から感情の迸りを感じた。
それは巨大とも感じる愛情に対する飢えだった。
宝玄仙には、この童女が、どれだけ母親からの愛情が欲しくて、御前と呼んだ母親に認められることを望んでいたかがわかった。
それは魂が張り裂けるほどの渇望だった。
宝玄仙が幼い宝玄仙を褒めたとき、凄まじい歓びが宝玄仙にも伝わってきたのだ。
宝玄仙は、自分が母親ではないと否定することで、幼い自分からその歓びが消失されることを恐れた。
それに、この子が宝玄仙を母親と間違えるのは無理もないのだ。
恐らく、いまの宝玄仙の年齢は、宝玄仙が目の前の年齢だった頃の母親の年齢とほとんど同じだ。
最近では、本当に宝玄仙は、自分自身があの母親に似てきたと思う。
容姿だけではなく、性格や性癖もだ。
嗜虐癖であり被虐癖、男の相手もすれば、女とも遊ぶ。
快楽に関しては、本当に貪欲……。
まさに、いまの宝玄仙はあの母親だ。
「本当さ、
宝玄仙は目の前の女の子の頭をそっと撫ぜようとした。
「みつけた……。御前……。やっとほんものの御前をみつけた……」
そのとき、女の子がそれを繰り返して叫び、すっと宝玄仙の中に溶けるように入ってきた。
宝玄仙は驚いた。
「ああっ」
そのとき、横の宝玉が声をあげた。
「どうしたんだい、宝玉?」
宝玄仙は眉をひそめた。
「いまの瞬間に、わたしの心の中にたくさんの知識が入ってきたわ──。急によ──。それで、びっくりしたのよ……。ここは、死後の世界じゃないわ──。わたしたちの心の中よ──。ただ、いつもわたしたちがいた端っこのところじゃなくて、もっと、中心部──。心の真ん中にわたしたちはいるのよ──。わたしたちが死に瀕したから、彼女が無意識にどの人格も排除していた心の壁の中に初めてわたしたちを招き入れて助けたのだわ――。ここはあなたに溶けていったわたしたちの原点だった女の子の心の中よ──」
「わたしに溶けただって?」
疑念はいくつも生まれたが、その言葉が引っ掛かった。
「ええ……。彼女は安住の場所を見つけたようよ。わたしにはわかる。ずっと探していた母親を見つけたのよ──。大部分の心はあなたに入り、わたしには知識が入ってきた──。わたしにはわかるの」
宝玉は感動したように言った。
だが、宝玄仙はいまだに座った姿勢のまま首をすくめた。
「わたしにはさっぱりとわからないね。なにかが入ってきたという感じはするが、わたしがわたしでなくなった気がしないよ」
「違うわよ──。あの女の子があなたに含まれたのよ──。あなたに、さっきの女の子の人格が統合されたのよ」
「どういうことだい? そもそも、わたしたちは死にかけていたんじゃないのかい?」
宝玄仙は言った。
「それは、さっきの女の子がとめたようよ。本来はあの子の身体なんだもの──。そして、あなたよりも、ずっと霊気が大きい原点のわたしたちよ──。あなたが自分自身にかけた死術を逆転させてとめることなんて簡単だったのだと思うわ。あなたとわたしは死なない……。そして、さらに、わたしたちはあの子の魂と重なったのよ──」
「よくはわからないね……。じゃあ、死ななかったということは、いまは気絶しているだけだということかい?」
「そういうことになるわね。御影が一生懸命に、この身体を覚醒させようとしているのを感じるわ。御影はわたしを呼び出そうとしているようね」
「ちっ」
宝玄仙は舌打ちした。
「……だったら、そのまま死んだ方がましだったね。わたしは、あいつが首輪の刻みをわたしにするのを認めてしまったよ──。あいつは、わたしを奴隷として扱うだろうさ。あいつの奴隷としてすごす残りの人生が待っているだけじゃないかい」
宝玄仙は吐き捨てた。
だが、宝玉が首を横に振った。
「そうはならないわ……。御影の首輪を受け入れた人格はもういないわ。あなたは、わたしたちの原点を大部分受け入れたことで、また別の人格になったのだわ。だから、首輪の誓いは無効よ──。もう一度、受け入れない限りね──。そして、わたしもまた同じのようね。さっきから御影の呼び出しに応じないで済むのは、原点の人格の一部がわたしにも流れたようよ。わたしもまた、新しい宝玉ということなのね」
「へえ……」
よくわからないが、仕切り直しということだ。
そのとき、宝玄仙は、少し離れたところにいるもうひとつの物体に気がついた。
それは小さく丸まっている老婆のようだった。
裸で痩せていて、とても怯えていた。
なんだろう、あれは……?
「あれは、お宝だわ」
宝玉が悲しそうな顔をした。
「お宝? 御影が作ったわたしの偽者かい?」
「お宝も、この身体から剥がれた人格の一部よ。あなたの身体の一部に張りついて離れてしまった人格ね。つまりは、わたしたちと同じようなものよ……。どうやら、この体が死に瀕したとき、同じように死にかけていたようね。だから、わたしたちの魂に引き込まれたのだわ」
宝玉が言った。
「これがお宝のなれの果てということかい……?」
なにがあったかは知らない。
だが、これは心が潰れてしまって閉鎖してしまった人格だ。
「まあ、こいつもある意味で犠牲者だからね……。面倒看てやるか……」
宝玄仙は立ちあがって、お宝の魂に手を伸ばした。
そのとき、お宝がまるで宝玄仙に吸いつくように、宝玄仙に重なった。
そして、溶けていった。
「な、なんだい、いまの?」
宝玄仙は声をあげた。
「お宝もまた、あなたに吸収されたのよ……。あなたが呼びかけたから……」
宝玉が微笑んだ。
「呼びかけた?」
そんなつもりはなかったが、宝玉が言うんだからそうなのだろう。
「あなたはふたつの宝玄仙……、つまり、ふたつの宝を手に入れた……。そして、三つの宝が重なった……」
宝玉が意味ありげに言った。
そんな言葉をどこかで耳にしたことがある気がする。
だが、宝玄仙は急速に自分が覚醒するのをはっきりと感じた。
「いってらっしゃい……」
宝玉がにこにこして、そう告げるのが聞こえた。
あの女はいつも緊張感なく笑っている……。
そんなことをふと思った。
*
「ほ、宝玉──宝玉、出てきなさい──。身体の回復を図りなさい──。命令よ──命令よ──宝玉、宝玉──」
御影が叫んでいた。
しかし、宝玄仙が目を開くと、御影は表情を和らげた。
「ふっ……。びっくりしたわ……。そうよね……。簡単には死なさないわ……。もういいわ、宝玉……。宝玄仙と交代しなさい。あたしは、宝玄ちゃんと遊びたいのよ」
御影がほっしたような顔をした。
だが、宝玄仙はそれどころではなかった。
身体に信じられないような霊気がみなぎっている。
宝玄仙はびっくりしていた。
すごい力だ──。
とにかく、宝玄仙は自分の身体を観察した。
身体は長時間の御影の拷問により疲労の極致だった。
特に脚に力がまったく入らない。
そして、つけっぱなしだった貞操帯が外れて全裸になっている。
そういえば、首輪を受け入れるという言葉で外れるように、御影が『道術錠』をかけたのだった。
とりあえず、宝玄仙は自分の身体に『治療術』を施した。
あっという間に力が回復した。
身体の疲労が問題なくなると、鼻に違和感を覚えた。
鼻におかしな器具を装着されたことを思い出して、手を伸ばして取り去った。
「な、なに、勝手なことをやってんのよ。豚はちゃんと豚の鼻をしないと駄目じゃないの、宝玄ちゃん……。まあいいわ……。とにかく、四つん這いになりなさい。命令よ。お尻を犯してあげるという約束だったわね。まずは尻を犯すわ……。とにかく、やりたいことは、百も二百もあるのよ……。あんたにすっかりと飽きたら、殺してあげるわ。だけど、いまは駄目ね。
御影が早口でしゃべりながら、宝玄仙の後ろ側にまわって下袴と下着を床に脱ぎ捨てた。
宝玄仙はまだ仰向けにひっくり返った状態だったが、その瞬間に凄まじい怒りが込みあがった。
がばりと起きあがると、首にあった服従の首輪を外して、御影に飛びかかった。
次の瞬間には、宝玄仙は御影に組みついて、御影の首に服従の首輪を嵌めていた。
「なっ、なんで? ほ、宝玄仙、お前、道術が──?」
御影が首に嵌まった首輪に驚愕した表情で触れながら、慌てたように宝玄仙から離れて後退りした。
宝玄仙は立ちあがった。
「ああ、おかげ様で道術は回復してるよ。首輪の誓いも道術契約もなしだ。全部仕切り直しということになったようさ……。さあ、どうして欲しい……? ゆっくりと惨たらしく殺してやるよ。それとも、わたしに対して、首輪の誓いをするかい……? そうすれば、命だけは助けてやるよ、御影──?」
宝玄仙は壁に背をつけて座った状態で、こっちを驚愕の表情で見る御影を睨んだ。
*
仰天した。
目の前にすっかりと道術を回復した全裸の宝玄仙が仁王立ちになっている。
なにが起きたのか御影には、まったくわからなかった。
目の前にいるのが、宝玉ではなく、宝玄仙の人格であるのは明らかだ。
宝玉が説明した第三の人格でもない。
第三の人格のことは、宝玉から詳しく説明させた。
第三の人格は、童女の人格ということだったから、目の前の人格とは違うと思う。
これは宝玄仙だ──。
いずれにしても、宝玉だけではなく、宝玄仙にも首輪の刻みをして、奴隷状態にしていたはずだ。
そして、宝玄仙の霊気は、宝玉の力で封じていた。
だが、御影を鬼のような顔で見おろしている宝玄仙は、完全に道術を回復しているし、操り状態から脱却しているようだ。
しかも、服従の首輪は、宝玄仙から外されて御影の首にある。
御影は思い出して、首輪を外そうとした。
だが、首輪は吸いついたように外れない。
「無駄だよ。わたしの道術で密着させたからね……。さあ、どこから切り刻んで欲しい、御影? まずは、その長い髪からいくかい──? 昔から、その女みたいな長い髪は目障りだったんだよ──。その次は、耳にするか……。そして、鼻だ──。それとも、その粗末な珍棒からにするかい?」
宝玄仙が笑った。
御影は下半身を露出したままだったことを思い出して、慌てて脱いだものに手を伸ばした。
だが、次の瞬間、御影の下袴と下着が、宝玄仙の道術でずたずたになった。
「ひいっ」
御影は悲鳴をあげた。
「なに、勝手なことやってんだい、御影──? まあいい。珍棒は残してやる。眼の玉はくり貫くけどね……。ただ、眼の玉は手足を引き千切ってからだ。自分の哀れな姿を最後まで見させないといけないしね。心配しなくても、治療術で死なないようにはしてやるよ……。ただし、やめて欲しくなったら、首輪の誓いをしな……。さあ、いくよ」
宝玄仙の手からなにかが放たれたのがわかった。
「ぎゃああ」
霊気の塊りが御影の頭を襲った。
そして、胸の前に大量の髪の毛が落ちてきた。
「うわっ」
今度こそ、御影は心からの悲鳴をあげた。
頭に触ると、大部分の髪の毛が切断されて丸坊主に近い状態になっている。
「次は耳と鼻と、どっちと言ったかねえ……」
宝玄仙がぞっとするような笑みを口元に浮かべて言った。
その右手には『道術の刃』がある。
御影は本物の恐怖を感じて、咄嗟に『移動術』で逃亡することを選んだ。
すぐに移動できる場所は、影法師の場所だ。
いまの御影には、影法師のいるところと、本体の自分を入れ替えることができるのだ。
御影は、
美小淋は、城塔からおりて、城壁の守備隊の中に位置していた。
御影はそこに跳躍した。
「待つんだよ──」
その声を置いて、御影は姿を消滅させた。
*
「うわっ──。み、御影様……ですか? その髪はどうしたのです……? そ、それに下袴も……。美小淋様はどこに──?」
いきなり悲鳴がして、目の前で若い高官がひっくり返った。
美小淋の腹心のひとりで、名は
女宰相の美小淋の影法師が消滅して、そこに下半身を露出した御影が現れたから驚愕しているのだ。
辺りには、雷音院の守備隊が亜人兵がたくさんいて、張冒の悲鳴でこっちに視線を向けていた。
ここは城壁の上であり、遠くには静観の態勢のままの独角兕の傀儡兵軍団も見える。
「逃げられると思ったかい、御影──?」
そこに宝玄仙が跳躍して出現した。
御影が『移動術』で跳躍した霊気の道筋を辿って追ってきたようだ。
「ま、待って、あたしが悪かった──。悪かったから──」
御影はその場に土下座をして頭をひれ伏した。
「……だったら、首輪を受け入れると言いな。さもないとさっきの続きだ」
宝玄仙が言った。
御影はその宝玄仙の背後に雷音大王の影法師を出現させた。
宝玄仙が気配を感じて振り返った。
だが、そのときには、雷音大王の影法師として、御影は宝玄仙を捕まえていた。
しかも、雷音大王の力で一瞬にして、宝玄仙の霊気まで硬直させてやった。
「くっ、霊気が……」
宝玄仙が歯を食い縛った。
だが、魔域の覇王と称されている本物の雷音大王と同じ霊気だ。
一度、完全に捕えてしまえば、身体も霊気も逃げることなどできない。
本体の御影は、雷音大王に羽交い絞めにされて捕まえられている宝玄仙にゆっくりと近づいた。
「陛下──」
「陛下」
張冒をはじめとする守備隊の将兵が、雷音大王の姿に一斉に臣下の礼をとった。
雷音大王の御影は、宝玄仙の胴体を腕ごと掴んで、さらに霊気を凍結させている。
前側にいる御影は、片手を伸ばして宝玄仙の乳房をゆっくりと揉み始めた。
「あっ、なっ、なにすんだい……」
宝玄仙の美貌が歪んだ。
やはり、この女は嗜虐を受けいているときが一番美しくなる。
「とてもいい乳房よ、宝ちゃん。形勢逆転ね……。なにが起こったか知らないけど、もう一度、きっちりと服従の首輪を刻んであげるわ。守備兵──。道術封じの枷を持っておいで──。大王を暗殺しようとした大逆犯よ──。能力の高い道術遣いだからね──。絶対に破ることのできない道術封じの枷を持ってくるのよ──。それから道術兵は集まりなさい。この女の霊気を全員で封印しなさい」
御影は叫んだ。
すぐに十数人の兵が動き始める。
そのとき、御影は自分が下半身を露出していたことをやっと思い出した。
気がつくと、御影の一物は大勢の亜人兵の注目する中心で、完全に勃起していた。
御影は思わず、両手で股間を覆った。
すると、宝玄仙がすっと息をのんだと思った。
「独角兕いいいいい──。そこにいるんだろう──。助けておくれええええ──」
雷音大王に捕えられている宝玄仙が力の限り叫んだ。
御影はびっくりした。
「な、なんてことを──」
御影は驚いたが、もっとびっくりしたのは、すぐに目の前の空間が歪みだしたことだ。
そこには独角兕大王そのものが出現した。
「来たぞ、宝玄仙──。おお、裸か? いいぞう──。そそるなあ──。宝玄仙、お前と一発やるために、ここまで来たぞ」
現れた独角兕大王は、宝玄仙を見るなり相好を崩してそう言った。
「いいから、助けな、独角兕──」
宝玄仙が叫んだ。
その瞬間、衝撃が走った。
御影としてではない。
宝玄仙を捕まえていた雷音大王に強い力が加わったのだ。
そして、気がつくと宝玄仙を手放していた。
それと同時に、宝玄仙の霊気を凍結していた力が途切れた。
「うわっ」
そして、次の瞬間、宝玄仙から放たれた無数の道術刃が目の前にあった。
それが雷音大王としての最後の意識だ。
御影は雷音大王の首が胴体と分かれるのをはっきりと感じた。
「ふぐっ」
雷音大王の死を影法師として体感した御影は、思わず声をあげた。
とにかく、雷音大王の影法師は消滅して、すべての意識が御影に集結した。
周囲は宝玄仙が雷音大王を殺して消滅させたことに騒然としている。
「御影──」
宝玄仙の腕が御影の身体を掴んだ。
御影は必死になって、それを振りほどき、城壁の外側に向かって逃亡した。
こうなったら、どこまでも逃げるしかない。
『移動術』を──。
どこでもいい──。
いまでも『移動術』の結界が繋がっているところ……。
咄嗟に思いついたのは摩雲城だ──。
摩雲城はいまや危険だが、そこから、また逃亡すればいい……。
そのとき、突風のようなものが当たり、御影はよろけた。
それが、風ではなく、風を感じさせるくらいの霊気の塊りだとわかったのは、体勢を崩した御影の身体が城壁から下に向かって落下しようとしているときだ。
「ひいいっ」
御影は悲鳴をあげた。
『移動術』──。
しかし、霊気が動かない。
いや、霊気がない──。
城壁から下を見おろしている宝玄仙の顔が小さくなる。その宝玄仙の手に道術石があることに気がついた。
宝玄仙は御影の身体にあった雷音大王の道術石を抜き、次いで、御影からすべての霊気を一瞬で消失させたのだ。
それがさっきの風だったようだ。
地面に到達するまでの時間が怖ろしく長く感じた。
頭に衝撃が走った。
それが御影の最後の知覚になった。
*
「み、御影様──。ら、雷音陛下──」
腰が抜けたようになっている横の若い高官が悲鳴をあげた。
そのほかの将兵も呆然としてはいるが、もう宝玄仙に近づいて来ようとする者はいなかった。
それどころか、かなりの者が我先に逃亡しようとさえしている。
宝玄仙は、もう一度城壁の下を見下ろして、大きく嘆息した。
確かめなくてもわかる。
御影は死んだ。
「宝玄仙、これを見よ──」
そのとき、突然に横で大きな声がした。
独角兕だ。
宝玄仙の顔ほどもある大きな手で横長の紙を拡げている。
いや、よく見れば紙ではないのだが、ともかく道術で作った檄文のようだ。
どうやら、金角と銀角があちこちにばら撒いた雷音大王への決起を促す呼び掛けだ。
だが、独角兕が持っている檄文には、最後に、宝玄仙に協力してくれれば、宝玄仙が一発させてくれると付け足してある。
宝玄仙は頬を綻ばせた。
こんな露骨な言い回しを本当に檄文に書いてしまうのは、金角というよりは銀角だろう。
「お、俺は、これを読んで、とにかく駆けつけたのだぞ──。今日は奇数番の妻を抱く日だったのだ。昨日は偶数番だ──。それを振り切って、お前のところに来たのだ。さあ、一発だ──。俺はお前を抱けなかったのが心残りで、夢に出てくるほどだったのだ──。さあ、やらせてくれ──」
独角兕が必死の表情で宝玄仙に迫ってきた。
「知らないね──。わたしが書いたものじゃないじゃないかい──。だいたい、再会の挨拶もなしに一発の話かい? それよりも、そのマントを貸しな」
宝玄仙は独角兕がしていたマントをとりあげて裸身に巻いた。
「だ、だが、この檄文は……」
「わたしが書いたものじゃないと言っているだろう、独角兕──」
宝玄仙は怒鳴った。
すると、独角兕から身体の力が抜けたようになり、本当にがっかりとした顔になった。
その姿に宝玄仙は噴き出してしまった。
「……だからさ、独角兕……。それはわたしが書いたものじゃないのさ。わたしの礼は一発なんかじゃすまないよ……。お前の嫁たちには悪いが、お前の身体は五日間は借し切るよ。わたしだけじゃない。わたしの供や、奴隷同様の連中もいるんだけど、それ全部に礼をさせる。わたしに、わたしの供……。覚えてるだろう。沙那に、孫空女に、朱姫だ。それと素蛾という童女もいる。そいつの唾液には、さすがのお前も腰が抜けるさ。ほかに、その檄文を作った金角に銀角、それから九霊聖女に黄獅姫……。どれも粒ぞろいの美女だよ。ああ、鳴智というのもいたね。あいつにも、多少はなにかをさせないとね……。魔凛もどこかに行く前に捕まえないと……。とにかく、一日目はその女たちをひとりずつ抱いてもらう。しかも、少なくとも前と後ろの二回りはしてもらうよ。二日目はふたりか、三人ずつだ。その組み合わせはわたしが決めるよ……。女主人組、女戦士組、姉妹丼、少女組、主従丼……。趣向はいろいろある。人間族の美女と亜人族の美女の味比べもいいかもね。三日目は、今度は嗜虐だ。女たちは全員拘束されるから、お前が一日好きなようにしていい。四日目は逆にお前が拘束されるんだ。そして、大勢の美女たちにいじめられるのさ。全員がお前の珍棒をしゃぶり抜くからね。最後の日は、全員揃っての大乱交だ。このわたしの礼なんだ。これくらいはするさ。一発なんかで許しはしないよ、独角兕」
宝玄仙は笑った。
「ほ、宝玄仙──」
独角兕がその場で震え始めた。
よく見ると、嬉し泣きをしている。
宝玄仙は笑ってしまった。
「とにかく、わたしを摩雲城に連れて行きな。お前、『移動術』は得意かい?」
「おう、得意だ。『移動術』は、俺の得意の道術のひとつだ。『
「ちょうどいい。だったら、急いでおくれ。わたしは供たちに、うっかりと、もう自由にしろと命令してしまったんだ。それを取り消さないとね」
「任せておけ──。ところで、本当に五日だな──? 嘘じゃないな──? 本当だな、宝玄仙──?」
「本当だよ。そうだ。それから、お前にはわたしの身体の秘密も教えておくけど、わたしの身体には、宝玉という別の人格もいるんだ。是非とも、宝玉も抱いてやっておくれ……。ところで、お前こそ、音をあげるんじゃないよ。美女というだけじゃないよ。どいつもこいつも、わたしが鍛えた淫女だ。ひとりで相手できるのかい?」
「心配するな──。俺は絶倫なんだ」
独角兕が笑った。
宝玄仙も笑いながら、マントでくるんだ身体を独角兕にそっと寄り添わせる。
独角兕の大きな腕が宝玄仙を抱き締めた。
遠巻きにしていた雷音大王の将兵からどよめきのようなものが起きたのがわかった。
しかし、次の瞬間には、目の前の風景が消滅し、宝玄仙の身体は仲間の待つ摩雲城に飛翔していた。
(第123話『主従解散』終わり)