818『嗜虐西遊記』
沙那は、宝玄仙から与えられた『音声転写具』に向かってしっかりと声を入れた。
『音声転写具』は、金角城に定住するようになって、宝玄仙に与えられたものであり、音声を入れると自動的にそれを文字に直して記録をしてくれるのだ。
そして、必要なときには、書物を読むように、空中に一頁ずつ表示して読むことも可能だ。
宝玄仙が、霊気のない沙那にも扱えるように調整してくれたのだ。
御影の騒動が終わって半年。
沙那の執筆活動は最後の章にかかっていた。
*
『……記述すべきことも最後になってしまった感がある。最後の記録は、わたしたちのその後のことだ。
最初に、宝玄仙と魔域についてだ。
御影の陰謀をうち破り、十日ほどかかった
宝玄仙は、雷音大王を倒したということになっており、反雷音連合で集結していた魔域の各魔王から、新たな覇王の称号が与えられそうになったのだが、宝玄仙自身はそれをきっぱりと否定し、いかなる覇王的な行いも拒否したままである。
それは、金角に対しても同じだ。
金角と「主従の誓い」をして、本来は金角の主人というのが道術契約上の関係における宝玄仙の立場なのだが、宝玄仙は女王であることを否定して、対外的にも、金角の部下たちに対しても、宝玄仙の立場は、女王金角の客人ということにし、そのように振る舞っている。
最近では、やっと金角も、宝玄仙を新女王に就かせることを諦め、長い牛魔王との戦いと、その後の巴山虎を相手とした内乱に荒れた領域を復興させる統治に専念する気配だ。
また、魔域における雷音大王の支配は消滅し、雷音大王や牛魔王の領域と呼ばれた地域では、複数の覇王候補が割拠して、新しい秩序を作りあげるべく、戦乱時代に入ろうとしている。
そのような魔域の新秩序の兆しのすべてに対して宝玄仙は無関心だ。
そして、相変わらずの愛の日々を送っている。
金凰妃、そして、御影が出逢ったという北方帝国の予言者は、“ふたつの宝を手に入れた者が新しい魔域の王になる”ということを予言しているから、これからなにかが起こり、結局のところ、「二つの宝」を手に入れた宝玄仙が、魔域の覇王になるのかもしれないが、いまのところその兆候もない。
魔域の新秩序のことについては、現段階ではこれ以上記すことはない。
次に、朱姫の使徒のことだ。
かつて、金角・銀角とわたしたちが争ったとき、朱姫が長年使っていた三匹の使徒は消滅したままになっていたが、金角城に落ち着くことになると、すぐに宝玄仙は御影から奪った道術石を三個に割って、消滅したままだった朱姫の三匹の使徒、
魔域全体を揺るがせる原因にもなったほどの大きな力を持つ道術石を惜しげもなく、「使徒ごとき」を復活させるために使ったということに、金角をはじめとする多くの者が驚いたが、わたしが驚いたのは、宝玄仙が朱姫の使徒のことを記憶に留めていたという事実だ。
宝玄仙は、朱姫がわたしたちと出逢う前に、ひとりぼっちの朱姫の心を支えた三匹の使徒をしっかりと覚えていたのだ。
口にも態度にも滅多に優しさを示す人ではないが、それが宝玄仙なのだろう。
さらに、わたしたちに起きた大きな変化は素蛾のことだ。
素蛾は、この金角城で三箇月をすごしたのを契機として、西方帝国に向かい、西帝とも呼ばれるようになっている
その大規模な婚約式が行われたのが一箇月前のことである。
素蛾の母国から国王夫妻もやってきて、盛大に祝福された。
無論、わたしたちも参加した。
素蛾と両親との和解も成立し、宝玄仙はほっとした表情だった。
しかし、わたしたちとの生活を希望していた素蛾が、わたしたちと別れて西方帝国に嫁ぐことを決めたのは、実は隠された背景がある。
御影騒動の後、すべての騒動の発端が、自分にあると思い込んだ素蛾は、なにかというと心が塞ぎがちだった。
もちろん、素蛾のせいではないし、たとえ、そうだとしても、お互いに迷惑をかけ合うのが家族であるので、どうということはないのだが、心優しい素蛾は、随分と気にし続けていた。
それを心配した朱姫が、素蛾に『縛心術』をかけて、素蛾の心の中にあったわたしたちへの強すぎる愛情を少しばかり弱めたのである。
心を操るというほどのものでもないが、鬱々としていた感情を半ば強制的に消滅させたのだ。
すると、どういうことなのかはわからないが、これまでまったく興味を抱く気配さえなかった釘鈀皇帝からの求愛を素蛾が受け入れる感じになったのだ。
西方帝国の宮廷と、この魔域にある金角城とは、「移動門」で結んだので、いつでも跳躍できるのだが、あの釘鈀皇帝は実はまめな性質らしく、素蛾を慰めようと、足しげく金角城に通っていた。そして、素蛾への愛をささやき続けていた。
しかし、朱姫が素蛾の心の鬱を取り除いてからは、気がつくと、素蛾は沙那や朱姫と過ごす時間と同じくらいの時間を釘鈀皇帝のために使うようになり、ついには、素蛾が釘鈀の求愛を受け入れ、ふたりの婚約がまとまったというわけだ。
これには、わたしも驚いてしまった。
とにかく、釘鈀皇帝のところに行った素蛾は、釘鈀皇帝の求めに応じて、『婚姻の誓い』をした。
表向きにはまだ婚約者同士だが、道術の誓いとしてはもう夫婦だ。
生涯を支え合う夫婦としての結びつきができてしまったので、素蛾の心は西方帝国の正妃として安定した。
まだ、十二歳の皇妃だが、帝国の歴史としては若すぎるということはない。
唯一の問題は、素蛾が宝玄仙の道術紋を刻んでいて、後継ぎとなる子を産めないことだが、それも、あのふたりなら問題はないだろう。
それに、宝玄仙の能力がかなり向上していて、これまでにできなかったことをできるようになった気配もある。
これについても、相変わらずの秘密主義で困るが、多分、素蛾の成長と妊娠を妨げている紋様もなんとかできるらしい口振りなのだ。
もっとも、素蛾の紋様を刻み直す気まぐれが起きるのは、まだ先だと思うので、しばらくのあいだは、釘鈀皇帝には成長のとまっている童女后との長い蜜月を愉しんでもらうことになるのだろう。
それはともかく、使徒のことだ。
婚約式のときには、朱姫は自分の三匹の使徒を素蛾に贈った。
ここで素蛾が過ごした三箇月、素蛾は朱姫の三匹の使徒と本当に仲良しだったのだ。
使徒については、その当時から、素蛾にも操れるように朱姫が必要なことを施してもいた。
さらに、素蛾には、かつて宝玄仙に仕えていて魔域に連れてこられてしまった
心優しい素蛾のことだ。
つらい思いをしてきたあのふたりにも、きっと平穏で安らかな時間を与えてくれるだろう。
西方帝国と魔域は近くはないが、頻繁に会えないほど遠いわけではない。なによりも、宝玄仙の道術をまとった者なら、自由に行き来できる道術門がある。
これからも、素蛾とは、四番目の宝玄仙の供としての関係が続いていくと思う。
朱姫についても、実の妹のように思っていた素蛾があっという間に、釘鈀皇帝と婚姻の誓いを交わしてしまったことには、少しばかり落ち込んでもいたが、婚約式の頃には立ち直っていたし、心からの祝福をふたりに贈ってもいた。
実に立派な態度だった。
以上で、わたしの記録する『西遊記』は終わる。
最後に愛陽の城郭から出たことのなかったわたしを連れ出してくれ、このような素晴らしい経験を与えてくれた宝玄仙と、そして、旅で得た大切な仲間、さらに、出会ったすべての友に感謝をして、この記録とする。
西域こと魔域、金角城にて、沙那』
*
『音声転写具』による執筆を終えた沙那は大きく嘆息した。
そのとき、扉を叩く音がした。
振り返ると、扉が開いて、宝玄仙が入ってきた。
「おっ、また執筆かい? 朝も昼も夜もずっとじゃないかい。よくも、毎日、毎日、飽きないねえ」
宝玄仙が呆れた声をあげた。
「もう二度とできないような経験をした旅なのですから、是非とも記録に残したいと思いまして……。いま、やっと最後の頁の執筆を終えたところです」
沙那は言った。
「……へえ……。どれ、見せてご覧よ」
宝玄仙は、沙那を立たせて椅子に座ると、沙那が書いた最後の頁を一瞥した。
しばらく、文字を睨んでいたが、すぐに不満の声をあげた。
「なんだいこれ? やっぱり、平凡でつまらないことばかり。そもそも、独角兕との施策協議ってなんだい? 五日の予定が十日に延びた乱交のことかい? あいつとは政治の話なんて、これっぽっちもしなかったよ。あの大乱交を忘れたのかい?」
「忘れるわけないですよ。あれは、わたしも衝撃的でした。だけど、わたしは、これを後世に残すつもりで作ったんです。釘鈀陛下の仲介で出版の調整も進んでいて……。変なことはあんまり……」
「出版だあ? まあ、いいけど、なにが変なことなんだい。釘鈀と素蛾の婚約式だって、これで、終わりかい? お前が酔っぱらって、客に口づけをしまくったことはどうしたんだい?」
「あ、あれは、ご主人様がわたしを騙して、酒を飲ませたから。そ、それに、よく覚えてないし……」
「ふん。まあ、あんな弱い酒で、あんなに泥酔するお前が悪いんだよ。それに、その後、釘鈀と素蛾を囲んで、みんなで乱交したじゃないかい。孫空女とお前を生け贄にして、お前らふたりを縛りつけたりもしてさあ……。あれは?」
「あ、あれは……、ちょっと、こっちには……」
沙那は口ごもった。
「だいたい、素蛾を釘鈀に送ることに決めた朱姫については、“立派”のひと言で終わりかい? 朱姫を慰めるために、お前たちは掻痒剤と張形で、金角城の城下の街中を羞恥責めをされて歩きまわされたんだろう」
「な、慰めるためにやった覚えはありません。ご主人様が無理矢理……」
「なんでもいいよ。この前も言ったろう。『西遊記』という題名はともかく、お前の記録はつまらないんだよ。もっと、赤裸々に書けと言ったじゃないかい」
宝玄仙が沙那を睨んだ。
沙那は慌てて、『音声転写具』を操作した。
口実を作られると、すぐに宝玄仙は供たちに嗜虐の悪戯を仕掛けてくる。
旅をしなくなって、このところ暇なので、なにかというと宝玄仙は、沙那たちを苛めたがるのだ。
「そ、そっちも、ちゃんとやっています。書きかけてますから」
沙那は、もうひとつの記録を出した。
それは、この前、沙那の旅の記録が怖ろしく退屈だと文句を言って、もっと、性の遍歴を詳細に書くように命じられて、仕方なく書き始めたものだ。
さっきのが正規の沙那の書いた『西遊記』とすれば、こっちは裏の『西遊記』とも呼べるものだ。
文体も、宝玄仙が満足するように、手記の体裁ではなく小説風にしてある。
「おお、これかい……? どれどれ……。なんだい、まだ、本当に最初じゃないかい。まだ、第三話かい?」
「まだ、着手したばかりなんです……。これからちゃんと書きますから……」
沙那は渋々言った。
宝玄仙が浮きあがった文章を第一話から読み始めた。
*
『
一、女三蔵の鬼畜旅
「ひううっ、さ、三蔵様……、ご、ご主人様、お許しを……。お、お許しだください、ひううっ」
股間を流れる電撃の苦痛に、素っ裸のままで
電撃は強いものではなかったと思う。
だが、沙那も戦士を名乗ってはいるが、ひとりの女でもある。
いくらなんでも、股間に道術による電撃を直撃されれば、哀れに泣き叫ぶしかない。
もっとも、この三蔵こと、
三蔵というのは、神学に精通し、道術に優れ、さらに霊気の操りに長ける法師、つまり神官に与えられる尊称だ。その三種に関して、三個の蔵を満杯にできるほどの功績の記録を蓄えられるという意味なのだ。
つまり、宝玄仙は、それだけの能力のある法師というわけだ。
もしも、この法師が全力の道術を発揮すれば、沙那など失神では済まないだろう。
まさか、殺すまではしないと思うが、ほとんど死の一歩手前まで追い込まれるのは間違いない。
沙那の身体には、この法師の恐ろしさがしっかりと染み込まされている。
「ふん、まったく、いちいち、電撃で責めなければ、尻穴に張形くらい入れるつもりになれないのかい。まったく、調教のやりがいがある鬼娘だよ。ほら、今夜はこれだ。昨夜までのものよりも、ひと回り大きくしといたよ。これが入れられるようになれば、次は、わたしの怒張だ。しっかりと、尻穴で感じる変態にしてやるから、愉しみにしてな」
寝台に腰かけている宝玄仙が手元に置いてあった張形を床にしゃがみ込んでいる沙那に放り投げた。
』
*
最初の一節に目を通した宝玄仙が手を叩いて爆笑した。
「沙那、これはいいよ。面白い。さっきのくだらない記録なんて処分しちまいな。わたしのことも遠慮なく描いていいから、こっちにしなよ。こっちだ」
宝玄仙が大喜びで読み進めながら言った。
「あ、あっちだって、わたしの大事な『西遊記』の記録です。ちゃんと残させてください」
沙那は頬を膨らませた。
「わかった、わかった。だけど、これは、孫空女と出逢う直前の時期じゃないのかい……? ああ……。ふうん……。なるほど……。やっぱり……、すぐに、孫空女が襲ってきたときの話になるじゃないかい……。なんで、お前がわたしに捕えられたところから書き出さないんだい?」
宝玄仙がさらに読み進めながら言った。
「わたしにとっての『西遊記』の旅は、孫女が仲間になったときに始まったんです」
「ふうん……。まあいいさ。いずれにしても、どっちも同じ『西遊記』じゃあ紛らわしいねえ……。わたしが題名をつけてやるよ」
そう言って、宝玄仙は一度読むのをやめて、『音声転写具』を操作した。
裏の『西遊記』の題名が、『西遊記』から『嗜虐西遊記』に変わった。
文句を言おうと思ったがやめた。
どうせ、こっちの『西遊記』を読むのは宝玄仙くらいのものだろう。
好きな題名をつければいい。
「いずれにしても、続きの執筆は戻ってからだね……。お前も支度しな。一刻(約一時間)後には出発するよ」
宝玄仙が立ちあがりながら言った。
「しゅ、出発?」
沙那は驚いたが、そういえば、宝玄仙がすっかりと旅の支度をしていることに、やっと気がついた。
「さっき言ったろう。また、旅に出るよ。ちょっとばかり、東方帝国に戻ろうと思うんだ。思いたったら、それが始めるのに一番いいのさ。すぐに支度しな」
「と、東方帝国?」
今度こそ、沙那は驚愕した。
一刻(約一時間)後に旅の開始?
しかも、東方帝国?
なにを言っているのだ、宝玄仙は?
東方帝国からここまで、数年がかりの旅だった。
それを元に戻る?
沙那は絶句して、すぐに口を開くことができなかった。
「……で、でも、そんなこと、ご主人様は言ってません……」
やっと口から出たのがその言葉だった。
そんなのはどうでもいいと我ながら思ったが、そう口に出していた。
「そうだったかねえ……。まあいいさ。とにかく、行くよ。また旅だ」
宝玄仙があっけらかんと言った。
「と、東方帝国って、なんですか? 帰るんですか?」
とにかく沙那は言った。
「帰りはしないよ。金角城はわたしたちの家だ。金角にもそう言ってある。戻ってくるってね。金角も承知したよ……。素蛾……いや、未来の皇帝夫人にもね。まあ、送別の宴がどうのこうのと言っていたけど、そんなのはいいよ。ねえ……?」
「ねえって言われても……。それよりも、いまさら、東方帝国になにをしに行くんですか?」
沙那は訊ねた。
すると、なぜか宝玄仙が急に顔を赤らめた。
沙那は少しだけ驚いた。
「……な、なに、少しだけ、ある女に会いたいのさ。偶然立ち寄った旅の女としてね。その女に会って、ひと晩酒を飲む。そして、戻ってくる……。そうしたいのさ……」
宝玄仙ははにかむような表情で言った。
「さ、酒を飲みに東方帝国までって……」
さすがに、不平を言おうとして、沙那ははっとした。
宝玄仙が会いに行こうとしているのが、宝玄仙の母親のことだと悟ったのだ。
そういえば、あの御影騒動のとき、宝玄仙の人格に、もうひとりの「母親を愛する幼い宝玄仙」の人格が統合されたと言っていた。
その影響が出たのかもしれない。
仕方がない……。
沙那は嘆息した。
すると、朱姫と孫空女が部屋に入ってきた。
「ご主人様、とにかく、淫具はばっちりと揃えましたよ。今度の旅も愉しい旅にしましょうね」
朱姫が元気に言った。
その朱姫は、背負子を使って、
まさかとは思うが、あの二個の葛籠の両方に淫具がぎっしりと入っているのだろうか……?
最近の朱姫は、宝玄仙に勝るとも劣らない霊具作りの能力に開眼して、実にえげつない操り系の淫具を作っては、勝手に沙那や孫空女に試したりするのだ。
もしかして、あれが入っている?
「あれっ? まだ、沙那はそんな格好なのかい?」
朱姫の後ろからやってきた孫空女が笑って言った。
その孫空女もすでに支度ができあがっているようだ。
「わ、わたしは、いま言われたのよ」
沙那は叫ぶと、とにかく支度をするために動き始めた。
(『嗜虐西遊記』完)
*
【嗜虐西遊記】
西方帝国の第三朝の中興の祖とされる釘鈀帝の時代に書かれたとされる通俗小説。
南方三大奇書に数えられており、作者は不明。『西遊記』の作者である沙那自身が記述したというのは確立された説ではないが、内容が酷似するとともに、出版時期に変化がないことから、沙那が自らが作者であることを伏せて発表した可能性が高いと考えられている。
いずれにしても、『嗜虐西遊記』は、沙那の『西遊記』になぞらえた物語であり、これに根拠を置きつつ俗伝で装飾し、大衆の好みに通じて性風俗を赤裸々に描写されていて、現代でも高い人気を博している古典性文学のひとつとなっている。
『西遊記』が作者沙那の手記の体裁を取っていることに対して、『嗜虐西遊記』は小説形式で記述されている。
登場人物は『西遊記』とほぼ同じであるが、西遊記とは異なり、実在した伝承的な道術師である宝玄仙が多淫癖で独善的な悪女として描かれており、このほか、同時代における有名な女戦士の孫空女、小賢者・朱姫、『西遊記』の作者であって、博物学大系を確立させて生涯に三百冊以上の書籍を発表した沙那なども、まだ無名時代の若い女として、宝玄仙の供となって旅をしながら、性的な災難に遭う物語になっている。
このほか、釘鈀帝、その正妃である素蛾、宝玄仙の夫であり魔族の覇王と称されていた独角兕などの同時代の著名人も、好色で魅力的な人物と描かれ、登場人物たちの性の相手として登場することでも有名である。
『西遊記』と内容が異なる部分については、長く虚構とされていたが、南方国における近年の研究によって、『西遊記』よりもむしろ史実に合致する点が多くあると指摘されており、性風俗書としてではなく、歴史的価値のある書物としての見直しがなされつつある。
嗜虐西遊記の後日談として、宝玄仙一行が東方帝国に戻る旅を描いた「嗜虐東遊記」、やはり宝玄仙たちの新たな北方帝国への旅を描いた「嗜虐北遊記」、嗜虐西遊記に登場した七星を主人公とした「嗜虐南遊記」などの作品も知られている。この三個の派生作品に嗜虐西遊記を加えて、「嗜虐四遊記」とも称する。
丘長秋編『万世要集』より
*
本物語はこれで終わりです。
皆様、ありがとうございました。
*
【西遊記:100回】
本家『西遊記』にも帰りの旅があります。
経典を受け取った玄奘一行は、唐の都に戻るために孫悟空の筋斗雲に乗って、一気に戻ります。
しかし、予定していた八十一難に一難不足していたことがわかり、観音菩薩の指示を受けた天によって、玄奘たちは通天河に落とされます。
これにより、全ての八十一難が終わり、なんとか唐の都に戻った玄奘は、皇帝の前で死者を弔う経を読みます。
そこに出迎えにやってきた仏の使者とともに玄奘たちは天界に戻ります。
天界に到着すると、玄奘と孫悟空は「如来」、猪八戒と沙悟浄と玉龍は「菩薩」に任じられます。
孫悟空の頭の輪はいつの間にか消滅しておりました。(終)
なお、仏教の神々の階級は、上から、「如来」「菩薩」「明王」「天」となります。
つまりは、玄奘と孫悟空は、旅を命じた観音菩薩よりも高い階級の仏となったということです。
*
西遊記の元本となるものは宋代に登場していますが、『西遊記』として現在に残るかたちに変化したのは元代になります。
宋代の物語では玄奘の供は、孫悟空ひとりなのですが、元代に入ると、供が孫悟空、沙和尚(沙悟浄)、朱八戒となるのです。
その後、明代に、多くの講談家や戯曲作者などによって修正されながら発展し(そのとき、明王朝家の姓が「朱」なので、朱八戒の名前が「猪八戒」に改められます)、現在に残るものは「清代」に整理されたものです。
また、「西遊記」は各時代で人気があったため、さまざまな二次創作も生まれてもいます。
代表的なものは以下のとおりではないでしょうか。
まずは『西遊補』──。
作者は「董若雨」、明代の末期の作品になります。
『西遊記』における、牛魔王との戦い(火焔山を越えるため、牛魔王の正妻の羅刹女や牛魔王と戦う話)と祭賽国のエピソード(僧侶が奴隷身分に落とされている国の話で、孫悟空が僧侶たちを奴隷から解放させるエピソード)のあいだに入る位置づけです(『嗜虐西遊記』ではふたつのエピソードは離れていますが、『西遊記』では連続するエピソードです)。
牛魔王の正妻の羅刹女から芭蕉扇を奪って火焔山の炎を消した後、孫悟空が妖魔の罠に嵌まり、鏡の中の多重世界に入り込んで、彷徨うことになります。
『鏡の国の孫悟空』という題名で翻訳されています。
次に『後西遊記』──。
『後西遊記』は清代初頭の作品です。
こちらの作者は不詳となっていて、玄奘たちの旅から二百年後に、孫悟空の生まれ変わりのような石猿が誕生し、
作品内で西遊記の四人も、旅の導き手として登場しています。
このほか、『西遊記』の影響を受けて明代に成立した『東遊記』、『南遊記』、『北遊記』という作品があり、本家の『西遊記』と合わせて、「四遊記」とも呼びます。
ハーメルンは、二次創作作品が多いですが、二次創作も歴史のある小説ジャンルのひとつなのです。