※この作品はR-18です。

嗜虐西遊記【完結】   作:ドン・ドナシアン

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85  昨日の敵は今日も敵

「ここに間違いないわね……」

 

 沙那は言った。

 

「物凄くたくさんの妖魔の魔力が存在した気配はあるけど、すでにほぼ消滅している。もちろん、ご主人様の霊気もだ……。ご主人様の結界は、突然なにかの理由で強引に消滅させられれたんだ。それで、こんな風に、道術の残留波が乱れているのだと思う」

 

 神経を集中させた様子で孫空女は言った。

 孫空女は、妖魔と魔術や人間の道術師の能力の源である魔力や霊気の流れを感じることができる。

 それで、宝玄仙の流す霊気の行方を探している。

 

 ここが、昨夜、宝玄仙が沙那と孫空女を嗜虐した山中の場所だ。

 ここで、沙那と孫空女は、拷問まがいの嗜虐を宝玄仙から受けて、正気を失う程の快楽責めをされた。

 その最中に、なにかが起こった。

 そして、宝玄仙の責めが中断された。

 

 覚えているのはそれだけだ。

 なにが起ったのかということについては、沙那も孫空女もまったく記憶がない。

 それくらい、昨夜の宝玄仙の責めは凄かった。

 

 気がつくと、いつの間にか、昼間に休息をした場所まで戻っていて、宝玄仙も朱姫も、どこにもいなかった。

 荷物すらなかった。

 それで、孫空女とともに、すぐにここまで戻った。

 

 だが、駆けどうしで山まで戻って来たのだが、やっとここに辿り着いたのは、もう朝とは言えない時間だった。

 そして、ここで見つけたのは、誰もいない野宿の痕跡だ。

 荷も食事の準備の途中の鍋もそのまま放置されている。

 沙那をぶら下げていた『魔縄』でさえも、無造作に地面に落ちていた。

 ただ、宝玄仙と朱姫だけがいない。

 

「どういうことかなあ、沙那?」

 

「どういうことも、なにもないわよ。ご主人様は襲われたのよ。丸わかりよ」

 

 孫空女の霊気や魔力の波動を感じる能力に頼るまでもなく、ここには、多くの兵――、おそらく、百人程度の軍が動いたの名残の痕が残っている。

 隊列を組んだような大勢の足跡があり、宝玄仙が結界を組んだ一帯を中心に、大勢で取り囲んだような痕跡もある。

 軍隊のような集団であることは間違いないだろう。

 問題は、それがどういう勢力かということだ。

 考えられるのは、大きく三つ……。

 

 ひとつは、近隣の諸王国の軍……。

 天教は東方帝国を動かし、帝国の影響を及ぼせる諸王国に、宝玄仙の捕縛の協力を要請させている。また、天教自身が宝玄仙に天教の教敵宣言をし、信者にも見つけ次第に殺すか、天教教団に報せるように促している。

 まずは、そういう諸王国の軍の可能性……。

 

 もっとも、それはない。

 この一帯は、丁度、宝象国(ほうぞうこく)と烏鶏国(うけいこく)の勢力範囲の緩衝地帯であり、いずれの国境とも遠い。

 たかが、帝国の求めに応じるためだけに、国境を越えて軍を送るなど考えにくい。

 

 次の可能性は、また、天教軍を送り込まれたという可能性だ。

 だが、天教軍は一般の軍とは異なり、暗殺や襲撃などに能力特化した特殊な軍だ。

 ここにある足跡に残っているような斉々とした部隊行動はしない。

 あの鎮元仙士(ちんげんせんし)さえいれば、彼の特殊な移動術でいつでも、本国から天教軍を送り込めるので、可能性もなくはないが、孫空女によれば、多量の妖魔の魔力の残痕があるというのが気になる。

 

 三番目の可能性は、襲ったのが妖魔の軍ということだ。

 もともと、天教の影響の強いこの界隈に、まとまった妖魔の集団など滅多にはいないが、黒風怪の例もあったように、皆無ではない。

 この平頂山と呼ばれる山岳一帯は、人間族の国の勢力の間隙なので、ここに妖魔の集団が巣食っていた可能性は大きい。

 孫空女が感じるたくさんの魔力の残痕という情報にも合致する。

 ここにあった結界に、妖魔軍と言えるほどの数の妖魔の集団に襲撃されたのだろう。

 

「可能性は三個……。諸王国の軍、天教軍、そして、妖魔の集団よ。もっとも可能性が大きいのは妖魔軍かも……」

 

 沙那は自分の分析を説明した。

 

「妖魔軍?」

 

 孫空女は半信半疑という感じだ。

 

「この辺は、旅芸人の一座と一緒だった頃に、通過したことがあるけど、妖魔の集団なんて、聞いたことがなかったよ」

 

 孫空女は、まだ少女といえる時代は、旅芸人の一座で旅をしたことがあるそうだ。帝国だけでなく、諸王国も旅をしたそうだから、ここら辺も通ったことがあるのだろう。

 

「じゃあ、いつの間にか、妖魔の集団の巣ができていたのかも……」

 

 いずれにしても、宝玄仙はその襲撃を受け、『移動術』で沙那と孫空女だけを安全な場所に跳躍させたのだろう。

 しかし、なんらかの理由で、宝玄仙と朱姫については逃亡しなかった。

 あるいは、できなかった。

 そう考えるしかない。

 

「ご主人様と朱姫は、その妖魔軍によって、連れていかれたのだと思うかい、沙那?」

 

「わからないわね。妖魔軍というのさえも、いまは憶測だもの」

 

 しかし、相手が妖魔軍だとしても、宝玄仙が簡単に彼らに捕らわれるとは思えない。

 だが、孫空女の言う通り、宝玄仙が結界を強引に消滅されるほどのことが起きたのだとすれば、その襲撃に屈したということも考えられる。

 

「……とにかく、手掛かりを探しましょう、孫女」

 

 沙那は言った。

 そのとき、近くの草むらに気配を感じた。

 

「誰――?」

 

 沙那は細剣を抜いた。

 孫空女は、沙那の言葉に、耳の中の『如意棒(にょいぼう)』を手に握り直している。

 

「妖魔?」

 

 孫空女が声をあげて、そいつに如意棒を向けた。

 草むらから出てきたのは若い妖魔だ。

 緑色の肌をしていて、身体を黒い外套で覆っている。

 武器らしい武器は持っていない。

 孫空女に棒を向けられて、明らかに怯える仕草をした。

 よく見ると、口元が殴られたように腫れている。

 

「沙那さんと孫空女さんですよね……?」

 

 そいつが言った。

 

「誰だい、お前は? 妖魔だね」

 

 孫空女が『如意棒』を耳にしまいながら訊ねた。

 沙那も同じように思ったが、目の前の若い妖魔には、あまり危険なものは感じなかった。

 沙那も細剣を鞘に収める。

 

「日値(ひち)といいます。能生(のうう)の……。いえ、朱姫の知り合いです」

 

「朱姫の以前の知り合い?」

 

 沙那は言った。

 なにしろ、こいつは朱姫のことを能生と言いかけた。

 朱姫は、いまは能生という呼び名は使っていないから、能生と名乗っていた時期の昔馴染みとの妖魔なのだと思う。

 半妖である朱姫は、妖魔としての顔と人間の娘としての両方の顔を持つ。

 生きてきた世界もふた通りだ。

 

「はい、そうです。あなたは沙那さんですね。そして、こっちが孫空女さん」

 

 日値が確かめるように言う。

 

「そうだけど。何者よ? 近くに巣食う妖魔軍のひとり?」

 

 沙那は訊ねた。

 妖魔軍の一部と断定した物言いをしたのは、かまをかけたのだ。

 

「そうであるし、もう、そうでなくもあります」

 

 日値は意味あり気に言った。

 ただ、妖魔軍については否定しなかった。

 やはり、近くに妖魔の集団がいるのだと思った。

 

「どういう意味?」

 

 沙那は凄んだ。

 すると、殺気を向けられて、また日値が怯える反応を示した。

 これは、演技ではない……。

 元来、争い事の苦手な性質なのだと思う。

 

「俺は、この平頂山(へいちょうざん)を拠点としている金角(きんかく)様と銀角(ぎんかく)様の率いるの妖魔軍の兵のひとりです……。いえ、ひとりでした」

 

「妖魔軍?」

「どういうことだい?」

 

 沙那に次いで、孫空女も声をあげた。

 いずれにしても、やはり、宝玄仙たちを襲撃したのは、妖魔軍ということか……。

 それにしても、金角と銀角?

 

「つ、つまり、朱姫と、それから、宝玄仙という人は、その妖魔軍に連れていかれたんです」

 

 日値が気弱そうに言った。

 

「……説明して」

 

 沙那は静かに言った。

 とにかく、三人で適当な石を見つけて座る。

 

 日値は語りはじめた。

 その話によれば、金角、銀角というのは、西域、すなわち、魔域と称する妖魔たちの世界において、魔王を称することができるほどの勢いのある妖魔軍の首領らしい。

 金角が姉で、銀角が妹の女魔王の妖魔軍団なのだそうだ。

 驚くことに、彼女たちは、天教教団の使者の誘いで、一隊を率いて、この東側の世界にやってきたというのだ。

 天教教団は、なんと魔域で、宝玄仙の顔の似顔絵を撒き散らし、天教の宝物を賞金代わりにして、宝玄仙をその賞金首にしているらしい。

 また、さらにわかったのは、西域、つまり、魔域では、魔王を称する妖魔の王が何人もいて、それぞれ勢力争いをしているのだということだ。

 金角はそういう魔王のひとりなのだ。

 

「すでに天教の勢力の一部が、西域に先回りしているということ?」

 

 沙那が驚いたのは、天教が妖魔の巣である魔域に先回りしているという事実だ。

 確かに、沙那たち供をいたぶりながら旅を続ける宝玄仙の歩みは遅い。

 だが、ずっと西に向かい続けている自分たちよりも、遥かに速く、西域に到着するとはどういうことなのだろう。

 

 そして、沙那は、ひとりの道術遣いの名を思い出した。

 『移動術』の達人で、あらかじめ道術紋を刻むことなしに、記憶がある場所に『移動術』で飛べるという男だ。

 そんなことは、宝玄仙も含めて、八仙でもできる者はいないらしい。

 

「……もしかしたら、その天教の使者って、鎮元仙士(ちんげんせんし)? 」

 

 沙那は言った。

 

「ああ、そう言えば、そんな名前だったかもしれません。その鎮元という天教の使者から戒名をもらったと、金角様と銀角様が喜んでいました」

 

「鎮元仙士――? あいつの仕業なのかい?」

 

 孫空女は大きな声をあげた。

 以前、鎮元仙士が連れてきた教団兵に襲われたときには、孫空女は、朱姫とともに捕らえられて酷い目に遭った。

 兵を率いてきた明月(めいげつ)と清風(せいすう)のふたりの男には、仕返しをして気が晴れたようだが、鎮元仙士そのものは、そのまま逃がした。

 そのとき、孫空女は、あいつこそ、逃がすべきじゃなかったと言って、地団駄踏んで口惜しがっていたものだ。

 

「だから、息の根止めておきゃあ、よかったんだ。ご主人様も、おかしなところで優しいんだよ。あんなに、あたしらには冷酷で残酷な癖に、向かってきた敵を殺したがらない――。だから、こんなことになるんだ」

 

 孫空女は、右の拳を左の掌に打ちつけた。

 その孫空女の苛立ちには、沙那も同意できる。

 沙那も敵を殺すことに躊躇を感じたことはない。

 それは、愛陽の城郭で、何度も賊徒退治をしてことから身についたことだ。

 盗賊などに情けをかけても、それは仇で戻ってくる。

 盗賊を許したために、その盗賊がまた別の罪のない人間を殺すということはよくあることなのだ。

 

 それに比べれば、たとえ敵でも、宝玄仙は命を奪うことには少し抵抗があるようだ。

 自分の罠に陥れた三人の八仙を自分の手で殺したことが、なにかの枷になっているのだろうか。

 

「それにしても、あなたはなぜ、それをわたしたちに知らせに来たの、日値? もしかしたら、わたしたちが戻ってくるのを待っていたの?」

 

 沙那は言った。

 

「うん。お願いだよ。俺と一緒に、蓮花洞(れんかどう)に行ってよ。朱姫を助けてあげて――」

 

 日値はそう言って、がばりと頭をさげた。

 

「……もちろん、朱姫もご主人様も助けるわ。だけど、なぜ、あなたがそれを頼むの? 朱姫たちを浚ったのは、あなたのいる軍なのでしょう?」

 

「そうだけど、もう抜ける。とにかく、あれが能生だと知らなかったんだ……。いや、違った、いまは朱姫だった……。ともかく、俺は、少し前にしばらく、まだ能生と名乗っていた朱姫と旅をしていた仲なんだ。お願いします。俺が案内するから、朱姫を助けてください」

 

 日値は繰り返した。

 

「あなたが、案内をしてくれるということ? 金角と銀角という妖魔の根城に? 確か、蓮花洞だったかしら」

 

「そうです。俺が案内します、沙那さん」

 

「場所を教えてくれれば、あたしらふたりで乗りこんでいくよ。どこにあるのか言いな、日値」

 

 孫空女が言った。

 

「俺がいないと無理です、孫空女さん」

 

「なんでだい?」

 

「蓮花洞は、金角様と銀角様が岩山の天頂近くに築いた洞府ですが、歩いて近づくには、隠れる場所のない剝き出しの岩山を登らなければなりません。そこを一千の妖魔兵が護っています。洞府に通じる坂の幅は、三十間(約三百メートル)しかなく、両側は切り立った崖です。横から回り込むことも無理です。どうしても、正面から突破するしかありません。とても入口には辿りつけないでしょう。それでは、朱姫を助けられません」

 

「朱姫だけじゃないよ。ご主人様も助けるんだ」

 

 孫空女が口を挟む。

 

「それで、どうしようというの、日値?」

 

 沙那は言った。

 

「俺の術で直接、洞府の中に飛びます。大丈夫です。兵のいない場所に飛びますから。その後は、おふたりで朱姫を助けてください――」

 

「ふうん……。じゃあ、とっとと、行こうよ」

 

「待って、孫空女。その金角、銀角って、何者? もしかしたら、あんた、ご主人様……つまり、宝玄仙様が、その妖魔に捕えられるのを見てた?」

 

「見ていませんが、どうやって、宝玄仙さんが捕まったかは、知っています。朱姫が連れていかれるとき、石になった宝玄仙さんの姿を見ましたから」

 

「石になった?」

 

 沙那はびっくりした。

 孫空女も目を丸くしている。

 

「鎮元という教団の使者が、金角様と銀角様に渡した霊具です。なにやら、帝都にいる偉大な術遣いの品物だそうで、『紅ひさご』という霊具です。紅い瓢箪の形をしていて、それを向けられて、その霊具を見つめてしまうと石化してしまうのです」

 

「そんなものがあるのかい?」

 

 孫空女が言った。

 

「ご主人様は、石化されて、蓮花洞にいるのね? 朱姫は?」

 

「朱姫は、連れていかれただけです。でも、銀角様が気に入ってしまって……。自分の“飼い猫”として飼うと言っていました」

 

「飼い猫?」

 

「銀角様は、若い女をなぶるのが好きなんです、沙那さん。いたぶって泣かせるんです。そういう性癖なんです」

 

「……どっかで聞いたような話ね」

 

 沙那は苦笑した。

 

「……だけど、飽きれば殺してしまいます。朱姫もいつか、捨てられて殺されます。お願いですから……」

 

「わかったから――。朱姫は、もちろん助けるわよ。だけど、ご主人様は……。その『紅ひさご』で石化された者は、どうやって元に戻るの?」

 

「金角様が持っている『浄瓶(じょうびん)』という水壺です。その中の水をかければ、元に戻ります。それも鎮元が持ってきた霊具で、水はいくらかけても『浄瓶』からなくなることはないそうです。本来はふたつでひとつの霊具だそうです」

 

「それは、どこにあるの、日値?」

 

「蓮花洞の中の金角様の私室です。石化した宝玄仙様も、そこに置かれているのだと思います、沙那さん」

 

「朱姫は?」

 

「銀角様の私室に――」

 

「ちょっと待って、あなた随分と詳しいわね?」

 

 いくらなんでも詳しすぎる。

 日値は一介の妖魔兵じゃないのか。

 

「俺は植物の妖魔なんです。草木のあるところなら、その草木の身体を通じて、周囲一体のものを感じることができます。その力があるので、最初にあなた方を見つける任務を与えられたんです。この能力であなた方も見つけました」

 

「なるほど」

 

 沙那はとりあえず納得した。

 

「蓮花洞の中は広いのかい、日値? 洞府の中もわかるのかい?」

 

 孫空女が言った。

 

「洞府の中も植物が持ち込んであったり、苔のようなものがあれば、それを通してわかります――。もちろん、広いですよ。千匹の妖魔兵が寝泊りをする場所ですから。洞窟をくり抜いた洞府ですが、中は砦です。三層になっていて、最下層には牢もあります。朱姫と宝玄仙様もそこにいる可能性はありますが、おそらく、金角様と銀角様のお部屋だと思います。おふたりとも、綺麗な女の人は好きですから」

 

「わかった、日値。あなた、その蓮花洞の中の地図を描いてちょうだい。描ける範囲でいいわ」

 

「それよりも、俺が、おふたりに念を送ります。蓮花洞に関する知識を魔術で送ります」

 

「そんなことができるのかい、日値?」

 

 孫空女だ。

 

「できますよ。いいですか? 抵抗せずに、魔術を受け入れてください」

 

「いいわ、日値」

 

 沙那は言った。

 

「じゃあ、おふたりに念を送ります」

 

 次の瞬間、頭の中に突然に、蓮花洞に関する知識が入ってきた。

 確かに、蓮花洞は外敵の侵入を拒みやすい岩山の山頂付近にある天然の要害だ。

 洞窟の入り口は切り立った崖の上にあり、簡単には接近できない。

 正面突破はまず無理だ。

 入口部分は、三層ある洞府の一番上で、金角と銀角の私室は、一層下がった二層目の最奥にある。

 さらに下の三層目には、牢と拷問部屋もある。妖魔兵の詰所は、各層に分かれている。

 

「……それで、蓮花洞のどこに『移動術』で飛ぶの、日値?」

 

 沙那は言った。

 

「金角様と銀角様の部屋の間にある宝物室です。そこなら、まず誰もいませんし、照明に使っている光り苔があるので、そこに向かって移動術で跳躍もできます。隣は、金角様と銀角様の部屋ですから、朱姫と宝玄仙様を助けやすいと思います。助けた後に、また、宝物室の結界から、『移動術』で外に出ればいいと思います」

 

「便利な能力ね」

 

 沙那は言った。

 植物のあるところなら、遠くのものも見えるし、移動術で跳躍もできるらしい。

 もちろん、距離的な問題はあるのだろうが、偵察にもってこいの力だと思った。

 

「まあ、最悪、強行突破になっても、狭い洞府の中では、一度に妖魔兵に群がられる心配もない。弓矢も限定される。大丈夫さ、日値」

 

 孫空女だ。

 

「じゃあ、わたしは、ご主人様の霊具で使えそうなものを持ってくるわ」

 

 沙那はそう言って、立ちあがった。

 そして、荷のある場所に行き、適当な霊具を探す。

 それを雑嚢に入れて腰に固定する。

 その後、孫空女とともに、荷を片づけて草の中に隠した。

 すべての準備を整えると、孫空女とともに、もう一度、日値の前に立った。

 

「いいわよ、日値。お願い」

 

 沙那は、あらかじめ細剣を抜いた。

 万が一のときは、そのまま戦闘になる。

 孫空女も『如意棒』を耳から出し、拡大させて手に持った。

 

「じゃあ、跳びますね」

 

 沙那と孫空女に日値は言った。

 視界が揺れる。

 そして、別の場所にいた。

 

 すぐに、『移動術』で洞府の中に飛んだのだとわかった。

 だが、なにかおかしい――。

 

「えっ?」

「なに?」

 

 宝物室ではないようだ。

 かなり広い場所であり、予想していたような狭い空間ではない。

 しかも、周囲をびっしりと大勢の妖魔兵に囲まれている。

 さらに、全員が剣や槍をこちらに向けていた。

 槍先は、沙那と孫空女の身体に触れんばかりになっていて、動くこともできない。

 

「よく来たね、お前たち……。沙那と孫空女だね」

 

 兵の間から銀色の具足の美しい雌妖がけらけらと笑いながら現れた。

 日値がさっと離れて、その雌妖の背後に隠れる。

 

「あっ、日値――」

 

 孫空女が叫んだ。

 だが、その動きでさらに、別の槍がこちらに向けられる。

 

「ここで串刺しにされたいかい? それとも、武器を捨てるかい、どっちがいい?」

 

「あんたが銀角?」

 

 沙那は言った。

 銀色の体毛と銀色の具足でなんとなくそう思った。

 

「そうだよ。宝玄仙も朱姫も、こちらで丁重にもてなしている。武器を捨てな。暴れるなら、お前らだけじゃなく、ふたりも痛めつける。朱姫にしたって、手足の一本や二本引き千切っても、あたいの性の相手はできるだろうしね」

 

 沙那は舌打ちをして、細剣を床に置く。

 孫空女も『如意棒』を捨てた。

 

「ご主人様と朱姫は、無事なんでしょうね、銀角?」

 

「無事さ。あの女法師は、とりわけ金角姉さんが気に入ってね。金角姉さんが部屋に連れ込んで遊んでいるよ。朱姫はあたいの部屋だ……。いまは媚薬風呂に漬けてよがり狂っているよ。あの雌妖は尻が弱点なんだね。よくわからないけど、日に三度の発作があって、尻に刺激を貰わないとよがり狂うらしいね。尻をちょっと刺激しただけで、面白いように跳ねまわったよ。本当に可愛い雌さ」

 

 銀角は笑った。

 朱姫は宝玄仙の悪戯で、日に三回尻を慰めないと、身体が怖ろしく発情してしまう身体にされている。

 一日三度の尻の自慰は、朱姫の日課だ。

 それを知ってるということは、間違いなく朱姫は銀角の手元にいる。

 

「銀角様――。約束です。このふたりをつれて来ました。朱姫を解放してください――」

 

 日値が叫んだ。

 その日値を銀角が思い切り殴りつけた。

 

「ふぎゃあああ」

 

 口から血を出して倒れた日値をまた銀角が蹴りあげる。

 さらに、二度、三度と蹴る。

 

「日値をこっちに連れてきな」

 

 蹴り飛ばされて、遠くに転がっていった日値が、ふたりの兵に引きずられて、銀角の前に連れてこられた。

 無理矢理に引き起こされた日値は、虚ろな眼で呻き声をあげている。

 その日値の腹を銀角は、さらに思い切り蹴り飛ばした。

 日値が、吹き飛び兵の中に埋もれていく。

 

「お前なんかに朱姫を渡すわけがないだろう。馬鹿が――。なにが約束だ。お前が朱姫を逃がそうとした罪を、こいつらを罠に嵌めることで帳消しにしてやると言っただけだ――。まあいい。一応、このふたりをちゃんと罠に嵌めて連れて来たんだから、お前の処分は勘弁してやるよ。誰か部屋に放り込んどきな」

 

 銀角は言った。

 ほとんど意識のない日値が引きずられて、どっかに連れていかれた。

 銀角が沙那と孫空女に振り返る。

 沙那も孫空女も、さすがにこれだけの武器を向けられては、どうしようもできない。

 

「ここで身に着けているものを取りな。すっぽんぽんになるんだ。拒否すれば、お前たちの大事な宝玄仙は死ぬよ。石化した身体をばらばらにする」

 

「くっ」

 

 沙那は歯噛みした。だが、どうしようもない。

 腰の雑嚢をおろし、自分の服に手をかける。

 孫空女も服を脱ぎ始めた。

 脱ぎながら、日値から送られた念を頼りに、ここがどこなのか考えた。

 そして、部屋の感じから、ここが最下層の「拷問部屋」と呼ばれる広間だということがわかった。

 

「なかなかのいい身体じゃないか――。もしかしたら、金角姉さんが気に入るかもしれないねえ。もっとも、金角姉さんは、しばらくは、宝玄仙に夢中だと思うから無理か……。だけど、気に入るね――。わかった。命だけは残しておくよ」

 

 沙那と孫空女は、銀角や大勢の妖魔兵の視線を感じながら一枚一枚着ているものを取り去っていく。

 

「さっさと脱ぎな――。しばらく、お前たちは衣服を着ることなどないけどね」

 

 銀角があざ笑った。

 下着姿になったときに、さすがに次の行為には躊躇して手の動きを止めてしまった。

 

「さっさと、脱げ――」

 

 銀角が怒鳴った。

 仕方なく、下着の股布に手をかける。

 そして、それを床に落とした。

 

「脱いだよ」

 

 隣の孫空女がやけくそのように言った。

 孫空女は全裸だ。

 沙那も全裸になって、両手で胸と股間を隠した。

 その足元に短い鎖のついた四組の鉄の手錠が投げられた。

 

「自分たちで、それを嵌めな」

 

 仕方なく沙那は、孫空女とともに、その手錠を手に取る。

 

「付け方は、右手首と右足首。左手首と左足首だ。間違えるんじゃないよ」

 

「なんだと――」

 

 怒鳴ったのは孫空女だ。

 

「ぐずぐずするんじゃないよ、孫に沙那――。右手首と右足首。左手首と左足首だ。さっとと繋げ。それが終わったら、ここで、ここにいる兵どもに犯される。自分たちがやられることくらいわかってんだろうが――。時間の無駄だ。それとも、本当に宝玄仙を粉々にしてやろうか―――」

 

 銀角が叫んで地面を踏んだ。

 言われたとおりにするしかない。

 命令されたとおりに、自分の右の手首と足首、左の手首と足首と繋げた

 地面に座ったまま動けなくなった。

 動くには、四つん這いになるしかないだろう。

 それを見届けると兵たちが、武器をおろした。

 何人かが、さっそく装具を取りはじめる。

 

「沙那は一班から五班。孫は六班から十班だ。ひと回りしたら交換して、同じ順でやっていい。後がつかえているから、長々とやるんじゃないよ。これからも定期的に使わせてやるから、今日は、一回ずつ出すだけで我慢しな」

 

 妖魔兵たちから歓声があがる。

 

「ちっ、勝手にしやがれ」

 

 孫空女が唾を床に吐いた。

 だが、その顔は蒼白だ。

 沙那も恐怖で身体が震えるのを隠すことができないでいた。

 集まっている妖魔兵だけで、ここに何百人いるのか……。

 それに、犯されているうちに、ほかの妖魔兵もやってくるかも……。

 全員に輪姦されるなら、一千の相手……。

 生き残れるのか……。

 

「全部、終わるのは夜になるかねえ、沙那に孫……。ところで、お前たちは、牢に入れられることになるけど、うちの新しい牢番とお前たちは、知り合いらしいから紹介をしておくよ。お前たちを知っているというので、人間だけど雇ったのさ」

 

 銀角が言った。

 そこに袖のない革の上着との革の短い下袴をはいたふたりの男が現れた。

 手になにかを持っている。

 つるつるに剥げた頭のふたりに、沙那は見覚えがある気がした。

 

「久しぶりだな、孫空女、沙那――。俺たちのこと覚えているか?」

 

 ひとりが言った。

 その声で、沙那はそれが誰であるかわかった。

 ぞっとした。

 

「お、お前ら、明月(めいげつ)に清風(せいふう)かい――。い、生きていたのかよ」

 

 孫空女が叫んだ。

 その顔は引きつっている。

 これは、まずい……。

 

 明月と清風というのは、鎮元仙士が教団兵を率いて宝玄仙を襲ったときに、その教団兵を率いていた隊長だ。

 鎮元仙士を追っ払った後、あのふたりは、宝玄仙が手酷い目に遭わせて放逐した。

 ふたりに対する拷問の中心になったのは、孫空女と朱姫で、宝玄仙は、このふたりの一物さえ切り取らせようとした。

 沙那が止めたので、それは免れたが、その代わり、沙那は陰毛を自分で抜かせるように提案した。

 そのくらいさせなければ、宝玄仙は本当にこのふたりの一物を切り落としていただろう。

 その後、髪の毛も剃りあげて全裸で放り出したのだ。

 どうやって、この銀角たちに拾われたのかは知らないが、あれから生き延びて、ここで妖魔の下で働くことになったようだ。

 

「お前らが、ここにいる間、お前らの面倒は俺たちが見ることになる。俺たちが、この蓮花洞の牢番をしているからな。俺は、明月だ。覚えているか、孫?」

 

 明月が手錠を四肢の手首足首につけて動けない孫空女のふたつの鼻の穴に小さな金具のようなものを引っかけた。

 鼻鉤だ。

 その孫空女の鼻の穴に突っ込んだ鼻鉤の金具についている小さな鎖を明月が思い切り引っ張った。

 

「ひぎいいいいっ――。痛い、痛い、痛いっ――。ひいいっ――」

 

 孫空女が悲鳴をあげた。

 明月は容赦なく、孫空女につけた鼻鉤を上に引っぱっているが、屈んだ状態で動けない孫空女は、鼻だけで身体を吊りあげられようとしている。

 

「やめてっ。やめてあげて、明月……さん――」

 

 沙那は言った。

 ちょっとだけ鼻を引っ張る手を緩めた明月は、孫空女の鼻を頭の上を通して、後ろ側の首に向かって引っ張った。孫空女の鼻の穴がみっともなく拡がる。

 

「お、お前、や、やめろよ――。い、いい加減に……。ひぐうっ」

 

 孫空女の首に細い紐が巻きついたのだ。

 その首の紐に、鼻を引き上げている鎖を明月は繋いだ。

 そして、首の紐をぐいぐいと絞めあげている。

 

「ひぐうっ――。ぐ、ぐ……る、じい……」

 

 孫空女の顔が真っ赤になる。

 

「やめてえっ」

 

 沙那は絶叫した。

 明月は首紐を絞める手を離した。

 

「まあ、沙那は、一応は庇ってくれたからな。この鼻鉤はしないでいてやろう」

 

 明月は言った。

 孫空女は、激しく咳込んでいるが、首に絞めた紐がそれを邪魔している。

 息がしにくくて苦しそうだ。

 

「そのうち、孫には鼻輪をつけてやる。その鼻鉤は、それまでの仮だ。そして、これは、俺からだ」

 

 清風は、孫空女の身体を蹴り倒して、仰向けにすると、孫空女の股間になにかの液体を垂らし始めた。

 孫空女の眼が見開かれる。

 

「そいつは、お前のあそこを恐ろしいほど、敏感にしてくれる薬だ。これから大勢の兵に輪されるんだろうが、その間、この液体は、発狂するほどの快感をそれはお前に与えてくれるはずだ。たっぷりと愉しみな、孫。それが終わったら、俺たちがたっぷりと仕置きをしてやる」

 

 清風は言った。

 孫空女は、もう薬が効いてきたのか、鼻の穴を拡げた顔で、もうよがり狂い始めている。

 

「さあ、そろそろ、いいだろうさ――。それよりも、清風に明月。兵たちの準備はできているんだ。お前たちはいくらでも、牢でこいつらをいたぶれるだろう。だから、いまはこいつらに譲ってやりな――。お前たちが鬱憤を晴らす機会は、これから、幾らでもある」

 

 銀角は笑った。

 清風と明月は深く頭を下げると兵たちの群れの後ろに戻る。

 そして、沙那と孫空女の裸身に一斉に妖魔兵たちの手が伸びてきた。

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