「偽の雷王ですって?」
沙那が横で声をあげた。
百合の交わりを強要されていたときの隙を狙って、
結局、朱姫を人質にされて、折角拘束した雷王を自由にせざるを得なかったが……。
宝玄仙など裸体に、「亀甲縛り」というやり方で縄化粧されて、股縄まで施されている。
孫空女の横では、その宝玄仙が不貞腐れている。
「そうだ、沙那」
雷王が言った。
だが、喋っている姿も声も朱姫なのだ。
どうも勝手が悪い。
「偽王って、なんだよ?」
孫空女は言った。
「黙れ、孫空女。余は、沙那に喋っておるのだ。お前は口を出すな――」
「なっ」
孫空女は絶句した。
「いいから、黙っておれ。この朱姫の記憶によれば、こういう話は、お前たち三人の中では、沙那にするのが一番いいようだ。頭もいいし、心根もいい。真面目だから話もしやすい。話によっては同情もしてくれる。それに比べて、宝玄仙など真面目に他人の話など聞くことはないし、お前は単純すぎて無策だから、戦闘以外は役立たずだそうだ」
雷王が笑う。
そんな風に思ってたんだな、朱姫め……。
孫空女は心の中で思った。
とりあえず、口を閉ざす。
「まずは、あなたが本物の王である証拠を示してください。それに、なぜ、本物の王であるあなたが、幽体なのですか?」
乳房を手で隠しながら、沙那が言った。
「それは、最後まで、話を聞いてからにしてもらおうか、沙那」
「わかりました。では、わたしが納得のいく理由を示してもらうまでは、わたしは、あなたが、この
「よかろう、沙那」
雷王は語りはじめた。
本物の王である雷王が、このような幽体に変わることになった契機は、三年前の日照りによる旱魃であったらしい。
それこそ、ひどい日照り続きで雨が降らず、草木は育たず、民は次々に餓死という有様になったようだ。
その旱魃はなんと半年も続き、烏鶏国は疲弊しきった。
そこに、
その老人は、まずは、文武の諸官にまみえると、そのまま、雷王の前に連れてこられた。そして、自分は雨を自由に降らせることができ、官位をくれるなら、雨を降らせようと申し出たらしい。
「国王であったあなたが、それに応じたというのですね?」
沙那が言った。
「そうだ、沙那。その老人は、早速壇上にのぼると、雨乞いの儀式を始めた。すると、まもなく雨が降り始めた。久しい旱魃で乾ききっていた大地に水が染み込み、枯れ川は再び流れを取り戻した。この国は救われたのだ」
「ご主人様、そんなことが可能な術がありますか?」
「あるわけないだろう、沙那。天候を左右するような術なんか聞いたことがないね」
縄掛けをされている宝玄仙が、やはり沙那と同じように両胸を手で覆った姿で応じた。
かなり、機嫌が悪いのがわかる。
「だが、やったのだ。その老人は――。余は、その老人に、宮廷主席道術師の官位を与えるとともに、余の義弟の契りも結んだ」
雷王は言った。
「なんという名なのです、その老人は?」
沙那だ。
「本当の名は名乗らなかった。ただ、“
「なんだい、その増えた“妃嬪たちとの遊び”というのは?」
宝玄仙が口を挟む。
「もしかしたら、その青獅子という術遣いが、あなたという雷王を殺して、入れ替わったというのですか?」
しかし、沙那が強引に話を戻す。
宝玄仙が、嫌な顔をしたが、大人しく口を閉ざしている。
「そうだ。そうやって一年経ったある春の日のことだった。青獅子は、急に東方帝国の天教の神殿に巡礼に向かうと言って暇を告げたのだ。余は驚いて引き留めたが、青獅子の決意は固かった。それで、巡礼に向かう青獅子を余は、直々見送ることにした。青獅子には、この国を旱魃から救ってくれた恩義もあるしな」
「それで、どうやって、あなたと、入れ変わったのですか、その青獅子は?」
沙那は言った。
「実は、見送りと別れの宴はここでやったのだ。ここは、この国の天教教徒にとっては特別の場所でな。青獅子も出発前にここに立ち寄りたがった」
そう言えば、この道館に入る前に宝玄仙がそんなことを言っていたのを孫空女は思い出した。
この国の天教はここから拡がったのだと――。
「別れの宴も終わり、青獅子は、突然、ふたりきりになりたいと言い出した。この道館の井戸には、特別な霊具があると……。別れの品としてそれを進呈したいと言うのだ。だが、あまりにも特別なものだから、ほかの家臣には知られたくないとも……」
「罠だったのですね?」
「そうだ。それで、余は人払いをして、青獅子とふたりきりで、その井戸に向かった。青獅子の言われるままに井戸を覗くと、確かに、眩い金色の光が井戸の底から放たれていた。余が驚いて、さらに身体深く覗き込むと、青獅子はいきなり余を井戸に突き落としたのだ」
「目撃者は?」
「おらんな。それで余は殺されたのだ。余は死んだが、なぜか魂は残り、こうやって幽体になったというわけだ」
雷王は続けた。
「でも、それから二年でしょう。あなたが死んだということをどうして、宮廷の文武の役人や妃様や王子、あるいは、後宮の女たちは気がつかないのです?」
沙那が訊ねた。
「それが、青獅子の法力のすごいところだ。この世に、あれ程のものがあるとは知らなかった。これは、すでに幽体になった余が見たものだが、あいつは、余を殺害した後、井戸の前で身体をひと揺すりしたかと思うと、余にそっくりの姿になった。それはもう、寸分の違いのない余の姿なのだ」
「変身術ですか。それは、道術としては、珍しいものなのですか、ご主人様?」
沙那が宝玄仙に視線を向ける。
宝玄仙は、肩を竦めた。
「まあ、変身術が駆使できれば、超一流の術師だろうね。滅多に接しない術だと思えばいいよ。こんな田舎国じゃあ、珍しいだろうさ」
宝玄仙が言った。
他人そっくりになりすます術と言えば、宝玄仙の『変化の指輪』がある。
指に嵌めて、その相手の唾液か精液を飲めば変身できるのだ。
いずれにしても、他人に成りすますというのは、それなりの術なのだろう。
そういうものを何気無く遣うというのは、それだけ、宝玄仙が凄いのかもしれない。
「いまでは、あいつは、余のふりをして、この国のすべてを支配しておる。支配する権利はなにひとつないのに関わらずな。文武百官、後宮の后妃もすべてやつのものということだ」
「……それで、わたしたちになにをしろと? 先程は、その偽王を追い出せと言っていましたが、わたしたちに、どうしろというのです?」
沙那は言った。
「この国にも人物はいる。余の息子にして、王太子の
「でも、どうやって、王太子殿下に会えというのです? わたしたちは、一介の旅の女連れです。王太子殿下が王宮のどこにおられるか知りませんが、わけのわからない女たちが訪ねていっても門前払いです」
「心配ない。王太子は明日、狩猟のためにこの
「獲物の献上ですか?」
「そうだ。お前が献上する獣についても余が手配しておこう。義理堅いあいつのことだ。きっと、直接、お前に礼を言おうとするであろう。そのときに、真実を言え。あいつに信じさせることができれば、後は、太子がなんとかするはずだ。さっきも言ったが、あいつは出来がいい」
「なぜ、狩猟に出てくると知っているのです?」
沙那が訊ねた。
「幽体になった余は、宮廷でもどこでも出入りできるのだ。もっとも、『妖魔除けの護符』の貼っている場所は別だがな。あれは、どうも幽体の余にも影響を及ぼすようだ。そして、宮廷は、その『妖魔除けの護符』だらけでな……。まあ、いずれにしても、幽体の余は、宮廷の内部に入り、ある程度の情報を得ることはできる。それで知ったのだ」
「だったら、自分で伝えればいいじゃないですか」
沙那は言った。
それはもっともだと孫空女も思った。
たとえ幽体でもその方が早い。
雷王の言うことが真実なら、王太子の光は、父親の雷王の言うことを信じるだろう。
「それができるならそうしておる。余がこうやって、娑婆と繋がっておられるのは、なぜか、この宝林道館近辺だけなのだ。余は、宮廷の中を覗けても、姿を現すことができん」
「声は?」
「宝林道館近辺以外では、声も届かん……。だから、ここを管領する道士や弟子どものところにさんざんに頼んだが、連中は、怖がるだけで余の話を聞こうとせんかった。挙句の果てには、この道館を空っぽにして、全員が逃げ散ってしまいおった。真に意気地のない連中よ。それで困っておるところに、お前たちがやってきたということだ」
なるほど、それで人っ子ひとりいない廃寺になってしまったのかと思った。
「……だいたいの事情はわかりました。とにかく、明日、外の原野に出かけていって、獲物を狩って待ち、やってきた王太子殿下に目通りをして、あなたの言葉を伝える。やることはそれだけですね? それで、朱姫を解放するのですね?」
沙那がじっと朱姫、つまり、雷王を睨んで言った。
「王太子に信じさせよ。やることは、そこまでだ。失敗すれば、この朱姫は殺す」
「じゃあ、どうせよと言うのです? あなたが、王太子殿下の立場なら、初めて会った庶生の女の言葉を信じますか? しかも、いまの王が偽物だなんていう途方もない話を……」
「信じさせよ」
「だったら、王宮に入り込んだあなたなら、幽体のあなたしか知りえないことを知っていませんか?」
「いまいましいことに、青獅子の周りには、『妖魔除けの護符』だらけだ。あいつ自体が妖魔のくせに、その中で暮らしておるのだ」
「だったら、太子については?」
「王太子の周りにも近づけん。狩猟のことを知ることができたのは、一緒に出動する兵の周りを彷徨ってやっと掴めた情報だ」
「だったら、馬鹿にされて終わりです。下手をすれば殺されます。王が偽者などと言って、誰が信じますか」
「仕方ないのう――。では、王の王たる証の品をお前に貸す。それを王太子に見せよ。それを見せれば、正統の王権の存在がここにあることを、王太子は信じるであろう。信じずとも、なぜ、お前がそれを持つのか不審に思い、この宝林道館に自らやってくるくらいのことにはなるだろう」
「確かですか?」
「ああ、なにせ、あいつは、なんでも興味を示して、好奇心が強いからな。ここに王太子がやって来てくれれば、それでいい。後は余がやる。この宝林道館内であれば、余は幽体として出現できるからな」
「わかりました。それで失敗しても、必ず朱姫を解放すると約束するなら、わたしが、明日、狩猟をしに来た王太子殿下に会いに行きます」
「それでいい――。おい、宝玄仙、寝台の横の卓に、白玉の
雷王が支配している朱姫が宝玄仙に視線を向ける。
確かに、寝台の横の卓に金で縁どりされた白い球体がある。
「お前、持っておいで、孫空女」
宝玄仙が言った。
孫空女は立ちあがろうとした。
「お前に言っておるのだ、宝玄仙――」
雷王が大声をあげた。
宝玄仙が舌打ちをして立ちあがる。
「うっ」
しかし、一歩進んだところで、宝玄仙は呻いて、身体を曲げて立ち止まってしまった。
「ふふふ、どうした、宝玄仙? 股の縄瘤が本領を発揮し出したか?」
しかし、宝玄仙は縄化粧をされた裸身を曲げたまま、悔しそうに黙っている。
その顔はほんのりと上気もしている。
「なぜ、歩けないか供の女たちに教えてやれ、宝玄仙」
雷王が愉しそうに笑った。
「お、憶えてなよ。この宝玄仙にこんなことをするなんて……」
宝玄仙は、一歩一歩ゆっくりと歩いて、「白玉の珪」を持って戻ってきた。
白玉の珪を受け取ると、雷王である朱姫の手が宝玄仙の股間の縄の後ろを掴んで、無造作に揺すぶった。
「きひいいっ」
宝玄仙は倒れそうになり、だが、それは却って縄の刺激を強くする結果になったらしく、慌てて身体を起こした。
そんな宝玄仙を見るのが愉しいのか、朱姫の手はさらに強く股縄を動かす。
「あ、あああっ、いやっ」
宝玄仙は、小さく震えたかと思うと急に脱力した。
軽くいったのだろう。
朱姫がやっと縄尻から手を離した。
宝玄仙がその場に座りこむ。
そして、また、小さな悲鳴をあげて、びくりとなる。
「股縄が気に入ったようだな。では、余興代わりに、少し舞でも踊れ、宝玄仙」
「な、なにい――? ちょ、調子に乗るんじゃないよ、雷王」
宝玄仙が真っ赤な顔をあげた。
「いい加減に自分の立場を理解せい、宝玄仙――。ほら、供が死んでもよいのか?」
朱姫の顔が青白くなった。
身体の中でまた心臓を締め付けたのだろう。
「く、くそうっ、わ、わかった――。わかったよ。踊るよ。踊ればいいんだろう」
宝玄仙は立ちあがった。
「じゃあ、孫空女は唱え。それに合わせて、宝玄仙は舞をしろ」
雷王が言った。
「歌? な、なにを?」
不意に言われたので、驚いて孫空女は問い返した。
「なんでもいい。唄わんか」
雷王が不機嫌そうに言った。
咄嗟に頭に浮かんだのは、昔、旅芸人をしていた時代に覚えた歌だ。
孫空女は、それを唄い始めた。
「勢は鎮める海原を――、威は定めるわだつみを――、勢が海原鎮めなば――」
「ば、馬鹿、孫空女、そんなに節回しの激しい歌は……」
隣で沙那が怒鳴った。
それではっとして、唄うのをやめた。
歌に合わせて裸踊りをしようとしていた宝玄仙が、怖ろしい剣幕で睨みつけている。
これは失敗したみたいだ。
孫空女は、背中に冷や汗をかいた。
「いや、いいぞ、やめるな。唄わんか、孫空女。それ以外の歌は禁止だ。宝玄仙、そら、踊れ、踊れ」
仕方なく、孫空女は、再び、その節回しの速いその歌を唱う。
宝玄仙が苦しそうに身体をねじりながら、縄に引き出された乳房と手足を動かして、舞い踊った。
しばらくして、やっと、歌を唄い終わった。
全身を上気させて、汗びっしょりの宝玄仙が倒れ込むように横になった。
「ご、ご主人様――。ごめんなさい、大丈夫?」
孫空女は駆け寄ろうとしたが、雷王がそれを制止した。
「どれ、そろそろ、熟れきったようだな。じゃあ、続きをやるか、宝玄仙――。お前たちふたりは、行っていいぞ」
朱姫が手を振った。
そして、宝玄仙の股間の縄尻を掴むと、小さく嬌声をあげる宝玄仙を再び、寝台に連れていった。
「そうだ、沙那。明日は、この宝玄仙の宝飾品を付けていけ。身なりは、いつもの格闘服でも、飾りが一流であれば、見る者が見れば、ただの庶民でないと想像するだろう。これでいいか……」
朱姫の手が、宝玄仙の髪を束ねている宝石付きの髪止めを奪うと沙那に投げた。
沙那がそれを慌てて空中で受け取る。
「代わりに、さっき、油紙に包んであった黒い首輪があったな。それでもつけていろ、宝玄仙。余の飼う雌犬だ、お前は」
一度寝台から降りた雷王が、床に投げ散らかしているたくさんの霊具の中から、その黒い首輪を手に取った。
孫空女は、それがなにであるのかがすぐにわかった。
以前、
それをつけると宝玄仙は、力を失ってしまう。
「それは駄目だよ」
孫空女は叫んだ。
その口を沙那が塞いだ。
しかし、雷王の朱姫が訝しむ表情をこちらに向けた。
「……この朱姫の記憶には、この首輪ことはなにもない。だが、なにか秘密があるようだな」
「な、なにも秘密なんてないよ」
孫空女は叫んだ。
「そうか……。なにか秘密があるのか。まあ、使ってみればわかるか……」
宝玄仙がまた、孫空女を睨みつけている。
かなり、怒っているというのがわかる。
でも、どうすればよかったのだろう。 なんの意味のない物だと一生懸命に訴えたのだ。
その宝玄仙の細い首に、朱姫の手が『道術封じの首輪』を嵌めた。
「霊気がほとんどなくなったな。そうか、これを身につけると抵抗できなくなるのか。面白いものを見つけたな――。さあ、じゃあ、ふたりとも行け」
孫空女は、沙那とともに部屋の外に追い払われた。