その女勇者(魔王)、勇者に溺愛されています。 作:白千ロク(玄川ロク)
「そうか。貴様がわざわざ来たのはその為か」
テーブルを挟んだレガルドの話を聞き終えてからも、イエバは肘掛けを使って頬杖をついたままである。その顔は相変わらず歪められており、気分の悪さにレガルドも眉間に皺を寄せる。と、イエバの膝に乗せられた小さな黒豹がテーブルの上に顔を乗せた。あくびをするその姿を見せびらかすように。ふてぶてしい態度は『この魔女にしてこの使い魔あり』だなと、レガルドは黒豹を一瞥した。
「夜分だからな。言い値で五分五分だ」
「お前は人にものを頼むときも上から目線なのか。キーエルに好かれんのも道理ということだな」
「それは関係ない」
ぞんざいに出された紅茶をストレートで運ぶその口もへの字に曲がっているのが解り、イエバは目を細めながら眺めていた。自身と会うたびに不機嫌さを隠そうともしない態度に、いい加減嫌気も差しているわけだ。
「いまは無礼に目を瞑ってやるが、そもそもお前が感度を高めろと望んだことだろう?」
「あそこまでとは思わなかった」
少しの快感に身悶えるキーエルを思い出しているのだろうか。おそらく緩んでいるであろう口元を押さえるレガルドに呆れ果て、黒豹の背中を撫でる。「イエバ、イエバ」と腕にじゃれつく黒豹を膝に置き、腹を撫でながらイエバは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「お前がなにを考えているのかだいたい見当がつくが……、キーエルは
「解っている。これは俺の失態だ」
「そうか。お前がそれを肝に命じるのなら、願いを叶えてやろう。私はお前とは違い、『優しい』からな」
「言ってろ」
「優しい」という言葉をいやに強調しながらイエバはにんまりと笑う。からかうにしても不躾な態度にこちらを苛つかせるだけだが、この悔しがる顔は何度見ても飽きない。この顔を見て、ようやく胸がすっとするのである。
「ああ、そうだ。エルドは治療分のみでいいぞ。『優しい』私はお前とは違うからな」
ぴくりと眉をひくつかせるレガルドは、上着の内ポケットから小切手を取り出して叩きつけた。瞬間、響く音に驚いた黒豹は「うるさい!」とレガルドに飛びかかる。ーーが、呆気なく首根っこを捕まれてしまう。
「離せ! 離せ!」
「俺はいま機嫌が悪いんだ。そこに飛びかかってくるということは、命の保障はない。――魔女であろうが、獣人であろうがな」
宙ずりで暴れる黒豹に近づけられた指先からパチパチと小さな雷光が走っている。窮地に顔を青ざめる黒豹はイエバに向かって叫んだ。ありったけの力を込めて。
「イエバっ! イエバ、逃げて! コイツ本気だっ!」
「レディ、お前を置いて逃げはしないよ。いいか、勇者、よく聞け。私を傷つければ、キーエルはお前を許さないだろう。一生な」
「安心しろ。これが俺に牙を向いたのは確かだが、本気で殺める気はない。早くうるさい口を塞いでもらおうか」
怒りに眉を吊り上げながら背凭れから躯を起こしたイエバに顔をくしゃくしゃにした黒豹を投げ捨てたレガルドは、万年筆を挟んだ小切手に手を伸ばす。脅しとしての魔法は効きすぎているようで、本人が一番驚いていた。それもすぐに消え去っていくが。
「イエバぁ~、アイツっ、アイツは鬼畜だぁ……!」と泣く黒豹――レディの背中を撫でるイエバは頬を擦り寄せ、「大丈夫だ」と宥めるように背中を擦る。泣きじゃくりながら「イエバぁ~」とぐりぐり頬を擦り寄せ返すのはイエバだからだろう。
仲睦まじい姿を見せつけるようなその様子にレガルドは苛立ちを募らせていく。こうありたいのに、どうして自分はキーエルとうまくいかないのだろうか。優しくしているというのに。
奥歯を噛みしめながら書き損じた小切手を破り捨て、ふたたび万年筆を走らせるレガルドを見据えながら「少し黙っているんだ、レディ。いいな?」と囁いたイエバは「解った」と頷くレディを膝に戻した。
「勇者よ。時間をとらせてしまったことは詫びよう」
「始めるぞ」との言葉を合図に、タンスの上の飾り台に置かれたタクトがひとりでに浮き、ふよふよと直進して差し出した掌にとんと乗る。そうして呪文を詠唱すれば、イエバの背後に魔法陣が浮かび上がった。柔らかなオレンジ色の光を放つそれは少し肥大したかと思えば、その正面に青白い光を放つ小さな魔法陣が現れる。とたん、青白い光を放つそれを吸収するかのようにして消えていった。
『魔女』と呼ばれる者のなかでも、イエバ・カレスは最たる魔力を持ち合わせている。消費の大きな死者の魂の取り出しや定着化に伴う魔力の供給、魔法の力を強める等の付加価値をつけるよりかは、取り除く方が容易い。
「――これでお前の願いは叶えられた。さっさと帰れ」
「夜分の分は上乗せだ。それと、獣人の無礼は水に流してやる」
一枚の小切手をイエバの前へと滑らせつつ残りを内ポケットへと戻し、踵を返して投げ捨てた紙片を拾う。
「拾うだけマシになったな」
乱暴気味に閉められたドアを眺めたイエバはそう小さく吐き出して、タクトを元に戻した。刹那、腹に擦り寄るレディを抱え上げ、「片づけて寝るぞ」と額に口づける。レディは口づけに対して顔を綻ばせ、「寝る寝る!」としっぽを揺らした。