※この作品はR-18です。

その女勇者(魔王)、勇者に溺愛されています。   作:白千ロク(玄川ロク)

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(17)その女勇者(魔王)、騎士団に馴染みます。

 翌日からキーエルは手伝いに汗を流した。菜園の草むしりや水やりをし、厨房では野菜や果実の皮剥きをする。それはそれは上機嫌で。

 レガルドからは「傍にいるだけで十分だ」と言われたが、「それはできない」と突っぱねたわけだ。なぜだと言わんばかりの顔に対し、なにもしないでいるのは嫌だと、魔王城のことを思い耽って寂しくなるとぽつりぽつりと紡げば、「お前の好きにしたらいい。ただし、危ないことはするなよ」と折れてくれた。

 不承不承なのは眉間を寄せる顔から見て取れたが、「ありがとう」と礼を言えば、「他の奴にそんな顔をするな」と耳まで赤くさせて顔を背けてしまう。そしてその数時間後に、髪を纏めるためのコームやイルガのお古をくれたわけだ。最初こそイルガに教わりながらだったが、ひとつに纏めた髪をお団子状にするのももう慣れた。

 魔王城にいたときも勝手に手伝いをしていたので、こういうことはもとから苦ではない。ただし、魔王城では手伝いを終えればすぐに「キーエル様のお手を煩わせるとはなにごとか」と、手伝った相手がお世話係に叱咤されていたわけだが。キーエルはそれを認めて手伝いをやめてしまったという話だ。『自分のせいで怒られるのは嫌だ』という至極真っ当な理由で。

 

「少しいいか?」

 

 厨房の隅で鼻唄を歌いながらじゃがいもの皮を剥くキーエルに伸びたのは、レガルドの手である。背後から抱えるようにされ、ナイフが手近のテーブルに置かれるのを眺めることしかできない。

 

「勇者?」

「動くな」

「え、あ、うぅ……」

 

 耳にかかる吐息がこそばゆく、そして胸が高鳴る。キーエルは伏し目がちになりつつも、レガルドの言う通りにしていた。動けば気づかれてしまうだろう。この赤い顔に。だからおとなしくなるしかないわけだ。「キーエル」と抱きしめる腕に力が込められたとき、「団長、そこ邪魔ですよー」と厨房にいたひとりから声がかかった。

 

「あとは私たちがしますので、キーエルさんを連れていっても構いませんよ」

 

 「ならあとは任せた」と、レガルドは促されるままキーエルを抱えて歩き出す。慌てて赤面する顔を俯かせたキーエルはぎゅっと目を閉じた。最近の自分はおかしいと自覚している。レガルドに見つめられる度に胸の高鳴りが酷くなり、全身が熱くなるのだ。そうしてその折りに『このままではいけない』と考えつく。魔王が絆されてはいけない。好きになってはいけないのだ。――絶対に。

 首まで赤くさせて「うー」と小さく唸るキーエルを眺めながら、レガルドは執務室のドアを爪先で押し開けた。こうなることを見越してストッパーを置いておいたので、足で開けるのは容易い。

 ソファーへと腰を下ろせば、もう一度抱きしめる。今度は真正面から。レガルドは細い肩口に顔を埋めてほっと胸を撫で下ろしつつ、「は、離せって」と身じろぐキーエルのために腕を緩めてしまう。

 

「抱きしめられるのは嫌いか?」

「き、嫌いではない、けど……、勇者、はダメだ」

 

 「そうか」とぐいぐい胸を押すその手首を取り、まじまじと眺めた。「な……なんだよっ」と狼狽える声を耳に、ざらつく皮膚に目を細める。幸いあかぎれはないが、それも時間の問題だろう。いくらキーエル自ら望んだとしても、こうして潤いを失う肌を目の当たりにしては気持ちが揺らぐ。自由にさせてやりたいと思う反面、閉じ込めたままにしたい。

 湧いた黒い感情を打ち消すように、「なんなんだよ!」とキーエルが肩を叩く。吊り上げた眉に頬が緩み、飲み込まれてはいけないなと気を引き締め直したレガルドは、「離せ」と肩を叩き続けるキーエルを引き寄せた。――閉じ込める代わりに。

 

「バカバカっ! オレは離せって言ってるんだよ!」

「手荒れに効く薬を渡したはずだが、塗ってないのか?」

「面倒くさいからな! ルーさんに触れるときだって、べとべとだと嫌だし」

「なにが面倒だ。速乾性だからすぐに乾くだろうが」

 

 「まったく」と指先に触れた手を「触るな」と払ったキーエルは反転させられ、背中に温もりを感じることとなった。

 

「勇者っ!?」

「逃げようとするからだ」

 

 「お前が悪い」と肩口に顔を埋めると同時に、抱え直されてしまう。この甘い雰囲気に飲まれまいと、キーエルは声を上げた。

 

「勇者はっ、イエバのどこが嫌い?」

「この状況下でどうやったら魔女の話になるのか解らんな」

「イエバが来たからっ」

「……いつだ?」

「き、昨日。レディも一緒に」

「俺がいない間に誘い入れたわけか。なにをしたか言え」

 

 魔女を嫌っているとはいえ、なにも言われなかったのはそれだけ信用がないからか。一瞬で機嫌を損ねてしまったレガルドから紡がれた声は低く、そして腹に回した腕に力を込めれば、キーエルの躯が竦む。

 

「キーエル」

「イ、イエバの勇者嫌いの理由を聞いたら……、勇者に聞けって、言われたんだよ! でもっ、勇者に聞いてもイエバに聞けって言われるし、もうわけ解んねーよっ」

 

 自分が知らないだけで、ふたりには『なにか』があったのだろう。言えない男女の関係が。だから聞いてもはぐらかすのだ。

 そんなのは嫌だとちりちり痛む胸を握りしめ、レガルドを一瞥する。への字に曲げられた口から、「魔女の話はしなくていい」と短く吐き出された。

 

「そんなの無理」

「なら、話を変えるぞ。明日は一緒に出かけるからな」

「い、一緒ってどういうことだ……? 問題はないのか、それは」

「ティーパーティーに誘われているんだ。それに、たまにはキーエルを外に出さないと、魔女がうるさいからな」

「ゆっ、勇者がどうしてもって言うなら、行ってやるけどさ」

「なんだ、ティーパーティーは好みじゃないのか?」

「飲み食いは好きだけども! けど……、性別変わっちゃったし、それに、オレだけ楽しむのは、みんなに悪いだろ……?」

 

 ゴニョゴニョ話す言外に滲むのは想いだ。魔王城に対する。キーエルの周りにいた人々に対する優しさ。

 

「パーティーに参加したとして、魔王城の『みんな』はお前を責めるのか?」

「責めはしないな」

「なら、なにも心配することはないだろ。もしも責める奴がいたら俺が切ってやるから、安心しろ」

「ダメー!」

 

 慌てて振り返ったキーエルは、真っ赤な顔でレガルドを抱きしめた。「切るの禁止! 解ったら返事!」と、速まる鼓動をものともせずに。

 

「……お前の言う通りにする……」

 

 「だから離れろ」と引き剥がすのに必死なレガルドだが、それに気付いて動きが止まった。

 

「もう少し……、このまま、が、いい」

 

 「みんなに、会いたい」と小さく紡がれた声は震え、ふたたび抱き寄せた温もりはすんと鼻を啜る。

 キーエルは寂しさを募らせているのだ。もちろん――いまも。時折ひとり泣いていたことも知っていたが、「目にゴミが入った」と誤魔化されてはなにも言えなくなる。だが、その都度抱きしめて繰り返すのだ。付け入るように。優しく背中を撫でながら。

 

「――俺がいるだろ?」

「オレは……、勇者が嫌いなの」

 

 返る言葉はいつも同じだ。首まで赤く染めながら、いったいどんな顔をしているのか。

 緩く上下する肩を眺めるレガルドは、愛しそうに目を細めて「そうか」と溢した。

 躯を密着させられつつ。

 

 

 

 

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