その女勇者(魔王)、勇者に溺愛されています。 作:白千ロク(玄川ロク)
「準備はできたか?」
「こ……っ、こんな姿で外を歩けとか無理だろ!」
ティーパーティーだからパーティードレスかと思えば、普段着と変わらなかった。いや、より正確にいえば、普段着よりもフリルが多い。上着の袖や裾、膝頭が見えるスカートの裾にもフリルが踊っている。
レガルドやイルガは黒色を基調としたすっきりとしたデザインの騎士団服に身を包んでいるというのに、自分だけこんなフリフリでは目立つこと必至だ。「変えたい」と上着の裾に手をかければ、眺めていたレガルドが口を開く。
「気に入らないか?」
「気に入らないわけじゃないけどっ、ヒラヒラが多いんだよ。ヒラヒラが! 着るならもっと少ない方がいい」
「あら、私は可愛いと思うわよ」
「なら、イルガが着ればいいだろ」
「私には団服があるから着れないわ。残念だけれどね」
「それが嫌ならこれがあるぞ」
個室から引っ張ってきたであろう淡い色をしたパーティードレス。それこそフリルのオンパレードである。どこで見つけたのかは解らないが、首元も胸元も袖も裾もヒラヒラしていた。
「なんで多くなるんだよっ! そっちを着るぐらいならこれでいいわ! そんなビラビラなの着ないからな!」
「そうか」と戻しにいく後ろ姿を見入る間に、イエバの言葉が蘇る。その顔はなにかを考えるように真剣だった。
――私が勇者を嫌いな理由か。
いつもの診断と遊びに来たついでに聞いてみたのだ。前々から気になっていたことを。『勇者を嫌いな理由を聞かせてくれないか』――と。
『レディも嫌いだ!』
レディはキーエルの膝の上で丸まっていたが、『勇者』のひとことで毛を逆立てている。
『レディ、ああ見えても勇者は優しいんだぞ』
『優しくない! レディを脅したっ! キーエルは鬼畜に絆されてるんだ! だからレディが治してやる!』
『そうだな。レディの言う通り、絆されてるわ』
考えるだけでドキドキしてくるのだから、もうだいぶ毒されている。――離れたくないと思うほどに。
優しく毛を撫でれば、レディは甘く噛んでいた腕を離して項垂れてしまう。『キーエルはぁ』と少し寂しげに紡いで。
『……恋する乙女だ……』
『恋する乙女……?』
『の顔してる! 鬼畜に酷いことされたら、すぐにレディを呼ぶんだぞっ』
『ありがとう、レディ』
抱え上げたレディはにんまりと笑い、頬を擦り寄せた。『キーエルだから、レディは説得しないんだぞ』と。
『キーエルがあの男に『恋』をしているのならば』と、抑揚なく淡々と紡ぎながら隣に腰を下ろしたイエバの方はといえば、ぽんぽんと頭を軽く叩きそのまま肩へと導いていった。
『私から聞くより、それこそ本人に聞くといい』
『……聞けないから、イエバに聞いてるんだよ』
『私から言えるのはそれだけだ』
『イエバぁ』
『そんな顔をしても無駄だぞ、キーエル』
困った顔をして粘ってみても、イエバからは聞き出せずじまいで、結局、レガルドからもなにも聞き出せなかった。
ふたりに『なにが』あったのか。そればかりが気になってしまい、夕食も二杯しか食べられなかったのだ。レガルドは『もういいのか?』と驚いていたが、すぐに『なにかあったのか?』と心配そうな顔で頬に触れてきた。『なんでもない』とぶわりと赤くなる顔を背けて、キーエルは部屋に逃げ込んだのである――。
「忘れていた」
「勇者っ?」
「行くぞ」と腕を引かれた矢先、近づく顔にドキリとする。なにをするのかと固まっていれば、『隷属の首輪』が外されていった。キラリと光る赤い首輪は、下着のポケットへと無造作に押し込まれていく。
「な……、なんで首輪外すんだ?」
「これから会う男は、『隷属の首輪』を人に使うのをよしとしないからな。人型のウサバールやエルフも微妙らしい」
「そ……、そうなのか」
「解ったなら、行くぞ」
「あ、ああ」
繋がれた手に導かれた場所は、列車でも馬車でも馬でもなく正面玄関の前である。「どういうことだ?」と問えば、転移魔法で目的地の前まで飛ぶらしい。レガルドが修得した魔法は、こうしたところで活用されているようだ。列車や馬車や馬よりも確実で早くあるので、手段としては最良だろう。
「キーエル」と抱えられた一瞬で到着し、「ほあー」と感心したはいいが、目的地に気づいた瞬間「ほげっ!」と変な声が出てしまった。
「ティーパーティーってそういう……っ」
個人的なものかと思っていたが、目の前にある城を見るにそうではないのかもしれない。
ねこのルーさんが顔を出すショルダーバッグのベルトを握りしめれば、「そんなに緊張しなくていいわよ」とイルガが頭を撫でてきた。
「そんなこと言われても……」
「王子が相手なだけで、こじんまりとしたものだから」
「王子様!?」
「やだ、キーエルだって魔王様じゃないの」
「そうだけど、いまはそうじゃなくてだなっ!」
「話しはいいから行くぞ」
まさかこのまま行く気なのか。唖然とするがそのまさかで、レガルドは一歩一歩進んでいく。
「じ、自分で歩く……、歩けるからぁ」
「落ちないように気をつけろよ」
しれっとそう紡ぐが、言葉どおりに下ろす気はないらしい。目の前にいる門番は「レガルド様、いったいなにを……」と目を丸めている。話をつけていれば、門の向こう側から「お前なにしてるわけ!?」と声が上がった。その若い男は驚いたように口をぽかんと開けつつ抱えられたキーエルを端から端まで眺めると、「ああ、なるほど」と呟いてぽんと手を打つ。
レガルドがこんなに甘い態度になるのは、恋い焦がれてようやく手に入れた『魔王』だからか。導かれたその答えに、男はへらりとした笑みを浮かべる。
「気色の悪い笑みを浮かべるな」
「いやー、お前変わりすぎだと思ってさあ。おかしくて笑えてくるんだわ。その人が『魔王様』なんだろ?」
「は……はじめまして。えと……、キーエル・ロアデ、です」
「可愛いな」と目を細める男に会釈をしたキーエルは、「渡さないぞ」と引き寄せるレガルドに顔を赤くさせた。
「おれはリーザン・ルミリアン。魔王様にお目にかかるのは二度目ですね」
「ルミリアン……? なんか聞き覚えが……、あ! 一度パーティーで会った、かな……? ごめんなさい、あまりよく覚えてないんだ」
「大丈夫ですよ。こちらもパーティーで会った人の覚えは悪いですし――いちいち覚えてらんねーよな。なあ、キーエルさん」
「そうそう、そうなんだよ」
部屋に着くまで話が盛り上がり、すっかり打ち解けたふたりであるが、反してレガルドの表情は固くなっていった。いまは無表情のまま紅茶を飲んでいる。イルガからは「気にしなくていいから」と言われても、気になるのだからしかたがない。もちろん、リーザンが話す内容にも耳を傾けることを忘れなかった。
レガルドとイルガは同郷で、リーザンとは寄宿舎時代に友人となったらしい。三人は同室だったこともあり、絆を深めるのに時間はかからなかったようだ。そんなリーザンの話に、イルガが相槌を打ったり訂正したり話しに加わったりとしている。
自分が知らないレガルドを知ることができてにこにこ顔のキーエルは、無言を貫く隣を見上げる。少しでもレガルドの口からなにか語られないのかと、窺うように。しかし瞳に映ったのは無表情のままの男であり、カップにヒビが入った瞬間だった。
「勇者! カップ割れるぞ!」
「割れたな……」
軽快な音を立てながらふたつに別れるカップから中身が溢れ、レガルドの下着を濡らす。熱さに眉を顰めただけの男に対し、キーエルの方が慌て出した。
「大変だっ! ハンカチ濡らしてくるから待ってろよ!」
ショルダーバッグを手に部屋を飛び出すが、「待て!」との制止を聞かずにである。レガルドは身を乗り出したまま固まるしかなかった。しかたなしに伸ばしたままの腕で回復魔法を発動させ、じんと残る熱さを消しつつ下着の汚れも消し去る。ついでに汚れた絨毯も割れたティーカップも修復しておいた。
「あらあらー。いくらなんでも、キーエルは慌てすぎよねー。そんなに慌てなくとも魔法でどうとでもなるのにさ。まあ……、空気を察した可能性もあるけれども」
「そうだぞ、そうだぞ。お前無表情怖いんだよ。さっさと直せ」
「うるさいぞ。そもそも、お前が俺の機嫌を損なわせた元凶だ」
「どこらへんが?」
「その能天気さも含まれてるんじゃない?」
リーザンは「おれのどこが能天気なんだ」と否定するように手を振るが、そういうところが能天気なのよとイルガは呆れる。王子なんだからもう少し空気を読めよと。
どうしたものかとレガルドに視線を遣るが、今度は眉間に皺を寄せていた。見るからに機嫌は悪くなる一方だ。自分ではケンカを止めるぐらいしかままならないだろう。居心地の悪さに対し、イルガは可愛いものを思い浮かべるという現実逃避を始めたのだった。
――レガルドにしてみれば、『会わせろ』と言われたから会わせただけなのだ。それ以上の深い意味はない。それだけなのに、打ち解けるのが早すぎやしないか。いくら同じ話題があるからといっても、やはり早すぎる。自分には見せない笑顔を引き出せるリーザンをいますぐにでも八つ裂きにしてやりたくなるのは、心が狭い証だろうか。キーエルのこととなるとすぐに嫉妬してしまうのが、レガルドの最大の欠点であろう。
「だから睨むなって! ちびるから! そうだ、癒しがいるな! 癒しはキーエルだ!」
「わけの解らないことを言うな。キーエルは俺のものだ。お前には触れさせない」
「いやいや、お前のことだから『隷属の首輪』の力でも使っているんだろ、どうせ。んで、毎日ヤりまくってんだろ? ほんとやめてよ、そういうのは――」
「人道に反するから」との言葉を聞くより早く、発動させた魔法により吹き飛んだリーザンは壁に打ちつけられてずり落ちていく。
「ちょっ……、なにしてるの!? やめなさいよ!」
大きな音になにごとかと足早に駆けつけたキーエルは、覗き見た部屋の光景に愕然とした。大きくへこんだ壁の下で、リーザンに馬乗りになっているレガルドの姿に目を丸める。「ふざけるな!」との声が響くが、それは届いていなかった。探し出したトイレの洗面所で濡らしたハンカチが滑り落ちたのも気づかずに、キーエルはその場から走り去ってしまったのだ。城の外まで、がむしゃらに。
「なんで……、なんでっ」
いつのまにか降りだした雨に体温が奪われていき、限界だと感じたキーエルは道に並べられた長椅子にふらふらと近づいてひとり座った。肩で息をしながらも、ショルダーバッグからねこのルーさんを取り出して眺める。片眉を上げた怒った顔の黒猫も、雨に打たれてすぐに色を変えていった。
「あ……は……、は……、オレには、ルーさんしかいなくなっちゃった」
渇いた笑いを浮かべながら、馬乗りになったレガルドの後ろ姿を思い出す。だから機嫌が悪かったのかと理解してしまった。と同時に、抱きしめてくれる温もりも失ったのだ。そして自動的に、帰る場所もなくなってしまった。火傷をしたら大変だと、その思いだけで動いた自分はなんと滑稽なんだろうか。
失って解ったが、『初めから温もりなんてなかった』と改めなければならないであろう。レガルドはあの王子を好いているのだから。押し倒すほどに。だから自分と話すことを嫌がっていたのだ。――無表情になるほど。
こうなる前に、もっと素直になっていればよかったのだろうか。「キーエル」と触れてくる温もりに、身を任せればよかったのか。いや、いくら素直になったとしても、レガルドは王子に想いを寄せているのだから自分を見ることはないだろう。たとえ身を任せたとしても。
「好き……っ、好き……なのにっ……」
こうなって溢れる気持ちに気づいても、意味がない。遅かったのだ。遅すぎたから、こんな結果になってしまった。
近くにいるのに、届かないのがこんなに悲しいとは思わなかった。こんなにも胸が苦しくなるとは解らなかった。
悔しさや悲しさや苦しさ――いろんなものがない交ぜになり、涙が溢れて止まらない。拭っても拭っても、ボロボロと頬を伝っていく。手の内にあるルーさんにも。
「勇者ぁ」
いつも隣にいた愛しい人も、与えられた温もりも、すべてが幻だったと気づかされた。残酷な形で。だが、隣にいてくれたことも抱きしめてくれたことも、それらはきっと、不安にならないようにとの心遣いだったのだろう。
どんなに機嫌が悪いような顔をしていても、結局彼は――優しい人なのだから。