その女勇者(魔王)、勇者に溺愛されています。 作:白千ロク(玄川ロク)
「どういうことだ!」
寝台に寝かせたキーエルを横に、勇者は眉を吊り上げる。その様子に、キーエルの足元に腰を下ろす女はふんと鼻で笑う。足を組ながら、片手に持つタクトをぺしぺしと掌に当てていた。
「どうもこうも、魂は定着しておるから問題はない。ただ魔力が足りないだけだ。まあ、キーエルならすぐに回復するからな、さしたる問題にもならんが。それよりも、目覚めてすぐにことに及ぼうとするお前の神経の方が解らんな。ああ、言い忘れていたが、倒れた理由は緊張によるものだ」
「魔力が足りないのは、お前がいただいたからだろうよ。――古の魔女」
「仕方なかろうて。いま一番の好みはキーエル・ロアデの魔力よ。他のはどうも波長が合わん。お前の魔力も例外ではないぞ」
「俺はお前が嫌いだからな」
「私も同じだ」
「退け」と魔女――イエバ・カレスを押し退け、レガルドはキーエルの髪を撫でてそこに口づけた。
「大丈夫だ」
「外道と言われるお前がデレデレか。気持ち悪いな。こっちは吐きそうだよ」
「お前に言われたくはない。用は済んだ。さっさと帰れ」
「まだ治療分のエルドをいただいてないぞ」
「キーエルの魔力で十分だろうよ」
「……仕方がなかろう。今回はツケておいてやる、ありがたく思え」
青筋を浮かべた勇者に睨まれ、魔女は片手を腰に添えながら嘆息を吐いた。「またなにかあったら呼べ」と言い残し、その場から消える。
髪を撫でるレガルドの手は唇に滑り、柔らかな唇を撫でてからそこを塞ぐ。押し当てた唇が離れれば、キーエルの瞼が開いた。ぱちぱちと瞬きを繰り返すキーエルに、レガルドは笑みを浮かべる。
「おはよう」
「……あ、れ……? どうしたんだっけ? あー……、そうか、倒れたんだ……。って、お前はなにしてんだよ!」
顔中にキスの雨を降らせるレガルドの肩を押すが、やはり退いてはくれない。「触るな」と暴れようが、レガルドはちゅっちゅとキスを繰り返してくる。
「勇者っ!」
「なにを嫌がることがあるんだ」
「お前の全部が嫌いだ。いいから早く退けよっ」
「無理だな。俺はキーエルを離すつもりはない。微塵もな」
赤く染まる頬に唇を落とし、「変態ー!」とがうがうと吠えるキーエルの唇を今度は強引に奪う。
「ん、んー!」
レガルドは離すまいと後頭部に手を差し込み、深く唇を重ねてくる。押し入った舌が絡められて濃厚なキスが始まると、キーエルの手が肩を滑り落ちた。震える手で必死にシャツを握りしめるいま、レガルドのキスに翻弄されるだけだ。そして、解放されたのは五分後であった。
「は、ぅ……う」
蕩けた顔で酸素を求めるキーエルの唇をレガルドは舐め、また唇を押し当てた。
「んぅ!」
「エロいな」
「誰の所為だ! 変態が!」
唇を拭いながら吠えれば、腹の虫が騒ぎだす。盛大な音にレガルドは笑いを堪えながら「なにか食うか?」と問うた。震える肩にはキーエルの視線が注がれるだけだ。
「いらねーよっ」
「遠慮はいらん」
「遠慮なんかじゃねーよ!」
フイと顔を逸らすなか、腹の虫は暴れまわり続けている。
「仕方がないな。飯を食うか、俺にキスをされるかの二択だ。どちらを選ぶ?」
「最悪な一択が混じってんな。どっちも選びたくない」
「また倒れたらどうするんだ?」
「倒れないし」
「まったく」
はぁと短いため息を吐いたあと、レガルドはキーエルの腕を取った。躯を起こしてからも腕は掴んだままだ。
「な、なんだよ……! 手を離せっ」
「三年も寝てたんだぞ。魔女の力とキーエルの魔力とで生命の危機はなに起こらないとはいえ、起きたならちゃんと食え」
「だからいらないっての!」
「キーエル」
抱きしめてくるレガルドを引き剥がそうとするが、髪を撫でられてしまい怯んでしまう。
「なんでそんなに意固地なんだ」
「……オレは、魔王だ。だから、オレを殺したい奴なんて腐るほどいる。食事に毒物を仕込むことだってあるだろ」
髪を撫でていた手が腰に回り、あろうことか耳にキスをされるが、その心地よさにキーエルはぽつぽつと話していた。ここまで意地を張る理由を。
「騎士団で毒草や毒物を使うには俺の許可がいる。倉庫にはカギを付けてあるし、結界魔法も施してあるから簡単には持ち出せない」
「そんなの、詭弁だ」
「お前を殺そうとする奴がいるのなら、俺がソイツを叩き斬るからなにも問題はないだろう。――俺がお前を守るよ」
「っ……」
耳元で囁かれる言葉に、キーエルの顔は赤く染まる。しかしそれは、プライドを傷つけられただけだった。
「お前に……っ、勇者に守られるのだけはごめんだ!」
男としては好きな子を守りたいのだ。そして魔王として勇者に守られるのは、敵に支配されているも同然だろう。そんなことになれば、慕う部下たちに示しがつかない。それだけはなんとしても阻止しなければ。
レガルドの胸を押した勢いのまま寝台から抜け出るが、キーエルは扉の前で動けずにいた。足を動かそうとするが、動かない。
「聞いていなかったのか? 俺はキーエルから離れる気はない」
背後から刺さる視線もゆっくりと聞こえるその声も、もはや恐怖しか生まない。この場から逃げたいが、呼吸が荒くなるだけだ。
寝台が軋む音のあとに、後ろから手が伸びた。すぐに顎に触れて上向かせられる。体格差か身長差からか、それこそ簡単に。レガルドの瞳とぶつかり、「な、に……した……」と漏らす声を溶かすように唇を塞がれてしまう。
「たかだか行動制限魔法を使っただけだ」
「な……っ」
「逃げる気なら追いかけて捕まえてやる。逃がさない。絶対にな」
「ん……うぅ……」
何度も唇を重ね、口内を犯すレガルドに、息も絶え絶えのキーエルは涙ながらに訴えた。「嫌だ」と。
口端から滴る唾液を舐め取り、当のレガルドは口端を上げる。ゆっくりと。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
「んっ……ゆ、しゃ……、や、だ……」
「俺から離れようとするのが悪い。逃げられないように囲ってやるよ」
「ふざけんな……っ! ――あ、あ……!」
言うより早く、『隷属の首輪』がキーエルの首にかかる。パチリと高い音をあげて施錠されたらしい赤い首輪がキラリと光っていた。レガルドは満足そうにそれを撫で上げながら、ふたたびキーエルの唇を舐め始めた。
「っふ……」
「よく似合っているな」
『隷属の首輪』は登録された『主』以外取り外すことが困難なアイテムである。購入するには身分証明や諸々の書類提出がいるが、英雄と讃えられるレガルドなら、それこそ簡単に手に入るだろう。主に建築現場などで『力のあるモンスターを支配する』ことに使用されるが、レガルドのように邪な考えを持つ者もいた。
「うぅうーっ」
言葉にならない屈辱的な行為にキーエルはふたたび泣き出すが、レガルドはその涙を舐めて口づけた。
「ふ……っ、ぅ……」
始まる濃厚なキスを受け止めるしかなく、震える躯は憎きレガルドに支えられている。プライドはもうズタズタだ。
「ゆ、しゃぁ……」
「いいか、キーエル。俺から離れるのは許さないからな。解ったのなら返事をしろ」
「勇者なんか、嫌いだ……」
ボロボロと泣き続けるキーエルの涙を拭いたレガルドは行動制限魔法を解いて、抱き上げた。
「毒は入ってないからちゃんと食え」
悔しさに唇を噛みしめたキーエルにそう放ち、部屋を出る。その顔を綻ばせながら。