その女勇者(魔王)、勇者に溺愛されています。 作:白千ロク(玄川ロク)
「勇者、勇者ーっ」
厨房を抜け出てばたばた駆け寄るキーエルは、抱きつきながら「皮剥き終わったぞ!」と嬉々として報告する。そして抱きつかれたレガルドの方はといえば、「そうか」と返すがら捲った袖から覗く血色のよい腕の眩しさに視線を逸らした。たとえ腕だけでも、性欲に忠実な躯を持て余すのだ。「離せ」と肩を押すが、キーエルは「嫌だ」とますます密着させ、思考を鈍らせていく。「あのな」と眉を顰めるレガルドであるが、がばりと柔らかな躯を抱きしめるのに時間はかからなかった。すぐさま「えへへー」と頬を緩ませるキーエルに、「笑うな」とぶっきらぼうに返す。
「いやー、だって嬉しいしー」
「こうやって触れてくれるの、すごく嬉しい」と、素直に、けれども惑わす如く紡ぐキーエルは緩んだ頬を擦り寄せていた。もう限界だと言わんばかりに引き剥がし、イスに座らせるのは半ば無理矢理である。きゅっと裾を握りしめたのは、『ここにいるぞ』と知らしめるためだ。
ここ三日ほど前から食堂の一角はレガルドが占領しており、テーブルの上にはこうしてところ狭しと紙が広げられている。図書館や魔女たちが持つ蔵書を許可を得て複製したものであるが、余白は走り書きで埋められていた。訂正や修正を示しているだろう赤や青色の文字も多い。
それを横目で窺うキーエルは、下顎に手を添えて「この魔法陣は古代魔法のものだな」と紡ぐ。「解るのか?」と目を丸めるレガルドに対し、キーエルは「待て待て、勘違いするなよ!」と慌て出した。
「解るといっても、オレが解るのは『古代魔法の魔法陣』だってことだけだからな。父様が使ってたから解るだけで、詳しいことはなにも解らない。父様はじい様に教えてもらったみたいだし。でも、どうしたんだよ? いきなり古代魔法について調べるなんてさ」
「気になることがあるだけだ」
「気になること?」との上目遣いの問いに返事はなかったが、「オレも手伝いたい!」に返るのは「ダメだ」の一点張りだ。
「手伝うったら手伝うんだ!」
「騎士団の手伝いで十分だ」
「勇者の役に立ちたいの!」
「それこそ、十分すぎるぐらいに役立っているぞ」
負けじと返すが、頭を撫でられてしまえば頬が緩む。だがしかし、いまは違うとキーエルは頬に手を添えて、もごもご口を動かしていく。
「そう言ってくれるのはありがたいけどさ、オレはもっと役に立ちたい! 騎士団の人たちは優しいからなにも言わないけど、魔法も剣術もダメダメなオレなんか勇者の隣に立つことは許されないんだからなっ」
「それは逆だぞ、キーエル。お前が魔王のままであったなら、俺は寄り添うことも、ましてや触れることもできなかったんだ」
恭しく片膝をつき、引き寄せた手の甲に唇を寄せる。騎士が忠誠を誓うようなその姿に、キーエルは顔を真っ赤にして固まった。
「な……、な……にっ……、してっ」
「傍にいてくれるだけで、俺は幸せなんだよ」
もう一度口づけるレガルドから手を引き抜いたキーエルは勢いよく立ち上がると、「勇者のバカぁ!」と吐き捨てながら走り去っていく。
部屋のドアを勢いよく閉めたと同時に床にへたりつつも、熱いままの頬に手の甲を添えた。
「……オレも、幸せだし……」
小さく言って寝台に上り、並べたねこのルーさんを抱きしめた。全体的に少し汚れてきているので、そろそろ洗濯をするときだろうか。
レガルドが幸せだと言うのなら、自分も幸せだ。しかしそれとこれとでは話が違う。人の目がある食堂でなにをしているというんだ。レガルドが平気であろうと、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「うー」
唇を尖らせたまま「勇者のバカ」とふたたび紡いで、うずくまる。早く熱が引くようにと。
◆◆◆
キーエルの後ろ姿――流れる髪が消えるのを眺めたレガルドは、小さく息を吐いた。そうして紙の上――古代魔法の魔法陣へと睨みつけるように視線を移す。
「つまりは、先々代魔王は何者かに古代魔法を教えたわけか」
顎に手を添え、自分ならと考える。教えるとしたら、護衛に関わるものか、自身に
「――少し休憩しましょうか」
「強制的に、だな」
「そうよ、強制。アンタの顔、怖いもの。その顔のままだと、キーエルが怯えるわよ?」
紅茶とクッキーを運んできたイルガは、隣のテーブルに腰を下ろした。キーエルに絡められると弱いのは周知の事実であり、レガルドは苦々しげに舌を打つだけで素直に従うしかない。
「魔王城に変化はないか?」
「ええ、相変わらずね」
魔王城近くに張り込ませた人員から得られた情報は、当初より変わらず『変化なし』らしい。やはり結界魔法が難点になっているようだ。
「魔法陣の解読は八十パーセントといったところだな」
「さすがのアンタでも手こずってるのねー。秀才とでも呼ぼうか、ソイツ」
「言う通り秀才だろうよ。気に入らないが」
誰もが考えなかったことを成し遂げたのだ、秀才と言わざるを得ないだろう。だが、ぶち壊しさえすれば、なんら意味はなくなる。小賢しい真似など、
「まだ少し時間はかかりそうだが、その前にやることをやらなければな」
「ああ、確かに頃合いかもね。――って、アンタ顔赤いわよ。まったく、いい加減妄想で赤面するのやめなさいよ」
「うるさい」
顔を隠すように腕を宛がうレガルドに、イルガは呆れていた。なにを考えているのか解ってしまう自分にも。目の前の男の頭には、満面の笑みのキーエルがいることだろう。
「アンタの妄想通り、喜ぶんじゃないの」
「そうだといいがな」
腕の下から覗く瞳は細められ、隠されていない口元は緩んでいる。本当にこの男はキーエルに弱いようだ。
「会いたかった人にようやく会えるんだから、大丈夫よ」
イルガの言葉を聞きながらカップを口に運んだレガルドは、嘆息を吐く。忌々しげだとでも言いたいらしい。
「アイツらには会わせたくないが……、しかたがないか」
「あの人たちもアンタに会いたくはないでしょうね」
「お前はあとで調教部屋だ」
「あら、久しぶりに汗を流そうかしら」
カラカラ笑うイルガに舌を打ちつつ、レガルドは席を立つ。「キーエルの様子を見てから、魔女に会いに行く」と。
さっさと食堂を去る靡いた服の端を、イルガは不服そうに眺めていた。
「また、飲みかけ」
どうせなら全部飲んでから行きなさないよとひとりごちながら。
◆◆◆
キーエルの躯からは一向に熱が引かない。それは思い出してしまったからだ。一ヶ月と少し前のことを。初めて抱かれたその日から、もうそれほどの時間が経っていた。次の日は寝台と友人関係を築いていたが、それがいけなかったのか、いまではキスと前戯からの素股である。キスだけで腰砕けになる自分では、最後までしろと強く言えないでいる。
思い出せば思い出すほど、甘ったるい雰囲気に躯が蕩けそうになりつつあった。どうにかこの熱を引かせたいが、しかし方法が解らない。いや、ぼんやりとは解っているが、その方法が正しいのかが解らないのだ。男のときもあまり処理はしなかったのだから。元々淡白だったのだろうが、いまは違う。レガルドのことを少し考えただけで躯が疼いてしまう。スカートの裾を握りしめながらもじもじ堪えるのはもう辛い境地でしかない。
「う、うぅ……」
こういうときには自分からいくのが正しいのか、それとも待つのが正しいのか。正解はどちらだろう。解らないから怖い。
どうしたらいいのかと考えている間にドアの開く音が聞こえて反射的に腰を浮かすが、ぺしゃりと寝台にへたりこむ。どうやら足が震えてうまく動かないようだ。
「なにをしてるんだ?」
「ゆーしゃぁ、も……やだぁ」
ボロボロ涙を溢すキーエルにぎょっとしたレガルドは、慌てて駆け寄り「どうした?」と優しく抱き起こした。
「躯……、変になったから、触って」
「俺はこのあと魔女のところに行くつもりだが」
「す、少しで、いいからっ」
「少しだけというのは無理な話だ」
荒々しく重なる唇が、その答えだろう。すぐさま交わる舌に躯の疼きが強くなり、キーエルは震える腕を首に回して口づけを深くする。何度も角度を変えて交わりを深くしてきた舌に思考も躯も溶けていた。
「……はぁ……、ん」
「その顔を他の人間の前でするなよ」
「するわけない、だろ……。ゆーしゃ、以外とこんなこと……っ、しない」
背中から覆い被さりながら服をたくし上げるレガルドの言葉に、キーエルは「もうっ」と眉を吊り上げる。
「心配なんだよ。可愛すぎるからな」
「っ……ん、ゆーしゃ、はぁ、カッコいいぞ」
肌を滑る指や舌に翻弄されるままでも、「ここ、触って」と強く疼くそこに導いた掌は、無情にも離れていってしまう。飢えたことで萎えてしまったのだろうかと振り返れば、伸ばされた腕のお蔭で胸が形を変える。指の間から溢れる柔肉がその証拠だ。
「ふぁっ!?」
「そんなにがっつかなくとも、可愛がってやるから安心しろ。いまは前戯に集中してくれ」
「んぁっ……、あ……っ、ゆーしゃっ、は、オレが飢えたからぁ、萎えたんじゃ……」
「そんなわけないだろ」
背中に押しつけられる固いものに口元が緩み、「今日は、最後まで、して……?」と潤んだ瞳で乞うた。解っている。躯を気遣われていることぐらい。けれど、最後までしてほしい。自分だけ気持ちよくなるのではなく、一緒に気持ちよくなりたい。だから、とキーエルは懇願する。
「――気が向いたらな」
一蹴するかのように柔らかく笑ったその唇でふたたび肌を貪られ、半開きの口からは嬌声が絶え間なく漏れていた。胸の先を弄る指に、首筋に這わされる舌に、なにより――股の間を行き来する陽物に狂わされていく。そこを擦られる度に感度が上がっていくような感覚さえある。
「ゆーしゃ、ゆーしゃぁ、らめ、擦れりゅのっ」
「あまり力をいれるな、キーエル。肌触りがいい分、すぐにでも出そうになる」
「ごめ、にゃさ……っ、ひっ、やっ、あぁっ!」
言われて力を抜けば、強く擦られて躯が跳ねる。ぬちゅぬちゅ響く水音のなか、キーエルは何度も躯を跳ねさせ、レガルドは愛を囁いていた。お互いに近づく昂りに眉を寄せながら。
「顔っ、ゆーしゃの、顔、見たいぃ、見しぇてぇ」
「ん……、ほら」
くるりと躯の向きを変えられたキーエルはしがみつくように腕を回し、「ゆーしゃぁ」と笑みを溢す。耳元に近づけた唇が溢すのは、「しゅきぃ」という言葉であった。
「ああ、俺もだ」
そう言って唇を重ねたのち、キーエルは躯を震わせ、レガルドは白濁を肌に散らしていく。
「ゆーしゃ、たくさん、出た」
「言わなくていいことを言うんじゃない」
主に腹を汚したそれを指で掬うキーエルに対し、耳まで赤くさせたレガルドが「おいっ」と腕を掴む。少しでも遅れていれば、口元に添わされた指に舌が這っていたことだろう。
「なにをしてるんだ」
「ぅえ……、なにって、ゆーしゃの味、覚えようと思って」
「味……?」
きょとんとしながらなにを言ったか。訝しげな顔をするレガルドに、キーエルは柔らかな笑みを浮かべる。
「口で気持ちよくしてあげたいなーって」
「そんなことはしなくていい!」
騎乗位ばりの姿のキーエルを抱きしめれば、思わず擦れてしまったのか「ひゃう!」と躯が跳ねる。「悪い」と腕の力を抜けば、「ら、いじょぶ」と唇を重ねた。
「オレだけ気持ちいいのはぁ、ダメ、だから……」
「俺の方も十分気持ちがいいから、変な気をまわさなくていい」
「でも……、中と外じゃ、気持ちよさが違うだろ……?」
「経験がないからよく解らないけど」と溢したキーエルの横髪を梳くレガルドは、目を見張る。「魔王のときに経験はなかったのか……?」と。
「うん……、恥ずかしながら。その、なんというか……、自分ではしてたけど……、そんなに回数は多くないというか……、そりゃあ、誘われはしてたけど、自信がなくて……」
「誘いを断っていた」とモゴモゴ紡ぐキーエルは気がついた。レガルドの手が止まっていることに。
「勇者……?」
いままで経験ゼロはやはりおかしかったのだろうか。見上げるその瞳は不安げに揺れていたが、腰に回されている腕に力が込められて蕩けていく。
「可愛すぎだ、アホ」
「呆れてたんじゃないのか?」
「呆れる要素がどこにあるんだ?」
「勇者が初めてだったところ、だろ……?」
「どうしてそうなるんだ。キーエルの『初めて』は、俺のためにとっておいてくれたんだろ?」
「結果的にはそうなるけど……、誘われてるのに食わないなんてバカな奴だって思わないのか?」
「いいや。俺に捧げてくれたことを誇りに思うよ」
あのとき――『初めて』を捧げた日と同じように「ゆーしゃぁ」と胸に抱きつくキーエルの額に唇を寄せ、微笑む。「愛してる」と囁いて。
返る言葉は「――オレも、勇者のこと愛してる」だ。もちろん、極上の笑みとともに。
――それに『反応』してしまうのは男の性だろう。
「もう一回な」
頬を緩ませたキーエルは、啄むように唇を貪り始めた――。
「まさか純潔を守り続けていたとは思わなかった」と小さく溢すレガルドが引き剥がしたシーツに巻かれたキーエルは、横抱きの格好で『聖水の間』へと運ばれていく。始めこそ「ひとりで大丈夫だ」と言ったキーエルだが、歩き方はヘロヘロであった。狂わされる素股が続けば、平衡感覚が失われるらしい。「アホ」とここで呆れられて腕を引かれ、「ちょうどいいな」とシーツの端に手をかけたのだった。
「俺ができるのはここまでだ。着替えを置いたら出るぞ」
「ん……ありがと。それと」
「いってらっしゃい」と、キーエルは仄かに染まる頬に唇を落とした。即座に「すぐに戻る」と、頭を撫でられたのは言うまでもない。