その女勇者(魔王)、勇者に溺愛されています。 作:白千ロク(玄川ロク)
スープを三杯、丸い形をしたパンを五個、レゴンの実を二皿ほど綺麗に平らげたキーエルは、レガルドの胸に躯を預けてコップの中に残る水を飲み干した。
「はー、うまかったぁ」
コトリとテーブルに置かれたコップは、すぐに片づけている団員へと渡される。心なしか彼女の目が蕩けて見えるのは、レガルドに好意があるからだろう。四十八番目に建てられたこの騎士団――四十八の騎士団にいるのは、男女ともに英雄だと謳われているレガルドに憧れを抱いているのだ。そして誰も彼も少なからずMっ気があった。レガルド自身は団員にさして興味もなく、ただの『駒』として利用していたりもするが、それがまた堪らない。憧れているレガルドになら、冷たくされても文句はなかった。
「腹は膨れたか?」
「おう。腹いっぱいになった。満足満足」
「なら戻るぞ」と抱えあげるレガルドに、キーエルは「はぁっ!?」と驚きの声をあげる。「なんだ?」と眉を寄せるレガルドの言葉に被るように、キーエルはそのまま口を開き続けていく。
「いちいち抱き上げなくていいし!」
「お前が逃げたのが悪い」
「そ、傍にいるって言った! さっき言った!」
「解った解った。――これでいいな?」
呆れながらレガルドはなんだかんだでキーエルをその場に下ろしてしまう。すぐにがっちりと手を握りしめられるが、抱き上げられるよりはマシだ。しかし――。
「いい……けど」
恋人のように繋ぐのはなぜか。
自分たちは『魔王』と『勇者』――『倒される者』と『倒す者』という相容れない関係であり、恋人ではない。レガルドが変態なのはいまに始まったことではないが、また変態行為に出る気なのだろうか。
「なにか不満があるのか?」
困惑が顔に出ていたのか、さらに眉間に皺を刻ませる。怒らせたら堪らないと、キーエルは慌てて「不満なんかない! ありませんっ!」と横に頭を振った。
「行くぞ」
引き摺られるようにして連れてこられたのは、レガルドの自室だ。奥に置かれた寝台に投げられたが、「なにすんだ!」と一拍間を置いて起き上がる。
理由もなく投げられるのは納得がいかない。そう口を開く前に、立ったままのレガルドにぺちりと軽く額を叩かれてしまった。ついで頬をつままれれば、目を丸めるしかない。しかしすぐに「な、なんだよ」とたじろぎながらレガルドを見つめた。なにかされるのではないかと身構えるが、頬をつままれたままだ。
じっと見つめ返す瞳が細められた瞬間、手が離されて肩を押されてしまう。ぽふんと軽く寝台に倒れたキーエルは、天井を眺めて視線を動かす。レガルドを見遣れば、ふたたび手が伸ばされた。
「寝ろ」
「は?」
「目覚めたばかりだからな。それに魔力も足りないようだから、あまり無理はするな。いくらすぐに回復するといっても、無理をしたら意味がないだろう。解ったならさっさと寝ろ」
「そんなこと言われたって、眠くないんですけど」
「横になっていれば眠くなる」
「だからさっさと寝ろ」と無理矢理布団に押し込まれるが、寝られるのかさえ解らない。満腹ではあるが、目が冴えているのだ。寝られたとしてもいまではないだろう。
「勇者~」
「飲み物がいるなら、そこの冷蔵庫で冷えてるからな。好きなように飲め」
戸惑いを声に乗せても聞き入れてはくれない。「なにかあったら呼べよ」と頭を撫でて、話も聞かずに部屋を出ていくレガルドにため息を吐く。
「……眠くないって言ってるだろ」
「人の話を聞けや」と小さく呟いたキーエルは、それでも布団を被り直した。掛け布団の中に敷かれた毛布が鼻先に触れる。
こうなってしまっては、部屋から出たら間違いなく怒られるであろう。変態行為をされるぐらいならおとなしくしていようと、硬くもなく柔らかくもない枕に頬を寄せる。
鼻腔をくすぐるレガルドの香りに眉をひそめながら目を閉じるが、眠気が襲ってきたのはそれから結構な時間が経ってからであった。