※この作品はR-18です。

その女勇者(魔王)、勇者に溺愛されています。   作:白千ロク(玄川ロク)

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(7)その女勇者(魔王)、甘いものに弱いのです。

 「キーエル」と、自身の名を誰かに呼ばれているらしい。誰だろうかと微睡みから浮上したキーエルは徐に瞼を押し上げた。明るさに少し眩み手を翳すが、伸ばされた腕が視界の端に映り、そちらに視線を遣る。と、額に乗せられた手は熱くもなく冷たくもないと感じる温度だ。

 

「ん……、なに……?」

「熱はないようだが、大丈夫か?」

「あ、え……、その声、イエバか……?」

「ああ。様子を見に来たぞ」

 

 起き上がったキーエルは、目尻を擦りながらイエバを眺める。一見なら冷たい印象を与えてしまうであろう美人と言える顔の下は、いつも白と黒を基調とした服装をしているが、今日は差し色らしい赤いリボンが襟元から覗いていた。全体的にかっちりとした衣装を好んでいるらしいが、凛とした姿と相まってとてもよく似合っている。

 

「それは……、わざわざありがとう」

「その首輪は――……、さすが外道。ゲスい奴だ」

 

 キーエルの首もとに光る首輪に目を細め、苦々しい顔になる。やはり考えたとおりになったなと。

 

「いや……でも、なにもされてないぞ?」

「馬鹿者。いまはよくてもあとは解らんだろうが。あの外道がなにもしないままのはずがない」

「ひっどい言われようだな」

「アイツの行いは酷いからな。危険だと感じたなら、私のところに逃げてこい」

「そうするよ」

「ああそうだ、見舞品だ。渡し損ねるところだったな」

「あ、それ……!」

「ショコラだ。お前は甘いものが好きだろう?」

 

 肩の位置まで持ち上げられた手提げ袋に書かれている店名は有名なところであった。そのお蔭で少々値段が張るが、甘く溶けるショコラには値段以上の価値があるだろう。見た目も美しく、時には遊び心もある。

 

「わー! ありがとう、イエバっ。いま食ってもいいか?」

「いちいち私に聞かずとも、それはもうキーエルのものだからな。どうしようが好きにしたらいいさ」

 

 膝の上に置かれた手提げ袋から取り出した箱は輝いて見える。これが六粒入りだと解るのは大きさゆえだ。

 丁寧にラッピングを開封して蓋を開ければ、四角いショコラがお目見えする。香る匂いだけで頬が緩んでしまっていた。

 

「うまそう」

 

 急いで一粒口に運べば、横に立つイエバは口元を緩ませる。呆れたように、けれど優しさを滲ませた声が降り注ぐ。

 

「子供だな、キーエルは」

「まぁ、イエバよりはな」

「それを言うな」

 

 「悪い悪い」と謝るキーエルはもうひとつショコラを摘まんだ。刹那、ドアが開き、レガルドが顔を覗かせる。

 

「魔女がなぜここにいる。さっさと帰れ。邪魔だ」

 

 ムッとした声とともに眉を寄せてあしらうが、イエバも引くことはない。自身の長い灰色の髪を肩から払いつつも、空いた手を腰に当てる。

 

「私は見舞いに来ただけだ。ガタガタ抜かす暇があるのなら、行いを改めた方がいいぞ。――鬼畜よ」

 

 「お前もな」とレガルドは鼻で笑いながらキーエルに近づく。手の内にある箱に、眉間の皺が深くなった。

 

「それはなんだ、キーエル」

「イエバの見舞品だよ。言っておくけど、このショコラはオレのだから欲しくてもやらないぞ」

「『魔女の見舞品』、か。勝手なことをしてくれる」

「あっ!」

 

 手の中にあったショコラは、摘まんだものも一緒にレガルドの掌の上だ。あっという間の出来事で、ないと気づいたときにはもう遅い。

 

「返せよ!」

「これは魔女に返す」

「なにを言うか。それはキーエルに買ってきたものだ。返品不可に決まっているだろう」

「そうか」

「っ……! お前っ……!」

 

 イエバの言葉にレガルドはショコラを次々口に運んだ。容赦なく広がる甘ったるさに吐き気を催すが、ぐっと堪えて噛み砕く。

 行動制限魔法の所為で消えていくショコラを眺めることしか出来ないキーエルは、魚のように口を開閉させるだけだ。ひとつしか食べることができなかった哀しさに茫然となる。

 やっと動けるようになれば寝台から飛び起き、レガルドの頬を打った。

 

「勇者なんか大嫌いだ!」

 

 涙を流しながらそう叫び、部屋を飛び出していく。肩を越して二の腕辺りまである綺麗な髪が消えるまでは三秒もないだろう。

 静かに閉まるドアの音が小さく響いたあと、イエバはレガルドの足元に滑り落ちた箱を拾い上げて鼻で笑い返す。実に馬鹿だと。

 

「子供なのはお前の方だったな、勇者よ」

「黙れ」

 

 熱くなった頬を拭うレガルドは「くそっ」と乱暴に髪を掻き上げ、そうして寝台の脚を蹴りつけた。そんなことをしても、嫉妬心はなかなか消えないでいる。この魔女はキーエルと昔馴染みなのだから。

 

「あまり泣かせるな」

「言われなくともそんなことは解っている」

 

 投げ寄越された軽い箱をゴミ箱に投げ捨てながらイエバを睨むが、けろりとしている。こういうところも気に入らない要因だ。

 「さっさと帰れ。お前の顔は見たくない」と吐き捨てるレガルドに、イエバは「嫉妬に狂う男は醜いぞ」とそんな忠告を残して消えた。その顔に呆れを浮かばせながら。

 

「やはり気に入らんな」

 

 解っていることをわざわざ言う必要はないだろうに。

 残されたレガルドはふたたび寝台の脚を蹴り、深いため息を吐いた。人やものに当たるのはよくないとも解っていても。

 

 

 

 

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