その女勇者(魔王)、勇者に溺愛されています。 作:白千ロク(玄川ロク)
「勇者の大バカ野郎っ!」
呆れを通り越して怒りが湧いてくる。一粒一粒大事に食べようと思っていたのに。
なにが気に入らないのか解らないが、人のものを全部食べるとは何様のつもりだろうか。いくら英雄だと讃えられていようが、傲慢すぎるのもどうにかしてほしい。やっていいことといけないことぐらい解るだろうに。
「バカ野郎」「バカ」「アホ」と涙を拭いながら大股でズカズカと歩いていれば、食堂へと辿り着いていた。キーエルは出入口近くのテーブルに突っ伏し、こんなときでも匂いに釣られてしまった自分を嘲笑する。
「オレもバカだ……」
嗚咽が聞こえなくなったのはそれから数分後である。泣き止んだキーエルは「勇者のバカ」と呟き、決心した。
――レガルドが謝るまでは、口を聞いてやらないと。それで機嫌を損ねようが、元はレガルドが悪いのだ。自業自得だろう。
そしてもうひとつ閃いたことがあった。なくなったのなら、自分で買いにいけばいいのだと。だが、それには大きな問題がある。キーエルは通貨を持っていないのだ。魔王城にはまだ残っているかも解らないが、三年も時間が経っているためにその可能性は少ないであろう。
「そうだ!」
ないなら稼げばいいのだと考えた。幸いここは騎士団だ。モンスターの討伐を頼まれることもあり得るだろう。いや、あると断言できる。そのときに一緒に連れていってもらえば、なにもかも解決するのだ。
「キーエル……?」
「ちょうどいいところに来たな!」
「どうしたの?」と心配そうに顔を覗き込むイルガの肩をがしりと掴み、あの傍若無人になにをされたのかを話し始めた。途中途中で相槌を打ちながら話を聞き終えたイルガは、「あらあら」と頬に手を添える。
「そうね……、それは酷いわねぇ」
「だからオレは勇者が謝るまでは、口を聞かないことにした」
「キーエルの気持ちは解るけど、それはやめておいた方がいいわよ? レガルドの機嫌が悪くなるだけだから」
「そんなのは知らん。勇者が悪いんだからな! あっと……、そうだった……。あのさ、この騎士団ってモンスターの討伐とか受けてない?」
「いまは受けてないわね。それがどうかした?」
「いや……、なんでもない。受けてないならいいんだ。時間とらせて悪かったな。じゃああとで!」
そそくさと食堂から走り去るキーエルには「ちょっ……と!? 待って待って!」と慌てた声も霞んでいた。
急いで辺りを見渡すが、キーエルの姿はない。たらたらと冷や汗が浮かぶ。
「マズイ。非常にマズイって!」
もしもキーエルが騎士団の外に出てしまったら、レガルドは烈火のごとく怒り狂うだろう。青くなるイルガに「うるさいぞ」と声をかけたのは、その張本人であった。
さらに顔が青くなるのは言うまでもないだろう。
――一方、広がる光景にキーエルはぽかんと口を開けていた。
「広いな」
どこからどこまでが騎士団の土地だろうか。なんだかんだ走っていけば、外に出てしまったらしい。
キョロキョロと周りを見れば、畑や果樹園などが一定の間隔で区切られていることが解る。微かに獣の臭いもするので、この近くには動物も飼われていることだろう。
その向こうには山々が広がっており、青い空がどこまでも続いている。
「温室まであるのか、ここは。金かかってんなぁ」
感心しながら歩を進めるが、いけどもいけども木々や畑が続くだけだ。途中途中にある案内板には「レゴン」やら「コスカ」やら果樹の名前と矢印が書かれており、その反対側には「ハブハ」やら「グリーム」などハーブの類いもある。
とある木の下に腰を下ろせば、周りに生えた草が木々とともに揺れた。心地好い風に靡く髪を押さえながら、キーエルは「広すぎて解らん」と嘆息を漏らす。
「あとひとつぐらいは食いたかったなぁ……」
消えたショコラに思いを馳せ、今度は肩を落としながら長く長く息を吐く。そうして湧き上がった怒りに乗せて「勇者なんか知らない」と呟いた瞬間、土を踏む音がした。
「お前はすぐどこかに行くんだな」
「っ!? ゆ……、しゃ……!」
「外に出る気なら、護身用に持っておけ」
「え? あ……、ありが……」
ソードホルダーごと投げ寄越された短剣に「ありがとう」と返しそうになるが、はっとして顔を逸らす。だからか、動く影を認めることが出来ず、屈んだレガルドも見えてはいない。
「イルガから聞いた。俺と口を聞かないことにしたと。お前の好きにしたらいい」
なんだそれはとごちながら謝る気のないレガルドを睨むが、その近さに息を飲んだ。まっすぐな瞳に気をとられている間に伸びた腕が髪を払い、頬を撫でる。
「っ……」
「外に出るときは俺かイルガに必ず言えよ。解ったなら返事」
いくら口を聞かないと決めても、この素振りには一言言いたくなる。「まず謝れ!」と怒鳴りそうになるが、ぐっと堪えてこくりと頷いた。ともすれば手が離され、「俺は戻る」と立ち上がる。
見下ろされる居心地の悪さにキーエルは眉を寄せるが、「キーエル」と呼ばれた名前に視線を遣った。
「冷える前に戻れよ。まっすぐ歩けばいいからな」
そう言って踵を返したレガルドの背中はすぐに小さくなっていく。
握りしめる皮製のホルダーに掌の熱を奪われるが、そうだと思い出したレガルドの手は温かかった。
「なんなんだよ……。わけ解らんし!」
――優しいのか意地悪なのか、はっきりしてほしい。