第三章二十六節★
第三章二十六節「その蓋が開く時」
―――半日前七教会第一工廠。
あらゆる物理量(エネルギー)を相互に置換、変換、増幅する魔術探求の到達点の一つを“賢者の釜”と言う。
これは魔力形質間での相互変換をも含み。
基礎的な魔術知識で語れば【無限機関(インフィニテ・マグナ)】と総称される品である。
現代においてコレに到った魔術師は大陸にて千人を越えない。
更に完全な代物となると数は百より少なくなる。
組織という枠組みにおいて開発したという輩となれば、ほぼ十人。
最も有名なのは七教会の聖女だろう。
彼女が産み出したソレは一つの武装の部品として使用されている。
過去の大陸でならば、伝説、幻と修飾が付くだろう武具の名は次世代型高格外套【超克】。
大小三千余りの国家群。
その治安を守る七教会部隊が運用する警備用装備だ。
「オーライ。オーライ。到着確認。現時刻から装備総点検を始めます」
大陸中央諸国の西端。
工業国オライオ。
七教会諸装備の三割を製造する重工業地帯を抱く中央諸国第三位の大国。
彼の地の一角に【高格外套】の整備工場はある。
遥か見渡す限りの草原。
その中にポツリと置かれた幅100m程の建造物。
灰色の外見とは裏腹に内部より伸びる複数の鉛管からは妙に毒々しい煙が漏れている。
「現在稼動中が442433機。倉庫待ちが2334機。重整備中(オーバーホール)が111機。それと研究部門から登録があった新式3機がユアン様の下で稼動中。以上であります」
工場大中央整備室。
棚に無数の工具と部品が陳列された工場中枢に灰色のツナギ姿の男女が並んでいた。
七教会の意匠である七本の剣が突き立った丘を背に持つ数百人が一斉に灰色の帽子を取って敬礼する。
彼らの前にあるのはズラリと並んだ自動運搬車。
大陸中央諸国ではほぼ基本(スタンダード)に成りつつある鋼の車両群。
巨大な鉄箱(コンテナ)が積層魔力式の内燃機関を駆動させ、一斉に左右の分厚い鋼の扉を開いていくと、内部にズラリと並んだ全身鎧(フルプレート)が開陳される。
どれこれも綺麗に見えるが、整備技術者集団の誰一人として外見上の痛みの少なさに騙される事無く。
冷静に自分の担当する機体を観察していた。
「では、これより担当技官は整備を開始!! 明日の午前九時までに提出せよ!!!」
屋内に響く音声にアイサーの声が応え。
整備開始とのお告げが下る。
次の瞬間から、技術者と鎧達の静かな格闘が―――。
『ヒャッハァアア嗚呼アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!?』
始まらなかった。
『う、ウチの子はぁあああああ世界一ぃいいいいいいいいい』
『ああ?!! 何て事だ!!! まさか!!? まさか!!? あ、あのクソ操縦者(だんな)にこんな使われ方をぉおおおおお?!!』
『何なんだ!!? 何なんだよぉおおおお!!? これ!?! これぇええええええ!!? しっかりしろぉおおおおお!!? 疵は浅いからなぁあああ!!? す、すぐにピッカピカに磨き上げてやるからなぁああああ!!?』
『ヨシコォオオオオオオオ!!! だ、誰がこんな酷い使い方をぉおおおお!!? あああああ!!! ゆ、許さん!!!? 許さんぞ!!!? あの劣等操縦者ぁああああああああああ!!!!』
ドッと嬌声と狂声が上がり、各所で騒乱に次ぐ騒乱が拡大していく。
『こ、この子に合うスパナ!!? スパナ下さい!! TE-032の奴!!! 今治してあげるからね!!!? 大丈夫だからね!!? 気をしっかり持って!!! フレディ!!!!』
『RWR‐の螺旋!! 早く持って来いよぉおおおおお!!!? テメェ!!? それはオレのアリスたんのだぞおおおおおおおおお!!』
あちこちで特殊工具と部品の争奪戦が繰り広げられ、一部の部署では取っ組み合いの喧嘩が始まっていた。
『ひはッ!? そ、そんなぁあああ!!!? この極秘回路を誰に使わせたんだよぉおおお!!? 僕とミコちゃんの愛のメモリィイイイイイイがぁああああああ!?!! これがクソ操縦者にN(ナットすら)T(とられる)R(レンアイ)っやつかぁああああ!!?』
『歳だなんて酷い!!? あ、貴方はまだ戦えるよ!!? ちょっとお爺ちゃんなだけでまだまだ現役だよ!! 廃品処分(あんらくし)だなんて認めないんだからぁあああああああああ!!!!』
『グウ!!? ば、馬鹿な!!? オ、オレよりあいつの整備の方がいいってのか!!? こ、こんな基幹部分まで見せるなんて!!!? このビッチめ!!? オレは、オレはずっとお前の事を思っていたのにぃいいいいい!!!?』
『はぁはぁはぁ、い、今治してあげるからねぇ。ふ、ふふ、こ、こぉんなにあいつらに苛められて痛かったよねぇ!! 苦しかったよねぇ!! 次はあの連中が君の痛みを思い知る番さ!? 君の性能にヒィヒィ悲鳴を上げるんだ!! ヒハハ!!?』
『クソぉ…今のオレの技術(テク)じゃ!!? お前を満足させられねぇのか!!?』
偏執狂丸出しの技術者達が阿鼻叫喚の地獄絵図の中で悦ぶやら嘆くやらしながら、ガヤガヤと奪い合った工具と部品で物言わぬ鎧を整備していく。
否、それはもう彼らにとって会話だったかもしれない。
ある者は滂沱の涙と鼻水を零しながら自分の鎧(かのじょ)の苦しみを一心に共有し。
ある者は急患を搬送するように大声を掛け続けながら、自分の鎧(かれ)を工作室へ運んでいく。
「………何処で育て方間違えたんだろう?」
珍しく七教会の制服姿である七聖女フルー・バレッサは技術者達の悲喜交々を見守った。
白衣を纏っているのがいつもとは少し違うかもしれない。
野暮ったい眼鏡を掛けた姿は人類のほぼ最高の位置にいる意思決定者とは思えない。
だが、八十代程に見えるツナギに白衣を着た老人が一人。
彼女の横に立って、畏まった様子で控えていた。
「その言葉はあんまりでは? フルー様」
「何かしたっけ?」
「この工場を創設した頃に言った事をお忘れですか?」
老人班の浮いた顔が呆れた様子になる。
「あ~何か言ったような気も……」
「自分の大切な人のように扱えとウチの技術者には真っ先に教えています」
「……悪い事したかなぁ」
「いえ、実際あれだけの情熱が無ければ、二万項目の整備点検は不可能でしょう。最初の点検時間は半年。それから少しずつ短くしていくのが今では伝統です。此処にいるのは皆、ベテランばかりですよ」
「僕の知らない間にエライ事になってるような気がするよぅ」
七聖女の中で最も多忙な彼女が工場を訪れるのはかなり久方振りの事だった。
「では、今度少し言っておきます」
「頼むねぇ」
「はい。ああ、そう言えば、新しい機体の整備マニュアルが未だ届いていないのですが?」
「あ~それは単に今の時代には必要無いから渡されてないって考えてくれれば」
「整備不用(メンテナンンス・フリー)ですか?」
「まぁ、それくらいはねぇ。千年に一度在れば十分な仕様にしたし」
「それで、ですか。五年も新型の整備依頼が来ないのは」
「新型は基本的に“警備用”で旧い方の“汎用”とはちょっと違うから」
「ですが、更なる新型【凱奏(トリアフォム)】はこちらでの整備をとのお達しを上から受けていますが?」
「久しぶりに戦闘用を作ったからねぇ」
「それはまた……大戦以来ですか」
「まぁ、僕的にはもっと早く運用まで漕ぎ付けたかったんだけど、色々と忙しくて」
「この間は超大質量超長距離転移に成功したと聞きましたが、そちらの方を?」
「他にも上であれやこれやしてたからねぇ」
天井を指したフルーに老人は宇宙で近頃行われている七教会の事業内容を思い起こした。
真空の海に浮かべられた七教会謹製の極大人工物は今や大陸の外交官や国家の上層部がこぞって訪問したい観光スポットになっている。
「なるほど。で、今回は大戦時に開発したアレのように“大陸が飛ぶ”程度で済むような代物ですか?」
「今回は魔王に対して簡易の七聖女みたいな感じで使えるよう仕上げてみました。てへ」
「………」
「“星が飛ぶ”程度ですごめんなさいそんな怖い顔しないで。僕、困っちゃうよぅ☆」
ペロンと舌を出して可愛子ぶったポーズを取るフルーに白い目が向けられた。
「此処、十五年程来ていなかったのに今日いきなり来た理由はそれですか?」
「ぶっちゃけ、五百万項目くらいの整備手順があって、本格運用の際は調整が必要なんだよねぇ」
「御自分で為さった時の時間は?」
「ざっと十時間くらい?」
「……ウチの最上級のベテランを全員使って不眠不休で五日というところですか……」
「頼める?」
「頼まれて断れるとお思いなら聖女を止めるべきですな」
「うぅ……つるピカと同じ事言わなくても……」
「彼には同情を禁じえません。貴女の為に人生どころか死ぬ事も自分に許さないのですから」
「一応、死ぬ権利くらいは与えたはずなんだけどなぁ……」
「それで止まるようなガラでも無いでしょう。貴女が永劫七聖女であるなら、彼もまた永劫七聖女の付き人です」
「何か責められてない? 僕」
「貴女の徒弟としてこの歳になれば、愚痴の一つも零れます」
老人が肩を竦めた。
「ご尤も……で、出来そう?」
「ご要望とあらば」
「じゃあ、これ」
小さな水晶の玉がポンと老人の掌に置かれる。
「マニュアルは全部組んでおいたから、もう少し慣らしが終わったらこっちで引き受けて貰うよぅ」
「ちなみに慣らしの相手は?」
「ん~~宇宙の外に浮いてる見確認物体?」
フルーの明日の天気は晴れだと言うくらいに軽い言葉を聞いて、老人が溜息を吐いた。
「………銀河規模の災厄が付着しているかもしれないが普通に扱えと整備員達に言うべきですかな?」
「大丈夫。そこら辺は考えてあるから」
「ちなみにカタログスペックくらいは教えて欲しいのですが。確か未公開だったような」
「主な主要機能は三つくらいかなぁ」
「随分欲張ったようで」
「何せ“戦闘用の兵器”だからねぇ。あの大戦じゃ、味方の被害とか考えて採用しなかったものばっかり詰め込んだ感じだし」
「ほぅ?」
フルーが得意げな顔になって指を立て始めた。
「主要機能その1。加護の自動生成」
「いつかは搭載すると思っていましたが、生きている間にとは思っていませんでしたな」
だよねーと笑うフルーが二つ目の指を立てる。
「主要機能その2。新式の空間換装防御機構」
「空間換装……何となく想像は付きますが、それは生成した空間という事ですか? それとも単に必要な空間を切り取っておく方式でしょうか?」
「どっちも♪」
「時折、遣り過ぎな貴女を世界が抹消しないか心配になります。ええ、割と真面目に」
明らかに時空間を弄りまくり、因果を操作しまくりだろうフルーが明日世界の恒常性(ホメオスタシス)に消されても老人はまったく驚かないだろう。
「そういうのはソィラの領分だから問題無いと思うよぅ。というか、ソィラの場合、世界の方が先に音を上げそうな気も……」
「聞かなかった事にしておきます。それでその3は?」
「怒らない?」
チラッと老人を見てフルーが半笑いになる。
「怒られるような機能を搭載したのですか?」
「ちょっと強引に【黒天(ブラック・ホール)】の中身を露出させ―――」
「正気ですか?」
正しく気は確かかと疑われた少女が「あはは~」と半笑いな顔を背ける。
「で、でも、奇蹟の再現出来る方法がこれくらいだったというか。その……まぁ、実験してみよう、的な?」
「的な…で、宇宙を崩壊させるおつもりなら、神は要りませんな」
「うぅ、つるピカと同じ事言わなくても……」
「エルゴ領域内部を露出させて、時空間の歪みが無限大の特異点に干渉。奇蹟を引き出す。そんなところでしょうが、検閲官効果を突破して直接制御する媒体は現在の技術力では作れないでしょう? どうやって、引き出す事象を有限化して固定したのですか?」
「ちょこーっと都合の良い破壊をソィラに頼―――」
人智を越える奇蹟を使った壮絶な兵器開発に老人は眩暈を起こしたように額へ手を当てる。
「もう言わなくて結構。よくこの宇宙が消し飛びませんでしたね? 宇宙一つで済めば御の字。多元宇宙規模の消失が起きていないのが不思議で仕方ありませんな。一体何を考えているのか。その頭の中を是非開いてみたいものだ」
フルーの実体を知る人間からすれば、溜息の一つも吐きたくなるだろう。
一歩間違えば宇宙の消滅。
二歩間違えば隣接するあらゆる領域も消し飛ぶ。
如何に聖女の奇蹟が世の最たる理不尽で不可能を可能にする能力とはいえ、それでも真面目に世界の危機が密かに訪れていたなんて話、口外出来る類の情報ではない。
「ど、どうせ超ミニサイズだし!! 実は【重力崩壊機関(ブラックホール・エンジン)】作ってて思い付いたのを傍に丁度いたソィラに出来るかって聞いてみたら『まぁ、面倒な事は分かんないけど、出来るんじゃない?』って言うから、実験してみたら上手くいったというか……神の悪戯というか……」
人差し指を目の前でくっ付けて「えへへ」と危ないマッド聖女が可愛く微笑むも七人中最も容姿が地味な彼女の媚び媚びポーズは老人の溜息を深くするだけだった。
「如何な神とて、自分のいる世界を崩壊させてまで魔王を殺そうとは思いませんよ」
「うぐ。鋭いところを付いてくるねぇ」
「はぁ……能力は大体分かりました。調整の大部分は核である能力機関の微調整ですか?」
「引き出す事象は固定化出来たんだけど、引き出した奇蹟に揺らぎがあるんだよねぇ。具体的に言うと能力行使の限界機構(リミッター)が、時空間の歪みに引きずられてて」
「ちなみに再現した奇蹟は誰のものを?」
「ハティアとミュルトとメルフの」
「ミュルト様とメルフ様の奇蹟は存じ上げませんが、確かハティア様の奇蹟は……」
「いいよねぇ。僕のと違って夢に溢れてて」
「ただの人員が使いこなせますか?」
「一応、魔術師や魔導師なら使えない事も無いし」
老人は七聖女中最も美しい少女の姿を思い起こした。
「……聖女様方の奇蹟全般に付いて言える事ですが、人間にどうこう出来るとは思えません」
「そりゃ、機構である以上、限界はあるし、運用出来る人員が人類総人口内で百人いないのは確かだけど。無いよりはマシじゃない?」
「魔王相手に奇蹟の数を増やしたところで意味が無いのは自覚しているようで」
「まぁねぇ。でも、僕達の奇蹟の補助にも使えるから、そんなに悪くないと思うよぅ♪」
「一言だけ言わせて頂けますか?」
「何?」
フルーに老人が真顔となった。
「貴女の奇蹟さえあるなら、別に機構で複製するまでも無かったのでは?」
少女がポリポリと頬を掻いた。
「……此処だけの話。五年前に受けた攻撃のせいで後数年は奇蹟が安定しなさそうなんだよねぇ」
「まさか? そんな馬鹿な話が……」
思わず驚いた顔になる老人にフルーが微笑む。
「僕も自分で思ってた程、万能には程遠いって事だよぅ」
「ソィラ様の【破壊者(ワンダリカ)】より威力は劣るかもしれませんが、精度、創造性、万能性という点で貴女の奇蹟に敵う聖女はいない……随分と恐ろしい敵だったようですな」
「あはは。恐ろしいで済めば良かったんだけどねぇ」
工具と部品片手に鎧達を整備し続ける者達をチラリと見下ろして。
聖女筆頭はひっそりとその場に背を向けて歩き出した。
「じゃ、任せたから。次に来る時までは生きてて」
「千年後でも万年後でも、お好きな時にどうぞ。弟子である限り、師の言葉は絶対。ええ、貴女に師事した日から、それくらいは盗んだつもりです」
「さっすが。それでこそ僕の弟子だよぅ♪ これで心置きなく西部に出かけられるねぇ」
去っていく小さな背中を見送って。
老人は工場の者達を再度見つめる。
師たるフルーの言葉通り。
次に来るまで命を永らえさせる方法を考えながら……。
(この歳になってようやく分かる……命終わる事の歓びが……全てを引き継いで世代は代わっていく……まったく、この歳になって不老の命が下るとは……人使いの荒い師というのも困りものですな……)
『工場長!!! 最終確認の手順改善案が出来ました。第四会議室においで下さい』
最新の【電子噐械学(エレクトロニクス)】製スピーカーからの呼び出しに老人は静かに歩き出した。
数日後。
整備員達は驚く事となる。
彼らが今まで神のように崇めて来た男の姿がすっかり若返ってしまうという椿事(ちんじ)があったからだ。
唖然とする全員の前で老人。
否、まだ二十代とも思われる若者はこう言った。
とりあえず鎧と恋愛してる暇があったら合コンしろお前ら、と………。
*
―――ハガス東部ゼオ家浴室。
シルルゥ・ゼオの一日を一言で語るなら、平和だ。
母に起こされて。
居候の少年を起こして。
一緒に学校へ通って。
授業を受けて。
昼食を取って。
部活動に勤しみ。
帰宅して。
夕食を母と共に作って。
食事を終えたら湯浴みをして。
明日の準備をしてから眠る。
「♪」
湯船に温めのお湯を張って。
季節に咲く好きな花弁(はなびら)を浮かべて。
明日を夢見て人心地。
唯一の不満らしきものがあるとすれば、それは居候にして“彼女が世話する少年”の帰りが遅い事くらいだろう。
いつもいつも夜はいない。
母に聞けば、笑って『大事な用があるらしい』と答えはするが、それにだって限度がある。
いつも夜も夜中に帰ってきて一人食事をして寝付くらしい少年の姿を彼女は一度だって見た事が無い。
霧の深い夜は増えているのに夜間の外出は続いている。
一度、何をしに行くのかと聞いた彼女に少年が返した言葉は“ちょっと夜遊びを”なんて馬鹿にしているとしか思えないようなものだった。
それでも嫌いになれないのは彼女にとって、少年が家族だからだ。
「もぅ……イクス、ドコ行ったの……」
顔を半分お湯に付けて頬を膨らませた彼女の口からプクプクと怒りの呼気が漏れる。
(リーシャ…ダイジョウブかな……)
近頃は家に使用人も増えた。
リーシャ・ハーモニア。
黒い小獅子のような少女。
一緒に住むようになった女給姿の同年代。
シルルゥにとっては初めて出来た同じくらいの友達。
朝早くに起きて母を手伝うようになった姿を見て。
少年の隣によくいる姿を見て。
羨ましいと思ったのも束の間。
今は部屋で寝込んでいる。
前日。
家に帰ってきてから目覚めなくなった姿は今も自室の寝台上にあった。
彼女の母アルゥは疲れたのだと言って目覚めるまではそっとしておくよう家族達に厳命している。
少年は朝方も目覚めない少女を心配して遅刻するまで傍で顔を撫ぜていた。
(イクス……こんな日くらい……カエッテくればいいのに……)
モヤモヤしたものを内心感じて。
小さな洋光(ランプ)の下。
花弁を掌で掬ってシルルゥが見つめる。
思い浮かぶのは少年の顔、リーシャの顔、母の顔。
楽しい毎日。
けれど、少し不満な日々。
それはきっと物足りないと心の何処かが感じているからだ。
(イクス…キョウもしていかなかった……)
少年と唇を合わせていない。
少年と向かい合って舌を絡めていない。
初めて少年が来た日から時折していた。
心地良い行為。
必要な行為。
最初はどうしてこんな事をするのか分からなかった。
でも、理由なんてすぐにどうでも良くなったのは……嬉しくて心地良かったからだ。
唇をくっ付けるだけで胸の奥。
何か足りなかったものが埋まった気がした。
少年の感謝と心地良さそうな表情を見ると身体が熱くなった。
優しく背中に手を回されるのが彼女は好きだ。
頭を撫でてくれるのも、唾液を互いに味わうのも、口付けが終わって「ありがとう」と微笑んでくれるのも、好きだ。
それ無しでは毎日が寂しくなる。
(イクス……リーシャの方がいい?……)
モヤモヤした。
初めて出来た友達が自分と同じ事を少年としている光景を想像して。
彼女は表し様の無いものが胸を占めていくのを感じる。
それは嫉妬や独占欲の類では無かった。
どちらかと言えば、仲間に入れてもらえない寂しさだったかもしれない。
もし、リーシャに少年が同じような事をしているなら、自分だって同じようにして欲しい。
(もし、サンニンでしたら……)
舌と舌を絡め合って。
唇と唇で吸い付いて。
膝の上に二人で座って。
抱き締められて。
「………イイな……///」
シルルゥは今までよりもきっと楽しくて気持ちよくて嬉しいだろうな、と微笑む。
「あがろう」
ザプンとお湯が揺れた。
均整は取れているが胸や尻と言ったアピールポイントが乏しい裸体。
それでも十分に瑞々しい身体が濡れたまま浴槽を出る。
脱衣所まで歩いたシルルゥが準備してあったフカフカのタオルで身体を拭っていく。
「……?」
彼女が途中、手を止めた。
(ココ、ぬるぬるしてる……)
綺麗に身体を洗ったはずなのに股間のすじとタオルの間には糸が引いていた。
(イクスとする時とオナジ……)
どうしてだろうと首を傾げて。
自分が発情しているなんて理解もせず。
下着を穿いて白いネグリジェを着たシルルゥはそのままペタペタと音をさせてリーシャの部屋へと向かった。
途中、薄暗い廊下で母に出会った彼女はちょっとこっちへと手招きされ、トテトテとアルゥの寝室に入る。
「ハハサマ?」
いつも優しい母が今日は一体どういう事か。
少しだけ真面目な顔をしているという状況にシルルゥは首を傾げた。
小さな時以来かもしれない。
横に来るように言われて。
優しく大きな胸に抱上げられるなんて事は。
「どうか、した?」
何を言うでもなく。
頭を撫でたアルゥはそっとシルルゥの耳元に囁いた。
眠気を誘う細やかな詠唱魔術を。
「ん……ぅ……ん…………」
半ば、魔術というよりは暗示や催眠に近い子守唄。
トロンと目元が妖しくなった彼女はクッタリと母の腕の中で眠りに落ちた。
それを見たアルゥは自分の天蓋付きの寝台に娘を横たえ、そっと自室の窓から外を見る。
世界は緑炎に燃え上がっていて。
その最中に蠢くものが列を成して道を渡っていく。
「………因果なものね……」
そう一言呟き。
母親の顔になった女は娘の傍で身体を横たえた。
次の朝に備えて。
炎の中で既に始まっている争いを五感で捉えながら。
「………お休みなさい。シルルゥ………」
小さな館は緑炎の燃え盛る東部の中で唯一、侵蝕される様子も無く立ち続けていた。
*
―――二時間前ハガス東部。
仄かに褐色の色を帯びた薄明かりの下。
水音が響いている。
「ほれ、しっかりとな」
霧に零れた朧の蒼に照らされて。
小さな口々が何度も頷く。
「やはり、エルフはいいですな」
「ええ、本当に」
数人の亜人の男達。
その下で幼い姿態を四つん這いにさせる少女達がいた。
色白の身体にまだ膨らみもしていない小さな蕾。
まだ少し腹がふっくらとしているのは年端もいかないからだろう。
エルフ特有の吸い付くような肌はしっとりと室内の気温を反映して汗で濡れていた。
クチャクチャ。
まだ亀頭も満足に入らない口で先端に舌を絡ませて。
鈴口から溢れ出す牡の蜜をコクコクと喉の奥へと飲み込む姿。
それは男の征服欲を刺激する光景に違いないだろう。
尖った耳に魔術で黒く刻印された番号から幼女達が奴隷である事が伺い知れる。
誰も彼もまだ小さいとはいえ、それでも男達の幹をしゃぶる姿は牝そのものだ。
獣人達の種族特有の性器はそれぞれ模した動物達のものに似る。
先端に棘があるもの。
細く螺旋くれたもの。
全体が赤く細いもの。
男達一人に付き一人ずつという事も無いのか。
左右から棹(さお)や睾丸(たま)を舐める者もいる。
まだ口付けも済ませていない可憐な唇とチロチロと踊る紅の舌が排泄器官でもある自分達の性器を愛撫し、慰めている様子は否応無く男達を高ぶらせた。
「ん、ちゅ、くちゅ、くちゃ、んぢゅぢゅぢゅず…んく」
無垢な幼子の仄温かい唾液で満遍なく牡槍を塗れさせ、拙い口淫を行わせながら、ソファーに座った様子。
顔を緩ませながら、傍らのグラスから酒を嗜む姿は特権階級の者特有の傲慢に満ちている。
「では、そろそろ。お前達」
男達の中で音頭を取って傍らに控えていた二人の使用人に命令したのは豚の亜人だった。
「しっかり喉まで咥えるんだ。舌を出して丁寧に表面をなぞるようにして。そう、そうだ……」
エルフの少女に喉奥まで自分の左巻きの幹を飲み込ませ、大きな睾丸を更に2人に舐めさせ。
満足そうな唸りをあげながら全員の頭を撫でる様子は如何に鬼畜のような所業とはいえ、奴隷の主人としては上等な方だろう。
奴隷を貶し、ゴミのように扱う人間だっている。
それに比べれば、の話だが。
「本日は新しい趣向を用意致しました。皆様、存分にお楽しみください」
「おお、そうですか」
「いやはや、署長殿には頭が上がりませんなぁ。ははは」
「さて、今日はどんなもので我々を愉しませてくれるやら」
今日の主催。
警察機構最高幹部の一人であるハガスの署長。
それが男の肩書きだ。
「すぐにお分かりになるでしょう。ええ、すぐに」
ぢゅぞ、ぢゅぅるるるる。
「ふぉぉ。これ、そんなにしてはすぐに達してしまうじゃないか。はは、もう少し弱くだ。弱く」
エルフの少女達の熱心な奉仕に豚の署長は趣向が来るまではと刺激を弱めさせた。
その短い足が四つん這いで両側の玉舐めをするエルフ達の胸の先。
桜色の蕾を先端でコリコリと弄る。
「ん、っふぁ、ひぐ、ごしゅじんさまぁ……」
「おむねぇ。そんなにこりこりしないひでぇくださいぃ♡」
それだけでビクビクと瑞々しい姿態を震わせて。
少女達から切なげな声が上がる。
「よしよし。薬も慣れてきたな? 牝奴隷としてこれからも我が家に使えるなら、そのまま達してみせるんだ。お客様達に今、自分の股がどうなっているか広げて見せなさい」
「は、はぃぃ」
「す、すぐにしまふぅ」
胸を蹄の先で弄られ、必死に玉を突き出した舌で舐めしゃぶりながら、自分達の股を少女達が指で開き、腰を上向けて見えるように突き出した。
「おお、準備は出来ているようですな。では」
参加者の内の二人。
虎型と蜥蜴型の男達が立ち上がり、並んで尻を突き出す少女達の腰を掴んで自らの先端をグッと押し込む。
グヂュリュン。
「ひぁあ゛あぁ゛あぁあ゛♡」
「いぎぃ゛ぃいいいい♡」
先端に柔らかな棘のある虎型の男がまだ浅い最奥。
子宮口の入り口をコリコリと押し潰しながら捏ね。
先端が細くなっている蜥蜴型の男は内部の性感の集る上壁を何度も擦り上げた。
まだ男のものを受け入れられる程広がっていないはずの幼穴が最初から投与されていた薬の成果か。
護謨(ゴム)のように伸びて男達の幹を受け入れる。
それでも三分の一しか入らず。
「くぉ!? これは締まり具合といい。蕩け具合といい。名器ですな」
「ふぅ。これからまだ成長すると思えば、壊さぬよう馴染ませて使いたくなる具合だ」
男達の漏らした賞賛に豚の署長が大きく頷く。
「そうでしょうとも。そうでしょうとも。実は魔術結社からの押収品なのですが、連中も時には良いものを産む」
「まったく、けしからん程に具合がいいのはそういうわけですか」
「いや、まったく。これならば金貨五千でも惜しくない」
「そうですか。ですが、まずは味わってから話を」
「ああ、そうだな。そうしよう」
「さぁ、良い声で啼けよ。そら」
尻に腰も付かない浅い膣(なか)を男達の性器を往復し始める。
「ひ、ぐ、ぁ、ぁ、ぁあ゛、んぁ゛ぇぇ?!!」
片方の少女は虎型の亜人の両手で細い腰周りを完全に掴まれ、ドチュドチュと聊か乱暴な挿入で中から蜜を掻き出されていた。
膨れた陰核(クリトリス)が照り光り、肉槍の突き刺さる度にフルフルと震えて、全身から流れる汗が幼いからこそ高い体温を更に上げていく。
もう睾丸を嘗め回す余裕も無く。
唾液と涙を垂れ流した顔が舌を出して喘ぐ姿は完全な牝のものだった。
「そこぉ!? こすっちゃやらぁ!!? い、ひぎゅ、い、んぁ゛、ぁ、ぁ、ぁ、あ、ぁ゛~~♡」
蜥蜴型の男に女の感じる場所を重点的に攻められて。
もう一人の少女は半ば白目を剥きそうになっていた。
抽挿の速度は虎型の男よりも速い。
激しく擦り上げられた膣(なか)はまるで熱湯のように熱く蜜を煮え滾らせ、未発達な襞を幹が蹂躙しては少女の脳裏に甘美な衝撃を与え続いている。
その激しさに腹に男の性器の形がしっかりと浮き出る。
少女の蕩け切った意識は既に真っ白で抉られる度に襞をこそぐ性器にチュウチュウと吸い付きうねる膣(なか)を本能的に絞る事だけを指向していた。
ドヂュ、ドヂュ、ズヂュ、ブヂュ。
ドロドロの蜜は薬のせいか。
落ちる時、糸を引いては絨毯を穢している。
「く、もう、そろそろ」
「わ、私の方も、ぐ…」
愛人を囲う事に始まり、浮気や娼婦を買うのが日常茶飯事、そんな亜人貴族達と言えど、まだあどけないエルフの少女達の蜜壷を犯すという場面(シュチュエーション)ではそう長く持たなかった。
まだ乳の匂いがするような肌。
もしかしたら、自分達の息子や娘くらいの子を蹂躙するという背徳感。
何より無垢でありながら、娼婦のように男を求める牝としての従順さが幼いすじと狭く浅い膣で男達の雄々しいものを受け入れているのだ。
これで長く楽しめる男がいるのなら、遅漏の名を免れまい。
「出すぞ。しっかり胎で受け止めろ!!」
「こちらも行くぞ。孕め!!」
どちらの男も汗を滴らせながら、両手で回ってしまう細い腰の奥へ性器を突き入れた。
ビュ、ビュグルルルルルルルルル。
「くぉ!?」
「ん、ぬぅ!?」
幹の根元から迸った白濁が容赦なく子宮口へ押し付けた鈴口から迸った。
「ぎ、ひぁああああああああああああ!!?」
「ん、ぁ゛えぇええええええええええええ!!?」
ヂュルルルルッと少女達の奥で空気の代わりに精液が飲み干されていく。
少なくともそれは普通のエルフには在り得ないような膣内の動きだった。
強烈な子宮への吸引。
射精を促す膣(なか)は襞を根元から順々に引き絞る。
内部で分泌される蜜は容易には性器が引き抜けないよう粘性を増していた。
「吸われるッ!! くぅ、何という貪欲さか!! そんなに種付けされたいか!!」
虎型の男が小刻みに先端を最奥に押し付けたままグズグズになった幼い牝穴を堪能する。
唇で吸われた時以上の快楽。
正に精魂を奪われるような心地での射精。
本来なら何度出しても足らないとばかりに攻め立てられるはずの男がたった一回の行為に足腰を震わせていた。
「幼エルフの牝穴がこれ程とは!?」
蜥蜴型の男もいつも以上の射精量に嬉しい悲鳴を上げながら、しっかり牡として種付けを堪能し、ドロドロの膣(なか)を吸われる感触を愉しんだ。
「「――――――」」
二人のエルフの少女は涙も唾液も垂れ流しで完全に放心状態となったようで全身をピクピクと震わせながら、只管に自分達の胎内に溜め込まれていく精に恍惚を感じていた。
「ふぅ…引き抜くぞ…ん」
「ひあぁ゛ん」
ズヂュ、グリュ、ジュポン。
男達が自らの性器を引き抜くと白濁と共に粘液が二人の少女の背中を濡らす。
すじはぽっかりと開いて穴となり、コプコプと牝と牡の蜜を垂れ流して絨毯に水溜りを作った。
その様子に他の参加者達も慰められていた幹を更に固くする。
『ご用意が出来ました』
「おお、待っておった。さぁさぁ、皆さん。では、さっそく頂く事にしましょうか」
二人の男が自らの席に戻るとピチャピチャと汚れた性器を少女達が舌で舐め取り、嬉しそうに掃除していく。
「さて、何が出てくるやら」
「ははは、お待たせました。では」
パンパンと署長が手を叩くとゾロゾロと使用人達に連れられてエルフの少女達が部屋の内部へとやってくる。
その両手両足、首には細い黒のリボンが巻かれていた。
「こちらに並べた子らの胎には年代物の葡萄酒と糖蜜を混ぜたものを入れておきました。それに少々精力剤も少々。呑みたい時はこのようにしてどうぞ」
署長がパチンと指を弾くと少女の一人がふわりと浮かび上がると股を開いて男を受け入れるような姿勢になった。
その股間がゆっくりと豚の鼻面まで持ってこられる。
「呑みたい時はこの小さなすじを舌で抉じ開けてご賞味下さい。少しずつ出てきますが、舌の長い方は一番奥の子宮口(ボルチオ)を抉じ開けるのも一興でしょう」
「おお、これはまた面白い杯ですな」
「中々どうして。署長も物好きだ」
「では、この幼エルフの蜜酒を頂きましょうか」
男達の前にフワフワと豚の署長と同じような恰好で少女達が自分のすじを差し出す。
「お前達。ちゃんとおねだりをするようにな」
頷いたエルフの少女達が其々に自らの性器を見せ付けるように大きく股を開いて自分のご主人様におねだりを始めた。
「こ、このまだ赤ちゃんもうめない歳のエルフお、おまんこから……どうぞ、蜜酒をごしょうみください。ごしゅじんさま」
「ごしゅじんさまのおちんちんが、ほ、欲しくて、もうおもらししそうなおまんこに、おなさけを……」
男達の笑い声が響くと宴の趣向が始まった。
ジュゾゾゾゾゾゾゾゾ。
グリュ、ジュズゥウウウ。
ヂュッ、ヂュッ、ヂュッ。
其々に様々な長さの舌が責め方、舐め方も多彩に少女達の性器を貪り始めた。
「ん゛―――ッ?!」
「はぁ~~~いいよぉ……♪」
「したれぐりゅぐりゅしれくらしゃぃいぃ♡」
「おまんこもっろしゅってぇぇぇ♡」
幼いすじが割開かれ、ドロドロの蜜と葡萄酒が男達の口元に滴り落ちていく。
股間を食むようにする者。
長い舌で子宮口を解し一気飲みする者。
股を閉じさせ、太腿の横から溜まった酒を広い舌で舐め取る者。
嬌声が咲き乱れる部屋に少女達の蜜と葡萄酒の香りが広がった。
正に酒池肉林の言葉通りの世界。
牝奴隷を囲うのが一種貴族の男達にとって嗜みであるアルヴァスにおいても、一際淫靡な一時だろう事はその場を見れば疑いようも無いだろう。
人の業を学ばぬのが亜人と言っても、その姿は人そのもの。
逆に人以外の本能に忠実な部分がある亜人達だからこそ、その業は更に深いのかもしれなかった。
(どうやら気にいられたようだな……)
夜会の主催者である豚の署長が大いに満足した様子で幼いすじを唾液でドロドロに汚しながら酒を啜っていた時だった。
ふと自分の股間から滑る舌の感触が消えたのを感じて、視線が下を向く。
「おい。下が止まっているぞ」
「………」
「………」
「………」
三人のエルフの少女達が無反応な様子に薬が効き過ぎただろうかと署長が顔を俯ける。
「おい。どうかしたか?」
『ふ、呼び出され方が甘いと思えば、罪業の足りん亜人共か……』
署長の耳にその声は聞こえていない。
だが、エルフの少女達にはしっかりと聞こえていた。
『随分と温い宴だ………ほぅ? この領域は……そうか……ならば、門のみで良かろう。くくく……』
それが誰のものかも彼女達は理解している。
その上で誰も、自分達が奉仕する男達に異常の一つも告げはしなかった。
『“外から連れて来るまでもない”』
「やはり、薬が効き過ぎたか。おい。誰か。中和用の薬剤を―――」
豚の署長が立ち上がって使用人達に命令を下そうとした時。
カキュン。
小さく小さく室内に硬質な音が響いた。
「ん? 何だ……」
豚の署長が自分の股間を見下ろし、呆けた。
「――――――っ」
カタカタとその膝が震える。
ダバダバと赤いものが雨のように絨毯を浸していく。
「ぅ、あ゛―――ぁ゛…ぁ゛あ゛……あぁあ゛ぁぁあ゛ああ゛あああ゛ああ゛ぁあああ゛ああああああ゛ぁぁぁあ゛?!!?」
署長の叫び声に何事かと男達が自分の前からエルフの少女を退けた時。
同じような音が連鎖した。
カキュン、カキュン、カキュ、カキュ、カキュ、カッカッカッ、カカカカカ―――。
その光景を見てしまった使用人達が思わず後ろへと下がった。
男達の下半身。
それが半分以上切り取られていた。
ダバダバと血が大量に染み込んでいく絨毯の上で絶叫が次々上がる。
そんな最中。
エルフの少女達はもう存在していなかった。
頭部が有ったはずの場所には小さな漆黒の門が発現し、首から下がバタバタと血を噴出しながら倒れていく。
「ひ、ひぃいいいいい、ひぎぃいいッッ?! イギィイイイイイイ!??!?!!」
金切り声を上げた豚の署長が綺麗に正方形の形で消え失せた股間を見ながら痙攣を起こし泡を吹く。
『さぁ、亜人共よ。見せてみろ。如何なる理由で私を顕現したのかを!!!?』
室内に開いた複数の小門の中から轟々と霧が吹き込み始める。
『この霧は……ふ、ふははは……感じるぞ……よもや、こんなものを下に抱きながら、私を顕現させるだけの罪業を犯すとは!! 亜人のご立派な建前が聞いて呆れる!? く、くく、あはははははははっ!!!!』
聞く者も無い高尚が響く。
渦を巻く霧の中。
男達は自分の内部からせり上がってくるものを止められず。
もがき苦しみながら、周囲をのた打ち回った。
「ひ、ひぃいいいいいいいい!? に、逃げろぉおおお!!?」
混乱を来たした使用人達が開いていた扉から逃げ出していく。
「た゛ず゛げでぇ゛え゛え゛え゛!!!」
最後の声が響くも応える者は無く。
男達の顔が穴という穴から出てくる屍蝋に塗り固められていく。
ペキペキと硬質化した仮面にやがて一文が浮かんだ。
曰く。
【姦淫者(アダルテラーレ)】
『面白い!!! 御神よ。この愚かなる者共に更なる祝福を!!!!」
チキチキチキチキチキ。
バラバラに浮かんでいた門が室内で整列し、連結し、変質し、巨大化していく。
全ての門が一つとなった時、部屋の床はもう完全に門の下へと沈み込んでいた。
虚無。
そうとしか言いようの無いものの虚空で屍蝋の仮面を帯びた男達の体が眩く燃え上がり始める。
その色は緑。
いつだったか。
少年に倒された緑炎の怪物【黒逝者(レウス)】と同じものが黒く肌を焦がした男達を包んでいく。
『悪意を喰らうもの……幸福を齎すもの……汝の名は?』
本来、エルフ達にしか聞こえないはずの声に何処からか「ひひひ」と笑い声が応える。
【―――『萌ゆる炎』(トゥールスチャ)】
『外なるものよ。存分に遊んでゆくがいい。全ての命を呑み干すまで!!!』
ギヂィィィ。
一斉に【姦淫者】達の首が一点を向いた。
そこには虚空に浮かぶダークエルフが一人。
『我が名はアーフル。アーフル・ナーシム』
邪悪の化身は唇が割ける程に顔をニヤケさせて。
自分を侵蝕していく霧の中。
穴という穴の奥底から沸き上がる屍蝋を嬉しげに受け入れた。
『だが、今宵くらいはこう名乗ろうか』
全身を蝋の鎧で固められた男は正気を失う事もなく。
否、最初から失い続けているまま。
告げる。
曰く。
【革命者(ロトゥンダム)】
仮面達の前でクツクツとくぐもった嗤いが蝋の間から漏れた。
噴出し続ける霧は地下通路を埋め尽くし、使用人達が閉じた扉も結界もすり抜けて溢れ出していく。
ハガスに顕現した災厄が動き出すのはしばらく後。
燃え上がる緑炎が警察機構の署長宅を完全に覆ってからの事だった。
地獄の釜を開いたのが亜人の業であった事実は結局、誰に知られる事もない闇へと消えた。