第三章三十一節「緑炎の葬列Ⅴ」
世の中には最終兵器と呼ばれるものが存在する。
それは時に強大な魔術を有する個体であり、恐ろしい程の能力を秘める機構であり、あるいは社会という高度な複雑系を指揮する存在である。
然るに具体的な例とするなら単純だ。
世を千度滅ぼして余りある“火”を秘めた軌道城砦(オービット・フォートレス)。
星を万度砕き創る“技”を有した規格外の聖女(フルー・バレッサ)。
そういう大概にして得たいの知れない、常人には測る事すら不可能なモノ。
それを総称して最終兵器と誰かが呼ぶ。
別に人類を滅ぼす程度ならファルティオーナに存在する超越者の中の中からでも十分可能だ。
生物の一切合切を死滅させる毒霧。
陸地の大半を呑み込む次元狭間の怪物。
太陽系規模の直径を持っているだけの天文単位生物、等々。
それらしいのはそれなりにいる。
人智が及ぶ程度の存在からの攻撃で人は幾度となく亡びの危機に瀕しているし、それらの災厄に対して使われた兵器(モノ)は時代時代に数多く存在した。
特定の存在を指してそう呼ぶ時、それらは確かに最後のものだった。
それも人の概念的な理解の範疇にある言葉でしかなく。
多面的に見ると実は兵器どころか。
ただの反則としか言いようの無い“何か”である事も儘ある話。
そういう意味で言うと。
アルヴァス・カレッジ正門で番をしている彼女達も同じようなモノに違いなかった。
「避難キャンプはこちらです」
この五年で身体も心も少し大きくなった。
今では組織の実力者として大役を任されるようにもなっている。
実力は多くの姉達に鍛えられた折り紙付き。
けれど、強過ぎる力は早々に抑制しながらの使用を余儀無くされた。
嘗て、自分を守ってくれていた人もきっと同じだったに違いないと思いながら。
少しは追い付けているだろうかと。
そう、いつも彼女達は思う。
エーネ・ファサルトス。
二人で一人の転校生。
今は翼や角も無く。
皮膚の色も人間のまま。
何とか辿り着いた亜人貴族や人間奴隷を二人は出迎えていた。
「こっちに炊き出しがあります。あちらの方に簡易の診療所がありますが、重傷者順ですので軽症者の方はどうか他の方達のお手伝いをお願いします」
小さな身体で粗末な樹の看板を手に誘導して二時間弱。
そろそろ学園の敷地内の人数は三千を超えようとしている。
「済まない。このような手伝いをさせてしまって」
避難者が一時的に途切れた頃。
校門前に赤鬼の女がやってきた。
人々の収容を一時監督し終えたエンシェン・イル・フォイルである。
「いえ、自分からしたいと言い出した事ですから」
本来、エーネ達は客人だ。
赤鬼宗家に秘密の立場とはいえ。
それでも普通に考えれば、看板を持たせて校門で誘導なんてやらせるのは場違い甚だしい。
「まさか、我々が動くよりも先に此処までの大事になろうとは……本家の指揮は親父殿が取っているから東部の避難に関しては最善を尽しているとしても、焼け出された者の数が多過ぎる」
大きな苦渋を耐えるように顔を歪めて。
エンシェンが顔を俯ける。
「怪我をされた人達は大丈夫でしたか?」
「ああ、重傷患者に死傷者は今のところ出ていない」
「そうですか。良かった……」
エーネ。
普段の人格として表に出ている妹をエンシェンがジッと見つめた。
「……本来、貴女達には関係が無い事態だ。どうして、このように協力をしてくれるのか。訪ねてもいいだろうか」
「姉様達ならきっとそうします。私も姉様も同じ。困ってる人がいたら助ける……それが私達の流儀ですから」
思ってもいなかった回答。
赤鬼女が目を瞬かせたのも無理は無い。
相手は世界最高のテロリスト集団。
魔王の従者にして娼婦。
七教会からしてみれば、怨敵とも言える組織の一員なのだ。
その口から人助けが流儀と説かれて驚かない方がどうかしている。
「そうか。ならばもし、この借りを返す日が来たなら、依頼の件は横に置いておくとしても私個人エンシェン・イル・フォイルとして貴女達に協力しよう。赤鬼(ラルヴァ)は亜人貴族として受けた恩を決して忘れない」
コクンと頷いて。
街を遠目に見た彼女のの唇から呟きが漏れる。
「……まるであのひみたい」
僅か拙くなった声に人格が交代したと気付きながら、エンシェンが問う。
あの日とは、と。
「ごねんまえ。あーずとりてが、ほうかいしたひ……あそこにえふぃもいました……なぎたおされて、それでもくすぶって…もえていた……」
「貴女達はあの崩壊の日に?」
「たたかわなければ、うしなってしまう…でも、たたかってもまもれないことがある……だから」
街の外れであり、裏山も近い事から標高が多少高い為、アルヴァス・カレッジからは街の様子が伺えた。
緑炎に蹂躙された街並みは今も近付いている。
それでも小さな背中は真っ直ぐに全てを見つめていて。
「つよくなりたいと…そう…ねがった」
視線に浮かぶのが哀しみだと理解した赤鬼は思う。
自分の故郷でも無いのに悼む心。
それは果たして、どんな世界を見続けた先のものだろうかと。
「……ありがとう」
「いえ」
姉妹の返答に再び避難民の下へ戻ろうとしたのも束の間。
エーネの顔が空を見上げる。
「これは……上から何か来ます。あの緑色の炎や黒い人型の感じはしません。でも、警戒して下さい」
「了解した!! 何処に落ちるか分かるだろうか?」
「たぶん、落ちるのは…此処です」
「まさか?!」
「退避して下さい。受け止めます」
「いや、それは我ら国を担いし亜人貴族の務めだ!!」
ブレザーのボタンを全て外したエンシェンが両腕に魔力を込め、飛来物を迎撃するべく空を向く。
「―――待ってください。此処の制服を着てます!」
「何!?」
夜空は緑炎の光りで明るい。
ギリギリ視界の先に捉えた落下物を見定めて。
エンシェンは躊躇する。
敵か味方かは分からない。
だが、少なくとも片方はアルヴァス・カレッジの制服で片方は彼女も知る境界踏破部隊の白い外套。
容易に敵とは判断出来ない。
「敵かどうか分からない以上、此処で受け止める。少し下がっていてくれ」
「あ、はい」
エンシェンが周囲に誰もいない事を確認して、己の魔力で落下する者達の軌道上に魔力で網を張った。
相手の速度と衝撃を減衰する為のものだ。
放物線を描いてやってくる二つの影が網に引っ掛かって急激に速度を落とし、最後には校門前でフヨンフヨンと弾力性の魔力に絡め取られ宙に浮いて止まる。
「そちらの姓名か官命を名乗られたし!! 我が名はエンシェン。エンシェン・イル・フォイル!!」
『っとと、こいつはラッキーってやつか。あ、ああ、オレはジルムス。ジルムス・デダルだ!! 下ろしてくれ』
『わ、私はエス…ハイダル。ハイダル・エス・トリアです!!』
「デダル? エス・トリア? まさか、彼方達はデダル宗家とエス・トリア家の?」
『あ、その声? 確か……イクスさんの部活の先輩の人!!』
「あいつの知り合いか……」
安堵の息を吐いたエンシェンが魔力を霧散させるとエストリアを抱いてジルムスが地面へと着地する。
「これはどういう事か説明して貰えるだろうか」
「化物連中から避難民を逃がしたはいいが囲まれてな。この子の【崩燼機関】の能力で空を逃げて来た」
「あ、はい。その!! こ、此処に兄さんは来ていませんか?! アーギスト。アーギスト・エス・トリアって言うんですけど!!」
二人の様子に侵蝕はされていないだろうと再確認して。
エンシェンが避難民の名簿を記憶から浚って首を横に振る。
「そうですか。じゃあ、やっぱり裏山の方に……」
「何?」
「え、あ、その…」
裏山という言葉に反応したエンシェンが顔を向けるとビクッとエストリアが身体を硬直させた。
「……何か訳有りの様子だが、まずは二つ質問をしていいだろうか?」
「何だ?」
ジルムスの白いコートが指差される。
「その装備はこのエンシェンが知る限り、極秘裏に開発された対霧用の特殊装備。つまり、一般には出回っていないはずの代物だ。それを何処で手に入れた? 如何にデダルの家とはいえ、現在はまだ現物で持っている事は在り得ない」
「あん? そうなのか? オレはアーギストの野郎から貰っただけだぜ」
「アーギスト。エス・トリア博士の一人息子か?」
「ああ、その野郎だよ。オレはこの子の守人役を仰せ付かってる。あいつが何処からこの装備を持ってきたかはオレには知る由も無いんだが」
(確かに武装の開発に携わっていたエス・トリア博士が家族や家族を守る者に装備を支給していたとしてもおかしくはない、か。霧の事を考えれば尚更だろう……)
「もういいか?」
「いや、もう一つの質問に答えて貰おう。どうして裏山に行こうとしている?」
「そいつは……」
ジルムスがエストリアに視線を送る。
「……兄さんが其処に避難していると言っていたからです」
無難な回答。
しかし、それでエンシェンの脳裏では幾つかの点が線として繋がった。
イクス・ゼオ。
少年が話してくれた境界内部の状況。
その友人である【崩燼機関】の生みの親であるエス・トリア博士の娘。
彼女の兄の友人が着ている極秘開発の白いコート。
そして、その二人が“門”のある裏山で兄と合流するという意味。
全ては一つの状況を示している。
「そうか。イクスと共に境界踏破を行っているのはエス・トリアの者とデダルの者だったのか」
「「!?」」
思いがけずバレた秘密に二人が固まる。
それはそうだろう。
霧の秘密を知っているのが普通の相手であるはずがない。
境界という言葉自体。
その先に世界があると知らなければ出てくるはずもない。
「そう驚くな。このエンシェン。イクス・ゼオからは情報提供を受けている身だ」
「何?」
「ど、どういう事ですか?」
二人が慎重に尋ねる。
「あいつは私の友人の部活に入っていてな。それで私は国の政(まつりごと)を司る一族の娘。そういう縁だ。消えた都市の話は軽くあいつがしてくれた。私自身もこの霧に付いて動く一人。まぁ、国とは別の解決策を探っている者と言えばいいだろうか」
ジルムスが僅かに瞳を細めた。
「つまり、あいつはお前に情報を少しやってたのか?」
「ああ、背中を預け戦った中だ。霧の化物達の事も知っている」
「……ジルムスさん」
エストリアの言葉に信じていいのかとジルムスは自問自答する。
消された情報屋の件はまだ解決していない。
もしも、国が消したとすれば、答え方一つで一大事になる可能性もあるのだ。
「……一つ、答えろ」
男がエンシェンに張り合うよう前へ出た。
「何だ?」
「お前は……いや、あんたはあいつの事をどう思う?」
思ってもみなかった言葉にエンシェンが驚いた後。
唇の端を緩める。
「このエンシェンにとって……背中を預けられる友人(あいて)であり、拳を重ねられる強敵(とも)であり、この命の恩人(すくいびと)だ。だが」
「だが?」
「何よりもあいつは我が身の婿候補。その友人を無碍にはしまい」
得意げに赤鬼が微笑む。
「はぁ?!」
「な?!」
ジルムスは困惑し、エストリアが口をあんぐりと開けた。
その間の抜けた様子に呵呵大笑したエンシェンが身体を横に退かす。
「行け。お前達なら、この状況も何とかなるかもしれん」
その笑みに二人がおずおずと裏山への道に向かって歩き出す。
「もし、合流するのなら伝えておいてくれ。このエンシェン。まだ此処で朽ちるつもりはないと」
「は、はい!!」
「……良い仲間を持ったな……では、これを持って行け」
投げられたものをエストリアが慌てて胸でキャッチした。
「これは……」
「鍵だ。結界をそれで抜けられる」
「結界?」
「あの場所をワザワザ放置しておくわけもない。今現在、内部がどうなっているかは分からん。入るなら相応に警戒と準備を怠るな」
「分かりました。あ、ありがとうございます。えと、エンシェン、さん?」
「エンシェンで構わん」
「……はい」
エストリアが笑んで頷いた。
そのまま二人の背中を見送った赤鬼を見つめながら、少女(エーネ)が内心呟く。
(とと様は変わっていないんですね…今も……)
(にぃさまはいつだって、こまってるひとをみすてておけない……そういうひとですから……)
「さて、ここからはこの二本角の出番となる。お二人は後方で待機を」
彼女の声が遠方から高速で向かってきつつある不穏な気配のせいだと気付いて、緩々と少女達が首を横へ振る。
「いえ、手伝います」
「ですが」
エンシェンの言いたい事は彼女達にも分かった。
大き過ぎる力は不用意に使えば、災厄を招く。
例えば、もしも七教会に力の使用を知られれば、痛い腹を探られる事にもなるだろう。
しかし、
「私達が今直接手伝えなくても」
「きっと、おやくにたてるはずです。このこが」
二人の声。
それに「この子?」と返そうとしたエンシェンが突如としてアルヴァス・カレッジを蔽うように発生した気配に思わず驚いた様子となる。
「この感じ……」
少女達が微笑んだ。
「セイリお姉様からお借りしてきたソラちゃんが此処をお守りします」
「ソラ、ちゃん?」
思わず鸚鵡返しにしたエンシェンがいきなり滑ったもので全身を撫で上げられた。
「ひゃぁ!?」
赤鬼に有るまじき驚きよう。
もし、そんな娘の声を聞いたら、彼女の父はきっと目を丸くするだろう。
「こ、これは!? なッ!?」
僅か夜気の中に紛れて透過しているモノの全体像を把握して。
エンシェンは顔を引き攣らせた。
「【崩狼(ソラ・アヴィス)】のソラちゃんです」
「いいこ。いいこ」
小さな少女が自分の横に屹立する巨大な見えない左足を撫でる。
(さ、さすが反七教会の最大手……まさか、神すら喰らう太古の獣まで……)
ベットリを身体を濡らしたのが巨大な舌であると察すれば、如何なる反論も出はしない。
旧き異種。
並みの神にすら劣らないとされる獣(けだもの)。
(はは……さすがにこれには喧嘩も売れないな……)
渇いた笑みも出よう。
言うまでもなく。
人の世には大き過ぎる力。
個人でどうにかなる域を完全に越えた存在を相手に戦いを挑んで酔える程、彼女は愚かではない。
(まったく。本当に……こんなものまでやってくるとは……これも全てお前のせい。いや、おかげなのかもしれないな。イクス……)
未だ心の何処かで信じられずにいた。
少年の本当の名前。
それを思い出しながら、彼女は敷地へと殺到しようとする黒き人型達が何処からか放たれた雷撃で消し炭になっていくのを目の当たりにする。
(数十体を一撃……あの七教会が手を焼くわけだ……)
「私達は事態が悪化した時に備えます」
「もし、どうにもならなくなったときはおちからをおかしします」
姉妹達の凜とした声にエンシェンは口元を歪めた。
「貴女達にその時が来ないよう努力しよう」
彼女達の言うどうにもならなくなった時というのが、たぶんはこの国の滅亡を意味するのだと悟ってエンシェンは再び校舎へと戻っていく。
少しでも通信が回復し、都市内部で人々を救っている一族や亜人貴族達の後方支援を可能な限り迅速に行えるよう準備する為に……。
*
―――同刻西部最貧国アルディジャラン辺境。
巨大な災厄が西部で急速に拡大しつつある時刻。
アルヴァスより更に南西へ1200km。
西部で最も貧しい国がある。
大聖国家アルディジャラン。
反七教会の機運が高まる地域の中でも特に強硬派が多い地域だ。
広大な砂漠を有し、その民の大半が定住地を持たない遊牧民で構成されている。
ご大層な国名は古くから土地に根ざした土着宗教から来ており、信奉する神々より授けられた経典が国家運営における司法と軍事を司る。
国の中でも東よりの地域ディアンゾ。
その砂漠の果てに彼ら民が慕って已まない神々の本拠地、大神殿が存在した。
国の隅々にまで国家運営を担う神官達の住まい、神殿が建てられているが、その場所にあるものだけは特別だ。
砂漠に聳える山の如きもの。
1000m級の柱が三十六本。
その石柱の上に乗る長大な屋根。
人智を越えた巨石建造物。
それこそ国の民が朝と夕必ず拝む方角に屹立する聖地である。
大陸でもあまり類を見ない巨大構造物の観光収入だけで毎年国家財政の六割を超えるというのだから、如何に壮大な場所であるか窺い知れよう。
そんな場所の最奥。
屋根の中心。
正四角錐の頂点の場に誰の許可を得たわけでもなく。
神出鬼没なる少女が一人。
珍しく七教会の制服に黒い外套姿で現れていた。
「ふふふんふふ~♪」
月夜のシルエットはまるでスキップする妖精のようだ。
陽気なのはいいが、明らかに神々の住居に土足で無断侵入。
正に神をも畏れぬ所業と言える。
「ぁ、ぅ……こ、これ以上は入らないで下さい!!」
傍若無人なマッド聖女フルー・バレッサは後10m程で見えてくるはずの目的地前方で歩みを止めた。
「こ、此処は真聖な場所です!! た、立ち去って下さい!!」
「あ、生きた人間をようやく発見したよぅ」
「ぶ、無礼です!! こ、此処は神々が御住まいの場所!! ふ、普通生きた人は大神官以上でなければ入れません!!」
フルーの前に立ちはだかるのは月影。
実像の無い地面に映った何者か。
しかし、それも気にせず。
世界最高の愚者はにこやかに続ける。
「え~っと。たぶん、旧教会派の方から打診があったと思うんだけど、もし良かったら見学させてくれない?」
「?!!?」
影は驚きを隠せない様子となった。
「やっぱりねぇ~こういう時に一番近い場所が使われると踏んだ僕の想像は正しかったみたいだよぅ」
「あ、貴方は七教会の手先の方ですね!!」
「手先? いや、どっちかと言うと頭の方かなぁとは思うんだけど」
「し、七教会にはお断りしたはずです!! 此処の“門”はアナタ方の物にはなりません!!」
「それは知ってるよぅ。五千連発くらいお断りされたし」
「な、なら帰って下さい!! こ、此処はこれから忙しくなるんです!!」
「別にちょこぉ~っと起動プロセスを見せてくれるだけでいいんだけどなぁ」
「ぅ…そ、そんな事よりどうして神罰や罠が効いていないんですか!?」
「え? まぁ、千年物の概念魔力結界に死んじゃう幻や抜け出すの二万年掛かる回廊や無駄に強い守護者くらいだったから、ショートカットしてみたり?」
「み、みたりって!??」
思わず絶句する影にフルーがあはは~と朗らかに笑った。
「いやぁ~久しぶりに冒険気分を味わうのも良かったんだけど、パーティーメンバーいないから真面目な探索者っぽくクリアーすると間に合わなさそうだったんだよねぇ」
「あ、貴女は一体……」
「こっちはこっちで“門”を確保したのはいいんだけど、何分規模が大き過ぎて不用意に起動実験も出来ないんだよぅ。そういうわけで起動するところを見せてくれるだけでいいんだけど、ダメ?」
お願いお願いと自分を拝み始めた少女に影は今度こそ只者ではないとジリジリ後ろへ下がる。
「こ、こうなったら、凄く無礼になるけど、皆様にお力を」
何やら不穏な空気を醸し出した影にフルーがサックリ告げる。
「あ、それ無理だと思うよぅ」
「え?」
「あ~ほら、あんまり騒がれても困るから、此処に御住まいの皆さんには眠ってもらってて」
「―――ッッッ?!!?」
慌てた様子で影がウネウネと数秒動いた後。
本当の沈黙がその場に下りた。
「あ、貴女はまさか……」
「そう言えば、物凄く申し遅れたけど、七教会で聖女をやってます。フルー・バレッサです。今日の見学はよろしくお願いします(ニッコリ)」
良い笑顔で少女は丁寧にお辞儀した。
「おやおや。どうやら聖女というのは気が早いらしい」
「?」
「だ、誰ですか!?」
フルーが首を傾げ、影が再びの侵入者に硬直した。
別の方角から歩いて二人の間にやってきたのは二人組み。
礼服姿の老人達だった。
片方は両腕が無い様子で袖がプラプラ揺れている。
もう片方は額に三つ目の瞳を持ち杖を付いていた。
「え~っと、確か……ぁあ~【五聖騎士(ファイブ・ラウンズ)】の人だよぅ」
「その通り。お初に目に掛かりますな。七聖女フルー・バレッサ殿」
両腕の無い老人が微笑む。
「名前は確か……」
「ミゲール。ミゲール・リニャンです。ミス・バレッサ」
「そうそう」
「今宵はダンスのお誘いに来たのですが、空いてますかな?」
「昔っから、そういうのだけはダメなんだよねぇ」
「お教えしますよ。ミス」
「それはまた今度にしようかなぁ。基本的に僕って本の蟲だし♪」
「そうですか。それは残念だ」
二人のやり取りに影の方はと言えば、何が何やら分からないといった様子でオロオロしていた。
「では、世間話はこの辺にして。端的に申し上げます」
「何?」
「北部三国は今回の件で七教会の限界を疑っています」
「限界?」
「はい。“境界”の先にある都市の事も含めて。全ては教会の不始末では無いかと」
「何かウチの組織を物凄~~く改編しないとダメな感じ?」
「ご心配なく。精査せずとも裏切り者は一人もいません。ええ、正攻法で殆ど落せないばかりか。落としても情報らしい情報は拾えなかったと。情報部の愚痴は耳にタコですからな」
「うぅ~ん。北部三国にも結構凄い人がいるみたいだねぇ」
「聖女様方には及びませんが、それなりには」
「ふむふむ。覚えておくよぅ。それで、お忍びの僕を捕捉するなんて芸当をこなしたからには何か他にも言いたい事があるんじゃない?」
「ええ、まぁ。こちらは現在アルヴァスの意向とは関係なく動いていると思って頂きたいのですが、北部三国は“門”に付いて如何なる利用も支持しません」
「それって各国の同意取れてる?」
「勿論です」
「ちなみにアルヴァスが消えちゃうかもしれない場合でもその意向は変わらないと考えていい?」
「そうですな。少なくとも北部三国の同盟諸国へ実害が出ない限りは、という正し書きが付きますが」
「でもなぁ~。此処で待つと次いつ門が起動されるかって占術予測不能なんだよねぇ……」
「では、こうしませんか?」
ミゲールが人差し指を立てる。
「もしも、アルヴァスでの事態が門の起動よりも早く収束したら諦める、というのは」
「……むぅ。ちなみに待たせるからには相応のものが必要だと思うけど、どうする?」
キラリと眼鏡が光る。
「では、こちらを」
ミゲールが傍らの老人に目配せをすると老人が何処から取り出したのか。
槍を一本、フルーの前へ置いた。
「おぉ~これ噂の【過剋槍(ヴィクトリア)】ってやつ?」
「我が人生の相棒です。もし此処の門の起動までに事態が解決しなかったら、その時はこれを差し上げましょう。しかし、もしもそれまでに事態が解決した場合は大人しく諦めて頂きたい」
「ん~まぁ、五分五分くらいだと思うし、その賭け乗った♪ それにしてもこの輝き。結構な業物だよぅ~♪」
「気に入ってくれたようで何よりです。どうやら武器マニアという情報は本当のようで」
「ちょこ~っと違うんだけどねぇ。一応、鍛冶屋の娘だから武器や鍛冶屋が作るもの全般が好きなのは否定しないけど、武器そのものが必ずしも欲しいわけじゃないし」
「ほほう? それはまたどうして」
「だって、どんなに優秀な武器も自分で作ればいいし♪ サンプルを参考にして使いやすく高性能なものをって言うのが僕の物作り上の信条だから」
「ははは、道理ですな。あの伝説の鍛冶師の娘にして世界最高の鎧を産み出した貴女らしいお話です」
「照れるよぅ。あはは♪」
互いに何やら分かり合った様子で腰を下ろした二人に今まで事の成り行きを見守っていた影がヒクヒクと口を引き攣らせた。
(こ、この人達。全然、わたしの事……眼中に無い……うぅ?!)
明らかにアルディジャランの一大事なのに当国の人間である影は置いてけぼりなのだから、弱気にもなるだろう。
まだ本体が姿を現してはいないとはいえ。
それでも影の人だって相当な実力者なのだ。
なのに、神々が沈黙してしまった今。
聖女と伝説の騎士と謳われる者を前にして影の薄い事この上ない。
明らかに実力不足なのは理解しつつも、他人の家で他人の一大事を他人が決めるという状況に影はもう涙目だった。
しょぼ~んと最終罠(ラスト・トラップ)が地面にノの字を書く。
ポムポム。
しゃがみ込んで地面にある肩を叩いたのは今まで一言も話していなかった三眼の老人だった。
「な、何か?」
「お嬢さん。一緒にお茶でも如何かな」
「ひぅ!?」
さっそく性別と年齢までバレてしまった影は妙にホクホク顔の老人からのナンパに固まって、これからどうしようと途方に暮れた。
(誰か助けて……うぅぅぅうぅ~~~?!!)
そんな哀れな影の受難はまだ始まったばかりだった。
*
街が燃えている。
その最中、彼は一人。
熱狂するでもなく。
冷たい炎に巻かれて空を見上げる。
物思いに更けるような心情からではない。
この祭りの最中、見物を決め込んでいる者達に気付いたのだ。
「人間はいつもそうだ。同胞を殺し尽くした時もそう……お前達は薄ら笑いで高みの見物を決め込んでいた……」
彼の脳裏に甦る。
それは集落が焼かれた時の事。
奴隷狩りだエルフ狩りだと技も術も使う間すら無く。
大型の火砲と突入してきた男達の小銃にバタバタ仲間達は撃ち倒されていった。
下半身を失った者。
頭部を抉られた者。
泣き叫ぶ幼子は砕けて。
守ろうとした母は死体を庇って息絶えた。
「貴様等が世界を喰らい尽すなら、貴様等を喰らい尽すのは我が責務。ああ、そうだ。あの子を守る為に」
自分が何を言ったのか。
誰を思い出したのか。
分からない。
それでも男は仮面の下で唇を曲げた。
三日月のように割ける口も厭わず。
脳裏に繰り返す憎悪を手に握り締める。
「来い」
呟きに呼応して。
屋根の上に一体の仮面が現れた。
【姦淫者(アダルテラーレ)】
亜人貴族の成れの果て。
通常の屍蝋の面達とは違う。
巨大な業を、罪を背負いし者。
見えない炎の燻る体表は常人が刹那触れても怪物と化すだろう。
抵抗する亜人側と遊んで来た肉体は右腕を失っている。
「汝は槍。そう全てを貫く槍也」
仮面が捻れ、人体構造を無視しながら歪んで細く細くなっていく。
【再顕(エフィンゲレ)】
エルフの使う【要素(エレメント)】の【本質(イデア)】を魔力によって誇張し、概念域より事象を引き出す技能。
本来、自然界に存在する五大元素や自然環境における天候などを魔力で生み出すはずのソレは今や物質を概念域から引き出した事象で歪めるものとなっていた。
「そこだ……!!!」
男が片手の中に納まった屍蝋の槍を弓なりに引いて、上空へと投げ放った。
数千mもの距離を瞬く間に突き進んだ先端が暗闇と雲に紛れてハガス上空を旋回していた飛船体の表面に到達し、呆気なく空間歪曲式の魔術防護によって軌道を逸らされる、かに見えた。
直後。
在り得ない事に何も無い虚空を捻じ込むように槍が歪曲を擦り抜け、鋼板を穿ち、内部構造を貫通して、上部鋼板を突き抜け、更なる上空へと向かって勢いもそのままに消えていく。
数秒後。
飛船体の一部で小規模な爆発が発生し、高度を維持出来なくなった太った魚の如きソレがハガスの外縁にゆっくり落下していく。
「眺めるなら地べたを這いずり見上げていろ。くくく……」
観測者を排除したアーフルが屋根の上から飛び降りる。
すると、仲間を槍として射出された【姦淫者】達が傅(かしず)き膝を折って待っていた。
「往くぞ」
二十数分前。
街を分断するように立ち上った光。
その後に起こった街の半分を何も無い更地にするという荒業。
瞬間的に顕れた波動から彼は何が起こったのか全てを理解していた。
外なる神々による侵蝕であらゆるものが緑炎に燃え盛る街に誰かが神を召喚したのだと。
普通ならば在り得ない事態。
何故なら外神の侵蝕は宇宙内部に存在する神々をも犯す。
それを忌避する神々は容易に出てくるはずが無かったからだ。
(日和見の保身しか知らぬ者達を無理やりに連れて来る……そんな事を可能とする者……)
正に聖女か。
それに類するような能力者か魔術師。
どれだとしても彼の敵であろう事は疑いようも無い。
「あの光りを生んだ者を叩く」
屍蝋の仮面達が【革命者(ロトゥンダム)】の名の下に集い。
その後ろに連なっていく。
死者の行進。
先頭を征(ゆ)く者に惹かれてか。
人も亜人も獣も蟲も皆等しく列へと加わってゆく。
恐ろしき光景。
教会の教典にもある世の終わりに顕れる最後の邪悪を思わせて。
統率されたわけでもない化物の行軍が始まった。
*
全ての事態が収束へと向かい始める少し前。
旧き魔術師ルックな青年。
アーギスト・エス・トリアは母との回線を切断し、最後の仕上げに取り掛かろうとしていた。
(弾性限界確認終了。爆発圧接速度15000m/秒に固定。積層魔力転化まで十二秒……6…5…4…3…2…1…0)
ドゴン。
室内に張った結界は内部での爆発を全て上部に設置された転移方陣の中へと誘導した。
「ふぅ。これでいい」
汗を拭った青年が円柱状の結界を解き、内部に置かれた1m程もある灰色の筒を取って懐に仕舞い込む。
「さて、行くか」
青年が研究室のドアを開け放った。
途端に内部へと緑炎が迫り、全てを染め上げていく。
(時間を食い過ぎたな。ジルムス達が来る前に行かなければ)
本来なら瞬間的に化物へなっていなければおかしいのだが、炎の全てが青年を素通りしていく。
まるで幻影を焼いているような。
そんな無為を思わせる姿。
緑炎を通り抜ける身体が瞬間的な転移で予め設定していた座標へと瞬時に跳ぶ。
ザッと地面に降り立てば、もう其処は彼が予めエストリアとジルムスに伝えていた緊急時の避難場所。
アルヴァス・カレッジ裏山にある鳥居のある原だった。
「あ、兄さん!?」
「ハイダルか!! 此処だ!!」
反対側の樹木の間からやってくる二人の姿を見つけて、青年が手を振る。
ジルムスが駆け出そうとするエストリアに注意して共に歩いてくるのを見て。
親友に妹を預けた事は間違いではなかったと改めてアーギストは彼の存在に感謝した。
「これでようやく三人集まったな。後は他の連中とも連絡が取れりゃいいんだが、そっちの方はどうなってやがる?」
横まで来てさっそく急かしてくる相棒にアーギストが虚空に街の全景をリアルタイムで浮かび上がらせてみせた。
「こいつは……状況を把握してやがったか」
「ああ、さすがに通信は緑炎の影響が酷くて繋がらなかったが、都市上空で待機させていた魔術中核はまだ機能していたからな」
「兄さん!! イクスさんと美紗さんはどうなったんですか!?」
「先程、エルフの少女と合流に成功した様子を観測した。ただ、その後に緑炎の影響が更に強まって映像が一時乱れてな。今、探しているところだ」
「とにかく兄さんの力で三人を此処に連れて来て下さい!! あんな場所にずっと居たら、幾らイクスさん達でも!!」
「分かってる。ん?」
虚空に投影した街の映像にアーギストが瞳を細めた。
「どうかしたのか?」
「急激な魔力の増大を確認。魔力ライブラリを参照……【神話性概念魔力】だと?!」
映像内部でカッと街を分断するように黄金の炎が吹き上がった。
「どうなってんだ!? アーギスト!! こいつは緑炎の一種なのか!?」
映像を見ていたジルムスの言葉に青年が瞳を細める。
「いいや、これは神格発現時の概念魔力結界による時空間の破断だ!!」
「何だと!? 神格って神が来てるってのか!?」
「ああ、何処の誰だか知らないが、無茶なことを……侵蝕されたら二次被害三次被害が出るぞ」
映像の中。
そして、遥か遠方に吹き上がる黄金の炎に三人が見入った。
「兄さん!? ど、どうなってるんですか!? 街の半分が見えません!!」
「ちょっと待て。今、境界に対する干渉が発生して、中核の固定化が……」
グニャリと映像が歪む。
しかし、それでも彼らの目には確かに信じられない光景が見えていた。
「ま、街が!!?」
「んだと?! おいおい!!?」
黄金の炎の壁に遮られた東部の街が中央方面に向けて広範囲に渡り沈み込み、その横の岩盤が全てを覆うようにして迫り出し、再び地表へと浮上していく。
「そうか。神々の力で境界の面を押し込んで上に蓋を……確かにこれならもう侵蝕は起こらない」
「兄さん!? 一体どうなってるんですか!!?」
「何処の誰かは知らないが、避難民の逃げ道を作った奴がいる。緑炎の侵蝕が地面にまでは及ばない。つまり、反転した境界自体には存在しない事を理解した奴が、神々の力で街を境界の下に押し込んだんだ。これなら、侵蝕された街の影響は全て遮れる。避難民さえ東部から脱出させられれば、軍による作戦も進むだろう。一時的にあの更地の一帯には霧が殆ど無くなってるようだな。これなら化物も活動出来ない」
「つ、つまり、安全な逃げ道が出来たんですか!?」
「ああ、そうだ。避難民の大規模転移もあの更地の上を設定すれば、短距離ではあるが大量に運べるだろう」
「あ、あの!! アルヴァス・カレッジに沢山の避難民がいるんです!! 兄さんの力を貸してあげて下さい!!」
「分かってる」
頷いたアーギストが懐から灰色の筒状の物体を取り出してジルムスに押し付ける。
「何だ?」
「ウチの母さんが送って来た代物だ」
「え?! 母さんが?」
いつも家にいない母の事を思い浮かべてエストリアが目を丸くする。
「ああ、お前の事を心配して少しでも武装の足しにしてくれと送り付けられた。最終調整に手間取ったらしくて。今の今まで【崩燼機関】の有線通信機でやり取りしながら、コレに掛かり切りだったんだ」
手に持った筒の内部を繁々と見やったジルムスが溜息を吐く。
「……こういう得物はオレ向きじゃねぇんだが」
「勿論、僕向きでも無い。が、ウチの母さんはそそっかしくてね。武人なら上手く使えるだろうとか。適当この上ない理由で娘の護衛役にプレゼントだそうだ」
ジルムスの持っているソレをエストリアも覗いて溜息を吐く。
「母さん……ジルムスさんは拳技使いなのに……」
「言っても仕方ない。今にも侵蝕されそうな部屋でやってけと言われた時は僕も呆れた」
「いえ、兄さんはどんな事があっても大丈夫だって母さんも私も知ってますから」
キッパリ言われてアーギストがどんよりした目となる。
信じられているのはいいだが、多少は心配して欲しいという兄心だった。
「雑談はこれくらいにしよう。下で協力しながらでも二人は探せる。母さんに避難民の転移も一応は頼まれてるからな。此処に化物が出―――」
ビュルルッと高速で伸びて来た黒い腕をジルムスの見えざる拳が寸前で弾いた。
「言ってる傍からか!!」
三人が鳥居の方を見やると、その鳥居内部の虚空から腕が一本伸びている。
「ジルムスさん!!」
エストリアの声にジルムスが分かってるとばかりに前方へ出た。
「兄さんも構えて下さい!!」
「こんなところで油を売ってる暇は無いんだが」
三人が身構えると鳥居内部からヒタヒタと足音をさせて屍蝋の仮面がぬうっと異相内部より現れる。
「……ご丁寧にも団体かよ」
ジルムスが愚痴るのも仕方ない。
仮面の数は一つでは無かった。
鳥居内部を埋め尽くすように仮面がキチキチと互いに擦れ合いながら出ようと浮かび上がっていく。
「こ、この数が相手じゃ……結界内部に閉じ込めて逃げた方がいいかもしれません」
「結界?」
怪訝な兄にエストリアが頷く。
「此処に結界を張った人がいて。その人に鍵を預かってるんです。それがあれば、内部に化物を隔離して逃げられるかもしれません」
細い銀色の子鍵がアーギストに差し出される。
「ふむ……悪いが、たぶんコレだけじゃ無理だな」
「どういう事ですか?!」
「この鍵を見れば分かる。この鍵を使う結界は簡単に言うと此処の異相が不安定な事を利用して空間歪曲式の魔術で封鎖するものだ。だが、とても間が悪い事にさっきの神の境界干渉で東部の異相が安定し過ぎてる。今、すぐに仮面達が出てこられてないのも安定を崩そうと躍起になってるからだ」
思いも寄らない言葉にエストリアも絶句した。
誰かは知らないが、人々を逃がす為にあんな事をしてのけたのだ。
だが、皮肉な事に自分達を今追い詰めているのは人々を逃がそうとした故の副作用。
「……分かりました。なら、戦いましょう。兄さん」
「ハイダル?」
「わたし…此処で自分だけ逃げ出したり、自分だけ助かる為に誰かを犠牲にしたりしたくありません。兄さんは許さないって言うかもしれませんけど、此処で引いたりして誰かが傷付いたり、死んだりしたら……きっと、そっちの方がわたしには痛いですから」
妹の表情に何を言っても無駄なのは兄であるアーギストにも分かった。
「……じゃあ、今から言う設定でコレを使ってくれ」
袖の中から小さな透明の結晶体が取り出され、エストリアの手に置かれる。
「これって……分かりました。兄さん!!」
ザッと踏み出してジルムスの後ろへ付いたアーギストが作戦を耳打ちする。
「……分かった。15分だな。やってみせるさ」
「此処をすぐに片付けて。二人を見つけつつ、避難民も転移させる。何、簡単な事さ。あの境界を踏破した僕らにこの程度出来ないわけもない」
二人が頷いたと同時に仮面達が鳥居内部から高速で湧き出した。
「座学の魔術師を立たせた落とし前は付けて貰おうか」
冷徹な視線が屍蝋を捉え、同時に化物の大半が鳥居から離れた途端にその身体を全て拉げさせた。
「不本意だが始めよう。開戦だ」
誰もが戦いを避けられず。
争いへと飲み込まれていく。
霧に誘われながら。
三人が全ての敵を掃討し終えたのはそれから四十五分後の事だった。